鶴見岳の激突~未来は君達の手に

    作者:天風あきら

    ●発端と経過
    「皆、集まったようだね」
     篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は、エクステを指に巻きながら、行儀悪く机に腰掛けていた身を起こして、集った灼滅者達を見回した。
    「まずは先日の、イフリートが日本全国で起こしていた事件は、皆がイフリートを灼滅してくれたおかげで、概ね成功することとなった。僕からもお礼を言うよ、ありがとう」
     しかし閃の眼は、その成功を素直に喜んでいるだけのものではない。
    「本当はこの結果、鶴見岳の調査と、その原因解決を行う準備が進められていたんだけど……ここで想定外の事態が発生したんだ」
     その事態。それが閃の瞳を曇らせている原因に違いない。
     
    「今現在、鶴見岳周辺には、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結している。作戦の失敗によって戦力を減らした、イフリート達を攻め滅ぼそうと準備を整えているんだ」
     驚愕の事実だった。ダークネス組織同士の大規模な抗争は、現在の武蔵坂学園の灼滅者達の中では遭遇した者も少ないだろう。
     閃の口は更に続いて、情報を語る。
    「ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の目的の為に使用する事……もちろん、その目的は邪悪に他ならないだろうね」
     閃は目を眇めた。邪悪。その言葉自体が、許せないのだと言うように。
    「そうそう、ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならない程、強化された一般人の姿もあるらしいよ。ダークネスに匹敵する程の力を持つ彼らは、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれていて、その軍勢の主力になっているみたいだ」
     だが、閃は冷静さを失ってはいなかった。強化一般人の話で持ち直したのか。
     
    「ここで武蔵坂学園が介入しなかった場合、この戦いはソロモンの悪魔の軍勢が勝利して、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっていくだろう」
     一方、敗北したイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になると言う。
    「ソロモンの悪魔の軍勢は、鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要は無いと判断したのか……逃走するイフリートに対しては、ほとんど攻撃を仕掛けないようだね。その結果、イフリートもかなりの戦力を残す事になる」
     つまり、放置すれば、ソロモンの悪魔の一派が強大な力を得るが、イフリート勢力もその戦力を殆ど失わずに逃走する──という最悪の結果になってしまう。
     
    「今の武蔵坂学園に、二つのダークネス組織と正面から戦うような力は無いね」
     きっぱりと言い放つ閃。その口調が、より現実味を帯びている。
    「二つのダークネス組織の争いを利用しながら、最善の結果を出せるように、この戦いに介入を行ってほしいんだ」
     難しいことをさらりと言う。閃本人もそれはわかっているようで、若干申し訳なさそうに半分頭を下げていた。その状態から上目使いに、灼滅者達を見渡す。
     それを理解した灼滅者達が頷くのを見て、やっと頭を上げる閃。見えた一筋の光明に、閃自身の顔が少しだけ晴れていた。
     
    ●将来への選択肢
    「今回の作戦では、三つの選択肢がある」
     閃は指を三本立て、一本を折った。
    「一つ目は、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を背後から攻撃すること。鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃する形になるから、有利に戦う事が出来るだろう。ただ……」
     少しだけ言いよどむ閃。だが、その口が次の言葉を紡ぎだすのは、早かった。
    「ただ、別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者達も、イフリートにとっては憎むべき敵。だからイフリートと戦場で出会ってしまうと、三つ巴の戦いになってしまう」
     また、ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は新たな敵……灼滅者との連戦を避け、鶴見岳からの脱出を行う。
    「鶴見岳のソロモンの軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来るよ」
     
     そして閃は、二本目の指を折る。
    「二つ目の選択肢は、鶴見岳の麓にある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲すること」
     司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定されている。
    「普段は表に出てこない、ソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになるかもしれない」
     ただ、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、無理に戦う必要は無いだろう。
     更に閃は付け加える。
    「司令部を壊滅させても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまうよ」
     勿論、多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることが出来るので、どちらが良いという事は無い……と思われる。
     
     更に閃は、最後の指を折った。
    「最後は、イフリートの脱出を阻止して灼滅する事」
     鶴見岳から敗走したイフリートが、各地で事件を起こすだろう事は想像に難くない。
    「イフリートによる事件を未然に防ぐためにも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事になるだろうね」
     さらに言えば、イフリート達は、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、千載一遇のチャンスとも言えるかもしれない。
     
    ●仲間を信じて
     最後に閃は、こう付け加えた。
    「勿論、ここに集まった皆だけで、この三つの作戦行動を分担することは自殺行為だ。他の選択肢については、他の依頼に向かったチームを信じて、どれか一つを選んで作戦行動をとってほしい」
     それから閃は、皆を送り出すのだ。
    「ダークネス同士の大規模戦闘への介入……危険で大変な事件だけど、よろしく頼むよ」


    参加者
    加賀・亜祈(高校生ファイアブラッド・d00289)
    麗・深景(白昼の揺れる銀陽・d00400)
    池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    上條・和麻(咎人は己が身を凶刃とす・d03212)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う少女の夜想曲・d06908)
    レヌーツァ・ロシュルブルム(﨟たしマギステラ・d10995)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)

    ■リプレイ

    ●戦端開く
     鶴見岳の麓にある、金鉄別府ロープウェイ別府高原駅周辺。ソロモンの悪魔達の司令部が敷かれているという場所。夕刻、その南北に、多数の灼滅者達の姿があった。
     その中で、ロープウェイ駅の北側に、駅を窺うようにして潜む一組があった。
    「流石に緊張するわね。でも、ここで成功させると大きく有利になるはず」
     加賀・亜祈(高校生ファイアブラッド・d00289)が、密やかな声で呟く。
    「力を尽くすべくがんばりましょうか」
     頷き、緊張感を持った目で駅を見守る面々。
    「あと少しでイフリート事件解決だったのに、空気が読めない連中だ」
     舌打ちを絡めながら、字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)は静かに駅を睨む。
    「まぁいい、ここでブレインとなってる悪魔たちを少しでも減らしてやるとしようか」
     その中で、麗・深景(白昼の揺れる銀陽・d00400)はブレスレットを握って口元へ、そして祈るように目を閉じる。
    「必ず、帰るから……」
     その瞼の裏に浮かぶのは、大切な人の姿。だが一度開ければ、その瞳はもう迷いなく前を見つめていた。
    「いっちょぶちかましてやって、こそこそしてるの引きずり出したろうやないか。ま、死なない程度に頑張らんとな」
     拳を反対の手のひらに打ち付けて、意気込む狼幻・隼人(紅超特急・d11438)。その明るい口調が、皆の極限まで張りつめていた緊張を良い具合に和らげる。
    「……来ましたわ」
     レヌーツァ・ロシュルブルム(﨟たしマギステラ・d10995)が、鶴見岳の山肌に朱く輝く火柱をいくつか見つけた。
    「行きましょうか、私達も」
     羽丘・結衣菜(歌い詠う少女の夜想曲・d06908)の幼い声が、皆を促す。
     他の班も動きを見せている中、静かに、戦いが始まろうとしていた。
     
    ●混乱とカリスマ
    「うわぁぁ……!」
    「一番槍、池添一馬が貰い受けた」
     池添・一馬(影と共に生まれし者・d00726)の槍が腹を穿ち、強化一般人が倒れると共に高らかに言い放つ。
     駅周囲で次々と起こる戦闘は、味方の数の少なさが活きた隠密な奇襲に優位に動いていた。敵となる強化一般人達も戦闘にはどこか不慣れな様子で、灼滅者達の急襲に逃げ惑う者が多く見られた。
    「……少し離れてきたか」
     周囲に敵が見えなくなった所で、上條・和麻(咎人は己が身を凶刃とす・d03212)が冷静に戦況を見る。確かに、他の班より自分達が少し離れているように見える。だがそこで退くかと言われれば、答えは否。この混乱に乗じる機を逃す手はない。探索範囲も、まだまだ広い。
     それでも仲間の班から離れすぎないよう周囲を探れば、またしても出会ったのは強化一般人。いかにもインテリそうな眼鏡の男と、ホストのような美形だった。
    「ひっ……」
    「こ、これでも食らえ!」
     眼鏡男が尻込みするのを横目に、ホスト男は懐からナイフを取り出して突撃してきた。しかしそれをひらりと躱すレヌーツァ。
    「切り裂け、惑わしの逆十字!!」
     その背に、望が赤い逆十字を刻んだ。するとホスト男はよろめいて、逆十字に惑わされ眼鏡男にナイフの切っ先を向けた。
    「うぁ……!」
     後ずさる眼鏡男。
    「俺の牙に噛み砕けないものはねーぜ」
     青龍偃月刀の形状をした一馬の魔槍から、突き出しと共に怨念の籠った龍が飛び出し、眼鏡男を穿った。
    「ううっ……」
     更に怯む眼鏡男。
     和麻も同じく、眼鏡男に槍の気を突き立てる。
    「ぐっ」
    「まだまだ行きますわあ!」
    「気合やっ!!!」
    「行くわよ!」
     レヌーツァの魔法の矢が、隼人の鋭い光輪が、亜祈の豪快な無敵斬艦刀の振り下ろしが眼鏡男を苛む。
    「ひぃぃっ!」
     それでも倒れないあたり、強化一般人の中でも優秀な方ではあるのだろうか。
    「せっかくの機会、私の歌を聴いてもらうわ。料金はあなたたちの情報と言うことでいかが?」
     連戦で傷ついた仲間達を、結衣菜の歌が癒す。
     そして深景が、緋色の気を纏わせた槍を振り上げた。
    「終わりだよ」
    「うわぁぁあ!」
    「あっれー、何してんの?」
    「!?」
     突如背後からかけられたあっけらかんとした声に、その場の全員がそちらを振り返った。
     そこには赤い髪をして赤いマントに身を包み、顔の右半分を仮面で覆った、二十代半ば程の男が一人。
    「──れ、レヒト様!」
    「レヒト様! おいで下さったのですか!!」
     眼鏡男だけでなく、催眠に陥っていたはずのホスト男までもが喜色を浮かべる。
    「ふーん……俺らのとこに攻め込んできたのって、お前ら?」
    「……!」
     レヒトと呼ばれた男は、笑顔で問いかける。それだけで、灼滅者達は威圧感を感じていた。
     これが、ソロモンの悪魔……。
    「別にそこの眼鏡とか色男がどうなっても知ったことじゃないんだけどさー、あんまり殺されるとそれはそれで困るんだよなー。怒られんのもヤだし、お前ら死んどくか?」
    「!」
     その瞬間、全てが凍りついた。攻撃を受けたのだ、ということを自覚した時には体は冷気に包まれ、足はあまりの冷たさに動かなくなっていた。その隙に眼鏡男とホスト男は、レヌーツァと隼人に一撃を加える。
    「うっ」
    「ぐ……っ」
    「どうだ!」
    「レヒト様がいらっしゃれば、お前達など敵ではない!!」
     二人の男は狂乱したように笑う。
    「灼熱の海に沈め……!」
     望がガトリングガンを連射し、炎の海とも言えるような弾丸の嵐を着弾させるも、レヒトは平然とした顔だ。
    「ふーん……この程度か」
    「!?」
     笑ったままのレヒトと、あまりに薄い効果に愕然とする望。
    「この……っ」
     一馬が振り上げた妖の槍を柄の部分で受け止め、レヒトはそのまま一馬ごと振り払う。柄を握ったままの一馬は壁に叩き付けられた。
    「かはっ……」
    「弱ぇ、弱ぇなぁお前ら! もうちょっと楽しませろよ」
    「なめるな……っ!」
     和麻が槍を突き出すも、同じく軽くあしらわれて、ひらりと躱される。
    「くっ……」
     レヌーツァは他の班と連携を図る考えだったが、この悪魔を目の前にして応援を呼ぶ余力はない。何としても、ここで引き止めねば……!
    「──Dear Boss――いとしき貴方。わたくしのハートは、退屈で出来ていますの……さ、手をお取りになって? 踊りましょう存分に! 灰になるまで! 塵果てるまで!」
    「お、いいねぇその台詞、その気概! オーケー、付き合ってやるよ、お嬢ちゃん」
    「はぁ!」
     シールドを展開して殴りかかるレヌーツァに対し、それを片手で防ぎ、弾き返すレヒト。
    「あぁっ」
    「なーんだ、やっぱその程度なんじゃん。退屈な奴」
     地に転がるレヌーツァに、レヒトは欠伸を漏らす。灼滅者達は完全に遊ばれていた。
    「おおぉ! 気合いやぁ!!」
    「はぁぁっ」
     隼人と亜祈の同時攻撃。隼人が呪われた逆十字を放ち、亜祈が巨大な無敵斬艦刀を渾身の力で振り下ろす。しかしそれを受けても涼しい顔をしているレヒト。
    「くう……っ」
    「ふん。ますます退屈だな」
     悔しげに漏れる声、それをレヒトは鼻で笑った。
     勝てない……。
     そう悟らされるのに、十分な力の差。
    「勝てなくとも、時間を奪ってみせるわよ。死んでやる気もないけど!」
     叫んで、結衣菜はバイオレンスギターを掻き鳴らす。その旋律が仲間達を癒すが、それも微々たるもの。
    「いいから死んどけよ。楽だぜぇ? 残念だなぁ、下手に力持っちまったせいで生きてて。力さえなければ、俺らの下っ端にしてやってもいいんだけどさ」
    「誰がお前達の手下になどなるか! 悲しませないために勝って帰るんだ!!」
     深景はまだ諦めずに、紅蓮に染まった槍を振り上げる。だが、レヒトはそれすらもあっさり防いで見せた。
    「くそぉっ……」
    「おぉ、終わり? なら……やっちまいなぁ!」
    「はいぃ! ──!?」
     促されて眼鏡男が突っ込んで来ようとするが、その脇腹に刺さるナイフ。ホスト男が催眠に惑わされ、刺したのだ。その場に崩れ落ちる眼鏡男。そして、自らが仕出かしたことに我に返るホスト男は、思わずナイフを取り落した。想定外の出来事に、灼滅者達はもちろんレヒトも目を丸くする。
    「あ、ああ……! 申し訳ありませんレヒト様!!」
    「……あっはははは!! いいねぇお前!」
     腹を抱えて大笑いするレヒト。
    「そういうアクシデントってやつ? 俺好きだよ。……でも……お前も死ぬか?」
    「ひぃ! そ、そんな……お助けを……!」
     一瞬レヒトの瞳に殺意が映ったかと思った瞬間。
    「そうだレヒト。我らに与する者をあまり粗末に扱うな。我らの手足が減ることになる」
    「!?」
     右を振り返る灼滅者達。そこには、青い髪をして青いマントに身を包み、顔の左半分を仮面で覆った、二十代半ば程の女が一人。そしてその背後には、混乱から統率された強化一般人達の群れ。
    「あれー、リンクじゃん。どうかした?」
    「馬鹿者。ここは既に戦場……いや、狩場となったのだぞ。こういう時に混乱を収め、指揮を執り、そして獲物を殲滅する……それが我らの役目ではないか」
    「あっはは……俺、そういうの苦手で」
     リンクと呼ばれた女と、親しげに会話するレヒト。軽薄そうなレヒトと対照的に、リンクは冷静な女のようだ。だが、人間を下に見ているという点では同じらしい。そう、レヒトと対等に話す、彼女もソロモンの悪魔。
     レヒトだけでも苦戦していた状況下で、新たに現れたリンクと、強化一般人の軍団。
     戦況は、絶望的と言えた。
     
    ●圧倒的な劣勢、そして──
    「うぁっ」
     壁に叩き付けられ、地に伏す隼人。もう起き上がれなかった。
     既に和麻とレヌーツァ、深景は倒れていた。息はあるようだが、地に転がったまま動かない。
    「どうしたぁ、もう終わりか? もうちょっと遊ぼうぜ」
    「レヒト、あまり煽るな。『窮鼠猫を噛む』という言葉があるぞ」
    「えー、だってもうこいつら、窮鼠どころじゃないじゃん。えーっと……『風前の灯』?」
     次々と倒れる灼滅者達を前に、軽口を叩き合うレヒトとリンク。
     周囲に仲間の姿はない。この一帯が、運悪く戦力の薄くなった場所のようだ。このままでは……撤退すら難しい。
    「ちっ、すぐに治す!」
     既に幾度目かの障壁を展開し、望は己の体力を回復させる。しかしそれも焼け石に水状態。
    「ぐぅおおおおっ!」
    「うっ」
     裂帛の気合いと共に、一馬は槍で強化一般人を突いた。脇腹を貫かれた強化一般人は、かすかな呻き声を上げて倒れる。だが、強化一般人もまだまだ残っていた。
    「はぁぁ!」
     亜祈もまた無敵斬艦刀を振り上げて、敵陣へと突っ込んでいく。振り下ろされた一撃が、強化一般人を叩き潰した。
    「皆、頑張って……!」
     結衣菜の必死の癒しも、十分には行き渡らない。
    「さってっとー、そろそろやっちゃうか」
    「そうだな。少々時間をかけすぎた」
     レヒトとリンクの手に、魔力が集中していくのがわかる。それが放たれ、そして強化一般人の攻撃を受け続ければ、今度こそ終わりだろう。

     どくん。

     そんな中で、語りかける何かがあった。
     
    ●闇
    『──力が欲しいか』
     欲しい。敵に勝つため。皆と共に帰るため。
    『両方は叶わぬ。だが、本当に我の力を求めるか。恐れはないか』
     そうだ。俺は仲間のためなら、お前の力だって求める。恐れがないと言えば嘘になるが……それでも、力が、欲しい。
    『ならば与えよう。力を! そして心を我に明け渡せ!!』
    「是非に及ばずってね……影よ、俺を喰らえ」
     そして彼は、影に呑まれた。
     
    ●覚醒
    「おおおおお……っ」
    「!?」
     突如、放たれた叫び声。全身から闇の力を吹き出させ、己の影に呑まれていったのは……一馬だった。
    「お? こいつぁ……」
    「──堕ちたか」
     目を見開いて驚くレヒトと、逆に目を細めて一馬を見つめるリンク。
    「一馬……」
     痛ましげに一馬を見る亜祈。そう、もうそれしか手は残っていない。
    「──あーっはははは!」
     闇の奔流がひとまず収まったかと思ったら、一馬は高笑いを上げた。その吹き出す闇と威圧感……そう、それは目の前にしたソロモンの悪魔達にも匹敵していた。
    「……皆、行こう! 撤退だ」
    「え、でも……」
    「そうね……彼が作ってくれた時間、無駄には出来ないわ」
     残された三人は、それぞれが抱えられるだけ倒れた仲間を抱え、戦場を離脱しようとした。
    「ちょーっと待てよー。誰が逃がすって……」
    「お前の相手は俺だ」
     後を追おうとしたレヒトの前に、一馬が立ちはだかる。彼は闇の濃度の増した妖の槍でレヒトを突いた。するとレヒトの脇腹が抉られる。
    「!?」
     ぐらりと傾ぐレヒト。
    「気をつけろレヒト! こいつ……私達と同等の力を持っている!!」
     注意を喚起するリンク。今の一馬の力は、ソロモンの悪魔と互角……強化一般人では話にならないだろう。
    「そうそう、気をつけて貰わないとな……さっきまでの『俺』と同じと思うな」
     にいっと笑う一馬。もう少しすれば、一馬『だったもの』に変わってしまうだろう。
    「ふっざけんなぁ!」
    「お前達も行け!」
     怒りに任せるレヒト、強化一般人を煽るリンク。二人がそれぞれ魔法の矢を放つ。連撃を喰らってよろめく一馬。
     更に強化一般人の連続攻撃が一馬を襲う。
    「ぐっ……まだまだぁ!」
    「一馬さん!」
    「何してる、早く行けぇ!」
     後方の仲間から飛ぶ声に、一馬は目の前の敵から目を逸らさずに叫んだ。それは彼の、最後の意識。
     その声に唇を噛みしめて、再び背を向ける仲間達。
    「逃がすと思ってんのかぁ!」
    「そうだ、私達二人とこの強化人間達を相手に易々と逃げられると思うか?」
    「思うねぇ」
     にぃ、と笑う一馬。そして彼は……レヒトを掴んで持ち上げた。
    「!?」
    「おおおおらぁ!!」
     壁に激突するレヒト、そして巻き起こる大爆発。その衝撃はあまりに大きく、壁が、天井ががらがらと崩れ落ちるほどだった。
     そう、ちょうど敵の真ん中に一馬を残し、仲間達との間を遮るように。
    「一馬!」
    「一馬さん!!」
     その瓦礫の隙間から見えた一馬の笑みには……影が──闇が、あった。
     
    ●敗走の果て
    「そう、一馬さんが……」
    「くそっ、仲間を見捨てて逃げ帰る羽目になってしまったとはな……」
     戦線を離れて回復した後、詳細を聞いて肩を落とす者達。
    「だが……敵の指揮系統を混乱させることはできた。少ない戦力で、鶴見岳の戦場の手助けをすることは出来ただろう」
    「そうね。戦略的には……この戦いも意味があったかしらね」
    「せやな。ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を渡さへんことが、今回の作戦の目的やしな……」
     先程まで自分達がいた戦場を、あるいは鶴見岳で今尚上がる炎の柱を見て、灼滅者達はそれぞれに胸に去来するものを抱えながら、帰路につくのだった。

    作者:天風あきら 重傷:麗・深景(白昼の揺れる銀陽・d00400) 上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212) レヌーツァ・ロシュルブルム(﨟たしマギステラ・d10995) 狼幻・隼人(紅超特急・d11438) 
    死亡:なし
    闇堕ち:池添・一馬(影と共に歩む者・d00726) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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