鶴見岳の激突～炎牙相克

■リプレイ

●鈍色
　夕の鶴見岳はよく冷えた。しかし、灼滅者達の踏み締める地面は、雪が溶け土が顔を覗かせている部分も多い。それはこの地で、イフリートが活動している証だろう。
　手に触れる幹の硬さも、靴底越しに伝わる地の感触も、こんな時でなければ心から楽しめただろうに。ソフィリア・カーディフ（春風駘蕩・d06295）はそう思う。
　この場にいる灼滅者達が選んだ策は、ソロモンの悪魔の軍勢を背後から急襲する事。木々の隙間を縫うようにして進む彼らの足取りは、至極慎重だった。
　背面からの奇襲という作戦は、正々堂々という言葉からは遠く離れていて、媛神・まほろ（イーストマリアージュ・d01074）はそれを少し後ろめたく感じる。けれど、危険な作戦と承知で来たのだ。優先すべきは、全員揃っての帰還と心得ている。
　ふ、と白く煙る息を吐き、透純・瀝（地宙界・d02203）は拳を握った。内に秘めた決意を握り込むように、強く。
「チョコ食べるか？」
　そんな瀝に、ヒラニヤ・ロイス（ラーズグリーズ・d12254）がチョコレートを一切れ差し出した。漂う甘い香りに、張り詰めた気分が少しだけ和らぐ。瀝は一人ではない。仲間も、霊犬の虹も、一緒なのだ。
「――いました」
　落とした声で仲間達へ呼び掛け、雨谷・渓（霄隠・d01117）は木の陰に身を隠した。他の皆も、それに倣う。
　立ち並ぶ木々を抜けた先では、ソロモンの悪魔の軍勢と、イフリート達とが、互いの姿を認め合った所だった。戦いが始まる前の、殺意を抱いた沈黙が辺りを満たしている。
　ソロモンの悪魔の軍勢は、後方に強化一般人を配置していた。灼滅者達が最初に相手取るのは、彼らになるだろう。
　そして、軍勢の最前線。イフリート達と直接ぶつかり合う位置に配されているのは――
「あれが、デモノイド……？」
　雨宮・悠（夜の風・d07038）の押し殺した呟きに、銀・紫桜里（桜華剣征・d07253）も息を呑んだ。
　それは、人のかたちをしていなかった。
　その全身は青く、隆々と盛り上がった筋肉の所々を、銀の輪のようなものが締め付けている。装身具らしきものはそれだけで、他は衣服すら身に着けていない。武器も手にしていなかったが、体の一部が刃のように変形している者も多かった。
「彼らは……助けられるのでしょうか」
　紫桜里の言葉に答える者はいない。
　手にした妖の槍の柄を、百枝・菊里（アーケインワーズ・d04586）は更に強く握り締めた。深く息を吸い、宿敵への怒りと嫌悪を堪える。
　イフリートが咆哮を上げ、場の空気が震えた。
　ソロモンの悪魔の軍勢が地を蹴り、イフリート達との距離を詰める。
　それから間も無く、その場は戦いの紡ぐ熱気と怒号に埋め尽くされた。

●銀鼠
　イフリート達とソロモンの悪魔の軍勢が戦い始めてから、３分。
　事前に決めていた時間が経つと、ソフィリアは藍の瞳を仲間達に向けた。
「とりあえず、一つ一つつぶして頑張ろう♪」
　バイオレンスギターの弦を指で軽くなぞって、悠が努めて明るく言う。そうですね、と微笑んで、まほろが前に進み出た。彼女らと共に前衛を担う、紫桜里がその後に続く。
　もはや物音を気にする必要は無い。灼滅者達は一気に軍勢の背面へと飛び出した。
「な、何だこいつら！」
「うん、ちょっと邪魔しに来た」
　困惑した様子の強化一般人へ、瀝はそう言ってエメラルドの双眸を細める。
「まずはこの人達からですね」
　ソフィリアの言に頷いて、まほろは自分と仲間へ障壁を広げた。灼滅者達の前に立ちはだかったのは、男が３人。服装はそれぞれ、くたびれた作業着、よれたコート、汚れたスーツとばらばらだが、全員が警棒に似た物を持っている。恐らく、それほど強くはないだろう。
「……いきます」
　自らを奮い立たせるように呟き、紫桜里が両腕を広げる。無尽蔵の殺意が男達を捕らえ、貫く。振り下ろされた警棒を身を捻って避け、ソフィリアは作業着の男の顎を下から打ち据えた。
　腱を狙った悠の影業を弾き飛ばして、コートの男が警棒を構える。濁った光の矢が前に出た渓を穿った。傷は浅い。
　渓が解体ナイフを振り抜くと、影を宿した刃が作業着の男の腹を抉った。男の顔が、痛みと、別の何かに歪む。
　スーツの男が放った光矢を避けて、菊里は槍の穂先で弧を描いた。男達の体温が急激に下がり、真白く凍り付く。ぱちん、とヒラニヤが指を鳴らし、作業着の男を氷ごと風の刃で切り裂いた。
　まほろの指輪が光弾を紡ぎ、貫かれた作業着の男が倒れる。コートの男が彼女の肩を強かに打った。その痛みを和らげたのは、瀝の掌から零れた癒しの光。
　長い銀の髪を揺らし、ソフィリアは汚れたスーツの腹目掛けて槍を突き出す。冴えた光を宿した穂先は鮮やかな螺旋を描き、スーツの上着に血を滲ませた。僅かに怯んだ隙を逃さず、渓がその傷口を歪に広げる。
　悠がバイオレンスギターをかき鳴らして、刃と化した音波でスーツの男を傷付けた。
「……さっさと終わらせな」
　ヒラニヤの足元から伸びた影が、スーツの男を音も無く呑み込む。彼の口元には、知らぬ間に小さな笑みが浮かんでいた。戦いの喧騒に満ちたここは、昔いた場所を思い出す。
　菊里はスーツの男の側面に回り込むと、死角から槍を突き出した。意図的に威力を殺してはいたが、受けた傷の深さに耐えられず、彼もまた地に沈む。
「あと一人ですね」
　契約の指輪をなぞり、まほろはコートの男を魔弾で撃った。ソフィリアがすかさず男の懐に潜り込んで、雷を宿した拳を叩き込む。渓の両手に集ったオーラが、勢い良く男の肩に放たれる。
「これで……終わりです！」
　紫桜里が無骨な刀の腹で男を打ち据え、仰向けに倒れ込ませた。
　ひとまずの区切りに、灼滅者達はほっと息を吐く。
「まだ行けるわよね？」
　菊里が言い、皆が頷く。
　今の戦いでの消耗は無いに等しい。灼滅者達は各々の武器を握り直し、戦場に視線を走らせた。その視線が、程なくして同じ場所で止まる。
　敵を探していると思しき、２体のデモノイド。イフリートと一戦を交えた後なのか、どちらも負傷している。片方のデモノイドの傷は、とりわけ深いようだ。
　灼滅者達は互いに頷き合い、意を決してそちらへ向かった。

●錫色
　身を潜めている間、イフリートとデモノイドの戦いを見ていて分かった事がある。この２者の強さは、ほぼ互角。デモノイドは１体で、ダークネス１体と対等に渡り合えるのだ。
　デモノイドへ背後から近付いて行く灼熱者達の背を、ひやりとしたものが撫でる。相手は２体。だが、傷の深い方を素早く倒せれば、勝機はある。
「……ふむ、みんな死ぬなよ」
　静かに皆へ呼び掛けるヒラニヤに、渓が振り返って頷いた。
「勝ちましょう」
「ええ……全員で、帰りましょうね」
　仲間のサイキックが届く位置で足を止め、まほろは再びエネルギーの障壁を展開する。その加護を受けた紫桜里は、黒く染まった殺気でデモノイド達を覆った。苦鳴のような太い声が上がったが、それは明瞭な言語とは言い難い。
「話は出来そうにないな！」
　傷が深い方のデモノイドへ、瀝が掌に集めたオーラを放つ。陽の光に似たきらめきが、刃の姿に変形した腕にぶつかって弾けた。虹が灼滅者達の足元を走り抜け、デモノイドの向こう脛を切り裂く。
　唸り、灼滅者達の方へ体を向けるデモノイドの姿は、異形と言う他は無く。本当に、手段も目的も選ばないのね――苦々しい気持ちを槍の穂先に乗せて、菊里は斜めの位置から傷を抉った。悠がバイオレンスギターを爪弾き、青い巨体が揺れる。唸りと共に振り下ろされた腕が、彼女の肩へ牙のように食い込んだ。
　渓は解体ナイフを閃かせ、影と共に刃を叩き付ける。ソフィリアの拳に雷の輝きが宿り、デモノイドの顎を打ち上げて青白く爆ぜた。
　ぱちん、と響いたのはヒラニヤが指を弾く音。渦巻く風刃がデモノイドの傷を深くする。
　傷が浅い方のデモノイドが吼え、固めた拳を悠に振り下ろした。受けた衝撃は重い。
　倒れさせなんかしない。瀝の決意が温かな光を生み、彼女の傷を癒す。
　菊里が傷付いたデモノイドを螺旋状に穿ち、よろけた体を紫桜里の拳が繰り返し打ち据えた。体勢を崩した隙を逃さず、まほろは指輪から魔法弾を放つ。
　冷たい輝きがデモノイドを貫き、青い体が前のめりに倒れる。
　ほんの少しの間、もがくように地を掻いていたデモノイドの動きが完全に止まった時、灼滅者達は目を見張った。
　倒れたデモノイドの体が、ぐずぐずに溶け、崩れてしまったのだ。
　デモノイドは助けられない。その現実を突き付けられ、紫桜里は軽く目を伏せる。
　残るもう１体のデモノイドが吼え、辺りの空気を震わせた。

●薄鈍
　まほろの指輪に淡い輝きが宿り、紡がれた弾丸がデモノイドを撃つ。悲鳴じみた声を聞いた時、微かに痛んだ心には蓋をした。
　デモノイドが腕を振るい、ソフィリアを横殴りにする。細い体が少しだけ吹き飛ばされ、咄嗟に支えにしたサイキックソードが地面に奇妙な線を描く。
「頭はあまり良くないみたいですね」
「不幸中の幸いでしょうか」
　体勢を立て直し、雷を纏った一撃をお見舞いするソフィリアに続き、渓も解体ナイフを振るう。
　デモノイドが確実に灼滅者達を潰そうとしているのなら、攻撃を一人に集中させた方が効率が良い。しかし、デモノイドの狙いはまるででたらめだ。恐らく、あまり複雑な命令は受け付けないタイプなのだろう。ただ単純に、強いだけなのだ。
　悠の足元からぐにゃりと影が伸び、デモノイドの足を鋭く裂いた。揺らいだ体を、紫桜里が真横から殴り付ける。菊里の槍が脛を抉って、デモノイドの足取りを鈍らせた。ヒラニヤの伸ばした影が、デモノイドの青い体を一時ばくんと飲み込む。
「光よ……！」
　瀝が柔らかな光を紡ぎ出し、ソフィリアを照らす。灼滅者としての経験はまだ浅いけれど、仲間の背は護ってみせる。瞳に宿した思いは何よりも強い。
　戦装束の裾をはためかせ、まほろはデモノイドの腹に勢い良く拳をめり込ませる。集束させたオーラが、拳のぶつかる音に合わせて強く瞬いた。
　不明瞭な声を上げ、デモノイドが拳を振り上げる。渓を狙ったその一撃は、紫桜里が間に割り込んだ事によって阻まれた。無骨な刀に緋色のオーラを宿し、彼女はお返しとばかりにデモノイドの腕を裂く。
　悠が刃と化した影でデモノイドの脇腹を切り、ソフィリアがその傷口を槍の穂先で抉る。菊里は妖の槍を軽く回して、デモノイドの体温を急激に奪った。青い肌の表面が仄白い氷に包まれる。
　渓のナイフが奇妙な形状に変じ、デモノイドの腕に突き立てられる。ばきん、と硬い音を響かせて、デモノイドを苛む氷が厚くなった。ぐ、と歪な喉から鳴ったのは、苦痛の呻きなのか。
　紫桜里を包む癒しの光は、瀝の掌から溢れたもの。癒しが足りなかった分は、虹が補ってくれた。
　ヒラニヤのバスターライフルから眩い光が零れ、放射状の筋となってデモノイドを貫く。まほろがそれに続けて、指輪から光弾を放った。
　拳を振り上げようとしたデモノイドの動きが、何かに引っ掛かったように途中で止まる。みし、と氷が異形の体を締め付ける音がした。
　悠が猛々しい旋律を奏で、ソフィリアが顎を殴り上げる。勢いでデモノイドの体が反った。紫桜里の拳がオーラを纏い、青い胸板を強かに打つ。渓の掌から放たれたオーラが後を追った。
　傾いだデモノイドの体を、菊里の槍が深く穿つ。デモノイドは濁った声を上げると、その場でぐずぐずに溶け、崩れ落ちた。
「……終わりましたね」
　武器を下ろして紫桜里が呟き、灼滅者達の中に安堵が広がる。周囲で戦っていた他の灼滅者達も、その任を終えつつあった。この場は、彼らの勝利だ。
　近くの木に凭れ、瀝はふへぇ、と息を吐いた。この手は、仲間の背を護れただろうか。見上げた曇り空は、もう随分と暗くなっている。
「また来る機会があれば、今度はゆっくり温泉に入りたいですね」
　そう言ったのはソフィリア。自然豊かな地は、やはりゆとりある心持ちで楽しみたい。
　何処か遠い所で、また勝ち鬨が聞こえた。

作者：牧瀬花奈女	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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