午後6時のチャイムが鳴ったら

    作者:卯月瀬蓮

    「ねぇ、知ってる? 2年生で行方不明になった人がいるって」
    「……知ってる、キセ先輩でしょ。お姉ちゃんが同じクラスなんだ。ウチにも家の人から電話きたし」
    「やっぱ家出? それか駆け落ちとか!?」
    「駆け落ち……そういうの好きなの? でも、そういう感じの人じゃないみたいだよ。なんつーの、オタクッぽいっていうかクラスでちょっと浮いてるカンジの人っているでしょ」
    「あー……なるほど」
    「お姉ちゃんの話だと、オカルトマニアらしいよ。昨年の夏休みなんかは学校の七不思議をテーマに研究発表してたって」
    「ふーん。じゃあ、あの噂が案外ホントだったりして」
    「ウワサ?」
    「あれ、知らない? 体育館の裏に、きったない物置みたいな小屋があるでしょ」
    「……あったかも?」
    「あ・る・の。ウチのガッコの第8の不思議って言われてるんだよ?」
    「……は?」
    「あの小屋、昔は住み込みの用務員が使ってたらしいよ。なんか事故があって死人が出て以来使われなくなって、校舎を立て替える時に取り壊そうとしたんだけど……工事関係者にケガ人が続出して、そのままになったんだってー」
    「え」
    「で、その用務員の怨念が小屋に住み着いてて、最終チャイムが鳴る頃に小屋の扉を触ると中に引き込まれて……」
    「ちょ、そういう話やめてよー!」
    「あはは、アンタってほんと怖がりよねー。あたしよりそんな大きいのに。もう170超えた?」
    「……うぅ、怖い話も背の話も禁止!」
     
    ●午後6時のチャイムが鳴ったら
    「都市伝説の出現が確認しゃ……」
     ……のっけから噛んだ。エクスブレインの少女――七宝・ヴィオラ(小学生エクスブレイン・dn0048)は静かな表情のまま、ただ菫色の大きな瞳に哀しそうな色を浮かべた。灼滅者たちがそっと視線を外す。
     少女は小さな掌で自らの頬をぺちんとひとつ叩いて、もう一度唇を開いた。
    「都市伝説の出現が確認されました。既に1人犠牲が出ていますので、討伐を急いで欲しいのでつ……、です」

     都市伝説が現れたのは、とある田舎町にある高校だ。
     生徒数も校舎の規模もそれなりだが、田舎故か土地が有り余っているらしくグラウンドは広く、校舎裏まで森が迫っている。
     校舎の周りには特にフェンスなどの障壁もなく、敷地内は生徒以外の町民も里山の獣も通りたい放題。よって、灼滅者も特に怪しまれることもなく入り込むことが出来るだろう。
     流石に校舎内には入れないだろうが、里山まで続く広大な森の入り口にぽつりと建っているのが件の小屋だ。問題はない。
     噂話の通り、小屋には人が住んでいたこともあるらしいが、今となっては古くて小さな木造の……今にも壊れそうな廃屋である。背後に連なる森の暗さも手伝って不気味な雰囲気を醸し出すそれは、生徒たちが怪談話の標的とするのに丁度良かったらしい。
    「……実際は、この小屋で死人が出たという事実はないんですが」
     ヴィオラが漏らす通り、噂は噂に過ぎない。
     だが代々の生徒が語り継いできた噂話は、そこから生じる恐怖心とサイキックエナジーとの融合を経て『都市伝説』となった。噂話を確かめようとした女生徒が1人、人知れず餌食となり命を落としている。
    「この学校では、午後6時に下校を促す最後のチャイムが鳴ります。その音が聞こえる1分の間にこの小屋の扉に触れると、『中』に引き込まれる……というのが、この都市伝説の内容ですね」
     そう、『引き込まれ』てその後は、戻って来ない。『中』で、噂話が語るところの『怨念』に殺されてしまうから――。

     小屋の『中』は、昔の光景を模している。廃屋だったはずの小屋は小奇麗に手入れされた木造住宅となり、振り返れば鉄筋コンクリート4階建ての校舎は木造2階建てへと姿を変えるのだ。
     引き込まれた者は小屋の前に広がる芝生の広場に出て、小屋の中から現れる都市伝説の本体と相見えることとなる。
    「都市伝説の本体は、作業着を着たおじさんの姿をしていて、草刈り鎌を持っていて……えっと、用務員さんっぽいカンジです」
     手にした鎌は小さいが、灼滅者が使う咎人の大鎌に似た力を秘めているようだ。大きく振るえば衝撃波で前方を一直線に薙ぎ払い、怨念を込めた刃にかかった者は術による回復が難しくなるだろう。また、気合を入れるように上げる雄叫びには、自らの体力を回復する他、防御力を上げる効果もある。
     敵はこの1体だけだが、それ故にか体力と膂力に溢れている。油断は禁物だ、とはエクスブレインが忠告するまでもないだろう。
    「本体を倒せば、この『中』の空間もなくなるはずです」
     現実の小屋に近づく人間は普段からほとんどおらず、『中』の空間には勿論人影はない。戦うことだけに集中して差し支えないと断じ、ヴィオラは口を閉ざした。
     説明は終わりなのだと理解した灼滅者たちが、現場に向かおうと踵を返す。その背に向かって、細い声がかけられた。
    「あの、いってらっしゃい。気をつけて……ちゃんと帰ってきて、くださいね」
     言葉を噛み締めるように、ゆっくりと告げて。
     カメのぬいぐるみを抱く腕にぎゅっと力を込めた少女が、ぺこりと頭を下げた。


    参加者
    玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    アレックス・イルムイル(小学生シャドウハンター・d01916)
    灯山・暁(夜明けの焔・d02969)
    水牢・悠里(磬る霖・d04784)
    土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)
    不動・嵐(喧嘩暴風・d12445)
    志藤・遥斗(図書館の住人・d12651)

    ■リプレイ

    ●チャイムが鳴る前に
     エクスブレインの手配に従って辿り着いた町は、確かに『田舎町』の称号に相応しい場所だった。
     目立ったビルのない町で、1番大きく高い建物は件の高校だろう。
     町に入った時から見えていた目印のお陰で迷いようがなく、一行は午後6時まで10分ほどを残して、現場となる小屋の前に辿り着いていた。

    「警戒するほどのこともなかったでしょうか」
     志藤・遥斗(図書館の住人・d12651)が拍子抜けしたように、通り抜けてきた校舎脇の小道を振り返った。同じく少し困惑していた様子の灼滅者たちが、微笑する。
     敷地内に入る際、犬の散歩中らしき中年女性が出て来た時には驚いた彼らだったが、その後も軽くハイキングにきたらしい老夫婦とかエサを探して里山から下りてきたらしいタヌキだとかを目にするにつれ、そういう土地柄なのだと悟った。
     エクスブレインの言っていた通り、特に見咎められることもなく侵入出来たわけだが――行動を制限出来ない野生動物はともかく、このご時世、もう少しくらい(学校側が)警戒したほうが良いのでは、と思わなくもない。これでは、不審人物も入り放題だろう。
     太陽は既に西に沈み、残った光が空や風景を紫色に染めていた。僅かな光を写して風にそよぐ長い銀髪を片手で押さえ、土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)が興味深げに周囲に視線を巡らせている。
     同様に、最年少のアレックス・イルムイル(小学生シャドウハンター・d01916)が、小屋を見上げた。背後の校舎や体育館と比べ、それはあまりにも小さく、古ぼけている。小さな窓は陰っていて、怪談話が持ち上がるのも無理はないと思わせる佇まいだ。
    「実際にそんなもんが無くても、噂さえあれば都市伝説は発現しちまうんだな。嘘から出た真実ってやつか」
    「噂話の暴走が、具現化を呼んで被害者を生んでしまう……か、嫌な話だな」
     灯山・暁(夜明けの焔・d02969)の呟きに、玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)が肩を竦めた。
     実際にはなかったものが、人間の恐怖に力を得て、本当の災禍を巻き起こして更なる恐怖と不安を与える……。負のススパイラルだ。
    「またどっかの怪談好きが引っかかる前にぶちのめさねぇとな」
     パシン、と拳と掌を打ち合わせた不動・嵐(喧嘩暴風・d12445)の言葉に、水牢・悠里(磬る霖・d04784)が頷いた。漆黒の髪に縁取られた少女めいた顔に、きりりと決意の色を浮かべている。
    「えぇ。これ以上、犠牲者を出すわけには、参りません」
     花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)が、首に下げていた懐中時計を引っ張り出して、時間を確認する。
    「そろそろだよ」
     パクン、と閉じたやや煤けた蓋には、パンダと笹の彫刻。パンダを愛する彼女のために誂えられたかのようなそれは、親友からの贈り物だ。
    「まろぱん、フォロー頼んだぜ?」
    「うん。煉夜くんも、頼りにしてるよ!」
     にっこり笑い返したましろの横を、呼びかけた声の主――煉夜が通り過ぎる。
     都市伝説の出現のためには、チャイムが鳴っている間に小屋のドアに触れなければならない。平均的なサイズのそれは、けれど8人全員が1度に触れるためには姿勢に無理が出る。そのために、隊列順に3回に分けて突入する作戦だ。
     ディフェンダーとして前衛の一角を担う煉夜は、突入の第1陣だ。
     彼と暁、嵐の3人並んだ背中が、控える仲間たちの目の前で消えた。
    「いきます……!」
     アレックスの声に合せ、同じく中衛を担う遥斗もドアに手を触れる。
     瞬間、すっと掻き消えた2人の姿を認める間もなく、残った3人が手を伸ばした。
     ゆるりと吹いた風が芝生の微かな踏み跡を消し去り、いつもと変わらぬ無人の小屋の上に、ただ鳴り響くチャイムの音だけが降り注いでいた。

    ●現れた『都市伝説』
     ……チャイムが鳴っている。
     小屋のドアに触れた一瞬に反転した視界が回復すると、そこはもう小屋の『中』――否、都市伝説の中だった。
     靴底から伝わってくる芝生の感触は、先ほどまでと些かも変わらない。触れていたはずの小屋が少し遠退き、また、その木の壁が真新しく見えていなければ、現実の世界と見分けがつかないだろう。
     折り返したチャイムの音を聞きながら、ましろが背後の校舎をちらりと見やった。
    「ここ……昔の風景なのかな?」
     よくある真っ白い壁の箱のような建物から、レトロな木造建築へと姿を変えたそれは、どこかノスタルジック。
     チャイムの音が止む。残った余韻も風に吹き浚われ、消えてゆく――。

     一瞬訪れた静けさを破るように開いた小屋のドアから、のそりと姿を現したのは、作業服姿の男だった。
     学校の用務員らしい人の良さそうな顔に、一瞬拍子抜けしそうになる。が、その手にした草刈り鎌の刃の色が妙に澄んでいて、逆に不吉に見えた。
    『早くかえりなさい』
     そんな言葉が、低く聞こえたと思った瞬間。殺気、とでもいうのだろうか、灼滅者たちを取り巻く空気が変質したように思えた。
     当然だ、目の前の男は用務員などではない。具現化した『都市伝説』なのだ。
    「人の噂から生まれた亡霊か。その伝説、今ここで終わらせてもらうぞ。燃え上がれ、デイブレイク!」
     暁を皮切りに、次々と封印解除していく灼滅者たち。
     アレックスが、大きな瞳を僅かに眇めた。目の前にいるのは、無用な敵。速やかに退治しなくてはならない。
     小さな手に現れた得物は、磨き込まれた銀のナイトランス。幼い身体とほぼ同等の長さのそれを器用に操り、構える。 すっと表情の抜け落ちた顔はさながら人形の精巧さで、噂から生じた都市伝説の男が浮かべる表情と相対的だ。
    「解除(リリース)」
     落ち着いた声音で呟いた有人の手に、真白く優美なるマテリアルロッド――『風のスノーホワイト』が現れる。次の瞬間には、空飛ぶ箒によって、その身は宙高く舞い上がっていた。純白のタキシードの裾がはためき、長い銀糸が薄暮の空に煌く。
    「人の思念が生んだ哀れな狂気よ、今在るべき無へ還してやる!」
     煉夜の口上を遮るかのように、男が鎌を振り上げた。刹那、割り込むように駆け寄った暁の身体から噴き出した炎が、両手に構えた得物を包み込む。
     切っ先を受けた男の肩にちろりと宿った炎は、あっと言う間に全身に燃え広がった。
     熱さから逃れようと暴れる男に、
    「お前の相手は、この俺だ」
     手の甲に貼り付けたWOKシールドから展開したエネルギー障壁を叩きつけるようにして、煉夜が拳を振るう。クリーンヒットを受けて首を曲げたまま、男がぎゅるりと視線を向けた。
     タン、と地を蹴ったましろの足がリズムを刻む。自身の態勢を整えるように踊りながら上げた視線が、都市伝説のそれと合った。
     僅かなダメージに眉をぎりと寄せた男が、もう一度、草刈り鎌を大きく振り上げる。
    「くっ……」
     強烈な衝撃波が、前衛の3人を襲う。
     ……なるほど、確かに力はそれなりにありそうだ。けれど――。
     思わず頭を庇った腕が痺れを訴えるのをまるっと無視して、嵐が笑った。不敵なそれは、どこか嬉しそうにさえ見える。
    「へへっ、やりがいのありそうな奴だな。楽しませてくれよ!!」
     細身の身体から、ぶわりと熱気が溢れ出した。噴き出した炎とバトルオーラが混じり合い、肩に引っ掛けただけの学ランをはためかせる。
    「寒ぃだろ! 骨まで焦がしてやるよ!!」
     男の身体を炎が包み込む。
     悠里がそっと目を伏せた。さながら、胸元に寄せた拳の背にあるWOKシールドに祈るように。
    「護りの、力を……」
     淡く透き通った蝶を象ったシールドが大きく広がり、前に立つ暁と嵐、煉夜を、その翅で包み込む。敵が振るうという刃の怨念から、仲間たちを守るだろう。
    「速やかに、滅びろ……!」
     アレックスの声に感情はない。ただ、事実を口にしただけ。
     『シルバリオン・スター』の銀の穂先に、漆黒が生まれた。しゅるりと渦巻いて弾丸を形作るや否や、男に撃ち込まれる。ジャマーの効果を通した暗き想念の毒が、都市伝説の男を深く深く蝕む。
    『ぐ……があぁッ』
     苦しげに身を捩った男が、めちゃくちゃに腕を振り回す。その手に握った鎌に、具現化した怨念とでもいうのだろうか、黒い靄のようなものが纏わりついて見えた。
     向けられたのは、やはり煉夜だ。最初に与えた怒りが尾を引いているのか、はたまた仲間たちを守るように立つその位置にか、つけ狙われているようだ。
     ばっさりと振り下ろされた怨念の刃は煉夜に傷を負わせたが、黒い靄は霧散した。悠里のシールドが、仄かに光を放つ。

    ●ひとつの都市伝説の終焉
     その後の戦況の動きは、緩慢だった。
     体力がある上に回復をする敵。だが、たったの1体だ。緩やかだが確実に、灼滅者たちに勝負の天秤は傾いてきている――。

    「油断するな、来るぞ!」
     上空から落ちてきた有人の声に、同じく後衛に位置するましろと悠里がハッと目を見張った。鎌を大きく振り上げた男の狙いは、確実に彼らに向かっている。
    「……っ」
     防御態勢を取る。が、訪れるべき衝撃が、いつまでたってもない。
     再び視線を上げると、煉夜の背中が目に入った。男の鎌を受けた左肩から血が滴っている。
    「簡単に仲間には通さないぜ?」
     ディフェンダーとしての意地だとばかりに笑って見せたが、咽喉元からせり上がってきた血にたまらず咳き込んだ。
    「煉夜くん!」
     ましろの声。続いて響く天使の歌声が彼を包み、癒していく。それでも足りない分を補うように悠里が飛ばした護符から流れ込む癒しと守護の力に、煉夜が息を吐いた。
     ……その間にも、灼滅者と都市伝説、双方の攻防は続いている。
     つい、と有人が腕を上げた。あくまでも優雅さを失わない動きは、半ば舞うように。
     上空に座したまま地上の敵を示した指先に、詠唱圧縮させた魔力が凝っていく。
    「目標を狙い撃つ!」
     先にバベルの鎖を集中させておいた瞳には、敵の動きがはっきりと見える。
     有人の指先から放たれた幾千もの魔法の矢が、全て過たずに男の上に突き立った。丸めた背にハリネズミのように突き立ったそれは、ダメージを残したまま掻き消える。
    『ぐ……おおぉぉぉォォ!!』
     背を丸めるようにして唸っていた男が、空を仰いで咆哮する。深く穿たれた傷が埋められ、掠り傷が消えていく。
     雄叫びは回復だけではなく、防御力も増加させたようだ。どういう仕組みか、男のぼろぼろになっていたはずの作業服がすっかり元通り……否、初めよりも光沢のある生地となって新品のよう。
     予言者の瞳を通して都市伝説を眺め、遥斗が息を吐いた。
    「……キリがないですね」
     やれやれとばかりの呟きだが、回復を試みなくてはならないほどに敵の身体にもダメージが溜まってきていることは承知済みだ。いくら『体力と膂力に溢れて』いる敵だとて、無尽蔵ではない。
     悠里の足元から伸びた影が膨らみ、男を飲み込む。一瞬で開放されたものの、その作業服からは光沢が消えている。
     それを見てとった遥斗は『Argentum』――銀の名を冠するマテリアルロッドを、高々と掲げた。
     男を頭上から貫いた魔力の雷が、終幕への合図。
     更に攻撃に集中する仲間たちの背を見つめ、悠里はひらりと腕を動かした。着物の袖が翻り、足元から立ち上る影が黒蝶となって舞う。清らかな風が、ダメージの多い前衛に吹いた。
    「回復は、お任せ下さい!」
    「おう、ありがとうな」
     ニッ、と笑った嵐がオーラを拳に収束させた。
    「オラオラオラァァァァ! ウラァアア!!」
     数え切れないほどに拳を受けた男に、カミを降ろした有人の起こした風が刃となって吹き付けた。踏鞴を踏む、都市伝説。
    「こいつで……、叩っ斬る!」
     暁が片腕で担ぎ上げた無敵戦艦刀に、もう片手に握ったサイキックソードの紅が写る。
     振り下ろした戦艦すら粉砕するその一撃を、しかし男は交差された腕で受け止めて見せた。ぎりぎりと拮抗する力関係を、暁と息を合わせた煉夜が崩す。
     僅かに残った体力を回復すべく大きく開いた男の口を遥斗の轟雷が縫いつけ、アレックスの螺穿槍が穿つ。
     ダメ押しだった。
     都市伝説の足元がぐらりと揺らぎ、ゆっくりと、仰向けに倒れていく。
     その倒れた背が地面に触れる前に、男の姿は空気に融けるように、消えた。

    ●噂の結末
    「これで……完了です」
     ぽつりと零れたアレックスの言葉が引き金のように、再び目に映る世界が切り替わった。元の世界へと戻ったのだ。
    「あ~……すっかり暗くなっちまってるな」
     呟いた嵐が、肩に掛けた学ランを羽織り直した。
     都市伝説の『中』はずっと薄暮の状態だったが、現実世界は既に夜闇に包まれている。冬の夜、寒さが増してくる時刻。チカチカと瞬く星までが、少し寒そうに見えた。
     ほわり、と柔らかな光が灯る。闇に慣れ始めていた目に眩いそれは、パンダ――ジャイアントじゃなくてレッサーなほう――の形をしていた。
    「みんな、お疲れ様」
     笑みを浮かべたましろが、光るぱんだ(ランプ)を掲げて仲間の姿を確認している。
    「皆さん、お怪我はありませんか?」
     光を目印に、宙に留まっていた有人が降りてきた。
     2人に応える仲間たちの中に、深刻なケガのある者はいなさそうだ。
    「良かった……」
     小さく呟いた悠里が、安堵の息を吐く。それでも、僅かに残る小さなケガや疲労を慰撫するように、ましろと共に優しい風を招く。
     それは小屋の前に佇む暁の頬をも撫で、過ぎて行った。その場で、そっと手を合わせる。それは、この事件で唯一の犠牲者のための祈りだ。遺体が残らず、恐らく行方不明扱いのままとなるだろう彼女の真実を知る者として、せめてもの手向け。
    (「本当は、助けてやれたら良かったんだが、な……」)
     ヴィオラを、エクスブレインたちを責めるわけではない。
     けれど、更なる被害者が出る前に解決出来たと切り替えるには、失われた生命を惜しむ気持ちが彼の胸に蟠りを残す。
    「一応、確認しとくか」
     言って、煉夜が小屋の周囲を一回り。合わせて遥斗も周囲の状況をぐるりと確認する。
     『中』では戦いの最中に散々芝生を踏み荒らし、小屋にまで影響を及ぼした気がしたが、現実では特に支障はなさそうだ。
    「そろそろ晩ご飯の時間だね。早く帰ろ、帰ろ?」
     お腹空いてきちゃった、とましろが笑う。
     ……が、寧ろ、速やかな撤収を心がけるアレックスは既に校舎脇の小道に差し掛かっているし、同じ考えの遥斗も歩き出している。残りの者たちも追いかけるように、踵を返して。
    「なぁ、皆でどっかいかねぇか? 大人数で騒いでも問題ない、良い店知ってんだよ」
     嵐が誘う。学園へ帰る前に、腹ごしらえは必要だろう。
     漸く歩き出した仲間たちをちらりと振り返った遥斗の目に、月の光りに照らし出された建物の影が映る。
     古く薄汚れた小屋は、闇の中で静かな眠りについたように見えた。

    作者:卯月瀬蓮 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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