鶴見岳の激突~trigon

    作者:那珂川未来

    「皆さん、先日のイフリート討伐お疲れ様でした」
     エクスブレインの少年はぺこりと頭を下げると、この度の襲撃の成功に労いと感謝を示す。
    「皆さんのおかげで、鶴見岳の調査と、その原因解決を行うべく準備を進めることができました。ですが……」
    「何かトラブルでも?」
    「はい。ここで想定外のダークネスの介入により難航しています。現在、鶴見岳周辺には、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結していまして、こちらの作戦成功によって大幅に戦力を減らしたイフリート達を狙い、攻め滅ぼそうと準備を整え動いています。ソロモンの悪魔たちは、イフリート達が集めた力を横取りしようと企んでいるようです」
     こちらがサイキックアブソーバーでイフリート達の動きを感知した様に、ソロモンの悪魔側も、バベルの鎖でこれに関するなんらかの情報を得てのことだろう。
     彼らがその横取りした力を邪悪な目的に使用するのは目に見えている。
     少ない労力で力を得ようとする狡猾さは、ソロモンの悪魔らしい発想である。
    「ソロモンの悪魔の軍勢には、今まで事件を起こした強化一般人とは比較にならないほどに強化された者もいるようです」
      ダークネスに匹敵する程の力を持つ彼らは、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれており、その軍勢の主力となっている。
    「ソロモンの悪魔たちは、間もなく戦力の低下したイフリートに攻撃を仕掛けるでしょう。もしも、私たち武蔵坂学園が介入しなかった場合、この戦いは、皆さんのご想像通りソロモンの悪魔の軍勢の勝利に終わり、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力に拡大することになります。敗北したイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になるでしょうが、ソロモンの悪魔の軍勢は、鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要は無いと判断して、逃走するイフリートに対してはほとんど攻撃を仕掛けないようで、イフリートもかなりの戦力を残す事になります」
     介入しない。つまりはソロモンの悪魔の力を拡大させ、イフリート勢もその戦力を失わないばかりか、立て直しができる猶予を与えることになるだろう。
     なにもいい事などない。
     とはいえ、
    「正直、私たち武蔵坂学園が、この二つのダークネス組織と正面から戦う力はありません。そのため、二つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように、介入を行って欲しいのです」
     その傷や疲れも癒えたばかりなのに、また新たな難しい依頼を提示して申し訳ないけれどと、エクスブレインの少年。
    「介入に当たって、幾つか最善を導き出すための方法があります。最初の選択肢は、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を背後から攻撃する事です」
     鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃するかたちになるので、有利に戦う事が可能。ただし、別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者も、イフリートにとっては憎むべき敵である為、イフリートと戦場で出会ってしまうと、三つ巴の戦いになってしまいまうため、戦闘中はかち合わないよう注意が必要だ。
    「ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は新たな敵である私たち武蔵坂学園との連戦を避けて、鶴見岳からの脱出を行います。鶴見岳のソロモンの軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来ます」
     イフリートに逃げられてしまうものの、ソロモンの悪魔組織強化の目的は潰すことができる。 ある意味、三方のパワーバランスは現状維持に近い形となるだろう。
    「二つ目の選択肢は、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』への急襲です。司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定されます」
     普段は、表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになる。ただ、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、無理に戦う必要は無いだろう。司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
     勿論、多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることができるので、どちらが良いという事は無いと思われる。
    「最後の選択肢は、イフリートの脱出を阻止して灼滅する事です」
     鶴見岳から敗走したイフリートは、各地でまた事件を起こすだろう。その事件を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事である。
     イフリート達は、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、千載一遇のチャンスともいえるかもしれない。
    「ダークネス同士の大規模戦闘の介入となりますので、全体の作戦のバランスが悪ければ、逆にこちらが痛い打撃を受けてしまいます」
     場合によっては、全滅もありえる。
     何を最善とするか。決めるのは全て現場に立つ灼滅者の皆さんに任せると、少年は言って。
    「危険な任務ですが、皆さんが無事にここへ戻ってきてくださるよう、祈ってます」
     


    参加者
    朱羽・舞生(狙撃魔法操者・d00338)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    ヘカテー・ガルゴノータス(深更のひと・d05022)
    デルタ・フリーゼル(物理の探究者・d05276)
    青柳・琉嘉(天信爛漫・d05551)
    蒼慧・紗葵(絢爛舞刀・d07227)
    瑠魔・誠司(トラップマスター・d08392)
    霧月・詩音(凍月・d13352)

    ■リプレイ

     濃紺が東の空から流し込まれ、次第に塗り潰されてゆく夕焼け空。
     霧月・詩音(凍月・d13352)は、消えゆく茜を遠くに見ながら、山の頂へと向かう黒い大軍の動きに注意を払っていた。
     仲間たちに目配せする。木や岩陰に隠れている灼滅者の存在は、全く気取られている様子はない。ただひたすら、疲弊しているイフリートへ向けて進軍している。
    「……前線に投入されるのは、強化一般人ばかりですね」
     奇襲のタイミングが訪れるまでの時間も無駄にせず、詩音は集められたソロモンの悪魔軍の分析を。普通に人間社会でも腕っ節だけは強そうな、チンピラや不良などの人種が多く、中には浮浪者のようなものもいる。
     しかし相手とするのがイフリートであるなら、数が揃っているとはいえ少々荷の重そうな感じが否めなくも無いと思っていた時、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)が何かを見つけ、指をさす
    「あそこ。何か、来るの……!」
     品の悪い人垣の中、ひときわ大きな影をつくる何か。むき出しの牙より滴り落ちる涎と唸り声。
    「あのでかいの。なんなんだ……!?」
     イフリートと対になるかのような蒼き筋肉の繊維で編み込まれた巨躯。腕の組織が刃のように変質している。強化一般人の指示に従い頂を目指す化け物に、青柳・琉嘉(天信爛漫・d05551)の顔に浮かぶのは驚愕で。
    「ソロモンの悪魔……ではないな」
    「ええ。違いますね」
     乏しくなってゆく光の中、正体を見定めようと目を細めるヘカテー・ガルゴノータス(深更のひと・d05022)。その呟きに、瑠魔・誠司(トラップマスター・d08392)は頭を振る。血に感じるものは、宿敵とはまた別のものだ。
     デルタ・フリーゼル(物理の探究者・d05276)は、眼鏡の位置を正すと、じっと化け物を観察しつつ、
    「ソロモンの悪魔が作り出した眷族だろうか……。強化一般人の指示に従っているようだが、なにより……」
     此処からでは正確な事はわからないが、下手をしたら、イフリートよりも知性の低さを感じる。
    「まさか、あれがエクスブレインが言っていた『デモノイド』なのでしょうか……」
     戦場をぐるりと見回した限りでも、その可能性が高いと蒼慧・紗葵(絢爛舞刀・d07227)は踏んだ。更なる強化をされたという意味では、外見からいっても当てはまる。
     最早人間という枠から完全に外れ切ったその姿。人としての知性も潰され、まさに戦闘のために作った生物兵器そのものだった。
    「人間をなんだと思ってるんだ……」
     人を貶め、ソロモンの悪魔として同族となりえないものすら悪魔へと改造してゆくその性根に、誠司は怒りに燃えて。
     不意に、ソロモン軍の進軍が滞る。
     戦端が開いたか、そう感じた時には鶴見岳に烈火が吹き上がり、黄昏の空が真紅に染まる。
    「はじまったようですし、こちらもうかうかしてられませんねー」
     混乱に乗じてさぁ行きますよ、朱羽・舞生(狙撃魔法操者・d00338)はディフェンダーポジションの防御力を生かし、突撃の先陣を。
    「好機到来だな。あそこの一団が孤立気味だ。さぁ行こう」
    「強化一般人七人……序盤の相手として悪くはないですね」
     開始二分と経たずに、すでに乱れる両者の陣形。イフリート勢の連続バニシングフレアに、手負いの強化一般人が続出している。ヘカテーはやや離れた位置に布陣する一団を攻撃の第一目標と定め、デルタは前方でデモノイドとぶつかっているイフリートの存在も踏まえて、異論なく頷く。
    『よしデモノイド、潰せ潰せぇ!』
     ソロモンの悪魔より貸与されたデモノイドの力と、圧倒的軍勢の数で、優勢に進めているのをいいことに、強化一般人の男は肉片を飛び散らしているイフリートの様を見ながらげらげらと笑っていた。が、その声が突如歪んだ。
    「漁夫の利を得た気になっているのだろうが、そうはさせない」
    『ぐっ。何だ貴様らはぁっ!?』
     ソロモン軍は、完全に油断していたと言えた。背後に許した女の影を睨むようにしながら、首を締めあげる鋼糸に喘ぐ強化一般人。
    「どんな企みも我々武蔵坂学園の者たちが潰してみせる」
    「覚悟してもらおう」
     ヘカテーの指先が勢いよく締め上げると同時に、デルタのガトリングガンが火を拭く。
     止まらぬ連射に、ばらばらと踊る強化一般人の体。
    「鶴見岳に何があるのかしらないけど、簡単に渡す訳には行かないよ!」
     彼女らの連携に間髪いれず、攻撃を繋ぐ琉嘉。ロッドに纏わせた紅蓮の炎を、躊躇いも無くぶつける。
     血飛沫と化した仲間に、強化一般人は一瞬明らかな動揺を走らせたものの、デモノイドという強力な味方がいるからか、威勢だけは良いらしく、
    『イフリートの手下かぁ!?』
    『なんであれぶっ飛ばしちまえー!』
     下っ端丸出しの言葉を吐きだしながら、先陣を切った三人を左右同時に挟むようにして襲いかかってくる。
    「そう簡単にはいきませんよー」
    「凍りついてください!」
     すかさず舞生が、攻撃を打ち終えたばかりの琉嘉を守る様に割って入ると掌底打ち顎に一発。更に追撃の閃光百裂拳。そして敵陣に走る誠司のフリージングデスが、透明な霜の花を咲かせて。紅葉が契約の指輪に口づけを落とせば、天より零れ落ちる幾つもの十字架が、闘争の象徴へ戒めの枷を次々とはめてゆく。
    「我らが為すは三つの巴 其を此処で崩さんが為 今、灼滅の時を告ぐ――」
     不意打ちという数少ない攻撃の機会を無駄にせぬよう。詩音は柔らかにディーヴァズメロディを響かせる。ついでにサウンドシャッターで音を消し、援軍への伝令などを消そうと思ったが、大規模戦闘でそれを行っても戦いそのものが目に見える以上は、あまり意味もなさそうだと判断して、戦闘のみを続行する。
    「我が宿敵ながら狡い! 実に狡い」
    『うるせー! テメーらだって奇襲とか卑怯な事は変わりねぇだろうが!』
     繰り出される閃光百裂拳に身を折りながらも、後ろから不意打ちしておいて何言ってんだと、文句をぶつけてくる強化一般人。
     そんな罵声も、当の舞生は全く動じず。紗葵も冷やかに受け流しながら、日本刀を振るう。
     何が卑怯なものか。ダークネスの存在そのものが人々を卑怯な方法だけで貶めてゆくというのに。
     世の中正面きっての綺麗事だけで勝ち進むことはできない。搦め手一つとて戦略。
     黒死斬でその首を刎ねたあと、全体的疲弊を慮って、紗葵の体から藍色の霧が翼のように広がった。共に前を担う仲間たちへ、その破壊的魔力の一部を分け与えて。
    「よし」
     漲る力を握りしめ、ヘカテーは鋼糸を幾つも展開させながら、隼の如く後ろへと回りこむ。
     翻す腕の動きに合わせ、まるで針のように刺さりこむ鋼糸。そのまま薙ぐように振り切れば、強化一般人は三つに分けられて。
    「次はあいつをやっつけるよ!」
    「それ、この攻撃を避けられるか? ハチの巣にしてやるぞ」
     生き物のように動く戦況をその都度読みながら、紅葉は攻撃目標とした集団の中から、更に回復手として動くものを選定して制約の弾丸を打ちこむ。それを皮切りに、デルタのガドリング連射、誠司の影業がその腹を突き破る。
    「これで、どうだっ!」
     弱った相手を見定めて、琉嘉は拳に炎を纏わせ打ち放つ。だが、
    『ひぃぃぃ……!』
    「くっ、浅かったか……」
     あと一歩で仕留めそこない、唇をかむ琉嘉。皮一枚繋がった命に縋りつくように、強化一般人はデモノイドの足元へと逃げこんで、
    『おおい、デモノイド。コイツら何とかしろーっ!』
     咄嗟に助を求めるものの、当のデモノイドの反応は実に冷淡だった。一瞥したものの、まるで言っている意味がわからないとでもいうように、再びイフリートに攻撃を仕掛けている。
     どうやら、その『コイツら』がどの『ヤツら』なのか、強化一般人と灼滅者の違いが、このデモノイドには判別ができないらしい。まだ試作段階に近いのか。
     そういう意味では、相手がイフリートであったことも、灼滅者の介入には一役買っていたと言えただろう。
     見た目からしても、知性の無いデモノイドが明確に目標としやすい相手だ。そしてその知性がないおかげで、こちらが攻撃を仕掛けない限りは反撃をしてこない。しかも、イフリートの矢面に自然と立ってくれている形なので、邪魔な強化一般人のみ相手にできるという有利な状況だ。一時的に離脱しなければならない状況もなく、ひたすら討伐に専念できる。
     とはいえ、投入部隊が少なめだったとしたら、この利点も数の暴力に押されて消えていたかもしれないが。
     そんな程度の低いものを手渡されたことにも同情の余地も見せず、デルタのガドリングガンの照準が、したかに強化一般人の胸元に狙いを定めると、ギルティクロスが手向けの如く刻まれる。
    『うらぁ!』
    『オラオラー!』
     ようやく敵メディックを倒したと思ったのに、一個小隊とはぐれた者たちであろうか、見失っていた目標をこちらへと定めた増援が、威勢よく飛びかかってくる。
    「まったく……人多すぎるの」
     紅葉は少々苛々を顔に出しながら、ダイヤのマークをその胸に刻み込む。デルタもシャウトで体を苛む氷を払いのけながらぐるりと辺りを見回し、
    「しかし、先程よりは戦場に開きが見えるな」
     あれだけ燃え上がっていた頂きの方角も、闇に喰い潰されたかのように炎の勢いは衰えているようだし、このチンピラめいた強化一般人もかなり少なくなり、他班の戦いが肌で感じられるほど近く見える。
     残りを手早く始末して、デモノイドへ向かいましょうと訴える様に、力の高まりきっている紗葵の螺穿槍が一撃のもと増援の一人を叩き伏せて。
    「折角出張ってきたのにごめんだよー」
    「やらせないよ!」
     ヘカテーへの攻撃を軽やかに受け止める舞生。琉嘉も紅葉へと飛んできたマジックミサイルを、身を張って制止させて。
    「ごめんなさい……!」
    「こっちで回復する……!」
     かばってもらった礼を言う紅葉へ、問題ないとサムズアップしながら、琉嘉はソーサルガーターで光の盾を形成しつつ傷の修復を。
    「……無理だけは、なさらぬよう」
    「大丈夫!」
     頷き、詩音は闇の契約で舞生の傷を回復させながら、ディフェンダーとはいえ、殺傷ダメージの蓄積も侮れませんからと注意を。体力を顧みて無理はしないと琉嘉。
     実際、攻撃を受ける率は、これほどの大規模戦闘ならばかなりの頻度で高くなる。しかも後半となれば尚更その傷の深さが目立つ。琉嘉はかばうにしても、自身との体力との兼ね合いを気にしていたようだが、舞生はというと、行動的にも少し甘い見通しに見受けられた。
    『ちぃ! 何やってんだ!』
     紅葉の制約の弾丸に、また一人と打ち抜かれ。増援も見込まれなくなってきたこの状況に、物理で押しまくれと怒鳴る一人。
    「狡猾なソロモン軍とは思えないほど、指示が稚拙ですねー」
     力押しは別の種族の専売特許でしょうに。舞生の呆れも含んだ言葉に誠司は頷きつつ、
    「きっと、司令部の強襲が功を奏したているのかもしれない」
     ソロモンの悪魔の援護がこないのを強化一般人も薄々は感じていたのだろう。やはり頭の指示がなければ崩れてゆくのも早い。
    「……跡形も無く、消えてください」
     詩音のディーヴァズメロディの柔らかな声質の中に含まれた彼の世の旋律が重なって。とどめの歌声に、最後の強化一般人が崩れ落ちる。
     クリアーになった視界の前に、今まさにイフリートの頭を粉々に砕いたばかりのデモノイドと目が合った。
     太い腕と足に滴る血。脳髄の一部がその蒼い体躯の上を生々しい艶を放ちながら滑り落ちている。
    「残るはお前だけだ」
    「一斉に仕掛けるぞ」
     俊足のヘカテーが、封縛糸を展開させると同時に、デルタのガトリング連射。勢いよく張り巡らされる鋼の糸。
     身に喰い込んだ戒めに、デモノイドが叫ぶと同時に、その肩部が大きく弾け飛ぶ。
    『があぁぁぁ!!』
     弾け飛んだ右肩もそのままに。イフリートとの戦いでどう見ても疲弊激しいと思われる体なのに、まるでその痛みを感じてないかのような動きとパワーで、単発で攻撃を仕掛けた舞生のカウンターさながらに、その太い腕を前へと突き出した。
    「ぐっ!」
     防具が完全に吹き飛ぶ。
    「舞生さん」
     すぐに詩音のフォロー。そして紗葵がヴァンパイアミストを重ねるけれど。
     体力の上限が、どう見積もっても今の一撃と同じモノを耐えられるほど回復しきれない。
     ヘカテーとデルタが再び連携でかく乱しようとするも、再び振り下ろされる刃が突き立ったその太い腕。かばうを重視して一人単発で攻撃に勤しむ舞生の動きが、連携して攻撃を打ちこんでゆく他の灼滅者より目に捉えやすかったのか。
     それは再び、確実に舞生の体にめり込んだ。
     灼滅者の叫び空しく、意識を手放す舞生。
    「……くっ」
     あと少しでこのデモノイドを仕留められそうな時に、仲間を一人離脱させてしまう悔しさに歯噛みしつつ。紗葵は槍の先端に力集中させると、一気に駆ける。
     その攻撃を補佐するように伸びた、一つの影。
     それはデモノイドの足元に到達すると、一気に吹き上がり、そして罠の如く掴みこんだ。
    「捕縛しました、今の内です!」
     誠司が仕掛けた影縛り。紗葵は頷くと、勢いよく突き出す。
     藍の一閃。
     そしてクロスするように打ち放たれた、紅葉のデッドブラスター。
     紫紺が交わり、真赤な血が飛散する。
    『がっ、がぁぁぁ!』
     それでもなお、力任せに体を動かし、攻撃を加えてくるデモノイド。だがその勢いに飛びだそうとした形のまま宙に縫いつけられたかのように制止し、自らの力に引きちぎられたかのように垂れさがる腕。
     誠司の影が、ヘカテーの鋼糸が、ようやくその怪力を上回り、揃ってあの強靭な肉体を押さえつけたのだ。
    『ぐるるる。ぐるるる』
     必死に振りほどこうともがく顎。
    「やらせない!」
     そんな暇は与えまいと、琉嘉の紅蓮斬が、デモノイドの体へと打ちこまれる。舐めるように走った炎、その心許なくなった体力を削り取る。
     更に詩音が灼滅の歌声を響かせた。
     そうまさに彼の世へ送るレクイエムかの如く。壊れ始めたデモノイドの体を優しく、そして厳しく包み込んで。
     そして唸る影の刃。頼りなくなった体の節々を全て捉えて。
     誠司の斬弦糸が、その改造された命へピリオドを打ったのだった。
    「ふう……」
     どろどろと崩れてゆく、魂の記憶すら改悪された体。
     その姿を見送りながら、琉嘉は座り込み、詩音は大きく息をつく。
     周りを確かめた限りは、山頂付近は大勝利と言えた。デモノイドは完全に鎮圧し、イフリートは逃がしてしまったとはいえ、両ダークネス組織に鶴見岳の力を奪われずに済んだのだから。
    「大丈夫か?」
     デルタはすぐに舞生の介抱を。
    「他の班の人たちは、大丈夫かな?」
     今日は留守番をさせて、腕にいないテディの寂しさを、勝利の余韻で埋めながら。紅葉は仲間たちの無事を切に願った。


    作者:那珂川未来 重傷:朱羽・舞生(狙撃魔法操者・d00338) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ