鶴見岳の激突~焔と悪魔と灼滅者

    作者:笠原獏

    「イフリートの灼滅、お疲れ様ー」
     流石だねぇ、と教卓に腰掛けた二階堂・桜(高校生エクスブレイン・dn0078)がゆるく笑う。別府温泉の鶴見岳から出現し、日本各地で事件を起こしたイフリート達。それらを灼滅した灼滅者達への礼と敬意を込めた労いだった。
    「さて、この結果を受けて、学園は鶴見岳の調査とその原因解決を行う為の準備を進めていたのだけれどね? ここで想定外の横槍が入ってしまったんだよ。止めて欲しいよねぇ、そういうの」
     ぼやくように言いながら教卓から降りて、黒板の前に立ちチョークを持つ。それでねー、と言いながらそこに簡素な山を描き、ぐるりと丸で囲んだ後に『イフリート』と書き足した。
    「鶴見岳にイフリートがいるでしょ、そこに、こう」
     山の下部から山に向けて矢印を書き、付け足された文字は『ソロモンの悪魔』。
    「今ね、鶴見岳の周辺にはソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結してるんだ。作戦の失敗で戦力を減らしたイフリートを攻めて滅ぼしちゃおうとしているって訳」
     投げるようにチョークを戻した桜が、灼滅者達の方を向きながら黒板をコツンと叩く。
    「ソロモンの悪魔の目的はイフリート達が集めた力を横取りして、自分達の宜しくない目的の為に使う事だろうね。ソロモンの悪魔の軍勢には今までとは比べものにならないくらいに強化された一般人の姿もあるらしい」
     ダークネスに匹敵する程の力を持つ彼らはソロモンの悪魔から『デモノイド』と呼ばれていて、その軍勢の主力となっているみたいだよ、と付け足して。
    「さてさて。このソロモンの悪魔とイフリートのゴタゴタをキミ達が放置した場合──武蔵坂学園が介入しなかった場合ね。この戦いはソロモンの悪魔の軍勢が勝利して終わる。それで、鶴見岳の力を得てもっと強大な勢力になっちゃうだろうってのが僕らの見立てだよ」
     敗北したイフリート達は一点突破で包囲を破り、鶴見岳から姿を消す事になる。ソロモンの悪魔の軍勢は鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要は無いと判断したのか、逃走するイフリートに対してほとんど攻撃を仕掛けない。故にイフリートもかなりの戦力を残す事になる──語られる仮説は穏やかでは無い。
    「つまり、放置してしまうとソロモンの悪魔の一派が大きな力を得るけれど、イフリートもその戦力を殆ど失わないで逃走しちゃうって事。これって最悪の結果だよねぇ」
     僅かな苦みが、桜の緩い笑みの中に落ちた。けれどそれはほんの一瞬の事。
    「今の武蔵坂学園に二つのダークネス組織と正面から戦うような力は残念ながら無いけれど、そういう場合はどうするか。利用すればいいのさ」
     二つのダークネス組織の争いを。利用し、最善の結果を引き出せるような介入を。
    「キミ達に行って欲しい。それが今回のお仕事内容、だね」
     
     今回は選択肢がありますよ、と桜は指を三本立てる。
    「一つ目は鶴見岳に攻め入るソロモンの悪魔の軍勢を、背後から攻撃する事。鶴見岳を守るイフリート達と一緒にソロモンの悪魔の軍勢を挟撃する形になるから有利に戦う事が出来るよ」
     ただ、イフリートにとっては灼滅者達も憎むべき敵。イフリートと戦場で出会ってしまうと三つ巴の戦いとなってしまうだろう。
    「ソロモンの悪魔の軍勢を壊滅させた場合も、イフリートはキミ達との連戦を避けて鶴見岳から脱出するよ。まぁ、ソロモンの悪魔の軍勢さえどうにかすれば、ソロモンの悪魔に鶴見岳の力を奪われる事は阻止出来るね」

    「二つ目は鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する事。司令部にはソロモンの悪魔の姿も沢山あるから、戦力はかなり高いと思っていい」
     普段は表に出てこないソロモンの悪魔と直接戦うチャンスになるかもしれない。ただ、鶴見岳の作戦さえ成功すれば司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する為、無理に戦う必要は無い。
    「司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合には力の一部がソロモンの悪魔に奪われてしまう。だけどここで多くのソロモンの悪魔を倒せていたなら、ソロモンの悪魔の組織を弱体化させる事が出来るから、どっちが良いとかは一概には言えないねぇ」

    「で、最後の選択肢はイフリートの脱出を阻止して灼滅する事。ほら、鶴見岳から逃げたイフリートが各地で事件を起こしてしまうってのは容易に想像出来るだろう? その事件を未然に防ぐ為に、イフリートの脱出阻止は重要な仕事なのさ」
     イフリート達はソロモンの悪魔の軍勢との戦いで疲弊している。大きなチャンスと言えるだろう。
     
     長い説明を終えた桜はようやくの一息を吐く。
    「キミ達がどの選択をするか、どう動くか。それらは全てキミ達の判断に任せるよ。よくよく検討しておくれ」
     今回は、ダークネス同士の大規模な戦闘に介入する危険な作戦となる。だからこそ。
    「僕はキミ達を信頼している。キミ達は自分自身を信じるといい」
     気を付けて、頑張ってね。
     あくまでもゆるく笑んだまま、エクスブレインはそう言ってひらりと手を振った。


    参加者
    仁奈坂・翼(パラソニックガール・d00211)
    如月・縁樹(花笑み・d00354)
    遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482)
    棲天・チセ(ハルニレ・d01450)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    椿・深愛(ピンキッシュキャラメル・d04568)
    栗花落・唯(リテヤ・d05822)

    ■リプレイ

    ●1
     鶴見岳、その山頂付近。所々の雪が不自然な溶け方をしているのはイフリートの持つ熱のせいだろうか。
     空を見上げれば曇り空、周囲は夜へ向けぼんやりと暗くなり始めている。視線を落とせば──今にも敵陣へ攻め入ろうとしているソロモンの悪魔の軍勢が、見えた。
     自分達のいる位置からは後方に配置された多数の強化一般人の姿が伺える。
    (「手負いの隙狙って、横取りたぁ……流石こずるい」)
     少し離れた木々の間から双眼鏡でそれを伺っていた森田・供助(月桂杖・d03292)が一度腕を下ろし、眉根を寄せた。すぐに再度双眼鏡を覗くもここからはデモノイドやイフリートの姿を捉える事は出来なかった。
    「デモノイドがどういう攻撃してるかとか、見ておきたかったな」
    「最前線に配置されてるのかも、な」
     残念そうに唇を尖らせる椿・深愛(ピンキッシュキャラメル・d04568)の小声に小声で応え、何気なく隣を見れば栗花落・唯(リテヤ・d05822)と目が合った。ふわりと笑んだその表情の奥に潜む感情を垣間見たような気がして、けれど供助は何も言う事なく嘆息した。
     気を使って貰ったような気がする──誰も分からぬ小さな苦笑を浮かべた唯の傍で棲天・チセ(ハルニレ・d01450)が腰を浮かせかけ、はたと気付いて座り直す。
    (「今は、集中せんと」)
     強敵だけど負けられない戦いだかこそ高ぶってしまう気持ち、それは今はまだ、抑えておかなければならない。そんな主人に寄り添う霊犬シキテの背に無意識で手を置けば、シキテはぱた、と一度尻尾を振った。
     それを見ていた唯は己の後ろを振り返る。そこにいた名も無きビハインドが、ふいと顔を逸らした。
     眼前に控える軍勢に、周囲を警戒する様子はあまり見られない。機を伺い潜んでいる身としてはそれが有り難かった。
    「この緊張感は何度戦いに出ても慣れませんね」
     ひそりとした声で如月・縁樹(花笑み・d00354)が零す。それでも気を引き締め直して息を殺し、そして思い返した。
     イフリートの戦力を消耗させる作戦は取らず、ソロモンの悪魔軍がイフリートへ攻撃を仕掛けた頃合いでの奇襲攻撃を掛ける事、仕掛けるタイミングは戦端が開かれてから──三分後。
     それが、背後からソロモンの悪魔の軍勢を叩く事を選んだ者達の意見と作戦を鑑みての全体決定だった。
     直後、獣と人間の咆哮が混ざり合うように響き空気を震わせる。戦の始まりを告げる音は同時に作戦の開始を告げるカウントダウン。
     決して、戦う事が好きな訳ではなかった。全然怖くないと言えば嘘になる。僅かに目を伏せ、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)は荒々しく響くその音を聞いた。
    (「でも、護りたいものがあるから私は戦える」)
     護りたいものがあって、そして皆がいるから。皆を信じているから武器を構える事が出来る。
     一分、二分、時が過ぎた。奇妙に長く感じた時間、喧噪は耳に届いても戦況の全ては伺えない。それでも自分達は戦う事に躊躇をしない。
    「……──」
     やがて白く細い腕が、真上に伸びた。その少女の口元には勝ち気な笑みが浮かんでいた。
     伸ばされた腕の先、指がカウントを取るように折れてゆく。
     3・2・1──そしてゼロ。仁奈坂・翼(パラソニックガール・d00211)が示したそれが、自分達が駆け出す為の合図だった。

    ●2
     ほうぼうから、ソロモンの悪魔の軍勢を叩く事を選んだ灼滅者達が一斉に飛び出した。迷わず前線を目指す者達の背中へ向け供助が叫ぶ。
    「後方は任せろ、行け!」
     イフリートとの交戦は極力避けよう、そう決めていた自分達が狙うとすれば、それは後方に配置されている強化一般人。十名程の部隊のひとつを見定めて、背中からの一撃を喰らわせてやるべく一直線に駆けた。
     暴力は好きではない。自分の力を恐れていないと言えば嘘になる。それでも阻止をするしか無いのであれば少女は躊躇う事無く不屈の闘志を目に宿す。
    「漁夫の利を得ようなどという甘い考えを見過ごすわけにはいきません」
     先頭を駆けた少女、遥・かなた(こっそりのんびりまったりと・d00482)が、凛と告げながら強化一般人の一人に狙いを定めた。仲間達の視線が同じ一体に集中した気配を背中に感じながら握るは拳、そこにばちばちと電撃が走ると同時にかなたはぐんと、限界まで身を低くした。
     そして、飛ぶ。飛び上がりながら容赦無く、誘われるように振り返った強化一般人の顎を砕くように殴り飛ばした。それが地に叩き付けられるより早くかなたが真横に逸れれば後方から真っ直ぐ飛び込んだ香乃果の姿。
     ──背中を守ってくれる仲間がいるから、私は前に立てる。
     手にした槍に加えられたのは螺旋の如き捻り、ネモフィナの花色はしかり相手を捉えている。香乃果は力を込めた槍をそのまま、真正面に突き出した。そして、穿つ。
    「難敵ですね、難関ですね、でも!」
     この場においてもその声色は晴れ晴れと。
    「縁樹達は負けませんよ! さぁ、縁樹と一緒に遊びましょ!」
     礼儀正しくぺこりと一礼、それから魔法使いの少女は踊る。踊るように敵を討つ。歌う為に、たくさんの好きに満ちた大好きな世界の為に。
    「悪巧みは終わりですよ。盛大に邪魔をさせて貰います!」
     トン、と足先で地面を叩きながらマントを翻し、振り返ってのフィニッシュ。縁樹が言ったその言葉を、奇襲により地面にくずおれた強化一般人が聞き留める事は、無かった。
    「待ってろ、ぶち込んでやるよ」
     狙いの切り替えに迷いは無い。一人目が倒れた今、次に仲間が狙うは自分が狙った相手、縁樹の踊りに巻き込まれたうちの一人。供助の足元で影が形を変えながらうねる。
     自分が言うのも何だが頭が悪そうで、ガラも悪そうな奴らばかりだ──と、襲撃に気付きがなり声を上げる強化一般人に改めて思った。例えば、こういう戦闘でしか役に立てないような。今目の前で倒れた一人に対し何の情も、示さないような。
    「お前らに奪われても、厄介なんだ」
     釣り目がちの赤目を不愉快そうに細め、供助は足元の影を繰った。触手に変形したそれが敵の一人を絡め取ろうとするも粗雑な怒鳴り声を上げたそれに弾かれる。
    (「こんなナリでも強化一般人……俺達よりはまだ強い、ってか」)
     全く笑えない話だ。それでも供助は臆する事無く前に立つ。無意識的に、立つ。
     己が血を灼熱の炎に変えて、少女はそれを噴出させた。煌々と燃える左掌で右手に持つ武器を叩けば炎は武器に宿され輝きを増す。
    「みあ、わりとソロモンの悪魔は死ねば良いって思ってるかな!」
     もう我慢をしなくていい──先刻まで声をひそめていた分までも込めた大声で、元気いっぱいの笑顔を浮かべ。供助の狙った強化一般人へ向け深愛が勢いをつけるように大きく身を捻り、そして炎ごと己の武器を力一杯叩きつけた。
    「姑息外道なやり口も嫌い! 宿敵だから尚更嫌い!」
     そう、深愛の表情は笑顔だ。いい笑顔で続けざまに、逆捻りからのもう一発。周囲の強化一般人が一斉にぎろりと深愛を睨んでも。
    「侮辱する気が貴様!」
    「口を慎むか撤回しろ!!」
     彼らの見た目に似合わぬ妄信的な怒号が響いても、深愛はつんと顔を逸らすばかり。
    「元気ねー、椿ちゃん」
     へらりと笑みながらも刻まれたステップは鮮やかだった。深愛と入れ替わるように躍り出た唯がそのまま流れるように敵陣を狙えば雪色の猫毛が気まぐれに跳ねた。攻撃を喰らった者、避けた者、確認からの次の判断は信頼に足る仲間達がしてくれる筈。
     ちらりとビハインドを見遣れば、唯と行動を合わせながらも、傍にいながらも顔を合わせぬ彼女が静かに攻撃を繰り出して唯と背中合わせで立つ。
     こういう時に呼ぶ名を、唯は知らない。
    「頼りにしてるんよ、シキテ。思う存分、牙を奮い喰らえ!」
     そこへ楽しげに勇ましげに、チセの声が響いた。地面を蹴って跳んだシキテが口にくわえた刃をもって最も消耗していた一人へ斬りかかる。
     シキテに続いたチセは更にそいつへ肉薄する。握った拳に宿った雷はチセの持つ闘気。強化一般人はその瞬間、喜々と煌めく空の色を見る。
     真下からぶん殴られ、飛ばされ、地面に叩きつけられ跳ねて。チセの一撃を賞賛するように、高々と吠えたシキテが着地したチセの周りをくるりと駆けた。
     歌が響く。元気で神秘的で、敵を惑わす歌声が。そのまま翼は周囲を見回した。あちらこちらで奇襲による数多の攻撃が繰り出されている。
     戦力的には、恐らく申し分無い程に。そう感じた翼は太陽のような笑みを更に深め、弾むように身を翻した。

    ●3
     各々武器を手にした強化一般人達が、反撃に転じる。戦闘力だけ見れば灼滅者数名分のものを持つ彼らは作戦も何も知った事かとでも言わんばかり、ただただ愚直に灼滅者達へ攻め込んだ。
     回り込まれ、競り合って、叩き込まれれば身体が軋む。僅かにぐらついた足で地面を強く踏み、かなたは手の中に矢を生み出した。高純度に詠唱圧縮された魔法の矢、素早く見定めた一人へそれを放つ直前に声を上げる。
    「合わせましょう!」
    「了解ですよ!」
     聞こえた声の主を確認するより早く矢が放たれた。その矢を避けた強化一般人は、けれど次の瞬間現れた竜巻に呑まれる。縁樹の魔術により引き起こされたそれに同じく巻き込まれた中から一人を見定めた香乃果は、無意識的に一歩を退いた。
     仲間の背中が見える。
     背後にも仲間の存在を感じる。
    (「──うん、まだ大丈夫!」)
     香乃果は祈るように手を組んだ。触れたのは誡めを忘れぬ為の菫青石、そこへ想いの全てを託し、香乃果は敵に制約を加える魔法の弾丸を撃ち出した。
     次は外さない──右肩を押さえ腕をぐるりと大きく回し、供助は目を細める。その瞬間回されていた腕が異質なものに変じ、そして巨大化した。軽く地面を蹴って強化一般人達の中に見つけた一筋の道を駆け抜ける。そして狙った一人の背後に回り込んで、凄まじい力をもって盛大に殴り飛ばした。
    「どーだ、ぶち込んでやった」
     ふん、と鼻を鳴らしどこか得意げに笑む。ただ、ここで満足して終わる気は毛頭無い。相手が地に伏せた事を見届けてから山頂の方を仰ぎ見た。
     デモノイドはあそこにいるのだろうか。元は人間と聞いた。戻す事は出来るのだろうか。
    「……」
     ふるりと頭を振って、供助は自身の戦場へ意識を戻す。古めかしい杖が手に馴染む感覚が、それを手伝ってくれた。
    「もう一回いっちゃうよっ!」
     再度炎を武器へと宿し、深愛が敵陣に飛び込んでゆく。その背中を見送りながら唯は手の甲に貼り付くシールドに触れた。
     その表情が、僅かに顰められている。先刻の強化一般人からの攻撃で唯も傷を受けている。けれどそれが原因では無い。
     唯の斜め前方で戦う、ビハインドだ。彼女もまた攻撃を受けていて、唯にとってはそれが、その事の方が心を乱された。
     唯は己のシールドを彼女にも分け与える。仲間を守らせる為、願ったそれを聞き入れてくれる彼女自身を守る為。
     チセの縛霊手が空を切った。敵の一人を殴りつければ放射された網状の霊力が敵の身を縛る。
    「ソロモンの悪魔って鶴見岳の力で何がしたいのかなっ」
     あくまでも明るく問う声と共にがしゃがしゃと響いた音は、翼の縛霊手に内蔵された祭壇が展開する音だった。そこから構築された結界がいまだ健在する強化一般人の数名を包む。何も知らないのか、あるいは答える義理が無いと突っぱねているのか、彼らはただただ要領得ず怒鳴るばかり。

     着実に確実に、そして鮮やかに。灼滅者達は強化一般人を片付けていった。やがて余裕すら感じるようになったのは、自分達と同じ選択をした者が充分にいたからに他ならない。
     始めよりも随分楽に戦況を伺う事が出来るようになった頃、唯がある事に思い至って口元に手を添える。
    「今更だけど……ソロモンの悪魔の命令が無ければ作戦もまともに立てられないのかしら、この人達」
    「は?」
     くるりと振り返った供助が、同時に唯へ向いた攻撃を受け止める。あら、と唯が笑んだ。
    「ありがとうね森田ちゃん。さっきから頼もしいわー」
    「……別に」
     唯の言葉はディフェンダーとしての気概を感じる立ち回りに対しての賞賛だろう。供助はいいんだよという言葉を飲み込んで、どういう事だと代わりに問うた。
    「この人達の動きを見ていたらね。状況を判断して命令する為に、ソロモンの悪魔の本陣があったんじゃないかしらって」
     そしてこの状況で新しい命令が来ていないという事は、そちらに向かった仲間が上手くやってくれたんじゃないかしら──供助が思わず手を打つと同時、それを聞いていた縁樹が「なるほど!」と声を上げる。
    「では後は勝利するのみですね! 縁樹の雷は痛いですよ。よし、いっけー!」
     縁樹お気に入りのロッドが高々と掲げられた。冬の山中に咲いた花、魔術によって引き起こされた雷が満身創痍となりかけていた一人を撃ち、沈黙させた。
     みんなで帰らなくちゃ──そう零す代わりに助けてくれたお返しよと告げて、唯は供助にもシールドを付与し傷を癒す。
     自分達の戦いの終わりはもうすぐそこに見えていた。小さな身体をもって無敵斬艦刀を易々と振り下ろしたチセのそれが寸前でかわされるも、入れ替わるように前に出た翼が腕を振りかぶる。そのまま、鍛え抜かれた拳で敵を撃ち抜いた。
     残された強化一般人が周囲を見回し、そして気付く。
     既にここには自分一人しかいない。退くか攻めるかを考えようとするより先に、それを許さぬ少女が両手を前に突き出す姿を見た。
    「──見過ごす訳にはいかないのです」
     少女、かなたの纏っていたバトルオーラが突き出された両手に集束される。
     強化一般人が無意識の呻き声を漏らした直後──それが一直線に放出された。

    ●4
     冬の風が、吹き抜ける。
     いつしか、あれだけいた筈の強化一般人達が数え切れないほど地面に伏せていた。開けた視界で見回せば、逃げ回る者やイフリートとの戦いに加勢しようとする者を叩く灼滅者達の姿が見える。見上げれば空の色はより夜に近付いていた。
    「……」
     祈るようにきつく組んでいた手をゆるやかに解き、香乃果が長い安堵の息を吐く。始まりのように目を伏せれば空の色という色彩を映した白の髪がさらりと落ちた。
    「私達も残党を倒しに向かいましょうか。急襲や脱出阻止組もうまく行っていれば良いのですが」
     かなたの言に頷けば深愛が山頂を仰ぎ見る。イフリートの脱出を阻止するべく向かった兄は無事だろうか、心配そうに唇を尖らせて、呟いた。
    「みんな気を付けてね。無事に帰ってこなきゃダメ、なんだもん」
     そして、身を翻す。
     まだ自分達は動く事が出来る。誰かの負担を和らげる事も、守りたいものを守る事も。
     その為に、戦う事が出来るから。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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