鶴見岳の激突 ~乱麻のごとく~

    作者:矢野梓

    「鶴見岳では手ェかけたみてーで悪かったな」
     おかげさんでイフリートの守備は上々だった――水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は開口一番、居並ぶ灼滅者達に頭を下げた。
    「ま、あれっからも鶴見岳の調査も進めてってんだがよ……いや、進めていっているのですが」
     地そのままの口調に気がついたのか、慎也少年は慌てて口元を引き締める。コホンと小さく咳払いして愛用の手帳を広げた。どうやら件の地では事態が急激な展開を見せているらしい。
    「ぶっちゃけていえば、ズバリ横槍……ですね」
     イフリートの画策が失敗に終わったのは学園では周知の事実。だがそれをどうかぎつけたものか、ソロモンの悪魔の軍勢もまた鶴見岳に集結しているのだという。どうやら鶴見岳に集合している敗残のイフリート達を一気に攻めようとしているらしいのだ。
    「つまり、ダークネス同士の勢力争い?」
     灼滅者の1人がさっと手を挙げた。慎也は何とも微妙な頷きをそれに返す。
    「それはまだ何とも。ただソロモンの悪魔が狙っているのはイフリートが集めた『力』ってぇのはまちげぇねぇってことらし…………いです」
     ソロモンの悪魔の目的が何なのかそれはエクスブレイン達の分析をもってしても未だ謎。だが彼らの目的が清廉にして純粋なものであるとは誰もが思っていないだろう。
    「ほっといたら鶴見岳のイフリートは敗北。集めた『力』を半ば献上する形になってケツまく……いや逃亡する形になるでしょうし……」
     その辺りがどうも単なる勢力争いとは思えない点の1つだと、慎也少年は考え込むような風情を見せる。確かに敗北したイフリートが包囲網を突破して逃げるのを見逃すのであれば目的は種の殲滅ではない。となれば逃亡するイフリートもかなりの手勢を残すことになるだろうし、ソロモンの悪魔は新たな力を得ることになる。まあ何はともあれソロモンの悪魔が何かをたくらんでいるのであればそれを阻止するのは灼滅者たるものの役目というわけで。
    「ソロモンの奴らは『デモノイド』――ダークネスに匹敵する強化人間を使ってきます」
     その点からみても彼らが本気であることは容易に知れよう。だとすればこちらも本気になって戦わねばならないことは自明の理。現時点で武蔵坂学園は2方面作戦を敷くだけの力はない。つまりイフリートとソロモンの悪魔を同時に相手取ることはまず無理である。となれば問題はいつどのようにして事態への介入をこころみるかであるのだが……。

    「選択肢は大別すれば3つ」
     慎也少年はチョークを取ると、小気味よいスピードで文字を連ねる。小学生にしては実に達者な字で難しいことをさらりと示す。

     1、イフリートとソロモンの悪魔が対決している最中に、ソロモンの悪魔の背後を急襲する。
     2、鶴見岳のふもとに展開されているだろうソロモンの悪魔の司令部を急襲する。
     3、敗残の身となったイフリートの脱出を阻止し、イフリートを灼滅する。

     1の場合はイフリートの思惑はともかく、事実上彼らとソロモンの悪魔を挟撃することになる。ソロモンの悪魔を退治し、『力』を奪われるのを防ぐという意味では現実的な作戦だ。だが万が一にも戦場でイフリートとあいまみえる形になってしまえば、泥沼の三つ巴戦になってしまうことだろう。彼らにしてみれば共闘する気など欠片もないわけだから。
    「だけどソロモンの悪魔を倒した時点でイフリートは撤退を決め込むだろ……でしょう」
     この間の戦いの記憶はまだ生々しいはず。目の前に湧き出てくれば当然ソロモンの悪魔と同様敵とみなされるであろうけれども、ソロモンの悪魔との対戦後ならば体力的にも連戦を避けようとする可能性の方が高い。
    「そこで第2なんだが……」
     確かに司令部を襲うのは諸悪の根源を断つことにはなるだろう。だがここにはソロモンの悪魔が多数存在することになるので、戦力は相当なものだ。それにたとえ司令部を壊したとしても鶴見岳の戦いでソロモンの悪魔側が勝利を収めれば、『力』は確実に奪われてしまう。もちろん司令部を壊せればソロモンの悪魔の勢力を弱体化させることはできるわけだが。
    「そうなると第3の場合は……」
     灼滅者の1人が眉を寄せた。慎也少年は静かに頷く。この場合も『力』がソロモンの悪魔に奪われることは同じ。だがここでイフリートを殲滅させておけば少なくとも残存勢力がよそへ流れて事件を起こすことは確実に防ぐことができる。強さを誇る炎の獣といえどソロモンの悪魔勢と一戦を交えた直後ならば疲労も相当なものといえる。
    「3つのうちどれを取るかは、お前ェさん……いえ、皆さん方で話し合ってください」
     それぞれに意味があり、それぞれに重要なことだと慎也少年は告げる。ただどれを取るにしても相当の覚悟と戦闘力が不可欠であることは間違いない。

    「そう言う訳だから……」
     まずは方針の決定、その後戦闘にかかわる作戦準備。なかなかに忙しいことになりそうである。いわばダークネス同士の大規模戦闘にちょっかいをかけることになるのだ。だがそれをやり遂げてこその進歩、成長という言い方もできる。
    「現場に行けばかなり臨機応変ということになるだろうけれど……」
     1つよろしく頼む――慎也は教壇を降りると、ぺこりと頭を下げた。いざ決戦の鶴見岳。ここからさきは何が起こるか、エクスブレインにも判らない。頼れるのは灼滅者達の実力と、そして幸運だけなのだから――。


    参加者
    藤井・花火(迷子マイスター・d00342)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499)
    烏丸・織絵(オブシダンクロウ・d03318)
    神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)
    竹端・怜示(あいにそまりし・d04631)
    白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)
    射干玉・夜空(中学生シャドウハンター・d06211)

    ■リプレイ

    ●鶴見岳へ 
     別府市内から見上げれば鶴見岳は雄大そのもの。晴れた日ならば青空にトロイデ式の山容はそれは美しく映えるという。だが今、灼滅者達が見ているそこには所々松明のように赤く不吉な色が揺れている。それがイフリート達の炎に所以すると理解できるのは、武蔵坂学園からこの地にやってきた灼滅者達のみ。けれどもその彼らでさえ、現在進行しつつあるこの事態の全容を知ってはいないのだ。
    「イフリートが片付いたと思ったら新手か……」
     ちょっとは休憩させてほしいもんだ――高く茂ったミヤマキリシマの陰に身を潜めつつ、神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)が呟くと、迫水・優志(秋霜烈日・d01249)も巧みに気配を殺しながら頷き返す。遥か前方からは冷たい風に乗って微かな血の匂い。時折焼け焦げたような匂いが混じるのは、この先に焔に灼かれたものがある証左。すでにイフリートとソロモンの悪魔勢との戦いが始まっている事を示唆している。
    「ダークネス同士でも仲良く出来ないんだ……」
     戦いの気配を濃厚に感じながら、藤井・花火(迷子マイスター・d00342)も押し殺すように息をつく。同じくダークネスと呼ばれる者同士でありながら、イフリートとソロモンの悪魔は間違いなく敵同士。それを思うと花火の心には悲しみに似た何かがよぎる。
    「そういう概念はないんでしょうね」
     烏丸・織絵(オブシダンクロウ・d03318)も微かに首を横に振った。イフリートは眷属やらご当地怪人やらを屠って力を得、そのイフリートが武蔵坂勢力に弱体化を強いられたとみるや今度はソロモンの悪魔がつけ込みにかかる。一体彼らの中には秩序や序列といったものが存在するのかしないのか。
    「連中も、お互い潰し合うだけなら放置でいいんだけどな」
     月雲・悠一(ブレイズオブヴァンガード・d02499)は足音を消して前進した。数歩足を進めるだけで炎の匂いは更に強く、草の踏み荒らされる音が聞こえ始める。両者の戦闘はどうやら一歩も引かずといった具合であるらしい。うまく漁夫の利を得るにしても、余程の立回りを求められるに違いない。
    「『力』とやらが悪魔に渡ると、厄介な事になりそうだ」
     悠一は全霊で前方の様子を探りながらもひとりごちた。
    「……」
     白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)も黙って肯う。イフリート達が全国から集めたという『力』。それを狙うソロモンの悪魔。渡してはいけない――彼女の脳裏に渦巻くのはただその一言。ダークネスの企みが人に利を齎すことだけは絶対にないのだから。
    「気になる事は多いけど……」
     竹端・怜示(あいにそまりし・d04631)の呟きがマスクの下でくぐもる。だが仲間達は彼の思いを正確に聞き取っていた。まずはできる事をきちんとこなさないと――射干玉・夜空(中学生シャドウハンター・d06211)がぐっと親指を立てて応えた。彼らがすべきはソロモンの悪魔勢の灼滅。何はさておき、彼らに『力』を渡す事だけは避けねばならないのだから。

    ●乱麻の如く
     乱れた麻の様に――2つの渦がぶつかり合う戦場はまさにそんな比喩がぴったりだった。岩陰や木陰に身を潜めているだけで、びりびりとした空気が灼滅者達の肌をさす。そっと双眼鏡で花火が双眼鏡窺えば炎を吹く赤い獣と刃のように研ぎ澄まされた腕を持つ青い異形、その周辺を護るかの如き人の影。
    「あれが……デモノイド?」
     花火の声がかすかに震えた。
    「強化人間というよりは……異形ね」
     雪姫も軽く眉根を寄せている。周辺に群がっているのはいかにもその筋の者ですといった程度の人型であるのに、あの青いものは既に人の形すら保てていないような。
    「怪力で、武器なし」
     雄介が声を潜めると、優志と織絵も頷いた。イフリートとの戦いぶりから察するに恐らくは気魄系のクラッシャー。成る程確かに正面切って戦いを挑むのは無謀の域に属するであろう。
    「……」
     悠一の手がぐっと握られる。イフリートの放つ火焔の奔流を見据えていた黒い瞳には怒りの炎が踊っていた。
    (「ファイアブラッドとして目の前の宿敵を見逃したい筈はないだろうに……」)
     怜示はそんな彼の手をぽんと叩いた。ことは今回だけでは終らない。宿敵と再びまみえる時はきっと来る。思いがどこまで伝わったかは判らない。だが怜示を見返した悠一の目に先程までのぎらつきはなく、烈々と燃える青い炎のような静けさがあった。

    「この手に戻れ、灼滅の力」
     灼滅者の戦いは優志のこの一言から始まった。封印を解除する言葉が次々と起こったその時、まず振り返ったのはヤクザやらごろつきといった強化人間達だった。
    「よう、お熱い逢瀬を邪魔しに来たぞ」
     赤いコートがふわりと風を孕む。不敵な笑みを金の瞳にまで宿らせて織絵が微笑んで見せれば、男達の頭には簡単に血が上る。全く単純な事だと最前線に飛び出した雄介は手の甲の盾を思い切りヤクザの男に振り下ろす。真っ赤な顔が怒りに青ざめる様はまったくの見ものだった
    「回復は任せた」
     優志も自らの位置を中衛と決めるや否や、その手の内に聖なる光を宿らせて。悪しきものには罰を善なるものには救いを。故にその名はJudgment――審判。名の意味を改めて確認しつつ、雪姫も自らの仕事へと。メディックとして織絵と共にチームの命運を担う身。まずは最前線の者達へ小さき光の盾を飛ばして。
     狙うのはあのヤクザ者。悠一の狙いもまた正確を極め、更なる怒りをかけに盾を振り下ろす。見得を切るが如くの派手な動きに、強化人間達はますますヒートアップしたようだ。体力はそこそこにあるようだけれども、これだけ単純に立ち向かってきてくれるならば迎え撃つ側としても頭を使う必要はまるでない。
    「くくく、掛かったな。ソロモンの悪魔達めー。イフリート連合の罠にようこそだよ。……だぜ」
     花火はバベルの鎖の力をその瞳に宿した。予言者の瞳と呼ばれる技とは対照的に口上は極めて悪役めいていたのだけれど。いきり立った男達は今や完全に灼滅者達を敵と認識してくれたようだ。
    「青いのは赤いのに釘づけです、ね」
     織絵の唇に僅かに笑みが刻まれた。ライドキャリバーのトール弐式には突撃を命じ、自らは炎の力を秘めた弾丸を大量にヤクザ男に浴びせかけ……。蜂の巣状態の男がふらふらと態勢を崩すのをしり目に、怜示は三者三様、乱麻の如くに乱れきった戦場に聖なる十字を降臨させた。無数の光は面白いように男達をつらぬいていく。やられっぱなしのヤクザ男をかばうような素振を見せていた者達もこれを前にしては手の施しようもない。
    「倒される以外、道はないよね」
     夜空の肩に乗ったバスターライフルが無音の咆哮をあげた。金の月かともまごう光線は鋭く薄い刃のように確実に男達を薙ぎ払う。男達の叫喚が戦場に響いた。それは苛烈にして熾烈を極めるだろう、この戦いの幕開けに過ぎなかったのだけれども。

    ●向かう者を蹴散らして
     花火の小さな体からは想像もできない膂力がヤクザ男の上に落ちかかる。本物の羅刹もかくやと思わせるその一撃に最初の強化人間が沈んだのは当然の成り行きだった。無論、彼らとて決死の抵抗と反撃を試みてはいたのだ。だが灼滅者達、殊に前衛陣の防御態勢はソロモンの悪魔を念頭に置いたもの、防御者―――ガーディアンとして迎え撃てば強化人間のナイフや刀も至上の脅威とはなりえない。トール弐式にあっさりと攻撃を受け止められた第2の男に、悠一のハンマー【軻遇突智】が大きな弧を描いた。ぶんと空気を切る音と骨が折れる音がつづけて起る。再び織絵の連弾を浴びれば第2の男の命も風前のともし火。
    「悪いが『力』とやらをお前らにくれてやる訳には行かないんでな」
     裁きの輝きは神々しくも恐ろしく、男の体を灼き、優志の頬を照らす。いきり立った男は人の声とも思えぬ叫びをあげて、優志にナイフを振りかざした。
    「おっと、そっちは攻撃させないぜ?」
     だがせっかくの反撃もあっさりと雄介に割って入られ、ナイフはむなしく宙を舞って大地に刺さった。
    「やれやれ……」
     小さな呟きと共に夜空はナイフを引き抜いた。ふわりと放り投げれば銀の刃がきらりと光りをはね返す。返せとばかりに男の手が伸びた。だがその手が掴んだものは己の終焉――夜空が放つ光の円盤はまるで意志あるもののように男の手を切落とし、周辺の者達の胴に横一文字の傷を穿った。

     赤い逆十字の元にあるいは魔法の光線の下に、1人、また1人と強化人間達は姿を消してゆく。それに合せるかのように灼滅者達はデモノイド対イフリートの戦場へと近づいていった。
    『!!』
     10人は下らなかった強化人間達も最早僅か。半ば自棄になった男のナイフが悠一の二の腕に深い傷を穿つ。だがもう彼はその傷を癒す事さえせず――傷口から湧き上がる紅蓮の炎に、ナイフの男が狂者のような叫びをあげた。
    「炎の勢いは戦意の高さ……お前らなんぞに、負けてやるもんかよ!」
     悠一の宣言に、男の慄きはますます深く。雪姫は僅かに目を伏せた。眩いばかりの光が小さな輪となって悠一の盾と化す。前衛陣の全てに光の加護が行き渡ったのを確かめると、雪姫が零した言葉はただ一言。
    「……哀れね」
     それは倒されるべき者への手向け。同時に殲滅の態勢が整った事の合図でもあった。血の色に輝く逆十字、聖なる光を放つ正統の十字。相反する2つのクロスの間を優志の弾丸は只管に黒く。残された強化人間達の運命は推して知るべし――。

    ●悪しく、哀しきデモノイド
     改めてデモノイドを攻撃範囲に収めた灼滅者達。刃と化した腕がイフリートの捻れた角に跳ね返り、獣の咆哮が聞く者の耳をつんざく。真紅の火焔がデモノイドの青い体を焼くと異様な匂いが戦場に立ち込めた。
    「ソロモンの悪魔……そのものじゃないよね」
     念を押すような夜空の言葉に一同は頷く。どう見ても力と体力にものを言わせて戦うタイプ。彼らの知るソロモンの悪魔のイメージとはまるで重なる所がない。
    「間違いなく2体ともがデモノイドなんだろうな」
     雄介は手の甲の盾をひとなでする。デモノイドがイフリートへ殴りかかったその瞬間、雄介の足が大地を蹴った。思いもかけない打撃を受けたデモノイドはゆっくりと灼滅者達を振り返る。人とも獣ともつかない顔に浮んだ表情は果して驚きだったのか、意外の念だったのか。怒りに満ちた唸り声はだがすぐに打ち消された。他ならぬ雪姫の催眠を誘う歌声によって。
    「……いい声だな」
     優志の表情が僅かに和らぐ。刹那、聖なる光がデモノイドの額を貫いた。再び上がる異様な叫び。無秩序に振り回される腕に前衛陣は散開し、悠一が敵の隙に滑り込むようにその盾を打ち下ろす。
    「……意志が伴わなきゃ、それは只の改悪だよ」
     哀しげに呟いて、織絵は生み出した大量の弾丸に火焔の気をこめた。続いて花火は魔法の矢を空に生む。弾と矢と、左右2つの飛び道具に狙われたデモノイドに逃げる道はない。ぐらりと揺れたその巨体に、今度はイフリート達が快哉の叫び声をあげた。敵の不幸は我が幸福といわんばかりの喜びようは、やはり人にはない浅ましさ。
    (「……不浄の儀式で得た力を、振るわせる訳にはいかないな」)
     怜示は戦いの間にずれたマスクを直す。覆われた唇がどんな形をしていた者か、それは仲間達にすら判らない。だが彼の放つ十字架の輝きからはどんな情けもそして容赦も感じ取ることは不可能だった。
    「エネルギー、フルチャージ……」
     ライフルから放たれる光線は魔法使いの力に満ちて。幾つもの以上に新たにプレッシャーまでかけようというその一撃は、
    「シュゥゥゥトォッ!」
     高く澄んだ声と共にデモノイドの分厚い皮膚を突き抜けていった。デモノイドとイフリートの視線が宙を泳いだ。共にいきなり2種になった敵のどちらを攻撃するべきか、判断に迷ってでもいたのだろうか。一瞬のち2体のイフリートの火焔がデモノイドの片割れを包み、傷だらけのデモノイドの方はその拳を花火その人へと向けた。巨大な巌が砕かれたかと錯覚する程の衝撃音に2人のメディックの血の気が引いた。
    「「頼む!」」
     ぴたりと揃った雄介と悠一の叫びに、雪姫ははっと我に返った。2つの盾が殴りかかりに行くその後ろで、天使の歌声が花火を救う。魔法の杖に縋って立ち上がった花火はお返しとばかりに目一杯の力で青い皮膚を打ち据える。流れ込む魔法の力にデモノイドの体が揺れた。
    「回復は苦手なんだ。痛かったらごめんな」
     織絵は謝るが、花火にとっては天の助け。彼女達がいてくれる限り、自分達はまだ間攻撃に専念できる。優志もこくりと頷くと、自らの心の奥底に眠る暗き念を引き出して――漆黒の弾丸が形を成していくのと、怜示の結界が張られるのはほぼ同時。それを視界の端にとらえた夜空は後衛から前へと駆け抜けた。弾丸と競うが如きの疾走の果て、影を宿したバスターライフルが引き出したものはデモノイドのトラウマ。初めて怯みらしきものを見せたデモノイド。灼滅者とイフリートの攻撃が一気に集中したのは言うまでもない。繰り返される攻撃の果てにデモノイドは音を立てて膝をついた。と思う間もなくその巨大が崩れ落ち、とけた蝋のように形を失ってゆく。
    「所詮は……」
     操り人形か――怜示の呟きはマスクの下に途切れた。それを哀れと思うかさだめと思うかは見るもの次第。少なくとも今の灼滅者達に同情の念はありえない。イフリート達の攻撃が残った片割れに切り替えられる。どうやら灼滅者達が攻撃を仕掛けない限り、その矛先がこちらに向く事はないようだ。ならば……雄介が思案を巡らしたその時、デモノイドの刃の腕がその胴を薙いだ。防御にたけたものであっても十分に重いその一撃。だがその一瞬後には指輪の呪いが敵に振りかかっていた。
    「……安心しろ、お仲間が大勢先にいってるぜ」
     痛みを堪えて見据える瞳には金の色。震えもせずに告げる言葉は死の国への道しるべ。優志の左手が流れるような動作で護符の束をひらつかせると、悠一も火の神の名を冠したハンマーに唸りをつけて――。大きくのけぞった所へ花火のミサイルと織絵の弾丸とが襲いかかる。デモノイドの喉から何とも言えない声が上がった。イフリートの側からも金属的な叫びが山の大気を震わせる。
    (「イフリートもソロモンの悪魔も何が目的なんだろう……」)
     雪姫は両者を交互に見つめた。この戦いが終れば何かがまた始まるというのだろうか。だが今の所その問いに答えてくれるものはない。
    「デモノイドが……」
     夜空の緊迫した声に灼滅者達は身構える。デモノイドの攻撃の向く先に全ての神経を傾けて……赤い獣の咆哮が響き渡った。灼滅者達の顔に喜色が蘇る。
    「♪♪♪~」
     雪姫の癒しの歌が喜びを勇気に変えた。ことここに至れば回復に割く力も何もかも、あれに叩きつける事ができるのだ。雄介と悠一はその盾をもって、花火はその杖をもって三方から攻めかかる。イフリートの攻撃も加わった事を確かめて、優志は毒の弾丸を生み、怜示は聖なる十字架を高々と。大地に背中をしたたかに打ちつけたデモノイドにトール弐式は思うさま突撃し、その後を追うように織絵は炎の力を込めた弾丸を雨の如くにばら撒いて。
     一巡、そしてもう一巡。息の上がり始めた灼滅者とイフリートの挟撃に止む時はない。さしものデモノイドもこうなってはなす術もなかったのだろう。夜空のバスターライフルにその名の如きぬばたまの影が宿った。
    「さあ……」
     ちらりと促すように彼女は雪姫を見つめると、前へと駆けた。黒いトラウマが禍々しくも形を表すと、雪姫は静かに息を吸った。紡がれるメロディは今はもう癒しのそれではなく――デモノイドを完全に無の世界へと送り出した。

     デモノイドという敵が消えた、その後の事は灼滅者達にも多く語る事ができない。イフリート達はまるで何事もなかったかのように踵を返し森の奥へ消えていった。花火が箒の飛行を試みるも、その行く先をつかむ事はできなかった。
    「せめて方向位は……」
     優志も悠一も息をついたが、深い森では深追いになりかねない。この先事態がどのように動くのか、それはまだ未来という名の物語――。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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