●一難去ってまた一難
「イフリート撃破に向かった皆はお疲れ様!」
花芒・愛(中学生エクスブレイン・dn0034)は満面の笑みを零しながら、感謝の言葉を宿すホワイトレースフラワーを一輪差し出した。
十二分の強さを誇るイフリートが相手ながら、何体もの撃破に成功したことは快挙とも言える。
戦ってくれた皆は有難う、と愛は深く一礼をした。
「早速、鶴見岳の調査と今回の事件の背景を探ってみたんだけど……実はね、思わぬ横槍が入ってしまったの」
愛は言い、悩ましげに眉を潜めた。
確かにヴァンパイアと遭遇をしたという報告もあるくらいだ、他の勢力がこの一連の流れを感知したとしても可笑しくはない。灼滅者は先を促すように愛を見た。視線を受け、彼女は肯う。
「ソロモンの悪魔の一派、だよ」
●鶴見岳の悪魔達
鶴見岳に集結したソロモンの悪魔の一派率いる軍勢は、今回の動きにより戦力を減らしたイフリート達を、攻めて掛かろうと準備を整えているらしい。
ソロモンの悪魔達の目的は、イフリート達が集めた力だ。
その力を横取りし、自分達の目的の為に使用するつもりなのだろう。
「ソロモンの悪魔の軍勢にはね、今までとは比較にならない程、強化された一般人の姿も在るみたいだよ」
曰く、『デモノイド』。
ソロモンの悪魔達がそう称するこの強化一般人達は、ダークネスに匹敵する程の力を持つようだ。
デモノイドはこの軍勢の主力でもあるのだと愛は言った。
「あのね、このまま放っておけば、ソロモンの悪魔とイフリートの戦いは、悪魔側の勝利に終わると思うの」
そうなれば、ソロモンの悪魔達は鶴見岳の力を得て、更に強大な勢力になっていく。
一方、鶴見岳の力さえ得られればそれで良いソロモンの悪魔達だ、逃走するイフリート達にはほとんど攻撃を仕掛けない。故に、イフリート側もかなりの戦力を残すことになる。
「ソロモンの悪魔は一層強大になり、一方のイフリートも消えない──漁夫の利とはいかないってことだよね」
愛は言った。
このままでは最悪の結果になると、そういうことだ。
●作戦開始
でも、と愛は小さく言葉を添えた。
しかしながら現在の武蔵坂学園に、二つのダークネス組織と正面から戦うような力はない。
「だから、二つのダークネス組織の争いを上手く利用して、最善の結果を出せるよう、介入することになるよ」
そう言って、愛は灼滅者に三本の指を立ててみせた。
「介入のポイント──選択肢は大きく分けて、三つ」
まず一つ目は、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃すること。
この場合、鶴見岳を守るイフリート達と共に、軍勢を挟撃する形になるので、有利に戦うことが可能だ。
但し、別府温泉のイフリートを灼滅した灼滅者も、イフリートにとっては憎むべき敵である為、イフリートと戦場で出会ってしまうと、三つ巴の戦いになってしまう。
「ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させることができれば、イフリート達は私達との連戦を避けて、鶴見岳から脱出していくと思うよ」
愛はそう言うと、続けて、この鶴見岳の軍勢が壊滅となれば、ソロモンの悪魔に力を奪われることは阻止できるとも言い添えた。
次に二つ目、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲すること。
司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定される。普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦う機会にもなるだろう。
ただ、鶴見岳の軍勢の壊滅に成功すれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、此処に居る面々と無理に戦う必要はない。
司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまうのだ。
「でもね、鶴見岳の力の一部を奪われたとしても、多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることはできる、とも取れると思うの」
だから、どちらが良いということはないだろう、と愛は告げた。
三つ目は、イフリートの脱出を阻止して灼滅することだ。
これは、ソロモンの悪魔の軍勢、或いはソロモンの悪魔一派ではなく、イフリートへ眼を向けるという形になる。
鶴見岳から敗走したイフリートが、各地で事件を起こすだろうことは想像に難くない。その事件を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事になるはずだ。
「イフリート達は、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているから、千載一遇のチャンスともいえるかもね」
そう思えば、この機会は捨て難い。
愛は以上のことを告げると灼滅者の眼を見返した。
「自分の意志を見つけるのも大事。だけど、武蔵坂学園全体としてどう動くのかを考えるのも大事になるよ」
繰り返しだが、現在の武蔵坂学園に、二つのダークネス組織と正面から戦うような力はない。
動き方によっては、何の阻止も出来ず、最悪の結果を招くこともあり得るのだ。
その部分も踏まえて、どうすることが最善なのか──それを考えて欲しいと愛は言った。
「ダークネス同士の大規模戦闘に介入する危険な作戦だけど、皆なら大丈夫だって信じてる。皆、いってらっしゃい!」
参加者 | |
---|---|
両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319) |
薫凪・燐音(涼影・d00343) |
東当・悟(紅蓮の翼・d00662) |
水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750) |
ジュジュ・ジッフェ(灰冠・d01464) |
千条・サイ(戦花火と京の空・d02467) |
梓潼・鷹次(旋天鷹翼・d03605) |
望月・みとわ(花揺らす碧風・d04269) |
落陽に照らされた樹々は、盛る焔を思わす紅の色。一刻の後、雪の音すら呑み込む、深海のような闇が降る。
平生ならば、奥へ進めば進むほど寒さが増すのであろう鶴見岳の風は、寧ろ次第に熱を増していた。東当・悟(紅蓮の翼・d00662)は地面の斑雪へ目を向ける。樹々からは雨粒のように滴る霧氷の雫。これは恐らく、炎獣達の痕だろう。
望月・みとわ(花揺らす碧風・d04269)は、雫が頭に落ち、ふるりとかぶりを振った霊犬のクゥに口許を緩めた。けれど彼女の耳に獣の咆哮が響けば、その表情にも緊張が奔る。
両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)は茂みの影から向こうを一瞥、それから霊犬のお藤と視線を絡ませた。
「始まったみたいだな」
「せやね、覚えのある匂いがするわ」
焦土の匂いが鼻許を過り、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は口角を上げる。彼の双眸がきらりと輝くのを認め、ジュジュ・ジッフェ(灰冠・d01464)は蜂蜜色の瞳を見開いた。どうやら、彼はこの状況を愉しんでいるらしい。
ともあれ警戒が功を奏したのか、戦の渦中へ不用意に身を投げずに済んだのだ。後は炎獣と悪魔の軍勢達の消耗を待つだけ──そう考えた所で「おっ?」と梓潼・鷹次(旋天鷹翼・d03605)が懐疑の声を響かせた。傍らの水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)もまた、戦場へ眼を向けたまま首肯を返す。
「音が変わったわね」
「人の声も聞こえます。他の班が動き出したのかな?」
「……そうだね」
ジュジュがゆるりと傾げる隣、薫凪・燐音(涼影・d00343)は掲げていた双眼鏡を降ろした。光を反射しないよう、翳されていた彼女の掌が握られる。
両方の消耗を狙うなら突入はまだ先のことだ、この状況では少なくとも炎獣達の消耗は見込めない。
けれど──。
「私達も行こう」
燐音は言い、傍らの皆を見回した。
先に闘い始めた仲間を危機に晒す訳にはいかない。ましてや失う羽目になれば、何れ程の後悔を覚えることか。そんな後悔はしたくない。
「うん、行こう! ボクもその方がいいと思う」
「んじゃ、びしっと決めて片付けますかね、と」
みとわは肯い、連絡用の携帯電話を仕舞い込んだ。鷹次も身を翻し、気合い十分に眦を上げる。
「決まりやな」
彼らを見遣った、悟の口許が綻んだ。
そうと決まれば動きは疾い。茂みの影から逸足、彼らは一斉に戦渦へ飛び込んだ。泥と化した雪土が跳ね、生温い空気が頬を滑る。
悟の掌が耳許のイヤホンマイクに添えられた。念の為、何時でも連絡を取る構えは取ったが、死線を前に通話をするゆとりは恐らくない。
(「花ちゃん先輩、絶対勝てや。俺も──」)
その、決意の強さを模すように、悟は掌を強く握り締めた。
先ず、式夜の動きは誰より疾かった。
樒の枝葉で織り成された槍がゆるりと軌跡を描けば、途端、音を遮断する障壁が式夜達の周囲を覆う。
サウンドシャッターを展開すると同時、式夜は無尽蔵に溢れる殺気を侍らせた。
ジュジュは、三つ巴にならないように、と心で繰り返しながら戦況を見回す。彼女の視界の端に、式夜の領域に呑まれゆく強化一般人の姿が映った。
軍勢の後背に上手く廻り込んだジュジュ達が、真っ先に対峙したのは強化一般人の群れだった。
炎獣側に気を取られていた彼らにとって、背後からの攻撃は寝耳に水。狼狽え不為く隙を逃さず、燐音の狙い済まされた神風が無頼漢然の男を切り伏せる。
無論、攻撃はこれだけでは終わらない。
「撃ち抜け、蒼雷っ!」
──Blitz Urteils!
鏡花が三日月を象った槍を構え、一声と共に追撃を放った。
圧縮されても尚迸る魔力は雷の如く、真直ぐの軌跡を描いた鏡花の矢は、容赦なく軍勢の一片を穿つ。
「Teidän lopussa」
解除コードが紡ぐみとわの手許では、陣を成すように編まれる光と風。それが漸くして弓の形を成すと、みとわは癒しと狙いの恩恵を孕んだ支援の矢を射った。
恩恵を受けたのは鷹次だ。彼は軍勢らの拳を躱して一転、一足で飛び退くと、七彩の十字架を宙に描いた。十字架から放たれた無数の光芒が、軍勢兵の躯を抉り抜く。
悟は閃光の合間を駆け抜け、浮浪者姿の男に飛び掛かった。数度の応酬、その末に悟の拳が空を切れば、ここぞとばかりに男の拳が振り上がる。
しかし、拳が振り下ろされることは終ぞなかった。
隙だらけの躯を貫く、サイのデッドブラスター。ジュジュから授けられた闇の恩恵が重なれば一層、暗き想念は男の命を呑み込んでいく。
狙い通りと、悟とサイは眼を見交わして一笑。やがて悟は踵を返すと、勢いそのままに傍らの軍勢兵へ螺穿槍を叩き込んだ。
「お藤!」
式夜の一声に応えるように、お藤の体躯が跳ねる。そうして軍勢兵の拳を躱したお藤の足許を、クゥが放った銭が駆け抜けた。
前線を駈けるサイ達の一撃に、添い重なるみとわの矢。一方、燐音が軍勢の挙動を丁寧に見据え、着実に彼らを撃ち落とす。
その皆に、自分に、がんばれ、がんばれ、と声援を捧ぐように、ジュジュの小さな掌が癒しを孕む夜霧を紡いだ。
傷が癒えゆく躯を捻り、鏡花は銀の柄を旋回。鮮やかな円弧を描き、最期の兵の拳を往なす。同時に足先を払い、兵を地面へ転がした彼女は、蒼煌めく槍の切先を差し向けた。
「そう簡単に思い通りにはさせたりしないわよ」
楽して利を得ようなど、甘い。
冷静な双眸に一瞬の苛立ちが過った刹那、無慈悲に放たれた矢が爆ぜ、兵の躯を破砕した。
闇は刻々と深まり、漆黒に呑まれ始めた樹々が不安げな啼き声を響かせる。
燐音は、軍勢らは決して賢くはない群れなのだと、確認するように独りごちた。有象無象とはまさしく、数は有れど統率が取れた動きとはお世辞にも言えない。
(「状況を判断して命令をするために、ソロモンの悪魔の本陣があったのかも」)
そして今、この状況で新たな指示の片鱗が見えないということは、本陣に乗り込んだ仲間達が上手くやったのだと、そういうことだ。
考えを巡らせながら、鷹次達の後を追う燐音の視界を、乾き切った焦土が燻らせる。焦臭さは炎獣の残り香と言えようか。けれど慎重に歩を進める鷹次の耳に、獣の咆哮は聞こえなかった。
その代わりに、砂塵に浮かぶ異形の影。
──デモノイドか、と。
呟く鷹次の眼に映ったそれは、元は人で在ったものとさえ呼ぶのも憚られる程、人たる片鱗が消え失せていた。
蒼の筋に覆われた獣のような顔、やや前屈みな躯に短い足、異様に膨れ上がった腕。腕に巻き付いた蒼の筋は鋭く尖り、刃の形を成している。躯に取り付けられた金具は何かの装置だろうか。
堂々戦場を闊歩する二体のデモノイドは此方に一瞥もくれない。成る程軍勢兵と見紛っているのだと、気付くや否や、サイは飛ぶが如く駆け抜けた。
奔り、奔り、高く跳ね上がるサイ。本能的に傷深いデモノイドを見分けた彼は、にいと口端を緩め、目一杯の気を溜め込んだ掌を掲げた。
思い切り、拳を叩き込む。
円弧の衝撃が瞬く間に広がり、足許の砂塵を巻き上げた。みしりと軋む骨の音、しかし渾身の一打はデモノイドの刃に阻まれ、傷を負わせるには至らない。
笑みを深めるも悔しげに見据え、サイは続け様、顔面目掛けて蹴りを一打。デモノイドがぐらりと揺らいだ刹那を逃さず、式夜が巨体の死角に回り込む。
一方、鷹次はもう一体のデモノイドの拳を真っ向から受け止めた。守護の恩恵を受けながら、それでも痛烈な傷みを伴う一撃に、思わず彼の眉根が寄る。
「っく、なかなかやるよなぁ……」
「ああ、こっちも空振りだな」
飛び退いた式夜と鷹次が、擦れ違い様に視線を交わした。
けれど言葉とは裏腹に、ふたりの眼は輝きを失ってはいなかった。
ダークネスに匹敵すると聞いていたのだ、格上で在ることは元より承知。それでも戦場に赴き、対峙することを選んだのは他ならぬ自分達。
「っま、俺さんも負けん」
鷹次の手許で繰られた影が鷹を模し、デモノイドを絡めとろうと駆け抜ける。次いで、鷹を追うように駈けたのは悟だ。気を溜めた掌を掲げ、悟はその懐に飛び込んだ。
鏡花は靡く銀髪を指先で払うと、彼らに合わせ、マジックミサイルを撃ち放つ。次にはもう、この矢はデモノイドを掠めもしないだろう。これより命中面で劣る妖冷弾がデモノイドを射抜けるか如何か。
もう少し、動きを止められるものが有れば、或いは。
しかし今更考えた所で自分達が保持した能力は変わらない。燐音は瞼を落とし、静かに息を吸い込むと、やがて再び開いた双眸でデモノイドを見据えた。彼女の眼前で啼き声を上げる樹枝の雷。ともすれば轟雷たるそれを丁寧に編み上げ、燐音は今、一直線に奔らせる。
──当たれ!!
最短距離を駈けた疾雷が、平生以上の勢いを以て、盛大に爆ぜた。
デモノイドの右肩が完膚なきまでに消し飛び、悲鳴にも似た咆哮が響く。
好機は訪れた。ジュジュは急ぎ闇を展開すると、それを癒しの力に変え、傷を負った仲間に注ぐ。
「回復はわたしがする、よ」
だから行って、と。
ジュジュの声援を受け、サイに悟、二匹の霊犬が跳ねた。
視線を交わすと同時に宙を舞い、クゥとお藤の軌跡が交差する。加えて、間髪入れずに攻勢の構えを取ったのは主たるみとわと式夜だった。
「悪魔の悪巧みを阻止するのが、ボクたち魔法使いの本望さ」
みとわが微笑み、幾度となく紡いできた癒しの矢を式夜に射る。
式夜が織り成す妖の氷柱が翔る、翔る。それは行く先を標す矢のお陰で、正確にデモノイドの芯を貫いた。
ぐずりと溶け崩れたデモノイドを認め、式夜は掌を握る。その時、両角、と名前呼ばれて彼は後ろを振り返った。
其処には緩やかな笑みを浮かべ、掌を掲げるみとわの姿。
その姿に肯い、口端を緩めた式夜の掌が、彼女の掌に重なった。
疾うに陽が落ちた闇の中、悟達の息遣いが耳に響く。ジュジュは彼らの背を見詰めながら、掌をぎゅっと握り締めた。
(「……こんなに早く出会うなんて、ちょっと思わなかったの」)
自身の想定よりも随分と早く訪れた宿敵との邂逅。今のジュジュの、素直な気持ちを告げるなら、少しばかり自信は足りなかった。
けれど、平生ならば花の様な言葉を紡ぐ彼女の唇が、硬く引き結ばれていく。
不安は顔にも声にも出さず、ジュジュは硝子煌めく足を鳴らした。確りと地面を踏み締め、ジュジュは幾度目ともしれない癒しの契約を捧ぐ。
デモノイドは残り一体。けれど、先程よりも余力を残した一体だ。
サイと悟の目線が重なった。一方此方の状況と言えば、二匹の霊犬は後方に下がり、前衛に残ったのは彼らふたりと鷹次だけ。幾ら癒しが注ごうとも躯に刻まれた裂傷は消え切らず、躯の傷みは確かな限界を告げている。
然りとて、生憎と怯むような性質でもなかった。
口許を緩めさえしたふたりの足が力強く地面を蹴った。無論、諦める気など毛頭ないのは鏡花も同じ。彼女は妖の氷柱を作り上げ、ふたりの背から狙いを定める。
「貫け、氷楔っ!」
──Keil Eises!
鏡花が放った渾身の一撃は、デモノイドの躯を貫いた。当たった、と息を吐いたのも束の間、ゆらりと揺れた巨体が鏡花に向く。
来る。
鏡花の直感が反射的に護りの構えを作らせた。三日月を眼前に掲げられ、鏡花の足裏に力が籠る。
しかし、彼女の躯を伝う筈の衝撃はなかった。
代わりに衝撃が巻き起こす旋風が、鏡花の頬を撫でていく。次に感じたのは鼻許を過る鉄臭さ。目の前に現れた背を見詰め、鏡花の瞼が揺れる。
鏡花の前に立ったのは、鷹次だった。
彼の姿を認めた燐音が、直ぐにデモノイドの気を引くべく一筋のオーラを撃ち放った。みとわが紡ぐ癒しが、彼の許に降り注ぐ。
「俺さんガード、なんてな?」
そう呟く、鷹次の足許で血溜まりが揺れた。傷みを耐えるように暫し沈黙、やがて彼は鏡花の方を振り返る。
「ちっとはかっこよかったかね?」
それは、まるで何時も通りの口振りだった。鏡花の双眸が細められ、形の良い眉が寄る。
「何、無理してるのよ」
ぽつりと唇から言葉が零れた途端、平生の調子を取り戻したらしい、鏡花から溜め息が零れ落ちた。
「私よりも体力残ってないでしょ。大人しく私に守られておきなさい」
鏡花は女神の名を冠した槍を一振り、やがて再び魔法の矢を宙に繰る。
一方、鷹次は彼女らしいとも思える一言に口端を緩めた。その口許から吐き出された血塊が、焦土に澱んだ染みを付けた。
癒しを施した所で、躯に刻まれた傷はこれ以上癒えはしないだろう。
鷹次は軋む躯に表情を歪めながら、両足を踏み締めて姿勢を正す。その足許から徐々に滲み、零れ始めるのは夜色に染まる深い影。
「さぁ夜鷹が悪魔の魂も攫って行くぜ?」
彼は笑った。
影に象られた鷹が、両翼を目一杯に広げ、デモノイドを覆い尽くす。幾度と振り切られてきた影は、しかし今、確かにデモノイドを捉えた。
それは漸く、みとわが施し続けてきた癒しに伴う、狙いの恩恵が確かな効果を見せ始めた証だった。
よし、とみとわが掌を握る。
彼女に肯いを返したジュジュは、同時に躯を巡った傷みに眉を潜めた。自身の癒しを後回しにしてきたジュジュの躯には、初めの闘いの傷がまだ如実に残っている。けれど彼女は傷みを我慢して微笑み、再び硝子に包まれた足先を鳴らした。
あと少し。
あと少しで、誰も倒れることなく終えられる。
後方から戦況を観察していた燐音は、此の時、躊躇なく前へ躍り出た。デモノイドが振り上げた拳を前に、一か八か手にしたロッドを振り回す。その瞬間、燐音の眼前で衝撃の塊が爆ぜた。
「さ、終わらせるか」
式夜の声を聞き、お藤が顔を上げる。淡蒼の双眸で確りと主を見詰めるお藤に肯い、式夜は軽やかに地面を蹴った。
行こう、と。
式夜の駈け声に合わせて跳ねるお藤と、デモノイドの死角へと忍び込む式夜。彼らの軌跡がデモノイドの足を裂き、嘆きのような咆哮が響く。
サイは無茶苦茶に振り回されるデモノイドの拳を躱し、ふと腰元の鞘に手を触れた。仕舞われたままの解体衝動に触れ、眼を閉じ、また開く。
「今度は負けへんで!」
サイは掌に気を溜め込むと、その拳をデモノイドへ叩き込んだ。
衝撃が、爆ぜる。
頬を滑る衝撃波を感じながら、悟もまた飛び跳ねた。
元は、どんな人間だったのだろうか。
デモノイドを見据えた悟の脳裏をふとそんな疑問が過る。サラリーマンか、浮浪者か、或いは一介の主婦だったのか。
唯解るのは、もう決して、元には戻らないということ。
「倒すしか開放する道無いんやったら、一刻もはよ還したるで」
掌に宿した閃光には目一杯の悔しさを込めて、悟は拳を叩き込む。
最期に一声、響き渡った人に非ざるものの咆哮が、まるで慟哭のように響き渡った。
作者:小藤みわ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月5日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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