鶴見岳の激突～選り抜く先に

■リプレイ

●急襲
　枯れ木をかき分け、静かに進む。太陽は見えない。あいにく、と言っていいのだろうか、空は曇っている。
　するりと器用に木の間をくぐり抜けたのは、猫の姿に変身している刑部・征司（零距離の交撃者・d11895）だ。茂みに身を潜め、周辺の様子をうかがう。
「まーた、大変な状況に陥ってんのな」
　キョロキョロとあたりを見回し、彩城・海松（虹彩珊瑚・d04505）がため息混じりに呟いた。
　目指す司令部が遠くに見える。周辺に撤退可能なルートがあるか確認した。
　同じく、楯縫・梗花（さやけきもの・d02901）も撤退できるような小路を確認している。
「折角こんな所まで来たんだ、無事終わったら飯食って帰ろうぜ」
　吉沢・昴（ダブルフェイス・d09361）は、身を隠せそうな木の間に腰を落ち着けた。ああ、温泉も良いかもな、混浴とか、と付け足すと、肩の上に乗った黒猫……変身した天宮・黒斗（黒の残滓・d10986）がふいと横を向いた。
　その近くに識守・理央（疾走する少年期のヒロイズム・d04029）も身を潜めている。
「この辺りにいるのはボク達だけかな」
　ミルドレッド・ウェルズ（吸血殲姫・d01019）の言葉に、海堂・詠一郎（破壊の奇跡・d00518）が携帯電話を握り頷く。
「おそらくは」
　位置情報を確認しても、おそらく大丈夫なはずだ。
　皆の視線の先には、敵の本陣がある。
　幸い、敵に発見されずここまで近づくことができた。
　だが本部には多数の人影が見える。揃いの黒のマントを羽織った者や奇妙な杖を携えた者など、見るからに普通の一般人ではないと窺い知れる。ソロモンの悪魔に心酔した配下の強化一般人、と言うところだろうか。
　冷たい風が吹いた。
　敵に気付かれないように、皆気配を押し殺す。
　そのまま静寂を保っていたのは数分だ。
「……頃合いだな」
　先ほどの軽い口調からガラリと雰囲気の変わった声色で、昴が呟いた。
「そうだね、行こう」
　梗花が同意する。
　二人は皆に合図を送り、先導するように走りだした。皆もそれに続く。
　灼滅者達は、それぞれ戦う姿を顕にし、迷いなく敵の本陣へ切り込んだ。
「っ……、お前達は……？！」
　突然姿を現した灼滅者を見て、黒マントを羽織った男が困惑の声を上げる。
　入口付近に数名、同じような恰好をした男達がたむろしていた。
「識守理央……お前たちの敵だ。会えて嬉しいよ！」
　理央が意識を集中させるように瞳を光らせた。
　ミルドレッドはチェーンソー剣と大鎌を構え前列に踊り出る。黒斗と征司はすでに猫変身を解いており、詠一郎の周りにはサイキックエナジーの光輪が漂いはじめた。
「邪魔しに来たよ。わりぃけど引き上げてもらうぜ」
　ガトリングガンを構え、海松が言うと……。
「あ、わ……わぁぁぁぁ」
「て、て、て、敵がきたーっ」
　黒マントの男達は、悲鳴に近い叫び声を上げ逃げ始めた。
「ええぇ？！　敵っ」
　その悲鳴で、灼滅者に気づいていなかった者達もパニックに陥り逃げ惑う。
　目の前には、黒い本を持った男だけが残った。

●対面
「なんですか、あなた達は。宣告もなくいきなり仕掛けてくるとは……非常識な！　こちらの不意をつけば、やれるとでも思いましたか？　おぉいやだ。野蛮な思考回路ですね」
　自分達の行いを棚に上げ、男は灼滅者を非難する。見たところ、ソロモンの悪魔ではないようだ。入り口を守っている強化一般人だろう。男は本を胸元に構え、敵意をむき出しにした表情で灼滅者を見据えた。
「私はエントランス・マネージャー。我が主があらせられるこの場所を、汚させるわけにはいきませんっ」
　エントランス・マネージャーと名乗った男は、気合を込めて魔法の矢を打ち出した。
　威力は、それほどでもない。
　ミルドレッドは冷静にその一撃を左手の大鎌で受け、チェーンソー剣でエントランス・マネージャーを斬りつけた。
「ボクのチェーンソーで斬れないモノはないよっ!」
　事実、エントランス・マネージャーは身体を斬り裂かれ勢いで吹き飛んだ。
「へへっ、こっちからも行くぞっ」
　すかさず征司が敵の懐に飛び込み、勢いをつけて投げつける。
　派手な音を立て、エントランス・マネージャーが建物の壁に打ち付けられた。
「……ぐ」
　くぐもった声を出し、崩れ落ちる。
　その姿を見ても、灼滅者達は一切警戒を解かなかった。
「何やら騒がしいと思ってきてみれば、なんだ、羽虫が寄ってきたのか。はぁ～。そんな季節でもないのに。ええと、虫の嫌がる虫よけ剤はどこに仕舞っておいたかなぁ」
　ソレは、建物の中から現れた。
　どこか人を小馬鹿にしたような口調で、くすくすと笑う。
　全身黒ずくめの衣装と言ういでたち。見たところ、大柄の成人男性のような体型だ。
　ただし道化のような仮面をかぶっているので、素顔はわからない。素顔があるのかさえも分からなかった。
　瞬時に理解する。
　……ソロモンの悪魔が、そこに居た。
「あ……ワンド……さ……ま」
　絶え絶えに、エントランス・マネージャーが声を絞り出す。自身は消えてしまいそうな様子なのに、絶対的な信仰の対象としてソロモンの悪魔を見ているようだ。
「ああ、ワンド様が……、ワンド様が来てくださった……！」
　逃げてしまっていた黒マントの男達も、遠くから歓声を上げる。
　ワンドと呼ばれた敵は、優雅な足取りで灼滅者達の前に立ちはだかった。
「やあ。僕はザ・ワンド。親しみを込めてワンド君って呼んでくれてもいいよ。君達、どうしちゃったの？　こんなトコロまでハイキングにでも？　危ないから気をつけたほうが良いよ。まあ、理解できないかもしれないけどねぇ。例えば、ほら。こんなふうに」
　ワンドが取り出したのは、大きな宝玉がはめ込まれた杖だった。
　仮面のせいで表情は読めないが、ワンドが楽しげに言葉を発すると同時に周辺が凍りついた。
　ミルドレッド、理央、征司それに黒斗の体温が急激に奪われる。前列に居た者が、凍てつくような氷の攻撃に晒されたのだ。
「……やってくれる」
　膝が地に付きそうになるのをこらえ、黒斗がシールドを構えた。
　勢いをつけて飛び込み、空中で回転しながら殴りつける。
「ふふっ。スゴイスゴイ、倒れなかったんだ。良く頑張ったねぇ」
　殴られながら、ワンドはくすりと笑い拍手をした。どこまでも相手を不愉快にする行動だ。
　だが、すぐに反撃した黒斗に苛立ったのか、ワンドの仮面が真っ直ぐ黒斗に釘付けになる。
「大丈夫、僕が守るから」
　着地した黒斗の回りに、梗花の符が舞った。うけた傷を確かに癒していく。
　その間に、理央はしっかりと相手を見据え、光の刃を放った。
「僕は、……悪魔達に復讐する」
　宿敵であるソロモンの悪魔を前に、感情がグッと高まる。
　ミルドレッドは緋色のオーラを宿した武器で敵を狙い、海松は影を伸ばした。
　昴の刀が直撃した時には、ワンドが一歩無言で後退した。
　一方、詠一郎は小光輪で征司の傷を回復させる。
「しっかり。まだいけますか？」
「っつ、うん。助かったよ、回復、ありがとう」
　ワンドの最初の一撃は、恐ろしく重いものだった。重ねてダメージを受けると、すぐに倒れてしまいそうだ。
　パシンと拳を軽く叩き、征司はワンドへと向かっていった。

●一転
「ああ、そっかあ。君達、もしかして僕と戦いに来たの。へぇ～。それは凄いなぁ。感心しちゃう」
　相変わらず戦いにそぐわない明るい口調のワンドは、しかし言葉とは裏腹に攻撃の手を休めない。
　ワンドの杖から放たれた大きな魔法の矢が、いくつも束になって黒斗に襲いかかった。
「……っ」
　防御の姿勢をとっているはずなのに、受ける衝撃は凄まじい。
　だが、倒れるほどではない。
「へえ、我慢強いんだ？」
　ワンドの動きは緩慢だ。それは自信の表れなのだろうか。
「その首、ボクの鎌で落としてあげるっ!」
　簡単に背後をとったミルドレッドの大鎌がワンドに迫る。
「おっとっと。こわいこわい」
　直前で狙いをそらされ、大鎌が当たったのはワンドの腕だった。
　ワンドは攻撃された場所をかばうように、杖を持ち直した。
　一瞬見えた隙。
「はあーっ」
　その僅かな間に、征司が飛び込む。
　気合を込め、オーラを纏った拳で連打した。
　口調こそ軽いが、確実にダメージを与えている。ワンドに攻撃した二人は、それを確信した。
　皆、攻撃に向かったが、完全に傷が癒えたわけではない。
　梗花から放たれたのは、優しい風だった。前衛で戦う仲間を優しく包み込む。
　同じく、詠一郎の小光輪も次々と仲間の傷を回復させた。
　回復がしっかりと行われ、ワンドと互角に渡り合える。
　そんなふうに感じたのもつかの間、まったく逆の方から魔法の矢が飛んできたのだ。
「気をつけろ、来たぞっ」
　最初に気が付いたのは昴だった。
　ワンドと闘いながら、出来る限り警戒していたのが幸いした。敵の増援に驚かず向き合うことができる。
　昴の掛け声と同時に、周辺の茂みから黒いマントの男達が飛び出してきたのだ。
「ワンド様ー！　我々もお手伝いいたします」
「微力ながら、ご一緒させて頂きます」
「ワンド様が戦っていらっしゃるのに、申し訳ありませんでした」
　最初に逃げていった強化一般人だ。混乱から立ち直り、ワンドに加勢しにきたのだ。
　それぞれ小さな杖を構え、魔法の矢を一斉に飛ばしてくる。
　一つ一つは威力を感じないが、数が多い。
「なんか、うじゃうじゃ出てきやがったな」
　放置はできないと判断し、海松は影を伸ばし現れた黒マントを包み込んだ。
　よろめいた黒マントに、昴が向き合う。
「戦うなら、敵だということだ」
　一気に抜刀し、一人を斬り捨てた。
　理央もすぐに対応する。黒マントに受けた魔法の矢とは比べ物にならない強い矢で、一人を倒した。
　だが、倒れた黒マントの代わりがすぐに現れる。
　黒マント達は次々に攻撃をはじめた。
　一人一人を相手にするのなら簡単だが、とにかく数が多すぎる。
　黒マント達の攻撃が、灼滅者達を傷つけはじめた。
「ああ、うん。僕だけを戦わせて、どうしたのかなって思っていたところさ」
　攻防に加わった配下を見て、ワンドが笑う。
　そこへ、新たな黒マントたちが四人現れた。
「ワンド様に光を」
「ワンド様に力を」
　四人の黒マントは、ワンドを取り囲むように位置取り、癒しの光をワンドへ向ける。
　与えたはずのワンドの傷が、徐々に癒されていった。

●退路
「さて、と。君達、そろそろお開きにしようじゃないか」
　再びワンドの杖が煌めき、凍てつく氷が仲間を襲った。
　回復できない負傷が積み重なり、ついに征司とミルドレッドが倒れ込む。戦闘不能とまでは行かないが、理央もあまりの苦しさに思わず顔を歪めた。次に小さな衝撃を受けただけで起き上がることができなくなりそうだ。二人倒れ、おそらく自分が三人目になる。理央はちらりと隣の黒斗を見た。
　現れた黒マントに、囲まれてしまっている。一人一人は物の数ではないが、このまま戦い続ければ退路が確保できるか怪しいだろう。
　理央と黒斗が退くことを意識し始めた。
　それは海松も同じだった。
「こんなトコで負けてられねぇんだよ！」
　倒れた前衛の代わりに、敵の目の前に踊り出る。
「おやおや。また誰か出てくるのかい？」
　ワンドの熾烈な攻撃から仲間をかばいながら、征司とミルドレッドを、それぞれ詠一郎と梗花に引き渡した。
「くっそ、超強ぇじゃねぇか……」
　ワンドの魔法の矢が、海松に襲いかかる。
　理央と黒斗は海松の考えを汲み取り、自分達を囲むように立っている黒マントに攻撃を集中させた。
　海松が仲間を庇えるうちに、退路を切り開く。
　黒マント達が倒れていった。
　包囲網に隙ができたところから、梗花が征司を抱え素早く一歩踏み出した。
「こっちの道なら大丈夫、さあ」
　遠目から確認しておいた小路を見つけ、皆を先導する。
　最後まで敵と対峙した理央が、ついに片膝を付いた。すぐに黒斗が理央の身を引き起こし、走りだす。
　追って来ようとした黒マントは、昴が斬り裂いた。
　皆の壁になっていた海松も、隙を見て退路へ滑り込む。
　詠一郎はミルドレッドを抱え、ちらりとワンドへ視線を向けた。
「……」
　ワンドは動かない。
　撤退をはじめた灼滅者達へ、ただ無言の仮面を向けるだけだった。
　しばらく梗花の先導で小路を走る。
　やがて、戦いの気配のない小さな茂みへとたどり着いた。
「……追って来なかったな」
　黒斗がポツリと呟いた。
「案外、参っちゃったりとか？」
　昴の言葉に、詠一郎が頷いた。
「配下に回復をさせ続けていた、と言うことは、それなりに傷を負っていたということでしょうね」
　事実、ワンドを取り囲むように位置取りをした黒マント達は、回復の光を休めることはなかったのだから。
　負傷した仲間をかばいながら、灼滅者達は学園への帰路についた。

作者：陵かなめ	重傷：ミルドレッド・ウェルズ（吸血殲姫・d01019） 識守・理央（オズ・d04029） 刑部・征司（零距離の交撃者・d11895）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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