鶴見岳の激突~抗争の行方

    作者:南七実

     教室で待っていた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、元気いっぱいの笑顔で灼滅者達を出迎えた。
    「みんな、集まってくれてありがとう。先日はお疲れさま!」
     鶴見岳から日本全国へ散ったイフリート達は、灼滅者達の活躍によって、その殆どが灼滅された。しかし未知なる脅威『ガイオウガ』の復活は阻止できたものの、その詳細は依然として不明のまま。
    「そんな訳で、とにかく現地を調査して、今回の事件の背景を探ろうって話になっていたんだけどね……」
     調査班を編成し、鶴見岳へ向かうべく準備を進めていた矢先――サイキックアブソーバーがダークネスの新たな動きを感知したのだという。
     一呼吸置いてから、まりんは次なる事件の概要を語り始めた。

    「今、鶴見岳周辺には、ソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結して、準備を整えているの。何の準備かって? それは勿論、戦いの準備だよ。自分達の邪悪な目的に利用する為に、イフリート達が集めた力を横取りするつもりみたい」
     ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならない程に強化された一般人の姿もあるという。ダークネスに匹敵する程の力を持ち、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれている彼等は、軍勢の主力となっているようだ。
     ソロモンの悪魔対イフリート。一体、どのような抗争に発展するのだろうか。
    「……このまま放置しておくと、ちょっとマズい事になりそうなの」
     特に横槍が入らなかった場合――戦はソロモンの悪魔側の勝利に終わり、鶴見岳の力を得た彼等の勢力は更に強大なものとなってしまうだろう。一方、イフリート達は一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になる。この際、既に目的を達したソロモンの悪魔による追撃はかからない。
    「つまり、ソロモンの悪魔の一派は強大な力を手に入れちゃうし、イフリート勢力も戦力を殆ど失わずに逃げちゃう……そういう、サイアクの展開になっちゃうんだ」
     それは深刻だな、と灼滅者達は顔を見合わせた。
     なんとか両者を抑えてしまいたいところだが……現在の武蔵坂学園に二つのダークネス組織と正面から戦えるだけの力は、残念ながら、ない。
     今回灼滅者が担うべき任務は――ダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように、この戦へ介入を行う事である。
    「そんな訳で、今回の作戦の規模は大きくなると思うよ。みんながやるべき行動には、全部で3つの選択肢があるから、じっくり相談して、どうするかを決めてね」
     
     一つ目の選択肢は、ソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃する事。
     鶴見岳を守るイフリート側と、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃するという状況となるので、比較的有利な戦いになる筈だ。
    「ふたつの勢力の戦闘に、横合いから……というかソロモンの悪魔の軍勢の背後からガツーンと突っ込んでいく事になるね」
     ただし、一連の事件を阻止してきた灼滅者もまた、イフリートにとっては憎むべき敵。戦場でイフリートと遭遇した場合、三つ巴の戦いとなるのは避けられない。
    「ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止できるよ」
     なお、ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は灼滅者との連戦を避けて、鶴見岳からの脱出を行うだろう。

     二つ目の選択肢は、鶴見岳の麓にある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する事。
     司令部にはソロモンの悪魔の姿が多数ある為、総戦力はかなり高いと想定されている。
    「ソロモンの悪魔って、普段は表に出てこないからね……直接対峙したいって人もいるのかな? ただ、鶴見岳の作戦を成功させれば、司令部にいるソロモンの悪魔達はさっさと撤退するから、無理に戦う必要はなくなるよ」
     ソロモンの悪魔を倒せば、それだけ組織の弱体化も期待できそうではあるが……。
     なお、司令部の壊滅に成功しても、ソロモンの悪魔の軍勢が鶴見岳を制圧した場合は、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。

     三つ目の選択肢は、イフリートの脱出を阻止して灼滅する事。
     鶴見岳から敗走したイフリートを野放しにすれば、各地に散って新たな事件を引き起こすだろう。それらの悲劇を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事といえる。
    「イフリート達はソロモンの悪魔側との戦いで疲れていると思うし、これって千載一遇のチャンス!と言えるかもしれないね」
     
     ダークネス同士の大規模戦闘に介入するのだ。どの行動を選ぶにしても、危険な任務になるだろう。
    「しっかり作戦会議をして、準備万端で現地へ向かってね。くれぐれも気をつけて。良い知らせを期待しているよ!」
     みんなの無事を祈って、ここで待ってる――そう言って、まりんは長い説明を終えた。


    参加者
    法花堂・庵(光明ワルツ・d00438)
    羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)
    響・澪(小学生魔法使い・d00501)
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)
    森山・明(少女修行中・d04521)
    石川・なぎさ(小学生エクソシスト・d04636)

    ■リプレイ

     叢雲に覆われた山の夕刻。少数で秘かに行動していた灼滅者達は、途中で敵に察知される事もなく、ソロモンの悪魔の司令部に辿り着いていた。
    「まさか、こんな場所だったとは……」
     古い建物や洞窟など人気のない場所が怪しいと考えていた石川・なぎさ(小学生エクソシスト・d04636)は、そのあまりにも予想外な場所に瞠目する。
     件の建物が望める離れた繁みに身を潜め、持参した地図で現在地を確認する羽嶋・草灯(グラナダ・d00483)。
    「まったく……随分と好き勝手やってくれるじゃない」
     近鉄別府ロープウェイ高原駅――それが目指す敵の本陣だった。驚くべき事に、駅舎と周辺一帯がソロモンの悪魔達によって丸ごと占拠されているようだ。
    「ここ、現役稼働中の施設ですよね」
     建物が乗っ取られた時に運悪く居合わせた従業員や利用客がどうなったのか……想像するだけで気が滅入ってくると肩を落とした森山・明(少女修行中・d04521)は、きゅっとリボンを結び直して気合いを注入した。
    「情報が少ないぶん不利だけど、頑張らないと」
     見張り役なのだろうか、ソロモンの悪魔の配下である強化一般人の姿が建物群の前に複数確認できる。どうやら、隠れるつもりなど毛頭ないらしい。
    「……頃合い、だね」
     法花堂・庵(光明ワルツ・d00438)の言葉に頷き合う8人。既に他のチームも付近に潜み、奇襲のタイミングを窺っている筈。広大な戦場にサウンドシャッターを展開し、準備は万端だ。
    「行こう!」
     先手必勝。作戦開始の合図と同時に、灼滅者達は建物入口前でのんびり煙草を燻らせていた強化一般人の男に真っ向から突撃した。全く予期していなかったのだろう、突如現れた相手に対して、男はあまりにも無防備だった。
    「え……うわっ、誰だ!?」
    「遅い!」
     螺旋の捻りを加えた斑目・立夏(双頭の烏・d01190)の魔槍が男の体を穿つ。畳み掛けるように振り下ろされた明の無敵斬艦刀が、逃げる背中を斜めに切り伏せる。激しい火炎に包まれた敵は、草灯の紅蓮斬によって悲鳴を上げる余裕もなく力尽きた。
    「次っ!」
     響・澪(小学生魔法使い・d00501)の瞳が、建物内に次なる標的を捉える。すかさず雷撃。轟く雷鳴と共に屋内へ飛び込んだ庵の射出した弾丸が、何が起きたか理解できないといった表情の配下を追尾し、激しく攻め立てた。
    「うわああぁぁっ!」
     灼滅者達は素早く辺りを見回したが、そこにいたのは悲鳴を上げて後退する配下の男女十数名のみで、ソロモンの悪魔の姿はない。足元から伸ばした漆黒の影で敵を包み込みながら、なぎさは眉を顰める。
    「ここ、敵の本陣で間違いないですよね?」
    「ええ、その筈ですが……」
     伝説の歌姫さながらの神秘的な歌唱で敵を仕留めた竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)も、腑に落ちないといった表情。
    「どんな敵でも全て倒すだけだ。さあ、切り裂いてあげる。心地よいうたた寝の中に落ちていくといい」
     ビハインドの仮面に戦闘指示を出していた刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)が、虚空から呼び寄せた無数の刃で慌てふためく敵を切り裂いてゆく。
    「おいおい、どないなってんねん」
     蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく配下に戸惑いつつも、立夏は攻撃の手を緩めない。悩んでいても仕方ないと思った明は、燃えさかる炎を纏った刀で弱っていた敵を葬り去った。
    「た、助けてー!」
    (「何あれ。数が多いだけで見かけ倒しだね。これがわたしの宿敵の配下だなんて、情けないなぁ」)
     バスタービームで敵を追い立てながら、澪は呆れたように肩をすくめた。耳を澄ますと、どこかで他班が戦う怒号や剣戟の響きに混じって、救いを求める敵の声が微かに聞こえてくる。この弱腰配下集団は一体何なのだろうか。
    「この手応えのなさは、ちょっとおかしいね」
    「何か嫌な予感がするけど……とにかく、確実に潰して行こう」
     草灯と庵が召喚した緋色の逆十字が、容赦なく敵を引き裂く。
     まともな反撃もできずにバタバタ倒れてゆく相手に、誰もが不自然なものを感じていた、その時――背後から突如飛来した魔法の矢を浴びた仮面が、一瞬にして消滅した。
    「え……」
    「何の騒ぎかと思えば。まさか、灼滅者に奇襲をかけられてしまうとはね」
     真後ろから、声。
     振り向いたそこに、すらりと背の高い和装の青年が佇んでいた。
    「……!」
     武器を握る手に力を込める澪。全身が総毛立つ。これこそが、宿敵を前にした感覚――!
    (「こいつがソロモンの悪魔? まるで人間じゃないか……いや、人間を模しているというのが正しいのか」)
     険しい視線を向けてきた晶をちらりと一瞥した青年は、ぱんっと扇を開いて悠然と微笑んだ。
    「あなた方、僕の大切な部下を傷つけましたね? 戦闘経験が浅いからと、ここに配置したのが仇となりましたか。なかなかの美形揃いだったのに」
    「来て下さったんですね、桔梗様!」
     それまでただ逃げ惑うだけだった配下達は、主の登場に目を輝かせ、文字通り狂喜乱舞している。
    「ようやく真打ち登場、という訳ですか?」
    「どうやら、今までのは前座だったらしいな」
     藍蘭と晶が奏でる歌の攻撃をさらりとかわしたソロモンの悪魔――桔梗は、ふぅと溜息をついて眉を下げた。
    「ここで戦うハメになるとは……面倒です。なるべく手短にお願いしますね」
    (「物凄く見下されている気がする」)
     それはきっと気のせいではないのだろう。やる気がなさそうな桔梗の態度に、明が心の中で憤慨する。悔しいが、確かに強敵である事は間違いない。だが、全員で畳み掛ければどうにかなるかもしれないと彼女は思う。
     気怠そうに欠伸をする桔梗に灼滅者達が総攻撃を仕掛けようとした、刹那。
     前衛を担う4人は突如、心臓が凍りつくような強烈な激痛に襲われた。
    「う……あっ!?」
    「俺も混ぜろよ」
     遊びの仲間に入れてもらう子供のように灼滅者と桔梗の間へぴょんと飛び込んで来たのは、猫耳がついた黒フードの小柄な少年。その背に揺れる悪魔っぽい羽根と尻尾はコスプレなのか、それとも本物なのだろうか。
    「おや、綺羅も来たのですか」
     桔梗の言葉にああと頷いてから、猫耳少年が灼滅者達へ蔑むような瞳を向けた。
    「てめェらさぁ……こんな小人数で襲撃とか、俺らの事ナメてねぇ?」
    (「……嘘っ」)
     澪は息を呑んだ。綺羅と呼ばれたこの少年も、間違いなくソロモンの悪魔だ。つまり、2体の強敵と配下達を8人で相手にしなくてはならないという事――!
    「そっちも、いつまでもビビってんじゃねぇ。根性見せろ!」
    「は、はい! 申し訳ありません、綺羅様」
     更に拙い事に、桔梗と綺羅の登場によって、それまで脅えていた配下達が恐慌状態から立ち直ってしまった。
    「では綺羅、ここはあなたにお任せしますね。僕は後ろで応援しています」
    「サボるなよ、てめェも戦え!」
    「ああもう。黙っていれば美少年なのに、残念な子ですねぇ」
    「うぜェな」
     桔梗と綺羅が交わす脳天気なやりとりを聞いて、草灯が思わずツッコミを入れる。
    「僕はコントを聞きに来たんじゃないんだけどな」
     とはいえ、緊迫した状況は変わらない。ビリビリと伝わってくる殺気と圧倒的な戦力差がプレッシャーとなり、灼滅者達の心を追い詰める。
    「それでも、やるしかないやろ」
     一体ずつ集中攻撃するより他に手はないと槍を構え、綺羅に肉迫する立夏。
    「全力で行くよ」
    「勿論!」
     草灯と明がすかさず逆十字を呼び起こして猫耳少年を切り裂く。バスターライフルを構え、追い討ちをかけるように綺羅を狙い撃ちにした澪が、声高に叫んだ。
    「神魔滅殺が弟子、響澪! 師の教えに従い……貴様を叩き潰す!!」
    「ふぅん、やってみな」
    「やってやるよ!」
     バトルオーラを滾らせた庵が両手に集中させた力を一気に放出して、鼻で笑う猫耳少年を思い切り吹っ飛ばした。
    「あまり見くびらないでくれるかな?」
    「主よ、皆をお守り下さい。皆に貴方の祝福がありますように」
     誰も倒れさせはしない。全員で帰る為にも徹底的に援護しなければ。なぎさは夜霧を発生させて、先刻受けた前衛陣の傷を癒しにかかった。だが、その動きは敵の目を引いてしまう事になる。
    「基本は集中攻撃で、叩くなら回復役から。さ、やってごらんなさい」
    「はい!」
     実地研修でもしようというのか。あろう事か、桔梗の指示を受けた配下達がなぎさに向けて一斉にマジックミサイルを放ってきたのだ。
    「きゃあ!」
     いくつかの攻撃は避けられたものの、ダメージはかなり深い。足を縺れさせたなぎさは、矢継ぎ早に襲ってきた桔梗の無慈悲な追撃を避けられず、敢えなく力尽きた。
    「なぎさ、しっかり!」
     恐るべき威力の攻撃だ。藍蘭はこれ以上傷つかぬよう倒れたなぎさの体を後方へと引きずって避難させてから、反撃のメロディを高らかに歌った。
    「この借りは、倍にして返す」
     藍蘭と晶、立夏によって立て続けに奏でられた旋律をうるさそうに振り払った綺羅は、横合いから躍りかかってきた明の炎刃を巧みに避けた。
    「このっ、チョロチョロしやがって!」
    「まるでドラ猫退治だね」
     鮮血の色に染め上げられた草灯の『望』に深々と体を抉られた綺羅が、庵の放つ影に飲み込まれる。
    「そのまま、自分のトラウマにうなされて滅びてしまうといいよ」
    「いてーんだよ、調子こいてんじゃねェ!」
     裂帛の叫びと共に影を吹き飛ばし、自らの傷を回復する猫耳少年。そんな彼を援護するべく配下達が次々と魔法の矢を放つ。
    「ぐ……っ!」
     四方から降り注ぐ無数の矢に貫かれた晶は、襲い来る激痛に耐えきれず、糸の切れた人形のように床へ崩れ落ちた。
    「そんな……」
    「これってかなりヤバい状況だよね……!」
     再度綺羅へ攻撃を仕掛けた藍蘭と澪の体が、急激に凍り付いた。桔梗の繰り出した凍てつく死の魔法が二人を襲ったのだ。
    「皆、少しでも手下を減らすんや!」
     このままではまずい――そう判断した立夏が配下に飛びかかり、深々と刃を突き立てる。
    「判った。行くよ、いおりん!」
    「うん」
     草灯と庵が召喚したふたつの逆十字が、ひっと息を呑んで後退った配下を血の赤に染めて完膚無きまでに討ち取った。
    「うわあああっ!」
     攻撃の矛先を向けられた配下達は再び錯乱しかけたが、これ以上主の前で醜態は見せられぬと歯を食いしばって踏み止まり、今度は藍蘭めがけて魔法の矢を放ってきた。
    「く……うっ!」
     何とか攻撃を持ち堪えた藍蘭が、治癒の力を宿した温かな光で自らを包み込む。だが――。
    「往生際が悪ィな。攻撃喰らったら素直に逝っとけ!」
     綺羅の掌から放たれたマジックミサイルが一片の容赦もなく藍蘭を貫き、その体を血の海に沈めてしまった。
     手も足も出ないとは、まさにこのこと。退路を確保しようにも、敵の数が多すぎる。
     全滅。不吉な言葉が全員の頭を過ぎる。
    (「どうする。どうしたらいい?」)
     澪と庵の強撃が更に一体の配下を屠った時――立夏が凄絶な笑みを浮かべて、一歩前に出た。
    「あ? 自分から殺られに来るってのか?」
     立夏の振る舞いを嘲笑う猫耳少年に、背後から鋭い声がかかる。
    「気をつけなさい綺羅!」
    「ぐはッ!?」
     これまでとは比べものにならないほどの苛烈な槍の一撃が、綺羅の体を穿つ。激しい攻撃を受けて床に打ち倒された主の姿を目の当たりにして、配下達が恐怖の悲鳴を上げた。
    「立夏ちゃん!?」
     その時、そこにいる誰もが彼の変化に気づいていた。鋭利な刃物の如き禍々しい殺気と気配――。
     それは闇に堕ちた者だけが手にする、人では持ち得ない強大な力!
    「ここは俺が食い止める。奴等がビビってるうちに、逃げるんや」
     このままでは死者が出る。そう考えてダークネスに肉体を明け渡した彼の決断が正しいのか否か、それは誰にも判らない。
     地獄の底から突き上げてくるような強い闇の意識を無理矢理抑えながら、立夏が叫んだ。
    「そこ、動くんやないで! 大丈夫や……まだ俺は……、わいでいられる。だから早ぅ!」
     躊躇っている余裕などなかった。
     倒れた仲間を抱えた庵達が、桔梗を牽制する立夏に気圧され動けない配下の脇をすり抜けて建物の外へと脱出する。
    「痛ぅ……今のはさすがに効いたぜ」
     どろりとした血を吐きながら、綺羅がよろよろと立ち上がった。その瞳に集中させたバベルの鎖が、深い裂傷を緩やかに癒してゆく。
    「あーあ、逃げちまったな。俺、面倒臭ェから追いかけねぇよ」
    「どっちにしろ、やらせへんけどな」
     双頭の鴉の彫刻が施された槍をくるんと回転させながら、立夏は心底楽しそうに笑う。こんな状況なのに笑えるのは、強者と対峙しているからなのだろうかと彼は思った。
     そんな立夏を、桔梗が冷たい瞳で真っ直ぐに見据える。
    「そこまでして仲間を逃がすとは……美しい友愛ですね。僕は美しいものが大好きです。だから本気でお相手しましょう」
     桔梗の繰り出した魔法の矢が、立夏の肩に炸裂する。流れ出る血を拭おうともせず、彼は反撃の旋律を高らかに歌い上げた。
    (「今のわいは、こいつらと同等の力を持っている筈。せやけど……やっぱ1対2じゃ勝利も離脱も難しそうやな」)
     立夏の歌がもたらす痛みを堪えながら、桔梗が肩をすくめる。
    「実際、あなた方はよくやりましたよ。司令部を叩かれて、こちらの指揮系統は混乱状態に陥ってしまいましたからね」
     山頂の戦の方にも大きな影響が出ているだろうなと、綺羅が舌打ちをした。
    「へぇ。そんなら、わいらの動きも無駄じゃなかったって事やな」
    「灼滅者如きがやってくれましたね、と言うべきでしょうか。とにかく落とし前はつけさせて頂きます。ところで、今のあなたは……一体何なのでしょうか?」
    「……人やで。今はまだ、な」
     左右から撃ち込まれる矢の強撃を一身に浴びた立夏は、遂に膝を折る。次第に薄れてゆく意識の中で、彼はただ、傷ついた仲間達が無事に戦場を離脱できる事だけを祈っていた。

     喧騒の中、右も左も解らず闇を駆け抜けた灼滅者達は、敵のいない場所でようやく足を止めて、建物を振り返った。
    「こんな、事って……」
     遭遇した宿敵に対し殆ど何もできなかったと、澪が強く唇を噛む。
     司令部の急襲。決して軽く見ていた訳ではないが、一方でどこか楽観的だった事も否めない。
     そして、戦力不足の戦場で複数の強敵と対峙せざるを得ない状況に陥った事――これはもう、彼等にとって不運としか言いようがなかった。
    「立夏さん……」
     闇に堕ちてしまった仲間の名を、囁くように口に出す明。
     彼がああしてくれなければ、おそらく全員があの場所で命を落としていただろう。
     未だ意識を取り戻さない負傷者のぐったりとした体を支えながら、庵と草灯が目を伏せる。
     為す術もなくその場に佇む若者達を苛むのは――強く耐えがたい、喪失感だった。
      

    作者:南七実 重傷:竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645) 刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884) 石川・なぎさ(高校生エクソシスト・d04636) 
    死亡:なし
    闇堕ち:斑目・立夏(双頭の烏・d01190) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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