ホワイトノイローゼ

    作者:笠原獏

     もう、嫌だ。
     ある朝の事。少年は荒い息を吐き肩を上下させながら、掠れた声で呟いた。
     ひんやりと冷やされた窓に沿わせた指が強張っているのが分かる。少年をそうさせたのは窓の外に広がる光景で、少年はその現実を認めたくないとばかりにそこから目を逸らした。

     窓の外には、雪がこれでもかと積もっている。

     甦るのは繰り返される思い出だ。毎年、毎年毎年。脳内に浮かぶのは明確なヴィジョンだ。来年も、再来年もその次も。
     堪えきれなくなった少年は、遂に叫んだ。
    「やってられっかぁぁぁ!!! 雪掻き! なんて! やってられっかふっざけんな!! もう嫌だ! これは日常的に繰り返される拷問だ! あいつらは悪魔だ! 白い悪魔だ! ってか俺寒いのも駄目だし! 寒い! 頑張れよストーブ!!」
     少年はそのまま、頭を抱えて喚きながら部屋の中をどたどたと歩き回る。
     おかしいだろう、昨夜帰って来た兄貴に手伝わされて、三十分くらいかけて兄貴の車を停めるスペースを作った筈じゃないか。なのに今、そこにあるのはなんかふんわり丸い雪の塊(車を包み込んだくらいの大きさ)だ。あとついでに段差が消失した、玄関へ続く階段だ(雪国は一階が車庫、二階が玄関の作りが多い)。
     昨夜──だけじゃない、その前の昼間、あと朝、連日繰り返される作業に身体は悲鳴を上げたまま、この若さをもってしても一晩程度の休息では補えなくなっている。けれど奴らは毎日毎日容赦なく襲来する。腕が上がらなくなろうが背中がバキバキになろうがおかまいなしだ。
    「……そろそろかな」
     二階の高さにある部屋から道路に面していない窓を撮影した時に、積もった雪が写り込むようになるのは。
    「──ホワイトクリスマスがどうロマンチックなのか教えてくれよ!!」
     少年が割れんばかりの勢いで窓ガラスを叩いたその直後、ストーブの灯油切れを知らせる音が部屋に響き渡る。
     なんかもう、駄目だった。
     
    ●程々がいい
    「詳しい人から聞いた話によると、そりゃ闇にも堕ちたくなりますよだとかなんとか。いやはや東京生まれ東京育ちな僕には想像の出来ない世界です」
     色々と調べているうちに何となく寒くなったのだろうか、買って来た温かいミルクティー入りの缶を両手で包みながら二階堂・桜(高校生エクスブレイン・dn0078)はそう言った。
    「そんな訳で闇堕ちしてしまった少年を止めてきておくれ。少年の名前は雪原・冬真(ゆきはら・とうま)君。何とも皮肉な名前だねぇ」
     雪原・冬真、ごく普通の中学生男子ご当地ヒーロー。趣味は地元を守る事と地元の良さをブログに綴る事。
     通常ならば闇堕ちしてしまったら元の人格はすぐさま掻き消える。けれど冬真はまだ、元の人間としての意識を残している。ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「冬真君はとても地元愛に溢れた良い少年なんだよ。なにせご当地ヒーローだ。ただ、度の過ぎた雪が嫌いなだけなのさ。だからなりきれずに留まれているのかもしれないね」
     嫌いだけれどそれでも地元が大好きなのだ。何とも言い難いジレンマだねぇ、と桜の感想は同情的だった。
    「で、その冬真君が何をしているかというと、発散しようにも相手のスケールが大きすぎたから、とりあえず近所に出来たかまくらとか雪だるまとかを片っ端から壊して回ろうとしているよ。今はまだ可愛いものだけれど、これが繰り返されたら……うーん……どうなるんだろうね? 近々開催される地元の雪まつりとかを滅茶苦茶にして、冬真君一押し名産品のみが許される三日三晩の祭りの開催を強要し始める路線かなぁ。じゃあそういう事にしておこうか! 物凄い期間限定怪人感が拭えないけれど」
     一方的な自己完結を終えた桜はそこで一度話を区切り、ミルクティーを口に含む。気の緩んだような息を吐いてから、それでね、と続けた。
    「僕はさっき『かまくらとか雪だるまとかを片っ端から壊して回ろうとしている』と言ったけれど、実際近所にそれらがあるかというと、ほとんど無いんだよ。本場というのはお祭りでも無い限り割とそういうものらしい。つまり──キミ達で作ってしまえばいいという事さ」
     かまくらを、雪だるまを、ついでに雪ウサギを。それら全てが冬真をおびき寄せるアイテムとなる。
    「場所はご近所さんの範囲内ならどこでも大丈夫だよー。それで現れた彼をKOすればいい訳だけれど、その前に説得を試みる事も無駄では無いよ。何かしら冬真君の心に響けば戦闘力を下げる事も出来る筈さぁ」
     冬真が使うサイキックはご当地ヒーローと同じそれ。強さに関してはかなりのもので、決して油断してはいけないよ、と桜が言い含めた。
    「そして、もし冬真君がもし完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅しておくれ。こればかりは仕方ない。逆に助ける事が出来たなら──雪掻きとか手伝ってあげるのもいいんじゃない?」
     どちらにしても、対雪装備の準備は忘れずに。
    「……あっ、長靴は膝丈を買わないと駄目だってさ!」
     これ重要ね、と灼滅者達を見回した桜の表情は、今までで一番真面目なものだった。


    参加者
    財満・佐佑梨(真紅の徹甲弾・d00004)
    白瀬・修(白き祈り・d01157)
    神崎・香織(黄昏幻想曲・d01783)
    阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)
    露木・実璃(揺焔・d03389)
    海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)
    三國・健(半熟見習いヒーロー・d04736)
    十毬・チカ(ビヰドロの夢・d05008)

    ■リプレイ

    ●1
    「……」
     三國・健(半熟見習いヒーロー・d04736)が、口を開けたままそれを見上げていた。天候は幸いにも降雪の切れ間なのに分厚い雲に覆われた空と、自分が手を伸ばしても届かない高さまで積もった雪を。
    「……こんなに積もるもんなのか?」
    「そうですよー。ここはどうやら小さな公園みたいですね」
    「公園!? 埋まってるけど」
     頬に左手を添えて嘆息した阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)の言に健が周囲を見回せば、もこりとせり出した雪の陰にかろうじて見つかる公園の門。
     冬真の地元を訪れた灼滅者達は今、雪遊びをする為の場所を探していた。生活の為に最低限除雪をされている場所以外はどこもうず高く雪が積もっていて、本場にはかまくらや雪だるまがあまり無いと言っていたエクスブレインの言葉にもようやく合点がいく。
    「遊ぼうにもこれを登らないといけないとなると、かぁ……」
     鵠湖や海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)──東北系ご当地ヒーローの助言を受け装備を整えても頬を刺す空気は酷く冷たい。白瀬・修(白き祈り・d01157)の言葉が白い息と共に漏れた。
    「でも、雪とか見るだけでテンションあがっちゃうじゃない! エンドレス雪かきは精神攻撃の類だと思うけど」
     てっぺんの見えない雪を見上げた財満・佐佑梨(真紅の徹甲弾・d00004)は頬を紅潮させはしゃいでいる。周囲を見回すその度に、ニット帽から零れた真紅の髪がぴょこぴょこ跳ねた。
     これまでは、テレビで見ただけの世界だった。それだけでも大変そうだと思っていたけれど、実際に立ってみると──神崎・香織(黄昏幻想曲・d01783)はスキー用の手袋をはめた手で雪壁に触れる。香織の手が届く範囲の雪はざらりとした質感に変化していて、少し動かせばぽろぽろ落ちた。
    「水分が多い雪質みたいですみゃー」
    「上の方から取りましょうか」
     こすずと鵠湖が手慣れた様子で雪遊びの準備を開始する。公園の先の道は農道らしく今は完全に閉ざされていて、公園前のスペースを使っても問題は無さそうだ。
    「雪質で、固め方が変わったりするんですね」
     こすずが落としてくれた雪に触れて露木・実璃(揺焔・d03389)が感心したように言えば、同じく雪に触れた十毬・チカ(ビヰドロの夢・d05008)がその柔らかさに自然と笑顔を零し、両手で掬う。
    「これもヒーローの道への更なる前進!」
     目指すは僕らの雪祭り会場だ。シャベルを手に率先して雪を集め始めた健へ、鵠湖が最初から無理をしては駄目ですよー、と声を掛ける。
    「ヒーローっぽくするんだっけ」
     健が言っていた事を思い返し、修は雪だるまに使えそうな木の枝は無いだろうかと辺りをうろついた。四方八方どこを見ても、白に囲まれた世界だった。
    「そっち滑りやすいですみゃー」
    「ほんとだ」
     こすずの言った通り、少しの量でも足を取る雪は影になっている部分に入ると完全に凍り付いていてすぐさま滑りそうになる。どうにか体勢を立て直してふと見ればさくさく歩く鵠湖の姿──厚手のレギンスにミニスカート、踵の高いサイハイブーツ。
    「踵をスパイク代わりに出来て、慣れていれば快適ですよ」
    「慣れってすごいね……」
     そも、根本的な歩き方が違うと言うけれど。いつの間にか身についていたそれを口で説明するのは難しいし、逆に雪の無い地域の者がどういう歩き方をしているのかも分からない。互いに、そういうものなのだ。
    「もう根雪以外は全部使っちゃう勢いでいきましょっ」
     普段は少し生意気でトゲトゲしていても所詮は子ども──すっかり浮かれた様子の佐佑梨が弾んだ声を上げながら巨大雪玉の為に奮闘している。勢い余って誰かにぶつかったりしながらも、無限な程にある材料と怪力無双をもって身長より大きなそれを夢中で作り上げた。
     ヒーローだるまを作る者達の傍らでは、その周りを囲むお友達を作る香織やチカの姿。
    「十毬さん、それは?」
    「猫で御座います」
     雪うさぎを仕上げながら問うた香織に、不格好な謎の物体を示してチカが笑顔で言い張った。
    「……こう、かな」
     折角作るのだから格好良く。不慣れでも手先は器用だと自負している実璃が、ヒーローだるまの細部を作っている最中にふと顔を上げた。背中に感じた刺すような視線。振り返るもそこには誰の姿も無い。
    「あっはっは〜この像可愛いですみゃー!」
     そこへこすずの楽しそうな声が響いた。視線を戻せば紅布によるマフラーとマントを纏い、修が拾って来てくれた枝でポーズを決めたヒーローだるま。と、シャベルにもたれぐったりと肩を落とす健の姿。
    「へ、へっちゃらだと思ってたんだけどな……」
    「初めてなら尚更だみゃー」
     初めは軽いと思っていた雪も続けて掘れば異様に重い。腕には響くし足も取られ、終わる頃には身体中が悲鳴を上げる──慣れた人間でもそうなのだから、むしろ雪の珍しい土地で育った健には重労働のようなもの。
    「ストレッチ、使えるようにしてきて良かった……」
     逆に、この位ならばまだ平気なのだろう、こすずがわざとらしく弾んだ声を響かせる。
    「雪沢山で楽しいですみゃ〜♪」
     と、その直後。
    「どこがだァァ!!!」
     全身全霊の憎しみを込めたような声が、響く。

    ●2
     寒いのが駄目なので、しっかりと防寒着を着込んでいた。
     寒いのが駄目なので、真っ黒なマフラーをぐるぐる巻きにして、たれ付き毛糸の帽子を装着していた。
     雪よりも消雪パイプ(道路の中央から水を噴出させ雪を溶かす設備)により水を含んだ雪を車が跳ね上げ飛ばして来る事への対策として膝丈長靴を履き、傘(盾)を一本持っていた。
     ご当地怪人へとなりかけた雪原・冬真が、現れた。
    「壊す! 目障りだから有無を言わさず壊す! 何で貴様らはそんなに楽しそうにしていられるんだ壊す!」
    「来たわね」
     相変わらず頬を赤く染めた佐佑梨がばしんと手を叩いた。足場はあまり良いとは言えないうえに相手は平然と駆けて来ている。身動きを抑える事が出来れば──考えながら立ち位置を選ぶ。
    「冬真くん!」
     雪や寒さに強いと自負している自分でも、くじけそうになる事がある。寒さや雪が苦手なら尚の事だろう。
     彼の気持ちが本当に分かるから──武器を持たぬまま一歩前に出た鵠湖が説得の為に名を呼んだ。
    「あなたを止めに来たんです」
    「はぁ? 貴様らはこの雪を見ても何の嫌悪感も抱かないのか? これらを片っ端から否定し、そして来月の雪祭りを中止に追い込んでやるよ!」
    「本当にそれを考えていたんですね……」
     思わず鵠湖が呟いた横から、急ぎのストレッチで筋肉痛を飛ばした健が勢い良く前に出る。
    「播磨の旋風『ドラゴンタケル』参上!」
     まずはポーズを決め、それから僕のご当地はむしろ雪が珍しい位だけど、と前置きし。
    「スケールのデッカイ祭りで盛り上がればご当地の良さも雪の愉しみも皆に知って貰えるし、温かい食べ物もより美味しくなるだろ?」
     ニッと笑い、それに──と言いかけた所で、怒号が響いた。

    「住んでから言え!!!」

    「おわッ!?」
     そして、雪をもろともしない脚力から繰り出されたキックが炸裂する。健が雪上に転がったすぐ傍で着地し、ゆらりと立ち上がった。
    「いいよな祭りは、楽しい所だけ伝わるからな! いいとこ取りだからな! たまに来るだけならそりゃ物珍しくて楽しい世界だよ雪国は! でもな、祭りが無くても毎日毎日降り積もる悪魔を片付けるのは誰だ、そこに住み続けている俺達だ!!」
     言っていて虚しくなってきたのだろうか、次にはしゃがみこんでしまった冬真が膝を抱え、泣き出しそうな声でぼやき続ける。
    「知ってるに決まってんだろそれのお陰で地元が潤ってる事くらい……でも綺麗事じゃ雪は片付かねぇんだよ……光熱費も、家賃かよってくらいかかる灯油代も、ガソリン代だって馬鹿にならねぇんだよ……何で何の罪も無い人間が雪下ろし中に不慮の事故でお亡くなりになったり、陸の孤島に閉じ込められないといけないんだよ……俺は名産品の力だけでこの地域を支配して、ゆくゆくは世界征服に至る道を選ぶぜ……」
     怪人にしては良い奴に見えなくもない。どうしたものかと皆が様子を伺う中で、香織がおそるおそる前に出た。
    「わたし、何も知らないです。雪かきも、テレビで見るだけで」
     大変そうだな、とその時は思った。けれど本当はきっと、もっと大変なのだろうと話を聞いて思った。
    「でも、それでも。雪のおかげで、生まれたものって、あるんじゃないかな、って。知ってるなら、教えてください」
     知らないなら、一緒に調べてみません、か?
     その言葉に冬真が顔を上げる。
    「雪原くんは雪が嫌いだけど、この地元が好きなんだよね」
     そこへ、修が言葉を重ねた。倒さねば戻らない事を知っているから、その手に魔法の矢を生み出しながら。
    「その中でも一番好きな名産品とかもあるんだろうけど、でも嫌いな物でもなくなってしまったら、地元の空気は変わっちゃうんじゃないかな?」
     冬真が地元を守るなら、きっと嫌いな物だって一緒に守ってゆくものになってゆく──修はそう考えていた。例えば、仲良くケンカをするような、そんな関係で。
     ごめんね、と告げながら矢を放つ。
    「遊ぶ分には、楽しかったんです。でも、雪って集まると意外と重くて」
     実璃の指輪がもたらすのは呪い、けれど紡がれるのは優しい声。
    「毎日ってなると、嫌気もしますよね。……でも、嫌な気持ちに捕らわれて好きな気持ちを忘れてしまうのはきっと、悲しいです」
     大変だって事は分かる。だから嫌ったままでもいい。重ねられたその言葉が冬真の闇を少しずつ、溶かす。
    「雪かき、手伝います。それに愚痴も、聞きますよ」
     まずは元に戻ってくださいと、温かな瞳を揺らがせ微笑んだ実璃に冬真が瞬いた。
     聞いて貰いたかったのだ。そして、理解と共感をして欲しかった。
     頑張っているんだねと認めて欲しかった。
    「雪を疎みながらもこの地を愛し守ってきた貴方様が凶行に走れば、街も人々も甚く悲しみましょう」
     それまで冬真の反応を覗っていたチカが、自身の行動予測力を高めながらも楚楚と告げる。
    「それでも尚、故郷への愛情より白雪への憎悪が勝ると仰るならば、吾達は冬真様に圧しかかる苦しみを少しでも引き受けとう御座います」
     聞く事で晴れる灰白色があるのならば、聞こう。闇に堕ちた心では青空を見る事など出来ないから。
    「そうですみゃー! 君を攻撃してるのは雪の皮を被ったダークネスみゃ! ダークネスが君を、人々を、財政を苦しめてるんですみゃ。騙されてはいけないみゃ、諸悪の根源はダークネスだみゃ!」
     全身全霊を込めて、冬真に詰め寄ったこすずが熱く語る。内容はやや強引であれどその目に宿る色は真剣そのもので。
    「このままマイナス思考に堕ちたら奴の思う壺ですみゃ。負けずに怒りを奴にぶつけるんですみゃ!」
     こすずでも雪を鬱陶しいと思う事はある。けれど今度は一人ではなく皆と出来る。そうして戦い続ければ、春には美味しい雪解け水となって地元を潤してくれる。
    「君は一人じゃない。ヒーローは孤独じゃない。皆で共に戦いましょうみゃー!」
     雪が冬真を鍛え苦しめたからこそ、人の苦しみが判るヒーローになれるだろう、と。
    「ブログに綴ってきた地元への愛を忘れないで欲しいみゃ! 名産品も雪のお祭りも、この地のものみゃ!!」
     力強く言い終えたこすずの口から白い息が漏れる。その隣で光輪を展開させながら、鵠湖が柔らかく微笑んだ。
    「皆も言っているけれど、雪を無理に好きになる必要は、わたしは、ないと思うわ」
     それにヒーローだからといって何もかもを背負って耐える必要だって無い。
    「ご当地の皆さんを守ると同時に、支えられてもいるのが私達ですもの」
    「支えられて、いる」
    「そうですよ。だから──」
     皆で辛さも大変さも分かち合って、春を迎えよう。明けない夜は無い、溶けない雪もここには無い。
     鵠湖の笑みが、いっそう深まる。
    「貴方の辛さ、大変さ、わたしがまとめて受け止めます」
     まるで、春に咲く花のように。

    「とりあえず正気に戻してあげるわっ! 生まれて初めて雪かきした時の気持ちを思い出しなさい!」
     無言で立ち上がった冬真が攻撃を仕掛けてくる気配は無い。易々と死角へ回り込んだ佐佑梨が斬撃を放てば冬真の足がぐらりとふらついた。
     冬真のご当地愛は簡単に埋もれてなくなるものじゃない筈だ。健はそう信じ、闇を溶かすべく光輪を翳す。
    「痛いです、よっ!」
     健の攻撃を受けた直後、香織のたどたどしい声を聞いた。圧縮された魔法の矢が視界に飛び込んできて、突き刺さる。
    「……あー……痛い、けど」
     頭の中が、急に晴れ渡ったような。そんな気がした。

    ●3
     健と佐佑梨が、競うように雪を掘ってはしゃいでいた。
    「どうしてガソリン代も、増えるんです、か?」
     分厚い雪にシャベルを差しながら、香織がふと零す。振り返った冬真の顔はどこか晴れ晴れとしていて。
    「出発前の雪かき中はエンジンかけてるもんなんだ。その時間があれば目的地にも到着出来ちまう、って言えば分かるかな。あ、そこにはこれ使って」
     そして手渡したのは雪用ブラシ。車の救出にシャベルの使用は少し危険だ。
    「階段も車も上の方から掘ってくれよー。二度手間になるから」
    「片付けた所にまた雪を落とす事になるから、ですよね」
    「そうそう。季節初めとか一度は手順間違えるんだよなー」
    「分かるみゃー」
     鵠湖やこすずとしみじみ話しながら、手で支えたシャベルの持ち手に顎を置く。それを見て実璃が笑った。
    「愚痴、まだまだ聞けますよ?」
    「マジで? いくらでも出るぜー」
     言いながら手を動かし始めたのは流石と言うべきか。少し経った頃、顔を上げた冬真が階段の隅に置かれた雪ウサギに気が付いた。作ったのはそこを片付けていた修だ。
    「壊す?」
    「……上手いじゃん。壊さねーよ、明日には埋まっちまうけど」
    「そっか、残念」
     けれど顔を見合わせた二人は、笑う。
    「冬真様、懐炉をどうぞ」
    「わ、サンキュ!」
     懐炉を手渡してくれたチカに礼を言えばチカもまた笑んで、その懐炉と一緒に冬真の手を包んだ。
    「雪との戦いに疲れた時は、吾達が助太刀に参りますから」
     いつでも声を掛けてくださいね。
     冬真の笑みがくしゃりと深まる。照れくさそうに、嬉しそうに。
    「すげー心強い!」
     さっきの続きなんですが、と実璃が言ったのは、この雪かきの終わりが見えてきた頃。
    「終わったらこの辺の名物、教えてくれませんか」
     大変な事もあるけれど、それでも君の好きな、この町の事を。
    「それで、皆で行きましょう?」
     冬真はぱちりと瞬いた。そして冷えた鼻先をぐいと拭って、
    「じゃあ今日のブログのネタ、それな!」
     晴れやかな声を響かせる。
     雲の切れ間からはいつの間にか、久しぶりの青空が覗いていた。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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