鶴見岳の激突~3つの策と、3つの思い

    作者:零夢

    「はじめまして。今回、依頼の説明をさせてもらう帚木夜鶴だ」
     以後、よろしく――と、帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)はうっすらと微笑を浮かべた。
    「なにせこれが私にとって初めての依頼になるものでね、直接の関わりはないのだが、別府温泉の鶴見岳から出現し、日本各地で事件を起こしたイフリート達との戦いがあっただろう? 話は聞いている。皆のおかげで、無事に成功したそうだな」
     ありがとう。
     そして、本当におつかれさま。
     夜鶴は灼滅者一人ひとりを見回し、丁寧に労うと、先を続ける。
    「それでだな、その成功を受けて、武蔵坂学園としては、鶴見岳の調査とその原因解明に向け準備を進めていたのだが、思わぬところで邪魔が入った。ソロモンの悪魔だ」
     イフリート事件にソロモンの悪魔。
     なぜ、と問われれば理由は簡単。
     イフリートたちは膨大な力を集め、灼滅者たちはそんな彼らの戦力を大きく削ぐことに成功した。
     だからソロモンの悪魔たちは、そこをついて、その力を横取りし、自分たちのよからぬ企てに利用しようと画策しているのである。
    「鶴見岳では現在、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集い、イフリートたちを攻め滅ぼさんと絶賛準備中だ。その軍勢の中には、今までとは比べるべくもないほどに強化された一般人もいるらしい」
     どれほど強いかといえば、ダークネスに匹敵するほど、つまり、灼滅者など目ではないほどに強い。
    「そんな彼らに悪魔が与えた名は『デモノイド』。軍勢の主戦力だ」
     ある者はその名にはっとし、またある者はじっと夜鶴の説明の続きを待つ。
     誰もが真剣な緊張感を纏っている。
    「もし。もしもの仮定の話なのだが、ここに学園が介入せずに放置したとしよう」
     するとどうなるか。
     この戦いは、悪魔たちが勝利し、イフリートたちは一点突破で鶴見岳から敗走することになる――それが、夜鶴たちエクスブレインの見た予知だ。
    「結果として、ソロモンの悪魔は鶴見岳の力を手に入れ、さらに強大な勢力になるだろう。ここで大切なのは、彼らの目的は『鶴見岳の力』のみであり、それが手に入れば、イフリートたちと正面から戦うことはしない……つまり、イフリートは敗北を喫しながらも、かなりの戦力を残しての逃走に成功する」
     利を得るものと、ほぼ何も失わないもの。
     そして不利益を被るのは、彼ら以外の大方の存在である。
     ありていにいって、最悪だった。
    「とはいえ、残念ながら、今の学園には二つのダークネス組織を相手取るといったような力は、はっきり言って、無い」
     きっぱりと、夜鶴は言い切る。
     だが、その表情から自信の色が消えることはない。
    「そこで、だ」
     彼女はたくらみを含んだ双眸を輝かせ、にっと口の端をつり上げると、灼滅者たちに提案した。
    「そんな彼らを、利用しろ」


     夜鶴が提示した案は、全部で三つあった。
    「ちょいとばかりややこしいので、黒板を使おうか」
     言うと、彼女は黒板に2本の線を引き、三つに分けて書き始める。
    「まず、ひとつめ――」

     1、鶴見岳を攻めるソロモンの悪魔軍を背後から攻撃する。
     ○メリット。
     鶴見岳を守るイフリートたちとともに、ソロモンの悪魔軍を挟撃するかたちになるので、有利に戦う事が可能。
     ×デメリット。
     別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者も、イフリートにとっては敵である。
     そのため、彼らと戦場で出会うと三つ巴の戦いになる。
     □まとめ。
     ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させることができれば、彼らに鶴見岳の力を奪われることを阻止できる。
     ただし、イフリートたちは新たな敵である灼滅者たちとの連戦を避けるべく、鶴見岳からは脱出する。

    「そして、ふたつめ――」

     2、鶴見岳ふもとにある、『ソロモンの悪魔の司令部』の急襲。
     ※司令部には、ソロモンの悪魔の姿が多数あるため、戦力はかなり高いと予想される。
     ○メリット。
     普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスとなる可能性がある。
     ×デメリット。
     司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢に制圧された場合、鶴見岳の力の一部は彼らに奪われてしまう。
     □まとめ。
     多くのソロモンの悪魔を討ち取ることができれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させることができる。
     ただし、鶴見岳の作戦(1を参照)さえ成功させれば、司令部の悪魔たちは戦わずに撤退するため、無理に戦う必要はない。

    「さいごに、みっつめ――」

     3、イフリートの脱出の阻止、灼滅。
     ○メリット。
     イフリートたちは、ソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、彼らを灼滅するには千載一遇の機会である。
     ×デメリット。
     特になし(挙げるとすれば、ソロモンの悪魔と関われないことか)。
     □まとめ。
     鶴見岳から敗走したイフリートが各地で起こすであろう事件を、未然に防ぐことができる。

    「……とまあ、私なりにメリットデメリットと銘打って書き出してはみたが、これらのとらえ方には個人差もあると思う。単純な足し算引き算というわけにはいかないだろう」
     それぞれの心情や、宿敵に対する思いなどもあるだろう。
     だから、ただ一つ。
     夜鶴は灼滅者たちに、ぴんと人差し指を立てて見せる。
    「これだけは覚えていてくれ。どんな思いも間違いじゃないし、どの選択を取ろうとも、きみたちが力を尽くすのならば、必ずそれに応えた結果が出るはずだ」
     今回の作戦は今までとは異なり、一体ではなく複数のダークネス、それも軍勢を相手にすることになる。
     ダークネス同士の大規模戦闘に介入するため、かなりの危険を孕んだ策だ。
     だが、それでも――。
    「どうか、きみたちの思う最善を尽くしてくれ」
     祈るように、夜鶴は灼滅者たちを見送った。


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    日辻・柚莉(ひだまり羊・d00564)
    桜庭・晴彦(インテリと呼ばせないメガネ・d01855)
    火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484)
    ロザリア・マギス(死少女・d07653)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    弓塚・紫信(煌星使い・d10845)

    ■リプレイ

    「イフリートに続き、ソロモンの悪魔か……ほんっと、この地は呪われてんじゃねぇか?」
     山林に身をひそめ、火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484)が呟けば、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)がそれに応じた。
    「呪い、ですか……ソロモンらしいといえば、らしい言葉、ですね」
     彼女は小さく頷く。
     今回、学園で司令部急襲を選んだ者は決して多くはなかった。
     だが、その少なさはこの作戦において幸いする。
     少数ゆえの機動力を最大限に発揮し、敵に気付かれることなく本陣を発見することができたのだ。
     そして今、背には鶴見岳、眼下に見えるはその麓、そこに位置するロープウェイ駅。
     ざっと見るに百人前後といったところか、ソロモンの悪魔の配下たる一般人が集まっているそこが、本陣とみて間違いないだろう。
     もっとも、近接する建物は他にもあるので断定はできないが、近づけばわかることである。
    「女神のご加護がありますように……」
     弓塚・紫信(煌星使い・d10845)は祈りを込めて、長い髪をリボンでまとめる。
     そして唱える解除コード――Hope the Twinkle Stars。
     これで、準備は完了だ。
    「それじゃあ、皆、頑張ろう、ねっ!」
     仲間を見回し、ぎゅっとこぶしを握った日辻・柚莉(ひだまり羊・d00564)に、皆も頷きを返す。
     ここからは、勝利も、命も、帰り道も、何ひとつ保障されていない道。
     何が起こるかわからない、むしろ、わかることなどほとんどない。
     ソロモン勢の実力も、彼らの目的も、何もかも。
     けれど、だからこそ灼滅者たちは進む。
     心を決めて、武器を取り。
     斜面を駆ければ――ホラ、そこは。
     さあ。
     戦いの始まりだ。

    「ダイナミックにお邪魔すんぜ――ッ!」
     先陣切って群衆へと飛び込んだのは桜庭・晴彦(インテリと呼ばせないメガネ・d01855)だった。
     本陣への道を拓くべく、足を振り上げ蹴破るように突き進めば、紅姫もキャリバーの銀侍に跨り、鎌を片手に突撃をかける。
    「ひ、いィ!?」
    「なんだお前たち!?」
    「……悪いが、配下ごときに構っている暇はないのでな」
     言うや、一・威司(鉛時雨・d08891)は刃となした己が影で、容赦なく斬り込んだ。
     激しくギターをかき鳴らし、援護するロザリア・マギス(死少女・d07653)に、彼女のビハインド、テクノも霊撃を撃ちこみ後に続く。
     突然の敵襲に、司令部はあっけなくも混乱に陥る。
     為す術もなく逃げ惑う者、悲鳴を上げる者。
     元来、悪魔の配下は人の上に立ち、人を動かすことに長けている者が主だ。戦闘が得意ではないものとて多い。
     ある意味、当然の光景ともいえた。
    「通してもらおうか」
     日本刀を振るい、次々と人混みを潜り抜ける泉二・虚(月待燈・d00052) の後ろを、紫信と柚莉、そして柚莉のナノナノ、琥珀が追いかける。
     混乱状態の人々の間を駆けることなど、もはや何の労でもない。
     恋羽も斬艦刀を握り、キャリバーとともに進みゆく――が、不意にぴたりと足を止めた。
     なんだか後ろが、騒がしい……?
     振り向き見た配下たちは、明らかに様子が違う。
     混乱というより結束で。
     悲鳴というより歓声だ。
    「恋羽さん……、――!?」
     彼女の変化に気づき、振り返った紫信もすぐに異変を察す。
    「これは……」
    「なんか、変……?」
     不安げに瞳を曇らせる柚莉。
     呆然と立ち尽くす三人に、先へ進んだ者達も引き返し、未知なる事態の行方を見守る。
    「……様だ!」
    「あぁ、――様が!?」
    「我々を助けに来てくださったんだ!」
     配下達は何かを迎えるように集まると、次々に称賛の言葉を口にする。
    「これは、『まさか』というヤツでしょうか」
    「そのようだな」
     ロザリアの言葉に威司が頷く。
     それは、つまり。
    「ソロモンの悪魔自ら雁首揃えてお出ましってところか」
     ちょいとその面、拝みに行くとしますかね――晴彦は臆することなく、飄々と言ってのける。
     だが、人々の声は途切れることを知らない。
    「ああ、来て下さった!」
    「ありがとうございます、ありがとうございます――……」
     主のために道を開け、主ゆえに士気を取り戻し、開かれた道は、灼滅者と悪魔を繋ぐ。
     カツ、カツ、と単調に響く悪魔の靴音。
    「ハ……、マジかよ」
     思わず紅姫の表情が引きつる。
     こんなことは、聞いてない。
     そんなまさか、あの悪魔が。
    「ふた、り……?」
     恋羽は間違えようのない数を口にした。
     どこからか届く同様の騒ぎ声に、多数の悪魔の存在と戦況が覆されたことを理解する。
     他班と手分けなど、悠長なことはもう言えない。
    「やぁ、こんにちは」
    「今日は素敵なお祭り日和だネ?」
     姿だけなら、十を過ぎたばかりの子供達。
     まるで道化師じみた、非現実的な装い。
    「ぼくはウタゲだよ」
    「ボクがツドイだヨ」
     二匹の悪魔が不敵に笑う。
     それは、少人数ゆえの絶対的戦力不足が招いた結果だった。
     いきなり二体を相手取るなど誰が想像しただろう。
     対峙しただけでわかるダークネス特有の圧倒的な強さ。
     その身に感じる戦慄は、今までの比ではない。
    「こんな奴らがうようよ居るとか気が気じゃねーな」
     苦味を含んだ笑みを浮かべる晴彦に、紫信は頷く。
    「……ですが、こんなに早くソロモンの悪魔と出会うチャンスが来るなんて思いませんでした。気を引き締めて、参ります!」
     縛霊手を構え、紫信は真っ直ぐに宿敵を見据える。
     だが、悪魔はそんな彼をせせら笑った。
    「威勢がいいね」
    「虚勢だろうネ」
    「そんなことない、もんっ! 怖くない、よっ。皆いる、もん」
     柚莉は精一杯の思いで言葉を返す。
     怖くないなんて嘘。でも、皆がいるのは本当だ。
     ここには仲間がいて、遠くで頑張る姉もいて。
     怖くても虚勢でも、それだけで頑張れる。
    「ふうん? じゃ、君たちにはまず、この子たちの相手をしてもらおうか――」
     言うと、ウタゲは周囲に控える配下を示し、
    「――なんて、言うと思った?」
    「そんな甘いこと、言うわけないデショ?」
     すべてが敵だと言わんばかりの二人の言葉。
     嫌な威圧感が灼滅者に圧し掛かる。
     楽な道は、どこにもない。
    「……ならば、先手必勝ですね」
     ロザリアはテクノを前線に配置すると、自身も素早くギターを構え、テクノとともに配下を蹴散らす。
     撃ち込まれる音波、引き起こされる霊障波。
     悪魔へと開かれた道は威司が踏み込む。鋭利な影を研ぎ澄ませ、ツドイの身に引き裂くような斬撃を。
     まずは当てること、一体を討ち取ること。
     どんな相手でも基本は変わらない。
     続く虚も、日本刀を手に、同じくツドイへ斬り込む。
    「答えろ。イフリート達の得た力を求めるのは、力を求める者達の求引に使用する為か? 上位の悪魔顕現の為か?」
    「どっちでもいいでショ? 力があるに越したことはない。オワカリ?」
     わざとらしく指を立て、首を傾げてみせるツドイ。
     そこに、晴彦が殴りかかった。
    「上位の存在だからってお高くとまりやがって――人間なめんなッ!」
     手の甲から展開された障壁は、容赦なく悪魔に炸裂する。
     ダメージの色は窺えないが、まだまだ序盤だ。
    「てめぇらの好きにはさせねぇぜ! 銀侍! ぶっ放せ!」
     銀侍に跨った紅姫がツドイめがけて突撃し、大鎌を振り下ろせば、反撃を許すことなく紫信も攻撃を繰り出した。
     焦ることなく、出来ることを全力で。
     いつだってそうして勝ってきた。
     紫信は巨大な縛霊手を振りかぶると、重力に従い叩き付ける。
     続けざまに恋羽のキャリバーが突っ込めば、陰からは斬艦刀を手にした恋羽が飛び出した。
     鮮血の緋色を纏わせた刀身で、全力で斬る――!
    「――……やれやれ」
     と、ため息を漏らしたのはウタゲ。
     ツドイに下ろした恋羽の刀は、間に割り込んだウタゲにあっさり受け止められて。
    「君たちはこの程度?」
     言うなり、ウタゲは短く詠唱すると、圧縮された魔力を恋羽に向かって撃ちこんだ。
    「ッ――――!!」
     恋羽の口から漏れる声なき悲鳴。
     くの字に折れた体は、大きく後ろへ飛ばされる。
    「恋羽ちゃんっ! 琥珀、ゆずと一緒に皆を守ってっ!」
    「ナノ!」
     すぐさま防護符を飛ばす柚莉に、琥珀も手伝うがそれでも足りない。
     ロザリアも回復に回り、やっとの思いで傷が塞がる。
     なのに、ツドイはバベルの鎖を使い一瞬でその身を癒す始末だ。
     圧倒的な実力差に誰もが悟る。
     早期に決めねば、勝ち目はないと。
     そうと決まれば速攻――だが、いくら攻撃を重ねても傷は容易に癒される。反してこちらは敵の一撃を複数で癒さねばならず、周囲の配下達も攻撃してくるせいで傷が塞がる暇もない。
     繰り返される攻防、有利になれない時間だけがただ過ぎる。
     最早メディックのみならず、キャスターまでもが常時回復にあたっていた。不足分は自己回復、しかしそうなれば攻撃手が減ることは避けられない。
     みるみる蓄積される傷と疲労。
     傷は痛みを引き起こし、痛みは不安に呼びかける。
     もう、だめかもしれないなんて。
     そんなこと、思ってはいけないはずなのに。
    「いい加減、面倒ダネ」
    「まずは君、消えてくれる?」
     そうウタゲが示した先には柚莉――まずは、厄介な回復手から。
    「させるかよ……!」
     晴彦は重い身体を奮い起こし、強く地を蹴ると挑発するように障壁を振りかざす。
     拳から伝わる重い手応え。
     しかし。
    「邪魔、しないでくれる?」
     ウタゲは冷ややかに言い放つ。
     瞳に怒りの色を浮かべ、一瞬の躊躇も一分の情けも無く、詠唱とともに魔力が放たれた。
     それは矢となり、晴彦の胸に突き刺さる。
    「晴彦くん!? 晴彦くん!!」
     糸が切れたように地に落ちる彼の名を柚莉は繰り返す。
     だが、もはや回復すらも出来なくなった彼に、応えることは叶わない。
    「じゃ、改めましテ」
     構えたツドイに、咄嗟に柚莉は神薙刃を飛ばすが、あえなくツドイの矢が相殺してしまう。
     まるで造作もなく。
     そして、続けて放たれた矢が柚莉の胸へ直線を描く。
    「……んな、ごめ……」
    「ナノーーーっ!!」
     言い切ることなく倒れる柚莉、空しく響く琥珀の声。
     最早、仲間の半数が倒れたら撤退などと言っている場合ではなかった。
     誰が犠牲になったところで勝てる相手ではないし、ましてや大勢の配下の存在も無視できない。
     少しでも人数が残っているうちに退かなければ、敵陣の中心で全滅だ。
     それが分からない者はいない。
     だが、それを分かって尚、立ち向かう者がここにいた。
    「悪いが、俺に撤退の気はない。今しばらく、相手をしてもらおうか」
     ガシャン、と威司はガトリングガンを構える。
     これは一個人や、八人だけの戦いではない。
     鶴見岳で二つのダークネス勢力と戦っている者、敗走したイフリートの対処に努めている者。
     この作戦に関わっている誰もが、己を賭して責を果たそうとしている。
     だからこそ退くわけにはいかないし、無駄な一手を打つつもりもない。
     喩えここで敗北の二文字を突き付けられようと、大局的な勝利のためならそれも重畳。
     と、そんな威司の隣に並ぶ者がいた。
    「付き合いますよ、最後まで」
     ロザリアとテクノだ。
    「……恩に着る」
    「では、行きましょうか」
     二人は短く言葉を交わすと、すぐに攻撃態勢へと移る。
     というより、そうせざるを得なかったという方が正しい。
    「おい――」
     虚の止める言葉も間に合わない。
    「面倒だって、言ったデショ?」
     ツドイの魔力が矢となって、威司を目指して軌跡を描く。
     二人の間に割り込むテクノ。
     身を貫く矢、無音の消滅。
     動じないロザリア。
     彼女は一切の動きを止めることなく、祭霊光を放つと威司の傷を癒す。
     犠牲のない戦などない。
     ロザリアはそれを知って、テクノを矢面においた。
     必要な犠牲を、自らの従者で勤め上げるために。
     それは無情や酷薄なんかじゃない。
     それは合理性と信頼を基にした、絶対的な絆の形。
    「任せますよ」
     ロザリアが言えば、威司は小さく頷きを返す。
     二人が繋いだ一手を無駄にはしない。
     激しい銃声が途切れることなく耳に響き、悪魔が笑う。
    「ふふ……お返しだよ」
     ウタゲが放つ矢――でもそれは、一本じゃない。
    「そこの君もね」
     立て続けに放たれる二本目。
     トス、
     トスン。
     威司とロザリアの意識が途切れる。
     二人は、もう起き上がらない。
    「――……、撤退だ」
    「っ、はい!」
     虚がきっぱりと下した判断に、紫信も同意する。
     皆が一人ずつ仲間を抱えると、晴彦を担いだ虚が日本刀を手に殿につく。
     撤退するため、二匹の悪魔を避けては通れない。
    「逃げられると思ってる?」
    「ああ。逃げねばならないと思っている」
    「じゃ、逃がさない」
     虚の答えに、ウタゲはニッと笑うと急激にその身から熱を奪い去った。
    「――っ」
     凍える身体がぐらりと揺らぐ。
     だが倒れるわけにはいかない。
     虚は大きく一歩、紅姫へ寄ると晴彦の身を彼に預けた。
     ――――すまない。
    「……え?」
     小さく聞こえたそれは、紅姫の空耳か。
    「ちょっ……オイ!!」
     まるで紅姫の声など聞こえぬように、虚はゆらりと構える。
     表情は読めない。
     ただわかるのは、その身から溢れる膨大な殺気――暗く冷たい、闇の力。
    「虚さん――」
    「行け」
     紫信の呼びかけに振り返ることなく、虚はただ、短く促す。
    「アレ?」
    「そうくるの」
     口々に言う悪魔のもとへ、虚は大きく踏み込んだ。
     一瞬にして懐へもぐると、素早く刀を抜き上げる。
     それは、見えても反応を許さぬ斬撃。
     急所を狙ったその太刀筋は殺人鬼としての本能か。
     だが、一度に相手にできるのは一体のみ。
    「逃がさないヨ?」
    「――ッあああああ!!!」
     ツドイの矢が紅姫に刺さり、彼は大きく吠え上げる。
     倒れるな。やられるな。踏みとどまれ。
    「……らが、俺達がしっかりしなくてどーすんだ!!」
     己を叱咤するように叫べば、強い意志は肉体すらも凌駕する。
    「行くぞ!」
     駆けだす紅姫に、恋羽も続く。
     二匹の悪魔も追っては来ない。
     虚が、文字通り全身全霊で引き付けているからだ。
     二体を直接止めることが無理ならば、両方に手を出しつつ引き付けるしかない。
    「どうか、ご加護を……!」
     紫信は最後に一度だけ振り向くと、切に切に、祈りを奉げて走り出す。
     相手は二体のダークネス。莫大な闇の力を得ようと、二対一の不利は覆らない。
     勝利など、夢よりも奇跡よりも、淡く薄い可能性。
     しかしもとより、虚の目的はそこにはない。
     司令部を混乱させること、仲間を全滅させないこと、無事に撤退させること。
     全員が撤収できた今、彼の目的はどれも充分に達成されたといっていい。
     闇に蝕まれゆく心で、虚は冷静に思考する。

     ――そして、ほどなく。
     悪魔との戦闘を放棄した彼は、戦線の離脱に成功する。
     行方をくらまし逃げ延びて。
     泉二・虚の人格は、深い闇に堕ちていった。

    作者:零夢 重傷:日辻・柚莉(ひだまり羊・d00564) 桜庭・晴彦(インテリでないほうのメガネ・d01855) ロザリア・マギス(悪夢憑き・d07653) 一・威司(鉛時雨・d08891) 
    死亡:なし
    闇堕ち:泉二・虚(月待燈・d00052) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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