鶴見岳の激突~選び、そして行動せよ

    作者:高遠しゅん

    「揃ったようだな。では、始めようか」
     教室で待っていた櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)は、疲れたように微笑んでいた。
    「新年早々、鶴見岳から出現したイフリートが日本各地で暴れ回った事件は、君たちのお陰で良い方向に解決した。危険な任務ではあったが、無事の帰りを迎えることができて私も嬉しく思う」
     そこで、言葉を一旦切る。
    「あの事件が終結してから、学園は鶴見岳の調査と事件の原因を探るべく準備を進めていたのだが、事態が変わった。想定外の事項だ」

     伊月は集まった灼滅者一人一人の顔を見ながら話を続けた。
    「鶴見岳に、今度はソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が、続々と集結している。どうやらイフリートが戦力を減らしたことをきっかけに、イフリートを攻撃し滅ぼす心づもりのようだ」
     手帳のページには、ぎっしりと細かくサイキックアブソーバーからの予測が記されていた。
    「『デモノイド』。覚えのある者がいるかもしれない。ソロモンの悪魔が創り上げた、強化一般人の総称だ。力だけで言うなら、今までの強化一般人とは比較にならないほど強力で厄介だ。その軍勢が、イフリート殲滅に動いている」
     灼滅者達は顔を見合わせ、息を呑んだ。
     伊月は務めて冷静に状況を説明する。
    「この事態を放置したなら、弱体化したイフリートを退けたソロモンの悪魔側が鶴見岳の力を入手し、更に強大な勢力となることは間違いない。イフリート側は戦わずして退却し、これも戦力的に無視できない状況となる。冗談抜きに、最悪だ」
     手帳の文字を確かめ、息をつく。
    「君たちが最も良く理解していると思うが。今の学園に、2つの強大なダークネス組織と正面から戦う戦力は無い。君たちには、このダークネス同士の抗争を利用し、学園にとって最善の結果を引き出すための介入作戦を行ってほしい」

     どう介入するのかとの灼滅者の質問に、伊月は手帳のページを捲る。
    「サイキックアブソーバーから提示された選択肢は三つある。まず第一の選択肢は、鶴見岳に集まりつつあるソロモンの悪魔の軍勢を、背後から攻撃する作戦だ」
     ソロモンの悪魔の軍勢はイフリートが守る鶴見岳の力を狙っており、襲われることを考えていない。軍勢を壊滅させられたなら、鶴見岳の力を奪われることは阻止できる。
     ただ、イフリート側に灼滅者の存在が察知されてしまえば、大勢の仲間を灼滅した許しがたい敵として攻撃され、最悪の場合三つ巴の激戦になることが予想される。
    「次に第二の選択肢。鶴見岳のふもとに、ソロモンの悪魔の司令部がある。ここを急襲することで、ソロモンの悪魔の弱体化を図る作戦だ」
     鶴見岳の作戦が成功していたなら、ソロモンの悪魔達は戦わず撤退するため、無理に戦力を割く必要は無いかもしれない。そして司令部を壊滅させても、鶴見岳を軍勢が制圧したなら、力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
     それでも、ソロモンの悪魔を討ち取ることができるなら、組織としての弱体化が見込めるのだ。
    「最後に第三の選択肢。鶴見岳から退却するイフリートを迎え撃ち、灼滅する」
     鶴見岳を離れた多数のイフリートは、再び各地で事件を引き起こすだろう。その事件を未然に阻止するためにも、ここの戦いは重要な任務となる。ソロモンの悪魔の軍勢と戦い、疲弊しているこの機を逃す手はない。
    「……以上だ。君たちがどの選択肢でどう行動するかは、一切を任せることになる。よく考え、選び、行動してほしい」
     長い説明を終え手帳を閉じた伊月は、灼滅者達の瞳の光に励まされたように、やっと緊張を解いた。
    「繰り返す。これはダークネス同士の大規模戦闘に介入する、非常に危険な作戦になる。よく考え、行動してくれ。……全員が無事学園に戻るよう、祈っている」


    参加者
    葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)
    浅居・律(グランドトライン・d00757)
    マルティナ・アーレンス(ひねくれマギア・d02598)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    沖田・直司(叢雲を裂く天魔の斬撃・d03436)
    フィリオル・フリークス(蒼嵐の熾纏死・d09621)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    八坂・善四郎(ごく普通の卑怯者・d12132)

    ■リプレイ


     その場にいた『力』持つ者たちは、耳で、肌で感じることができただろう。
     禍々しい力と力がぶつかり合い、大気を揺るがす波となって鶴見岳を包み込んでいたことを。

    「うらぁ! 燃え上がれ!!」
     拳に炎を宿した赤威・緋世子(赤の拳・d03316)が、手近にいた強化一般人を力の限り殴り飛ばした。あっけなく吹き飛び、建物の壁に叩きつけられ動かなくなる。
    「しかし……考えたものだね。ロープウェイの建物を占拠するなんて」
    「山の中だし、ここ以上に大きな建物も無いからかしらね」
     沖田・直司(叢雲を裂く天魔の斬撃・d03436)がシールドを展開し、その隣で葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)は影を伸ばして攻撃を重ねる。
     ソロモンの悪魔の司令部として使われていたのは、山頂に出発するロープウェイの駅舎だった。そこそこ広くしっかりしており、平時であれば土産物なども購入することができる場所であった。
     現在はソロモンの悪魔に従う強化一般人達が集い、建物に出入りしている。
    「上は派手にやってるみたいですね」
     地鳴りのような響きが大気を震わせている。薄曇りで日も沈んだこの時間、フィリオル・フリークス(蒼嵐の熾纏死・d09621)が山頂を見上げても、樹氷煌めく山頂付近まで視界は届かない。
     学園から出発した戦力のうち、半数以上がソロモンの悪魔が創り上げた戦力であるデモノイドとイフリートが『鶴見岳の力』を巡り戦う、山頂の戦場へと向かっていた。司令部襲撃を狙ったものたちは、互いに連絡を取り合い司令部付近まで登ってきている。
    「ここは、どの辺りになるの?」
     出発前に準備した地図を脳裏に浮かべながら、マルティナ・アーレンス(ひねくれマギア・d02598)は風の刃を生みだし、逃げ惑う強化一般人達の中央に解き放つ。だいたいの方角はわかってはいるものの、正確な位置を割り出せるスーパーGPSを持つ仲間はいなかった。
    「建物の南側に着いたはずだよ。たぶんね」
     浅居・律(グランドトライン・d00757)はディーヴァズメロディを歌い上げて混乱を招いてから、登ってきた道を思い出す。
     司令部となる建物を見つけだし、周囲に散開してタイミングを合わせての挟撃作戦。今、視界の通る範囲に他班は見あたらない。自分たちの班が交戦しているのだから、他班も同じようなものだろう。
     こんな形で出身地に戻る事になろうとは思ってなかったと、へらり笑って八坂・善四郎(ごく普通の卑怯者・d12132)は雷の力を宿したアッパーカットを撃ち込んだ。みっともない悲鳴を上げて、優男風の強化一般人が吹き飛んだ。
     ディーヴァズメロディの催眠が効いているだけではないらしい。
     ロープウェイ別府高原駅と周囲の小さな建物には、今はまだソロモンの悪魔に強化された一般人の姿しか見えない。しかも、何やら混乱している様子だった。
     若い女性たちが悲鳴を上げて逃げ惑い、気概のありそうな男性もどこか逃げ腰で、まともに攻撃してくる者が少ないのだ。
    「……死んでしまうのね」
     倒れた強化一般人の、息がないことを確かめる。漣・静佳(黒水晶・d10904)は僅かに眉を寄せて、指輪から石化の呪いを解き放った。
     傷ついた強化一般人の女性が、泣き出しそうな表情で逃げていく。敵といえど逃げ惑う相手を一方的に攻撃する事に、ためらいが無いわけではない。彼らもかつては人であった者たちなのだから。
     だが、手を止めるわけにはいかない。
     山頂では学園の仲間達が多く戦っている。ここで司令部を潰さなければ、後でどんな影響が出るかわからないのだ。
     感傷に浸るのは、すべて終わってからでいい。
     灼滅者達は持てる力の限りを尽くし、戦闘を続けた。


     正面で殴りかかってくる男の腹にチェンソー剣を突き込みながら、背後から振り下ろされる刀をシールドで受け止める。息をつく間もなく飛んでくる石つぶては、敵の襟首を掴んで盾にした。
    「ちょっと……きりがないよ!」
     骸を放り投げて直司が叫んだ。
    「ええい、さっきからうざってぇ!!」
     緋世子も数名から狙われ、数カ所に傷を負っている。死角から飛んできた攻撃を、直前で割り込んだ善四郎が叩き落とした。後方から癒しの力を宿す温かな光が差し込んでくるも、緋世子の傷は完全には癒しきれない。
     光を呼んだフィリオルが、周囲を見る。
    「数が減らない気がしませんか?」
     序盤は確かにこちらが優勢だった。敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、灼滅者たちは各個撃破を狙い確実に倒してきたはずだ。
     だが、こうして倒しても倒しても、敵が減る様子が無い。見える場所に骸があることから、何らかの方法で蘇っているわけではないのだろうけれど。
    「さすがの善四郎くんも、戦闘中にもしも~し? はちょっと無理っすねぇ」
     善四郎は、戦闘の合間に幾度かハンドフォンで他班との連絡を取ろうとしたが、敵の攻撃に切れ目が無くその余裕は無かった。戦闘音が重なり、視界の届かない場所で戦う仲間の状況まで掴みきることはできなかった。
    「確かにおかしいわね。このままじゃ……」
     消耗戦になるだけだと、玲は考えを巡らせる。敵の数が減らない、他班の様子は確認不可能、そしてこちらの力は戦いが長びけば長びくだけ消耗する。
    「増援が、来ています。少しずつ」
     序盤から念入りに周囲の警戒をしていた、静佳が確信を持って言う。
    「ソロモンの悪魔とやらは、どこにいるんだろう」
     律が建物の窓を見上げた。灯りは付いているが、中に何がいるのか確認はできない。視界に入ってきた強化一般人を、鋼糸で縦横に切り裂いた。
    「でてくるやつ全部、やっつけちゃえばいいのよ」
     マルティナはバスターライフルを乱射しながら、単純明快で分かりやすい解決方法を提示する。サウンドシャッターを使ったものの、乱戦と化した戦場は目視で戦闘を確認されてしまい、効果も薄い。
    「ならば、掃討を……っ!!」
     声を上げたフィリオルの声が、唐突に途切れた。
     何の気配も無かった木立の奥から飛んできた魔力の矢が、背後からフィリオルの胸を貫いたからだ。
     唇から血を大量に吐き、そのまま地に崩れ落ちるのを必死で堪える。回復の要として倒れるわけにはいかないと、斬艦刀を支えに気力だけで立ち上がった。
    「ほう、妾の矢を受けて死ななんだか。褒めてやろうぞ、小鼠」
     鈴を振ったような声というのは、このような声のことを言うのだろうか。
     周囲のただ逃げ惑うだけだった強化一般人達が、ぴたりと動きを止めた。
     灼滅者たちは、木立から現れる白銀に輝く娘の姿を見た。
     年齢は二十歳に届くかどうか。恐ろしいまでに白い肌、血のように赤い瞳と唇、そして夕暮れの僅かな光にすら燦然と輝く、地に届くほどの白銀の髪。白無垢にも見える振袖には、大輪の百合の花が描かれていた。
     目尻に紅を入れた切れ長の瞳が弓のようにしなり、笑みを形作っている。
     その気配は、いっそ華やかなまでに禍々しく強大だ。
    「姫様……」
    「白百合様!」
     周囲の強化一般人達が、口々に歓声を上げた。
     名を呼ぶ者がいる、抱き合って泣き出す者がいる、肩震わせる者がいる。
    「姫様!」
    「ああ、白百合様が来てくださった……」
    「我らをお救いください、姫様!」
     整った容姿の強化一般人を多数従え、白百合と呼ばれた娘は艶然と微笑んだ。それだけで、感嘆の溜息がさざ波のように空気を揺らす。
     戦いの空気が、彼女の登場で一気に塗り替えられる。
    「油断をしていた妾を許しておくれ。小鼠にここまで入り込まれるなど、迂闊であった。皆、怖い思いをさせたのう」
     慈しみに充ちた涼やかな声。年若い娘の足元に、壮年の男が額ずいた。
    「そのようなことを! 我らが至らなかったゆえの失態にございます」
    「面を上げよ。おぬしらを責める妾ではないこと、よぉく知っておろう。さあ、もう何も恐れることはない。妾がここにおるからな」
     空気が、変わる。
     泣いていた女達も震えていた男達も、手に手に武器を取り、白百合を中心として広い陣を敷いていく。
    「……ちょっと、まずい……かも」
     玲が唇の中だけで呟いた。
     強力な敵が多数いるという情報を得てなお、司令部に突入する選択をした灼滅者たち。
     強力な敵と対峙しながら、他班と随時連絡を取り合い連携を重視して動くことが、果たして可能だったのか。
     答えは目の前にある。
     白百合と呼ばれるソロモンの悪魔は、ただそこに立つだけでよかった。
     逃げ惑っていた者たちも主の姿に勇気づけられ、よく訓練された兵士となる。
    「白百合様の御為に」
    「我らが姫様をお守りするのだ」
    「姫様の邪魔をする者は、我らが敵」
     高らかに宣言する。
    「征くがよい、妾の兵どもよ。小賢しい鼠を千々に引き裂き、大地を朱に染め上げよ。首級を上げた者には、褒美を取らせようぞ!」
     狂信者の群れが、大波となって灼滅者達に襲いかかった。


     倒しても倒しても、次の攻撃が来る。
     武器を振るい、術を解き放ち、癒しても、ひとすじの道すら見いだせない。
     白銀の娘が指先で空をなぞると、灼滅者達を支える地面が急速に冷気を帯び、熱を奪い去ってゆく。大地すら敵となったかのように思えた。
    「土方道場一番隊組長沖田直司、推して参る!!」
     凄まじいモーター音とともに、直司がチェンソー剣を手に駆け抜ける。
    「まだまだぁ! 拳で語ってやるぜ!」
     緋世子がオーラを輝かせ、凄まじい勢いで連打を繰り出す。
    「賢いものほど、催眠に弱いってよく言うよね?」
     律のディーヴァズメロディが戦場を天上の音楽堂へと変え、マルティナは瞳に集めたバベルの鎖の力を使い、神降ろしの刃を続けざま放った。
     それでも白銀の娘には届かない。
    「……あとを、頼みます」
     ダークネスの直撃を受けていたフィリオルが、最後の回復を静佳に飛ばして膝をついた。ぐらり傾ぐ体を支えきれず、そのまま地面に倒れ伏す。
    「フィリオル、さん」
     静佳は消耗の激しい前衛の仲間と、敵の数、遠くで笑う白銀の娘を見る。
     ……そうして、ひとり決断する。
    「道を作ります。皆さんは、退却してください」
     普段はひそやかに話す静佳が、凛とした口調で宣言した。
     彼女の体を覆う気が闇へと揺らぐ。
    「まだ私たちは戦えるわ、早まらないで!」
    「戦うことは、できます。でも、勝つことはできません」
     言葉を失った玲に、静佳はそれでも澄んだ微笑みを返した。
    「『彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず』っすね……」
    「はい」
     意識のないフィリオルを背に担いだ善四郎の言葉に、頷いた。
     戦うべき時と退くべき時を見誤らなければ、負けることはないのだと。
    「後に、続いてください。そして……振り返らず、走り抜けてください」
     そして最後に、
    「……見つけてくれたら、嬉しいです」
     仲間に背を向ける。
     その背を突き破って、水晶の翼が生えた。闇に煌めくそれは、道標。
     右手の爪が長く伸び、透明な異形と化した。
    「急いで!」
     手の中で限界まで膨らませた光の十字を、一気に解き放つ。雲霞のように群れていた強化一般人達が、たったの一撃で弾け飛んだ。
     そのまま真っ直ぐ、白銀の娘に向かって地を蹴った。
    「走るぞ!」
     続いて灼滅者たちが、牽制しながら駆け抜ける。
     白銀の娘の表情が変わった。
    「面白い、面白いぞ。そなたは屍の王か」
    「……ちが、う。私は、灼滅者」
     水晶の爪を振り下ろし、懐剣を抜いた白銀の娘と切り結ぶ。
     その音を聞きながら、灼滅者達は振り返ること無く駆けた。闇に堕ちた仲間の心を無駄にしないために。
     駆けて駆けて……気付けば敵の気配も消え、戦闘の音も消え。
     穏やかな闇の中にいた。
     戦場の熱気は、遠く去っていた。


     鶴見岳の介入は、ソロモンの悪魔の軍勢を一掃し、司令部を混乱させ、学園は目的を果たしたと記録には残されている。
     この結果が、灼滅者とダークネスの均衡にどう影響するのかは、月日が経たねばわからないのだろう。
     静佳の行方も、また。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:漣・静佳(黒水晶・d10904) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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