「みんな、お疲れ様! みんなの活躍のおかげで別府温泉の鶴見岳から現れて、日本各地で事件を起こしたイフリート達を灼滅することができたよ」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は笑顔を浮かべた。
「みんなが頑張ってくれたおかげで、鶴見岳の調査と、その原因解決をしよう、って準備を進めていたんだけど、……邪魔が入ってしまったの」
一転してまりんは顔を曇らせた。
「現在、鶴見岳周辺には、作戦の失敗で戦力を減らしたイフリート達をこの機に攻め滅ぼそうとソロモンの悪魔の一派が軍勢を整えている最中みたい」
灼滅者達の反応を伺いながら、まりんは先を続けた。
「ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の邪悪な目的の為に使用する事」
敵の目的は非常にわかりやすい。
「それと……ソロモンの悪魔の軍勢に、今までとは比べものにならないほど強化された一般人がいるみたい」
困惑と焦りにも似た表情でまりんは続けた。
「信じられないことにダークネスに匹敵する程の力を持ってて、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれているようだよ」
その力量は、軍勢の主力となるほど。
今までにない敵、などこれまでだってあっただろう。けれど、何度でもやってくるその『今までにない敵』が、今立ちはだかっている。
「前置きが長くなっちゃったけど、ここからが本題だよ」
この二つの強大な敵を前に武蔵坂学園が介入しなかった場合、この戦いは、ソロモンの悪魔の軍勢の勝利に終わり、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっていくだろう。
敗北したイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になる。
「つまり、ソロモンの悪魔の軍勢は、今回鶴見岳の力さえ奪えればいいと思ってるの。イフリートと正面から戦う必要が無いと分かれば、逃走するイフリートに対して、ほとんど攻撃を仕掛けないようなの」
イフリート側もその場から脱出してしまえば、かなり戦力を残せることになる。
「つまり、放置しちゃうとソロモンの悪魔の一派は強大な力を得るし、イフリート勢力もその戦力を殆ど失わずに逃走出来ちゃうの。私たちにとっては最悪の結果だよね」
まりんは一息ついて眼鏡を直す。
「でも、私たち武蔵坂学園には、2つのダークネス組織と正面から戦うような力は残念ながら無いの。だから2つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように、介入を行って欲しい」
ひどく難しい依頼だ。けれど、これは行わなければならないことだ。
まりんは次に選択肢を提示するようにぴっと人差し指を立てた。
「一つ目の選択肢は、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を背後から攻撃する事」
鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃するかたちになるので、有利に戦う事が可能だ。ソロモンの軍勢を討伐すれば、鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来る。
「ただ、別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者も、イフリートにとっては憎むべき敵だから、イフリートと戦場で出会ったら、三つ巴の戦いになる可能性は大きいよ」
次に、とまりんは指をもう一本増やした。
「2つ目の選択肢は、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する事」
司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定される。普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになるかもしれない。
「でも、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退するから、無理に戦う必要は無いと思うの」
たとえ司令部を壊滅させたとしても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
もっとも、多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることができるので、どちらが良いという事も無いだろう。
まりんは三本目の指を立てた。
「そして最後、三つ目の選択肢は、イフリートの脱出を阻止して灼滅する事」
鶴見岳から敗走したイフリートが、他の土地で事件を起こすだろうことは容易く想像できる。
その事件を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事だ。
「イフリート達は、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲れてるから、千載一遇のチャンスかも、しれないよ?」
ただし油断大敵。相手が疲弊していると侮っては倒せるものも倒せなくなるだろう。
「どの選択肢を選んで、どう行動するかはみんなにおまかせするよ。しっかり考えて選んでね」
まりんはぐっと胸の前で両の手を固く握り締める。戸惑う灼滅者達の顔をひとりひとり見つめ、まりんは皆を自分を勇気づけるように言った。
「みんなの行動が力になる。大丈夫、恐れないで。だから──みんな必ず戻ってきてね」
参加者 | |
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久我・街子(刻思夢想・d00416) |
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010) |
紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358) |
多々良・鞴(伸び盛り祓魔師・d05061) |
雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659) |
ユーリー・ローゼンクランツ(ルーンマスター・d10863) |
咲佑・八雲(灰猫パラドックス・d11855) |
●選びし道
鶴見岳の山頂付近は、イフリートがいる為か平素ならば雪が積もっている場所であるにも関わらず、雪の気配がない。おかげで雪に足を取られることも寒さに震えることもない。
いつもより近い空を仰げば、薄暗い雲がたなびく。
日に日に太陽の落ちる時間は遅くなっていくが、今日は生憎の空模様。時間を測るのは難しい。
木立の陰に隠れ久我・街子(刻思夢想・d00416)は、じれったい思いを胸にその場に留まる。
灼滅者達は、戦の始まりを息を潜め待っていた。
この場にいる者達はイフリートとソロモンの悪魔の攻防の最中、攻め入るソロモンの悪魔の背後を突くことを選んだのだ。慎重に山道を進んだおかげで、道半ばで先にどちらかの敵と遭遇することもなくソロモンの悪魔軍の背後につくことが出来た。
あとはこのまま身を潜めたまま両者戦闘開始とともに攻撃を仕掛けるだけだ。
街子は別府での騒動を経て、引き続き皆を守る盾となり、剣となり、少しでも仲間の力になれたらと願う。
多々良・鞴(伸び盛り祓魔師・d05061)は周囲を見回す。なにしろこれから鶴見岳に陣取るイフリートに攻め込まんとするソロモンの悪魔軍に奇襲をかけるのだ。なんとかここまで見つからずに来たとはいえ、ここで見つかっては元も子もない。とはいえ、ソロモンの悪魔の方は、自軍の優位性を信じているのかあたりを警戒する様子がないのが救いだ。それでも引き続き警戒を怠ることなく、鞴は気を張り巡らせる。
(「倒したばかりで共闘とは皮肉だね」)
もっとも勝手に利用し仕掛けることをイフリート達が共闘と思うかは別だが。紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)は、ソロモンの悪魔の行軍を窺う。
雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)はソロモンの悪魔軍を見つめ、白い月のような銀の瞳を細め、長いまつげが震える。遠く離れても感じる威圧感に、一筋縄ではいかなさそうと嘆息する。さりとても負けるつもりもない。
「さあ、頑張ろうね」
待った時間は長いのか短いのか。ようやく二つの軍勢があいまみえた。
知らずつ詰めていた息をユーリー・ローゼンクランツ(ルーンマスター・d10863)は、そっと吐き出す。
これから始まるダークネスの軍勢同士の争い。そこへ奇襲をかけるのだ。恐れがないといえば嘘になる。けれど手をこまねいているわけにはいかない。
ユーリーはめがねのブリッジを押し上げ、位置を正す。今こそこれまで積んできた修練の成果を見せる時だ。
戦闘が始まる。戦場はほんの少し離れた先。ここまで見つからなかった僥倖に感謝し、水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)は、気合を入れ直すようにぐっと足に力を込めた。
イフリートと相対する見慣れぬ異形の巨体。玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)は、デモノイドの姿をとっくりと双眼鏡から観察して、なんとも言えぬ息を吐く。腕から生える刃は自らの肉で生み出しているように見える。反面、巨体のところどころに金属が拘束具のように付けられている。あれは何だというのか。
ともあれ一浄は考えることを止め、双眼鏡を懐に収めると控える仲間達に目配せをし、指でサインを出す。次いで赤い閃光を走らせる。振り向いてきた強化一般人に一浄は鋭い視線を送った。イフリート軍とソロモンの悪魔軍の層は厚く、攻防はそのまま緩むことはなかった。前方のデモノイドとその傍に控えているように見える強化一般人達は背後での出来事に気づいていないのだ。後方の人間達が動揺し、陣形を崩し始めているのがわかる。
奇襲は成った。
灰色の長い髪の隙間から覗くぼんやりとした瞳は視線を交わした途端、爛々と凶つの輝きを放つ。
「……Te omoare」
咲佑・八雲(灰猫パラドックス・d11855)はおよそ聞きなれぬ不思議な言葉を口にした。
ゆらりと構えられた両手に集ったオーラは、第一撃を受けた強化一般人へと一気に放たれる。
「ソロモンの悪魔にイフリート、盛大だな! さぁ、楽しもうか。天魔外道、ここに推参!」
弥咲の腹の据わった大音声が戦場に響く。その声とともに漆黒に黒を塗りつぶした闇が滲み出し、ようようこちらに向かってくる強化一般人を覆った。
●見つめるもの
浮き足立ったままやってくる敵。
「『月下紫苑』──行きましょうか」
詩月は殲術道具の封印を解除する。手によく馴染むギターの感触。ピックを手に激しくかき鳴らした。
ユーリーは仲間達の後方からダークネスの軍勢の攻防を気にかける。現時点ではイフリート達は遠く離れているためかこちらに牙剥くことはないようだ。素早く確認した後、ユーリーは青い瞳を前方に向けた。
「うぎゃっ」
指輪の力を解放。魔力の弾が過たず男に撃ち込めば、続けざまに裁きの光が降り注ぐ。
負傷者のいない今は、力を合わせて倒すべき時と鞴は力を振るう。迷いなく行動するその内心では、ダークネス同士で争う姿に驚いていた。組織同士が手を組むとは思えなかったが、正面衝突をする姿などこの目で見るまで信じられなかったのだ。
戦闘開始とともにシールドリングを使った殊亜は、目映い光の刃を徒党を組んでやって来る男に向かって放つ。およそ10名ほどがイフリートとの攻防を離れた。デモノイドを相手取ろうとするには、この眼前の敵を倒し、さらには中衛に控える者達をも倒さねばならないらしい。少しだけ気にかかるのは。
「……魔法使いと同系統の力じゃなさそうだね」
広い戦場で入り乱れて戦っているため、はっきりとは見えないがデモノイドとイフリートの戦闘を見るかぎり、終始殴りつけるか切りつけるかのどちらかで、特殊攻撃を行っているようには見受けられない。相棒のライドキャリバーであるディープファイアを巧みに操りながら頭の隅にそれらの情報を置くと、今度こそ戦闘に集中する。
「うぉりゃー!」
「っ……」
渾身の一撃を受け、闇夜の如き艶やかな黒髪が揺れる。
街子は痛みに眉を潜めながら、身の丈ほどの巨大な刀を振るうために構える。近くで見ればここにいる強化一般人達は人相悪く、どうやらチンピラ崩れの頭の悪そうな連中ばかりのようだ。力押しで策もなく殴りかかり、一撃を入れれば隙を生むあたりからもわかる。街子は構えた刀を軽々と上段に振りかぶり叩き落とした。
●戦う者逃げる者
時の経過は瞬く間。陽はすっかり落ち、月が上り始めても戦闘は続く。
薄闇の中を雷が迸る。黒いポニーテールがびしりと勢いよく跳ね、色鮮やか赤が半円を描く。
「っふふふ、うち砕くライフルの一撃!」
バスターライフルはビームの撃てる鈍器です。と重みを感じさせぬ動きで、弥咲はうそぶいた。男がその場に崩れ落ちる。よし、と血気盛んに次なる標的を探すべく視線を動かす。
そんな彼女の目の前で竜巻が起こる。咄嗟に避けきれず、ビリっと特攻服の裂ける音がやけに大きく聞こえた。倒れる間際、視界の隅に映ったのは倒したはずの男が肘をついて半身を起こしている姿。最期の力を振るうかのように魔法を解き放ったのだろう。
ヒュンっ。
そんな男を光輪が強襲する。今度こそ男は倒れ伏し事切れた。
「油断しないでください」
「悪い! 助かった!」
詩月の冷静な叱責に弥咲は素直に詫びを入れ感謝すれば、今度は気を付けてと柔らかな声音。きっと戦闘中でなければ微笑みも向けられていたことだろう。
「弥咲先輩、回復します」
仄温かい光が弥咲に降り注ぐ。鞴は労わると戦列から外れた強化一般人を見つけ、指差した。
「ちょこまかとっ!」
強化一般人は、足元を駆け回る刀を咥えた犬に苛立たしげに拳を振るう。その腕は空を切り、隙を逃さず霊犬が一太刀浴びせようと駆け抜ける。
「ぐあっ!」
切られた部分を押さえ、喚く男へ魔法の矢が飛ぶ。ユーリーは確実に仕留めたことを確認すると周囲、とくにイフリート軍とソロモンの悪魔軍の戦況を注視した。すると戦場のあちらこちらに介入する武蔵坂学園の灼滅者の集団に、分が悪いと見たか戦線離脱を試みる強化一般人達を発見した。
「八雲さん、一浄さん、戦線から抜け出す輩がいます」
言い終わらぬうちに八雲が駆け出していた。
「……オマエラ、喰うよ」
一人たりとも逃がす気はないとばかりに八雲はそのまま刃を閃かせる。
「舐めるな、クソガキ……!」
凍てつく氷は八雲を氷漬けにすることはかなわなかった。八雲はちろりと赤い血を舐めとった。
「行きも帰りも怖い怖い。どちらへも行かせまへんえ」
一浄もまた逃走者の行く手を阻。
「何企んではるん……教えてくれる訳もあらへんか。あんたはんらの舞台もここらで幕引きや」
明らかに馬鹿にするような笑いを浮かべた男に、とんと表情を変えることなく切れ長の目は涼やか。ちらちらと舞う美しい雪の結晶。避けることもできずに男は穿たれた。
疾走するディープファイア。殊亜は隠れながら逃げようとする強化一般人を見つけ出し、前へと回り込む。
「逃がすと思う?」
「ちくしょうがっ! 邪魔だ! どけ!」
ここにいる連中は全体的に語彙が足りていないらしい。お決まりの文言を聞き流し、光の剣で切り伏せた。
●拓かれた道
「この辺りは退治完了でしょうか」
街子は皆の姿を確認し、抱えていた斬艦刀を大地に突き立てた。
全員大きな傷を負うことなく、自分の足で今も立っている余力がある。余裕の勝利といったところだろう。
遠くを見れば他の仲間達の尽力あっておおむね片がついているようだ。詳しい戦果は、また学園へ帰ってから聞けることだろう。
「帰りましょう」
ユーリーは進言した。強敵と言われたデモノイドと直接相対する機会は得られなかったが、彼らの目的は達せられた。
余力があるといって無闇に行動するものでもない。
八雲は早々に同意するとあとはよろしくとばかりに猫変身をした。詩月は猫になった少女をそっと抱き上げた。そんな彼女らの傍らで、動物好きの殊亜は少しばかり残念そうな表情を見せたのだった。
そんな小さなやりとりのあと顔を見合わせ、誰からともなく山道を下り始めた。
作者:黒井椿 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月5日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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