夜の森で亡霊は彷徨う

    作者:波多野志郎

     その森が何故そこに残っているのか? それを知る者は少ない。
     工業地帯の外れ。そこに残った森では、いくつもの噂話が語られていた。
     曰く、その森が残っているのは工事予定の業者が不幸な事故に巻き込まれ続けたから。
     曰く、その森はかつては古戦場の跡として知られており、無数のおどろおどろしい伝承が残っており、今でも土を掘り返せば人骨が見つかる事がある、と。
     曰く――その森に夜に入った者は、古戦場の亡霊にたたり殺される。
     その森に関する噂話は雪だるま式に膨れ上がっていった。ある事ない事、人から人へ――そして、いつしか一つの都市伝説が完成していた。
     曰く、その森に手を出す者は古戦場の亡霊によって呪い殺される。古戦場の亡霊は今も夜になれば森の中を徘徊し、自分達の仲間を増やそうと画策しているのだ――。

    「――元々、法的に商業系の用途地域についても可能な限り緑化を行う必要があるから、その一環として森が残っただけなんすけどね?」
     小学四年生はあっさりと夢とか浪漫を一撃で粉砕した。湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそのまま渋い表情で続ける。
    「そんな事より、問題はそんな噂話が都市伝説にまでなってる事っす」
     翠織が今回察知したのはとある都市伝説の存在だ。
     工場地帯に残された森。そこから膨れ上がった噂話は古戦場の亡霊という都市伝説を生み出してしまった。
    「で、実際に夜な夜なそういう連中が徘徊する呪われた森になってる訳っす。実際、人を襲う危険な存在になってるっすから、放置は出来ないっす」
     古戦場の亡霊と接触するのはその森に夜に行く必要がある。なので、光源は必須となるだろう。
    「全部で八体、多くは見えるっすけどその分一体一体は弱いっすから」
     見た目は骨が戦国時代の足軽の鎧を身につけた、そんな姿をしている。手に持った槍で妖の槍のサイキックと同じ攻撃をしてくる。
     戦場は森となるので、木が障害物となる。それを活かして戦術を考えれば、より有利に戦いを進められるだろう。
    「みんなからすれば手強くはないっすけど、普通の人達にとっては対抗出来ない脅威っす。犠牲が出る前に速やかに処理して欲しいっす」
     そう翠織は真剣な表情で締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)
    畷・唯(血祭御前・d00393)
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    黒水・蓮(無貌の蒼闇・d02187)
    レイ・シュヴァイツァー(蒼月に煌く白薔薇・d08372)
    白石・静(中学生ダンピール・d11964)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)

    ■リプレイ


     夜。その月明かりさえ届かない森の中を歩きながら越坂・夏海(残炎・d12717)が唸った。
    「うわぁ……いかにも出ます、って感じだな。これはさっさと終わらせないと夢に出そうだ」
     都市伝説や怪談を聞けば夜怖くなる夏海だ。そんな舞台をカンテラ型懐中電灯を腰に下げて歩くなどという体験を強いられればうんざりするのも当たり前だ。
     木陰に身を潜めた夏海の姿に黒水・蓮(無貌の蒼闇・d02187)は相手に悟られないように笑みをこぼした。
    (「夜の森、か。小さい頃は怖がっていたような覚えがあるな。ざわめく木々の影が、何かいそうな雰囲気を孕んで、いかにもオバケが出そうな」)
     その深い闇の向こうに。その木々のざわめきに。人は何かを想像し、恐怖する――それは人の本能に根付いたものなのだろう。
    「夜の森って、それだけで神秘的だよね」
     それでいて、宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)のような感想を抱く者もいる。自然が生み出す光景とはただそこにあるだけで胸を打つ美しさがあるのだ。月の明かりと木陰が生み出す複雑な闇は、ただの黒一色ではない。色々な濃度の黒を重ね合わせた重厚な色を人は闇と呼ぶのだ。
    「暗い森の中、彷徨う亡者、都市伝説ってわかってるけど、雰囲気あるよね。どんな勝負が出来るかな、楽しみ」
     一本の木にランタン型の電灯を下げて奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)はファイア・ハートの弦を弾いた。
     明るく楽しく騒がしく! それがモットーのあさひだ。自分の奏でるギターの音色で囮役を買って出よう、そういうつもりだった。
    「都市伝説が現れたら、隠れてる仲間の傍を通るように誘導すればOKっと」
     自分も楽しく囮も出来る――まさに一石二鳥の作戦だ。あさひはその炎を形取ったバイオレンスギターをかき鳴らしながら満面の笑顔だった。
     ――だが、この作戦には一つ大きな問題がある。
    「――ん?」
     そう、森の中で音楽をかき鳴らせばまず人を襲う都市伝説はそこに殺到する、という事である。
     カラン、と軽い音が鳴り響く。それは現実ではありえない骨のなる音だ。闇の中から全身骸骨に戦国時代の足軽の鎧を着込んだその群れが姿を現した。
    「わわ! 向こう向こう!? 歩いていこうよ!? 楽しくさ!」
     あさひは演奏の手を止めない。確かに『誘導する』という点は不可能だったが、その役割は十二分に果たしていた。
    『……ア……?』
     槍を構えた一体の亡霊が、呆けた声をこぼす。ザワリ、とあさひの背後で木陰が大きくざわめいたからだ。
    「我が名は畷・唯。人に害をなすものを絶つ者だ!」
     その闇の中から飛び出したのは畷・唯(血祭御前・d00393)だ。亡霊はこれに不意を打たれ唯が振り上げた月刀【紅】の大上段の一撃に切り裂かれた。
     そして、更にその向こうからその涼やかな声が響き渡る。
    「La Vie en rose」
     解除コードと共に取り出した愛用のマテリアルロッド、星濤をしっかりと握り水晶の装飾に軽く口付けた百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)が静かに言い捨てた。
    「魔法の矢のお味はいかが?」
     ヒュオン! と風切り音を立てて魔法の矢が亡霊へと突き刺さっていく。この段となり、亡霊達はあさひからその狙いを外し身構えた。
    「植物は私たちの味方です。足元は気にせず、亡霊殲滅に力を注ぎましょうね。」
     黒のゴスロリドレスを身に纏い、猫の縫い包みを撫でながら笑顔でそう言うのはレイ・シュヴァイツァー(蒼月に煌く白薔薇・d08372)だ。隠された森の小路――それを利用した不意打ちだ。
    「静が後ろに亡霊が行かない様にしてくれてるから、私は唯と莉奈の戦闘をサポートしつつ攻撃するね」
    「ああ、任せろ」
     白石・静(中学生ダンピール・d11964)が刀を引き抜き、亡霊達の前へと踊り出る。それに亡霊達は反応しようとしたその瞬間、霊的因子を強制停止させる結界を構築された――夏海の除霊結界だ。
    「ちょーっと待っててな。ゆっくり一人ずつ相手したいからさ!」
     除霊結界が亡霊達の動きを一瞬止める。その直後、闇よりもなお濃いドス黒い殺気が横から亡霊達を襲った。
    「さてと、亡霊退治本格スタートといこうか」
     音もなく鏖殺領域と共に冬人が駆け込み、ここに夜の森を戦場とした戦いの幕が切って落とされた。


    『オ――ッ!!』
     三体の亡霊がその槍を繰り出した。その三本の槍の刺突へと冬人は飛び込んだ。
     ギィン! と足元から伸びた影がその槍の軌道を逸らす。完全に防げる訳ではない――だが、足や二の腕を切り裂かれようとそこに人一人が通り抜けられる隙間が作られた。
     その中を冬人が駆け抜ける。ギギギギギギギギギギン! と夜の森に火花を散らしながら影が踊り、冬人はその無手の右手を構えた。
    「……こいつらは人じゃないから、ノーカンでいいよね」
     足元から伸びた影の刃をナイフへと変え、冬人は横一閃振り抜く。そのティアーズリッパーの斬撃に亡霊が体勢を崩した瞬間、冬人は跳躍――その直後、冴え冴えとした月の如き衝撃が亡霊達を襲った。
    「適度に解除しておかないとな」
     澄んだ音色と共に蒼魔刀『哭霊』を振り払い、蓮が言い捨てる。螺穿槍によるダメージ上昇だけは看過出来ない――冷静に戦況を見極めての蓮の判断だ。
     木々の間へ唯と静が同時に跳び込んだ。それに反応して亡霊は身構える。
    「――こっちだ」
    『オ、ノレ……ッ!?』
     その囁きに亡霊は槍を腰に構え振り返るのに合わせ薙ぎ払う。だが、静はそれを刀で受け止めると下段から亡霊の足の骨を切り裂いた。
     そして、亡霊は再び振り返ろうとする。背後から唯が跳びかかったからだ。
    『ナ――!』
     だが、そこで亡霊は気付く。森の木々が横に槍を振り払わせるのを邪魔している、と。
     その槍が振り払えない場所を唯は読みきっていたのだ。静が先に背後の死角から襲ったのもその伏線だ。亡霊に槍の特性を活かした同じ対応をさせる、そのための布石――その果てに唯はその間合いを得た。
     赤い柄を握り、深く踏み込む。亡霊は槍の握りを変えて対応しようとするが、間に合わない――唯の居合い斬りが、亡霊の胴を一刀両断した。
    「我が月刀に断てぬものなし!」
     技と技、知略をもって競った勝負だった。だからこそ、唯はこの勝負の結果に誇りをもって言い捨てる。その宣言に、亡霊は怨嗟の一つも残さず音もなく朽ち果てていった。
    「それじゃ、レッツ、プレイ! 明るく楽しく行こうよ♪」
     ファイア・ハートを奏でながらあさひが亡霊達へと駆け込んでいく。それは情熱のこもったダンスだ。バイオレンスギターで、足で、肘で、亡霊達へとダンスと共に打撃を叩き込んでいった。
     そのダンスに加わるように夏海もそこへ跳び込んでいく。
    「いまだに自分が炎操れるなんて実感ないんだ。けど、やるっきゃないんだろ!」
     大きく踏み込んだ夏海はその縛霊手を炎で包み、一体の亡霊へと繰り出した。鎧の胴を砕き燃やしながらレーヴァテインの一撃が振り抜かれ――そこへ莉奈が続いた。
    「莉奈の魔力を召し上がれっ」
     星濤を振りかぶった莉奈が亡霊へと渾身の力で振り下ろす。鈍い打撃音が響き渡りそのマテリアルロッドが振り抜かれた直後、内側から膨れ上がった衝撃に亡霊が砕け散った。
    『ユル、サヌ……!』
     その莉奈へと真横から一体の亡霊が刺突を繰り出した。木と木の間を縫う、絶妙な一撃だ――しかし、その槍が莉奈へと届く事はない。
    「仲間は攻撃させませんよっ!!」
     その動きを読んだレイが自身の身を盾に槍を受け止めたのだ。右肩へと深々と突き刺さる穂先、それに構わずレイは植物の形をした影を操りその亡霊を縛り上げた。
    「大丈夫? 今、元気にしちゃうからね!」
    「ええ、大丈夫ですとも」
     あさひのその天使の歌声に癒されながらレイは微笑した。そう、大丈夫なのだ――誰かが怪我をしてしまう事よりも、ずっと。
    (「都市伝説なんて全て殲滅して、皆を笑顔に……」)
     レイはその秘めた情熱で、戦いの流れを思い返す。戦況そのものはほぼ互角、そう言って差し支えないだろう。元の数は同等であり、都市伝説の側は戦術を駆使しようとはして来ない――時間が立てば立つほどに灼滅者達に有利に戦況は動いていくのだ。
    (「俺達は一体一体確実に倒して行けばいい、それだけだ」)
     影業を手足のように扱い亡霊達と対峙しながら冬人は内心でそう結論づける。普段は抑えているその殺人衝動を解消するように人外相手には躊躇いなく刃を振るっていった。
     一体、また一体と亡霊達は打ち砕かれていく。だが、一体たりともそれで怯むモノはいなかった。
    「実際の話はさておいても、怪談話は怖がるだけにしたいものだ。実害があると、そのテの話を純粋に楽しめんしな」
     溜め息交じりに蓮はこぼし、その指先に漆黒の弾丸を生み出し言い捨てた。
    「そろそろ、どこの誰とも知れない足軽どもには退散願おうか」
     蓮の放ったデッドブラスターの弾丸が弾こうとした槍を吹き飛ばし、亡霊の胸を打ち抜いた。そこへ莉奈が緋色のオーラを宿した星濤を薙ぎ払い、紅蓮斬を繰り出した。
    「お願い!」
    「まっかされたぜ!!」
     そこへ夏海が一気に間合いを詰める。カンテラ型懐中電灯が作る足元の影が音もなく膨れ上がり、鋭い刃となって亡霊を断ち切った。
    『オノレェ!!』
    「うん、真っ向勝負だね」
     最後の亡霊が生み出した氷柱が唯を襲う。それを胸元にスペードのマークを浮かべた唯が大上段に構えた月刀の斬撃を合わせ相殺、空中で切り砕いた。
     そして、そのまま駆け込む。愛刀をその赤い鞘へと納め、オーラを集中させたその両の拳を振るった。
    『ガ、ア――!?』
     亡霊はその拳で殴打されながらも下がらない。むしろ、前へと踏み込んだ。
    「さぁ、燃え上がれ! ボクの熱い魂! いっくよーーっ!」
     そこへあさひがファイア・ハートを炎に包み、駆け込んだ。思い切り、渾身の力を込めたレーヴァテインの一撃が亡霊を強打する!
    『タオ、レヌ……!?』
     その身を燃やされながらも亡霊は倒れない。だが、その前へ出ようと言う歩みが止まった。
    「動けないでしょ?」
     冬人の影縛りだ。静もまた指先で空中に逆十字を描き、ギルティクロスによって亡霊を切り裂いた。
    『ウ、オ、オ、オ――!』
    「安らかに眠ってね?」
     冬人の囁きと同時、レイが間合いを詰める。そのオーラが集中した両の拳を構え、レイが言い放った。
    「これで終わりです、覚悟っ!!」
     闇に無数の光の軌跡が描かれる――レイの閃光百裂拳の連打が、最後の亡霊を文字通り打ち砕いた……。


    「みんなお疲れ! 一仕事終わったら気分良いな!」
     そう爽やかな笑顔で夏海が言うと、あさひも満面の笑顔でうなずいた。
    「んーーっ、一杯運動して楽しかった! 寒さも火照った体には気持ちいいな♪」
     身を切るような寒さも戦い熱を帯びた体と心には心地が良い。戦いの緊張から解放されて笑みがこぼれる中、莉奈はふと気付いたように視線を上へと向けた。
    「冬の夜空って空気が澄んでるから綺麗……自然がある場所だと更に綺麗に見えるねっ」
     そこには木々の間から覗く星空があった。都市部のように地上の明かりに星の輝きが奪われていないその星空は、小さな星々も鮮やかによく見える。
    「ああ、本当に綺麗だね」
     夜の森が見せてくれた神秘的な光景に冬人も笑みを浮かべた。
    「ええ、本当に」
     レイもうなずく。その笑みには安堵があり、それはみんなが無事に戦い終えた事と灼滅者としての使命を果たす事が出来た達成感から来るものだった。
     ――この森にはもう亡霊はいない。人が訪れ、今の自分達と同じようにこの光景を見上げ、その美しさをその胸へと刻む事だろう。
     この地が平和になって良かった――莉奈は自分達が成し遂げた結果に満足気に笑みをこぼした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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