鶴見岳の激突~炎と悪魔と灼滅と三つの作戦

    作者:飛翔優

     灼滅者たちを前にして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は晴れやかな笑顔を浮かべたまま口を開いた。
    「皆さん、先日はお疲れ様でした。皆さんがご活躍したお陰で、別府温泉から出現し、日本各自で事件を起こしていたイフリートたちを灼滅する事ができました」
     その結果を受けて、鶴見岳の調査と原因解決のための準備を進めていた。しかし、ここで想定外の横槍が入ってしまった。
    「現在、鶴見岳周辺にはソロモンの悪魔一派が率いる軍勢が集結しています。作戦の失敗により戦力を減らしたイフリートたちを攻め滅ぼそうとしているのでしょう」
     ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の邪悪な目的のために使用する事だろう。
     ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならないほどに強化された一般人の姿もある。ダークネスに匹敵する程の力を持つ彼らは、ソロモンの悪魔からデモノイドと呼ばれており、その軍勢の主力となっている
    「もしもソロモンの悪魔の軍勢を放置した場合、この戦いは彼らの勝利に終わります。そうなれば、彼らは鶴見岳の力を得て更に強大な勢力と鳴ってしまいます」
     一方、敗北したイフリート達は一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消すことになると思われる。
     その場合、ソロモンの悪魔の軍勢は、鶴見岳の力さえ奪えれば正面から戦う必要はないと判断するのか、逃走するイフリートに対してはほとんど攻撃を仕掛けない。故に、イフリートもかなりの戦力を残すことに……。
    「つまり、放置すればソロモンの悪魔の一派が強大な力を得た上に、イフリート勢力も戦力を殆ど失わずに逃走する……はい、最悪の結果ですね」
     しかし、現在の武蔵坂学園に二つのダークネス組織と正面から戦うような力はない。故に……。
    「二つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように介入を行なって欲しいんです」
     作戦としては三つ。この中から一つ選んで行動して欲しいと、葉月は人差し指を立てた。
    「一つ目は、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃する作戦。鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃する形になるので、有利に戦うことが可能となります。」
     しかし、別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者も、イフリートにとっては憎むべき敵。イフリートと戦場で出会ったなら、三つ巴の戦いと鳴ってしまうことは避けられない。
    「また、ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は新たな敵……即ち皆さん灼滅者との連戦を避けて、鶴見岳からの脱出を行います」
     即ち、この作戦の趣旨はソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させ、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事、となる。
     続いて二つ目と、葉月は続いて中指を立てた。
    「二つ目は、鶴見岳のふもとにあるソロモンの悪魔の司令部を急襲する作戦。司令部にはソロモンの悪魔の数が多数あるため、戦力はかなり高いと想定されます。ですが、普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスともなるでしょう」
     しかし、鶴見岳の作戦させ成功させれば司令部のソロモンの悪魔は戦わずに撤退するため、無理に戦う必要はない。司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部は彼らに奪われてしまうのだから。
    「もちろん多くのソロモンの悪魔を打ちとっていれば、彼らの組織を弱体化させることができます。なので、どちらが良いということはないでしょう」
     そして最後はと、葉月は薬指を立てた。
    「最後は、イフリートの脱出を阻止して灼滅する作戦です。鶴見岳から敗走したイフリートは各地で事件を起こすだろうことは想像に難くありませんから」
     その事件を未然に阻止するためにも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事になる。
     何よりも、イフリート達はソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊している。そのため、千載一遇のチャンスとも言えるのだ。
     話すべきことはこれで終わり……と、葉月は小さな息を吐く。変わらぬ笑顔のまま、声音だけを若干抑えたものへと変えていく。
    「今回はダークネス同士の大規模戦闘に介入する作戦……多くの危険が予想されます。ですので、どうか決して油断せず、重々気をつけて……何よりも、皆さん無事に帰ってきて下さいね、約束ですよ?」


    参加者
    埜々下・千結(八杯抱えし空見人・d02251)
    フィズィ・デュール(麺道三段・d02661)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)
    稲峰・湊(手堅き領域・d03811)
    骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)
    神座・澪(いつもニコニコ愛情爛漫巫女娘・d05738)
    紅林・美波(茜色のプラクティカス・d11171)

    ■リプレイ

    ●鶴見岳の決戦は奇襲から
     人間、悪魔、異形の群れ、風を焦がす焔の色……本来なら冬の静謐に沈んでいただろう鶴見岳は、力を求めるダークネスとその信奉者たちの群れでごった返していた。
     ソロモンの悪魔とイフリート。互いに互いを警戒、牽制し続ける両者。そのどちらにも勝利は与えぬと、灼滅者たちもまた着々と準備を進めていく。
     ギリギリのラインまで近づいて、仲間と共に岩陰に身を隠している骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)。蠢くソロモンの悪魔の軍勢を睨みつけながら、ガンナイフを強く握り締めた。
    「鶴見岳の力は渡さない……絶対に」
     自然と零れた決意を胸に抱き、仲間たちへと視線を送る。足元に従うライドキャリバーのノイジーキッドには手を載せて、静かな声音で囁いた。
    「共に行こう、ノイジー……死地へ。僕たちにしかできない事がある」
    「それじゃ、まずは最初の一手ですかねー」
     フィズィ・デュール(麺道三段・d02661)は明るい声音を響かせて、前線を見るよう促した。
     別の作戦を取る者たちが次々と戦い始めているらしく、そこかしこから気高き刃音が鳴っている。
     ならば、我らも始めよう。フィズィが弾んだ足取りで歩き出し、残る者たちも彼女に従い進んでいく。
     岩陰から岩陰へ。時には木の影をも利用して。
     三つ巴は望まない。イフリートは相手にせず、ソロモンの悪魔の軍勢を……その中でもデモノイドを目標に、戦いを仕掛ける算段だ。
     もっとも、それより先に他と出会ってしまったのなら仕方がない。灼滅者たちは強化一般人八人で構成されているソロモンの悪魔側の部隊を発見し、素早く行軍を停止する。
    「……」
     息を潜める姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)の瞳に映るのは、隙なく周囲を伺っている強化一般人。イフリートを探しているのか、はたまた強襲を警戒しているのかは分からぬが、下手に動けば容易に気づかれてしまうだろう事は想像できた。
     一方、身のこなしから力量はそれほどでもない。奇襲を仕掛ければさしたる被害もなく倒しきれるとも思われた。
    「……少々の消耗はあるかもしれませんが、倒して行きましょう。その方が、下手に避けるよりも早く切り抜けられるはずです」
     赤音の下した判断に、異を唱える者はいない。素早くぎりぎりの場所まで近づいて、一旦呼吸を整える。
    「それでは……」
    「……」
     先陣を斬るものとして、赤音と霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)が飛び出した。
    「なっ、お前らはっ!?」
     驚きすくみ上がる強化一般人の瞳の中、次々と灼滅者たちは飛び込んでいく。
     この有意を活かすため、最初から全力全開で飛ばして行こう!

    ●力を与えられし者たちへ
     強襲され陣を整える暇もない強化一般人の群れへと突入し、赤音は素早く影を振り乱す。一撃、二撃と激しい印象を強化一般人に刻み込み、意識を己の身へと向けさせる。
     他の灼滅者たちは意識の外にある。その隙を付く形で、摩耶斗が強化一般人の足元に弾丸をばらまいた。
    「僕が敵の攻め手を抑える、だから今のうちに進軍してくれ」
    「くっ!」
    「癒・安・愛! 和気愛々っ」
     神座・澪(いつもニコニコ愛情爛漫巫女娘・d05738)が軽く弾んだ声音で応対し、一枚の符を手元に生み出した。絶奈が打撃を受けるや即座に投擲し、痛みを和らげると共に悪しき力を乗り越えるための加護を与えていく。
    「らぴらぶ、赤音くんをお願い!」
     らじゃっ、とポーズを取るナノナノのらぴらぶを見送りながら、静かな息を吐き強化一般人の観察を開始した。
     赤音の見立て通り、強化一般人一人ひとりの力量は低い。奇襲を受けたためか、未だ陣形も整えきらず、反撃も一撃二撃だけならば容易くいなせる程度である。
     事実、フィズィが一人を岩の方へと投げ飛ばし、意識そのものを刈り取った。
     お返しとばかりに、ようやく準備を整え終えた強化一般人が、赤音の鳩尾に拳を打ち込んだ。
    「大丈夫、問題あらへん。ウチらが支えるから……」
     すかさず符を投げ渡し、痛みの軽減を試みる。
     紅林・美波(茜色のプラクティカス・d11171)は強化一般人の追撃を許さぬため、弾丸をばらまき着弾とともに爆裂させた。
    「次は、あの炎に包まれた方を狙って下さい!」
     素早く最も傷ついている前衛を算出し、仲間の向かうべき道を指し示す。
    「わかりました!」
     素早く埜々下・千結(八杯抱えし空見人・d02251)がバスターライフルを構え直し、漆黒の弾丸を発射した。
    「なっちゃんは赤音先輩の治療をお願い!」
     くぐもった悲鳴とともに前傾姿勢を取っていく強化一般人を横目に捉えつつ、ナノナノのなっちゃんへの指示も忘れない。
     直後、強化一般人の後列から石つぶてが飛んできたけれど、影の腕を伸ばしてたたき落とした。
     状況の優位がある、数の優位もできた。力量もこちらの方が高く、同じ作戦を取った者が多かったため敵の心配する必要も殆ど無い。
     勢いは此方にある。
     怖くはない、頑張れる。今も、もっと辛い状況になったとしても……!
    「……後五人、だね」
    「戦いの鉄則、各個撃破だよっ!」
     千結の弾丸が前衛一人を倒した時、稲峰・湊(手堅き領域・d03811)が別の個体を輝けるビームで撃ち抜いた。
     耐える一方よろける様子も見せたから、フィズィが拳を握り突貫する。
    「てりゃ、たぁっ、はいやっ!」
     素早い動きで三連撃。頬を張り地面へと叩きのめした後、その個体は沈黙する。
     後は四人、総員後列だった者たち。フィズィは新たに示された個体へと、鋭い足取りで駆け寄った。
    「あなたの人と成りは良く知らねーですけど……とりあえずぶっとばすですよ!」
    「何を……!」
     強化一般人たちが怒りを口にする暇も与えずに、フィズィは襟首を掴み取る。足を払い、地面へと叩きつけ、多大なダメージを与えていく。
    「はっ」
    「く……この……!」
     直後放たれた石つぶてを体を仰け反らせることで回避して、立ち上がろうとしている個体との距離は開かせない。
     自由な動きを許さずに、自分へと拳を向けさせる。
    「これで……」
     半身引いて受け流し、そのまま腕を掴み取る。
     明後日の方角へと投げ捨てて、横目で沈黙していくさまを確認した。
     次なる対象が示させた時、フィズィは再び軽快な足取りで大地を蹴った!

    ●デモノイドを探して
     さしたる被害もなく、強化一般人との戦いは終幕した。
     戦場には似合わぬ清寂に抱かれて、湊は静かな息を吐き出した。
    「ダークネスが狙う力って何だろうね?」
     視線の先には強化一般人。彼らの主たるソロモンの悪魔が鶴見岳の力を手に入れた後に何を行うのか、今はまだ想像することしかできない。
     頭を切り替えるためか、美波は静かな息を吐き出した。
    「……今、考えていても仕方ありませんね。今は、ソロモンの悪魔の軍勢を倒すことにっ」
    「専念しよう、やよねっ!」
     半ばで澪がひとまずの勝利への喜びを表すかのように抱きついて、言葉の先を引き継いでいく。美波の体を抱きしめたまま、奥の方へと視線を向ける。
     そこかしこで戦いの音は聞こえるけれど、まだ遭遇していない……或いは、自分達のようにひとまずの戦いを終えたダークネスが居るはず。確信めいた思いを抱きながら、灼滅者たちは再び山道を歩き出した。

    ●救済の願いは
     色づく前の木々が開けた場所。敵の目から隠れるような岩陰に隠れ、二体のデモノイドが息を整えていた。
     イフリートと戦った後なのか、青い異形の体のそこかしこが焦げている。片方は体半分にまで及んでおり、観察せずともボロボロの状態だと断定できた。
     今はまだ、ためらう必要はない。美波はバベルの鎖の瞳へと集中させるとともに、静かな声を紡いでいく。
    「行きましょう、彼らを救いに」
     呼応し、絶奈と赤音が駆け出した。
     自信も静かな足取りで近づいて、一つ、二つと爆炎の弾丸を作り出していく。
    「っ!」
     不意の襲撃。しかも、想像の外にあった灼滅者からの。
     デモノイドたちはすくみ上がることこそなかったけれど、動作はとても重々しい。一撃、二撃と降り注ぐ衝撃に、悲鳴にも似た声を漏らしていく。痛みを感じるがままに暴れだし、周囲を狙いも付けずに殴りつける。
     理性に乏しい様子から、知性はあまりないのではないかと美波は感じた。また、恐らくは怪力を活かした打撃一辺倒、御するのも容易いと予想できた。
    「落ち着いて対応しましょう。大打撃が重ならねければ、問題ないはずです」
     故に、弾丸をばらまくと共に観察結果を伝えていく。
     弾丸が爆裂する傍ら澪は腕がかすめた赤音に符を投げ渡し、体力を安全域へと回復ささせた。
    「らぴらぶも絶奈くんを!」
     先ほどと同じようにらぴらぶが治療へと向かう中、フィズィが半身が焦げているデモノイドに掴みかかる。
     勢いのまま投げ、地面へと叩きつけ、空気が抜けるような悲鳴を挙げさせた。
     千結が素早く追撃する。
     五芒星を描くように符を放ち、デモノイドの自由を削いでいく。
    「……」
     もう少しで、傷ついている個体は削りきれるはず。
     救うために捕縛する。そのための策を用いる余裕もある。千結は絶奈へと視線を送り、ただ、静かに瞳を伏せた。
    「……」
     絶奈は放つ、腕を捻り。旋風を描くかの如き槍撃を。
     起き上がろうとしていた個体は大地へと繋ぎ止められて、駄々っ子のように暴れだす。
    「もうすぐ倒せるはずです。ですから……!」
     槍を握り直した絶奈の耳に、美波の言葉が流れ込んできた。
     故に、静かな息を吐き出して、槍を一度閉まっていく。
     傍らに立つ赤音も倒れているデモノイドに背を向けて、ほぼ万全な個体へと向き直った。
    「……」
     心の中で感謝の言葉を送りつつ、絶奈は拳を握り締める。
     殺さぬよう、救うことができるよう、ギリギリ削り取れるだけの一撃を。
     腹の中心に打ち込んで、空気の塊を吐き出させたなら、デモノイドはゆっくりと倒れこみ……。

    ●滅び行く定め
     結論を先に述べれば、デモノイドの捕縛は叶わなかった。
     戦闘不能へと陥るなり、その青い体が溶け始めたから。
     掬おうとした手からこぼれ落ちるかのように、生物としての形を失くしてしまったから。
     人あらざるものとなった結末をまざまざと見せつけられ、千結は言葉を失った。唇を神、目を細め、絶奈の様子を伺っていく。
     表情に大きな変化はない。ただ、彼女は口の中を切ったのだろう。端から血が流れ始め……。
    「……」
     いつまでも考えていてもしかたがないと、絶奈は小さく首を振る。残るデモノイドへと向かうため、槍を再び抜いていく。
    「……仕方ないけど、倒す方向で……だね」
     湊が静かな声を響かせるとともに、太いビームを打ち出した。
     焼かれる痛みに暴れるデモノイドを確認し、再び狙いを定めエネルギーの充填を始めていく。
     さなか、デモノイドが跳躍した。摩耶斗の正面へとやって来た。
    「ノイジー」
     素早くノイジーにまたがって、デモノイドの拳から、間合いから退避する。
     さなかにも重ねられていく攻撃に混じる形で、湊のビームが撃ち抜いた。
    「……」
     度重なる砲撃に銃口が煙を上げる中、暴れていた個体もゆっくりとした動きで倒れ伏した。
     その巨体が何かを語ることはなく、先ほどと同じようにグズグズと崩れ始めていく。
     望まぬ形ではあるけれど、この戦いも灼滅者たちの勝利で終幕した。
    「……」
     汚れを払い、湊は静かな息を吐いていく。仲間の様子へと目を向けて、無事だということを確認する。
    「それじゃ、次に行こうか」
     まだ、余裕はある。
     だから、ギリギリまでか作戦が終わるまで戦って、この戦場を離脱しよう。
     それが、ダークネスと戦う彼らの役目。少しでも多くの戦力を削ることが、後の戦いにつながるから……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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