鶴見岳の激突～選択

■リプレイ

●１
「お茶でも飲まないか？」
　強く目をつむっていた高峰・緋月（頭から突撃娘・d09865）にコップを差し出したのは、双眼鏡を手にしているロイ・ランバート（高校生ダンピール・d13241）だった。
　ソロモンの悪魔を襲撃する仲間の成功を祈りながらも、ある不安をぬぐいきれていない緋月は、ぎこちない笑みを浮かべながらカップを受け取って口をつけると、喉に温かさが通っていった。
　今、ここにいる８人の灼滅者たちは、逃げてくるイフリートを山中で待ちかまえていた。
　イフリートの撤退ルートは幾つもあるだろうが、桐谷・要（観測者・d04199）が地図からいくつかの候補を割り出してくれたため、有力な場所で迎え撃つことができる。
　ロイは、再び新しいコップに湯気をわき上がらせた。
「俺にとってこれが初めての依頼なんだ。ま、大変な依頼だとは思うけれど、ダークネス自体と戦うのは初めてではないし、こういうのは少しでも楽しみながらやるのがいいんだよ。はい、桐にはおかわりだ」
「ありがとうー！　うー、あったかーい！　あのね、桐も初めての依頼なんだ。イフリート、こてんぱんにしてするんだ！」
　もこもこのフードを着込んでいる神孫子・桐（放浪小学生・d13376）は、温かい手袋でコップを両手に抱え込み、頬を赤くして意気込んだ。
　もともと男女の区別に対して認識の甘い年齢である桐だが、少年にしか見えないロイが女性だと知っているため、より素直に甘えている。
　上品にお茶を一口ずつ飲んでいる坂村・未来（中学生サウンドソルジャー・d06041）は、視線を上に向けて切れ長の目をより細くした。
「しかし、絶妙なタイミングでソロモンの悪魔が仕掛けてきたものだな」
「ええ、まさか、こんな状態になるとは思っていませんでした」
　未来の独り言に相づちを打った羽坂・智恵美（古本屋でいつも見かけるあの子・d00097）は、柔和な表情を陰らせた。視線を落とせば、カップの中に揺らぐ水面が波紋を描いている。
「もちろん、ソロモンの悪魔たちも見逃せませんが、今はしっかり自分たちの役割を果たしませんと」
「ああ。デモノイドやソロモンの悪魔は気になるが、イフリートも放っておく訳にはいかないからな。手薄になっているからこそ、ここへ行く者も必要だ」
　空になったカップを手の中で転がす神代・煉（紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756）の言葉はもっともだった。
　全体でどれほど人数がイフリートの討伐に向かっているのかはわからないが、おそらく他と比べて圧倒的に少ないだろう。
「どれくらいのイフリートが逃げてくるのかわからないからこそ、がんばりましょうね」
　元の穏やかな笑みに戻った智恵美は、仲間に語りかける。
「あ、きたよ！」
　下りてくる炎に気づいた桐が指をさしながら声を上げた。小さく見える炎があちこちに散らばっていくのがわかる。
「やっと、来たわね」
　待ちくたびれたといわんばかりに、如月・春香（クラッキングレッドムーン・d09535）は組んでいた腕を解いた。

●２
　灼滅者側へやってくる炎は２つ。
　３体であれば、あえて相手にしない算段をしていた要は、戦いの体勢を取り、仲間と共に徐々に大きくなってきた炎の前へ飛び出した。
　突然、目の現れた灼滅者たちに、巨大な炎の獣――イフリートは威嚇の声をあげる。
「Zefiro！！」
　智恵美が口元にスレイヤーカードをあてるなり、防具を身に纏う。
　そして、煉がシールドを出現させるなり、一体のイフリートへ走り出した。
「イフリート、ここで倒させてもらうぞ」
　手の甲から腕へと浮き上がたエネルギー障壁がシールドバッシュとしてイフリートを殴りつけた。
　仲間を守る盾として、煉は体全体を使ってイフリートを仲間に近づかせない。
「こいつは、オレが抑える！」
「お願いします」
　イフリートの１体を煉にまかせた智恵美は、もう１体へマジックミサイルを放つ。
　イフリートの前に立った未来は、改めて巨体を目に映した
　敗走しているところを叩くのは可哀想とは思うが、それも戦場の倣い。
「Ｔｈｉｓ　ｉｓ　ｗａｒ。……こっちも命を掛けているから、な」
　すっ、と、息を吸い込んだ未来は、神秘的な歌声を奏でだした。その歌声は、２体のイフリートにダメージを与え、催眠をも与えていく。
　しかし、そう簡単に催眠にはかからない相手だ。
　灼滅者たちの攻撃をものともせず、向かってくる邪魔者を排除しようとするイフリートは爪を振るい、炎をまき散らす。
「１体でも苦労したイフリートが、２体も揃うと圧巻ね……。本当はソロモンの悪魔を放っておきたくなかったけれど、今回の場合は、こっちへ来て正解だったかも。出来る範囲でイフリートの戦力を削がないと、後々面倒なことになりそうね」
　何度も指輪をイフリートに向ける要は、強靱な肢体で灼滅者たちへ襲いかかってくる姿を目の当たりにして唇を強く噛んだ。
　いくら疲れているとはいえ、やはり相手は、ダークネスなのだ。
「２体いても、相手が１体ですむなら……この戦い方だよ！」
　前衛の列に炎が吹き荒れる中、閃光百裂拳に続いて騒音刃を響かせる緋月は、チェーンソー剣を突きだしながら跳び上がった。
　わからない相手の数によって戦法を変える臨機応変さはイフリートを前にしてサイキックを迷う暇を作らず、絶え間ない動きを生み出している。
「戦闘はあまり好きじゃないけれど……みんなで無事に帰るためなら、いくらでも戦ってやる！」
　肩から腹へ切り裂かれたイフリートが悲鳴をあげる。
　そして、イフリートの目に強い殺意が光った瞬間、緋月の体に深い爪痕が刻まれた。
「千秋、前へ。……みんなの盾になって」
　抑揚のない声でビハインドに声を投げかけた春香は、バイオレンスギターの弦に置いた指を巧みに操ってリバイブメロディを響かせた。
　音は前列の仲間の傷を癒し、包まれている炎も打ち消していくため、前衛陣たちが炎に怯む気配は全くない。
　治癒が足りないところへロイがシールドリングで個別に回復を施しているところに、また炎が吹き荒れた。
「ったく、さっきから、何度も何度も。いい加減にしろ」
　ロイは、周囲に滞空しているリングスラッシャーを分裂させるなり、すぐに傷に酷い相手の周りに浮遊させる。
　後衛の手厚い回復によって、集中して１体のイフリートを攻撃していく灼滅者。
　１体がどんどん傷ついていく中、桐は後衛の中でただ一人、もう１体のイフリートと煉にヒーリングライトで傷の手当てに集中していた。
　回復が間に合わない煉は自身が持つ集気法とソーサルガーダー、そして仲間の回復によって、なんとかイフリートの攻撃に耐えていたからだ。
　攻撃をしている余裕など、とっくに失っていた。
「怪我を治す！　さぁ！　膝はついちゃだめだ！」
　桐の声援を受けて煉は持ちこたえているが、息も絶え絶えだ。
　１人で抑え込めるほど、イフリートは弱っていない。 また、そんなに甘い相手ではない。
　それでも、煉は退かない。
　例え攻撃が出来なくても、持ちこたえているだけでイフリートは仲間の元へ行かない。
「……さすがに、血が足りなくなってきたか？」
　煉は真っ赤になった自分の手を見て、冗談交じり笑った。
　防具から滴る血は地面にいくつもの水たまりを作り、足元を赤く染め上げていた。振るってきたイフリートの爪の衝撃に横へ傾く体を足で支える煉に、桐は涙を浮かべた。
　見ているだけで痛くて苦しい。やめて、と、大声で叫びたいが、そんなことをしても、煉は仲間のために敵へ背を向けることはしないだろう。
　２体のイフリートが立て続けに炎を巻き上げてきた。
「逃げて下さい！」
　要のあげた警戒の声に、後衛の４人が炎から襲ってきた炎から逃れようと四方に散らばる。地面に沿ってうねる炎は、逃げた灼滅者たちの腕や足に熱をもたらしたが、全員、炎にまみれることだけは避けられた。
　しかし、煉だけは重なる攻撃に体が持たずに膝を折り、その場に倒れた。

●３
「行かせるか！」
　煉という盾から解放されたイフリートは、灼滅者たちへ襲いかかってきた。
　１体でも灼滅しようと、弱っている相手に攻撃が集中する中、ロイと春香は矛先を向かってくるイフリートに向ける。
　ロイは援護射撃で足止めを狙い、回復に専念している春香は仲間を攻撃から守るためにビハインドを向かわせて時間をかせぐ。
　だが、それもほんのわずかでビハインドまでも消したイフリートは前衛に強靱な爪をふるってきた。
　２体を前に、智恵美と未来、緋月は思わず後ずさる。
「気のせいかな……？　この、イフリートが疲れているなんて、とてもそうとは思えないんだよね」
「わたくしも同じです。おそらく……あちらから逃げてくる前に、それほどの戦力を失わずにすんだのだと思います。ですから、これほどまでの力を残して――きゃあ！」
　イフリートの攻撃に智恵美が地面に叩きつけられた。
　灼滅者たちの体力があっという間に削がれていく。
　桐や春香、要、智恵美が回復を施していくが、その分灼滅者たちの戦力は失われ、イフリートは自己治癒を始めて余裕を生み出している。
「あっ！　イフリート、はさみ撃ちにしようとしているかもだ！　気をつけて！」
　桐は、集中攻撃を受けていた１体の後ろに回り体を横に向けたイフリートに対して、注意の声をあげた。
　後ろに回られてしまえば、ますます戦況は苦しくなる。
　攻撃の対象が、煉が相手をしていたイフリートに向くと、そのイフリートはなんと戦場からの離脱をはかった。
「逃げる気？」
　まさかの行動に春香は目をみはる。
　このイフリートは灼滅者たちとの戦いに勝機を見いだしたのだった。
　攻撃で気を引きつけようとするが、もう１体が邪魔者を消そうと攻撃してくるため、離脱を止めることはできない。また、回復の手を止められるだけの戦力も残されていない。
　煉が相手をしていたイフリートを追うことは不可能と判断した灼滅者たちは、目の前のイフリートを灼滅することだけに意識を集中した。
　未来と緋月、ロイはひたすら攻撃に専念し、智恵美と要、春香、桐は回復に専念する。
　自然と役割が決まり、攻撃と回復のバランスを得た灼滅者たちを前に、イフリートは後ろ立ちして傷だらけに体を大きく見せる。
「大人しく、逝け」
　イフリートは未来のズタズタラッシュに最後の叫びをあげ、消滅した。

●４
　１体のイフリートは逃がしてしまったが、もう１体は灼滅できた。
　思っていたよりも消耗していなかった複数のイフリートを相手に、１体でも灼滅できたのは十分な功労だった。
　この１体を倒したために、救われる命も多いだろう。
　だから、彼らは胸をはっていい。

　そう、この８人がいたからこそ出来た灼滅なのだから。

作者：望月あさと	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月5日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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