鶴見岳の激突~幻魔の戦場

    「別府温泉の鶴見岳から出現し、日本各地で事件を起こしたイフリート達は君達の奮闘の甲斐もあり、その大多数を灼滅、我々武蔵坂学園の勝利という形に収まった。これは誇るべき大勝利といって差し支えないだろう。大儀であった」
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)は灼滅者達を見渡し、だが、と言葉を付け加えた。
    「この結果を受け、鶴見岳の調査、事件の原因を探るべく準備を進めていたところ思わぬ横槍が入ってしまった。……ソロモンの悪魔、奴らの率いる軍勢が今、鶴見岳に集結しようとしている」
     ソロモンの悪魔の目的は、イフリート達が集めていた力を横取りする事。灼滅者の活躍によって戦力の減衰したイフリート達を攻め滅ぼそうと準備を整えているのだ。
    「ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならない程強化された一般人の姿も見受けられる。ソロモンの悪魔からは『デモノイド』と呼ばれている彼らはダークネスにすら匹敵する力を持っており、この軍勢の主力を務めているようだ」
     ダークネス同士の争いとして放置する事も1つの選択肢だろう。だがそうした場合、まず間違いなくソロモンの悪魔の勝利に終わり、さらなる力を得て強力な勢力となるはずだ。
     あくまで目的はイフリートの蓄えていた力であるから、逃走するイフリートとまで戦う理由はない。イフリート達も敗北を悟ればすぐにでも逃げ出し、姿をくらますだろう。
     これを放置すればソロモンの悪魔は強大な力を得て、イフリート勢力の主力もさほど痛手を負わずに逃げおおせてしまう。つまり、最悪の結果だ。 
    「現在の武蔵坂学園が、2つのダークネス組織と正面から戦うのは事実上不可能だ。今は、奴らの争いを利用しつつ、最善の結果を導き出して欲しい。そう、この戦いに介入することによって、だ」
     
    「まずは第一の選択肢、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢に背後から奇襲をかける。これは鶴見岳を守るイフリート達と共にソロモンの悪魔を挟撃する形になるため、ソロモンの悪魔に対しては非常に有利に戦えるだろう……だが、イフリートと戦場で対面してしまった場合、もちろんイフリートにとって我々は憎むべき敵だ。どうなるかは説明するまでもないだろう」
     ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔が鶴見岳の力を得ることを防ぐことができる。
     またその場合も、イフリート達はさらなる戦いを避けて鶴見岳から逃走するはずだ。
     
    「第二の選択肢は、鶴見岳のふもとに位置する『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する事だ。ここにはソロモンの悪魔自身の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと想定される。さらにこちらで勝利したとしても、鶴見岳が制圧されてしまえば当初の目論見どおり、ソロモンの悪魔は鶴見岳の力の一部を得てしまう。無論多くのソロモンの悪魔を灼滅する事ができれば、結果として勢力は減衰するはずだ。どちらがよい、とは一概には言えぬな」
     鶴見岳の作戦さえ成功させればソロモンの悪魔は戦わずに撤退するため、無理に戦う必要はないだろう。
     
    「そして第三の選択肢。イフリートの脱出を阻止し、灼滅する事だ」
     鶴見岳から敗走したイフリートが各地で事件を起こすだろう事は想像に難くない。この選択肢は、それらの事件を未然に防ぐ事ができるだろう。
     イフリート達はソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、これは確実に叩く千載一遇のチャンスとも言える。
     
    「これまで着実に勝利を築き上げてきた諸君らだが、鶴見岳で起きているのは単一の事件ではなく、大規模な闘争だ。あらゆる事態に備え、そして必ず帰って来い。私は、この武蔵坂学園で君達の帰りを待っている」


    参加者
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566)
    大神・月吼(戦狼・d01320)
    明智・雄大(譲れぬもの・d01929)
    普・通(正義を探求する凡人・d02987)
    服部・あきゑ(赤鴉・d04191)
    大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)
    聖江・利亜(星帳・d06760)

    ■リプレイ

    ●奇襲――鶴見岳山頂付近
     ――グオオォォ!!!
     彼方から響く獣の咆哮。
    「逃げちゃ駄目だ……自分で決めた事なんだから……」
     スレイヤーカードを握り締め、普・通(正義を探求する凡人・d02987)が小さく呟く。
    「そんなに怖がること無いぜ? 見てみろよ、ほら」
     御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)が遠くに見える複数の人影を指す。そこに異形の姿はなく、どう見ても一般人にしか見えない。
     だが今現在、鶴見岳山頂付近、イフリートとソロモンの悪魔の軍勢が戦いを始めたここに、普通の人間がいるはずはない。あそこにいる人間はどれもソロモンの悪魔に魂を売った、そういう類の人間だ。
     主戦場であるこの場所には既に過半数を超える数百人の灼滅者達が潜み、雪春達と同じように虚を突くタイミングを見計らっている。
    「……騒がしくなってきましたのですね」
    「そろそろ時間だな……はじめるか」
     大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)と明智・雄大(譲れぬもの・d01929)が時計に目を落とす。最初の咆哮からおおよそ3分。頃合だろう、と互いに小さくうなずいた。
    「行くぜ利亜、遅れんじゃねーぞぉ!」
    「ええ、思いっきりやっちゃってください!」
     待ってました、とばかりに誰よりも早く殲術道具を構える服部・あきゑ(赤鴉・d04191)と聖江・利亜(星帳・d06760)が一歩前へと踏み出す。
    「お前達の好きにはさせないよ……絶対、食い止める!」
     東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566)の刃が虚空に十字を切った。
     ほぼ同時。一斉に灼滅者達から放たれる大量のサイキックが鶴見岳を白昼の如く照らす。
     男達の悲鳴。燃え盛る己の体を地面へと転がすもの。黒い影に半身を飲み込まれて尚、這い出そうと足掻くもの。胴を貫かれ、ただ立ち尽くすもの。奇襲によって与えた被害は甚大だが、さすがと言うべきか、ソロモンの悪魔に強化された人間がそう脆い筈は無かった。
    「……てェー……聞いてねえぞ、こんなの!」
    「クソが、頭パンチになっちまったど!」
    「パーマは元からだろ」
    「うるせェー!!」
     唾を吐き捨てながら、それぞれ得物を手にして灼滅者達を睨み付けるソロモンの悪魔の配下達。ナイフや木刀、メリケンサック。街であればただのチンピラに見えたかもしれない。
    「おどりゃあ! どこのどいつかは知らんが、覚悟せ……うがっ!?」
     騒いでいる古風なパンチパーマのチンピラの口を、影の鎖が覆った。
    「ギャーギャーうるせえんだよ……ったく、雑魚ばっかかよ」
     大神・月吼(戦狼・d01320)が小さく嘆く。
    「――ッ!!」
     ――バキッ。
     悶絶と共に、何かが砕ける音が聴こえた。
     
    ●殲滅――魂売りの末路
    「クソガキどもがッ!」
    「そこ動くなよッ!」
     激昂した男達が土埃を上げ、斜面を次から次へと一直線に駆け下りる。
    「……次から次へと、来るのはおじさまばかりですことね」
     乙女が神薙刃を放ち、男達の足元を地面ごと掬い上げた。
    「おじさま? おいおい、どう見てもオッサンだろ、オッサン」
     つまずき、斜面を転がる男を月吼の鎖が絡め取ってゆく。
    「ぬぐぐぐ……ガキがぁ……」
    「どけえい!!」
     陸に上がった魚の如くぴっちぴっちと跳ねるオッサンを蹴り飛ばし、新たなオッサンが飛び出す。短刀に両手を添えたオッサンは影の鎖をたどり、月吼に向けて短刀を突き出した。
     その時、雄大が短刀の前に立ち塞がり、素手で短刀を握る手を捕らえた。
    「ちぃっ……離さんか!」、
     雄大がもがくオッサンをぐいと引き寄せ、その目を直に睨み付けた。
    「……お前達、堅気のモンには到底見えないな」
    「それはお互い様じゃ!」 
     力を振り絞り、オッサンが雄大を振り払う。勢いがつきすぎたのかバランスを崩し、山肌に尻餅をついた。
    「……援護します!」
     短刀を握りなおそうとした手を通のオーラキャノンが弾く。
    「お、俺のドス……ッ!?」
     背後から、雪春がオッサンの喉笛を切り裂いた。
    「あー、弱くは無いんだけどさ、期待してたのとちょっと違うぜー」
     そうぼやきながら、返り血を避けるように身を翻す雪春。
     また1人、オッサンを殴り倒したあきゑが顔を上げた。
    「あまっちょろい事言ってんな。こんな雑魚でも悪魔に魂を売るような立派なクズだぜ?」
    「誰が雑魚だぁッ!」
     怒りに声を震わせ、あきゑへと飛び掛るオッサン。
    「決まってるじゃないですか……あなた方ですよ」
     利亜の言葉よりも一瞬速く抜き放たれた日本刀が、男の胴を斬り抜く。
     飛び掛った勢いのまま、地面へと前のめりに崩れ落ちる男。あきゑがそれを避けて横に小さく跳び退いた。
    「くそっ、冗談じゃねえ!」
     灼滅者達に背を向け、駆け出す男。しかし周りはどこも戦場であり、逃げ出す場所はどこにもない。男はただうろたえ、周囲をキョロキョロと見渡し、存在しない逃げ道を探すのみだった。
    「この一太刀で、終わらせる!」
     月明かりに、凪月の振り上げた無敵斬艦刀が映える。
    「待て、頼――」
     山肌をえぐる無敵斬艦刀。
     男の命乞いは、そこで途絶えた。

    ●終着点――行き止まり
    「これで、終わったのでしょうか」
     通が大きく息を吐き、肩を落とした。
    「……いや、まだのようだな」
     そう呟く雄大の視線の先。こちらへと駆けてくる男達の姿が見える。走りながらしきりに後方を振り返っているその姿から、前線から逃げ出してきたという事が容易に想像できた。
    「くそっ、どうしろってんだよ!」
    「こんなん聞いてねえぞ!」
     そう喚いていた男達はこちらの存在に気づき、その足を止めた。
    「誰かの狩り残しか……ま、しゃーねーな」
    「そんじゃ殴ってくるわ。……背中は、任せたぜ」
    「貴女の道を信じて進んでください。ご武運を!」
     あきゑが利亜の背をポンと叩き、月吼と共に駆け出す。
    「いってらっしゃーい」
     気だるそうに手を振る雪春。言うなれば見送りムード全開。
    「……というわけにはいかないですことよ」
    「うぇー……」
     後ろでにっこりと微笑む乙女を、雪春は心底嫌そうな顔で振り返った。
     乙女に背を押されながら、しぶしぶ雪春がナイフを取り出す。
     右往左往することしかできない男達が、意を決し、あきゑへと刃を向ける。
    「そこを、どけェー!!」
    「――っとぉ! 危ねーなぁ」
     あきゑが直前で飛び退いたがために、男の突き出した刃は虚しく空を切る。
    「ふんッ!」
     雄大によって男の短刀がかち上げられ、無防備にバランスを崩した。
     その瞬間にあきゑは地面を強く蹴り、一気に男へと間合いを詰める。
    「――ぁ……」
     男が目を見開き、自身の胸を見下ろす。
     深々と胸に突き刺さった千枚通し。そしてそれを握るあきゑの姿を交互に見やる。
    「……こんな……」
     ピッ、と血を払いながら千枚通しを抜き取るあきゑ。
     男は白目を剥き、膝からその場へと崩れ落ちた。
    「寄らば、斬ります!」
    「ヒィッ!!」
     日本刀が空を斬る音に続き、短い悲鳴が聞こえる。
     利亜の日本刀が刃先に僅かに血を纏い、男の鼻先からは血が宙を飛んだ。
     頭を抱え、後ろに崩れるように斬撃から逃れた男の前に凪月が立ち塞がる。
    「往生際が、悪い!」
     凪月の槍が脚を掠め、男が顔に土をつけた。
    「しっ……死にたくねえ!」
     顔を涙と鼻水、そして土でぐちゃぐちゃにしながら、男が両手をつき足を引きずって立ち上がる。
     痛みに耐え必死に顔を持ち上げたその先に、美しい白髪が煌く。
    「……残念、こっちは行き止まりだぜ?」
     雪春が意地悪く微笑んだ。

    ●灼滅者――足掻くモノ
     鶴見岳山頂付近。いつの間にか獣の咆哮も戦いの喧騒も静まり、本来の静寂を取り戻しつつあるようだった。
    「……勝ったのか」
     小さく呟く凪月。
     見渡しても視界に入るのはどう見ても堅気ではない男達の死体と、凪月達と同様に殲術道具を手にした灼滅者達の姿のみ。
     少なくとも山頂付近のソロモンの悪魔の軍勢は殲滅できたと見て取れる。息絶えたか、それとも逃げたのかは定かではないものの、イフリート達の姿も既に山頂付近には無い。
    「俺としては肩透かしを食らった気分だが、まあ勝ちには違いねえな」
     月吼が暴れ足りない、といった様子でため息をつき、大きく伸びをした。
    「……ソロモンの悪魔か、これだけの数の兵隊をよくも集めたものだ」
     まさに「死屍累々」と言うべき光景。雄大は表情を変えないまでも、無意識に力の込められた拳がギリギリと音を立てていた。
     通が1人、自らが止めを刺した男の前に立ち止まる。
     震える自分の手のひらを見下ろす視線にはどこか、嫌悪のようなものが混じっていた。
     吐き気のような不快感が腹のそこからこみ上げ、通は唇をきつく噛み締めた。
    「……どうして、僕は灼滅者なんだろう」
     ポツリと呟く通。
     救う術が無いほどダークネスに冒されているとはいえ、この戦場で散った命の殆どは人間だ。それを知った上で、自分は武器を取った。それが正しいのかどうか通にはわからない。
     唇を震わせる通の前に、雪春がひょっこりと飛び出し、通の顔をまじまじと覗き込む。
    「そんなもん、今更考えてどーすんだ?」
     利亜が日本刀に付いた血を拭い、鞘へと戻す。そして通へは視線を向けないまま、そっと口を開いた。
    「……足掻きを止めたら、ゆっくり闇へと堕ちるだけの話です」
    「ま、そうなりたくないなら戦うしか選択肢はねーって事だな。簡単だろ?」
     至極当たり前に言い放つあきゑ達に、通が目を見開き、そしてまた、視線を伏せた。
    「……辛いのでしたら、無理することはないですことよ」
     乙女が通の肩にそっと手をかけた。
    「そうだな、戦いを避ける事は不可能だが、他にも戦う相手はいる。乙女の言うとおり無理をする必要は無い」
    「……いえ」
     雄大の言葉に通が首を振り、顔を上げた。
    「僕が、自分で選んだ道。自分で決めたことですから。大丈夫。……大丈夫です」
     自身に言い聞かせるように繰り返す通。
     震えの止まぬ手を、ぎゅっと握り締めた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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