鶴見岳の激突~新たなる潮流

    「灼滅者たちのお陰で、鶴見岳から出現したイフリートを灼滅することができたぜ。本当にみんな、よくやってくれたよ」
     先日の日本各地でのイフリート事件での勝利を労う神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だが、その口振りは重々しかった。
    「で、そのイフリート事件の結果を受けて、原因解決のために鶴見岳の調査をしようってことになったんだが、そこで少々ヤバいことになってな……」
     現在鶴見岳周辺に、ソロモンの悪魔の一派の軍勢が集結し、戦力を減らしたイフリート達へと攻撃を仕掛ける準備を整えているのだとヤマトは言う。
     そしてその軍勢には、今までとは比較にならない程に強化され、ダークネスに匹敵する力を得た一般人の姿があるようだ。
    「連中はどうやら、イフリートたちが集めた力を横取りして、それを利用するつもりらしいな」
     もしこのソロモンの悪魔の進軍を見過せば、戦いはソロモンの悪魔陣営の勝利に終わるだろうと見られている。そうなればソロモンの悪魔たちは、鶴見岳で力を得て更に強大な勢力となるだろう。
     そして敗北したイフリートたちは、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になる。
    「だがソロモンの悪魔共の目的は、あくまでも鶴見岳に存在している力らしくてな。逃走するイフリート連中に対しては、ほとんど攻撃を仕掛けないと予測されてるぜ」
     そしてそうなれば、ソロモンの悪魔から逃走したイフリート陣営も、かなりの戦力を残す事になるだろう。
    「――ようするに連中を放置しちまうと、ソロモンの悪魔陣営は強大な力を得るが、イフリートの方もその戦力を殆ど失わずに逃走する、っていう俺たちにとっては最悪の結果になっちまうんだよ」
     かといって、現在の武蔵坂学園には、二つのダークネス組織を一度に相手にするほどの戦力は存在しない。
    「っつーわけで、お前たちにはダークネス共の対立を利用しつつ、上手く立ち回る形で最善の結果を導けるよう介入してもらいたい」
     そしてその介入の方法として、三つの選択肢があるとヤマトは言う。
    「一つ目は、鶴見岳に攻め込むソロモンの悪魔の軍勢を、背後から攻撃するって選択肢だな。鶴見岳を守るイフリートと、ソロモンの悪魔を挟撃する形になるから、少しは有利に戦えるだろう」
     ただイフリートにとっては、灼滅者もまた憎むべき敵なのだ。イフリートと戦場で出会ってしまえば、三つ巴の戦いへと発展してしまう可能性もある。

    「二つ目は、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲するって選択肢だ。ただ司令部にはソロモンの悪魔が多数いるらしく、戦力はかなり高いだろうな」
     ただ、鶴見岳における作戦が成功すれば、司令部のソロモンの悪魔たちは戦わずに撤退すると思われるため、司令部のソロモンの悪魔とは無理に戦う必要はないだろう。
     しかも仮に司令部を壊滅しても、鶴見岳がソロモンの悪魔の軍勢に制圧された場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまうのだ。
     だがここで司令部のソロモンの悪魔を討ち取ることができれば、今後ソロモンの悪魔の勢力を弱体化させることに繋がる。

    「最後に、尻尾巻いて逃げるイフリートの脱出を邪魔して灼滅するって選択肢だ。鶴見岳から敗走したイフリートが、また各地で事件を起こすだろうってのは目に見えてるからな、その事件を未然に防ぐ為にも、イフリートへの追撃は重要な任務になるだろうぜ」
     敗走するイフリートたちは、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているだろう。イフリートの勢力を削る千載一遇のチャンスとも言えるだろう。
    「もちろん、全ての地点に戦力を配置できれば言うことなしなんだがな、生憎とそれほどの戦力は俺たちにはないからな」
     どの介入地点を選んだとしても、危険な戦いが待っていることは必至である。灼滅者たちは、今後のダークネスとの戦いも見据えて選択しなければならない。
    「今回は、ダークネス同士の大規模な抗争に介入するヤバい作戦だ。連中も本気でかかってくるだろう。――お前たち、みんな無事に帰ってこいよ!」


    参加者
    結月・仁奈(華篝・d00171)
    凪・美咲(御凪流・蒼の剣士・d00366)
    ターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    上代・椿(焔血・d02387)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    樟葉・縁(死灰復燃・d07546)
    リアノン・ドリームズ(きりんぐましん・d12407)

    ■リプレイ


     鶴見岳の山頂を目指し、薄汚れた格好をした一団が進んでゆく。彼らは本来ただの人間であったが、ダークネス――ソロモンの悪魔たちによって力を与えられ、配下となった者たちだ。
     彼らは人としての知性を失ったかのように、ただ愚直に行軍する、イフリートたちによってこの山に集められた莫大な力を奪うために。それを阻止することが、今回の灼滅者たちの使命である。
     この作戦で最優先されるのは、鶴見岳の力をソロモンの悪魔の手に渡らせないことにある。故に武蔵坂学園の戦力は、その半分以上がこの山中に投入された。
     そして彼ら灼滅者たちもまた、ソロモンの悪魔の軍勢を迎え撃つべく鶴見岳へとやってきていた。
     灼滅者たちは皆、敵に存在を気取られないよう警戒しながら、敵が戦闘を開始するまで距離を取って追跡をしていた。
    「……すごい、数。鶴見岳、の力……みんな、欲しがって、るんだね……」
     ターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)は、行軍する強化一般人たちを目にして、怯えたように言う。その怯えは眼前の敵に対してのものか、あるいはその敵と戦う術を持つ自分自身に対してのものか。
    「なんでしょうね、あれは。火事場泥棒とでも言えば良いんでしょうかね? とにかく丁重にお帰り願うとしましょう」と、凪・美咲(御凪流・蒼の剣士・d00366)が冷静な声音で続く。
    「ほんまに、ダークネス同士もアレなんやな。まぁ、俺らには関係ないけどな」
     そう言う樟葉・縁(死灰復燃・d07546)は、待ち受ける激戦の予感にむしろどこか楽しげであった。
     篠原・朱梨(闇華・d01868)は仲間と同様に敵に気取られないよう注意しながら、傍らの上代・椿(焔血・d02387)へと声をかける。
    「椿さんは、朱梨が絶対守るからね、安心してねっ」
    「いやいや、無理はしないようにな?」
     朱梨を若干危なっかしく思う椿は、柔和だが毅然とした口調で言い含めた。
    「でもわたしたちがしっかり頑張らないと、他所で戦ってる人たちに迷惑がかかるもんね」
     結月・仁奈(華篝・d00171)は、ふわりとした声音に仲間を想う決意が込められていた。
     それからしばらくして、山頂付近から響く轟音が灼滅者たちの耳に届いた。
    「……どうやらイフリートとソロモンの悪魔の軍勢の戦闘が始まったみたいですね。敵の注意がイフリートに向いたところを見計らって、一気に攻め込みましょう」
     先頭で様子を窺っていた美咲は、声を抑えて後ろの仲間たちに言った。


     ダークネスたちの戦闘が始まって三分ほどが経った。戦闘が本格化した頃合いで灼滅者たちは奇襲を開始する。
     先陣を切った椿は、背後から強化一般人の一群に向けて掌から放たれるバニシングフレアの炎を見舞う。
    「お前さんらも元は真っ当な人間だったんじゃろうが、悪を討つのがわっしの使命でな。悪く思わんでくれ」
     更に刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)の放つ殺気が黒い鏖殺領域となって敵を包み込んだ。
     二人の攻撃を受けた強化一般人の一団は、何が起きたのか理解できず統率を失ったようだ。
     そんな敵の一人へと、朱梨は自身の影を伸ばし放つ。朱梨の影によって作られた斬影刃に切り裂かれた敵はその場に倒れ伏した。
    「お前らの争いには興味はないけれどもな。面倒なことになるからな! 悪いけれども、やらせてもらうで」
     敵から隠れたまま接近していた縁は、物陰から飛び出すと素早く敵の一人に肉薄し、雲耀剣で上段から一気に敵を両断する。
    「私も遅れるわけにはいきませんね。――accensione!」
     美咲の言葉に呼応し、彼女の愛刀『常磐葵』が封印解除され、彼女の手の中で実体化する。そのまま美咲は目にも止まらぬ速さで常磐葵を抜刀し、居合斬りで敵の一人を斬り伏せる。
     更に、残る敵の一群から急速に熱量が奪われていく。
    「みなさん頑張って、後方支援は任せてくださいねー」
     リアノン・ドリームズ(きりんぐましん・d12407)はフリージングデスを放ちながら、ぼんやりとした口調で仲間を激励する。
     ダメージを負いながらまともな反撃ができないままの敵を、ターシアは己の身の丈を超える長大な対物ライフルで狙い澄ます。彼女のもはや砲と呼ぶべき得物から放たれたバスタービームが敵を捉える。
    「戦うの、怖い……けど、頑張る……」
     ターシアによるビームを受けても尚絶命しない敵は、続け様に仁奈の放った必中の魔法の矢によって、過たず止めを刺された。
     ここにきてようやく灼滅者たちに反撃をすることに思い至ったのか、強化一般人の一人は前衛で最も近くにいたりりんへと拳を振う。だがりりんはその攻撃を巧みに受け流すと、彼女の得物である『炉火純青』による螺穿槍で敵を穿った。
     遠距離攻撃から白兵戦へと切り替えた椿もまた妖の槍を手に、手近な敵へと螺穿槍を見舞う。だがそんな椿へと別の敵が迫っていた。
    「椿さん、危ない!」
     朱梨は敵から椿を庇うように両者の間へと入る。
    「椿さんを傷つけるなんて許さないっ……!」
     朱梨の手にした槍『鳴姫』が、彼女の怒りに呼応するかのように緋色のオーラを纏う。鮮血のような赤に染まった鳴姫から放たれる紅蓮斬が敵を切り裂いた。
    「あぁ、無理しないでって言ったのに。でもありがとな、朱梨ちゃん」
     朱梨を安全な後方へと追い遣りながら、椿は若干困ったような顔で微笑みかける。
    「あの、今は敵を倒してしまうことが先決では?」
     言いつつ、美咲は自身の影を宿した常磐葵で敵を一太刀のもとに斬り伏せる。
    「みんなようやるわ。俺も負けてられへんな!」
     雷と化した闘気を拳に込め、縁は敵を殴り付ける。縁の強烈なアッパーカットを受けた敵はそのまま絶命した。
    「……危な、い。また……殺し、ちゃう」
     残る敵は既に満身創痍だったが、ターシアのフリージングデスを受けて更に消耗する。
    「大丈夫だよ、ターシアちゃん。止めはわたしに任せて」
     最後の瀕死の強化一般人を、仁奈の構えたガトリングガンの炎の弾丸が打ち抜いた。


     奇襲によって後方の敵を掃討した灼滅者たちの元へと、最前線から撤退してきたらしき強化一般人の一群が迫る。だが数は多いが、敵は前線でダメージを負っているようで、行動に統率も取れていない。
    「ふん、残敵とは丁度よいわい。わっしとしては幾分悪人を斬り足りなかったところでのう」
     十分に余力の残っているりりんは、炉火純青を構えると敵へと迫り、螺穿槍の一撃で敵を穿つ。
    「にしても、こう言っちゃなんやけどちょっと拍子抜けしたなぁ。俺としちゃあもっと前線で強い奴と戦いたかったで」
     敵を投げ飛ばす必殺の地獄投げを見舞いながら、縁は陽気な調子で言う。
    「そんなことないよ、樟葉先輩。ここでわたしたちが頑張ることは、他の仲間を助けることにも繋がると思うの。だからみんな、自分の仕事に集中しないと」
     仁奈は魔法の矢で、取り零さないよう確実に敵の数を減らしていく。
    「そうだな。こいつらの好きにさせたら後々面倒なことになるだろうし、やれることからやっていかないとな」
     椿の掌から放たれる炎が、瀕死の敵数体を纏めて焼き尽す。
    「私も椿さんと一緒に、みんなのために頑張るよ!」
     朱梨は紅く染まった槍で敵を斬り伏せながら、生命力を奪い消耗を抑える。
    「ターシアも……頑張、る……」
     ターシアは逃げる敵数体にフリージングデスを放ち一気に足止めをかけた。
    「そうですね。ここを任された以上、ここでやれることをするのが私たちの使命と言えるでしょう」
     ターシアの攻撃を受けて弱った敵を、美咲の抜刀術が一撃のもとに斬り伏せる。
    「ところでみなさん、敵は随分行動が単純だと思いませんか?」
     後方で支援をしていたリアノンは、やはりぼんやりとした口調で言う。
    「確かにそうじゃな。それだけこいつらが阿呆ということじゃろうか?」
    「あるいは、ここと一緒にソロモンの悪魔の司令部を攻撃しているのと、何か関係してるのかもな」
     りりんの言葉に、椿がそのような推測を口にする。
    「じゃあ、向こうの人たちが頑張ってくれてるってことかな? それならやっぱり、わたしたちもここで頑張らないとね」
     そう言って、仁奈は逃げる敵に向かってガトリングガンの弾丸を見舞った。


     灼滅者たちは周囲の残敵をほぼ掃討することに成功した。最前線の方でも戦闘を続行している気配はない。ひとまず作戦は終了したと考えてよいだろう。
    「みなさんが無事でよかったです」
     周囲に残敵がいないかを確認してから、リアノンは仲間たちに清めの風を吹かせる。だが灼滅者たちはそれほどの怪我を負ってはいなかった。
    「ま、他がどうなっとるかまでは分からんけど、少なくともここに関しては大成功っちゅーことでええんやないか?」
     縁は疲れ果てたように山道に座り込む。常に有利に戦えて苦戦しなかったとはいえ、敵の数はかなりのものだったので、消耗するものは消耗する。
    「でもそうだね。こうしてみんなも無事だし、敵もちゃんとやっつけたし。みんな頑張った」
     仁奈は笑みを受かべながら言った。
    「……うん、頑張った。もう、安心……だね」
     ターシアも安堵したように、仁奈に応じる。
    「私も椿さんを守るために頑張ったからね! 椿さんが無事でよかったわ」
    「あはは、そうだな。俺も朱梨ちゃんが無事でよかったよ」
     屈託のない笑顔の朱梨に対し、椿は笑顔に若干の苦笑いを滲ませている。
    「それにしても、私たちは一体いつ帰れるのでしょうか」
    「まあわっしらはここを任されたんじゃ、作戦が完全に終了するまではここを守っていなければならんじゃろうて」
     戦闘が終了して若干気の緩みが見える美咲の言葉に、りりんもやはりどことなく疲れたような声音で答えた。

     今回のこの大規模な作戦で、無事では済まなかった戦場も存在しているはずである。
     だが少なくともこの場の彼らは、自分たちの役目を果たし無事に帰還することができたのだった。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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