鶴見岳の激突~キミの選択

    作者:一縷野望

    「日本各地のイフリートの事件は、みなさんの手でその殆ど防ぐことができました」
     寒気満ちる教室で、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は「ありがとうございました」と深々と頭を垂れた。
    「……それを契機に、武蔵坂学園で鶴見岳の調査を進めるはずだったのですが」
     きゅ。
     胸元を握り締めると槙奈は口ごもる。
     危険な事件へと急き立てるばかりの罪悪感、小さく息を吸い飲み下すと彼女は続けた。
    「横やりが入ってしまいました……ソロモンの悪魔の一派です」
     ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が鶴見岳に集結。作戦失敗で戦力が落ちたイフリートを、ここぞとばかりに弱体化させようと企てている様子。
    「ソロモンの悪魔は、イフリートが集めた力の横取りです……も、もちろん、その力は良くないことに振われると、思います……」
     こんなことは許しておけません――とは続けられぬのは、自身が戦場にでるわけではないから。けれど灼滅者達の意志ある眼差しに支えられ、自分の役割を果たそうと顔をあげる。
    「ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは段違いに強化された一般人の姿も見られました……彼らは『デモノイド』と呼ばれ、軍勢の主力のようです」
     武蔵坂学園が介入しなかった場合、戦いはソロモンの悪魔側の勝利に終り彼らは鶴見岳の力を得て、その勢力を伸ばすだろう。
     また敗北したイフリート達は一転突破で包囲を破り、鶴見岳から去った後また力を蓄えるに違いない。
    「ソロモンの悪魔は力を手に入れることを主眼にしているようで……逃走するイフリートは見逃すようなんです」
     つまり武蔵野学園が介入しなかければ、ソロモンの悪魔の一派は強力な力を得て、イフリート勢力も戦力を失わず逃走するという、最悪の結果になってしまうのだ。
    「私たち武蔵野学園に、二つのダークネス組織と正面から渡り合える戦力は、残念ながら……ありません」
     槙奈は斜め下に視線を落とす。
    「卑怯かもしれませんが……この二組織の争いを利用して……ください」
     最善の結果を引き出せるよう灼滅者達に介入して欲しい。

    「選択肢は三つあります」
     槙奈は三本指を立てると、おずおずと続けた。
     
     一つめ。
     鶴見岳に攻め込むソロモンの悪魔の軍勢の背後から攻撃。
     利点は、鶴見岳を護るイフリートと共にソロモンの悪魔を挟撃する形になること。
     難点は、別府温泉のイフリートを灼滅してきた武蔵坂学園はイフリートにとっても憎むべき敵であるため、戦場で逢えばイフリートを含めた三つ巴の戦いになること。
     なお、ソロモンの悪魔側を壊滅させれば鶴見岳の力を奪われることは防げる。なお、その場合イフリートは灼滅者との連戦を避けて鶴見岳からの脱出を行うだろう。

     二つめ。
     鶴見岳のふもとの『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する。
     司令部にはソロモンの悪魔が多数つめている為、戦力はかなり高い。
     ただ、甘言で惑わし人を狂わせ壊すソロモンの悪魔――そんな表に出てこない彼らと直接戦うチャンスかもしれない。
     とはいえ、鶴見岳のソロモンの悪魔の軍勢が破られれば司令部は戦わずに撤退するため、無理に戦う必要はない。
     あと、司令部を壊滅させても鶴見岳を制圧された場合、力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
     とはいえ、司令部を叩き少しでも多くのソロモンの悪魔を討ち取れば組織の弱体化につながるのは明らかだ。

     三つめ。
     イフリートの脱出を阻止して灼滅。
     彼らが再び各地で事件を起こすことは想像に難くない。その事件を未然に阻止するという意味では、イフリート脱出阻止もまた、重要な案件。
     ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているイフリート、たたくには千載一遇のチャンスではある。
     
    「あの……本当に、こんな危険なことをお願いするなんて……ごめんなさい」
     槙奈は皆を迎えた時と同じく深々と頭を下げ続けた。
    「頑張ってください、そうとしか言えませんけれど……」
     あげられた面、
    「頑張ってください。どうか……無事に帰ってきて下さい」
     眼鏡越しの瞳が震えた。


    参加者
    夜月・深玖(孤剣・d00901)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    篠原・鷲司(旋槍・d01958)
    谷古宇・陽規(悪戯に笑う烏・d02694)
    鳥賀陽・柚羽(常葉の比翼・d02908)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    彩原・璃月(白靄に佇む翠・d06541)
    睛・閏(ウタワズ・d10795)

    ■リプレイ

     ――此がキミ達8人が選び取ったモノ。


     春は薄紅の花、秋は紅葉で見事に化粧する鶴見岳。本日は曇天の冬日、見晴らしはお生憎様と言わざるを得ない。
     双眼鏡を目にあて日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は、司令部本陣としてあり得そうな建物をざっくり把握。
    「逃亡経路と敵の配置の確認は必須だよね」
     耳元で紅の組紐と紙垂鳴った、耳慣れた音だが聞くたび背筋が伸びるような気持ちになる。
    「……このタイミングで大規模行動を起こすとは、流石は悪魔、策士といった所ですね」
     瞳の赫が瞼に隠れそうになる刹那、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)の唇もまた針のように細く吊り上がる。
    「力の横取りとか、あいつららしいよね……」
     幼さを思わせない口ぶりで、鳥賀陽・柚羽(常葉の比翼・d02908)は紫眼を細めた。その佇まいは10と思えぬ冷静さを纏う。
    「ですが裏を返せばこちらの好機」
     世界の中で弱小に過ぎない獣の強襲、今回はどういうことになるのやら。
    「絶対、ここで痛手を負わせてやる」
     柚羽達の好戦的な会話にも、睛・閏(ウタワズ・d10795)の面差しが動くことはない。だが実は、淀んだ沼のように底が見えない瞳の中、閏は確固たる感情を泳がせている。
    (……こわい)
    「こんな大規模な戦いは初めてだな……」
     夜月・深玖(孤剣・d00901)の柔らかな声は意図せず場をほぐす。
    「少し、楽しいな」
    「――」
     穏やかさの中に混じる高揚、そんな感じ方もあるのかと閏は瞼をおろした。
    (守りたいものがあるなら……戦わなきゃ)
    「他チームとの連携は難しそうね」
     彩原・璃月(白靄に佇む翠・d06541)はふぅとため息をつく。
     今回は隠密状態からの司令部急襲、固まれば少数のチームで向った利が消える。ある意味、最初から孤立状態とも言える。
    「力を手に入れられると厄介だわ。なんとか止めないと」
     なんにしても、と肩に落ちた髪を後ろに流し璃月は淑やかに笑んだ。
    「少しでも攪乱できればいい方向に動くわよね」
    「完全撃破できなくても相手の目的潰せれば儲けものかも?」
     谷古宇・陽規(悪戯に笑う烏・d02694)は璃月の言に屈託無く頷く。
     この作戦を支持したのは「面白そうだったから」――とはいえ、気持は地に着いている。
    「あぁ、きちっとオレらの役割を果たしてこようぜ」
     先頭を歩く篠原・鷲司(旋槍・d01958)は、振り返ると皆へと緩やかに微笑みかける。しかし反射物を徹底して排した漆黒の上着は、強い警戒心を示していた。


     感覚を研ぎ澄まし接敵に備える柚羽と鷲司は、夥しい数の敵勢を見出した。
     三桁、いくか? そんな数の……。
    「強化一般人かしら?」
     璃月の声に双眼鏡から瞳を外した沙希が頷いた。
     彼らは異形にあらず、あえて言うならば整った顔立ちの者が多め――ソロモンの悪魔達が『使いやすそうな』一般人。
     ……我が班の目的は?
    (他班が指揮官等を狙い易くする為、防衛部隊を狙う)
     派手に。
    「行こうか」
     鷲司の声とほぼ同時に、沙夜が闇へと力を沈め獣めいた瞳に傾ぐ。
    「炎よ……」
     凛とした声で掌を掲げ、沙希は頭上で炎を練り上げた。
     ふわり。
     共するように左右の髪と紅紐も彩を添え、高まりきった刹那――。
    「とく清めよ!」
     祓え祓え、烈火よ全てを灼き祓い無垢なる無へと帰せ。
    「んなぁ?! ああ?!」
    「て、敵襲だぁあ!」
     圧倒的な紅蓮の奔流の中もがくように踊る敵達。その手はもはや亡者。蜘蛛の糸を掴もうと足掻く醜き骸のようで。
    「ひぃぃ!」
     炎を逃れたか女の背に指輪をかざし、陽規は唇の片側をもちあげる。
    「ちょっと僕たちの相手してよね」
    「?!」
     女の足は山肌に縫い付けられたように動かない、まるで石だ。
    「拒否権はないけど」
     腕を下げ悠然と嘯きつつも陽規は他チームの動きに眼を配るのを忘れない。
    「失礼します」
     申し訳なさそうに深玖が頭を垂れれば、必死の形相が十字に裂けた。その中心点に柚羽の鋭利な魔力が刺さり華ひらく。
    「ほら、かかっておいでよ」
     少年特有の澄んだ声、挑発するように踊る。
     こちらへと惹きつける、他の誰でもいいから宿敵ソロモンの悪魔の元へと到達出来るように。
    (迷っては、だめ)
     閏が伸ばした指の先から、零れ落ちるは瞳色。
     無音。
    「ふぁ、やぁああ?!」
     引き裂くようにあがる、悲痛なる啼き声。
    (わたくしに出来る事……精一杯、頑張る)
     謳わない。
     まだ、謳わなくて、良い。
    「ぎゃっ、ぎゃあ、あぁ、あ」
     じわり忍び寄る闇に包まれた女は、宙を4回掻き不意に動きを止めた。
    「うん、この調子でさっさと片付けちゃおうね」
     と、手をふる陽規の気配は場違いなぐらいに明るかった。

     ――薙ぎ祓え。
     他の誰かを前に往かせる為に。
     それが我らの役割――。

     散り散りになった者もあわせると斃した数は定かではないが、この隙に誰がしかは司令部中枢へと向ってくれたのではなかろうか?
     他チームの状況はやはり把握できない。だが目の前の敵を散らすのが最適解であることは違いない。
    「ひぃ!」
     逃れようとする女の前に、舞うような足取りの乙女が立ちふさがった。璃月だ。
    「逃がさないわよ、ルート」
     力を貸してと請う前に彼女を迫害せしめし彼は『にたり』笑み、腕に剣を突き立てる。それはそれは執拗に。同じく慈悲なき瞳で璃月は髪色の刃を美女の腹へと振り下ろした。
     ゴッ。
     骨に当たる、手ごたえ。
     眉を潜める璃月の隣、鷲司は闊達な意気を他チームへ届かせんと腹の底から声を張り上げる。
    「おっしゃ、この辺の露払いはオレらに任せろ!」
     誰かが耳にしてくれて、前へ征く糧として欲しい――そんな願いのままに山肌を力強く蹴り、逃げる背に雷を篭めた槍を振り下ろした。
    「ぎゃっあっ」
     ビクンッと仰け反る女の芯にまで光を縫い込み、また吼える。
    「指揮官は任せるぜ!」
     我らが路をつくる、その気概の台詞に予想外の返答が響く。
    「えー、そんなつれないコト言わないでよ」
     あはは♪
     からかうような子供の気配。
     刹那。

     ――せかいはこおりにとじこめられた。


     ……歯の根があわない。
     ……瞼を縫われるような酩酊にも似た、感覚。
     無傷ではないものの、軽快なテンポにして明瞭な意識で強化一般人を屠ってきた灼滅者達。
     だがチーム前戦にいた深玖と鷲司達5人は今、熱の源を握り潰されて氷の世界に閉じ込められていた。
     傍目には足や躰の一部を氷に蝕まれている5人、だが彼らの前に居る圧倒的な存在に、中後衛を維持する4人は顔面蒼白。
    「あぁ、アーマハ様」
     顔中を地やら涙やら涎やらの液体だらけにした痙攣女が、歓喜と共にその名を呼んだ。
    「ソロモンの……あく、ま?」
     震える指で胸に張り付いた氷を掴み、鷲司は紫に変じた唇を震わせる。
    「そ、こんにちはぁ。アーマハっていうよ、よろしくね♪」
     ぺこり。
     ピエロのように奇異な仮面とあどけない声、ぴったりと噛み合いそうで全くもって噛み合わない。
     調子外れの歌が流れるミュージカルのように頭のネジが抜けた笑い話に見せかけて、一度みたら二度と忘却を赦してもらえぬ陰惨な心理殺戮劇。
     間違いない。
     此は、目の前の此は、人――灼滅者とて、人――の常識の範疇外にある存在だ。
    「アーマハ様だぁあ! たぁすかったああ!」
     味方とは言えこんな存在を救いとみる時点で、もうどうしようもないのだろう……そんな納得がぼんやりと皆の頭に降りてくる。
    「うん、来てあげたよ♪ 怖い怖いって逃げてきたヒトに頼まれちゃったぁ」
     ぐうるり。
     アーマハは灼滅者達を舐めるように見回すと、
    「こんなのが怖いのか、使えないね」
     蔑むように吐き捨てた。
    「?! あ、いえ……あ、あたしは逃げずに戦ってたので……その……」
    「お喋りはそこまでよ」
     沙希は自分を叱り飛ばすように気を吐く。心をしっかりとそして躰を僅かに立て直すために。
     ……強化一般人に勝ち負けの賭けを仕掛けるのは無意味と口をとざした。さりとてソロモンの悪魔に『勝ったら捕虜になれ』など口にできるほど、沙希は無謀ではない。
     が。
    「賭けしようか? 僕を倒せたらなんでも言うコトきーたげるよ」
    「!」
     まるで心を読まれたような投げかけに少女は瞠目する。
    「こんなトコに挑んで来たんだ、情報とか欲しいよねぇ? マサカ、ホントに唯の露払い? だったらご愁傷様ぁ」
     けたけたけたけた。
     何処にも行けない横倒しのブリキの玩具。そのネジが鉄の床に当たって跳ねるような深いな音、そんな嗤い声に耳を塞ぎたくなる。
     なにより心を塞ぎたくなる――だって、倒れた玩具みたいじゃないか、この状況は。
    「その賭け」
     不愉快な嗤いを止めたのは、沙夜の一言だった。
     ガゴッ。
     護りの盾を纏いし拳は鈍い音を引き連れてアーマハの横っ面を張り飛ばす。
    「本当でしょうね?」
    (個人的には指揮官クラスを狙いたかったところです、むしろ好都合)
    「あは♪ やっるぅ。いーよ、嘘はなしー」
     高慢さすら感じさせる気高さがいたくお気に召したようで、アーマハはきゃっきゃと手を叩くとその場で飛びはねた。
    「ま。僕が勝つから情報は一切漏れないけどね♪」
    「アーマハさんは、女性? 男性?」
     とてもささやかだが、深玖にとっては重要な問い掛けである。
    「女だよ」
     彼を中心に立ちこめる他属の霧に小首を傾げ、アーマハは強かに続けた。
    「……って言ったら優しくしてくれるんでしょ?」
    「優しくと紳士的とはまた別のお話です」
     強敵を前に昂ぶりの霧を撒いた深玖は、とりあえずは女性に対するように丁重な口調で返しはする。
    「大丈夫……そうだね」
     先程強気を見せはしたが沙夜は相当に深傷。陽規は「もう少し頑張ろうね」と光を降らしながら、心に生まれる高揚感に身を預ける。
    (面白くなってはきたかな?)
     癒し攻撃どちらにも変ずることができる我が身の配置を今一度洗いなおさんと、思考をよりクリアに寄せながら、確かに陽規は微笑んだ。
    「おまえなんか」
     柚羽の……その子供の声は、アーマハと違いまったくもって冷静だった。
     だが軋むほどに握り締められた弓が、滅多と姿を現わさない宿敵を前に平静ではないと物語っている。
    「俺の魔法で灼滅してやるよ」
     と。
     胸に吸われた魔力の矢。しかしものともしない宿敵に悔しさがありありと滲む。
     斃したい。
     斃したい。
     斃したい。
     ――闇から伸びるような手、それは目の前の奴に似ている気がする。
    「……」
     閏の瞳はますます焦点を逸しあらぬ方向を彷徨う。
     根こそぎ削られる心の力――淫魔に奴隷にされていた頃と同じ、これがダークネスと相対すると言う、コト。
    (謳いたく、ない)
     歌は、心臓を掴み嗚咽のように狂気を引きずり出す行為だから。
    (でも……)
     仲間の傷を、塞ぎたい!
     願うままに唇をあければ、平坦な声ではなくて旋律が溢れた。同時に頬を生ぬるい水が伝う。
    (守りたいもの……)
     今は仲間の命。
    「ルート」
     同じ想いで璃月は彼の名を呼んだ、いざとなれば仲間の盾となり斃れよ、と。
     だが想定しなかった難敵に心がブレたか、大鎌の切っ先は敵を捕らえることは敵わなかった。
    「そう簡単に敵う話じゃないわよね」
     でも倒れるつもりは、ない。
    (まさか……)
     それは最前衛にいる鷲司とて同じだった。
     ……本命にぶち当たらぬよう動けると信じていた。
     だが、ここはソロモンの悪魔の司令部。直接彼らと相対する可能性は限りなく高い場所……。
    『マサカ、ホントに唯の露払い?』――嘲りは、見透かされた証。
     鷲司は瞳を眇めると影を招き自らを癒す、とにかく仕切り直して追いつかねばならないのだ。


     ぱりん。
     命が砕ける時は、こんな音がするのかもしれない。
    「く……ッ」
    「沙夜さんっ?!」
     一度はルートが身代わりに、一度は歯を食いしばり立ったものの……二度目は無かった。
    「ごめ……んなさい」
     稀く浮かぶ笑みは、アーマハを問い詰めて情報が得られぬ悔しさから。
    「ほらね、僕は負けないって」
     その声が上ずりを含むのは感情の彩を見取ったからか。
    「悪魔だろうが……」
     沙夜が地面に叩きつけられぬようせめてと躰で支えながら、深玖はぎりと歯を噛み睨み据える。
    「礼儀を教える必要がありそうだな……っ!」
     沙夜を横たえると赫を纏わせた巨大な剣を叩きつける、だがアーマハが嗤いやめるコトは、ない。
    「もう……みんなを倒れさせないんだもん!」
     自らを癒す為、闇と契約を結んでから、閏の声は幼子の如くあどけなくも庇護欲をそそるものに変じていた。
     その声が精一杯のカノンを謳い仲間達の傷を塞ぐ。
     それに押され畳みかける仲間達。しかし、最大攻め手の沙夜が倒れた状態で、果たしてこの悪魔を斃すことが敵うのか?
     ぱりん。
     今度砕けたのは、閏。
    「だいはっけーん☆ みんなにキミは含まれなぁい♪」
     膝を折る癒し手に、皆の瞳が見開かれた。
     前後自在に飛ぶ魔力の砲弾、それは後ろに配されているからと言って安全だという保証は何処にもない。
     ましてや敵は『知能を持つ』と言うもおこがましい格上。最大攻撃手を斃した次は、軸を支える歌い手を狙うなど、考える前に出てくる発想だ。
     此処が崩れてしまえば、待つのはただの消耗戦。
     ……しかも削れていくのは灼滅者、のみ。

     ――璃月、鷲司が倒れ伏した所で、灼滅者達は選択を迫られる。

    「……許して、許してたまるか」
     幼い心を破砕させるのは、柚羽。
     目の前に居るのは、宿敵ソロモンの悪魔。
     彼らは玩具にするように仲間4人とその従者を屠った。
    (斃せるかもしれない)
     ……どうすれば?
    「柚羽」
     ドス黒い取引をねだる心の腕を断ち切ったのは陽規の真摯な眼差しだった。
     彼もまたいざとなれば心を売り渡す覚悟はあった。

     その覚悟は――撤退不可能、仲間の死。

     まだその時じゃない。
    「姉ちゃんの元へ、帰ろ?」
     同じく双子の兄を持つ男は、噛み切るまでに唇を噛みしめた少年の肩を掴み引く、それが合図となった。
     戦闘不能の仲間を担ぐ2人に入れ替わるように、沙希が前に出る。
    「イフリートの力を受けてみなさい!」
     炎を纏った掌を叩き込む。
    (今の内に逃げて……!)
     心は悲鳴であふれ返る、でも――。
    「沙希嬢」
     信じてた。
     目の前が赫の光で染め上げられる! 同時に光を放った主、深玖が沙希の腕を導くように引く。

     ――精一杯の、ほのおのせかい。

     破壊物で障害を作る余裕も無く、ただただ彼らは駆ける駆ける。
    「ふーん、やるねぇ」
     炎があけた後、アーマハから初めて遊ぶような響きが消えた。
    「僕から撤退できる、か……これは賞賛に値するよ」
     ……心を闇に売り飛ばさずに、ね。


     ――8人が選んだのは、生還。
     だが決して恥じるべきではない。
     むしろ、これ程までに強大な敵を前に誰ひとり心を失わずに戻れたことをキミ達は誇るべきだ。
     キミ達の選択は賢明だった――。

    作者:一縷野望 重傷:犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) 篠原・鷲司(旋槍・d01958) 彩原・璃月(白翠・d06541) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ