鶴見岳の激突~Triangular Facet

    作者:西宮チヒロ

    ●Preludio
    「皆さんのおかげで、別府温泉の鶴見岳から現れ、日本各地で事件を起こしていたイフリート達は灼滅されました」
     本当にありがとうございました。
     小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)はそう言うと、集まった灼滅者達へゆっくりとした所作で一礼した。肩口から零れ落ちた柔らかなミルクティ色の髪はそのままに、笑みを湛えていた双眸を真摯なそれへと変える。
    「ただ、あの後、鶴見岳の調査と、その原因を解決するために準備を進めていたんですが……ちょっと困ったことになってしまって……」
     作戦の失敗により戦力を減らしたイフリート達。
     彼等がいる現在の鶴見岳周辺に、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結してきていると言うのだ。
     エマは、手にした譜面ファイルを開くと、挟んであった一連の資料へと視線を落とす。
    「ソロモンの悪魔達の目的は、イフリート達が集めた力を横取りすることです」
     横取りした力は、自分達の邪悪な目的に利用するつもりだろう。イフリート達の戦力が激減しているこの好機を逃すまいと、悪魔達は現地で着々と準備を整えている。
     悪魔軍勢の主力は、強化一般人。
     ソロモンの悪魔からは『デモノイド』と呼ばれている彼等は、ダークネスに匹敵するほどの力を持つ。
    「このまま放置したとすると……イフリートとソロモンの悪魔達の戦いは悪魔側が勝ち、彼等はもっと強大な勢力になるでしょう」
     敗北したイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す。
     が、鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要はないという判断からだろうか。悪魔軍勢もまた、逃走するイフリートに対してはほとんど攻撃を仕掛けず、イフリートもかなりの戦力を残すこととなる。
     つまり、このまま見過ごせば、ソロモンの悪魔一派は強大な力を得、そしてイフリート勢もまた、その戦力を殆ど失わずに逃走する──最悪の結末が待っている。
    「残念ながら、今の私達にはこの2つのダークネス組織と正面から戦える力はありません。……でも、だからって何もできないわけじゃありません」
     できることは、ひとつ。
     2つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果へと導く。
    「そのために──皆さんへは、この抗争に介入して欲しいんです」
     
    ●Terzetto
    「方法は3つあります」
     右手の指を3本立てて示すと、エマは譜面ファイルから幾つかの資料を取り出し、机へと並べた。

     1つ目。
     後背からの、ソロモンの悪魔軍への攻撃。
     この方法なら、鶴見岳を守るイフリート達と共に悪魔勢を挟撃する形になるため、有利に戦うことができる。
     ただし、別府温泉でイフリート達を灼滅した灼滅者達も、また彼等にとっては憎むべき敵。イフリート達と戦場で遭遇すれば、三つ巴の戦いとなることは必至だろう。
     ともあれ、悪魔勢を壊滅させることができれば、彼等に鶴見岳の力を奪われるのを阻止することができる。そして悪魔勢壊滅後は、イフリート達は灼滅者達との連戦は避け、鶴見岳から脱走してゆく。

     2つ目。
     鶴見岳の麓にある『ソロモンの悪魔の司令部』の急襲。
     司令部にはソロモンの悪魔の姿が多数あり、戦力はかなり高い。普段は表に出てこないソロモンの悪魔と、直接対決する機会でもあるだろう。
     ただ、鶴見岳の力さえ手に入ってしまえば司令部の悪魔達は戦わずに撤退するため、無理に戦う必要もないことは確か。
     そして、司令部を壊滅したとて、鶴見岳をソロモンの悪魔勢が制圧してしまえば、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまうことも、また。
     無論、デモノイド軍だろうと司令部だろうと、多くのソロモンの悪魔を討ち取れば、それだけ彼等の組織を弱体化させることができるから、どちらも意味のある戦いではある。

     3つ目。
     イフリート達の脱出を阻止、灼滅。
     鶴見岳から敗走したイフリート達は、今後各地で様々な事件を起こすだろう。その事件を未然に阻止するためにも、これは重要な介入となる。
     ソロモンの悪魔勢との戦いで疲弊している今は、イフリート達を討つ千載一遇のチャンスともいえるかもしれない。

    「これら3つのどの方法で介入するか……それを決めた上で、それを成功させるための作戦を練って下さい」
     介入に赴くのはここに集まった皆だけではない。
     どの方法にどれだけの戦力を配分するか。その全体的なバランスが、結果を大きく左右することとなるだろう。
     説明を終えると、エマは一同へと視線を巡らせた。
     ダークネス同士の大規模戦闘への介入──それがどれほどに危険で、難しいか。知っているからこそ、どんな言葉も無責任で、無意味に思えてしまう。
     それでも、少女は柔らかに笑む。
    「……お茶、淹れて待ってますから」
     だから絶対、帰って来て下さい。
     そう、願いを込めて。


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)
    フィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    緋野・桜火(高校生魔法使い・d06142)
    アシリア・カナート(エターナルエイティーン・d08892)

    ■リプレイ


     鼻をつく腐臭めいた匂いが、あたりに満ちていた。
     恐らく、風上にある鶴見岳の山腹から流れ出たものだろう。温泉独特の香りは薄らぐ様子もなく、アシリア・カナート(エターナルエイティーン・d08892)は柳眉を顰めたまま、静かに、そして深く口で呼吸した。
    「ずいぶんと大規模……戦争だね、こりゃ」
     枯れすすきの群生に身を隠しながら、佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)が肩をすくめる。学園の生徒数百人を投入しての介入。そして敵の数も相応。三つ巴となる三者の思惑を成さんと争い戦う、まさしくこれは戦争に他ならない。
     いくつかあった選択肢の内、灼滅者達が選んだ作戦は、悪魔勢との戦いから逃れてきたイフリートの残党の灼滅だった。
     三つ巴となる戦場の位置や周囲の環境から、逃走してくるのならばこのあたりだろうと、一同はこの平野に目星をつけた。辿り着くまでの足場や視界は険しかったが、自然が自ずと路を譲る殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)の前では、何ら障害にもならなかった。
     幻獣に嗅ぎつかれぬようにと、彼等が身を潜める場所として選んだのは風下。雪はまだ残ってはいるものの、山の稜線に添って枯れ果てた草木が続く場所だった。視界を巡らせども見えるのははしばみ色の大地と、薄曇りの空ばかり。頃は夕刻のはずだが、陽は見えない。
     最初の動きを捉えたのは、フィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799)の、その双眸ではなく耳であった。
     様子を窺わんと構えていた双眼鏡を外し、景色と同化したフードを手で押さえながら僅かに体を起こす。遠くで聞こえ始めた轟く音。そして、離れたこの地にまで伝わる風の震え。それは紛うことなく、三つ巴の戦いが始まったことを意味していた。
    「どうやら始まったようだな」
    「でも、何かおかしくねぇか?」
     枯葉染むマントに身を包んだ淳・周(赤き暴風・d05550)に問われ、緋野・桜火(高校生魔法使い・d06142)は真紅の丸サングラス越しに瞳を細めた。双眼鏡をあてがい、視線を巡らす。
     辺りには何の影も見当たらない。
     炎の獣も──そして、仲間も。
    「──いない」
    「いないって……」
     武装解放。そう命じるような声と同時に、桜火の手中に現れたバスターライフル。咄嗟に名草とアシリアも双眼鏡を手に取り、そうして瞬時に理解する。
     逃亡阻止に回った仲間が、少ないのだと。
     瞬間、遠くの戦闘音が一層湧き上がり空に響いた。
     何十という班ができてはいたが、そのうちどれだけがあの音の中にいるのだろう。正確な数は解らないが、全体の大半はあちらに向かったのだということは、この周囲に潜む他班の仲間の少なさも合わせて、容易に察しが付いた。
    「……それでも、やることは変わらないわ。喰らい尽くそう……かげろう」
     今回の彼等の企みを完全阻止するために。一体でも多くの獣を、討つ。
     神薙・弥影(月喰み・d00714)は声を潜めて影なる狼を目覚めさせると、獣と己、4つのまなこで枯れた景色の遙か一点を見つめた。レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)等もそれに気づき、身を屈めたまま機を窺う。
     視線の先に現れた影は、3つ。
    「追い詰められた生き物ほど恐ろしいものはない。……それでも、できる限りこの場で仕留めたいね」
    「……ええ」
     Time for end and opening──。
     時を告げる魔術師たる娘が、静寂を名に持つ相棒を喚んだ。


     衝撃波と炎が、三つ柱となって灼滅者達を飲み込んだ。
     繰り出した拳は空を切ったのだと、瞬時に気づく。身体ごと吹き飛ばさん勢いの炎波に飲まれながらも、逆に周は口端を上げた。
    「やるじゃねえか……!」
     負けぬという意思の表れか、それとも愉楽故か。真紅の女は焔血のごとき闘気を纏い、すぐさま大地を蹴って間合いを詰める。
     幻獣は3体。
     僅かな差異ではあったが、そのうちより負傷していると思われる巨体へと、千早も呼気を合わせて飛び出した。
    「ガイオウガとやらには、永遠の眠りについてもらうぞ」
     浴びせられた炎がまだちろちろと皮膚を焼き続けるが、構いはしない。ソロモン強襲組が追い払ってくれたイフリートなのだ。この三つ巴の戦いを制するためにも、ここできっちりと片を付けねばならない。
     残り火を振り払いながら、弥影は頬に張り付いた黒髪を払う。
    「あなた達の企み……阻止させてもらうわ」
     少女の狼が影となって幻獣の足許へと食らいつく。皮膚か、肉か。炎と共に溶けるように剥がれ落ちた何かに代わり、新たに顕になった下層の炎へと、周の炎と千早の氷が襲いかかり、残る2匹をも巻き込んでゆく。
     連撃を受けた幻獣の身体が、僅かに蹌踉めく。その隙をついて、レニーは細くしなやかな指先で挟んだ導眠符を解き放った。
    「避けたりしないでね」
     刃のような鋭さをもって放たれた符を追うように、桜火のライフルも唸りをあげる。この三つ巴の戦いは、リスクもあるがチャンスでもあった。ダークネスに打撃を与えられるこの機を、逃すわけにはいかない。
     尚も傷が刻まれ、熱が奪われ、たまらず炎獣は悲鳴のような咆吼を轟かせた。
    「一難去ってまた一難……今日のイフリートさん達はかわいそうですね」
     穏やかな声とは裏腹に、フィーナルの唇が紡ぎ招いたのは死の氷棺。彼女の霊犬たるカルムが刃での一撃を見舞う傍ら、真冬をプレゼントです、と娘も鋼糸を繰り出す。癖になってしまうかも。まるで獣を調教しているかのような、そんな気すら思えてしまう。
    「さぁ、行くよ轟天!」
     名草の声に呼応して、ライドキャリバーが吼える。名草の影が一瞬にして膨張し天を染めると、轟天の銃口が火を噴いた。獣は寸でのところで飛び下がり影から逃れたが、着地したその場所は一輪機の見舞った弾丸の終着点でもあった。
     影と鉛が爆ぜる、その上空を飛ぶのはアシリアだ。憤激しているのか、更に炎を波立たせる幻獣の周囲を艶やかな青髪を靡かせて旋回すると、緑染むその瞳に狙う獣の姿を捉えた。双眸を細める。瞬間、三度目の氷撃が炎の化身を襲った。
     幻獣の咆吼が、灼滅者達の鼓膜を劈いた。
     鬣を振り乱し、巨躯を撓らせて跳躍する。思考など持たぬ彼等だからこそ、狙うは最も苛烈な一撃を見舞ってくれた者。
     弥影は咄嗟に距離を取らんと後ろへ下がるが、躱しきれなかった牙が、容赦なく少女の細い身体を穿った。癒やされぬままだった炎傷は更に広がり、枯草ばかりの大地に緋の花を落とす。
     続く2体の狙いは、千早とフィーナルであった。ひとつは口腔から豪炎を吐き出し、ひとつは巨体とは思えぬ身軽さで地を蹴り、叩きつけるように爪を見舞った。
     幻獣等の一撃は、どれも酷く重かった。
     急ぎレニーが光輪による癒しを施し、足りぬ分は弥影らも自身を治癒するも、そもそも従来であれば1体に対し8人で対峙しなければならないほどの敵が3体もいるのだ。否応なしに攻撃の手数は減り、回復を余儀なくされる。
    「教えてやるよ。魂のこもった拳の重さをな!」
     そんな中、ディフェンダーたる周は比較的余力を残していた。巨躯の後ろに回り込むと、紅き長髪を炎風に棚引かせながら、炎を宿した拳で連撃を叩き込む。
     ソロモンの悪魔とイフリート。まったくもって嫌な取り合わせだと、周は眼前の敵を睨め付けた。とは言え、物語などではイフリートは魔術で召喚されるのが伝統のようなものでもある。ある意味、正しいのかもしれないが。
     宙を駆けるアシリアもまた、貴重な攻撃手のひとりであった。
     軽やかに身を翻したかと思えば、一気に加速し奇を衒う。娘はまさに戦空を支配していた。囁くように詠唱を織り交ぜ、生み出した魔法矢は真っ直ぐに獣の首筋を貫き、無数の火の粉が吹き出し零れ落ちる。
     回復に手数が割かれているだけ、火力の減少は否めない。
     それでも何か違和を感じた狙撃手の女は、誰ともなく疑問を零す。
    「……おかしくはないか?」
    「おかしいって……何が? 桜火さん」
     不意な問いかけに、名草が傍らへと疑問を返した。桜火はサングラス越しに双眸を窄めると、敵を捉えたまま答える。
    「ヤツらの傷だ。私達が想定していたよりも、負傷していない」
     本来の作戦では、イフリート等はソロモンの悪魔勢との戦いで疲弊していることを前提としていた。疲弊しているからこそ、討伐もまた、成功し易いだろうと。
     だがここに逃れてきた彼等は、負傷はしていたものの、疲弊しているほどではなかった。
    「つまりそれって……」
     フィーナルもひとつの答えに辿り着き、瞳を見開く。

     疲弊せずとも逃げ延びてきた獣達。
     それは、灼滅者等による、疲弊前の──尚早なる介入を意味していた。


     陽の在処も解らぬまま、気づけば空は宵へと移っていた。
     癒し手が足りぬまま、それでもレニーは光輪での治癒を止めることはなかった。他班に援軍をとも思ったが、やはりイフリートの灼滅に向かった数が少なかったのだろう。見渡すばかり枯れた草木ばかりのこの平原には、すぐさま連絡の取れる仲間の姿はない。
     携帯電話や信号弾も、用意はあった。だが、敵3体は未だ健在。それらを使うことで失う一手が、命取りにもなりかねない。それは、この場にいる誰しもが十分に理解していた。
     突如、獣が高らかに吼えた。続けてもう1体が呼応するように声を重ねれば、残る1体が短く啼く。それは彼等の合図であった。
    「まっ、待てよ! 待ちやがれ!!」
     周が咄嗟に追いかけるも、傷の浅い2体はそれを躱すようにひとつ大きく跳躍すると、そのままたちどころに夜の闇へと姿を消していった。
     彼等の最たる目的は、逃亡。
     恐らく、状況的に自分達が有利と判断したのだろう。わざわざ傷を増やしてまで戦うまでもないと、逃亡を選んだのだ。
    「……お前は見逃がしてやる訳にいかない」
     そう槍を構え直して告げると、残された獣もまた、千早を睨め付け低く吼えた。傷つけど、尚も威嚇せんと牙を剥き出す。
    「だな! 少しでも数削って惨劇減らさねえと……!」
    「ええ……!」
     一体でも多く、倒す。
     それは弥影とて同じ気持ちだった。頷く娘の傍ら、影揺らめかせた狼が駆けだした。漆黒の身体は辺りの闇へと溶け、触手となって炎獣の首を絡め取る。弥影がその瞳に力を込めると、軋む音が増し、獣は一層苦痛に顔をゆがませた。
     枯色の地に僅かに残っていた雪は、炎に焼かれ、踏み荒らされ、もうとうにない。その煤のような草葉を散らしながら間合いを詰めると、周は爆ぜるように飛翔した。
     眼下に敵を捉えると、その身体ごと炎を抱く拳を幻獣へと叩きつけた。燃え盛る鬣を突き破り、肉を断つ感触が腕を伝う。一気に腕を抜いたところに、上空を旋回してきたアシリアの魔法矢が穿たれれば、吹き出した血色のどろりとした火の粉が、四方の野原を更に焼き潰した。
     イフリートの脱出防止に、もう少し戦力を割いていれば。
     三つ巴戦で、イフリートを消耗させるように戦わせていれば。
     だが、今はそれを嘆く時ではない。
     あれほどの攻撃を受けても、まだ倒れぬ敵。ふと過ぎる畏れを、名草はすぐさま打ち消した。
     恐いね。恐いよ。
     けど、放っておいて僕の世界が壊れるのはもっといやだ。
     ──なら。
    「やることはひとつ、だよね」
     僅かに揺らいだ幻獣の足許を縫いながら、名草はキャリバーで駆けた。死角となる位置から狙いを定め、黒曜石の欠片を手に想念を解き放つ。闇を思わせるほどの漆黒となったそれは弾丸を成し、聳える巨躯に無数の風穴を開ける。
     巨体の炎が、夜の帳に大きな影を落とした。
     幻獣の命の残り火も、あと僅か。
     そう察した桜火は、治癒の手を止めライフルを構え直す。残された力では支えきれぬのか、不規則に揺れる身体。けれど緋色の双眸は、確りと動きを捉えていた。
     狙いを定め、銃身を向け、トリガーを引くまではほんの一瞬。夜を一閃した光は一直線に戦場を奔り、揺らぎ仰け反った獣の、その顎から脳天を貫いた。
     状況を見て取ったレニーもまた、攻撃へと転じた。同情なぞするはずもない。ダークネスは敵。ならば逃さず討つまでだ。
    「この腕なら、イフリートといえど痛がるかな」
     そう笑みを湛えるレニーの片腕は、瞬く間に異形と化した。小柄な体躯に繋がる巨大な腕。それは確かに彼の武器であった。動きの鈍った獣との間合いを一気に詰めると、軽々と振り上げた豪腕でそのまま巨躯を薙ぎ払う。
     もんどり打つかのように崩れ落ちた幻獣。
     その身体のここそこに刻まれた傷が、己の炎で浮かび上がる。
    「カルム」
     フィーナルが囁くように愛しき霊犬を呼べば、カルムのその刃が閃き、獣の腹へと新たな一太刀を生む。
     すべてを終わらせましょう。そうして、私達を送り出した少女の元へと帰りましょう。
     優しく残酷な白雪のように、娘は柔らかに微笑む。
     謝罪と、そして弔いの祈りを抱いて、描き生み出すのは淡くほの青く灯る魔方陣。時計にも似た魔法円に、無数の数字が展開して織りを成し、忽ち巨躯を氷棺へと封じ込む。
     これを倒しても、逃した敵を討たぬ限り、安堵はできないのだろう。
     けれど、これが春を迎えるために必要な一手であることもまた、確か。
     起き上がらんとした幻獣を、千早の鋼糸がすかさず拘束した。最後の抵抗と言わんばかりに、怒り狂った獣の牙が千早の肩を深く抉る。
    「鶴見岳は墓標だ……お前達の野望の、な」
     腕を伝い落ちてゆく血が、足許に大きな血溜まりを作る。
     その緋海へと力なく滑り落ちた巨躯は、轟音と共に火片となって、消えた。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ