鶴見岳の激突~選択は何をもたらすのか

    作者:篁みゆ


     その日、教室に集まった灼滅者達を見て、神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は神妙な顔をして頷いた。
    「まずは良い報告からだね。別府温泉の鶴見岳から出現して日本各地で事件を起こしたイフリートたちだけど……君達灼滅者の活躍で灼滅することができたよ。ありがとう」
     瀞真は柔らかく微笑んで続ける。
    「この結果を受けて、鶴見岳の調査とその原因解決を行おうと準備を進めていたのだけれど……」
     口ごもった瀞真は、ゆっくりと言葉を紡いだ。想定外の横槍が入ってしまった、と。
    「その横槍なのだけど、現在、鶴見岳周辺にはソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結しているんだ。作戦の失敗により戦力を減らしたイフリート達を攻め滅ぼそうと準備を整えているようだね」
     ソロモンの悪魔たちの目的はイフリート達が集めた力を横取りし、自分たちの邪悪な目的のために使用することだろう。ソロモンの悪魔の軍勢には、今までとは比較にならないほどに強化された一般人の姿もあるらしい。
    「ダークネスに匹敵する程度の力を持つ彼らは、ソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれていて、その軍勢の主力になっているよ」
     そこまで告げて、瀞真はひとつ息をついた。だが、長く説明を休んでいる暇はないようだった。
    「武蔵坂学園が介入しなかった場合は、この戦いはソロモンの悪魔の軍勢の勝利に終わるだろう。ソロモンの悪魔の軍勢は鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっていくだろうね」
     敗北したイフリート達は一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消すことになる。
    「ソロモンの悪魔の軍勢は、鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要はないと判断したのか、逃走するイフリートに対してはほとんど攻撃を仕掛けないようだよ。ということは、イフリートもかなりの戦力を残すことになる」
     つまり放置すればソロモンの悪魔一派が強大な力を得るが、イフリート勢もその戦力を殆ど失わずに逃走するという最悪の結果になってしまうのだ。
     だが現在の武蔵坂学園には、2つのダークネス組織と正面から戦うような力はない。
    「だから、2つのダークネス組織の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように介入を行なって欲しいんだ」

    「今回の作戦では3つの選択肢がある。どれを選択するか、慎重に考えてほしい」
     瀞真はゆっくりと、作戦内容を説明していく。
    「一つ目は、鶴見岳に攻め寄るソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃すること。鶴見岳を守るイフリート達とともにソロモンの悪魔の軍勢を挟撃する形になるので、有利に戦うことができるね」
     ただし別府温泉のイフリートを灼滅してきた灼滅者もイフリートにとっては憎むべき敵であるため、イフリートと戦場で出会ってしまうと三つ巴の戦いになる。
     ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリート達は新たな敵である灼滅者との連戦を避けて鶴見岳からの脱出を行う。
     鶴見岳のソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させることが出来れば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われるのを阻止することができる。
    「二つ目は、鶴見岳の麓にある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲すること。司令部にはソロモンの悪魔の姿が多数あるから、普段表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになるかもしれない。けれども相手の戦力はかなり高いと予想されるよ」
     だが司令部を壊滅させても鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
     勿論多くの多くのソロモンの悪魔を討ち取っていればソロモンの悪魔の組織を弱体化させることができるので、どちらが良いということはないだろうと思われる。
    「最後の選択肢は、イフリートの脱出を阻止して灼滅すること。鶴見岳から敗走したイフリートは、各地で事件を起こすだろうことは想像に難くないからね」
     その事件を未然に防ぐためにも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事になるだろう。イフリート達はソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊しているため、千載一遇のチャンスになるかもしれない。
    「今回は、ダークネス同士の大規模作戦に介入する危険な作戦になるから、十分に検討して自分たちの赴く戦場を選択をしてほしい」
     灼滅者達の危機感を煽るように言った瀞真だったが、ふっと息を吐いて目を細めて告げる。
    「……全員で無事に帰ってきてほしい」
     その言葉が更に灼滅者達の危機感を高めた。


    参加者
    宍倉・太一郎(羅断の迅戟・d00022)
    朝比奈・夏蓮(青空のプエラ・マギカ・d02410)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)
    神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・d04335)
    音羽・彼方(笑わない殺人鬼・d05188)
    野神・友馬(一流ベンチウォーマー・d05641)
    保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)

    ■リプレイ

    ●調査
     夕方とはいえ冬は日が落ちるのも早く、曇り空の今日は風も冷たく感じた。
    「マジんなって調査探査とやるなんざガラじゃねーんスけどね。やる事やらねぇでヘラヘラするなんて、締りのねぇしょんべんクセェマネ出来ねえっしょ?」
     軽口を叩きながら三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)は双眼鏡を使用して、コンパスと地図とを交互に見つめ、敵陣らしい場所を探す。徹底的に細やかな準備を整えてきた8人の灼滅者達は、緊張感を帯びながらも本陣の場所を割り出そうとしている。
    (「今回の横槍といい、様々な事件における暗躍ぶりといい、ソロモンの悪魔の狡猾さは厄介極まりないな」)
     心中で今回相対することになるだろう敵の事を思いつつ、宍倉・太一郎(羅断の迅戟・d00022)も望遠鏡を覗きこむ。特に東側の山の麓の辺りを注視だ。同じく望遠鏡をのぞき込んでいた音羽・彼方(笑わない殺人鬼・d05188)がすっと息を吸った。
    「あのあたりが怪しいですね。三条さん、地図を見せてもらえますか?」
    「いーっすよ。どの辺っすかね~?」
     地図と交換に望遠鏡を覗きこむ美潮。望遠鏡が捉えているのはどうやらロープウェイの駅のようだった。
    「『近鉄別府ロープウェイ別府高原駅』でしょうか?」
    「その近隣の建物も、人の出入りが激しいな」
     彼方が地図にあたりをつけ、望遠鏡で同じ方向を見る太一郎が不審に思った事を告げた。それを受けて美潮も覗きこんだ望遠鏡で辺りを探る。
    「確かに、観光客にしては動きが不自然で、地元の人にしては数が集まりすぎな感じがするっすね」
     東側の人工物のある場所を注視していた三人としては、より目立つ人工物である駅とその周辺は鶴見岳の麓にある人工物として最初に目をつけたところだった。
    「国道を超えればもっと人工物が集まっている場所もありますが、それでは麓というには遠すぎます。やはり駅周辺が怪しいでしょう」
     彼方がとん、と地図の駅周辺を叩く。美潮がその場所に赤ペンで印をつけた。

    ●心中
     隠密行動を徹底していた事が功を奏したのだろう、目的地である司令部北側に着くまでに敵と出会うことはなかった。息を潜めて合図を待つ八人の灼滅者達。
    (『『デモノイド』表に出ない彼らにはうってつけの尖兵ですね……これ以上ダークネス組織の均衡を崩すことは、世界の均衡を崩しかねません。ソロモンの悪魔、肥え過ぎたその力、削がせて頂きましょう」)
     鋭い瞳で本陣を見据え、いつあるかわからない突入の合図に耳を澄ます彼方。
    「故郷、大分県を荒らすなんて許せないわね。今回の目標はソロモンの悪魔。徹底的に叩き潰すわよ!」
     バッチリ意気込んでいるのは保戸島・まぐろ(無敵艦隊・d06091)だ。故郷を荒らされて黙ってはいられない。
    「ここまで来たんだから、何らかの成果はもって帰らないとね」
     司令部を見つめて神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・d04335)は拳を握り締める。
    (「でもここで逃げ出したらもっと大変なことになっちゃう! がんばれわたし……!」)
     表面上は元気そうにしているが、朝比奈・夏蓮(青空のプエラ・マギカ・d02410)は実は怖くて震えている。自分を奮い立たせるように活を入れるが震えはおさまらない。と、そんな夏蓮の肩に優しく手が置かれた。彼女の震えに気がついた姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)だ。
    「信じましょう。今までの努力を、願う未来を……わたくし達なら勝てます!」
    「これだけ準備したんだ、上手く行くはずさ」
     反対側で野神・友馬(一流ベンチウォーマー・d05641)も頷いて。
    「ありがとう、せんぱい達!」
     夏蓮は力強い仲間がいることを再確認し、微笑んだ。場は温かい雰囲気の沈黙へと戻る。
     その直後。
     鋭い銃声が響き渡った。合図だ! なんども合図に関してそれぞれの中で徹底していたからか、一人も遅れることなく動くことが出来た。勢いづいて流れるように司令部近隣へと突入!

    ●奇襲
    「な、何だお前らは!?」
    「敵襲なの!?」
     各所からの奇襲に戸惑いを見せたのは、建物の外に多くいた強化一般人達だった。そのどれもが美しい姿形をしている。
     ソロモンの悪魔以外との戦いは避けたい所ではあったが、いかんせん強化一般人の数が多い。彼らを倒さなければ奥には進めないだろう。現状を把握して、灼滅者達は顔を見合わせて頷き合う。
    「これ以上先には進ませない!」
     数人の強化一般人が一同の前に立ち塞がる。沈黙のまま手近な敵に繰り出されたのは、彼方の死角からの一撃。急所を突くその攻撃に敵が悲鳴を上げるのに構わず、美潮が同じ相手を盾で殴りつけた。
    「普通に人間してりゃいいモンを。そんなんなっちまったら人間らしい幸せなんざあるめぇに。何でそんなんなっちまうかね」
    「さっさと倒れやがれ!」
     美潮の呟きは風にのって流れる。友馬は裂帛の気合を込めて捻りを加えた槍を突き出した。
    「音羽さん!」
     セカイの放つ癒しの矢は彼方の眠っていた超感覚を呼び覚ます心強い力だ。
    「あまり手荒なマネはしたくないんだけど……」
     そう言いつつも作戦は遂行する。焔は斧に宿る龍因子の解放とともに守りを固めた。
    「一体ずつ集中して撃破で行こう」
     太一郎が傷を負っている敵の死角へと入る。そして与えた傷が致命傷となり、一体、地に伏す。
    「あんたらの好きにはさせないわよ!!」
     まぐろは己に絶対不敗の暗示をかけることで魂を燃え上がらせる。夏蓮は盾を前衛に広げて守りを固めた。
    「ああ、お助けください!」
     その場の強化一般人達は戦闘が得意ではない者が多いのだろうか、攻撃しようとするよりも戸惑って助けを請いながら逃げようとする者が多いように思えた。交戦前とは雰囲気がガラリと変わった彼方はその隙を突いて捻りを加えた槍を突き出す。その研ぎ澄まされた攻撃はまるで敵を殺すことのみを考えているようだ。
     美潮は盾を広げて前列の傷を癒しながら守りを固める。友馬が彼方と同じ相手をロッドで殴りつけると同時に魔力を注ぎ込む。セカイの癒しの矢が友馬の感覚を呼び覚まし、焔の『スマートガトリングガン Mk.Ⅲα』が無数の弾丸を吐き出す。蜂の巣になった敵は、ドサリと倒れた。
     新たな対象へと高速の動きで死角へと回り込んだ太一郎の一撃で服ごと斬り裂かれた敵に、まぐろが追うように炎を宿した『ギガ・マグロ・ブレイカー』を振り下ろす。夏蓮が与えた盾が彼方を癒して守る。
     このまま逃げ惑う強化一般人を倒して本陣の中へ向かおう――そう思ったその時。
     ぞわっと肌を粟立てるよううな殺気が戦場に満ちていく。伝わってくるのは背筋を正したくなるような威圧感。
    「クライス様だわ!」
    「クライス様がいらしてくださったぞ!」
    「何……?」
     聞きなれぬ名前に太一郎が思わず聞き返したその時、強化一般人達の奥から姿を表したのは、黒装束に身を包んだ一体のソロモンの悪魔だった。
     その戦場においてその存在感は圧倒的であり、強化一般人達が彼の救援を喜ぶのも分かる気がする。反対に言えば、灼滅者達にとっては強敵の出現――だが奇しくもソロモンの悪魔は一体。強化一般人達がいるとはいえ、相対できぬ敵だとは思えなかった。
    「敵か」
     低く呟いて、悪魔は灼滅者達を一瞥した。人間であった頃の名前なのかペンネームの類なのかは分からないが、彼はクライスと名乗っているらしい。
     そのクライスが動いた。素早い動きで美潮に接近し、ジグザグに変化させた刃を突き立てる。
    「ぐっ……」
    「三条さん!」
     セカイの叫びに美潮はゆらりと身体を揺らしながら何とか片手を上げる。クライスが刃を抜いた所に、彼方が『殺陣』のオーラを研ぎ澄ませた手刀を繰り出す。斬りつけた手応えはあった。だがクライスは全く応えていないようだ。美潮は自身を治療するも、即全快には至らない。
    「さてと、お手並み拝見といきますか!」
     敵が強ければ強いほど燃える質の友馬は、槍に捻りを加えて繰り出すも、クライスの傷は浅い。セカイの歌声が美潮を癒す。焔の放った激しい炎が強化一般人を含めてクライスを襲う。
    「調子に乗って表舞台に出て来たのが運の尽きだ。貴様らの最大の誤算を……俺達灼滅者の力を思い知るがいい!」
    「ほう……灼滅者、というのか」
     太一郎が死角に周り、斬り上げる。まぐろの炎を宿した攻撃はするりとかわされてしまった。夏蓮が美潮に癒しを与えるも、クライスの登場で体制を整えた強化一般人達の攻撃が前衛を集中して襲う。
    「俺の力にどれだけ耐えられるかな?」
     クライスの攻撃が急速に熱量を奪っていく。見えない攻撃で突如肉体が凍りつくことは恐怖を呼び覚ます。凍りつく身体を気力で動かしながらも、彼方は神速で槍を繰り出す。槍に籠められた怨嗟の怨念が「モット速ク」と駆り立てる気がする。
    「シャレになんねぇっすね……」
     クライスだけではなく、強化一般人の相手をしなくてはならないというのが厄介だ。当然クライスほどではないとしても、強化一般人の攻撃は蓄積すればと考えると捨て置けない。美潮は前衛を回復させながら呟いた。
    「皆で帰るのです……!」
     なんとか灼滅者達は互角に戦っている。しかしクライスの一撃は大きくて深い。それでもセカイは諦めず、歌で癒しを与える。焔はオーラを癒しの力に変換し、自身の回復を試みた。太一郎が繰り出す槍、まぐろが振り下ろす刀。
    「わたしがみんなを守るって! 決めたんだからーっ!!」
     泣きそうになりながらも夏蓮は彼方に癒しのオーラを与える。
    「まずは、目障りなそこからだ」
     クライスの指示で強化一般人達が狙ったのは美潮だ。高純度に詠唱圧縮された矢をいくつもその身に受ける美潮。ぐらり、大きく美潮の身体が後ろに傾いたのに追い打ちを掛けるようにクライスが接近し、刃を突き立てる。
    「ごふっ!」
     口から血を吐いた美潮はそのまま地面に打ち付けられ、それまで蓄積された傷もあって、そのまま動けなくなった。
    「美潮せんぱいっ!」
     夏蓮が叫ぶ。だが美潮は返事をすることができなかった。

    ●堕ちる
     灼滅者達は攻撃を続ける。だがそれは敵も同じ。攻撃対象を強化一般人に変えてもその間、クライスの強力な攻撃を受けることになる。クライスを倒すことだけを考え、彼を攻撃してきたが、時折回復されてしまい、戦いは長引いていた。
    「クライス様!」
    「加勢いたします!」
     戦闘途中でぱらぱらと強化一般人達が合流してきた。混乱していた彼らが落ち着きを取り戻し、今なお戦いが続いているところへ助力に来たのだろう。もしかしたら、既に戦闘を終えて次の戦場へと来た強化一般人もいるかもしれない。
     なんにせよ、敵の手数が増えるのは厄介だった。回復しても回復しても蓄積するダメージは有る。強化一般人達の合流で、一気に状況は灼滅者達の不利に傾いていった。
     自分の回復や癒しを最優先としていた焔はいつ頃からか回復に追われることとなっていた。それを見ていたクライスの指揮で攻撃が焔に集中する。
    「っ……!」
     仲間達も必死に回復をしてくれるが、癒える傷と癒えない傷がある。
     ヒュンッ、軽やかに飛んでいく魔法の矢が焔の胸へと深々と突き刺さる!
    「ぐっ……う……」
     痛みと衝撃に膝を折る焔。そのまま地面へと倒れ伏して動けなくなった。
    「神薙さん!」
     セカイが叫ぶ。だが焔は指先さえ動かせぬ状況だ。彼方は回復は仲間に任せるスタンスは崩さず、高速の動きでクライスの死角へと回る。
    「ちっ、これはヤバイか?」
     友馬が状況を把握はながら呟く。
    「流れた血を、皆の頑張りを無駄にしたくない!」
     セカイは清らかな風で前衛の不浄を祓う。せめて仲間は誰一人失わないようにと。
    「くっ……」
     仲間は二人倒れた。強化一般人の数は多い。クライスはまだ健在で、それほど疲労の様子はない。だが確実にこちらの攻撃は蓄積されているはずだった。ならば、太一郎は攻撃の手を緩めない。
    「ギガ・マグロ・ブレイカー!!」
     追うようにしてまぐろが巨大な刀を振り下ろす。
    「友馬せんぱいっ!」
     夏蓮が決意を込めて友馬の傷を癒す。クライスの瞳がギロッと夏蓮を捉えた。
    「癒し手は鬱陶しい」
     その言葉で強化一般人達は一斉に夏蓮を狙った。回復しきっていない傷を抉るように魔法の矢が刺さっていく。
    「絶対みんなと……帰……」
    「帰れるものならな?」
     一際威力の高いクライスの魔法の矢が夏蓮を貫く。瞳の端に涙をためたまま、夏蓮はその場に崩れ落ちて動けなくなった。
    「朝比奈さんっ……!」
     セカイが夏蓮を抱き起こす。そして唇を噛み締めるようにしてから意を決したように言葉を紡いだ。
    「皆さん、ここは撤退しましょう!」
     戦闘不能者三人は事前に決めた通りの撤退の目安。
    「けれど、黙って帰してくれそうにはない。悪いけど、負けられないんでね」
     後半はクライスに向けられたものだ。圧倒的力量差のクライスが、戦闘不能者を連れた灼滅者達を簡単に逃すはずはない。だから。
    「殿は引き受ける、君たちは退け!」
    「……野神さん?」
     隣に立つ友馬の変化に一番最初に気がついたのは彼方だ。訝しげに名を呼ぶも、返ってくるのは殺気と圧倒的な力。
    「これは……」
     まぐろが呟いた。肌にぴりぴりと来る殺気と圧倒的な力。闇の気配。今の灼滅者質には出せぬこの力は――そう、闇堕ち。
     今までとは比べ物にならない速さで友馬はロッドを振り下ろす。クライスの体内に流し込まれた魔力の奔流がクライスを一瞬ひるませた。
    「何っ!?」
    「熱くなってきた。俺を愉しませてもらおうか?」
     絡んだ視線と視線が火花を散らすようだった。

    ●そして
    「みなさん、こちらです!」
     まぐろと共に夏蓮を支えるセカイがアリアドネの糸を辿って道を示す。後方からは戦いの音がまだ聞こえる。友馬が敵を抑えてくれているのだろう。
    「できるかぎり急ぎましょう」
    「ああ」
     焔を背負った彼方と美潮を支える太一郎はそれについていく。戦闘不能者を抱えていては速度はそうそう出ない。だが闇堕ちしてまで退路を作ってくれた友馬のためにも無事に帰り着く必要があった。
     十字架の光、あるいは裁きの光条が背後で光って見える。友馬が戦っている証だ。太一郎は時折振る。やはり友馬がどうなってしまうのか、気になって仕方がない。と、一際激しい光が、遠くで煌めいたと同時に。
    「ぐわぁぁっ!」
    「クライス様!」
    「クライス様ぁ!」
     遠くから断末魔の叫び声と、慌てる人の声が聞こえてきた。その内容に四人は息をつく。どうやら友馬はクライスを撃破したらしい。皆が集中してクライスを狙っていたのも彼の手助けとなっていたはずだ。
     クライスさえ倒してしまえば、強化一般人は闇堕ちした友馬の敵ではない。彼の行方は知れぬが、きっと脱出できただろう。
     仲間を逃がす為に闇へ堕ちた者がいる。だがソロモンの悪魔司令部を混乱に陥れる事は成功したのだ。

    作者:篁みゆ 重傷:朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410) 三条・美潮(大学生・d03943) 神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・d04335) 
    死亡:なし
    闇堕ち:野神・友馬(ノーアフターフォロー・d05641) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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