鶴見岳の激突~力に集いしモノ

    作者:立川司郎

     慌ただしい様子で、エクスブレインの相良・隼人は廊下の向こうから駆けてきた。皆を見つけた隼人は、足を止めて手招きをする。
     いつになく厳しい表情であったが、何か状況に変化があったのだろうか。
    「ん、まあな。ひとまず、各地のイフリート事件は何とか沈静化させる事が出来たようだぜ。……お疲れサン」
     ふ、と笑って隼人はねぎらいの言葉を口にした。
     イフリート事件が沈静化したのは幸い。
     しかし、隼人は更に言葉を続ける。
    「あれからこっちでも、鶴見岳について色々調べてたんだ。イフリートが鶴見岳で行っていた事について……な。だが想定外の横やりが入ってな、ちょっと困ってんだ」
     横やり……?
     と聞き返すと、隼人はぽりぽりと頭をかいた。
    「ソロモンの悪魔の軍勢が鶴見岳に集結していて、イフリートとにらみあってるんだ。どうやらイフリートが集めた力を横から奪い取って、自分の為に使おうとしているようだな」
     そこに集結している軍勢は『デモノイド』と呼ばれる、今までと比較にならない程強化された一般人も含まれているという。
     隼人は今のままだとソロモン側が優勢で終わる、と話した。
    「劣勢になったイフリートは一点突破で包囲を破って、そのまま鶴見岳から姿を消す。ソロモン側は力さえ奪う事が出来ればイフリートを追撃する理由は無いから、イフリートが逃走を始めたらそれで戦いは終わるだろう。だが、かなりの数のイフリートを街に放す事になるだろうな。正直、どっちが勝っても困るんだが……。どっちも倒す程の戦力は、今の俺達には無い」
     そこで、エクスブレイン側から幾つか提案が為された。
     今回の戦いをどういった方向で収めるのか、という事である。隼人はカラリと傍の教室の扉を開けると、話を続けた。
     各部隊の選択肢は三つ。
    「一つは、鶴見岳に攻め込むソロモンの悪魔の軍勢を背後から攻撃する。正面はイフリート、後方を我々に挟まれたソロモン側は劣勢に追い込まれるだろう。だが、敵の敵は味方……なんてイフリートが考える訳ゃナイ。戦場は三者混合で戦う、めんどくさい状況になるだろうな」
     これによりソロモンの悪魔が壊滅しても、いずれにせよイフリートは灼滅者側との更なる戦いを避ける為にも鶴見岳から撤退を図るという。
     ここでソロモン側を壊滅する事が出来れば、ソロモンの悪魔に力を奪われる事もイフリートに取られる事もないだろう。
    「二つ目は鶴見岳の麓にある、ソロモンの悪魔の司令部を急襲する作戦だ。司令部にはソロモンの悪魔がウロウロしてっから、まぁツラ見たいならこっちもアリかな。でも司令部攻撃に部隊が固まった場合、ソロモンの悪魔の実働隊に鶴見岳制圧……なんて事になるかもしれねぇ。元も子もないな」
     ソロモンの悪魔本体を多数片付ける事が出来るという以外に、特に多くの戦力を投入する必要はないと思われる。
     ただ、ソロモンの悪魔を多く倒す事が出来ればソロモンの悪魔の戦力を大幅に減らす事が出来よう。
    「そんで三つ目は、脱出するイフリートを待ち伏せして片付けてしまう作戦だ。イフリートの軍勢は、見逃してしまえばまた各地で事件を起こすだろう。それを防ぐ為に、イフリートを殲滅するんだ」
     放置すればソロモン側が有利なこの戦い、どうやっても二者を完全に壊滅させる事は出来ないだろう。
     ソロモン側本隊への攻撃、司令部の強襲、そしてイフリートの完全殲滅。
     どれに戦力を注ぐかで、結末は変わるだろう。
    「どれを選択しても、あんまりうまくない話だ。ほかの部隊ともよく打ち合わせて、どういった方法を選択するか考えるんだな」
     隼人は話し終えると、にやりと笑った。
     必ず、良い結末を持ち帰ってくれると信じて。


    参加者
    花澤・千佳(彩紬・d02379)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    レイ・キャスケット(明日を越えて明後日へ・d03257)
    ネメシス・インフィニー(新時代破壊神王・d04147)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    上尾・正四郎(一天四海・d06164)
    サンサーラ・サンマハサティ(リトルドゥルガー・d07780)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)

    ■リプレイ

     押し寄せるソロモンの悪魔の軍勢は、統制の取れた動きでイフリートの軍勢に迫っていった。低い地鳴りのようなものを感じるのは、ここが比較的戦場に近い場所だからであろうか。
     森田・依子(深緋の枝折・d02777は双眼鏡で戦場の様子を伺いながら、事前情報と照らし合わせて時期をじっと待ちつづける。その敵の多さにぴりぴりと肌に緊張が走るのを、依子は感じていた。
     おそらくここに居る皆、緊張を隠せないで居るだろう。
    「依子、状況を教えてくれ」
     自分の装備を確認しながら、ネメシス・インフィニー(新時代破壊神王・d04147)が声を掛けた。背中ごしに振り返ると、ネメシスもまたこちらに背を向けている。
     事前に聞いた話によると、こちらの班の殆どはソロモンの悪魔の軍勢を背後から攻撃する作戦に参加していた。司令部とイフリート対策に向かった班は多くは無く、学園の総意としてはソロモンの悪魔を狩る方を重要視したと言えよう。
     開戦から三分、学園側のソロモン攻撃班が行動を開始する。
    「ここからじゃよく見えませんけど、恐らくうまくいっているのだと思います」
     敵の様子を見るかぎり、奇襲にうまく対応出来ていないように感じられたからである。そう依子が言うと、ネメシスはこくりと頷いた。
     ともあれ、早く片付けて帰りたいものだ。
    「家令のマーサが誕生日でな、はよう帰ってプレゼントを選びたいのじゃ。マーサにはいつも世話になっておるでのう……」
    「あ、知ってるよそれ! しぼうふらぐって言うの」
     サンサーラ・サンマハサティ(リトルドゥルガー・d07780)が手を挙げて、ネメシスに言った皆の視線がネメシスに向けられるが、レイ・キャスケット(明日を越えて明後日へ・d03257)が楽しそうに笑って『フラグ? いいじゃない、それ位のほうがワクワクするわ!』と言っただけでほかの仲間はさほど気にしている様子はなかった。
     さすが、イフリートの前に立ちはだかろうという猛者である。
     だからネメシスも、フラグについてにっこりと笑い飛ばすのであった。

     学園側が介入したがイフリートの劣勢は覆らず、しばらくするとイフリートが撤退を始めた。ソロモンの悪魔の攻撃があったものの、イフリートの戦力は依然としてこちらのイフリート迎撃班を上回っていた。
     状況を見ていた刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)が、防衛に回る上尾・正四郎(一天四海・d06164)、サンサーラ、レイを振り返る。今回の配置は防衛主体の布陣で、後衛も治癒を心がけるようにしていた。
     それはイフリート戦の恐ろしさを知った上での事。
    「いいか、相手取るのは二体まで! 出来るだけ一体ずつ片付けるぞ」
     刃兵衛は皆に声を掛けると、真っ先に飛び出した。
     一番経験者である刃兵衛が飛び出す事により、後続も彼女に身を任せて飛び出していく。山頂から降りてくるイフリートの一体に目を付けると、レイがその前に立ちはだかった。
     オーラを纏い、拳を握りしめて体内の血からを一気に放出する。
    「はぁ~い、そんなに焦ってないで……」
     言いかけたレイのオーラキャノンを躱すと、彼女を突き飛ばすようにしてイフリートは麓へと駆け抜けた。イフリートの群れは阻止を図るこちらの事など目もくれず、離脱しようと疾駆する。
     へたり込んでいたレイはすっくと立ち上がると、山頂から降りてくるイフリートを睨み付けた。
    「そっちがその気なら、無理矢理止めるまでよ!」
     前方をサンサーラとレイ、正四郎らがガードすると残りも少し離れた後ろから脇を固める。いつでも攻撃を受け止められるように構えを崩さないまま、レイは積極的に距離を詰めていく。
     その間、サンサーラは仲間にシールドを駆けて攻撃に備えた。
     ずるりと刃を抜いた刃兵衛が、イフリートの動きを見極めながらその脇に入り込む。蹴り技をメインに相手を翻弄するレイは、相手の気を惹こうとはしているが無茶はしないように距離を測っている感じがある。
     一方刃兵衛は、相手の死角からの攻撃により足止めを図ろうとしていた。彼女をフォローするように、虹真・美夜(紅蝕・d10062)がイフリートの足下に援護射撃を繰り返す。
     だが、これは分が悪い……。
    「火力が足らない……半数が後衛と支援に回っていて、これじゃあこちらが消耗するだけです」
     依子は攻撃方法を切り替えて、相手の隙を伺った。イフリートの炎はじりじりと彼女達の身を焦がし始め、体力を奪う。
     花澤・千佳(彩紬・d02379)は心配そうに声を掛け、閃光を放って依子の痛みを癒していった。
    「だいじょうぶです。まだ……なんの心配もないですから」
     ふんわりとした千佳の笑顔は、依子の気持ちを和らげる。しかしイフリートの腕が振りかざされ、依子はびくりと身を竦ませた。
     ダメージに備えて身を固くした依子の所に、イフリートの炎と拳が届く事はなく。そうっと顔を上げると、そこに正四郎の背が見えた。
    「余裕があれば手を貸す」
     正四郎はちらりと依子を振り返り、そう言った。攻撃を受け流す事に集中している正四郎は、キャリバーに指示をしつつ依子や刃兵衛達の攻撃の隙を作ってくれていた。
     しかし防衛に回っているとはいえ、キャリバーを連れた正四郎はどうしてもその分打たれ弱くなっている。ましてや、イフリートの炎は容赦なく彼の身を焼いた。
    「イフリートは俺が止める、その替わり攻撃は頼む」
     正四郎はキャリバーとともにイフリートの矢面に立ち続けた。だが防御と援護に専念した攻撃力の薄い布陣でイフリートを足止めするのには、少し弱かった。
     攻撃する気がないと見た正四郎を突き飛ばすと、イフリートは一気に走り出す。はっとした正四郎が追いかけようとした時、横合いから美夜の凜とした声が響いた。
    「正四郎、後ろ!」
     足止めにナイフを放ちながら、美夜が叫ぶ。
     正四郎が振り向いた時には、阻止しようとしたレイごと新たに飛び込んできたイフリートに吹き飛ばされていた。咆哮を上げて正四郎を掴み、炎で焼くイフリート。
    「天地上下、来い!」
     イフリートに霊力を放ちながら正四郎が、声を上げる。スピンターンをして土煙を上げながら、ライドキャリバーが正四郎を掴むイフリートに突撃した。
     そして再び、一度離れて更に強く突撃する。
     ぐらりと体勢を崩して離れたイフリートであったが、正四郎はここで気付いていた。
    「サンサーラ、総攻撃に移れ。盾はもういい」
    「だけど……」
    「分からないか、このままだとこいつも逃げられる!」
     撤退しているイフリートを待ち伏せしているのだ、彼らにとって撤退が最優先だと分かって居たはずである。
     そう、ここで足を止めて灼滅者の相手をする理由など、ひとつもないのだ。隙があれば逃げる、そして体勢を立て直す。
     それが、今のイフリートにとっての重要目的だった。
     万が一一体も倒せずに終わったら、自分達は一体何の為にここに来たのか分からない。むろんこのイフリートも、こちらの動きに気付いている。
     千佳は麓の方をじっと見ていたが、先ほど逃げた一体が既に手の届かない所まで行ってしまった事を見届けた。
     後衛の千佳だけで追う訳にもいかない。
     キッと視線を正面に向け、千佳はレイに夜霧を展開する。
    「これが……さいごのチャンス。イフリートを逃がさないで」
    「最後か。燃えるじゃない!」
     頬についた血を拭うと、レイはにいっと笑った。

     再び移動を始めた二匹目のイフリートのあとを追い、正四郎がサンサーラとともに前に回り込もうと図った。
    「逃がしません!」
     炎を放ってイフリートを逆に焼こうとサンサーラが斬艦刀を振り下ろすが、斬艦刀が纏う炎はイフリートの体を焼くには勢いが足らない。
     斬艦刀を使った力技は、利く様子がない。
     それでも表情を崩さず、サンサーラはイフリートに飛びかかって制止する。
    「行かせない!」
     サンサーラも盾になる為の力以外、あまり考えていなかった。イフリートの力は強力で、盾になる以上は自分の体力を支えて仲間を支援するのが優先であると。
    「あたしも攻撃に移るわ、あんたはフォロー頼む」
     後ろに控えていた美夜が一気に間を詰め、ガンナイフで斬りかかった。仲間の間を縫うようにナイフを的確にイフリートの懐に切り込んで裂く美夜の攻撃は、既に足止めではなく攻撃……倒す為のモノとなっていた。
     ゆるりとした動きから、鋭いナイフのような身のこなしへ。
     美夜は後衛から距離を測りながら、一気に詰めて切り突く。呼吸を整えて治癒を繰り返しながら突っ込む正四郎に限界が来ているのは、美夜にも分かった。
    「倒れないで、攻撃手が減るのは困るわ」
    「そいつは……悪いな……」
     正四郎は、めずらしく目を細めて笑うような表情で言った。
     彼が笑ったのか、それともそう見えたのかは美夜には分からない。しかし最後に斬艦刀でイフリートの腕を切り裂いて手首から落とすと、体を包む炎の痛みに耐えきれずずるりと体勢を崩した。
     とっさに後ろから支えた美夜が顔をのぞき込む。
    「しっかりしなさい!」
     とにかくイフリートから庇いながら声を掛ける美夜であったが、ネメシスは状況的に厳しいと感じていた。
     とりあえずこちらが手出しを止めれば、おそらくイフリートはそのまま逃走するだろう。これだけ消耗したあとで作戦を攻撃に切り替えても、各人の連携が取れるとも思えない。
     では、自分が犠牲になるか?
    「……そうまでせずとも、すでに戦局は決まっておるしな……」
     呟くと、ネメシスは高速演算モードでイフリートの動きを見定めはじめた。バスターライフルを構え、美夜が正四郎を後方に連れて戻る時間を稼ぐ為にバスタービームを発射する。
     冷気とバスタービームを交互に放ちながらイフリートの気を惹くネメシスは、ちらりと刃兵衛と依子を見る。
     体を焼かれながら、依子は荒く息をついてイフリートを睨んでいる。
    「たとえ相手の力を封じても……人里に逃がしてしまったらおしまいです」
     でも、既に多くのイフリートが逃げてしまった。
     もっと多くの敵が倒せたはず。
     もっと……。
     そう考え、依子は唇を噛んだ。
    「よりこ、深呼吸だよ」
     深呼吸を一つすると、レイがすうっと構えを取った。
     ここから先は、攻撃しか考えない!
     レイの意志を感じ取ると、依子もこくりと頷いた。みんな、余裕などなかった。休憩無しの連戦に加えて、一体は無駄に逃がしてしまったという気力の低下がある。
     それでも踏ん張っているのは、一体だけでも倒さねばならないという意志。
     祈るように手を胸の前で組み、千佳はじっと目を閉じる。
     光がみんなを包んでくれますようにと、飛び込んでいくレイや依子たちを光で包み込んでいく。たくさんのひかりが消えて、たくさんのひかりは新たないのちをもとめて、ふもとに向かって行く。
     それが新たな惨劇の始まりである事は、千佳にも分かる。
    「顔を上げよ、今できる事を考えよ!」
     目を細めて笑うと、ネメシスは氷を放った。鋭い槍のように研ぎ澄まされた氷の矢が、ネメシスから次々と放たれてイフリートを貫いていく。
     しっかりと柄を握った刃兵衛が、イフリートの前に立ちはだかる。
    「皆、火力を集中させろ!」
     抜きざまに一閃させると、しっかりと構え直した。
     上段に構えた刃兵衛の刃が振り下ろされると同時に、ネメシスの氷とサンサーラの炎が渦巻くようにしてイフリートを包み込んだ。
     業火と冷気とに身を崩していく、イフリートの姿にナイフを放とうとして、美夜はすうっと収めた。
     一息ついて、空を見上げる。
     戦場に溢れていたイフリートの群れは、何時の間にか殆ど姿を消してしまっていた。
     おそらく、民家のある麓へと……。
    「……殆ど逃がしたわ。一体倒すのがやっとだった」
    「なんで逃げちゃうんだろう」
     レイはちらりと美夜を見返して、聞いた。
     自分なら、戦う方がずっと楽しい。待ち伏せされたと分かっても、きっと自分が追い詰められる程胸が高鳴ると思う。
     澄んだ目でじっと麓を見つめていた千佳が、口を開く。
    「もっと……うばうためです」
     もっと人の命を奪うためである。
     今は泣いてはいけない、と自分の気持ちを引き締めながら千佳は言った。そっと傍を見ると、千佳に背を向けるように刃兵衛が立っていた。
     目を覚ました正四郎も、ネメシスもみんな口をきこうとしない。
     ただ大戦には勝ったが、ここでの戦いは敗北であったと分かって居るから。今はこのあとに待ち受ける運命について覚悟を決める事しか、出来なかった。
    「反省するのは今日だけ、明日からはまた戦うの」
     サンサーラは胸元をぎゅっと握り締めながら、言う。
     大剣に身を預けて口を閉ざしていた依子は、ただ無言で頷いて眉を寄せた。

    作者:立川司郎 重傷:上尾・正四郎(一天四海・d06164) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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