鶴見岳の激突~君が最後に笑うための3つの方法

    作者:日暮ひかり

     まずは、丁重に感謝を申し上げねばならないな。
     襲撃事件を起こした鶴見の炎獣共は、君達の実に素晴らしい活躍によって退けられた。
     その後、鶴見岳の詳しい調査を行うべく、我々エクスブレインは準備をしていたのだが。
     途中、ある組織から思わぬ邪魔が入ることを察知した。
     
     ――鶴見岳に、ソロモンの悪魔、出現。

     君達にも、悪魔の企みが解るだろうか?
     今回の件により戦力を減らしたイフリート達を攻め、獣らが鶴見岳に蓄えたサイキックエナジーを横取りする事だ。
     『デモノイド』とかいったな。
     得体の知れん新兵器まで投入してきた。
     ただの強化一般人だが、はっきり言って強い。そう、ダークネス位な。
     このままだと悪魔共はあっさり勝利をおさめ、鶴見岳の力をもって更に勢力を拡大するだろう。
     君達は、悪魔が獣を喰らう事に期待するだろうか?
     残念ながら、それはならない。
     ソロモンの悪魔は非情で狡猾、計算高く無駄を嫌う。
     目的を果たせば、逃げるイフリートの残党など相手にしない。この抗争の結末は――。
     『恐るべき獣たちの多くはまんまと逃げのび、強大な力を得た悪魔が世にはびこる』。
     どうだ。考えうる限りで、最悪のシナリオだろう。
     ――――。
     
    ●warning!!!
     冷たい夕暮れに染まった旧校舎の教室に、沈黙が流れる。
     声に籠った熱を払うように、鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)は一度深く息を吐いた。
    「現在の我々が奴らの両方とやり合うのは、自殺行為にも等しい」
     そして、ゆっくりと問う。
    「それでも、止めたいと思うか」
     当然のように、『彼ら』は頷いた。
    「……だろう、な。なら勿論、俺は君達の力になりたい。これから俺は、君達が取れるだろう3つの行動をお伝えする。勝つ為の作戦ではない。『敵を利用し、掴めうる最善の結果を出すための方法』だ」
     
     1つ目の選択肢。
     それは、『鶴見岳に攻め寄せる悪魔軍を背後から襲撃する』事。
     山を守るイフリートの軍勢を利用し、悪魔軍に挟撃を仕掛けるというわけだ。
     注意点は、別府や先日の件でイフリートもこちらを仇敵と認識している事。
     もしも戦場で獣たちと出会えば、三つ巴の混戦となりたいへんに危険だ。
     悪魔どもを打ち負かし企みを阻止しても、イフリートと連戦になる事は無い。
     奴らはどのみち逃げる。つまり、両陣営が鶴見岳から完全撤退するのだ。
     
     2つ目の選択肢。
     それは、『悪魔達の司令部を急襲する』事。
     鶴見岳のふもとにある司令部には、強力なソロモンの悪魔の姿が多数ある。
     もしここで勝利すれば直接組織の力を削ぐことができるが、鶴見岳で悪魔軍が勝利した場合、どのみちサイキックエナジーの一部は奪われてしまう。
     作戦が失敗に終われば、司令部の悪魔どもは逃げるため、無理に戦う必要はないが。
     ここで大事な点は、普段表に出てこない奴らをぶっとばすいい機会だ……という事だ。
     鶴見の防衛と悪魔の撃破、どちらが効果的かに優劣もないだろう。
     
     3つ目の選択肢。
     それは、『イフリートの脱出を阻み、灼滅する』事。
     敗走した獣たちは、各地に散りその先々で重大な事件を起こすことだろう。
     奴らの暴虐を未然に阻止するため、こちらも重要だ。
     悪魔たちと戦い撤退に追い込まれるイフリート軍は、当然疲弊しているはずだ。
     ダークネス相手に、卑怯などという概念は持ってくれるな。
     我々は戦力で劣る。ゆえに、千載一遇の好機だと考えるのだ。
     
     話しながら要点を黒板に書き終え、鷹神は腕を下ろした。
    「どの道を選び、何をするか。すべき選択は、どれも変わらず困難で危険で……その先に何が待つかは、俺にも分からない」
     いつだったか、この手に全てを掴める程俺達は強くないと誰かに言った。
     俺はそれでも構わないのだと、背を向けたまま彼は言う。
    「気をつけて、は、俺は言わないからな。誰が言ったって、どうせアンタ達は最後まで死ぬほどあがくんだ。まだ浅い付き合いだが、知ってるよ。なら答えは一つだ」
     振り向いたエクスブレインはいつも通り勝気に笑い、用が出来たと足早に教室を去った。
     『俺もそうする』。
     それが、彼の出した解答なのだろう。


    参加者
    日渡・千歳(踏青・d00057)
    月見里・月夜(靴下を洗ってない男・d00271)
    タージ・マハル(武蔵野の魔人・d00848)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)
    松下・秀憲(午前三時・d05749)
    射干玉・闇夜(中学生ファイアブラッド・d06208)
    村崎・恋時(棘の華・d07502)

    ■リプレイ

    ●1
     鶴見岳山頂付近。時は夕刻に差し迫り、雪に覆われた大地は緋から陰の色に染まろうとしていた。
     所々積雪のない区域がある不自然は、炎の獣が今もこの山に息づく事実を表す。
     此度の闘いに名乗りを上げた勇気ある者の内、最も大人数が集結した悪魔軍挟撃作戦。
     景色に紛れ、38の部隊は慎重に行軍する。彼ら8人もその一端を担っていた。

     木陰に身を潜めながら、村崎・恋時(棘の華・d07502)が恐る恐る双眼鏡を覗きこむ。
     不得手な隠密行動にただでさえ高鳴っていた胸が、どくん、と跳ねる。
    「うーわー、うじゃっといるよ」
     なにコレ。ヤバい。本音は腹の内に堪えた。
     双眼鏡を渡された隣の松下・秀憲(午前三時・d05749)は、表情を変えず同じものを見た。
     山頂側で蠢く数々の灯火は全てイフリートだろう。気になる悪魔軍の前線は、魑魅魍魎の如くひしめく強化一般人の群衆に阻まれ視認出来ない。が、遠くで散る火花や獣らの動きは、開戦を指していた。
     ――あー、やべーな。
     俺大丈夫かなぁ。早く帰りてぇ。胸中をよぎる、未だ他人事めいた言葉。今から3分後に何が起きるか、覚悟はとうに済んでいるのに奇妙な性分だ。
     それでも秀憲の貫いた沈黙は皆の気を引き締めた。彼方に揺れる戦火を見やり、日渡・千歳(踏青・d00057)は物憂げな眸に宿す戦意を確かにする。
     ――易くない相手だからこそ、全力を。それから……
     ふと隣を見れば、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)がにこりと笑って頷いた。抱く想いは同じのよう。千歳も、口元で笑んで返す。
    「近くに指揮官らしい敵はいないみたいだね。デモノイドも……多分いない、かな?」
     見えた光景はやや予想外のものでもあった。雪に覆われた岩陰に隠れていたタージ・マハル(武蔵野の魔人・d00848)は、双眼鏡を下ろし苦笑いで首を傾げた。晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)が少し不思議そうに紫の眸を丸くする。
    「何か……おかしい物でも見えたの?」
    「そうだね。言っちゃ悪いけど、やくざや浮浪者みたいな人しか居ないよ。これじゃポジションも見当つかないな」
     恋時は唇を尖らせ、秀憲も無造作に頷く。それならまあ僕はやり易くて良いけどさと、月見里・月夜(靴下を洗ってない男・d00271)も解せぬ顔だった。あまりに悪魔らしからぬ兵だ。だが、時間を確認して彼は眼鏡の下の眼を鋭くする。
     悪魔軍がイフリートへ攻撃を仕掛けた頃合い。
     戦端が開かれてから、丁度3分後に奇襲を。この場に居る全武蔵坂軍の総意だ。
    「ソロモンの悪魔……何を企んでるか知らねーが。全部ぶっ飛ばして、解決してやるぜ」
     射干玉・闇夜(中学生ファイアブラッド・d06208)が眉間に皺をよせる。その通りだ。
    (「まぁやれるだけやる、生きて成功させて帰ろう、うん」)
     秀憲は静かに盾を拡げた。
     選び取った選択。集団の中で担うべき役割。
     その意味する所を知るゆえに、誰も悩みも躊躇いもしなかった。
     月夜は羽織った迷彩服のポケットからポップキャンディーを取り出す。
     包みを開け、咥える。彼のみが知る開戦の合図。
     麗しくも禍々しい闘気が月夜の両拳に収束されていく。
     3、2、――1。

     戦場の至る所から、悪魔軍に虚を突く猛撃が降り注いだ。

    ●2
     突如放たれた薔薇色の氣の奔流は、凄まじい威力を生んだ。運悪く悪魔軍の最後尾にいたごろつきが、あまりの衝撃に上空へ跳ね飛ぶ。
    「な、何だァ!?」
     舞い上がった男に次々降り注ぐ出所不明の狙撃に、近辺の敵がどよめく。幾らか外しもしたがタージの魔矢と恋時の風刃は動脈を切り刻み、地に墜落した男は既に虫の息だった。
     刹那、誰かが岩場から道へ飛び出る。彼は倒れた男に真っ直ぐ走り寄り、雷を纏った拳でその頭を殴りつけ、額を割った。男はぴくりとも動かなくなった。
     周囲に居た敵は瞬く間に彼――闇夜を敵と認識し、聞き取れぬ怒号を発しながら槌で彼の胴を殴った。中衛にあたる、やはりならず者めいた強化一般人らはガトリングガンを持っていた。闇夜を蜂の巣にせんと、次々銃撃を放つ。
    「ちぃ……ッ!」
     最初の一手は抗雷撃――彼はそう決めていたが、仲間は誘き寄せを狙い隠れて遠距離攻撃をした。自らの血で目の前が霞む。プレッシャーが闇夜を襲う。
     幸か不幸か、敵の意識が闇夜に向いて隠れている者達は気付かれずにいる。皆が判断を迷う中、再び別の敵の槌が闇夜を襲おうとするのが見えた。
     考える前に、体が動いていた。
     鬼と化した異形の片腕がハンマーヘッドを掴み、止めた。秀憲だった。そのまま腕を振るい、遠心力を使って敵の男ごとぶん投げたものの、敵は次々に集まり秀憲をも取り囲む。
     ――やべーな。
     眉間を僅かに寄せる彼の表情は、常より真剣味を帯び始めていた。正面と背中、両側から槌を持った男が迫る。
     前後方、同時の衝撃で骨が砕けるのを覚悟した。それが盾で在るという事。しゃーない、と。
     想定した衝撃は背中側には来なかった。
     肩越しに振り向けば、頭一つ小さい娘の華奢な背。恋時だ。
    「貸し、一つだからね」
     痛烈な打撃を止めた腕が、骨の髄から痺れる。ヤバい。痛い。でも、泣いてなんかやるもんか。
    「秀憲センパイだけに負担させるわけ、ないじゃん」
     精一杯の強がりで、恋時は小生意気に笑う。小さくサンキュ、と聞こえた声がこそばゆくて、ぷいと横を向いた。
     恋時は、茂みからド派手な何かが飛び出してくるのを見た。月夜だ。秀憲の正面に立っていた男へ突っこむと、雷を纏う物騒な剣を下から豪快に斬り上げ力技でぶっ飛ばした。破滅的な威力に、後方に控えた浮浪者が慌てて闇の契約を使う。
    「汚ねぇ事は嫌ェでよぉ。やっぱガチの殴り合いだな」
     羽織っていた迷彩服を放り投げれば、かつての栄光の証――緑の特攻服が堂々風に舞う。咥えた飴を月夜が奥歯で固定した時、恐ろしい物を見たような男の叫びが響いた。
    「う、う……うぁぁ!」
     悶え苦しみ倒れた敵の背後に影のような黒服の娘が佇む。闇に紛れ、音も無く躍り出た朔夜の銃は、月夜が殴った男の魂を既に撃ち砕いていた。
    「……次から次へと集まってきて、迷惑な話なの」
     抑揚のない声。変わらぬ表情。彼女には手慣れた行為なのだろう。特製のガンナイフを後方の回復役にちきりと向ける。窮地を脱した闇夜は銃を構え直し、皆に詫びた。
    「くっ……すまねぇ」
    「べっつにー。袋叩きとかあいつらマジ最低だし」
     盾を構え、守りを固めながら恋時がぼやく。秀憲が横目で彼女を見た。
    「脚プルプルしてるけど平気?」
    「うっさい!」
     軽口も、緊張を解す気遣いだろう。
     三つ巴の危険を厭わず、前線に出たいと言った者達が居た。なら後方で戦う事を選んだ自分達が、この魑魅魍魎の軍勢を一人でも多く引きつけ、斬り捨て、前線への道を開く。
     少しの乱れが何だ。使命を貫く姿勢は、確固として揺るがない。
    「糞ガキ共がァ……悪魔に逆らったらどうなるか分かってんだろうな!」
    「オメー等の好きにゃさせね。人間様の意地っての見せてやンぜ!」
     啖呵を切るならお手の物。月夜が大声で叫び返す。
    「野郎共、我侭な薔薇姫が血祭りをご所望だぁ! ブッ飛ばせぇェーッ!」

     後衛3人は潜伏を続行し、冷静に周囲の様子を窺っていた。戦場を漂う風に乗った血煙のにおいが鼻につく。それでも結衣奈の眸は護るべき仲間を見据え、動じない。
    「万物に宿りし気よ、浄化と癒しの力を」
     囁くように唱え、暖かな氣を練る。千歳もそっと癒しの符を飛ばす。二人の回復で闇夜の傷が癒えても、敵は眼前の敵に拳を振るうばかりで此方には気付かない。
    「まるで烏合の衆ね」
     千歳が小さく囁いた。常より部活でダークネス事件の纏めと考察をしている結衣奈としても、この軍勢の粗暴さには違和感を覚えるばかりだった。力を取り戻した闇夜が銃から放つ弾丸の炎を見て、彼女は閃く。
    「そっか……そうだったんだ。イフリートみたいな知性の低い相手に、わざわざいい人材を当てる必要はないって事だね」
     力馬鹿の寄せ集め、率直に言えば捨て駒。それらに必要最低限の命令を出すため、悪魔の本陣があったのだろう。
    「……弱ったなぁ」
     辺りを見回し、タージが頬をかく。圧勝しすぎていた。本陣に何もない筈がない。向かった仲間達は大丈夫だろうか。
    (「好機に乗じて利のみを掠め取る。その無駄のなさはいっそ清々しいくらいだわ」)
     それが彼ら魔法使いの悍ましい宿敵。やはりこの企ては捨て置けない――凪いだ心に生じた焦りを消し、千歳は言葉を殺す。
    「やれやれ……僕も隠れるのやめようかな」
     今のところ前中衛達は上手く立ち回っているが、攻撃を集中させるのは避けたい。タージは腰を上げた。
    「結衣奈、千歳、このまま隠れてて。君達がしっかり回復をしてくれるから、僕も安心して敵を撃ちぬけるよ」
    「心得たわ。気をつけて」
    「うん。鶴見岳の核心に迫る為、ダークネスに力を渡さない為、あいつらには退場して貰わないとだね!」
     岩陰から道へ飛び出ると同時に、タージは後衛の浮浪者へ狙いを定める。銃から放たれた魔の矢は敵の鼻頭を貫き、喉を貫通した。新たな襲撃者に敵の視線が集まる。タージは柔和な顔に余裕の笑みを浮かべ、己の眉間をトントンと指した。
     ――その気になれば、眉間を撃ち抜くこともできたんだよ?
    「新手か!」
     敵の動きを察し、秀憲と恋時がタージの前へ走る。炎の弾丸の嵐の2発は秀憲が受け、1発は恋時が盾で軌道を変え、1発がタージをかすめた。
    「あっつ。服燃えたらどーすんだ」
     己が傷つくのは当然であるように、涼しくも確固たる意志を秘めた秀憲の眸は、自らの火傷には落とされず敵の動きのみを追う。
    「さすが、秀憲。安心の防御力だね」
     思い出したように氣で傷を癒す背が頼もしく、タージは密かに笑んだ。自分の声が少しでも皆の支えになれば。銃を抱え、怒りに燃える男が居る。闇夜だ。
    「借りは返させて貰うぞ。――燃えてろ!」
     朔夜の毒の弾丸が浮浪者の足を貫く。闇夜のガトリングガンが橙の閃光と炎を吹き上げ、激しい毒の痛みに呻く敵を無数の弾丸でたちまち消し炭に変えた。闇夜を襲う槌の男を恋時が制し、その横っ面に月夜の鋼の右ストレートがめり込む。凄まじい威力で歯が折れた男は身体ごと吹っ飛んだ。タージが目を丸くする。
    「月夜はえーと、絶頂だね?」
    「やだぁ、見ないでよターちゃん。僕恥ずかしいッ」
    「こ、こいつ色々ヤべえぞ!」
     月夜を攻撃の要と見て敵が目標を変えた。秀憲と恋時の奮闘もあり、前衛に傷と呪詛が広がるのを影の守護者たちは見逃さない。
     ――嘴を、容れさせて頂いても?
     弓を構え、見上げた空。淡い蒼の光を放つ千歳の矢は、清く涼やかな風の渦を巻きながら高く天へと登り、木に羽根を休めていた山鳥達を発たせて消えた。空を舞う鳥にはなれねど今はどうか、地に降る春の慈雨に。
    「くそっ、まだ誰か隠れてやがるのか!」
    「殺せぇぇーッ!」
     陣を駆けた不思議な風が前衛の傷を癒したのを見て、敵の怒号が飛ぶ。だが、仲間たちは癒し手への接近を許しはしない。ポニーテールを風に躍らせる結衣奈の、真っ直ぐな真紅の瞳が爛々と輝く。
    「防護符よ、癒しと対魔の力を与えた給え!」
     嫌な風が戻ってきた。胸騒ぎを掃い、叫びにも似た詠唱を繰り返す。神秘的な薄紅に輝く護りの護符が月夜に飛ぶ。
     仲間は護る。この戦いの裏に交錯する何かも掴む。立ち止まってはいられないのだ。

    ●3
     鶴見岳の武蔵坂軍は、その後も数をもって敵を圧倒した。
     予想より火力偏重の相手に初期こそ苦戦したが、着実に一体落とす毎に此方の防御力と回復力が敵の火力を上回り、今や8人の周囲に立つ敵も僅か。
     彼らは己の適性と役割を理解し立ち位置を選んだ。それが作戦にはまった事、更に火力と回復から潰す堅実な狙いが統一され混乱がなかった結果だ。
     残った中衛の男が予言者の瞳を使う。もはや悪あがきだった。朔夜が軽く地を蹴り、暗い空を舞って頭上からの当身を喰らわせる。
    「……さよなら、なの」
     昏倒した男の眉間を静かに撃ち抜き、少女は返り血を払った。
    「や、やってられっかよ!」
     槌を投げ捨て、いよいよ背を向けて逃げ出した敵の正面にタージが回り込む。にこりと笑みを浮かべ、彼は銃を構えた。
    「……あ……?」
     背中側に予想外の斬撃を受けた男が振り向く。血濡れの影の刃が、無表情に正面を見据える緑髪の男の足元にゆっくり吸い込まれていく。
    「いや、最初の礼がそういやまだだったなーと」
     悪びれず言う秀憲の影から、凶悪な笑みの月夜が現れた。急に頭髪をガッと掴まれた敵の男は、唖然としていた顔を恐怖に歪める。
    「アホ面かます余裕ねぇぞ、タコがよぉー!」
    「すいませェーん!!」
     謝罪も空しく、頭から地に叩きつけられた男は割にあっさり絶命した。周囲に目立つ敵はもうほぼ残っていない。闇夜が叫ぶ。
    「今だ、行けーっ!」
     後方部隊の皆が口々に激励を送る中、前線へ向かう者達が炎の揺れる山頂方面へ疾走した。
     開けた道の先、無作為に暴れる何かが微かに見える。腕から刃を生やした異形の怪物。
    「あれが……悪魔にされた人たちなの?」
     朔夜の顔に僅かな戸惑いが滲む。もう戻れないの? それとも、戻りたくないの? そのおぞましい姿を見れば、答えが返りそうもない事は容易に判った。
    「なんて酷いことを……許せない!」
     姿を現した結衣奈が怒りをあらわに杖を握りしめた。この後どうするか。その話題を皆に降ったのは自然な流れだった。
     彼らは仲間のために多くの敵を誘い出し、道を拓くという仕事を既に充分遂行した。これから前線に出るには殺傷ダメージがかさんでいるが、無理さえしなければまだ戦える。
     遊撃に回ろう。言ったのは、朔夜だった。
    「全てをどうにかはできないから。私は私に出来る事を、最後までやるだけなの」
     前線から逃げる者。はぐれる者。まだ、敵はこちらに来るだろうと。
    「さんせーい。これ位の傷、まだなんて事ないしー」
     散々転び泥だらけな恋時のスカートからは、痛々しく傷を刻んだ脚が伸びる。それでも笑って、泥を掃って、血の滲む脚で逃げてきた敵へ駆け、掴みがかる。
     ええ、異論なく――千歳が小さく笑むのを見て、月夜は2本目のキャンディーを齧った。
     屋島の扇には至らずとも、一矢を。
     喝采は要らない。掴める最善がどれ程小さい的の上でも、矢が8本なら。戦いの前、心密かに立てた誓いを千歳は想う。誰も欠けさせず、最後まで添い遂げようと。
     まだ、借り返してねーから。強がりな少女の背を追う秀憲を、仲間を、朔夜は暫しぼんやり眺めた。
     はっと踏み出す両の脚は、相変わらず足音を殺した。けれど胸に抱いてきた劣等感が、今だけは少し、遠い。

     願いにも似た誓いは、やがて天に至る。
     進み続けた八の矢は、一つも折れる事無く、帰路へと着いたのだ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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