鶴見岳の激突~君は何れに戦うか

    作者:君島世界

     ……お集まりいただきありがとうございます。
     皆さんの働きのおかげで、この度の鶴見岳に眠る何者かを復活させようとする企みは阻止されました。日本各地で事件を起こしたイフリートたちは、その多くが灼滅され、大きく戦力を減らすこととなり、この件についてはひとまず解決となります。
     皆さん、よく戦ってくれました。エクスブレイン一同お礼を申し上げます。
     ――ですが。
     この後武蔵坂学園として、この事件の調査とその原因解決を行うべく準備を進めていたのですが、ここで想定外の事実が発覚いたしました。
     他ダークネス組織による、事件への積極干渉です。
     ヴァンパイアによる乱入事件をお聞きになった方もおられるでしょうが、前回の事件は他ダークネス組織のバベルの鎖による監視網に引っ掛かる規模のものでした。これに同じく反応したのは、『ソロモンの悪魔の一派』です。
     彼らが企んでいるのは、前回の事件で戦力を減らしたイフリートたちの排除、および集めた力の奪取です。『デモノイド』と呼ばれる、今までとは比較にならないほど強化された一般人を主力とした構成で、奪った力をその邪悪な目的のために用いることでしょう。
     私たち武蔵坂学園は、この件に介入します。
     この二つのダークネス組織の衝突を放置した場合の展開は、こちらの未来予知にアウトプットされています。すなわち、戦争としてはソロモンの悪魔の軍勢の勝利、彼らは『鶴見岳の力を得てさらに強大な勢力と』なります。敗北するイフリートたちも一点突破で鶴見岳を脱出して、どこかへと消えてしまいます。ソロモンの悪魔は、力を得るのが至上目的であり、正面から戦う必要はないと考えるのでしょう、ほとんど追撃をしませんので、イフリートたちも『現在の戦力を大部分残したまま』になります。
     以上、介入が無かった場合の結果は、最悪のものです。ただ、現時点の武蔵坂学園では、ソロモンの悪魔とイフリート双方を滅ぼすような二正面作戦を展開する戦力はありません。ですので、その上で最善な結果を引き出せるように、考えて介入を行っていただきたく思います。
     私たちには三つの選択肢があります。
     一つは、『デモノイド』を中心としたソロモンの悪魔の軍勢を背後から討ち、イフリートと形式上の挟撃を行ってソロモンの悪魔と戦うこと。
     一つは、鶴見岳のふもとにあるソロモンの悪魔の司令部を強襲し、可能ならば幹部クラスのダークネスと直接対決を狙うこと。
     最後の一つは、イフリートの一点突破による脱出を阻止し、灼滅する事。
     どれにもリスクリターンがありますが、口頭説明するには多少長くなりますので、詳細は別紙をご覧ください。
     皆さんは、原則としてこの教室にお集まりいただいたこの人数を一単位として動くことになります。話し合いを行い、出た結論をもってこの戦いに赴いていただきますよう、よろしくお願いいたします。
     
    「――以上が、今回の作戦の概要となります。イフリートとソロモンの悪魔、ダークネス同士の大規模戦闘への介入ですので、非常に危険なものであることは、皆さんにもご理解いただけたと思います。
     ただ送り出すだけのエクスブレインのこの身ですが、無事と御武運を、皆さんの帰り、戻る場所であるこの武蔵坂学園にて、お待ちしております……」
     君たち灼滅者をこの教室に召集した五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、そう言って深く深く頭を下げた。
     柔らかにしなる長髪に隠れ、その表情は見えない。


    参加者
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    風見・遥(眠り狼・d02698)
    夜空・大破(持たざるもの・d03552)
    川原・咲夜(ニアデビル・d04950)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    九条院・那月(暁光・d08299)
    鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)
    一色・朝恵(忘却まじりの橙・d10752)

    ■リプレイ

    ●漸近
    「――いやしかし、麓とはいえ山に来ると気分が上がってくるな! お兄さんはあの夕日に向かって叫びたい気分だよ! ヤ」
    「ッホーなんて叫んではいけませんよ。さて、潜伏は上手くいったようですし、ここからはさらに気をつけて進みましょう」
     鶴見岳のふもと、ロープウェイ駅の駅舎と、周囲にある建物群、それこそ彼らが目指すソロモンの悪魔の司令部本陣だ。小声で、しかし両手を添えて叫ぶ準備万端だった鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)の口を、物陰から先をうかがう夜空・大破(持たざるもの・d03552)が制すると、同じポーズをとっていたナノナノ『ふわまる』も真似っこでおとなしくなる。
     時刻はそろそろ17時を迎えようという頃。大破がのぞく先には、おそらくは哨戒中であろう、幾人かの強化一般人の姿があった。
    「ソロモンの悪魔……。デモノイドだかなんだか知りませんが、人の命を好き勝手に転がすお前らの企み、――捩じ曲げてやる」
     呟く川原・咲夜(ニアデビル・d04950)をはじめ、すでに全員がスレイヤーカードの封印を解除している。それぞれが殲術道具を手に、戦端の開くタイミングを待っていた。
    「そろそろ始まりか。今日もよろしく頼むな、俺にいろいろ果たさせてくれよ……?」
     愛刀の握りを確かめ、鯉口のぎりぎりにまではばきを遊ばせる風見・遥(眠り狼・d02698)。潜みつつ、しかし遥はもう既に刀を抜いているのだ。
     決戦の時は近い。ここはもう戦場なんだと、張り詰めた空気に全員が気を引き締めた。その緊張感からくる寒さに、一色・朝恵(忘却まじりの橙・d10752)は鼻先まで顔をマフラーにうずめるが、息で眼鏡が曇ってしまうのであわてて顔を引き出す。
     震える指先に、ナノナノ 『なー様』がその両手を合わせた。大丈夫、と朝恵は微笑んでなー様をぶんぶん振り回して、同時に決意する。
    「ちゃんと帰って、あったかくて美味しいもの、みんなで食べようね。腕によりをかけちゃうんだから!」
     それまでは、戦いに集中だ――。朝恵は、目を明けて前を見据える。
    「曰く、『凡そ客たるの道、深く入れば則ち専らにして主人克たず』……。わかってて死に物狂いかな、これは」
    「はっはっは、若者よ、どうしたんだい? お兄さんには言っている意味はわからないが、こういう時こそ平常心だ! 未来はきっと明るいぞ!」
     霊犬 『いぬ』を傍らに置きため息をつく九条院・那月(暁光・d08299)に、肩にふわまるを置いた祝人が声をかける。その表情は気楽で、これから戦いに向かおうという者の顔とは、よい意味で違っていた。
    「いや、まあ……俺も同じように思っていた所だ。油断せず、事を運んで行こう」
     苦笑する那月が返したその時、鶴見岳が地響きのような轟音に唸り始める。見上げればイフリートの煌毛が、山の中腹で横一直線を描くように踊り跳ねているのが見えた。
    「出番のようですね、では行きましょうか」
    「……行き、戦いましょう。……道は」
     大破の促しに、十七夜・奏(吊るし人・d00869)は両手にナイフを提げて、ふらりと物陰から姿を現す。
    「ッ!? お前、何者だ――グワッ!」
    「答えに通じているでしょうか」
     数メートル先に完全装備状態の奏が唐突に現れたのを見て、こちらを誰何する強化一般人。ナイフを後ろ手に、その隣を奏は吐息のように通り抜けていた。
    「敵襲! てきしゅ――うわああぁぁぁ!」
     夕闇に恐慌の声がこだまする。見ればそこかしこで散発的な戦闘が発生しており、その全てにおいて逃げ出していく強化一般人の気配があった。
     奇襲は成功したようだ。ここにいる灼滅者たちの参加戦力は少なく、しかしそれは気づかれずに本陣を発見し、攻撃を加える助けとなったのだ。
    「さて、あたしらの目標は幹部連中だけ。逃げるのなら追わないから、ちょっと道を空けなよ」
     咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)が振り上げ、地に轟音とともに突き立てたのは、黒い棺だ。持ち手の操作ともに、その外殻を剥いて中からガトリングガンが銃身を覗かせる。
     意外にも涼やかな音を立てて空を穿つ重金属連弾が、命中の如何に関わらず敵を散らばしていった。

    ●均衡
     彼ら八人が向かう駅舎の手前、そこに横たわる駐車場にて、遥が手にした日本刀を袈裟懸けに閃かせる。その反射的な切り落としは、ガギン、と音を立てて持ち主の利き腕を深く痺れさせた。
    「あっぶねー、最初っから厳しすぎだろー? なあ、そこのお前さんよ?」
     ただ一人、その攻撃に気づいていた遥は飄々と言ってのける。視線の先、物陰からこちらに掌を向けている男が言った。
    「――全く、私のように叩き上げでないデスクワーカーは、こういう時にうろたえる、我を失う」
     濃紺の帽子と制服風衣装に身を包んだその男は、備えた拡声器を口元にあてがうと、絶叫する。
    「配置につけッ! この場は私が指揮する! 役割を思い出し、義務を果たせ!」
    「了解しました、『署長』!」
     一瞬の内に、混乱していた強化一般人たちに統率が戻った。周囲を包囲され、身動きを止めた灼滅者たちにその男は言う。
    「知らん顔だね諸君は。さて私は……諸君が『学生』なら私は『署長』だ。私についてはそう記憶したまえよ」
    「ソロモンの悪魔か」
    「記憶して、……まあ、死にたまえ」
     那月の静かな声を消すように、『署長』の掌から再度マジックミサイルが発射された。今度は数を増し、多方向から襲いくるそれらは、しかし全て遥が叩き落す。
    「将は一、兵は……いや、そちらは包囲で手一杯だな。お前一人で、俺たちを止められると?」
    「殺すと言ったつもりだがね――ッ!」
     腕を組み、冷静に状況を判断した那月は、その姿勢のままで既に影業を伸ばしていた。跳ね上がった影は、咄嗟に避けた敵の帽子を跳ね上げるに留まるが、隙はできる。
    「――やれやれ、これは厳しい戦いになりそうです」
     上空、月を隠す大破の異形腕が夜をさらに暗くした。
    「味な真似を!」
     風を巻いて振り下ろされる鬼の拳を、『署長』は人間大の腕で打ち払おうとする。接触の瞬間に大破はその指を開き、打撃から刺突へと狙いをチェンジ、一瞬早くこちらの攻撃を届かせようとする、が。
    「だがそれは読めている!」
     直後双方とも、しかし大破の方が大きく弾かれあっていた。『署長』はインパクトの瞬間に上体を引き、大破の指先を叩き飛ばすことによって、てこの原理で攻勢を逸らしたのだ。
    「く……一筋縄ではいかない相手ですか。しかし、ここで簡単に負けていてはいられませんね」
     地を転がり、立ち上がる大破はもう一度敵を見やる。青く輝く敵の目は、憎しみをこめてこちらを睨み付けていた。
    「フッ、なかなかやりやがる……糞、他の奴等は何をしてやがンだ……?」
     あれほどの離れ業だ、『署長』にもダメージは残ったのだろう。身を折りながらもかろうじて立つ『署長』に、遥と奏の二人が駆け上がっていく。
    「おーい、どうしたー? 来ないならこっちから行くぜ?」
    「……その表情、渇望――何を? ……しかし、間に合うことはないでしょうが」
    「奏、俺から仕掛けるぜ! ――たああぁぁぁっ!」
     先行する遥は、視界にかかろうとする前髪を上に置き去るようにして、全力の一刀を振り下ろした。ぎらつく眼の残光を追うようにして、額を割られた『署長』の血が後方へと流れていく。
     その先に逃げ場はない。切り結びの刹那で『署長』の懐に潜り込んだ奏は、死神が肩を叩くような自然さで、刃先の抵抗ごとその臓腑を貫いた。
     一瞬の交錯。びくりと、一度痙攣した『署長』、血の泡を吹きながら唇を三日月にゆがませた。
    「……悪魔も、死の恐怖を感じるんですか? ……もしそうなら羨ましい」
     しかし、それは否と笑う。
    「クヒッ……、違う、違うよ諸君……。これで、形成、逆転――だなあァァ!」

    ●反転
     理不尽を語るなら、この出来事にて例えるのは妥当と言えよう。彼ら灼滅者らを包囲する兵が、その時に突如膨大となったのだから。
    「間に合ったか……。フウゥ、いくら自分で治せると言ってもハラワタはキツいのだよ――なあッ!」
     気合一拍、『署長』は周囲の灼滅者たちを猛烈な勢いの冷気で払い飛ばす。そうしてできた間隙は、すぐに新手の強化一般人がカバーしていった。
     気づけば包囲が遠巻きに監視しているだけのものから、こちらを圧迫するように網を狭めはじめるものへと変化していた。
    「ああ、そっちは片付いたのだな。君らはよい判断だ、そして諸君は、まあ今度こそ覚悟したまえ」
    「な、何よ、そっちって……」
     どこからともなく続々と現れる強化一般人に、『署長』は指示を飛ばし、新たな戦場を形成していく。その光景に冷たいものを感じながら、千尋は問うた。
    「アン? わからないのか? 彼らはね、諸君とは別の戦場を終え、それでもまだ私の手伝いに来る働き者たちだ」
    「別の戦場……まさか!?」
    「説明はおしまいだ。さあ、配置をまわせ! 役割を自覚しろ! 私の代わりに私を守り、私の代わりに私を叶えろ!」
     両腕を指揮者のように掲げ、命令を下した『署長』。彼を初めとした幹部クラスのソロモンの悪魔の存在、カリスマが強化一般人に与える大きい――もはや先ほどのように、悲鳴を上げて逃げ出すものはいないのだから。
    「させないっ!」
     千尋は彼女のライドキャリバーとともに疾走した。その直線距離を行く途中、こちらに向かって拳を突き出す強化一般人を、前に出たライドキャリバーが身代わりになって道を作り出す。
    「その血、その傷! 塞がる前に散らしてみせる!」
    「ハ! まさか、できまいよ!」
     赤いオーラをまとった千尋の手刀が敵を貫通し――だがそれは『署長』ではない。寸前、こちらの攻撃に割り込んできた強化一般人が、身代わりとなって受けたのだ。
    「ハハ、ハハハハ!」
     千尋の眼前に、死線を挟んで二つの笑みがある。どちらも悪意を顔に貼り付けたまま、一つは地に赤く崩れ落ち、もう一つは闇夜に青くあざ笑った。
    「ハァーッハッハッハッハ! アーッハハハハハハァ!」
    「ソロモンの悪魔! おまえはそうやって、人間の運命を――!」
     激昂を胸に秘めて、咲夜は言葉を吐き出す。目の当たりにする宿敵という存在が、彼の水面下の心を激しく乱していた。
    「ハ? 人間? 運命? 私の知る限りではその言葉、玩具に貼り付ける名札に等しいぞ若輩!」
    「――やはり、別格で嫌いですよ。貴様らのようなダークネスは!」
     歯軋りに表情を歪めた咲夜は、それでも冷涼に輝く指輪を真横に振り抜く。カバーリングをさせないよう迂回を狙ったその弾丸は、一足も動かない『署長』のこめかみにクリーンヒットした。
    「だが、いや、しかし! この弱気な部下共でも、束ねて率いてやればホレ、手足の如くよ!」
     弾丸の傷が癒され、少しずつ消えていく。『署長』本人の仕業ではなく、その後方、治癒を担当する別の強化一般人が操るサイキックの、弱いながらも確実な効果だ。
    「そのくらい――守るのだって、治すのだって! ワタシたちにもできるの!」
     叫び、正体のわからない悔しさに歯噛みし、それでも朝恵は矢を番えた。おなかの真ん中で、何かがじりじりと気持ち悪い鼓動を続けているのも、喉元から顎にかけてがびくびくと震えそうになるのも、今は我慢して抑えなければならない。
     そうでないと、ついさっき誓ったはずの願いが、なくなってしまうように思えたから。
     ――大丈夫、だいじょうぶだよ。後ろにはなー様だっていてくれる、守ってくれてるの。こんなのは絶対ピンチじゃないの。私たちはまだ戦える、だから。
    「笑わないで!」
     手下どもを狙い朝恵が打ち上げた数多の矢束と、それに垂直ですれ違う赤い座標指定の光弾。振り返ってみれば、見たくもなかった手遅れの光景が広がっていた。
     サーヴァントたちの氷像へ群がるように追加で展開される、敵の魔弾。

    ●暗転
     わずかな重みが、天秤を不可逆に傾ける。互角だったはずの戦いは、敵の増援に覆された。
     一人、また一人と、まさかこちらがそのようにして倒されるとは、何かの間違いではないだろうか。
    「ホラそこの君、そこで守りが手薄になっているぞ! よォく誘った、眼前の敵を遠慮なく撃ちたまえ!」
     それとも、何かを間違えたのだろうか。仲間を背負うはずの背中には、今はざらついたアスファルトが押し付けられている。
    「意識の無いのは放っておきたまえ! 戦闘中は品がない、それに――そういうのは後々のお楽しみだろう?」
     もはや己がサイキックを操ることもせず、『署長』が拡声器を手に指示を飛ばす姿がおぼろげに見えた。立とうとしてか、それとも向きを変えようとしてか、月に向かって伸ばした手はしかし誰かの悪意に捻り上げられ、激痛の内に吊るされる。
    「おや、そこの茶髪の君ィ? おかしいね、きっちり片をつけたと思っていたのだが」
    「ヘッ……ヘヘッ、お兄さんはね、この程度じゃあやられはしな……いッ!」
    「体の痛みには強いのだろうが、さて精神の方はどうか、私が試してやろう。希望の収穫祭だ!」
     祝人の腕を縛めていた強化一般人が、彼の身を突き放す。その時になってようやく、祝人は自分が二本の足で立てていることに気づいた。
    「4人! 諸君のうち意識も無く動けない人数だ! 背負って帰るか、置いて逃げるか? 私はどちらも許さない!」
     ――まだ、動ける。
    「18人! この場に来た我ら幹部の人数だ! 上にもう一人いらっしゃるが、あのお方の手を煩わせるまでもない!」
     ――意識は、かろうじて残っている。
    「100人! 彼ら手下の人数だ……ん、正確な数は不明? 倒されたのもいる? 誤差の勘定を許す!」
     ――そして、手は、ある。
    「……4人も18人も100人も、……もう、お兄さんには関係ないさ!
     聞こえているかい! 聞こえていてもいなくても、君たち若者に、未来を託そう!」
     祝人は言葉とともに、その腹を打ちぬかれた。薄れる意識は、しかしもう一度だけ、と現実にすがる。
     おぼろな瞳が開く。血に濡れた髪が逆立つ。腕に力が走る。
    「あ、ア」
     見開いた目は獣、髪は炎熱に揺らぎ、腕はもはや、人の形をしていない。
    「うわああああアアアア!」
     闇堕ちだ。産声のように祝人は、己のダークネスの力を持って叫喚を地上に呼び出した。
     直後、ワイパーに弾かれる雨粒のように、『署長』は祝人の振り回す炎剣によって両断され、無様な灼滅の瞬間を迎えていた――。

     仲間を抱え、無我夢中に戦場を逃げる灼滅者たち。その脳裏には、何度も何度も、祝人の最後の言葉が繰り返されている。
     ――山には危険がいっぱいだ! 気をつけよう! お兄さんとの約束だ!
     笑顔が瞼に焼き付いている。繰り返しのように言っていた、あの言葉は。
     ――心配するな、若者よ! 生き残るんだ! きっと未来は、

    作者:君島世界 重傷:十七夜・奏(吊るし人・d00869) 風見・遥(眠り狼・d02698) 夜空・大破(夜に溶けて・d03552) 九条院・那月(暁光・d08299) 
    死亡:なし
    闇堕ち:鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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