●殺人事件は唐突に……
千堂・千鶴(せんどう・ちず)の目の前には父親の死体が転がっていた。心臓の上をナイフで刺されて殺されている。
場所は見慣れた家の別荘。そばには母親がいる。そして祖父母におじやおば。千鶴も入れてそこには六人の人間がいる。
いや、正確には七人。死体を入れれば七人だ。千鶴はどうして突然、こんなところにいるのかもわからない状態だった。
「私はずっとキッチンで料理をしていました、お母様と」
母親が祖母の方を見ると、祖母も頷く。祖父はひとりで部屋で寝ていたと言い、おばは買い物に出かけていたと紙袋を見せつける。テレビを見ていたというおじが突然声を上げた。
「犯人は、お前しか考えられない!」
おじが千鶴を指差した。突然のことに驚きつつも千鶴は慌てて反論した。父親っ子だった自分が父親を殺すはずないと。そもそも千鶴の父親は一週間前に交通事故で亡くなったのだ。
どうして心臓を刺された父親がここにいるのかも千鶴にはわからなかった。
「そう、あなただったのね?」
そばにいた母親が憎悪を込めた瞳で千鶴を見つめる。
「違う、私じゃない!」
「何て悪い子に育ったの?」
祖母が目をつり上げて近寄ってくる。気付けば千鶴以外の手にはナイフが握られている。
「な、何で!?」
抵抗はほとんどないもののように、千鶴の体にナイフが刺さっては抜かれる。床一面を血だらけにして、千鶴はその場に倒れ込んだ……。
●犯人は誰だ
推理小説を読んでいた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が灼滅者(スレイヤー)の足音に気付いて顔を上げた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
「待ってたよ! 殺人事件の演出が好きなシャドウから千鶴ちゃんを救ってもらいたいんだ」
一週間前に亡くなった父親の死に心を塞いでいた千鶴の夢にシャドウが入り込んでしまった。このままでは千鶴が夢から覚めることなく衰弱死してしまう。
千鶴が悪夢を見ている時にソウルアクセスして、夢の中に侵入し千鶴を助け出してもらいたい。
「まず、夢の結末を変えて欲しいんだ」
シャドウが用意した結末では、千鶴が父親を殺した犯人としてその場にいた血縁に処刑されてしまう。千鶴を処刑させないためには、別の者を犯人に仕立てあげる必要がある。
それぞれ父親の財産を狙っていた面子なので、アリバイは考える必要はない。ただ、絶対に殺せる時間があった者を選んでもらいたい。その時間帯に誰かと一緒にいたと証言している者は犯人になりえない。
「推理が当たれば優位になれるけど、間違えると大変だから気をつけて」
推理が当たり、現れたシャドウを追い返せば完全に千鶴を助けたことになる。推理が外れた場合、その場にいた千鶴以外の夢の住人まで襲って来るので注意して欲しい。
シャドウはシャドウハンターと契約の指輪のサイキックを使用して来る。一緒に現れる配下は4人でそれぞれ、鋼糸・咎人の大鎌・天星弓・護符揃えを使用する。
推理が外れた場合、襲ってくる五人は解体ナイフを使用して来る。配下が全員倒されればシャドウはあきらめて退散する。
「推理は難しくないと思うから、頑張って来てね」
参加者 | |
---|---|
ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060) |
板尾・宗汰(ナーガ幼体・d00195) |
真城・季桜(桜色コヨーテ・d01990) |
禄此土・貫(ストレンジ・d02062) |
四津辺・捨六(灼滅者・d05578) |
パール・ネロバレーナ(殲滅型第六素体・d05810) |
鹿崎・走狗(ナゾのキグルミ・d10436) |
阿久沢・木菟(忍者もどき・d12081) |
●探偵登場
「さつじん、じけん?」
首を傾げたパール・ネロバレーナ(殲滅型第六素体・d05810)が呟いた。目の前にはまりんが言っていた通り、千鶴の父親が殺されている。突然の乱入者に部屋にいた全員が困惑した。
「殺人事件でござるかぁ、ならば拙者の出番でござろう」
パールの後ろから顔を覗かせた阿久沢・木菟(忍者もどき・d12081)がうんうんと頷く。さらにぞろぞろと部屋に入ってきた灼滅者たちに、男性が顔をしかめた。
「君達は何なんだ!」
「生前、千鶴殿の父親に雇われた探偵の助手でござる」
調査報告に来たと言う木菟に、顔を真っ赤にしておじが怒り出す。すぐになだめる様に前に出た千鶴が怒りを沈めるように話かける。
「おじさん、そんなに怒ら……」
「犯人はお前なんだ、私に触るな!」
おじに突き飛ばされ、痛みを覚悟した千鶴は目を閉じた。ぼふっと言う音と、痛みとは程遠い感触に千鶴は顔を上げる。
「く、くまさん?」
「ストップダヨ。女の子を集団で吊るし上げるモノじゃアリマセン!」
そっと千鶴を後ろに隠すように前に出たのは、キグルミを着た鹿崎・走狗(ナゾのキグルミ・d10436)だった。
「そういうあんたたちこそ犯人じゃないのか?」
父を失った傷心に漬け込むえげつないやり方に、四津辺・捨六(灼滅者・d05578)の声はどこかとげとげしい。茶番に付き合わずに、問答無用に灼滅できたら楽なのにと思う。
しかし、エクスブレインの予測から外れれば千鶴を助けられなくなってしまう。だったら、茶番に付き合うまでだと言うようにまっすぐ前を見る。けれどどうしてか、捨六の目元は影が落ちはっきりその目を見ることが出来ない。
「な、何で私たちが犯人になるんだ!」
捨六に怯えたのか、おじが一歩後ろに下がる。
「犯人じゃない自信があるなら、俺らが推理させてもらったって構わないよな?」
下がった一歩の距離を詰めて真城・季桜(桜色コヨーテ・d01990)が笑った。
「どうしてあなたたちにそんなことをさせなくちゃいけないのかしら?」
おばが値踏みするように目で灼滅者たちを見る。
「友人だ」
捨六の声にパールもこくんと頷く。
「おともだち」
「え……」
戸惑いの声を微かに上げた千鶴の肩にガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)の腕が回される。
「ガハハ、いい友達を持ったな!」
にっと笑うと八重歯が覗いた。ツインテールの髪に頬をくすぐられた千鶴が思わずくすぐったそうに笑った。
「それじゃあ、友人と信じてもらえたところで……」
アリバイを聞こうとした禄此土・貫(ストレンジ・d02062)の目の前に探偵の服が突き出される。持っている手はキグルミの手。キグルミの中から取り出した服を走狗が差し出している。
長く伸ばした前髪で見えない目を貫は瞬きさせる。横ではいつの前にか探偵服を着た……というより着られているという表現の方が正しいパールが立っていた。目が合うと変わらない表情のまま呟かれる。
「かたちからはいって、みた」
「よし、アリバイを聞かせてもらうぜ?」
成り行きを見守っていた板尾・宗汰(ナーガ幼体・d00195)が不遜な笑顔を向けて、探偵のマントをばさっと羽織った。
●推理
渋々ながらも自分たちのアリバイを口にする千鶴の家族。ガムと宗汰、走狗の三人が千鶴を守るように待機し、残りが推理を始める。
「お互いの証人になった母親と祖母は除外ってことでいいよな?」
季桜の言葉に全員が頷いた。残るは三人。
「おばはどうでござるか? レシートに不審な点はないでござろうか……」
木菟が貫が持っていたレシートを覗き込む。しかし別段怪しいところもない上に、夢の中の千鶴が日付も今日で間違いないと言う。
「かいもの、たくさんひと」
買い物のレシートがあるということは店員とも話をしている。不信感は拭えないが、木菟の納得の元、おばを除外する。
「残るは祖父とおじだな」
千鶴の傍にいながら話を聞いていた宗汰がちらりと二人を見る。
「なんだと!?」
我慢ならないと言うように一歩前におじが出ると、さっと千鶴を守るように待機していたメンバーが前に出た。千鶴には指一本触れさせないという様子に、おじがたじろぐ。
そんなおじを微かに視界にとらえてパールが呟く。
「にんずうのこと、いったのおじいちゃんだけ」
祖父の言った言葉はひとりで部屋で寝ていた。わざわざひとりと言った祖父のことが気になった。
「遺体の状況から見て、急所を一突き……こんなこと老人にできると思うか?」
ふと疑問に思った季桜の言葉に捨六も同意する。
「祖父より腕力もあり、アリバイがなく犯人を仕立てあげようとしたおじが怪しい」
推理していた全員が顔を見合わせ頷いた。千鶴を守るように立っていたメンバーに顔を向けると、構わないと言うように頷いていつでも戦えるように構えた。犯人を間違えればすぐに襲ってくる可能性もある。
「拙者、真実の尾を掴んだでござる!」
偉そうにバーンっと、告げた木菟に五人が緊張した顔をする。
「犯人は……おまえだ!」
捨六の声と一緒に全員がおじを指差した。
「なっ、私のはずが!!」
「はんにん、です」
否定しようとしたおじをパールが止める。口をぱくぱく動かしているのにおじの声は聞こえなくなり、灼滅者と千鶴以外の人が消えて行く。それに伴って空気が重くなって行く。
すぐに貫は魂鎮めの風で千鶴を眠らせる。
「大丈夫……次に目が醒めた時には、ちゃんと日常に戻ってるから」
「な……にを……」
倒れた千鶴をガムが支える。
「ガハハ、ウチらに任せて少し眠ってな」
ガムのライトキャリバーに乗せるのを走狗が手伝う。
「マッテて、必ずタスケルヨ」
そっと呟いた走狗の声に、宗汰の声が重なる。
「来たぜ」
クローバーのマークを漂わせた体が現れ、シャドウを守るかのように四人の配下が前列に現れた。
「影狩りの時間にござる……」
すっと目を細めた木菟が武器を解放する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行!」
そして、構えた灼滅者たちがシャドウを見つめた。
●開戦
「くだらないことしやがって、まずは頭を冷やしてやるぜ」
宗汰が呟くのと同時に、配下四人の周りで空気が冷え切っていく。それに合わせてガムがロケット噴射を伴った強烈な殴りを加える。護符を持った配下の足元が微かに揺らいだが、何とか持ちこたえている。
「ガハハ、ヒーローの一撃、きいただろう!」
ふわりと、すぐに間合いを取ったガムがツインテールを揺らして笑う。すぐにとどめをと捨六がギターをかき鳴らし、音波で攻撃しようとする前にシャドウが一時的に力を注ぐことで護符持ちを回復させる。
音波の攻撃は敵を痛めつけはしたが、とどめを刺すまでに至らない。悔しそうに奥歯を鳴らした捨六がはっと上を見上げた。
前列にいる六人と走狗のビハインドに向かって矢が降り注がれる。各々に痛みをこらえる声が上がる。体勢を整える前に、死の力を宿した断罪の刃が走狗を襲う。
避けようとしたが間に合わず、刃が振り下ろされた。しかし、代わりに声を上げたのは季桜だった。ライトキャリバーのヨザコの上で、眉を寄せる。
胸元にトランプのマークを出現させ、自分を回復させる季桜。この結末が変わっても、父親の死はかわらない。悪夢の後には、辛い現実が待っている。それを受け入れなければいけない千鶴のことを思い、痛みを振り切るように首を振る。
カタコトで礼を告げた走狗がお返しとばかりにどす黒い殺気を無尽蔵に放出した。すぐに護符持ちが最もダメージを受けた味方を回復し、鋼糸が糸の結界を張り巡らせる。
「エナジーサーキット、出力安定。全システム、オールグリーン。起動。機動。対象確認。破壊します」
傷を受けても全く表情に出ないパールが機械的に呟き、剣を構成する光を爆発させた。仲間の傷を回復させるために、貫が浄化をもたらす優しい風を招く。続いて木菟がさらに仲間を回復させる。夜霧が仲間を包み、正体を虚ろにした。
再び迫る断罪の刃を走狗が避けるのと同時にガトリングガンを連射させる。それに合わせて心を惑わせる符をガムが飛ばした。
耳に嫌な響きを残して護符揃えを持った配下が煙のように消える。仲間を痛む心は全くないのか、消えた者には興味がないというようにシャドウが攻撃を仕掛けてくる。
漆黒の弾丸が宗汰を撃ち抜く。くぐもった声を上げた宗汰を貫がすぐさま回復させるが、強烈なシャドウの攻撃に完全に傷を癒すことが出来ない。すぐにそれを察した季桜がさらに宗汰を回復させる。
「くっ!」
回復させている間に彗星の如き強烈な威力を秘めた矢が捨六を貫く。しかし一歩も下がることなく、再度ギターをかき鳴らす。音波に体を傷つけられた配下は苦痛なうめき声を上げて、消えて行く。
「これはけっこう骨が折れるな」
●光差す瞬間
配下の数は半分に減ったが、シャドウの強力な攻撃と回復になかなか残りの半分を灼滅することが出来ない。攻撃すれば回復され、シャドウに攻撃されればこちらが回復優先になってしまう。
回復出来ない傷がこれ以上、増えて行けば戦況はかなりきついものになる。敵もそれは同じなのだろう。どちらもそろそろ決着を付けようと、改めて武器を構えなおす。
「ガハハ、ヒーローは負けない!」
強烈な一撃を食らわせたガムに続いて、宗汰の漆黒の弾丸が配下を撃ち抜く。回復しようとするシャドウより先に、仲間のために壁と徹していた季桜が動いた。
オーラを拳に集束させ、凄まじい連打を繰り出す。回復が間に合わなかった咎人の大鎌を持った配下が声も出せずに消えた。
残りの配下が一人になったためか、シャドウが怒りを含んだ叫び声を発した。思わず耳を塞ぎたくなるような声に灼滅者たちは持ちこたえる。千鶴を守るのだと。
捨六もオーラを拳に集束させて配下を連打する。攻撃より何より千鶴を守ることを優先させていた木菟もここが戦い時と、刃をジグザグに変え切り刻む。
ふらついた配下に走狗とパールがとどめの攻撃を加える。
「終わりダヨ」
「破壊」
走狗が爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を連射するのと一緒に、ビハインドが攻撃する。同時にパールの漆黒の弾丸が撃ち貫く。
苦痛の声を上げながら最後の配下が消えた。一瞬の沈黙。攻撃するかのように動いたシャドウに全員が体を緊張させる。
しかし、目的を果たせないと感じたのか動きを止めすーっと消えて行く。全員の身体から力が抜けた。
貫もほっと胸を撫で下ろす。戦いの前に千鶴に言った言葉。吐いた唾は飲み込む事が出来ない。千鶴に言った言葉が嘘にならなかったことに安堵した。
実際はシャドウも倒したいところではあるが、贅沢は言えない。深追いして千鶴を救えなくなるならば、確実に救える方法を選ぶだけだった。
「ん、うぅ……」
夢の中で目を覚ますという不思議な体験をしている千鶴が瞳を瞬く。別荘の部屋は戦いでぼろぼろになっていた。慌てて父親の体を探そうとした千鶴の瞳を涙が溢れる。
頭の中では父親がもう一週間前に死んでいることを理解している。
「……なぁ、お前」
涙を流し続ける千鶴に季桜がそっと声をかける。
「泣いてたって自分を苦しめるだけだぜ?」
けれど千鶴の涙は止まらなかった。大好きだった父親がもういないことが辛くて辛くて仕方ないのだ。
「おめーは親父のことどれだけ知ってる?」
優しさだけじゃなく、財産を築くためにそれなりの苦労や目標があったはずだと季桜は千鶴に話し続ける。
「泣いてる暇なんてねー。親父が生きた足跡を見てきやがれっ!」
とんと背中を叩かれたことで、千鶴が顔を上げた。目の前には自分を心配そうに見つめる灼滅者たちの顔とちゃっかり推理小説を読んでいる走狗がいる。
「辛いことが有る時、誰か一人、友を見つけるでござるよ。そうすればもう悪夢に呼ばれる事は無いでござる」
気休めではあるが、千鶴の心が少しでも安らげばと木菟は思う。顔を上げたキグルミの手がそっと千鶴の頭を撫でる。
「イイ子、イイ子」
父親の手を思い出して最後の涙が溢れた。
「げんき、だして」
パールの言葉に千鶴は微かに微笑んだ。きっとまた泣いてしまうこともある。けれど自分は一人ではないということを忘れなければ、悪夢に捕まることはもうない。
父親の死ではなく、生に目を向けることを願っていた季桜は千鶴の微笑みに安堵する。もう千鶴は大丈夫だと。
「んじゃ、オレたちは先に帰ろうぜ」
相変わらずの不遜な言い方の宗汰に皆が頷く。ガムのガハハという声と共に、灼滅者は千鶴の悪夢から抜け出す。最後に千鶴を振り返った灼滅者たちの瞳には、暗い悪夢が崩れながら光の粉になって千鶴に降り注ぐのを見た。
千鶴の心に光が差し始めた瞬間だった。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 9
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