鶴見岳の激突~選ばれし針路

    作者:

    ●選択の日
    「報告、聞いたわ」
     お疲れ様という唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)の言葉は、別府温泉・鶴見岳から全国へと散らばったイフリートを討伐した灼滅者達への労いだ。
     しかし、灼滅者達の勝利で終えた戦いの労いにしては、姫凜の表情は笑ってこそいても硬かった。迷う様に泳ぐ視線に良くない気配を感じ、笑顔の灼滅者達の表情も自然張り詰めたものへ変わっていく。
     その様子に苦笑して、姫凜は紅蓮の瞳を静かに伏せた。
    「……ごめんなさい。勝利は素直に嬉しいの。……でもやっぱり、これで終わりじゃなかった」
     長くなるけど、と詫びて、姫凜はアウトプットした情報を語り始めた。
     今回の騒ぎの中心である鶴見岳の調査と、事件の背景・原因の究明。
     相次ぐ勝利の報を受け、次なる調査に動き出そうとしていた武蔵坂学園へサイキックアブソーバーが齎したのは、イフリートとは異なるダークネス勢力の動きだった。
    「イフリート達の動きを察知したのは、何も私達だけじゃなかった。……ヴァンパイアと遭遇した報告を聞いたかしら? バベルの鎖は、私達だけに働くわけじゃない」
     作戦の失敗により戦力を減らしたイフリート達を攻め滅ぼし蓄えられている力を奪うべく、鶴見岳へ集いつつあるダークネス第三勢力が存在するのだ。
    「今回あなた達にお願いしたいのは、ソロモンの悪魔とイフリート、2つのダークネス勢力の抗争への介入よ。ダークネス同士削り合ってくれる分には良い、と思うかもしれないけど……今回はちょっと勝手が違うの」
     この抗争を放置すれば、弱体化しているイフリート達に対するソロモンの悪魔側の勝利はほぼ約束されたものと思っていい。
     それはつまり、ソロモンの悪魔の軍勢が鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になることを意味する。
     一方のイフリートは、鶴見岳から姿を消すだけだ。力が目的のソロモンの悪魔達は、敗北後のイフリートの行く末には興味が無い。
     結果、イフリートも残る戦力を殆ど失うことなく逃走という、最悪の結末が完成してしまうのだ。
    「わかるでしょう? この戦いを放置して、私達に良いことなんて1つも無いの。かといって、今の武蔵坂学園……灼滅者勢力に、2つのダークネス組織と正面から戦えるほどの力は、はっきり言うけど無いわ」
     だから、介入なのだ。この抗争を利用し、ダークネスに最悪を、灼滅者達に最善の結果を引き出せるよう立ち回らなければならない。
     ならば、どうすることが最善なのか。
    「よく聞いて。できることは3つ。但し、あなた達8人でどれか1つを選ばなくちゃいけない。これは大前提よ。8人くらいの小隊が更に分散行動してどうにかなる様な勢力なら、私もこんなに強くは言わないわ」
     言いながら机上にノートを広げ、姫凜は3つの選択肢を書き出した。
    「1つは、鶴見岳でイフリートに対面するソロモンの悪魔の軍勢を、背面から攻撃すること。イフリートとあなた達で、ソロモンの悪魔軍勢を挟撃する形になるわ。挟み込む分幾分有利に、と思うかもしれないけど……よく考えて。先の戦いで、イフリートの力を削いでこの戦いの切っ掛けを作ったのは誰?」
     そう、一見するとソロモンの悪魔軍勢をイフリートと共闘し討伐するかに思えるが、イフリートにとっては灼滅者達も当然敵。
     つまり、三つ巴の戦いになるということだ。
    「加えて、このソロモンの悪魔軍勢の主力は、どうやら『デモノイド』と呼ばれる一般人よ」
     ダークネスそのものでは無いとはいえ、デモノイドはダークネスに匹敵する力を使う。その実力は、今まで見てきた強化一般人とは雲泥の差。苦しい戦いになることは明らかだ。
     しかしこの選択で鶴見岳のソロモンの軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来る。
    「2つ目。鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲すること。ここにソロモンの悪魔が多数居るのが見えたわ。ここでより多くを灼滅できれば、結果的に勢力の縮小には繋がるでしょうね」
     但し、穴はある。司令部が壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。その力と、灼滅したソロモンの悪魔の力がプラスマイナスゼロであれば、どちらが良い、ということもない。
     また、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する。戦力の高さを知っていて無理に戦う必要は無いだろう。
    「3つ。ソロモンの悪魔に敗北したイフリート達の脱出を阻止して、灼滅すること。ただでさえ疲弊している所でソロモンの悪魔とも対峙して、イフリートは弱体化しているわ。この好機を逃す手は無いでしょう?」
     イフリートに敗走を許してしまえば、再び各地で事件を起こすだろう事は想像に難くない。未然にそれを防ぐ意味では、理に適った選択と言える。
     しかし、灼滅者側がこの選択へ偏った場合、ソロモンの悪魔達は野放しになってしまう。
     いずれ、と、手にしていたペンでとん、とノートを叩き、姫凜は意志の強い瞳で灼滅者達を見つめた。
    「どの選択を取っても、困難なことに相違ないわ。相応の覚悟は……必要だと思って」
     姫凜が送り出す以外にも、多くのエクスブレインが灼滅者達を鶴見岳へ導いている。この抗争に関わる介入者が多いだけに、戦場の状況は予測しきれるものではない。対峙する敵の数、戦場、それらは1部隊の選択次第でどうとでも動くのだ。
     その戦力比によっては、もしかしたら学園へ帰って来れない者も居るかもしれない。
     『相応の覚悟』。その言葉に、姫凜は心巡った様々な思いを纏めた。
    「私にできるのはここまでよ。後はあなた達に委ねる。……どうか、無事でね」
     全能計算域を持つが故に敵方の動きのあらゆる可能性を知る姫凜。
     どの道も険路だと知る彼女に、絶対大丈夫なんて言葉は言える筈もなかった。


    参加者
    花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)
    葛木・一(適応概念・d01791)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)
    天河・蒼月(月紅ノ蝶・d04910)
    皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)
    火売・命(宵闇の焔・d10908)

    ■リプレイ

    ●轟
     潜める息も、戦い控えてざわりと揺れる不穏な空気の前に、あまり意味も無く思えてくる。
     遠くからキシャア、と甲高い獣の咆哮が響いた。同時に地鳴りの様に轟く足音、打ち鳴る爪音、土煙。
     戦いの火蓋が切られたことは、目前の光景だけでも明確ではあるけれど――見つめる火売・命(宵闇の焔・d10908)の心中は穏やかでは無かった。
     ダークネス勢力同士の衝突。命の良く知る風景、良く知る場所がそのただならぬ戦火に包まれようとしている。
     違う場所なら良いということではなく――ただただ故郷を守りたいと、そう願う彼の思いは当然と言えた。
     「……あれがデモノイド、ですか」
     命の内心を知ってか知らずか、隣で穏やかな笑みに何処か不敵な色を滲ませて、橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)が戦場の一角を指差し、呟いた。
     見渡す戦場は広く、総戦力は計り知れない。はっきりしているのは、最奥に在るはイフリート、手の届く範囲に在るのはソロモンの悪魔に強化を受けた一般人だ。
     そして、イフリートとソロモンの悪魔勢との丁度境に位置するその存在は、嫌でも視線に留まる異様な風貌で佇んでいた。
     ソロモンの悪魔に強化されつくした一般人の成れの果て。青い体表には、人としての姿の名残など欠片も無く――逆にそれは躊躇い無く戦うには都合が良いのかもしれなかった。
    「デモノイドだかデメキンギョだか知らんが止めてやんよ!」
     ぐっと拳を握り締め、葛木・一(適応概念・d01791)の強く言い放つ声が、隣の花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)の心に響く。そう、相手がどうあろうと、今は戦うだけだ。
    「負けないもん……」
     頬から鎖骨へと辿る緩やかな春色の曲線を揺らすと、依鈴は小さく独言した。
     時は、間もなく開戦から3分――この戦場へ赴いた灼滅者勢力で統一された、約束の時間。
     戦いの時だ。
    「――行こう阿吽。邪なるを討つ為に」
     皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)が傍らの霊犬・阿吽へと声を掛ける。主の声に応じて音も無くすっと立つ寡黙な獣の、険しき戦場へと飛び出す用意は万全だ。
    (「危険な戦いだけど……ダークネスによって生み出される悲劇を少しでも減らせるように」)
     閉じられていた藍の瞳がゆっくりと開く。天河・蒼月(月紅ノ蝶・d04910)の強き視線の先に在ったのは、コルネリア・レーヴェンタール(幼き魔女・d08110)の姿。
    「厳しい戦いのようですが……」
     真っ直ぐ向き合って告げるコルネリアは、言葉の先を微笑みに託した。貴女が一緒だから、心強いのだと――その信は、言葉にせずとも確かに蒼月へ伝わる。
     蒼月が返す微笑みは、互いの心を奮い立たせる強い絆だ。
    「イフリートにソロモンの悪魔に、忙しないわねぇ……」
     艶めく紫の髪を一房、くるくると指に巻いて。西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)は、戦闘前とは思えぬ極めて軽い調子で呟いた。
     余裕なのか、何も考えていないのか。その表情から伺い知ることはできないが、誇張された女性語で低く紡がれる言葉には、すとん、と肩の力が抜ける気楽さがある。
     しかし、笑う瞳の奥はどこか好戦的な光を帯びて。声音から伺い知れない戦い愉しむ性質を、その場の誰も気付けない。
    「ま、それだけお目当ての物がスゴイってことかしら? ……始めましょうか」
     金の瞳で真っ直ぐと戦火を目指して。麦秋の言葉と同時、秒針が戦いの刻を告げ――8人全員が一斉に、その力を解放した。

    ●穿
     轟音、悲鳴、鉄の匂い。
     ぞくり、と震えた体に無意識に高揚する自身を自覚し、九里が笑みを深くする。
     張り巡らせた鋼糸からは、遠慮を知らず血が滴り落ちる。先程から容赦無く敵を刻み続ける変幻自在の糸は、時に敵を捕える鎖として、仲間の攻撃を援護する。
    「もっと啼いても宜しいですよ? 存分に、踊ってください」
     にこりと、穏やかに微笑みながら一度左に握る糸をその手から解放、しかし直後右手で蜘蛛の巣の様にピンと張られた糸を強引に掴み、引き寄せる。
     それまでとは違う場所に突如かかった力に、糸に囚われた配下が血塗れの絶叫の中に息絶えた。
     行き場を失い弛んだ糸をしゅるりと引く九里の背へと迫る配下へ、立ち塞がるは麦秋。
    「いらっしゃーい。アタシと遊んでくれるの?」
     響く声音も軽く、笑んだ麦秋が刹那、怨念の魔槍で配下を穿った。
     螺旋の捻りが生み出す破壊力に、戦い悦ぶ金の瞳が怪しく光る。引き抜いてもう一撃、刺し貫いた槍の穂先から伝う血が地へ滑り落ちた。
     先ずは手前、配下達を倒し2勢力の衝突する前線へ近付くこと――予め定めた手順に従い戦う灼滅者達は、8人がかりの一斉攻撃で確実に敵を蹴散らし進む。
    「さって、気合入れていくわよー!!」
     どさりと音を立てて崩れ落ちた配下を冷笑で一瞥すると、麦秋の瞳は次なる獲物を求め視線を前線へと送った。
    「被害を潰しつつ最後に勝つ! ヒーローって感じで良いねぇ♪」
     後方から嬉々として戦う一の導眠符は、文字通り配下を永久の眠りへと誘う。半身たる霊犬・鉄の盾に守られながら、戦場を前へ前へと突っ切るのだ。
     しかし、そこへふわりと感じた冷気。
     一が慌ててその身を翻すが、一足遅い。周囲は一面戦場。つまり、見渡せばどこへも敵が居る。
     全員で1体。それは、確実に倒すという点では効率が良いが――仕掛けてくる敵が多い中で、野放しの敵が強化され、またこちらを弱体化してくることが難点ではあった。
     熱奪う冷気にその身を晒した依鈴は、共に傷受けた一とコルネリア、コルネリアのナノナノ・ふぃーばーの無事を確かめた。
     ふぃーばーのふわふわハートに癒され、敵に同じく冷気の攻撃を繰り出すコルネリアを見て今は問題無いと判断する。即断、攻守兼ねる聖なる光条を敵へと見舞った。
     急所を貫いた裁きの光によろめく配下。その1体へと、蒼月が迫る。
    (「僕は今でも自分の力が怖い……だけど」)
     携える日本刀『孤蝶』。鞘に収めたままのその刀の柄を握ると、かちゃり、と小さく耳馴染んだ音がした。
     守る為だけに振るう刃。その気持ちに迷いは無いから、乗せる力は全身全霊。
    「全力を尽くす事がみんなを守る事につながると信じて、今は!」
     抜き放つ居合いの一撃が敵1体を闇へと葬る。
     きりがなく続く戦いにふと足を止めた笙音は、視線巡らし戦線の状況を確かめた。
     開戦後、何体の強化一般人を打ち倒したか知れない。部隊として動き続けて、8人とサーヴァント3体、誰も離れる事も欠ける事も無く進んできた。
     近付いた最前線に、イフリートとデモノイドが1対1の激しい戦いを繰り広げる姿がはっきりと見えている。
    「!」
     不意に、横から配下の解体ナイフが襲った。突撃の勢いで突き刺しに来るその刃を、受け流す様に回避する。
     山を知る先人の教えを受け育った笙音は、一見動きにくそうにも思える重装備。しかし、身のこなしは捉え難い程に軽い。
     くるりと廻りかわしたことで取った配下の背へと、日本刀『速媛』を上段から真っ直ぐに振り下ろした。
     その笙音の動きに合わせて阿吽も斬魔刀を振り抜く。笙音の一撃で敵が落ちると理解してか、阿吽が狙ったのは更に隣に居た別の配下。
     片腕と共に同時捉えた2体が撃ち崩れたのを確かめると、笙音は刃に付いた血を振り払った。
     敵倒し、目前にぽっかりと空いた空間。その先に未だイフリートと交戦中のデモノイドの背が見えている。
     周囲を見渡せば、意識こそ此方へ向いていないが、配下の姿もまだまだある。三つ巴を避けるなら配下を先に叩くべきか――笙音が次なる標的を求めて視線を泳がせた、その時。
    「!」
     獰猛な雄叫びを上げたイフリートの巨体が、地響きと共に地へ沈む。
     決着の付いた最前線で――幾分消耗の見られるデモノイドが、次なる獲物を求め動き出そうとしていた。

    ●乱
     仕掛けるならば、今しか無い。
     判断すれば、灼滅者達は早かった。一が前衛で最も負傷の大きい笙音へと防護符を送ると、命は進むに邪魔な配下残党を一気に潰しにかかる。
    「八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」
     神へと送る清浄たる響きで祝詞を紡ぎ、放たれた鏖殺領域。前列に並ぶ敵を纏めて赤黒き殺意のオーラが包み込む。
     命にとって、この戦いはただのダークネス対灼滅者の戦争では無かった。鶴見岳との纏わり深い命に、山を荒らされることは到底看過できることでは無い。
    「其の身其の體の穢れを――祓い給え!」
     暗く深きその闇は囚われた3体の配下を一掃し、攻め飛び込む場所を灼滅者達に齎した。前に並ぶ麦秋、九里、笙音がぐん、と一斉に駆け抜けて行く。
     その背を追う蒼月は、騒乱の戦場下に在ってどこか冷静に戦況を見ていた。
     これだけの速さで敵の掃討を進めても、デモノイドは此方へ見向きもしない。
     気付いていないというよりは、配下一般人と姿形が違わない此方を敵と認識できるだけの知能が無いのか――。
    (「……ただ、配下一般人とは比にならない強さ。何が起こるか、わからない」)
     蒼月の更に後方、依鈴もまた、静かに戦線を見つめていた。その唇は、予感めいた不穏な思いを言葉にしまいと堅く引き結ばれている。
     実の所、ここまで負傷数は前衛陣が圧倒的でも、実質最も消耗しているのは依鈴だった。元々の基本体力に加え、前衛やサーヴァント使いへの回復を優先し続けてきた依鈴は、自分への回復が仲間任せでほぼ手付かずだ。
     依鈴以外にも一やサーヴァントら回復手は居た。しかし、どうしても前線で攻守の要となる前衛への回復が優先される。
    「……全部、癒すよ。それが、仕事」
     一斉に青い巨体へと襲い掛かる仲間を真っ直ぐ見つめながら、決意の独言は戦闘音の中に掻き消えた。

     九里はくん、と指に絡む鋼糸を手繰った。張り詰める糸の手応えは、望みの相手を捉えていると九里へ教えてくれる。
     捕縛したデモノイドは成る程、配下とは比べ物にならない力を持つと鋼糸越しの力の抵抗だけで理解できた。空いた手で眼鏡をくっとずり上げ、一気に糸を引き抜く。
     飛び散る鮮血。その隙間を縫う様に襲うのは、絶大なる魔力を秘めた杖から引き出される雷の衝撃。焦げた様な香りと共に、デモノイドの獣然とした怒りの咆哮が響く。
     コルネリアの、轟雷。
    (「この闘いが、お義父様に対するせめてもの罪滅ぼしになることを願って……」)
     秘める過去は心へ暗い影を落とす。しかしどんなに罪悪感に苛まれても、迷いは無い――かつて自分を救い出してくれた、大切な存在があるから。
    「一緒に戦っているから……負けません!」
     猛る心を言葉に乗せ強く叫んだコルネリアの声に応える様に、蒼月が前へと飛び出した。
    「コルネリアちゃんは僕が絶対守る!」
     紅きオーラを孤蝶に纏わせ、閃いた刃がデモノイドの刃と化した腕と打ち合う。拮抗する刃のせめぎ合いに、蒼月の腕がびり、と痺れる様に痛む。
    「女の子に力勝負なんて、感心しないわねぇ」
     麦秋が、その拮抗に割り込む様に妖の槍をデモノイドの刃に絡めた。1人では苦しくとも、2人分の力で払うと、ギン! と甲高い音を立ててデモノイドの刃は弾かれる。
     そして、払われ揺らいだ巨体に生まれた隙を逃さないのは、3人目の灼滅者だ。
    「追い討ち行くぜっ、ズババーンっ!」
     一のジグザグスラッシュが、大きく空いたデモノイドの懐深く、急所を抉った。鮮血が宙を舞い、仰け反るデモノイドの絶叫がこだまする。
     回復に動くこともできた。後方で戦ってきた一は、仲間達も自分の呼吸も、途切れぬ戦いに乱れてきっていることは理解している。
     しかし――これを相手に戦い長引かせるのは危険と、直感が告げている。
     戦いは、佳境。予断を許さぬ現実が、容赦無く灼滅者達に突きつけられていた。

    ●滅
     巨体が繰り出す突撃はかわしきれず、命は耐えようと試みて吹き飛ぶ。
    「……くっ……」
     その重さに、全身が軋む。どっと地面に叩き付けられながらも意識を保っているのは、守りの布陣の恩恵だ。
     何度か受けられるだけの余力はあった。仲間庇う盾として布陣した命と笙音は、皮一枚で立ってはいるが、恐らくもうそう長くは保たない。
     しかし、守りに入っても結果は同じ――ならば攻めるのみと決意をする命の耳へ、後方から癒しの旋律が届く。
     先程から攻撃受ける都度届く天上の歌声――依鈴だ。
     終盤へ来て、癒せば癒すほどにその威力は高まっている。全員が等しく受傷する可能性のあった戦場に於いて、徹底的に癒しに特化し戦う春色の少女には、惜しむらくは範囲癒す手段が無かった。
     だからこそ最大威力を重視し、前線で攻守に立ち回る仲間の回復を優先し、結果ここまで誰一人倒れぬ戦線を築くことができたのだ。
     遂にデモノイドの凶刃が彼女を討ち貫いても――最後まで癒し続けた依鈴の思いが、自分以外の誰をも倒れさせはしなかった。
    「……いい加減、終わらせる」
     1人減った戦場に、笙音の静かな声が響いた。シュー、と醜い歯列の隙間から漏れ聞こえるデモノイドの呼吸は、低く唸るような音を含み、自分達以上の消耗を伝えてくる。
    「そうね、大分陽も落ちたことだし……子供はそろそろ寝る時間よー」
     いつの間にか夜へと傾いた空の下、がしゃん、と麦秋が構えたガトリングガンから魔力弾の連射がデモノイドを襲った。逃れようもない弾丸の嵐に、デモノイドが遂に地面に膝をつく。
     そこへ、縦横無尽に奔る九里の鋼糸。縫う様に縛り付けられた体に、デモノイドが苦しそうに声をあげ体を震わせる。
    「おいしい所はお譲りしましょう……きっちり仕留めて下さいな」
     ギチ、と音を立てて右手に鋼糸を操りながら、仲間へにこりと九里が微笑んだ。
     愛刀を一度鞘に収め、静かに瞳を伏せて――笙音が狙うは、抜き打ちの一閃、居合斬り。
     喧騒が、どこか遠くに感じられる。大きな大きな戦いは、自分達の部隊が全てでは無い――他の部隊は無事だろうかと、不意にそんな思いが過った。
     ともあれ、この部隊の役目はこの一撃で終わる。
     見開いた漆黒の瞳が射抜く様にデモノイドを捉えた時――居合いの一閃の下に、鮮血に染まった青く醜き獣はグズグズと融け崩れる様に地へと散っていった。

     眠る依鈴を最年長の麦秋が背負い、灼滅者達は戦場離脱を決めた。
     満身創痍。恐らくは配下を相手にしても程なく2人目、3人目の重傷者が出ることは明白だった。
    「大丈夫かなぁ、みんな……」
     一の呟きが、静かに闇色の空へ溶けていく。
     戦うことに必死だった。命に別状無いと知れる依鈴はともかく、他の部隊がどうなっているかは報告を聞くまでは解らない。
     それぞれの部隊が選んだ道。そのどれもが厳しいと、エクスブレインは言った。
     しかし少なくとも、今日或る部隊が選んだ1つの険しき針路で掴んだ勝利は、灼滅者達の未来へ確かな活路を齎した筈だった。

    作者: 重傷:花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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