鶴見岳の激突~幻想と悪魔が集う地へ

    作者:波多野志郎

    「この間のイフリート騒ぎはお疲れ様っす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は笑顔で集まった灼滅者達へそう頭を下げると表情を引き締めて口を開いた。
    「現在、一連の事態から鶴見岳の調査と原因解決を行うべく準備を進めていたんすけどね、思わぬ横槍があったんす――現在、鶴見岳周辺にソロモンの悪魔の一派が率いる軍勢が集結してるんすよ」
     ソロモンの悪魔の目的は今回の件で戦力を削られたイフリート達だ。おそらくは、イフリート達が集めた力を横取りし、自分達の邪悪な目的の為に利用するために。
     特にソロモンの悪魔の軍勢には今までとは比較にならない程強化された一般人の姿が確認されており、その実力はダークネスにも匹敵するという。
    「ソロモンの悪魔からは『デモノイド』、そう呼ばれてるらしいっすね。ソロモンの悪魔側の主力になってるっす」
     武蔵坂学園が介入しなかった場合はこの戦いの結果はソロモンの悪魔の軍勢の勝利に終わる。そうなれば、鶴見岳の力を得て更に強大な勢力になっていくだろう。
     敗北したイフリート側は一点突破で包囲網を破り、鶴見岳から撤退する事となるだろう。
    「ソロモンの悪魔側としては鶴見岳の力さえ奪えればイフリートと正面から戦う必要は無いと考えてるんすね、逃走するイフリートに関してはほとんど攻撃もしないで逃走を許すんすよ、だからイフリート側の戦力も結構残る訳で……」
     結果、ソロモンの悪魔側が強大な力を得てイフリート側も戦力そのものは大きくそがれる事無く逃走してしまう事となる――間違いなく、最悪の結果と言えるだろう。
     現在の武蔵坂学園には二つのダークネス組織と正面から戦うような力は無い。だからこそ、この二勢力の争いを利用しつつ最善の結果を引き出せるように介入するしかないのだ。
    「今回の作戦の場合、選択肢は三つあるっす」
     翠織はそういうと、まず人差し指を立てた。
    「一つ目、鶴見岳に攻め寄せるソロモンの悪魔の軍勢を後背から攻撃する事っす」
     これは鶴見岳を守るイフリート達と共に、ソロモンの悪魔の軍勢を挟撃するかたちになるので、有利に戦う事が可能となるだろう。
     ただし、イフリート側にとっても灼滅者は自らの仲間を灼滅した憎むべき敵だ。イフリートと戦場で出会ってしまうと三つ巴の戦いとなってしまう。また、ソロモンの悪魔側を壊滅させた場合もイフリートは新たな敵との連戦を避けて鶴見岳からの脱出を行うだろう。
    「この選択肢の利点はソロモンの悪魔側を壊滅させる事ができれば、ソロモンの悪魔側に鶴見岳の力を奪われるのを阻止する事が出来るって事っす」
     そして、翠織は次に中指を立てる。
    「二つ目、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲する事っす」
     司令部にはソロモンの悪魔の姿が多数あり、戦力はかなり高いものと想定される。普段は表に出て来ないソロモンの悪魔と直接戦う好機だ。
     ただ、鶴見岳の作戦さえ成功させれば、司令部のソロモンの悪魔達は戦わずに撤退する。無理に戦う必要は無く、司令部を壊滅しても、鶴見岳をソロモンの悪魔の軍勢が制圧した場合、鶴見岳の力の一部はソロモンの悪魔に奪われてしまう。
    「この選択肢の利点は多くのソロモンの悪魔を討ち取っていれば、ソロモンの悪魔の組織を弱体化出来る事っすね」
     翠織は次に薬指を立てた。
    「三つ目はイフリートの脱出を阻止して灼滅する事っす」
     鶴見岳から敗走したイフリートが各地で事件を起こすだろう事は想像に難くない。その事件を未然に阻止する為にも、イフリートの脱出阻止は重要な仕事となるだろう。
     この場合は、放置した場合と同じようにソロモンの悪魔側が強大な力を得る、という事だ。
    「利点はソロモンの悪魔側との戦いで疲弊しているイフリートを叩く、千載一遇のチャンスって事っすね」
     そこまで告げて、翠織はその手を下げて真剣な表情で続けた。
    「以上の三つの選択肢をみんなに選んで欲しいっす。今回はダークネス同士の大規模戦闘に介入するっすから、とても危険な作戦っす……充分に話し合って、事にあたって欲しいっす」
     よろしくお願いするっす、そう翠織は頭を下げて締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    緑風・砂那(ねじれ者・d01757)
    ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)
    迅・正流(黒影の剣士・d02428)
    椎葉・花色(コバルトブルー・d03099)
    ルーシア・ホジスン(ウラワザの魔女・d03114)
    神宮時・蒼(幻想綺想曲・d03337)
    加瀬・玲司(月鏡で遊ぶ銀狐・d09974)
    橘・希子(プラチナハート・d11802)

    ■リプレイ


     ――その日、鶴見岳はまさに戦場と化していた。
    「この機にイフリートの皆さんには少し大人しくなって戴きましょう」
     木の影へと実を潜めた加瀬・玲司(月鏡で遊ぶ銀狐・d09974)が小さな声で呟いた。
     戦いの気配はここまで伝わってくる――それを抜け目なく耳を傾けつつもルーシア・ホジスン(ウラワザの魔女・d03114)は弁当を食べながら言ってのけた。
    「ま、倫敦工作員として武蔵坂との共闘に後れを取りはしないですわ」
     その弁当を食べるという行為はルーシアなりの余裕の示し方らしい。仮面の下からそちらへ視線を向け、ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)は呟いた。
    「落武者は撤退を第一に行動する……それ故に死に物狂いで戦線離脱を行おうとするだろうが……」
     そこへ挑むのだ、予測出来ないとミゼは気を引き締める。
    「そろそろ、こっちに来るみたいですよ」
     椎葉・花色(コバルトブルー・d03099)のその言葉に、仲間達も武器を構えていく――意識を集中して耳をすませば、こちらへと迫る地響きが聞こえた。
     だが、問題は別の場所にあった。
    「……たくさん、来ました……ですね……」
     神宮時・蒼(幻想綺想曲・d03337)が言った通り、夜の森を駆け抜けようとしたイフリートの数が問題だ。
    「四体か……! とんでもねェな!」
     緑風・砂那(ねじれ者・d01757)が髪飾りをきゅっと縛り直しながら言い捨てる。赤い毛並みを炎で燃やし夜の森を駆ける四体の獣の姿は、圧巻と呼ぶしかなかった。
    「来たな……灼滅開始!」
     タイミングを見た迅・正流(黒影の剣士・d02428)の号令と共に身を隠していた灼滅者達が飛び出した。
    『ガアアアアアアアアアアアア!!』
     それを見た一体が吼える。だが、距離の見極めはついている――反応の遅れたイフリートへと灼滅者達は襲い掛かった。
    「炎はお前達だけのものではない!」
     側面から正流がかざしたその左腕から放たれた炎の奔流がイフリート達を飲み込んだ。そして、そのタイミングでライドキャリバー の阿比丸が放つ機銃掃射がイフリート達へと着弾していく。
    「氷もいかがです!?」
     ルーシアの指先が突きつけられ、フリージングデスの冷気が吹き荒れた。高温から低温へ――そこに鏖殺領域の殺気を放ちながらミゼが言い放つ。
    「抜けてきます」
     その直後、一体のイフリートが地面を蹴り灼滅者達へと飛び掛ろうと跳躍した。
    「橘希子ー、と、申します。じゃあ――行くよっ」
     そこへ橘・希子(プラチナハート・d11802)のオーラキャノンが放たれ、唸りを上げてイフリートの顔面へと直撃――そして、砂那と花色、玲司の三人が他のイフリート達へとオーラキャノンを繰り出した。
    「そんなに急いで、どちらに往かれるのお兄さん」
    『グ、ガアアアアアアアアアアアア!?』
     花色がその手応えに笑みを浮かべて言う目の前でイフリートが空中で失速、体勢を崩して地面を転がる。二転、三転としながら体勢を立て直したそのイフリートへ蒼の神秘的な歌声が響き渡った。
    「……神秘なる旋律で、静かに眠れ……」
     蒼のディーヴァズメロディにイフリートが首を左右に振る――その時、藤の花が散るように薄紫色のオーラを舞い散らせながら玲司が言った。
    「向こうからも――」
     来ます、とは言い切れなかった。もう一体のイフリートが立ち上がったイフリートの真横へと並び、同時にその口からバニシングフレアの炎を叩き付けたからだ。
     ゴウッ! と炎が真昼よりも明るく夜の森鮮やかにを染め上げる。その瞬間にも二つの足音が遠ざかるのを耳聡く聞きつけ、ルーシアが吐き捨てた。
    「逃が……しましたか」
     その声には悔しさが滲んでいる。だが、どう考えても四体ものイフリートを相手に戦う余力がないのも事実だ。
    「こいつらだけでも結構やばい、ですよ?」
     希子が言い捨てた通りだ。二体逃がしてなお、イフリートを二体相手しなくてはいけないのだ。しかも、一体でも八人の灼滅者達と互角に戦えるだろう存在を、だ。
     だが、それでも怯むような者はこの場にはいなかった。灼滅者達とイフリート、双方の壮絶な死闘が幕を開けた。


     座り込むような姿勢で低く構え、正流が地面を蹴った。その先には見上げんばかりの巨体を誇るイフリートの姿がある。
    「黒影騎士、鎧鴉見斬!」
     下段から振り上げられた破断の刃が深々とイフリートを切り裂き、火の粉を舞わせる――そして、そこへ玲司が築いた除霊結界がイフリ-ト達の足元に張り巡らされた。
    「もう逃がさないよ?」
     玲司が自身に課した役目は足止めだ。二体逃した、だからこそ目の前の二体を逃がすつもりは一切なかった。
    (「しかし、一体でも厄介な相手が二体に増えるとここまでですか」)
     緩い底の見えない笑顔のまま、その頭の中では玲司は冷静に戦況を把握している――イフリート二体との戦いは、灼滅者達を徐々に追い詰めていっていた。一体でも高い攻撃力を誇るイフリートが二体も揃っているのだ、その二体がかりの猛攻を耐えるだけでも灼滅者達は大きな労力を割かれていく。
    (「あぁ、それでも届くとも」)
     希望ではなく厳然たる事実としてミゼはそう判断した。その道は余りに細く際どくはあるが――不可能な事ではない、と。
    「舐めんなぁあ!」
     花色が跳躍する。そのWOKシールドに包まれた拳を体を横回転させる勢いそのままにイフリートの顔面に裏拳で叩き付けた。
    『ガ、ア……ッ!?』
     ドゥ! という鈍い打撃音と共にイフリートの顔面が花色のシールドバッシュで打ち抜かれる。イフリートがその四肢へ力を込めて踏ん張ったその瞬間、木を足場に跳び死角へと回り込んだミゼが紫翼婪鴉の紅嘴を胴を中心に振り払った。
     ザン! と横一文字に切り裂かれたイフリートへ阿比丸が突撃する!
    『ガアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     胴へとキャリバー突撃を受けたイフリートは怒りの咆哮と共に阿比丸へと燃えさかる牙で喰らいつき、そのまま噛み砕いた。
     そこへ砂那が地面を蹴り、大きく跳躍――そのイフリートの眼前へと跳び込む!
    「ぶった斬るぜェッ!!」
     極限まで捻った上半身を反対方向へと振り抜く勢いを利用して砂那の振り下ろし気味の蹴りがイフリートを地面へと叩き付けた。地響きと共に転がったイフリートの体が木を圧し折りながら転がり、そのまま燃え尽きていく。
     一体を灼滅した――そう砂那が確信したその瞬間だ。もう一体のイフリートが風を切って砂那へと迫り、まだ空中にいるその時に炎に包まれたその爪を叩き付けた。
    「――ッ!?」
     砂那が炎に包まれ、地面へと叩き付けられる。そして、着地しようとしたイフリートへ希子が真っ直ぐに駆け込んだ。
    「希子が相手だよ、よそ見すんな、です」
     希子が低い位置から天へと突き上げるように、その雷をまとわせた拳を振り上げた。その一撃はイフリートの顎を打ち抜き、イフリートはのけぞりながらも着地、体勢を立て直した。
    「こっちですよ!」
     続くように踏み込んだルーシアが契約の指輪をはめたその手に影を宿してイフリートを殴打、そのままルーシアは希子と共にイフリートを誘うように真横へと跳んだ。
    「一つ!」
     倒した数を正流が叫ぶ。それは自身と仲間を鼓舞する叫びだ――ようやくではない、ついに一体倒したのだ。
    「包みこめ、清浄なる風よ……」
     蒼の祈りが浄化をもたらす優しき風を招き仲間達を癒していく。消耗は激しい――だからこそ、目の前の一体を倒すために灼滅者達は死力を振り絞った。


    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
     目の前をイフリートが吐き出した炎の奔流が埋め尽くしていく。そのバニシングフレアが内側から爆ぜるように散っていく――花色と正流だ。
    「いッ――……たくない!」
    「無双迅流の真髄は闘志にあり!」
     花色は歯を食いしばりふてぶてしく笑い、正流はその誇りを込めて言い放つ。
    「本当……往生際の悪い」
     凛々しく、それでいて艶のある溜め息と共にルーシアがこぼした。乱れる呼吸と共に揺れる胸を抑えながら深呼吸、ルーシアはその視線をイフリートへと向ける。
     ――イフリートが一体になってからも、戦況は厳しかった。二体揃っていた時の消耗が大きすぎたのだ。とはいえ、こちらが体勢を立て直そうとすればイフリートはこれ幸いと攻め込んで来るだろう――まだ、峠を越えたとはとても言えなかった。
    (「……あのリングスラッシャーのサイキックが、厄介……」)
     蒼が清めの風を吹かせながら表情を曇らせる。バニシングフレアとセブンスハイロウの攻撃を繰り返し前衛に叩き込まれ続けているのだ、まさにジリ貧とはこの事だろう。バニシングフレアの炎をセブンスハイロウのジグザグで増やされでもすれば――それだけで前衛が瓦解しかねない程、灼滅者達も疲弊しているのだ。
     だからこそ、灼滅者達は攻撃の手を緩めない。倒される前に倒す――もはや、これはそういう勝負となっていた。
    「連・撃・連・打っ。歯、食いしばりやがりませ」
     希子の繰り出す零距離でのオーラキャノンがイフリートの胴部を捉える。イフリートは脚を踏ん張り耐え抜くと地面を蹴った。
     その着地点を呼んで駆け込んだ花色がそのカチコミ用金属バットを野球のバッターよろしく振りかぶると、ドン! というロケット噴射と共に加速、全力で振り抜いた。
    「ホームランっ!」
     快音と共に花色のカチコミ用金属バットがイフリートの足を強打する。そして、玲司が白と黒の飾り玉のついた朔望を低い体勢から横に振り払い、その足を切り裂いた。
    「今です」
    「ええ」
     玲司がそう言った直後、ミゼがその生み出した漆黒の弾丸を渾身の力で撃ち込んだ。そのデッドブラスターの弾丸が、イフリートへと深々と突き刺さる!
    『ガアアアアアアアアアアアアアア!!』
     その直後、イフリートが動いた。イフリートの周囲に舞い散った炎が七つの炎の輪を生み出す――セブンスハイロウだ。
     その七つの炎の輪が前衛へと降り注いだ。玲司が、希子が、そしてその身を盾とした花色が、切り刻まれ、崩れ落ちた。
     花色に守られた正流が、その下段から振り上げた刃を返し、大上段から破断の刃を振り下ろす!
    「無双迅流口伝秘奥義! 冥皇破断剣!」
     その斬撃に全体重を込めて、正流の渾身の斬撃がイフリートを断ち切った。しかし、火の粉を散らしながらもイフリートはその動きを止めようとしない。
    「ロンドンで三番目のこのやわ肌に傷をつけたお返しだ!」
     ひゃっはー、と叫びそうな勢いでルーシアがその呪いを紡ぐ。ビキリ、とペトロカースを受けて足の先から石化が始まったイフリートへ、蒼はその鋼糸を繰り出した。
    「絡め捕れ……、封じよ!」
    『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     その封縛糸がイフリートを縛り付ける。イフリートが苦しげにその身を暴れさせるそこへミゼと正流が駆け込んだ。
     もはや余力などない――その大鎌と刃がイフリートを深々と切り裂き、その巨大な獣をついに切り伏せた。
    「二つ!」
     天を仰ぐように正流が吼える。それはまさに正しく勝利の咆哮だった……。


     誰の言葉もなかった。四人と一体が倒されながらも、二体のイフリートを倒した――それは誇るべき戦果だろう。
     最後まで立っていた者達も疲労した体を引きずるように動かし、倒れた者達を手当てしていく――傷は深くとも、誰一人命に別状がなかったのが、不幸中の幸いだ。
    「次の戦場へ……」
    「無理はいけませんよ」
     ミゼの呟きにルーシアがそう言うと、ミゼの仮面の下で小さな吐息がこぼれた。気持ちはわかる――だが、援軍に向かうには疲労し過ぎていた。ミゼもそれは痛いほどに自覚している。
    「……何が、起こると、言うのでしょう……?」
     蒼が呟くと正流も視線をそちらへ向ける。今もなお、戦いは続いているのか? 戦場の状況を知る術はない。
     だからこそ、彼等は武蔵坂学園の仲間達を信じてその場へと腰を下ろした……。

    作者:波多野志郎 重傷:緑風・砂那(ねじれ者・d01757) 椎葉・花色(春告の花嫁・d03099) 加瀬・玲司(月鏡で遊ぶ銀狐・d09974) 橘・希子(希橙黄・d11802) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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