鶴見岳の激突～力振り翳す先

■リプレイ

●戦端
　大分県別府市、鶴見岳。
　この地を振るわせるほどの暴虐と邪悪。二つの意志は激しくせめぎ合い、それはいつ爆発してもおかしくない程の緊張感を宿していた。
「……ソロモンの悪魔の司令部を叩くか。苦しいのは承知の上だが、やってみる価値はあるだろ」
　骸骨の仮面を被った天方・矜人（疾走する魂・d01499）が、自分達の決めた指針を改めて口にする。
　その決意を乗せた声に、戦場を走る風に栗色の髪を靡かせた早瀬・道流（プラグマティック・d02617）が少し緊張した表情で強く頷いた。
「相手が動いた今は、逆にチャンスだよね。頑張ろう」
「かと言って無理は禁物じゃ。なるべく配下達の戦闘は避けるのが良かろう」
　頭の後ろで腕を組んだ謝華・星瞑（紅蓮童子・d03075）が、外見とそぐわない老成した口調で自分の考えを口に出す。目的は情報収集と、ソロモンの悪魔の灼滅なのだからと。
「司令部はやはりあの『金鉄別府ロープウェイ別府高原駅』のようですね。その周りの建物にも、強化一般人が潜んでいる可能性があります」
　いつもと変わらぬ笑みを浮かべながらメールを確認していた零零・御都（自分的には魔法使い・d10846）が、他の班から送られてきた情報を伝える。
「それなら、これ以上近づくのは他の班と足並みを揃える必要があるの。合図はまだかな？」
　灰色の瞳を細め、リオーネ・ブランシュ（運命黙示録・d04884）が耳を澄ますように空に視線を向けた、その時。
　この地に満ちていた空気が爆発し、大地を震わせる鬨の声が上がった。
　二つの軍勢がぶつかり合い、さらにその後方で戦塵が上がる。激突に合わせて、武蔵坂学園が奇襲をかけたのだ。
「始まりましたね」
　青の瞳を閃かせ、凛々夢・雨夜（夜魔狩・d02054）が強い笑みを浮かべる。
（「ソロモンの悪魔。どれぐらい強いのか、戦うのが楽しみですねっ」）
　強敵と戦う。その想いに昂ぶる心をその拳に込めて。
「……止めるぜ」
　戦況を窺うように姿を見せた強化一般人の姿に、焔月・勇真（フレイムアクス・d04172）が奥歯を噛み締める。
　ソロモンの悪魔の手駒として一般人を使われるというこの戦場に、確かな怒りをその瞳に込めて。
「――行きましょう。風紀を乱すものは全て敵です」
　遠くから聞こえる銃声を聞いた遠藤・彩花（純情可憐な風紀委員・d00221）が、スレイヤーカードを取り出して戦いの始まりを告げる。
　厳しい戦いとなるのは解っている。だが、その先にある何かを掴み取る為に。
　灼滅者達は、一斉に司令部に向けて駆け出した。

●予感
『うわあああーーった、助け、助けて！』
「数が多いですね。一人も逃がさないというのは難しいかと」
「そうだね……っと、危ない！」
　腕に装着するような形のバスターライフルから魔法の光線を飛ばしながら御都が呟き、その背後に迫る敵に雨夜が槍を回転させ、纏めて蹴散らした。
『お前達は何者だ！』
　悲鳴じみた声と共に突き出されたナイフを眼前で掴んだ星瞑がにやりと笑い、
「通りすがりの正義の味方」
　簡潔に名乗ると同時に反対の腕の縛霊手で殴りつけ、霊力の網で絡めとる。
「その攻撃は読んでいてよ」
　後衛の仲間に銃口を向けた敵との斜線上に割り込んだ彩花は、迫る弾丸を手の甲に張り付いたコインから発生した障壁で弾き、そのまま距離を詰め殴りつけた。
「……おかしいな」
「ああ」
　戦場に開いた空間に背中合わせとなった勇真の声に矜人が頷き、互いに時計回りに踏み込む。
「手応えが！」
　竜因子宝珠を内蔵した斧を、体内から噴出した炎を纏わせて振り被り。
「無さ過ぎっだろ！」
　闘気を雷に変えて拳に宿し、身体を沈みこませ。
　直前で入れ替わった相手に戸惑う敵を二人同時に吹き飛ばし、ライドキャリバーが続く相手を機銃掃射によって足止めする。
　魔法の矢を無数に浮かべながら、内心で道流は焦っていた。司令部の周りには予想を遥かに超える敵が配置されており、隠密行動を早々に諦めざるを得なかったのだ。
　そして二つ目の誤算は、敵の脆さ。ここは敵によって最重要の場所の筈だ。そこに主力である『デモノイド』が一体も見えないのは何故か。
　背中を伝う冷たい予感に、今の自分に何が出来るかを考えて叫んだ。
「みんな、内部へ入り込むことを最優先に、足を止めず一気に駆け抜けよう！」
　灼滅者達は頷き、それから続く行動は迅速だった。
　この場に残る他の班と逃げ惑う強化一般人を背に、司令部に向けて走る。
　建物を乗り越え、同じように判断した他の班と別のルートを選択して駆けた。自分達の中の誰でもいい、司令部を叩くのが突入班の役目なのだ。
　だが、その足が不意に止まった。
　自分達の目指す先から伝わる違和感。悲鳴を上げて逃げ惑うだけだった一般人が、歓喜の声と共に落ち着きを取り戻していく。
　司令部という重要拠点とは裏腹な兵の脆さ。
　しかし、この場所における総合の戦力が高ければ、それは全くの問題とはならない。　即ち。
　――それ以上に強い駒が、この地を守っていたとしたら？
『みんな、『教授』様が来て下さったぞ！　もう安心だ！』
「……あれが、ソロモンの悪魔」
　リオーネがつぎはぎウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、欲望の権化を見つめる。
　大量の魔道書を球形上に宙に浮かべ、笑みを形どった仮面の悪魔の発する酷く蠱惑的でおぞましい声が響く。
『初めましてぇ、灼滅者の諸君。私はソロモンの悪魔が一柱、名を『教授』と申しますぅ』
　やれやれと気だるそうに肩をすくめ、名乗りながら悪魔は笑う。
『私は忙しいんですよぅ。私の求める欲望は知識欲。デモノイドに続く戦力の研究の為に来ましたのに、こうして邪魔をされるとはぁ』
　ぱらぱらと、魔道書のページが一斉に開かれていくと共に、悪魔から感じる重圧が更に上がり。
『まあいいでしょうぅ。私の研究材料になれる幸運を、死ぬことすらできない意識の中でありがたく思い続けなさいぃ！』
　その言葉と共に生まれた石の矢が、水の矢が、火が、風が、雷が、氷が、樹が、光が、闇が。
　膨大な魔力によって生み出された魔法の矢が悪魔の姿を覆い尽くし、前列の灼滅者達へと迸った。

●魔
「あはははっ、強いッッ。これが本当の強者ですか！　この昂りッ、生きてるって実感できますね！」
　体中から血を流しながらも地面を蹴り、雨夜が槍を持つ手に捻りを加え、仮面に向かって突き出した。
『ほほぅ。いいですねぇ。活きがある女性は大好きですよぅ』
　しかしその攻撃は、魔道書が生み出した光の網に勢いを削がれる。多少の傷を負うも余裕な態度を崩さない相手に、更に雨夜は言葉を重ねる。
「ノー格闘、ノーダークネス！　勝負ですよソロモンさん！　まさか、逃げたりしませんよねっ？」
『そうですねぇ。確約は出来ませんがぁ……』
「我が相手だ！　いくぞ『教授』ー！！」
　かなりのダメージを受けたのを自覚しながらも、星瞑が縛霊手で殴りかかる。受けたダメージは甚大だが、下がる暇は無いと判断したのだ。
　力任せの一撃は魔道書が重なり合って展開する障壁に阻まれるが、全力で一枚ずつ砕きながらその一撃を悪魔の仮面に届かせた。
『それでもぉ、このぐらいならば逃げる必要はゼロでしょうねぇ』
　しかし力ない攻撃に悪魔は笑いながら魔道書を操り、小柄な身体を振り払う。
「やはり力が有効なようだな！　皆、怯むなよ！」
　回転して着地した星瞑の鼓舞するような声に仲応え、悪魔の背後に高速で動く影が肉薄した。
「初めましてMr.デモン」
　魔道書が背後を守るのをマテリアルロッドを旋回させて弾き、矜人のバトルオーラが刃を形成する。
「オレは天方矜人だ！」
　障壁を張る魔道書と共にその身を切り裂き、二つの仮面が至近距離で相対する。
『うふふふぅ。貴方、面白い仮面していますねぇ。私の好奇心を擽りますぅ』
　しかしその傷を一顧だにせず悪魔は楽しげに笑い、その様子を見ながら御都は光輪を分裂させて自分の守りを固めると同時に、受けた傷を癒す。
「私は、前衛です」
　笑みは変わらず淡々と、自分の役目を口にする。
「例え倒れるとしても、貴方に少しでも多くの傷を負わせます」
　自分に向けられた、御都の持つ銃口にも、悪魔の態度は変わらない。
『いいですねぇその覚悟ぉ。その態度がどう変わるかが楽しみですぅ』
（「あれがソロモンの悪魔。……見るのは初めてだけど、かなり手強い。強敵相手だけに、気を付けないとね」）
　敵の観察をしながらリオーネが、悪しきものを滅ぼし善なるものを救う裁きの光条を放ち、仲間の傷を癒す。
『貴方がぁ、回復役ですかぁ』
　それを見た悪魔が、おもちゃを見つけた子供のように視線を向けた。だがリオーネはその視線を受け止め、逆に一挙一動に目を配り続ける。
（「最低限、何かしらの情報を得る位はしておきたいもの」）
　何も言わず、怯むことすらしない瞳に、『教授』は楽しげに肩を震わせる。
　しかしその視線を遮るように、人影がシールドを張り巡らせた。
「させません」
　言葉と共に血を流す彩花が振り向き、言い放つ。
「やると言うのなら、私が相手となりますよ」
　悪魔はその言葉に、堪えきれなくなったように笑い声を上げた。
『ふはははぁ！　楽しいですねぇ貴方達はぁ！　デモノイドを生み出す儀式ではどいつもこいつも泣き叫び、助けを求め、近しい者の命を差し出してまで命乞いをするのが常でしたのにぃ！』
「……やっぱりか」
　龍砕斧に宿る龍因子を解放し、龍の力で守りを固めた勇真が怒りを込めた視線を向ける。
「『デモノイド』を生み出すのにどれだけの犠牲を出しやがった！　ダークネス！！」
　叩き付けるような咆哮に悪魔が応える様に魔道書を展開し、巨大な魔法陣が幾層にも重なる。
『いいですねぇ、その怒りもまた欲望ぅ！　私はそれが知りたいのですうぅ！　どこまでも、どこまでもぉ！』
「……ボク達は負けないよ」
　狂喜の滲む声に、道流が真っ直ぐな瞳と共に告げる。
『ほほぅ。これを受けてもそれが言えるのですかぁ？』
　幾層にも重なった魔法陣が自分に向けられても、道流は言葉を紡ぐのを止めない。
「キミが外に出てきたように、他のソロモンの悪魔達も外に出てきていたよね。それなら誰かがきっと、中に突入してくれるよ」
　その言葉に教授は、愉悦の混じった声で応える。
『それでぇ？』
　視線と共に契約の指輪を向けていた道流が魔法弾を放つ。それは魔道書から放たれた光線に迎撃されながら『教授』の仮面を掠め。
『いい事を教えてあげましょうぅ。この戦いに従軍したソロモンの悪魔は、全部で十八柱ですぅ』
　その言葉に灼滅者達の表情が凍りついた。
『そして、今回の指揮官であるアモン様はぁ、私達よりも更に強いぃ。解りましたかぁ？　貴方達がどれ程無謀な戦いを挑んだかがぁ？』
　多重魔法陣により吐き出された巨大な闇の光条が、絶望を告げる声と共に放たれた。

●魔と闇と
『素晴らしいですねぇ。まだ足掻くのですかぁ』
　戦場に楽しげな『教授』の声が響くが、相対して立つ灼滅者の数は半分近くまで減っていた。
「くっそ……！」
　ライドキャリバーに騎乗し、突撃を行った勇真の竜の骨をも叩き切る一撃は悪魔の肩に食い込み。もう一度立とうと地面に拳を叩きつけ身を起こそうとする。
「まだ……やれます……」
　御都の狙い済ましたバスターライフルからの光線は、笑みを浮かべる仮面に風穴を開け。手から零れ落ちた銃に、再び手を伸ばそうとする。
「鶴見岳の力は……決して渡すわけにはいかないの……」
　悪魔の左腕を断罪の刃で突き刺した大鎌を支えに、リオーネが再度力を振り絞るようにして立ち上がろうとする。
「ここ……は、何としても……守ってみせるの」
　その闘志が。その意志が通じたのか。
　戦場に一つの報告が舞い込んだ。
『なんですってぇ？　私達の軍勢が敗れたというのですかぁ？』
　強化一般人の報せに、初めて『教授』の声に動揺が走った。
「……なるほど。彼等ソロモンの悪魔を引きとめた為に、私達というイレギュラーに部下達が対応できなかったようですね」
　倒れた仲間達を背に、傷だらけの彩花が笑みを浮かべながら闘気を雷に変え、高角度のアッパーを鳩尾にめりこませる。
「これであなた達の勝ちはなくなりました！」
　カミを降ろし、その力で風の刃を生み出した雨夜の斬撃が、悪魔の右腕を切り裂く。
『遊びすぎましたかねぇ。しかし、出かけていた他の者達も帰ってくるでしょうしぃ……』
　螺旋を描き、『教授』の傷を癒していた魔道書が、幾度目かの多重魔法陣を展開させる。
『せめて貴方達ぐらいはぁ、持って帰るとしましょうかぁ』
　全ての攻撃を魔道書で防御しつつ、回復をも併せ持つ『教授』。悪魔から放たれる闇の光条に、灼滅者達に諦めと覚悟が同時に浮かんだ。
「……いや。誰もやらせねぇよ。Mr.『教授』」
　骸骨の仮面を被った人影が、仲間達全員を庇うように前に出る。
「アンタは悪だ。法で裁けぬ悪を討つのは、ヒーローの役目だろ」
　――脳裏に浮かぶのは、『先生』の姿。覚悟を決め、自分の奥に眠る力を揺り動かす。
「さあ、ヒーロータイムだ！」
　闇の光条の中から爆発するように溢れ出た凄まじい覇気が渦を描き、纏めて吹き飛ばした。
「ただし、ダークヒーローだがな！！」
　渦巻く覇気の中央。
　回転させていたマテリアルロッドを構え直し、溢れる覇気を身に纏った矜人が『教授』に向けて爆発するように駆けた。
『まさかぁ！？　闇堕ちですかぁ！？』
　慌てて魔道書を展開させるが、その障壁を鍛え抜いた超硬度の拳が纏めて砕き、『教授』の仮面を捉え、地面に叩き付けた。
『この力はアンブレイカブルぅ！　しかし何故、理性を失って無いのですかぁ！』
　無限とも言える魔法の矢を放つが、仲間達を背に庇いながらそのこと如くを弾き、砕き、マテリアルロッドで吹き飛ばす。
　超高速で魔法陣が展開され、目まぐるしく動く影が障壁を突破して一撃を加える。
　数多もの矢が四方八方から追い縋り、一撃を加えられながらも串刺しにする。
　自分達とかけ離れた戦闘に、道流が瞳を揺らしながら辛い選択を口にした。
「……撤退しよう。天方先輩もきっとそれを望んでるよ」
　仮にもう一人、闇堕ちすれば『教授』は倒せるかもしれないが、他のソロモンの悪魔に囲まれれば、脱出すら困難になってしまう。
　何より、自分達がこの場に留まっていれば矜人が退く事もできないのだ。
　仲間達はそれぞれの表情を浮かべながらもその言葉に頷き、動けない仲間を背負って強化一般人達の壁を突き破る。
「矜人！！」
　シーサーキックで包囲網を破り、殿を請け負った星瞑がただ一人残った仲間に声の限りに叫ぶ。
「必ず！　生きて帰れよ！！」
　悪魔と骸骨が踊る戦場に、真摯な声が響き。
　これまでにない程の巨大な魔法陣と、辺り一帯を飲み込むような荒ぶる闘気がぶつかり合った。

作者：月形士狼	重傷：焔月・勇真（フレイムエッジ・d04172） リオーネ・ブランシュ（運命黙示録・d04884） 零零・御都（月に一番近い所・d10846）  死亡：なし 闇堕ち：天方・矜人（疾走する魂・d01499）
種類： 公開：2013年2月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 20／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。