鶴見岳の激突~魔と炎の争乱に介入せよ

    作者:泰月

    ●悪魔の足音
    「まずはみんなに報告。みんなの活躍で、日本各地で事件を起こしたイフリート達はほとんど灼滅。事件は解決だよ、ありがとう」
     教室に集まった灼滅者達に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が笑顔を見せる。
    「そしてこのチャンスに鶴見岳の調査と、原因解決の準備をしていたんだけど……想定外の事態になっちゃってるんだ」
     が、すぐにその表情は変わることとなった。
    「鶴見岳周辺に、ソロモンの悪魔の軍勢が現れたんだよ!」
     軍勢と呼べる程の数が、集結していると言う。その標的は、灼滅者の行動により戦力を減らしたイフリートであろう。他のダークネス勢力にとっても、今は機会というわけだ。
    「ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めた力。横取りして、自分たちの目的に使うつもりだよ」
     ソロモンの悪魔たちの目的が邪悪なものあろう事は想像に難くない。
    「敵の軍勢には、ダークネスに匹敵する力を持つまでに強化された一般人の姿もあるみたい。ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれてて、敵の主力だよ」
     ダークネスの軍勢に加えて、未知の強敵。
    「みんながこの戦いに介入しない場合、ソロモンの悪魔が勝利して、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっちゃうよ。負けたイフリートは姿を消すけど、ソロモンの悪魔は力を奪えさえすれば、逃げるイフリートはほとんど追わないんだ」
     つまり、だ。
     ソロモンの悪魔は強大な力を得て、イフリートは敗走こそするものの戦力的には大きな減少はない。
     学園が介入しない場合、そのような最悪のパターンになるのである。
    「でもね。2つのダークネス組織と正面から戦うような力は、今はまだ学園にはないの。だから、ソロモンの悪魔とイフリートの戦いを利用しつつ、そこに介入して欲しいの」
     2つのダークネス組織の争いを利用しつつ戦いに介入。最悪の結果を避け、より良い結果を手繰り寄せる。
     それが、今回の目的である。

    ●分岐点
    「これから、ソロモンの悪魔とイフリートの戦いにどう介入するか、について説明するね」
     まりんが手元のノートのページを捲る。
    「介入のポイントは3つだよ」
     1つ。
     鶴見岳に攻め入るソロモンの悪魔の軍勢の背後を突く。この場合、鶴見岳にいるイフリートを利用した挟撃の形になるので、有利な戦いに持ち込めるだろう。但し、イフリートにとっては灼滅者も敵である。散々企みを邪魔してくれた憎むべき相手だ。戦場でイフリートに見つかれば三つ巴の戦いになるだろう。
    「この軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来るのは勿論、イフリートも連戦は避けて鶴見岳から離れていくよ。そして、次の選択肢はね」
     2つ。
     鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を襲撃。司令部と言うだけあって、多数のソロモンの悪魔がおり、戦力は高いと予想される。
    「普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになるかもしれないよ」
     ただ、鶴見岳の軍勢を壊滅する作戦が成功すれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、無理に戦う必要があるとは言えない。逆に司令部を壊滅させても、鶴見岳でソロモンの悪魔の軍勢が勝利すれば、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
    「ソロモンの悪魔を多く倒せれば、組織を弱体化させることができる筈。だからどちらが良いっていうのはないと思うよ。この選択肢については以上だよ」
     3つ。
     敗走するイフリートの脱出を阻止し討つ。敗走したイフリートがいずれ各地で事件を起こすであろう事は、予知をするまでもない。そんな事件を未然に防ぐ、という意味ではイフリートの脱出阻止も重要な仕事と言える。
    「敗走するイフリートは、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているから、一気に倒すチャンスと言えるかも知れないね」
     介入の選択肢は以上の3つ。
    「どの立場から介入するのか、決めるのはみんなだよ」
     いずれを選ぶにせよ、灼滅者の介入の仕方によって状況も未来も変わる。
    「今までにも強敵と戦ってきたみんなだけど、ダークネス同士の大規模戦闘に介入するのは今まで以上に危険な作戦になると思う。……でも、みんなならきっと大丈夫だよ」
     まりんは灼滅者達を見送る。
     その双眸に信頼の色を浮かべて。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    皇・なのは(へっぽこ・d03947)
    ベアトリクス・ベルンシュタイン(希望の灯は消さない・d08544)
    神羅・月兎(月に祈る・d09365)
    三野・久太郎(立ち続けるために・d12942)
    竹尾・登(小学生ストリートファイター・d13258)

    ■リプレイ

    ●手負いの獣
     大分県は鶴見岳で起きた2つのダークネス同士の激突。
     この場にいる8人は、その激突から逃走するイフリートを倒すことを選んだ者だ。
     目を凝らして見れば、遠目にも山頂から降りて来る多数の赤い影が目に付いた。
    「――殲具解放」
     手にしていた地図をしまい、ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が封印を解除する言葉を呟く。
    「降りてきてる赤いのがイフリートっすね。方向は間違ってないみたいっすよ」
    「kyrie eleison」
     ギィの言葉に頷いて、海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)が口ずさむのは鎮魂歌。2人に続いて、他の灼滅者達もそれぞれの封印を解除していく。
    「あわわ、ダークネス同士の抗争って大規模でおっかないんすね……!」
     大規模な抗争と聞いてはいたが、実際に降りて来るイフリートの数に三野・久太郎(立ち続けるために・d12942)は僅かに戦慄を覚える。ダークネス同士の大規模な衝突に介入するのは武蔵坂学園でも初めての事だ。規模に驚くのも無理はない。
    「予想よりも数が多いみたいですわね」
     だが、ベアトリクス・ベルンシュタイン(希望の灯は消さない・d08544)がその数に微かに眉をひそめる。
     ダークネスは基本的に1体でも灼滅者数人に匹敵する存在だ。だからこそ、手負いの獣と油断することなく、確実に倒せるようにと1体のイフリート狙う方針なのだが。
     遠目に見る限りでは小さな群れを成しているのがほとんど。単体と思われる赤は少ない。
    「厳しいですが灼滅しなければなりませんわね」
     想定と違うとは言え、何もせずに帰るつもりなど誰にもない。まずは挑んで見てからだ。
    「裏仕事だが、後から厄介になりそうな悪害を見過ごすわけにはいかない。さあ、ミッション開始だ……!」
     神羅・月兎(月に祈る・d09365)の言葉を合図にイフリートの捜索に動き始める8人。
     そしてすぐに、2つめの想定外に直面した。時刻だ。
     既に日が沈みかけ空が暗くなり始めている。しかし、照明になるのはベアトリクスが持っているランプのみだった。
     このランプのおかげで完全な暗闇になることはなく、大きな影響が出ることはなかったが、照明になる物を持っている他にも者がいればなお良かったであろう。
     戦場が屋外になる場合で戦闘に突入する時間外が不明確なら、照明はあって損するものではない。
    「イフリートなら寒空の下でも暖かいのかなー」
     想定外が続く中でも、皇・なのは(へっぽこ・d03947)は寒さを気にする程度の余裕を見せていた。イフリートがその身に纏う炎に暖かさを感じているかどうかは定かではないが、寒さをものともしていないのは確かだろう。
     それはイフリートに限った事ではなかったりする。
    「初任務でいきなり大事件か、緊張するなあ」
     なのはの少し前を歩く竹尾・登(小学生ストリートファイター・d13258)は、思わず口にしてしまうくらい緊張を隠しきれずにいた。しかし、その出で立ちは半袖だ。九州で温泉地に近いと言ってもまだ冬だ。寒さはあるのだが、いつでも半袖な彼は今日も半袖だった。
     多少暗さに苦労しつつ、捜索は問題なく続く。数の多い群れとは遭遇する前に離れてやり過ごし、ついに灼滅者達が見つけたのは、はぐれらしい一体のみのイフリート。
    「あれはどうだ?」
     見える範囲で周囲に他のイフリートの姿はない。
     絶好の標的だ。顔を見合わせ頷き合う8人。
    「ふん、逃げたい奴は放っておけばいいと思うのだがな。これも仕事か、仕方が無い」
     小さく息をついて。どこか不服そうな言葉とは裏腹に、リーグレット・ブランディーバ(紅蓮獅子・d07050)は真っ先にイフリートの前に飛び出し、その進路を塞いだ。
    「炎の化身との戦い、楽しませてもらうとするか」
     前を塞がれ、唸り声を上げて立ち止まるイフリートを、リーグレットは自信に満ちた目で見据える。

    ●迫る炎
    「さあ皆、気を引き締めていくっすよ」
     鍔のあるべき場所に闇色の石の嵌った特徴的かつ巨大な刃を構え、ギィが自らにかけるは絶対不敗の暗示。
     これが初めての任務のメンバーもいる。全員無事で帰る為に力を尽くすのも自分の役目と、心の内に決意を秘めて。攻めを焦らず、まずは己を強化する。
    「にははっ、イフリートって強いんだよね?」
     強敵との戦いに、なのはの心は躍る。とは言え、油断大敵。動きに隙は見せない。
    「君は私を楽しませてくれるかなっ?」
     するりとイフリートの顎下に潜り込み、闘気を変えた雷を宿した拳を真下から叩き込む。
    「さぁて、獣との真剣勝負……猟犬としちゃぁ負けらんねぇ!」
     なのはの拳にイフリートの頭が揺らいだ所を、眞白の放った魔法光線が後方から撃ち抜いた。猟犬の腕の見せ所だ。
    「悪いが逃がすわけにはいかないのでな……!」
     2人に続く、月兎の周囲に撒かれた符。五芒星を描いたそれが築く攻勢防壁がイフリートの足を打ち据える。
    「グルルァッ!」
    「ふ、貴様の攻撃は全て受けきってみせよう」
     イフリートが炎を纏った腕を振り上げる。敵の攻撃を察し、前に出るリーグレット。常なら火力で捩じ伏せる戦い方を好む彼女だが、今日の役目は庇い手としての全体の支援だ。
     炎にも怯む事なくイフリートの攻撃を受け止める。その体に炎が燃え移るが、ベアトリクスが招いた浄化をもたらす風が吹き、傷を癒しすぐに炎を消してゆく。
     風に続いて広がるは、包んだ者を癒しその姿を敵から虚ろにする夜霧。イフリートの前に立つ灼滅者達を包み込む。
    「っつぅ……」
     霧を展開した久太郎の胸の傷跡が僅かに熱を帯びた気がした。そんな苦痛と恐怖は堪え、押し殺して隠す。自分が、仲間が立ち続けるために。
    「オレだって。やってやるぜ!」
     登が手の甲から広がる障壁を更に拡大し、同列の仲間達に展開する。
    「オレはこういうスリルをを求めてここに来たんだ」
     スリルと向き合うことが、誰かの役に立つのなら尚更だ。今の自分に出来る事を。緊張などしてる場合ではない。
     経験が不足している事は登自身が良く判っている。だからこそ、今の自分に出来る事を。緊張などしてる場合ではない。
    「さぁ、どんどん行くっすよ!」
     ギィの振るう刃がイフリートの横腹に叩き込まれる。
     彼の身長ほどもある刃から繰り出される、戦艦すら断ち切り粉砕せんばかりの勢いを持つ一撃は、8人の中でも頭一つ飛び出た攻撃力を持つ。衝撃音が響き、さしものイフリートでも苦悶の声を上げる。
     敵の攻撃も繰り出されるが、リーグレットと登の2人がほとんどを食い止める。庇い手の2人を支えるのは、ベアトリクスと久太郎の癒しの力。
     灼滅者の負傷は抑えられ、イフリートの体力は確実に削れていく。戦いは灼滅者に優勢に進んでいた。
     しかし、複数が入り乱れる戦場では状況は変わり続ける。
     常に望むままに1体の敵と戦い続けられるとは限らない。
    「グルァァァァ!」
     突如聞こえてきたイフリートの咆哮。同時に生まれた炎の奔流が前に立つ灼滅者達を一気に飲み込む。
     しかし、8人の目の前にいるイフリートは苦悶の声を上げるのみで、攻撃をした様子はない。では、どこから?
    「向こうに新手ですわ!」
     気づいたベアトリクスが指で示したその先に、1体のイフリートの姿があった。
     誰かが小さく舌を打つ。ここは戦場から敗走するイフリートが通ると、彼ら自身が予測した地域ではなかったか。
     だが現実に、敵の増援は誰も予想していなかったことである。目の前の敵に集中した結果、接近を許してしまっていた。
     1体ずつの連戦をするつもりはあったが、2体を相手にする時にどう戦うか。そのプランは彼らにはない。
     8対1のまま決着がつくかに思われた戦いは、8対2の戦いへと様相を変えた。

    ●それぞれの覚悟
     予想外の事態ではあるが、問題はこれからどう戦うか、その1点のみだ。
     決めていた撤退ラインは3体以上を相手にする場合であり、それに当てはまらない。誰一人、逃げる意志はなかった。
    「簡単には退却はしませんですわ」
     そうでしょう? とベアトリクスは優しい風を呼び、仲間達の炎を払っていく。
     逃げる意志がないであれば、とり得る選択肢はそう多くないのだ。
    「攻撃担当が集中攻撃で仕留める。この算段、変えずに行くっすよ。まずこっちから!」
     迷いごと焼き斬るかのように、黒い炎をまとわせた刃で、ギィが最初から相手にしていたイフリートへ斬りつける。灼滅者の攻撃を受け続けたイフリートは、かなり疲弊している筈だ。
    「一撃の重み、とくと味わうが良いんだよ!」
     集中攻撃で、最初に相手にしていたイフリートから倒す。ギィの意図を察し、なのはも槍を振るう。放つは螺旋の捻りを加えた一突き。元より一杯の敵と戦いたい気持ちもあったのだ。なのはがひるむことはない。
    「そうだな。守るだけが能ではない。攻めさせてもらうぞ!」
     ギィとほぼ同時。新手のイフリートの前に駆け出したリーグレットが、その手に広がる障壁でイフリートの横面を殴りつけた。敵の怒りを掻き立て、攻撃を自身に引き寄せるための布石の一撃。
     仲間への攻撃はなるべく庇って引き受ける。敵が増えたところで、彼女の覚悟は変わらず、変える必要もなかった。
    「登、いけるな。抑え続けるぞ」
    「わかった!」
     経験が不足している事は登自身が良く判っていた。リーグレットが動きと言葉で示した判断に素直に頷き、障壁の一部を仲間へと施す。
     誰かの判断に従うと決めることは、個々の判断を求められる場面であればマイナスに働くこともあるだろう。しかし、今この場に於いてはむしろプラスであった。
    「……手負いの獣は油断してるとこっちが食われる。判ってたつもりだったが、な」
     油断をしていたわけではないにせよ、予測の不足していたのは事実。だが、反省は後回しだ。眞白が向かうのは2体のイフリートの間。
    「いい位置だ……そこ動くんじゃねぇぞぉ……!」
     そのままバスターライフルを縦横に振り回し、撃った反動を利用し、2体の獣の間を猟犬は舞いながら駆け抜ける。
    「炎には正攻法で氷かな? ……いくぞ!」
     月兎の槍の穂先に集う冷たい妖気。
    (「無事に帰ってバレンタインチョコが欲しい!」)
     彼が胸中に抱いていたのはそんな想像。しかし月兎の士気はむしろ敵が増える前よりも高いのだから、何ら問題はない。
     その欲求が後押ししたか、形を持った妖気は氷の牙となり、抜群の鋭さでイフリートを穿ちその身の一部を凍らせる。
    「俺らに出来る事、一生懸命するしかないっす」
     一人ひとりが出来る事を。敵が増えても久太郎が出来ること、すべきことは変わらない。
     仲間の盾にならんと立つ2人を支えるために、恐怖を押し殺し、暖かな癒しの光を仲間へと降らせ傷を癒していく。
     8人と2匹の戦いは長くは続かなかった。
    「この連撃が避けられるかな? よそ見してたら餌食になるよ!」
     なのはの両の拳にオーラが収束し、イフリートの凍った胴体に連打が叩き込まれる。
    「紫明の光芒に虚無と消えよ……ッ! バスタービームッ、発射ェーッ!」
     ぐらり、よろけた所を眞白の放った魔法光線に貫かれ、まさに虚無へと消滅していくイフリート。
     同じ頃には、灼滅者も登が倒れ、リーグレットが意志の力で限界を超えて立ち上がった状態だった。両者共に追い込みをかけているが、癒し手の2人がほぼダメージのないままでいる灼滅者の方が有利だ。
    「これで後1体。でも、気を抜かないでくださいよ」
     黒い炎の変わりに鮮血の如く緋色を刃に纏わせて、ギィが斬り付ける。
     新手で現れたイフリートは、残り1体になっても逃げる素振りは見せなかった。炎の奔流で灼滅者を包み、噴出させた炎を纏った爪牙を振るう。
     一度倒れかけてなお、少しでも攻め手の仲間達が攻撃に専念出来るようリーグレットは敵の前に立ちはだかり、彼女を始め仲間達をベアトリクスの操る淡い緑の護符が、久太郎の癒しの光が支える。
     残る4人も攻めることでそれに応えた。ギィが巨大な刃を叩き付け、なのはが拳を叩き込み、眞白が歌声を響かせ、月兎がつららを放つ。
     最初から2体のイフリートと戦っていたら、こうは行かなかったかも知れない。時間差で2体になった事で、各個撃破に近い形に出来たのが幸いした。
     遂に限界を超えた先の限界を迎え、ゆっくり倒れるリーグレット。
    「全員で帰るって決めてるんっす。そろそろ終りにしましょうや!」
     その横を走り抜けて、ギィは駆けた。駆けて、駆け抜けて、黒い炎を纏った刃をイフリートの体に叩き込み、そのまま振り抜く。
    「グッ……グガァ……」
     イフリートの四肢から力が抜け、地に倒れる。2体目のイフリートも消滅していった。

    ●炎消えて
    「楽しかったぜ。安らかに眠れよ……」
    「ん、やっぱり強いのは良いね」
     眞白が鎮魂歌を口ずさむ横で、なのはが頷いて満足気な笑みを浮かべる。
    「これで……ミッションコンプリート……だろうか?」
    「周囲に敵はいないようですわ。この場は、私達の勝ちですわね」
     月兎の言葉に答える形で、ベアトリクスが警戒を解いて僅かに気を緩める。
     今は全体の結果を知るすべはない。しかし、彼女の言葉の通り、この場の戦いは間違いなく灼滅者の勝利だ。
     実は、撤退を阻止出来た、と言える程のイフリートを討ち取れていなかったと彼らが知るのはもう少し後の事になる。
     山頂の戦いではイフリートの戦力は消耗していなかったのだ。それに対し、撤退阻止に集まった戦力は数の面で不足していた。どちらかでも違っていれば、異なる結果になったかもしれない。
    「……さすがは炎の化身、と言う事か」
    「あれ? オレ……?」
     倒れていたリーグレットと登が目を覚ました。
    「あ、良かった! 2人とも目を覚ましたんすね」
     ややふらつきながらも立ち上がる2人に、安堵の表情を見せる久太郎。
    「これ以上は厳しいっすね。帰りやしょう」
     ギィの判断に異を唱えた者はいなかった。庇い手に立ち続けた2人の消耗は大きく、無傷な者もいない。
     もしこの状態でまた2体以上のイフリートと戦えば、最悪の結果もあり得るだろう。
     イフリート2体を灼滅したのは十分な戦果だ。後の憂いを少しでも減らす、その意図は達したと言えるだろう。
    「倒れちゃってゴメン。オレ、もっと強くなるから。強くなってみんなを守れるようになるから!」
     己の経験不足と非力を詫びる登だが、庇い手としての役目は充分に果たしていた。彼自身が思うほど周りは彼を力不足と思っていないだろう。
     それぞれの思いを胸に、8人は帰路につく。
    「あ!」
     山を背に歩き始めてしばし。突然、月兎が声を上げた。何事かと集まる視線は、曖昧な答えで誤魔化す。
    (「良く考えたらチョコレートをくれる人がいないのでは……?」)
     そんな重大な現実に気づいたなんて、言える筈がなかった。

    作者:泰月 重傷:リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050) 竹尾・登(ムートアントグンター・d13258) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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