鶴見岳の激突~その選択の先にあるものは~

    作者:日向環

    「さてと……」
     教室に集められた灼滅者達の姿を眺め見て、エクスブレインの少年は大きく深呼吸をした。
     あまり歓迎すべき事態ではないことは、彼の表情から容易に読み取ることができる。
    「先ずは御礼を言わないといけないね。別府温泉の鶴見岳から出現して、日本各地で事件を起こしたイフリート達は、みんなの活躍で灼滅する事ができた。作戦は大成功と言って良いだろう。ありがとう」
     柔和な笑みを浮かべた後、直ぐさま表情を引き締める。
    「この結果を受けて、鶴見岳の調査と、その原因解決を行うべく準備を進めていたんだが、ここで想定外の横槍が入ってしまったんだ」
     現在、鶴見岳周辺には、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結しており、作戦の失敗により戦力を減らした、イフリート達を攻め滅ぼそうと準備を整えているという。
    「ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の邪悪な目的の為に使用する事だろうと思われる。ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならない程に強化された一般人の姿もあるとの情報だ」
     ダークネスに匹敵する程の力を持つ彼らは、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれており、その軍勢の主力となっているらしい。
    「武蔵坂学園が介入しなかった場合、この戦いは、ソロモンの悪魔の軍勢の勝利に終わり、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっていくだろう」
     戦力を大幅に減らした現在のイフリート達では、ソロモンの悪魔の軍勢には太刀打ちできないだろうということだった。
    「敗北したイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になる。ソロモンの悪魔の軍勢は、鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要は無いと判断したのか、逃走するイフリートに対しては、ほとんど攻撃を仕掛けない。その結果、イフリートもかなりの戦力を残す事になる」
     つまり、この戦いに介入せずに放置すれば、ソロモンの悪魔の一派が強大な力を得り、イフリート勢力もまたその戦力を殆ど失わずに逃走するという、最悪の結果になってしまうことに繋がる。
    「だが、現在の武蔵坂学園に、2つのダークネス組織と正面から戦うような力は無い。2つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように、介入を行って欲しい」
     エクスブレインの少年は、ここで一端話を区切ると、ゆっくりと呼吸をする。
    「今回の作戦は、次のような選択がある。どの選択がベストなのかは、申し訳ないが僕らにも分からない。キミ達の判断に任せることになる」
     エクスブレインの少年は、3つの選択肢をホワイトボードに記した。

     選択:1 『鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃する』

     鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃するかたちになるので、有利に戦う事が可能。
     ただし、別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者も、イフリートにとっては憎むべき敵である為、イフリートと戦場で出会ってしまうと、三つ巴の戦いになってしまう。
     ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は新たな敵(灼滅者)との連戦を避けて、鶴見岳からの脱出を行う。
     鶴見岳のソロモンの軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来る。


     選択:2 『鶴見岳の麓にある「ソロモンの悪魔の司令部」を急襲する』

     司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定される。
     普段は表に出てこないソロモンの悪魔と、直接戦える可能性がある。
     ただ、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、無理に戦う必要は無い。
     司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
     勿論、多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることができるので、どちらが良いという事は無いと思われる。


     選択:3 『イフリートの脱出を阻止して灼滅する』

     鶴見岳から敗走したイフリートが、各地で事件を起こすだろう事は想像に難くない。その事件を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事になる。
     イフリート達は、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、千載一遇のチャンスともいえるかもしれない。

    「キミ達はこの3つの選択肢の中から1つを選び、作戦に臨んでもらうことになる」
     どの選択肢を選ぶかは、灼滅者達の判断に委ねられる形になるようだ。
    「今回は、ダークネス同士の大規模戦闘に介入する危険な作戦になる。慎重に行動し、そして必ず生きて帰ってきてくれ。キミ達の健闘と、無事を祈っているよ」
     エクスブレインの少年は、そう言って締めくくった。
     


    参加者
    芥川・真琴(Sleeping Cat・d03339)
    柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)
    渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    出雲・陽菜(イノセントチャーム・d04804)
    夕凪・葉月(犬耳刑事見習いは魔法使い・d06717)
    羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)

    ■リプレイ


     既に戦闘は激化していた。
     突入のタイミングに関し、各人の認識に相違があったが為に、チームとしての足並みがうまく揃わなかった。
     それでも、多数のチームと連携しての作戦ということもあり、奇しくも先んじて突入してしまった仲間達が集中攻撃を受けるような事態は免れることができた。
    「お山にいっぱい…いるの……」
     敵味方入り乱れての戦場を目の当たりにして、出雲・陽菜(イノセントチャーム・d04804)は思わず息を飲む。
    「おねーちゃん、どこ?」
     出撃前、彼女の背中にしがみ付くようにして様子を窺っていた陽菜だったが、戦闘開始と同時に逸れてしまっていた。
    「おねーちゃん……」
     心細さのあまり、挫けそうになる。
     そんな彼女を励ますかのように、1匹の霊犬が寄り添ってくる。
    「大丈夫。すぐに見付けてくれるから!」
     前方を警戒しながら、柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)が振り向いて声を掛けてきた。
    「わん!」
     寄り添っていた霊犬――コペルが、元気な声をあげた。
    「1体が回り込んだ!!」
     誰かの声が耳を打つ。慌てて顔を上げると、1体の強化一般人が左側から回り込んでくるのが見えた。
    「……あ」
     陽菜は思わず、その場で固まってしまった。強化一般人が迫ってくる。
    「させないーーー!!」
     真横から、小さな影が飛び込んできた。「ヒーロー☆ロッド」が強化一般人の脳天に振り下ろされ、魔力が流し込まれる。
     既に深手を負っていた強化一般人の体は、送り込まれた膨大な魔力に耐えきれずに破裂した。
    「日本列島! 全国各地! ご当地愛がある限り! 北国のニュー☆ヒーロー 羊飼丘・子羊、参上!!」
     ニヒルな笑みを浮かべて、羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)はカッコよくポーズを決めた。
    「陽菜ちゃん、見付けた!」
     強化一般人を蹴散らしながら、ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)が駆け寄ってきた。彼女のすぐ後ろに、3つの人影が続いている。
    「おねーちゃん!!」
    「……ごねんね。もう大丈夫。陽菜ちゃんは、絶対私が護りきるからね」
     ミルミは陽菜のことを、ぎゅっと抱きしめる。可愛い妹は自分が護る。僅かな間だが、心細い思いをさせてしまった分、この後は気合を入れなければとミルミは思う。
    「この状態じゃ、分からないね」
    「仕方ありません。見える範囲の敵の掃討に専念しましょう」
     芥川・真琴(Sleeping Cat・d03339)の言葉に、式守・太郎(ニュートラル・d04726)は応じた。敵の回復役を見極め、それを優先して撃破する計画だったのだが、そもそもそんな役割分担が為されていたのか疑問に思えるほど、戦場は混沌とし、乱戦の様相を呈していた。
     敵の陣容を確認しているうちに、志帆や陽菜、子羊達と突入タイミングがズレてしまったのだが、どうにか追い付くことができた。
    「これがダークネス同士の戦い……」
     戦場を見回し、太郎は言葉を漏らす。情報があったデモノイドの姿は、ここからでは確認できない。合流する前に、一瞬だけ姿が確認できた異形の姿を持つ者が、デモノイドだったのかもしれない。巨大な鎌と一体になったような腕を持ち、咆哮を上げてイフリートに襲いかかっている様は、もやは「人」とは言えない姿だった。
    「それにしても……」
     統率された部隊同士の戦闘というより、ただの乱闘に近い有様を目の当たりにして、太郎は小さく息を吐く。
    「この戦場に、ソロモンの悪魔本体はいないはずでしたね。彼らは、ソロモンの悪魔の命令が無ければ、まともに作戦も立てられないのでしょうか」
    「状況を判断して的確な指示を出してあげる為に、ソロモンの悪魔の本陣があったってことなのかな」
     太郎の呟きが聞こえたらしい志帆が、本陣があるだろう方角に目を向けた。
     本陣の強襲に向かった部隊が、現在どうなっているのかは分からない。しかし、目の前の現状を見るに、
    「今、この状況で新たな命令が来ていないという事は、本陣に向かったみんなが、うまくやってくれたってことになるのかな」
     子羊が肯いた。背後からの強襲作戦が予想以上の成果を上げているのも、参加した部隊が多かったことに加え、本陣を強襲した部隊の活躍があってこそなのだと思われる。今はただ、本陣に突撃した仲間達の無事を祈るしかない。
    「やれること、を、やるだけ」
     当初の計画通りに進めることができないのならば、最善を思われることに尽力するしかないと、渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)は割り切ることにした。
     敵陣深くに斬り込んでいったチームを援護する為にも、自分達はこの周辺に残っている強化一般人達を掃討しなければならない。
    (「何が封じられているせよ、ここは渡せない。きっと凄く怖いことになってしまうから。……この人達を、倒す事になっても」)
     前方に現れた数体の強化一般人達の姿を視界に収め、縁は決意を固める。彼らとて、元は普通の一般人だ。戦うことには微かな迷いがある。
    「でも、護りたい、日常、が、あるか、ら……!」
     縁は手にした武器を構える。
    「――神芝居を、始めよう」
     心のスイッチを入れた。もう、迷わない。
    「やっと見付けたよー」
     息を切らしながら、夕凪・葉月(犬耳刑事見習いは魔法使い・d06717)と霊犬のイヌ吉が掛けてきた。
     イフリートとソロモン勢の交戦をじっくりと観察していた彼女は、完全に出遅れてしまった形になっていた。イヌ吉がしきりと恐縮している。
    「みんな揃ったところで、気を取り直していこうか」
     ここは年長者の自分が取り纏めなければいけないと判断したのか、真琴が皆に号令を掛ける。
     作戦は、まだ終わっていないのだ。


     全員が揃ったところで、陣形を立て直す。
     こちらを明確に敵を認識したらしい強化一般人は6体。彼らの後方にも数体の強化一般人の姿が見えたが、どうやら別のチームと交戦中らしい。
     既に撤退行動に移っているイフリートの姿は見える範囲では確認できず、デモノイドらしき異形の姿も見えない。当面は、この6体が相手のようだ。
    (「欲する気持ちは分からなくもないけど、それするとこっちの都合が悪くなるんだよね……。まあ、自分勝手はお互い様で……」)
     迫りくる強化一般人に対し戦艦斬りを叩き込むと、真琴は思いを巡らせる。戦いの最中に思案できるほど、現状には余裕があった。統率も取れず、ただ闇雲に突っ込んでくるだけのような相手など、多少の数では雑魚の集団でしかない。
    「どうやら、ソロモンの悪魔からしてみれば、使い捨ての駒のような連中みたいですね」
     この戦場にいる強化一般人は、指示がなければろくに動けず、力に任せて暴れているだけの木偶の坊。力押しの集団戦でくらいでしか、使い道のない連中のようだと、太郎は推測した。
    「さあ、こっちですよ!」
     ミルミがシールドバッシュによって、1体を自分の方に引き付ける。自分の後方にいる志帆と葉月、そして彼女達の霊犬のポジショニングを見ての行動だった。
     回り込んできた1体が、ミルミの背後に迫った。1体を引き付けているミルミは、まだ自分の背後に接近している強化一般人に気づいていない。だが、彼女は決して自分の背後を疎かにしていたわけではない。
     ミルミに襲いかかろうとした強化一般人を、マジックミサイルが粉砕した。
    「おねーちゃんの背中は、私が守るって……約束したの…!」
     ちらりと振り返ったミルミが、その声に答えるように笑顔を作ってくれる。自分の背中は、可愛い妹が守ってくれる。だからこそ、自分は眼前の敵に集中できる。
     ミルミの思いが伝わったのか、陽菜が精一杯声を出す。
    「おねーちゃんの背中は絶対に絶対に私が守るの…!」
     ならば、この健気な子は僕らが守ろうと、コペルとイヌ吉が両サイドをがっちりとガードしている。
    「イヌ吉、頼りにしてるからね!」
     葉月はイヌ吉に声を掛けると、前方にマジックミサイルを放つ。戦場を大きく見渡し、味方に注意喚起も忘れない。
    「左から新手が2体!」
     岩の向こう側から、新たに2体の強化一般人が現れた。逃亡するイフリートと戦っていたのか、それとも他の灼滅者と戦っていたのか、2体とも手傷を負っている。
    「僕に任せて!」
     前衛陣は眼前の敵に集中している。ここは僕の出番と、子羊は体の向きを変えた。
     深く息を吸い込み呼吸を整えると、頭の左右に付いた羊の角が眩い光を帯びる。
    「……子羊☆ビーム!」
     高らかに声をあげ、1体の強化一般人をびしっと指さす。羊の角から、強烈なビームが放たれた。
     同時に、志帆の制約の弾丸が叩き込まれた。子羊の動きに同調し、志帆も新手に対して攻撃を放っていたのだ。
    「コペル!」
    「イヌ吉、行って!」
     残りの1体に向けて、2匹の霊犬が突撃した。これで、少しは時間が稼げるはずだ。


    「そいつらはまことさんに任せてくれていいよ」
     無敵斬艦刀を構えて、真琴は2体の強化一般人と対峙する。
    「熱は命、ココロは焔……」
     味方ならば暖かな光を送るが、敵に放つのは苛烈な焔。
     突き出した掌から、零距離で2体同時に炎を見舞う。だが、2体とも怯まなかった。炎の奔流を抜けると、同時に真琴に襲いかかった。
    「横槍、失礼しますよ」
     横から飛び込んできた縁が、妖の槍を螺旋の如く捻らせ、強化一般人の体を貫き仕留めた。
    「貴方に恨みは、ないけれど」
     くず折れる強化一般人を見下ろし、縁は呟く。だが、すぐに顔を上げる。
    「残りは任せます」
    「ほーい!」
     2体の攻撃をひらりとかわしていた真琴が、残った1体に超弩級の一撃を見舞った。
    「芥川先輩! 渡橋先輩!」
     対峙していた1体をティアーズリッパーで葬ると、太郎は声を投じた。真琴と縁の視線が自分に向けられると、太郎は素早く身振りで意志を伝える。
     自分が霊犬達の援護に向かうので、2人はミルミへの加勢を頼む――。
     彼女達が肯いてくれたのを確認すると、太郎は素早く対を巡らす。視線の先に、2匹の霊犬を振り払おうと闇雲に腕を振り回している強化一般人の姿を捉える。白いマフラーが大きく靡くと、鋭利な刃と化した漆黒の影が伸びていく。
     足下から襲い掛かってきた影に体を斬り裂かれ、強化一般人の表情が苦痛に歪む。
     太郎はコペル、イヌ吉と強化一般人との間に体を滑り込ませると、防御の姿勢を取った。
     コペルの援護に徹していた志帆が、直ちに攻撃に転じる。強化一般人の動きを制限すべく結界を構築し、その中に捕らえることに成功する。
     次の瞬間、葉月が地を蹴る。マジックミサイルの命中率が著しく低下していたので、零距離格闘を仕掛けるべく、一気に前衛の位置へと飛び出してきた。
     機転を利かせた子羊が、ご当地ビームを放って強化一般人の注意を自分に向けさせる。
     リボルバー式の拳銃に似たガンナイフを駆使し、葉月は強化一般人に一撃を加えた。
    「式守さん、トドメを!!」
     志帆の声を背中で聞いた太郎は、声だけで彼女の意図を察した。
    「!!」
     短い気合いと共に、漆黒の影を送り出す。刃と化した2つの影が、左右から同時に襲い掛かり、強化一般人の体を引き裂いた。
    「……こっちも仕上げ!」
     太郎達が強化一般人を仕留めたのを視界の隅に捕らえると、真琴は無敵斬艦刀を構え直した。
     陽菜からの癒しの矢を受け取ったミルミが、体勢を立て直してレーヴァテインを見舞う。
     続けて真琴が戦艦斬りを叩き込む。
    「これでどうだっ。……その身の内より、疾く爆ぜよ!」
     縁から次々と送り込まれた魔力により、強化一般人は断末魔の悲鳴と共に四散した。


    「近くに、もう敵の気配はないみたいだね」
     周囲を見回し、子羊が言った。陽が西に傾きかけたのと同時に作戦行動を開始したこともあり、今では空には星が瞬いている。
     時折、どこからか戦闘音が聞こえてくるものの、それもまばらだった。大勢は大方決したといって良いだろう。
    「おわったの…?」
    「うん。よく頑張ったね。帰ったら美味しい物を一杯食べようね」
     ミルミが陽菜の頭を撫でてやると、陽菜は満面の笑みを浮かべてミルミに抱き付いた。
    「コペル、お疲れ様」
     志帆に首筋を優しく撫でられ、コペルは目を細める。
    「イヌ吉、くすぐったいって♪」
     イヌ吉に顔を舐めまわされ、葉月が楽しげな笑い声を上げた。
     2匹の霊犬に負けてはならぬと、陽菜がよりいっそうミルミに甘える。
    「イフリートくんから力を横取りなんて、ソロモンくんもイイ性格してるよね全く、流石悪魔だよ」
     イヌ吉にのし掛かられて、あははと笑いながら、でもまぁ葉月達も人の事言えないけどねと、葉月は言った。
     ちょっと冷えてきたねと、寒さの苦手な真琴が小さく身震いした。常ならば雪に覆われている鶴見岳の山頂付近も、見たところ雪はまばらにしか残っていない。灼熱のイフリート達が大挙していた場所だけに、その熱によって積もった雪が溶かされてしまったらしい。とはいうものの、標高1,375mの鶴見岳は、山頂付近ともなれば気温も低い。早く下山して、暖まりたい気分だった。
    「火事場泥棒も良いトコって言いたいんだけど、均衡する組織が弱体してたら隙を逃さず攻めるよね」
     コペルの首筋を撫でながら、志帆は呟いた。かく言う自分達も、この機に乗じて格上の敵対組織の背後を襲撃したわけだから、偉そうに言えた義理ではない。
     今回のような大規模な行動を取ったことにより、自分達武蔵坂学園も、その他のダークネス組織からも、目を付けられてしまうかもしれない。個々の力ももちろんだが、今後は組織としても力を付けていく必要があるだろう。
    「――ここには一体」
     何が彼らを呼び寄せていたのだろうか。縁は改めて戦場を見渡した。イフリート達はこの地に何を求め、何をしようとしていたのか。ソロモンの悪魔達は、単に弱体化したイフリート達を滅ぼそうとして、この地に集まっただけなのか。それは、自分達には分からない。
    「調査を急いだ方が良さそうですね」
     とにかく、情報が不足していた。次のダークネス達が押し寄せてくる前に、できるだけ情報を集めてから帰路に付こうと、太郎は言った。
     自分達は、まだ知らないことが多すぎる――。
     戦いを終えた彼らは、今一度、ゆっくりと戦場を眺め見るのだった。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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