鶴見岳の激突~それぞれの選択

    作者:本山創助


    「お前達が的確に行動してくれたおかげで、日本各地で事件を起こしたイフリート達の目論見を防ぐことができた。感謝するぜ!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がニヤッと笑って君達を褒め称えた。
    「だが、まだ終わっちゃいない……。聞こえるだろう? サイキックアブソーバーの悲鳴が」
     君達は無言で話の続きを促した。
    「鶴見岳に何かある……そう考えたウチの学園は、『鶴見岳周辺の調査と、今回の事件の背景を探る』作戦を展開しようとしたが、横槍が入った。ソロモンの悪魔の一派が鶴見岳周辺に軍勢を集めている……イフリート達を攻め滅ぼそうとしてな!」
     ヤマトの目がクワッと見開かれた。
    「奴らは、ロクでもない計画を実行するために、イフリート達が集めた力を横取りしようとしている。それも、かなり気合いを入れて、だ」
     深刻そうなヤマトの言葉に、君達はつばを飲み込んだ。
    「奴らの軍勢の主力は、『デモノイド』と呼ばれる強化一般人らしい。これはダークネスに匹敵するほどの力を持っている」
     つまり、灼滅者十人分というわけだ。
    「ソロモンの軍勢を放置した場合、イフリート達に勝ち目はない。ソロモンの悪魔の一派は鶴見岳の力を得て更に強大になるだろう。早々に戦況を見極めたイフリート達は、一点突破で包囲を破り、鶴見岳から撤退する。ソロモンの軍勢も深追いはしないので、イフリート達の被害はほとんど無い。つまり、最悪の結果だ。だから、指をくわえて見ているわけにはいかない」
     状況は複雑だが、なんとかしなければならない。
    「現状、ウチの学園には二つのダークネス組織と事を構えるような戦力は無い。だから、ダークネス組織同士の争いを利用しつつ、最善の結果を引き出せるように介入して欲しい」

    「介入ポイントは三つある」
     ヤマトは右手の指を三本立てた。
    「一つ目は、鶴見岳に攻め寄るソロモンの軍勢を、後ろから攻撃すること。この場合、『デモノイド』とやり合うことになるかもしれないな。ソロモンの軍勢を壊滅させることが出来れば、鶴見岳の力を奪われることはない。イフリート達は逃がすことになるので、奴らがあちこちで悪さをするのは止められない」
     あちらを立てればこちらが立たない、というわけだ。
    「二つ目は、鶴見岳のふもとにある『ソロモンの悪魔の司令部』を急襲すること。この場合、滅多にお目にかかれないソロモンの悪魔とご対面することになるかもしれない。司令部に打撃を与えても、軍勢を放置すれば奴らの力は増す。とはいえ、悪魔本体を灼滅出来ればその分奴らの力は減じるわけだから、軍勢と司令部のどちらを叩くにせよ、それなりの効果は得られる」
     この場合も、イフリート達を逃がすことになるだろう。
    「三つ目は、イフリート達の脱出を阻止して灼滅すること。この場合、おなじみのイフリートと戦うことになるだろう。敗走したイフリート達が各地で悪さをするのは目に見えている。それを未然に防ぐことは重要だ。ソロモンの悪魔の一派は力を伸ばすが、直近の被害者数を考えれば、イフリート達を灼滅することの意義は充分にあるだろう。イフリート達はソロモンの軍勢との戦いによって疲弊している。これは千載一遇のチャンスかもしれないな」
     君達は互いに顔を見合わせた。三つとも片手間に介入できるような規模ではない。慎重に作戦を立て、どのように介入するのかを選択する必要がありそうだ。
    「冗談抜きで、ヤバい戦いになる。だが、お前らが一丸となって戦えば、きっと戦果を上げられるはずだ。奴らの結束以上のチームワークを見せてやれ! 人間にしか出来ない、チームワークってやつをな!」
     ヤマトは拳を固めて君達を激励した。


    参加者
    アンカー・バールフリット(宮廷道化師・d01153)
    高橋・雛子(はっちゃけ高機動型おちび・d03374)
    鳳・流羽(中学生神薙使い・d03725)
    沖田・菘(壬生狼を継ぐ者・d06627)
    浅儀・射緒(射貫く双星・d06839)
    上木・ミキ(ー・d08258)
    天木・桜太郎(嵐山・d10960)
    浅見・藤恵(薄暮の藤浪・d11308)

    ■リプレイ

    ●序
     夕刻。
     曇り空の鶴見岳に、ときの声が上がった。
     ふもとにあるロープウェイの駅前にて、そこに居た約百名の強化人間に対し、十三の灼滅者部隊が一斉に襲いかかったのだ。少数部隊による密かな接近を、悪魔達は発見する事が出来なかった。奇襲は成功だ。駅前は通過点にすぎない。目指すは司令部の本陣――それは駅構内とその周辺の建物にある。
    「いざ往かん!」
     敵味方が入り乱れる中、沖田・菘(壬生狼を継ぐ者・d06627)の長い髪が、低く、左右になびいた。日本刀が閃く度に、凍り付いた敵が二人ずつ倒れていく。その素早い太刀筋は、いにしえの剣豪さながらだ。
     菘の動きに呼吸を合わせながら黙々と敵を凍らせているのは、アンカー・バールフリット(宮廷道化師・d01153)だ。意識を常に駅にとどめ、菘に進路を示すかのように、行く手を遮る敵を凍らせていく。
     その見事な連携によって、電撃的な速度で敵陣に切り込む事ができた。
     強化人間達は襲撃当初から浮き足立っていた。見た目は有能そうだが、戦闘力はそれほどでも無い。虚を突かれ、助けを求めて逃げだす者が大部分だった。
     目指す駅は、もうすぐそこにあった。
    「にゃはははは♪ 奇襲大成功! さっさと本陣に行こ――」
     緒戦の優勢を喜ぶ高橋・雛子(はっちゃけ高機動型おちび・d03374)の笑顔が、強烈なプレッシャーを背中に受けて固まった。危険を察知し、菘の背後にバッと飛びついて、体を反転させる。
     パン! という破裂音と共に、雛子の小さな体が吹っ飛んだ。
    「うひゃあー、悪魔、悪魔!」
     メディックの上木・ミキ(ー・d08258)が、悲鳴を上げながら前衛を追い越した。そのまま倒れた雛子に駆け寄り、傷を癒やす。
    「シ様! シ様がご光臨された!」
     周囲の強化人間がざわめいた。
     アンカーは振り向き、絶句した。
     牛のドクロの面をつけた甲冑の悪魔が、目の前で呪文を唱えている。
     間髪を入れず、アンカーの前に天木・桜太郎(嵐山・d10960)が立った。
     強烈な冷気が桜太郎の肉体を凍らせる。が、桜太郎はまったく怯まない。
    「ファイアブラッドは凍らねーんだよ!」
     円光を放つ裏拳が、悪魔の左頬を打った。悪魔の首はそのままぐるんと一周し、桜太郎に向き直った。
    「は?」
     破裂音。
     驚愕する桜太郎が、くの字に折れて膝を突いた。背中に血が滲んでいる。
    「天木さん!」
     浅見・藤恵(薄暮の藤浪・d11308)が桜太郎に向けて小光輪を飛ばした。桜太郎を守るように空中で静止する二つの光輪。そこから放たれる光が、桜太郎の傷を癒やす。
    「こんにゃろーっ!」
     雛子がうずくまる桜太郎を飛び越え、悪魔に殴りかかった。
     悪魔は右手を掲げた。その手に光の剣が現れ、雛子の拳を弾く。
     剣を振りかぶる悪魔。その甲冑にビーム光が突き刺り、うめき声と共によろめいた。
     浅儀・射緒(射貫く双星・d06839)は特製のバスターライフルを構えたまま、その予想以上の手応えに、ある確信を得た。
    「……なるほど、ね。神秘特化、かな」
    「アレが悪魔かー……」
     想像してたよりも戦士っぽいな、などと思いつつ、鳳・流羽(中学生神薙使い・d03725)は清めの風で前衛の凍傷を癒やした。
     悪魔に背を向けて駅に向かう事はできない。
     部隊は悪魔を正面にして隊列を組み直し、一丸となって悪魔を攻撃した。
     アンカーと菘の見事な連携に射緒が加わり、三位一体の攻撃で悪魔を押し込んだ。悪魔の攻撃は雛子と桜太郎が全て引きつけ、受け止めた。ミキと藤恵と流羽が、回復とエフェクトを効果的に前衛陣に与えた。流羽の霊犬、椿が、攻撃と回復の穴を柔軟に埋めた。
     敵は強力な悪魔だが、完璧な作戦とチームワークより、わずかに優勢となった。このまま優位を保つ事が出来れば、悪魔が膝を突くのも時間の問題だ。
     が、しかし。
    「あ、大変な事になってきてるなー……」
     流羽はどんな時でも自分のペースを乱さない。だから、この乱戦の中でも、悪魔だけに目を奪われたりせず、周囲を見渡す視野の広さを保っていた。
     ざっと目に入っただけでも悪魔らしき影は十以上ある。その影を振り払うように、撤退している部隊の姿が見えた。
    「シ様をお守りしろ!」
     狂信的な強化人間達が、必死の形相で次々と中後衛陣に襲いかかった。桜太郎と雛子だけではとても受けきれない。
     飛びかかってきた強化人間をあしらう流羽の背中に、悪寒が走った。
     退路がない。
     強化人間の数が増えている。いや、真っ先に逃げた者達が、悪魔の登場によって混乱から立ち直り、続々と戻ってきたのだ。その人の海で、退路が断たれいた。
     駅に向かう事も出来ない。
     気付くのが遅れた。
     悪魔達に背後を突かれた時点で、戦況はとっくに逆転していたのだ。
    「雛子ちゃん、大変だよ! 囲まれちゃってる! 撤退してる部隊もあるよ!」
     悪魔の剣を夢中でさばいていた雛子は、その声にハッとした。ここは戦場だ。いくら局所的に優勢でも、全体として劣勢なら、いずれこちらも劣勢になる。そのとき、退路がなければ、全滅だ。
     全身の血の気が引いた。
    「逃げよう、アンカー君!」
     雛子が叫んだ。
    「みんな死んじゃうよ!」
     雛子だって皆で決めた撤退条件を満たしていないことは分かっている。だが、想定に漏れがあった。現状を見れば、三人もの戦闘不能者を出してからでは遅すぎる。
     雛子の声を聞いて、アンカーも素早く頭を切り換えた。今すぐ、全力でこの場を脱出すべきだ。
    「これより撤退を目標とする! 私と菘君が血路を開く! 皆、ついてきてくれ!」
     アンカーはざっと周囲を見渡すと、悪魔を無視して、最も人の薄い方向に駆けだした。
    「逃がさん」
     悪魔の言葉と共に、光が爆発した。
     その衝撃とまぶしさで、前衛が立ちすくんだ。
    「愚かな選択が、如何なる末路をたどるのか――」
     悪魔がしわがれた声で言った。
    「骸となって、己が組織に示すがよい」
     光の外から、強化人間達の駆け寄る足音が聞こえてきた。
     皆の頭の中で、バベルの鎖が、身を焦がすような警鐘を鳴らしていた。

    ●破
    「ちくしょー、キリがねえ!」
     強化人間を殴りながら、桜太郎が叫んだ。
     急襲した当初とは違い、確固とした信念の元に個々が役割を担って戦いに臨んでいるぶん、強化人間達の戦闘力は段違いに上がっていた。
     ディフェンダー四枚とメディック二枚が悪魔の指揮下に加わっていた。悪魔を含めたこの七名が、明確な殺意を持って退路を塞いでいる。これを無視して逃げる事はできない。
    「天木さん、落ち着いて」
     流羽が防護符を飛ばして桜太郎の怒りを沈めた。だが、体中から吹き出す血と炎を止めるまでには至らない。
     回復が、間に合わなくなってきていた。
     悪魔の肩口を狙った菘の刀は、割って入ったディフェンダーに受け止められた。続けざまにもう一撃食らわせてトドメを刺す。
     だが、また強化人間が一人、ディフェンダーとして加わった。数が減らない。
    「本当にキリがありません。悪魔に攻撃が届かない! あっ――」
     菘の脇腹にナイフが刺さった。新選組の水色の羽織に血が滲んで広がっていく。
    「何の、これしき!」
     ナイフを刺したディフェンダーを一刀両断に切り伏せる。
    「サポートいたしますっ」
     藤恵の手から放たれた癒やしの矢が菘に刺さったナイフを落とし、出血を止めた。
     悪魔を狙った射緒のビームもまた、ディフェンダーに突き刺さるに留まった。
    「んん……時間が、ない」
     もう一人、ディフェンダーが加わった。
     別の部隊が撤退を果たす度に、それに対峙していた戦力が残存部隊に向かってくる。
     戦況から察するに、灼滅者の全部隊が撤退しようとしている。
     となると、敵は時間と共に増える一方だ。
     射緒の頬を汗が伝った。
    「美緒……」
     今、射緒は、亡くした双子の姉をすぐそばに感じていた。もうすぐ会えるかもしれない。そんな気持ちを抱きながらも、集中力を切らさずに、淡々と悪魔を狙って引き金を引いた。
    「このままじゃラチがあかねえ! どうする!」
     悪魔に身を斬られながら、桜太郎が叫んだ。その剣は桜太郎を守る小光輪を砕きながら、確実に桜太郎の肉を削ってくる。
     また一人、ディフェンダーが加わった。
     重苦しい絶望感が、部隊の中に漂い始めた。
     そんな中で、藤恵は不思議と落ち着いていた。
     普段は予想外の事態があればすぐに慌ててしまうというのに、この絶体絶命の状況において、藤恵の心は冴え渡っていた。それは、このような絶望を一度経験した事があるからかもしれない。住んでいた村をダークネスに滅ぼされた、あの時。あの頃の自分よりも、今の自分の方が成長しているはずだ。ここで選択を間違わなければ、もう一度、皆で生きて帰れるはずだ。あの時と同じように。
     今の私にできること。それは――。
    「今は時間との闘いです! 守りは捨てましょう!」
     強化人間の銃弾を肩に受けながらも、藤恵は前に出た。
    「よしみんな、臨機応変に行こう! 火力を集中して、一点突破だよ!」
     雛子が叫んだ。悪魔の剣を左腕で受けながらも、意識を攻撃に切り替えた。
    「オッケー、高橋! 前のめりに行くぜ!」
     桜太郎も、気合いを入れつつ両腕に力を溜めた。
    「よし、頑張ろう」
     流羽も前に出た。霊犬の椿も一緒だ。
    「ん……僕も」
     射緒も前に出ることを選んだ。今必要なのは、高い命中率ではなく、壁を一発で仕留める安定した火力だ。
    「ミキ君、回復はまかせた!」
     悪魔にオーラを放出しながら、アンカーが叫んだ。
    「任されましたアンカーさん! 癒やしきって見せます!」
     もう何回目か分からない清めの風を放ちながら、ミキが叫んだ。正直言って、そんな自信はどこにも無かった。が、今は一つの可能性を信じて命を賭けるべき時だ。勇気を鼓舞する言葉が必要だった。
     ミキ以外の全員が、クラッシャーとなって悪魔に特攻した。
     守りを捨てた七人と一匹は、体中に傷を受けながらも、一気に壁を取り除いた。
     悪魔に肉薄した射緒が、その腹にライフルを突き付ける。
    「美緒……一緒に……」
     ゼロ距離で放たれたビーム光が、悪魔の背中を貫通した。
    「どけコラァあああ!」
     傷口から炎を上げながら、桜太郎はその手に斧を具現化し、悪魔の脳天に叩き込んだ。
     ドクロの面が割れ、白髪に紫肌の老人がその素顔を晒した。
    「死」
     悪魔の目が青く光り、空気が凍った。
     七人と一匹の足が止まる。
    「癒やします!」
     ミキが清めの風を放とうとした瞬間。
     光の剣が爆発した。
     椿が消滅し、雛子と桜太郎が崩れ落ちた。
     高く掲げた悪魔の右手に、新たな剣が具現化する。
    「私が、貴様らの、『死』だ」
     光の剣が、桜太郎の首を刎ねる軌道を描いた。
     ――天木さん!
     ミキが、声にならない悲鳴をあげた。

    ●急
     ミキは今、自分らしくないことをしていると思った。
     自分のモットーは『がんばらない』ではなかったのか。
     なのに、この作戦に関わってから、ずっとがんばっている。
     この作戦について回る死臭のせいだ。
     大事な仲間に、もしものことがあるかもしれない。
     そんな予感を、ずっと拭いきれないまま、心の隅に抱えていた。
     ソロプレイは大嫌いだ。寂しがり屋だから。
     仮眠部の部室でダラダラ出来なくなるのは、正直ツラい。
    「――でも、仲間が死ぬ事の方が、もっと嫌いなんですよ!」
     異形と化したミキの右腕が、桜太郎の首を刎ねようとする悪魔に振り下ろされた。
     悪魔はとっさに剣で受け止めた。が、その途方も無い力に押し潰され、片膝をついた。膝がアスファルトにめり込み、射緒に貫かれた傷口から血が噴き出した。
    「羅刹ごときが!」
     悪魔の怒気と共に、魔法の弾丸がミキの右腕に穴を開けた。
    「これでも一応、癒やしの子なんですよ!」
     生命力に満ちあふれた風が、皆を包み込んだ。
     その風の中で、ミキに何が起ったのか、皆は理解した。治せる傷のほとんどが癒やされていたのだ。
     ――ブチ殺せ!
     ミキの心の奥で、誰かが叫んだ。
     頭が割れるように痛い。
     これが闇堕ちだ。
     自我が崩壊していくのが分かる。
     少しでも気を緩めれば、一気に意識を持って行かれそうだ。
    「ミキ君、二人を任せた!」
     アンカーの声で、ミキは我に返った。
    「任されました!」
     ミキは桜太郎を背負い、雛子を抱き上げた。
    「今なら行ける! 一気に駆け抜けよう! 皆、足を止めるな!」
     アンカーの影が、大蛇となって悪魔を飲み込んだ。その脇を、アンカーは駆け抜けた。
     もがく影に逆十字を刻みながら、藤恵もアンカーの後に続いた。
     影を振り払った悪魔の顔が、今度は流羽の導眠符で覆われた。
    「逃がしはせん!」
     悪魔の左腕が、脇を抜けようとした流羽をとらえた。
    「……流羽を、放せ」
     射緒のライフルがその腕を貫いた。
     悲鳴を上げた悪魔の脇を、二人は駆け抜けた。
    「死」
     悪魔の目が青く光った。
    「お命、頂戴ッ!」
     菘の白刃が横一文字に閃いた。
     鮮血を吹き上げながら、悪魔の首が宙を舞った。

     辺りはすっかり暗くなっていた。
     菘は、水色の羽織が血まみれになっていることに気付いた。
     そして、今更ながら、体に震えがきた。
     あの人の海の中で、駆け出すタイミングがもう少し遅れていたら、もし間違った道を選択していたら、今度こそ全滅していただろう。
     だが、アンカーは間違えなかった。その長身と機転を生かし、皆を正しく導いてくれた。
    「しばらくここで休みましょう。二人とも傷は深くありません。じきに歩けるようになります」
     桜太郎と雛子を寝かせながら、ミキが言った。
     駅からずいぶんと離れた岩場の影で、部隊はぐったりとへたり込んだ。
     あの絶望の渦から、見事に生還を果たしたのだ。
     だが、皆どこか、悲しげだった。
     ミキが一歩、皆から離れた。
    「上木先輩……」
     桜太郎が半身を起こして、何か言おうとした。
     雛子も口を開いたが、言葉にならなかった。
     誰も、何も言えなかった。
    「――天木さんは頼もしいです。高橋さんはすごいです」
     ミキが言った。
    「鳳さんはなごみます。浅儀さんは萌えます。浅見さんはステキです。沖田さんの剣技には驚かされました。アンカーさんには感謝しています」
     黒曜石の角が、ギリギリと伸びていく。限界が近い。
    「本当に、無事で良かったです」
     ミキは苦しげに歯を食いしばり、それでも笑って敬礼した。
    「上木さん――」
     藤恵がミキに駆け寄った。
    「それではみなさん、サヨナラです」
     ミキが跳躍し、闇に紛れた。
    「サヨナラじゃないよ!」
     雛子が叫びが、夜の鶴見岳にこだました。

     こうして、癒やしをもたらす奇跡の子・上木ミキは、羅刹となってその姿を消した。
     司令部の陥落は成らなかったが、鶴見岳の力を守る事はできた。作戦は成功だ。司令部を混乱させ、悪魔一体を灼滅した功績を、今は誇ろう。
     そして、傷ついた羽を休めよう。
     友を連れ戻す、その日のためにも。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:上木・ミキ(ー・d08258) 
    種類:
    公開:2013年2月5日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 21/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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