鶴見岳の激突~己が力を示す者

    作者:緋翊

     寒さも厳しい冬の折。
     灼滅者達はエクスブレインに招かれ、学園の空き教室に集った。
     ……シン、と、静寂が支配する部屋に入る。
    「やぁ。定刻通りの集合、痛み入るよ」
     するとそこには一人の男が居た。
     銀髪碧眼の男子生徒。
     久遠・レイ(高校生エクスブレイン・dn0047)だ。
    「……すまないね。暖房を入れておけば良かったんだが」
     彼も先程着いた所らしく、教室は冷えたままだ。
     レイは慌てず、右手を振って言葉を続ける。
    「だが、心配しないで欲しい。僕は既に次の手を打ってある――」
     自信ありげに言って、彼は左手に下げていた袋から何かを取り出す。
     出てきたのは、円柱形のモノ。
     缶だ。
     もう少し目を凝らしてみれば――おしるこ、と書いてある。
    「……すぐに購買で買ってきたのさ。依頼の説明はこれを飲みながら進めよう」
     無表情だが、よくよく観察してみるとレイの口元が少しだけ笑っていた。
     褒めてもらえるとでも思っているのだろうか。
    「……ありがとう」
    「うん」
     大人の対応で灼滅者たちがおしるこを受け取っていく。
     満足気なエクスブレインを見ながら口に含んだソレは、とても甘かった……。


    「さて。鶴見岳を脱出したイフリート達は、皆の御蔭で灼滅出来た訳だね」
     おしるこを飲みながらレイが状況説明に入る。
    「流石、灼滅者といったところだね。感謝するよ……それで、学園は作戦の成功を受け、鶴見岳の調査を行うべく準備をしていたんだが。ここでまた、横槍が入ってしまったんだ。困ったことにね」
    「!」
     その情報は新しいものだ。
     にわかに、灼滅者達の視線に力が篭る。
     実は、と、レイがそれに答えて口を開いた。

    「現在の鶴見岳には――ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結している」

     目的は、消耗したイフリートの軍勢を倒すことだろう。
     そこまで一息に言って、レイは間をおく。
     ソロモンの悪魔。
     つまりは別のダークネス勢力が、鶴見岳を巡る状況に介入してきていたのだ。
    「ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の邪悪な目的の為に使用する事だろう……軍勢の中には、今までの強化一般人とは比較にならない実力を持つ人間の存在もあるらしい。これも初めてのケースだ……デモノイド、と呼ばれているようだが……」
     ダークネスに匹敵する脅威の存在が明かされ、灼滅者たちの動揺は増す。
     どうやら状況は、自分達の予想以上に混迷を極めているらしい。
    「――イフリートとソロモンの悪魔。この二大勢力の激突に武蔵坂学園が介入しなかった場合、まず間違いなく、ソロモンの悪魔が勝利して、その力を増すだろう。イフリートは戦力を集中させて包囲を突破し、逃走する。ソロモンの悪魔も、この軍勢を全滅させようとは思わないから、イフリート勢の力も、まあ、それなりに残ることになるだろうね」
     つまり。
     放置すれば、ソロモンの悪魔は強大化し。
     イフリートも、かなりの力を残して鶴見岳から消える。
     武蔵坂学園からすれば――ダークネス勢力が力を伸ばす、最悪の結果となる。
    「だが……残念ながら現状、武蔵坂学園には二つのダークネス勢力を同時に倒しきるだけの武力は持ち合わせていない。つまり君達に頼みたいのは、ソロモンの悪魔とイフリートの激突を利用して、出来る限りダークネス勢力の力を削げるよう行動して欲しいんだ」
     レイは目を瞑り、告げる。
     自分が何を言っているのかは理解しているのだろう。
     この任務は――極めて流動的な状況下で行われるものだと。
     つまるところ、自由度は高いが、難易度もまた、相応に高い。

    「さて、この作戦に挑む君達には、いくつかの選択肢がある」
     暫しの間をおいて、レイが話を再開した。
     ぴ、と、指を立てる。

    「一つは、鶴見岳に進軍するソロモンの悪魔に対して、背後から急襲をかけること」

     これは事実上、イフリートと灼滅者がソロモンの悪魔を挟み撃ちする形になる。
     よって、戦闘自体は非常に優位に進められる可能性が高い。
     但し、イフリートは灼滅者もまた敵視しているため、戦場で会えば敵になりうる。

    「二つ目は、鶴見岳のふもとに展開するソロモンの悪魔、その司令部を襲うこと」

     指が、更にもう一本立つ。
     これは、普段は姿を現さないソロモンの悪魔と直接戦えるチャンスだ。
     司令部を襲うため、敵には精鋭が揃っている。激戦となるだろう。
     但し、鶴見岳方面の作戦を成功させれば、ソロモンの悪魔は撤退する見通しだ。
    「……司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。それは注意してくれ。ただ、ソロモンの悪魔の数を減らせれば勢力は弱体化するからね。どちらが良い、というのは一概には言えないかな」
     ここまでが二つの方針。
     次が最後だ、と、レイは三本目の指を立てる。

    「三つ目は――逃げてくるイフリート戦力に対して打撃を行うこと」

     ソロモンの悪魔ではなく、あくまでイフリートを狙う作戦である。
    「これは有利な戦闘が期待できるよ。なにせ敵は、ソロモンの悪魔の包囲を抜けるために戦力を消耗させている筈だからね。事実上、敵は連戦を強いられる……ここで逃がしたイフリートは、確実に日本各地で事件を起こす。悲しむ人間を減らすためには、有効だ」
     おおまかにはこんなところだね、と、レイが話を切り上げる。
     彼は特定の作戦を推奨しない。
     話を聞いて、総合的判断を下す灼滅者たちを疑っていないのだろう。
     或いは――信じてさえ、いるのかもしれない。
     

    「三つの指針を示したけれど、どれも危険な作戦であることに変わりは無い。なにせ、ダークネス同士の大規模戦闘に介入する行為だからね……いつも以上に気を引き締めてくれ」
     真剣に、レイは灼滅者たちを見る。
    「そして……どうか無事に、この学園へ帰ってきてくれ。幸運を、祈るよ」
     灼滅者達は無言で頷いた。
     戦闘は激化するだろう。
     だが――ここで退くことは許されない。
     覚悟と共に、彼等は、動き出す。


    参加者
    清流・瑠璃(純真なる瞳・d01945)
    久賀・零亜(雪華の祈り巫女・d02721)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)
    逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)
    王・苺龍(点心爛漫中華娘・d13356)

    ■リプレイ

    ●深淵への誘い
     暫しあと、漸く時は動き出す。
     目前には山。
     否、今は戦場と呼ばれる場所だ。
     イフリート。
     ソロモンの悪魔。
     そして、武蔵坂学園の灼滅者。
     常識を外れる力を持つ戦力が、同じ戦場で――激突する。
    「……他の班も動き出すみたいね。行きましょう」
     音と音が響きあう山は、常人であれば精神をすり減らす場所だろう。
     なんとなしに認めて、逢見・莉子(珈琲アロマ・d10150)が呟いた。
    「こっそり……見つからないように、アルな」
     王・苺龍(点心爛漫中華娘・d13356)が頷きを返して、動き出す。
     同じくソロモンの悪魔司令部を攻める仲間たちと、極力連携を行えるよう確認していた彼らだ。連絡先も交換した。
     未知数な要素は多いが、少なくとも全力を尽くす理由にはなる。
     ともあれ。
    (「始まった……音源は、ソロモンの悪魔主力後方……!」)
     アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)が確信する。
     おそらく、最も熾烈なのは――山中。
     ソロモンの悪魔、その後背を攻める奇襲班。
     となれば、こちらも早急に敵本陣へ切り込む必要がある。
    「「……」」
     果たして。
     敵司令部は見つかる。
    (「場所は……金鉄別府ロープウェイ別府高原駅!」)
     素早く莉子が地図に印をつける。
     自分達が居るのはちょうど、司令部の南。
     突入するのは……合図の音が聞こえてから。ソレは少々の時間をおいて聞こえた。
     流石に早い。
    「行きましょう……!」
     久賀・零亜(雪華の祈り巫女・d02721)が鋭く声を押し出した。
     ここからは、早く、静かに。
     足元は登山靴。森の小道を使える者を先頭に、疾駆とさえ言える速度で進む。
    (「意外と……行けるな。成功してる、のか!?」)
     風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)は若干の驚きを感じざるを得ない。
     敵は、周囲にいる。だが、たとえ気付いた敵がいたとしても、こちらの進軍速度に対して効果的な打撃を与えられていないのだ。司令部を襲う戦力が少ないせいか、激しい戦闘は起きていない。潜入自体は成功したらしい。
     だが。
    「……来たか」
     流石に本陣の手前で、固まって待ち受ける軍勢に見つかった。
     色素の薄い髪を弄びながら、笑う男は――強化された一般人か。
    「どうやらこの先を目指しているようだな。それは褒めてやるが……!」
    「ここから先は通さないって? 悪いけど、このチャンスを逃す手は無いんだよ!」
     統率された敵勢は精々五人。
     排除可能だ。
     驕りではなく、冷静に考えて、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)が叫びを上げる!
     彼のワイドガードが前衛を強化し――つまり陣形は即時形成されている――攻撃する。
    「まぁ、何処に行ってもやることは一緒だねぇ……」
     気だるげに蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)が目を細めて。
     最も隙の大きい敵に、ティアーズリッパーを放つ。急所だ。
     敵は、倒せる。或いは、殺せる。
    (「ちょっとだけ、怖いけれど……!」)
     進む。
     自分がすべきことは、理解しているつもりだから。
     清流・瑠璃(純真なる瞳・d01945)は被害が少ない事を確認して導眠符を行使。
    「ぐ、」
     効果は劇的だった。八人の灼滅者が集中させた火力は、強化一般人を素早く無力化していく。後衛に回復者と狙撃者を置き、前衛に攻撃者と守護者をバランスよく配置した灼滅者達の戦闘能力は高かった。
    「馬鹿な……貴様ら、一体……!?」
    「――お前達の企みを、許さない者アル!」
     苺龍のレーヴァティンが、狼狽する茶髪の首領格の頭を、捉えた!
     早い。
     敵の増援が来る前に、集団戦力を潰した。
    「くっ……だ、ダメだっ! 逃げろー!!」
     周囲にちらばっていた強化一般人達は、彼等の戦いと――周囲で同様の戦果を実現している灼滅者達に、戦闘意志を喪失したらしい。奇襲は成功している。
    「良し、これでまた進めるな。行こう!」
    「ええ――もうこの先には、きっと居る筈ですから……」
     慧樹とアルベルティ―ヌは、自分達が戦える事を確認して、走り出す。
    「「――」」
     奇襲に成功した灼滅者達は……こうして敵陣深くへ切り込んでいく。
     流れる景色の先に、見えてくるのは人口建築物。
    「よし、そろそろ……ッ!?」
     駅である。
     それを見つけた彼方が思わず喝采を上げた、その時だ。

    「――おぉ、気付いたか。そこそこ生きのイイ鼠じゃねぇか、おい?」

     進む灼滅者達の左側から、男の声。
     軽い青年の声掛けに過ぎない筈のソレが――灼滅者達の動きを止めてしまった。
    (「なんでしょうか。この男の……雰囲気、は!」)
    (「強い! もしかしたら、今までで一番……!?」)
     零亜が直観した。
     瑠璃が確信した。
     目の前の男。
     長い黒髪を無造作に束ねた彼は、間違いなく、人間ではない。
     化物だ。
    「へ、逃げることは無ェか……オーケイ、それじゃ教えてやるよ」
    「やはり、貴方は……」
     灼滅者達の敵意を受けて、くつくつと長髪の男は笑った。
     莉子の言葉に肩を竦めて、言い捨てる。

    「ああ。俺の名はレナード。お前達が、ソロモンの悪魔と呼ぶ存在だ……」

    ●悪魔の力
     奇襲を仕掛けている灼滅者達に、無駄に出来る時間は無かった。
     殺意を露にするレナードの瞳を受け、まずは彼方を筆頭に前衛が動く。
    「それじゃ、始めようか――そっちも、忙しい身だもんね?」
    「どうかな。俺を倒せたら、教えてやらんでもないぜ?」
     素早い動作からの彗星撃ちが、レナードの移動を防ぎ――。
    「――まずは、初撃!」
    「――ショウタイム、リバレイトソウル!」
     至近から高速で抜き打ちされた、莉子のフォースブレイクが。
     遠距離から、アルベルティーヌの影縛りが、その身を穿つ。
    「成程な。流石に、その辺の雑魚とは違う……!」
     直撃。
     痛みはある筈だ。
     だがレナードは、爛と瞳を輝かせ、むしろ闘気を増した様子で腕を振るう。
    「……さあ、一撃で倒れてくれるなよッ!」
     神速で放たれたのは、魔法の矢だろう。
    「っ、莉子サン、危ないッ!」
     道理というよりは反射で、慧樹が莉子を庇った。
     瞬間、その身を蝕む痛みに彼の口元が歪む。
     灼滅者として水準以上の体力を持ち、更に守護者の効能を持って尚、重い一撃だ。
    「大丈夫!? 回復を……」
    「任せて! 零亜さん――」
    「ええ、今すぐ癒します……!」
     それでも、絶望は灼滅者達を攻め切れない。
     莉子の声に応じるのは、後衛、メディックの二人。瑠璃と零亜だ。
     すぐさま防護符と癒しの矢が行使され、ごっそり削られた慧樹を回復する。
    「俺の一撃で崩れないか。良いね、良いぜお前達。集団戦も、上手い」
    「あのさ」
    「あ?」
    「――笑ってる余裕、あるの?」
     素早い反応に笑みを深めるレナードに、至近で攻撃を仕掛けるのは舜。
     トラウナックルの一撃は彼の肩口を叩く。堅いが、手応えはある。
     彼の一撃を皮切りに、灼滅者たちの集中された火力がレナードに雪崩れ込む――敵は攻撃、防御、共にこちらの想定以上だ。だが無敵ではない。
    「ははッ、それじゃ次は、テメェだよっ!」
    「アイヤァ!?」
     魔法の打撃が次に捉えるのは苺龍だ。
     想像以上の痛みに一瞬息を呑むが――彼女は退かない。
    「……まだ、まだネ!」
    「根性あるじゃねぇか。嫌いじゃねぇぜ?」
     すぐに後衛の回復が彼女を癒す。
     高い治癒能力を持つ二人は戦術の要だった。蓄積する殺傷ダメージはあるがが、しかしそれでも――体力はかなりの領域まで癒される。対する灼滅者側は、少しずつ敵の体力を削っていく。
     或いはこのまま、押し切れるのではないか?
     攻撃と防御を繰り返す中、灼滅者たちが思ったその瞬間。

    「はいはーい、時間切れだよ……いいセン行ってたのに、残念だね?」

     突如。
     戦場にそんな、のんびりとした声が、響いた。

    ●悪夢降臨
     その男は。
     レナードと対照的なようにも見えた。
     優しげな碧眼。
     腰まで届く長い金髪。
     上等な白のロングコートを纏って、優雅に立っている。
     だが。
    「楽しみすぎだよレナード。一人で戦うなんて、イフリートの馬鹿と同類かい?」
    「……フェル。何しに来た?」
    「ん」
     灼滅者達は感じていた。
     この男もまた、レナードと同じ存在だと!
    「やぁ、始めまして。僕はフェルナンド――この馬鹿と同じ、ソロモンの悪魔だ」
    「!」
     にっこり微笑むフェルナンド。
     美しい彼の笑みは、しかし灼滅者達の本能を刺激する……。
    「私たちを倒す為に……来たのですね?」
    「ああ。だが君達は誇っていい」
     声を律して零亜が問うと、フェルナンドは苦笑を返した。
    「……山に向かった僕らの手勢は、後背を突かれ消耗した。痛手だね。そして君達は司令部を強襲。これも善戦している。レナードも割と消耗してるしね。威力偵察としては十分じゃない?」
     滔々と。
     聖人のような儚さでフェルナンドは告げる。

    「だから――これ以上は許さない。君達は全員、等しく殺す」

     瞬間。
     彼の周囲の茂みから強化一般人が十数人現れた!
    「行くぞ! 気高き悪魔、レナード様とフェルナンド様の御前だ! これは聖戦だー!!」
    「「おおおおおおお!!」」
    「いや……聖戦かな、これ?」
     今まで逃げ惑っていた彼等を再編したのか!
     興奮したまま突撃してくる強化一般人を――そして、その軍勢に冷めた瞳で呟くフェルナンドを見て、灼滅者達は戦慄した。この戦力差は、致命的だ。
    「来るよ……迎え撃たないと!」
    「ああ、纏めて燃えとけっ!!」
     叫ぶ彼方の百億の星が敵勢の流れを緩和し、慧樹のバニシングフレアが一人を焼く。
     その隙を突いて莉子が往った。
    「数が多い。翻弄されないようにして下さい!」
    「ぐあっ!?」
     星の瞬きの中、繰り出された槍の一撃は敵を確実に倒し切る。
     行ける。
     学園内でも上位の実力を持つ莉子を始め、灼滅者達の力は強化一般人より上だ。
     だが――。
    (「……拙いな」)
     鋼糸で敵の身を刻みながら、舜は冷静に彼我の戦力差を確認していた。
     数が多い。周囲の仲間も、同様の状況なのか援軍は望めないようだ。
    (「帰るんだ! 皆で……絶望に負けたりなんか、しないっ!」)
     まさしく鋼の如き意志で、瑠璃が前線を癒し続ける。
     だが――全てのものには、限界がある。
    「いや、強いねぇ……はは、僕の連れてきた奴等がほぼ全滅とは」
     半数以上の強化一般人を倒し、視界が開けた先で、フェルナンドが笑った。
    「そう、君達は強い。何かをなせる力がある……だけど、あぁ、悲しいね……」
     呟きと共に、悪魔が動く。
    「強いひとは、それだけ多くの傷を、負わなくちゃいけない……酷い話だ」
     振るわれるのは、広域を凍えさせる氷結魔法。
     圧倒的な威力が、疲弊している前衛を襲う。なんとか耐えた。
     けれど。
    「悪いな。世の中、上には上がいるんだよォ!!」
     レナードの放った同威力の魔法が、再び前衛を叩く。
    「……!?」
     彼方を始めとするクラッシャーが、ここで、ほぼ無力化された。
    「あぁ、まだ立てるんだ。凄いね。でも、可哀相だ」
    「ぼくは……皆の盾。役割を全う、するネ……」
     呟く。
     何人かは、まだ立っている。だがそれだけだ。
     回復が間に合ったとしても、最早、倒れる時間が遅れるだけ。
    「……退く、よ」
     鮮血で彩られたまま、舜は言った。
     勝てない。問題は、逃げられるかどうかだ。

    「……逃がすと思う?」
    「……貴方達の許可は不要です」

     その時だ。
     アルベルティーヌが、何かを決意した瞳で、最前線に立ったのは。
    「行って下さい……私が、あの二人を食い止めます」
    「でも、」
    「行って!!!」
     灼滅者達は知った。彼女は闇に堕ちる覚悟だと。
     そう。
     誰かが。
     誰かが。
     誰かが、死を覚悟する必要がある。
     仲間を護りたいと願いながら。
    「……アルベルティーヌさん」
    「うん」
    「……御武運を」
    「ありがとう」
     零亜の言葉が、最後だった。
     灼滅者達は撤退を開始し……。
     一人が、闇に堕ちる。

    ●己の力を示す者
     その身に宿す、漆黒の名はダンピール。
     夜を渡り、血を力とする、最強の一つ。
    (「……来なさい」)
     それに、アルベルティーヌは己の存在を明け渡す。
    「ッ」
     ずきん、と、頭を撃ち抜かれたような激痛。
     次いで心に湧き上がるのは、邪悪な衝動。
     甘く儚い、血の夢だ。
     ああ、けれど。
    「……護ります」
     それを許すのは、暫し後だ。
     彼女は圧倒的な意志で衝動を屈服させる。
    「……レナード」
    「あぁ。何をしたかは知らねぇが、この小娘……化けやがった」
     ソロモンの悪魔が警戒を露に、一瞬で襲い掛かってくる。
     アルベルティーヌは薄く笑った。
     壮大な茶番だ――。
    「……遅い」
    「っ!?」
     光の矢を、右腕を犠牲にして凌いで――紅蓮の刃で、レナードの腹を貫いた。
    「おおっ……!?」
    「……悪くない味ね」
     飛び散る鮮血を舌で掬い取り、アルベルティーヌは哂った。
     全てを犠牲に得たにしては、下賎な味だ。
    「くくっ。本当に驚くぜ。この小娘、俺と互角とまでは言わねぇが……かなり、やる。おいフェル、二人で行くぞ」
    「一人でやらないの?」
    「俺より好戦的なクセに、よく言うぜ」
    「……ふふっ」
     目の前の悪魔は、アルベルティーヌを評価し、全力で倒すことを決めたらしい。
     共に、己の力を振るう快感に哂いながら――距離を詰めて来る!
    「良く反応するね!」
     フェルナンドの攻撃を回避し、レナードに一撃を入れる。
     レナードの反撃を受け流そうとして、フェルに横から思い切り殴られた。
    「ぐ、」
    「君は綺麗だ。殺すのが惜しいね! けれど……」
     反撃。
     反撃。
     回避。
     そのまま至近で、アルベルティーヌは善戦した。
     だが、遂にフェルナンドが、彼女の腹部を捉え――吹き飛ばす。
    「思い上がるなよ小娘。我等はソロモンの悪魔。人の心を犯し、悲劇を糧とする最強の存在だ。お前達も、そしてあのイフリート達も、所詮は我等に及ばない――逆らえば殺す。全て、例外なく、凄惨にな」
     笑うフェルナンドの瞳には狂気があった。
     これが、ソロモンの悪魔。
     人を堕落させる、旧き存在――。
    「……ぐ、ぅ!」
    「逃がすかよ……!」
     アルベルティーヌは次の攻撃が始まる前に、一気にその場を離脱した。
     整備されていない山中を、一心不乱に駆ける。
    「はぁ、はぁ……!」
     莉子は。
     苺龍は。
     零亜は。
     慧樹は。
     舜は。
     彼方は。
     瑠璃は、逃げられただろうか。
     そうであって欲しいな、と、彼女は思った。
    「……逃がしたか。どうする?」
    「大丈夫、君の責任だ。しかし、まあ……」
     暫し後。
     彼女は、茂みで、敵の言葉を聞いた。

    「これだけやれば、少しは分かって貰えたんじゃないかな? 僕達の実力を……ね」

     それが最後。
    (「私は……」)
     視界にはもう、何も映らない。
     闇だ。
     闇だけが、広がっている。
     或いは、それを血で彩る必要があるのか――。
     そんな思考をしながら。
     アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェルは、闇に堕ちた。

    作者:緋翊 重傷:風華・彼方(中学生エクソシスト・d02968) 蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381) 王・苺龍(点心爛漫中華娘・d13356) 
    死亡:なし
    闇堕ち:アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(夢と現に微睡む・d08003) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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