鶴見岳の激突～ほくそえむ悪魔

■リプレイ

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　他の班と連絡を取りながら、時宮・霧栖（その愛は地球を救わない・d08756）達は南側からの経路をとっていた。
　まだこちらの存在は気づかれていないようだ。
　霧栖は通信を終えると、愉快そうな笑みを浮かべる。
「ふふふ～。いやぁ、こんなに敵がいると壮観だねー……。霧栖さん、ちょっと燃えてきちゃったかな～」
　今、目視で確認できる以外にも、あちこちに悪魔の配下がいるという。
　どうやら、遊び相手には事欠かなそうだ。
（「よくもまあ、これだけ集めたものよな」）
　建物の陰に潜みながら、紅月・瞳（戦闘狂いの白兎・d09522）は思う。
　彼らもまた悪魔崇拝に身を落とした者たちなのだろう。瞳の一族と同じように。
　人を悪魔の命令とあらば我が子を生贄に捧げることも厭わない下僕へと貶め、戯れに非道を繰り返すソロモンの悪魔。
　やつらに対する深い怨みは瞳の根本に染みこんでいる。
　自身は表に出ることの少ない悪魔達が、今回は集団で行動しているという。
　それだけの価値が鶴見岳にある力にはあるということだが、ソロモンの悪魔の灼滅を渇望する瞳のような者にとっては、これはまたとない機会である。
（「一体でも多く、息の根を止めてやるのじゃ……」）

●
（「きっとここにあの子がいる……」）
　バベルの鎖ではないが、赤秀・空（アルファルド・d09729）には予感があった。
　空には因縁の相手がいる。直接言葉を交わしたわけではないが、彼女を救えなかったことは、なにかに執着するようには見えない空にも、少なからず意味のあることだった。
　だからこそ彼は、他の依頼を抜けてまで、今回の作戦に馳せ参じた。
　仲間達にも、あの子の外見的特徴は伝えてある。
　絶対にあの子を見つけ、この手で決着をつける。
　空はそう、誓っていた。まるで、今、その想いだけが彼を存在足らしめているかのように、
　そんな空を静かに見つめるのは、ヴェルグ・エクダル（逆焔・d02760）である。
　同じ倶楽部に所属している彼は空の事情をある程度知っている。
　ヴェルグには空が危うく見え、内心無茶をしないかと心配していた。
　だからといって、あのつかみどころのない少年には、なにを言ってもはぐらかされてしまうように思える。
（「力になってやりたいんだがな」）
　結局、ヴェルグには、気持ちは行動で表すしか方法が見つからないのだった。
（「初めての依頼でここまで大きな戦闘とは、流石に緊張しますね……絶対に成功させなくては」）
　気を引き締める須賀・鉄心（影狩人・d10437）のそばに、いつのまにか天羽・桔平（悠閑神風・d03549）がやってきていて、鉄心は少し驚く。
「てっしんくんは、緊張してるのかな？　もっとリラックスして、ポレポレいこうよ」
「え、ポレポレ……ですか？」
「そう、ポレポレ」
「まぁ、そんな緊張することもねーって。ちいっとばかしド派手なケンカだと思えば」
　実にストリートファイターらしい物言いなのは、花楯・亜介（花鯱・d00802）だった。
　二人とも鉄心より年下ではあるが、潜ってきた戦場の数の違いかそれとも生来の性格か、場慣れして頼もしく思える。
　灼滅者であることを除けば、割と普通の高校生である鉄心にとっては、二人のようには切り替えられそうもなかったが、気持ちは嬉しい。
「ありがとうございます。一緒に、がんばりましょうね」
　村山・一途（赤い夢の住人・d04649）はカードを取り出しながら、仲間達を見て少しほほ笑む。
「今日は、死ぬにはいい日だ、うん」
　もうすぐ、ここは戦場になる。
　この静けさからは信じられないほどの熾烈な戦いが繰り広げられるだろう。
　多くの血が流れ、絶え間なく怒号と悲鳴と怨嗟が木霊する。
　けれど、頭の上の空は綺麗で、綺麗な空の日はやっぱり死ぬには良い日なのだと一途は思う。
　このまま風景を見つめていてもいいのだけれど、静かにしていたところで、時の流れは止まってはくれないものらしい。
　合図である銃声が鳴り響いたのは間もなくのことだった。
　瞳はすっと立ち上がり、目を細める。
「それでは悪魔狩りと行こうかのう」

●
　二つの影が駆けた。
　しかし、のんきにメモをとっていたその男は、その事実に気づかない。
　気づいたときには、そのニコニコとした少年は、彼の目前へと迫っていた。
「紅桔梗、天の羽と参上～☆」
　その少年、桔平が浮かべる柔和な、または緩んだといった方が的確であるような表情と反対に、その手に握られた刀は美しくも凶悪な輝きを放っている。
「ニコニコ笑顔のご当地ヒーロー、ポレポレ☆きっぺー、ただいま参上だよ！」
　瞬間的に刀身を覆った炎が、飛燕の速さで振るわれ、男は悲鳴を上げる暇すらなく斬り裂かれ、全身を炎に包まれた。
「あれ？　決まりすぎちゃった？　一発？」
　あまりのあっけなさに桔平が拍子抜けしていると、もう一人の男が、倒れた仲間の分も声を上げた。
　仲間を呼び集めるその声をかき消すように、凛とした、それでいて威厳を含んだ、少女の声が響く。
「斬り潰せ！　鬼姫！　此度は存分に喰らうがいいぞ！」
　怯えた男の目には、その声を発した白い髪の少女の体が、ぐんと一回り大きくなったように見えた。
　能力などではなく、完全に気持ちで負けた男の体が吹っ飛び、派手な音をたてて、すぐそばの建物の壁に激突する。ヴェルグの盾の一撃によるものだった。
「弱い……戦闘タイプじゃないのか？」
　強化された一般人に過ぎないとはいえ、歯応えがない。
　とはいえ、塵も積もれば山となり、蜜蜂も集まれば雀蜂を殺す。
　たちまち聞きつけてぞろりと悪魔の配下達が現れたのを見て、霧栖は口の端を釣り上げ、動揺している連中にふてぶてしく言った。
「皆でお祭り気分の所、悪いんだけどさー。ついでにアタシ達と遊んでいきなよ。いいでしょ？　コソ泥、さん？」
　数十秒後、漆黒の槍が群がる男達を薙ぎ払った。
　どうやら、ここにはソロモンの悪魔はいないらしい。きっと、より中心に近いところにいるのだろう。
　ならば、そちらに向かって、立ち塞がる配下達を倒していくだけ。
（「デモノイドも一体もいねーか。物足りねえな」）
　亜介達は連携し、攻撃を集中させて確実に敵を減らしていく。
　男の襟首をつかんで、ボディに重いブロウを一発。続けてもう一発。体勢の崩れた背中に両の拳をハンマーのように叩きつけた。
　鉄心は飛来する魔法の矢を横に駆けて避け、次いで放たれた弾丸をガンナイフで斬り捨てると、力を集中させる。たちまち彼の足元から伸びた影が、弾丸を放った男に襲いかかった。
「食らいなさい！」
　肩口を影に食い破られる男を見届けた鉄心に向けて、再度矢を放とうとする男の背後に、俊敏な動きで飛びかかる者があった。　
「やれ！　狛狗！」
　主人の命に応え、霊犬狛狗は口にくわえた斬魔刀で、敵の手首を斬り飛ばす。
　絶叫を上げる男。だが、その声は唐突に絶たれた。一途の影が男の頭を噛み砕いたのである。
「声が大きいです。ちょっと静かにしてください」
　影縛りによって骨が軋み、折れる音を聞きながら、それをさせた空は敵が瓦解寸前なのに気づいていた。
　やはり、戦闘向きの配下はイフリート戦に向けて出払っていて、ここにいるのはもっと他のタイプなのだろう。
「ぬしらが狙った力じゃ。存分に味わうがよい！」
　瞳が刀を振るうたび、悲鳴と血の雨が降った。悪魔に心を売った報いを身をもって受けているのだ。
　戦意を喪失した者から逃亡し始めていた。
（「もしかして突破を強行したらいけるかも……？」）
　と、空が思ったそのとき、奥から歓喜にも似たざわめきが生まれた。
「バルアモン様だ！　バルアモン様がいらっしゃったぞ！」
「バルアモン？」
　亜介が視線を向けると、そこには巨大な図体の悪魔がいた。
　隆起した上半身は黒々として、二つの足で立ち、バイソンの頭部を持っている。
「なんだよ。歯応えありそうなのでてきたじゃねーの」
　バルアモンと呼ばれる牛頭の悪魔は、手近にいた配下に問いかける。
「なにかと思えば成りそこない共か。おい、ルーキーはどうした？　先にこちらに来たのではなかったのか」
「いえ、それが……その」
「ふん。臆したか。使えぬやつよ。まぁ、いい。こんな雑兵ごとき我一人で蹴散らしてくれよう」
　偉そうな物言いといい、その外見といい、待望のソロモンの悪魔に違いない。鉄心が問いかけるように空を見るが、空は首を振った。求める悪魔ではない。
「遂に出おったか！　その首を落とす瞬間、待ちわびていたぞ！」
　瞳は空を駆けるようにバルアモンに迫り、斬艦刀を振り下ろす。刀と悪魔の腕が衝突した瞬間、時が止まったように白い髪が宙を舞い、瞳は押し返されて後方へと跳び片手を地面について止まる。さすが悪魔か。押し負けてしまった。
「今日の献立はソロモンの悪魔のディアブロ風で御座いマース」
　すかさず距離を詰めていた霧栖の、炎を灯した槍がバルアモンの胸部を貫く。
「ふ、それで攻撃のつもりか」
　しかし、バルアモンは槍の穂先を抜くと、まるで虫を払うように、それを持つ霧栖ごと放り投げた。霧栖は空中で身をひねって着地する。その顔には笑みが浮かんでいた。
「にひひっ、そうこなくちゃ……ね」
　せっかくここまで足を運び、大規模な作戦を行っておいて、獲物が雑魚では興ざめもいいところだ。
「大悪魔アモン様の忠実なる下僕、バルアモンだ。アモン様に楯突く、蒙昧な人間よ。自らの愚を悔やみ、虫けらのように死ね！」
　巨躯の悪魔に対して、亜介達は果敢に立ち向かっていく。
　一途の放つ爆炎の弾丸が悪魔の体を蜂の巣に変え、ヴェルグが強烈な一撃を叩きこむ。
　悪魔の登場によって戦いは熾烈を極め、亜介の体のあちこちで皮膚が破れ血が流れていた。
　けれど、彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「こんなに楽しい事ってねーよ」
　生きるか死ぬか、本気のバトル。限界ギリギリ。余裕なし。
　戦いの興奮が痛みも思考も流れていく。青緑の瞳がギラギラと光を放つ。
「いくぞ！　撃てー！」
（「え、これ、マジ？」）
　桔平に向けて一斉に放たれた魔法の矢は、避けられる量ではなかった。
　激しい閃光の後、矢で撃たれていたのは桔平ではなくヴェルグだった。
「ヴェルグくーん！」
　自らを盾として桔平を守ったヴェルグは、心配げな桔平に対して言う。
「気にすんな。俺の役目だ」
　悪魔が登場したことで配下達の士気も上がり、統制された行動をとるようになってきていた。
　一度は逃亡した配下も戻ってきている。それどころか、最初より増員しているようにも思えた。他の班と戦っていた連中が援軍となっているのかも知れない。
　気づけば、完全に退路は断たれていた。
「これは……まずいんじゃないでしょうか」
　ホーミングバレットを撃つ鉄心の表情が焦燥に染まっていく。
「考えるだけ無駄だ！　貴様らはここで全員死ぬ！」
　バルアモンの輝く拳が振り下ろされる。狙いは……。
（「当然俺、か……！」）
　バルアモンの怒りはヴェルグだけに向けられていた。
　亜介の拳を弾き飛ばし、空の影を引きちぎり、紫の光に覆われた拳を振り下ろす。
「ぐ、ああぁ！」
　なんとか受け切ろうとしたヴェルグだったが耐え切れず、殴り飛ばされた格好のまま起きることはなかった。
「ヴェルグくん！」
「……を、頼……」
　頷き、桔平は珍しく微妙に真剣な表情を浮かべ、悪魔へと斬りかかっていく。
「ここがヒーローの見せどころだよね！」
　振るわれた悪魔の腕をくぐり、脇腹を薙いで走り抜ける。背中に向けて振り下ろされる悪魔の拳を、予期していたように振り向きざま受けると、練り上げていた気を解き放つ。
　オーラキャノンがバルアモンに直撃。
「やった！？」
「いや、まだだ！」
　大きくのけ反った悪魔は、しかし、持ち直すと桔平を殴り潰した。
「これは……いよいよ……」
　撤退もやむなしだと鉄心は思う。戦力差が激しい。今なら悪魔の配下達も明らかに増えているのがわかる。退路がない場合は、三人が倒れたら撤退すると決めていた。
「ふん、なるほど……これほどとは」
「どうした牛野郎！　腰が引けてんぞ！」
「ぬかせ！　まだ我は半分の力も出してはおらん！」
　配下達の横やりさえなければ、あるいはこの悪魔を倒すこともあり得たかもしれないが……。
　バルアモンが魔法の矢を放つ。それは配下達とは比べるべくもない、強大な塊であった。
　瞬間的に瞳は逃れる術がないことを知る。
　だから、瞳は逆に矢へと向かって行った。
「鬼姫！　主なくとも仇敵を喰らえ！」
　矢に撃たれ、瞳の意識は衝撃と共に白に染まる。
　けれど、間際に投げた斬艦刀は悪魔の左足を斬り潰していた。
「残念だけどここまでだね」
　配下達を牽制しながら、空はヴェルグを担ぎ上げる。
　とはいえ、この敵だらけの中、どうやって逃げるかが問題なのだが。
　活路を開くこともできず、窮地に陥っていく。
「逃すものか！」
「！？」
　バルアモンの魔手が一途に迫る。一途は紅蓮斬を放つが焼け石に水だった。
　ああ、これは死ぬな。
　一途の本能が告げていた。生き残るタイミングがない。既に気力で再起していて、次はもう立ち上がる自信はなかった。
　今日の空が綺麗で良かった。それだけは良かった。
　だが、その瞬間は訪れなかった。
　代わりに、目の前に現れたのは、常人を超えた、一途の知るどの灼滅者をも超えた速さで動く、亜介の姿。
「闇堕ち、したんですね」
　亜介の容姿は大きく変わってはいない。
　けれど、なにかが決定的に変質していた。
「花楯君……！」
「お前らのためじゃねーよ。俺の血が騒ぐんだ。悪いがそいつらはお前らで運んでくれ」
　霧栖達にそう言って、亜介は仲間のもとを離れて悪魔へと向かって行く。
　亜介はオーガのごとき戦ぶりを見せ、バルアモンを一人で押さえ込む。
「……行こう」
　空は告げた。彼が嘯いた事実を無駄にしないためにも、生き残らねばならない。
　一途は頷き、仲間と共に配下達を蹴散らしていく。
　最中、主を守るように狛狗は魔法の矢を受け、悲痛な叫びを残して消失した。
「帰って、バレンタインして、チョコを食べるんです……」
　だから、と一途はナイフを振るう。
「生き残るために、殺します」
　やがて、道を拓いた。
　しかし、そこにいたのは悪魔だった。
　見た目は少女だ。胸にワニの頭部を生やしていはいたが。
　詳細は違うが、これがダークネスとして安定化した姿なのだろう。
　空はその少女の名を口にした。
「ハセベミユキ」
　まさか、ここにきて増援だなんて。
「ダークネスが二体かよ。こいつはご機嫌だねぇ」
　絶望的な状況に、霧栖は一周回って楽しさすら感じ始めていた。
　全滅。もしくはもう一人闇堕ちせねば、この窮地は脱せまい。
　空の顔から表情が消える。
　けれど、ミユキは嗜虐的な笑みを浮かべてバルアモンを撃った。
「どういうことです！？」
　とは、なによりバルアモンの言葉だったろう。
　だが、彼が詳しく問いただす機会は得られなかった。亜介のロッドが彼の頭を爆砕させたのである。
「ヒヒヒ、ついうっかり遅刻したせいで能無しの同僚が死んじまった。こいつはまいったなぁ。威張り腐った脳筋だけど、死んで欲しいとまでは思ってたのに」
　ミユキは嫌らしい笑みを浮かべた。
「ミユキさん」
　空は気安く話しかける。
「あん？」
「初めまして、僕は赤秀空。その子の魂を救おうとして、直接会うことすら叶わなかった道化者だ」
「あ？　ああ。そーゆうこと。王子様の仲間か……サンキュー道化。お前らのおかげだ。んじゃ、あばよ」
　死神が笑う。魔法の光の明滅。
　そこで空が倒れなかったのは、亜介が飛び込んできたからだった。
「俺と遊べよ、ワニ女！」
　亜介は次にミユキへと襲いかかった。けれど疲弊した亜介では勝敗は明らかであろう。
　亜介がミユキの相手をしている間に、鉄心達は負傷した仲間を背負って撤退した。
「花楯さん……」　
　初めての依頼で、まさかこんな別れを経験するとは誰が想像しただろう。
　空は遠ざかる戦場に視線を向けて、つぶやく。
「返してもらうよ。その子の体と尊厳を」
　いつか必ず。

作者：池田コント	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：花楯・亜介（花鯱・d00802）
種類： 公開：2013年2月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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