クィーン・フォーリャの凱旋

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     弦楽器が独特の低音を爪弾き、太鼓の軽快な音色が何重にも重なって原始のリズムが生まれる。その旋律に加わるのは遠い異国の人々の生きざまを、感情を言葉として描き出した伝承の唄。
     熱狂的なリズムが胸をかき鳴らす。身体が、風を切る感覚を求めている。その情熱に身を委ねるまま、足を振り上げて床を蹴った。宙を舞う、なんて表現は永らく大袈裟だと思っていたけれど、それは己の技術が至らなかっただけと今は知っている。
     東城颯妃は、宙を舞った。
     目と鼻の先をかすめて回転する己の足に、相手が息を呑むのがわかるようだ。呆然とする男に向かって、ターンをしながら次々と蹴りを浴びせる。形だけの蹴りだ。当ててしまっては意味がない。かつて奴隷達はこれを武術の修練と悟らせぬために舞踊の衣を着せ、熱狂に舞い踊ったのだから。
     そう、闘いには、歌と音楽が必要だ。
     拳を交えずとも、どちらが格上かなど――推して知るべし。

    「お前……いつからこんなに踊れるようになった」
     勝負を終えた男は汗だくだった。単に激しい運動をしたからだろうが、そのうち幾らかは恐らく冷や汗だった。
     カポエイラ。ブラジルに伝わる武術であり、舞踊。今しがた、颯妃は男をダンス勝負で圧倒した所だった。この娘が俺に敵う筈がない――そう思って受けた勝負だったのに、コーチであった男は圧倒的に敗北した。
     颯妃はフンと鼻で笑い、冷たく男を見やる。
    「知ってるのよ? アンタがあたしだけじゃなく、皆にもセクハラしてたってね。ダンスであたしに敗けた今、アンタは力を振りかざすしか能のないクソ男に成り下がった」
    「生意気な……!」
     男は拳を握りしめ、颯妃に襲いかかった。勝負の行方を見守っていた取り巻きの少女たちが、小さく叫び声をあげる。
    「……せっかくだわ。その力すら無力だって証明してあげる」
     颯妃はタンと軽く床を蹴ると、男の頭上を宙返りで飛び越え背中に思い切り蹴りを見舞った。そのまま何発が蹴りを入れて男が気絶したのを確認すると、彼女はドアの方へすたすたと歩いていった。
    「颯妃さん?」
    「ど、どこへ行くんですか! 私も一緒に……!」
    「ごめんね皆、もう此処に用はないわ。……あたしは、もっと力強いダンスを踊れる奴に会いに行きたいの」
     
    ●warning
    「今日はな、セクシーかつキュートでちょっとエッチな女淫魔ちゃんと戦うお仕事だ」
     …………。
     鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)の口から出た言葉を聞いた灼滅者たちは、若干反応に困っていた。
    「……言いたいことはわかる。『恥を知れ、バカ神!』、そうだろう。君達よく考えろ、俺がこんな事で恥らって誰が得するのだ? ぶっちゃけキモかろう?」
     そういう問題じゃない気がする。教鞭で肩を叩きつつ、彼は言う。
    「だが彼女はまだ完全な淫魔ではなく、人間の意識を有している。つまり、灼滅者の素質があるかもなのだ。出来る限り救出してほしい」
     
     鷹神は黒板に幾つかの写真を貼り、教鞭で少女の顔写真を指した。
     凛々しくはっきりした顔立ちを持つ、中性的な美少女。どちらかというと女子にモテそうなタイプ、という印象だ。
    「彼女の名は東城颯妃、高1だ。カポエイラ……格闘技とダンスの融合と言われるものの熟練者らしいな」
     彼女は自分が女だからと下に見られることが我慢ならず、闇に心を委ねてしまった。
     闇堕ちして人並み外れたダンス力を手に入れた彼女は、スポーツジムの男コーチにダンス勝負を挑み、彼を負けさせたばかりか自らの蹴りで叩きのめして去っていく。
     しかし今の彼女のダンス力は、あくまでダークネスの力に由来するもの。このまま勝負を続けさせれば、完全に闇堕ちするだろう。
     鎖の予知にかからず乱入できるタイミングは、ダンスの勝敗が決した瞬間より後。それ以前に接触する事は避けるべきだろう。
    「会員制のジムだか、何らかのESPを使えば入口から堂々侵入できるはず。彼女の居る第一稽古場前まで行ったら、その瞬間が来るまで待つのだ。だが問題は乱入後……彼女を闇から救うには、ある事が必須だ」
    「ある事……?」
     鷹神はびしっと教鞭を前に突き出した。
    「ダンス勝負を挑み、勝利せよ!」
     まあ鷹神に限ってセクシーとかキュートとか無いわなとは皆思っていた。
     案の定、今回はスポ根ものらしい。
     
    「カポエイラは正直難しいし、無理に対抗せんでもいい。彼女が求めているのはアクロバティックでダイナミックな力強いダンス、つまりアクションだ。君達がいつも戦闘中にやってるようなスタイリッシュ・スレイヤー・アクションを見せてやれ!」
     鷹神の眼がキラキラしている。彼自身すっごく見たいのだろう。
     もし素晴らしい技を披露できる自信があるなら、正攻法で負けを認めさせてもいい。
     何人かで協力して技を披露しても構わないだろうし、衣装や演出、小道具を工夫するのもいいだろう。但し、ここではサイキックの使用は控えた方がいい。
    「だが、君達がいくら喧嘩慣れしていても、残念ながらリズム感は全く別次元の代物だ。まだ実力が及ばないと思った場合……」
     突然何かが壊れる音が響く。
     ……エクブレがいきなり教鞭を真っ二つにへし折った。
    「ハッタリでビビらせりゃあいい。小細工上等。何せ人の人生かかってんだからな、手段は選んでられん」
     へし折った教鞭でジャグリングをしながら鷹神は言った。
     颯妃も専門家ではない。話術やパフォーマンスで格上と思われるようにプレッシャーをかけ、気持ちを焦らせれば自然とミスも増える。プライドの高い彼女は自分のミスを許さないだろう、と。
    「負かせば『アンタ達を殺せば負けは無かった事になる』とか言って襲いかかってくるから、後はKOするのみだ。本来の彼女はスポーツマンシップ溢れる女性、改めて君達の強さを見せつければ今度こそ潔く敗北を認めるだろう」
     大破した教鞭を瞬間接着剤で補修しつつ、鷹神はまとめに入る。
    「ダンスで勝てなかった時は灼滅するしかないが……まぁ難しい事考えんのはよそうぜ。正直俺もさっぱりな業界だが、古人もこう言っている。『ビギナーズラック』!」
     慣れない者の頑張りや喜びは、時に慣れた者が忘れていた事を思い出させる。
     楽しむことが彼女のためにもなるだろうと、エクスブレインは歳相応に笑った。


    参加者
    光・歌穂(歌は世界を救う・d00074)
    玖珂・双葉(黒紅吸鬼・d00845)
    三島・緒璃子(剛華剣嵐・d03321)
    圷・虎介(声音天の如く・d04194)
    小日向・海音(ゴスロリマリンシンガー・d07531)
    イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    異叢・流人(高校生殺人鬼・d13451)

    ■リプレイ

    ●1
    「ご利用有難うございます」
     客に紛れ、プラチナチケットで堂々とジムの受付を通過する光・歌穂(歌は世界を救う・d00074)と圷・虎介(声音天の如く・d04194)の足元を小さな猫が駆けていく。
     従業員が追ってその先――第一稽古場前の通路に向かうが、居たのは子供一人。猫が来なかったかと聞いても、ふるふる首を振る。従業員は参った様子で反対側を探しに行った。
    「ふぅ……無事入れたよっ」
     小日向・海音(ゴスロリマリンシンガー・d07531)は、誰も居ないように見える通路でにこっと笑った。
     闇纏いや旅人の外套を使い侵入した玖珂・双葉(黒紅吸鬼・d00845)、三島・緒璃子(剛華剣嵐・d03321)、イリス・ローゼンバーグ(深淵に咲く花・d12070)、桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)、異叢・流人(高校生殺人鬼・d13451)の5人は、やはり一般客や従業員には見えないようだ。
     歌穂と虎介も合流し、皆で通路の腰掛けに座る。ガラス張りのドアから稽古場の中が見えた。
     颯妃とコーチは今まさに勝負の真っ最中で、こちらには全く気付かない。ドア越しに伝わる熱気。その奥に広がる未知の世界。美技の応酬を、緒璃子と海音はひどく熱心に見入っていた。
     早く、一戦交えたい。期待に瞳が輝く。
    「……ダンスと、アクションは違うと思うんだが、な」
     対して首を捻る虎介に、流人も曖昧に頷く。少なくとも、力だけ求めた先にあるのは虚しさのみだ。今の颯妃の在り方を素直に褒める事は出来そうになかった。そういえば、と虎介が続ける。
    「あの男はどうする? 個人的には気絶まで待つことには何の感慨も無いが」
    「うーん、そうだなー。そもそも何が原因って、あのセクハラ男が悪いんだよねー」
     歌穂ですら、出来れば自ら殴ってやりたいとまで思った位だ。今後の為にも一回痛い目を見てもらう事に決めた。その方が面倒も少ないだろう。男が倒れたのを見計らい、歌穂が駆け、元気よくドアを開け放った。
    「なかなかやるね! ちょっと勝負したくなっちゃったよ」
     突然の乱入者に颯妃は怪訝な顔を向ける。
    「アンタたち誰?」
    「なに、ただの道場破りみたいなものだ。よくあるだろう?」
    「強か奴ば求めると言うんはよぅ分かる。だから来た」
    「力強いダンスが御所望みたいだが、どうだ? 俺達とダンス勝負をしてみないか?」
    「へえ……」
     虎介、緒璃子、流人の言葉を聞き、興味を示したようだ。細かい理屈には拘らないみたいねと、イリスはくすくす笑う。
    「何笑ってんのよアンタ」
    「気を害したかしら? ごめんなさいね」
     颯妃と取り巻き達がむっとした瞬間を逃さず、かごめは挑発に転じる。
    「カポエイラって、力に屈しない奴隷達の誇りそのものだって聞いたよ。君のしてることって、その誇りを汚してるんじゃない?」
    「……! 見てたのね。確かにさっきは少しカッとなったわ。でもあたしがああしなきゃ何も変わらなかった。……これで最後にする」
     颯妃を見るかごめの瞳は、全てを、その先の未来を見透かすかのよう。
     正義感の強い人なんだろうな。でも、最後になる筈ないよ。――止めねばと、思う。
    「とにかくさ、強いダンスでぶつかりたいんだろ。俺らのダンスを見て挑む自信があるなら、きな。ダンスの誘いにしては色気がなさ過ぎるかね」
     でも、こういうほうが燃えるだろう?
     挑発的ににやりと、双葉が笑む。颯妃は彼に冷たく笑い返した。
     解ってるじゃない。その誘い、嫌いじゃないわ、と。

    ●2
     スピーカーから軽快なイントロが流れ出す。
     一行が選んだのは、米国の人気グループが歌う疾走感溢れるキャッチーな楽曲。ボーカルの後ろで流れるオケは、およそ80年前にギリシャで生まれた民謡の旋律だという。
     先手を切ったのは、野太刀と日本刀を握る女剣士の剣舞。
    「アタシは剛の剣ば使うからの。舞いというには、些か荒かよ」
     緒璃子が不敵に笑い、床を蹴る。かごめも同時に踏み込んだ。長く剣の道を歩んだ二人だからこそ、解る。相手が打ち込んでくる、その前兆の微かな動きが。
     上段から打ち下ろされた互いの切っ先は、寸での所でかち合わず、僅か紙一枚の間を残して交差する。
     髪一本でも、早く打て。緒璃子の嗜む示現流の教えだ。間髪入れずに第二撃を見舞おうと、力強く踏み出した。
     ハッ、ハッと短く繰り返される力強いコーラスに合わせ、素早い打ち合いを繰り返す。道着と袴を着た女武者のぎらぎら輝く黒眼に、かごめは一瞬ぞくりと寒気を覚える。だが此方の実力も、実家から密か持ち出した刀の銘も――伊達ではない。
     砕斬小町の名を冠す美しき野太刀の重い刃を、かごめの握る菊姫が鍔元で止め、上に跳ね上げる。金の瞳が冷たく冴える。思わず口元に零れるのは鬼の笑み。がら空きになった緒璃子の胴に、月の弧を描く横薙ぎの一閃。
    「……流石、先輩」
     すごい、殺気。
     緒璃子は言葉無く笑むのみだ。落ちてきた野太刀を一旦鞘に収めたかと思えば、虚を突く逆手の居合いがかごめの前髪をかすめる。速い。
     颯妃は目を疑った。傍目には――本気で斬り合っている風に見える。だが次の瞬間、二人はぴたりと動きを合わせ、颯妃に切っ先を向けた。
    「掛かって来ぉ?」
    「剣舞って、相手との信頼関係がなければこうはいかない。君に居るの? そんな仲間」
     ――感情を汲みだせ! ボリュームを上げろ!
     叫ぶように歌うボーカルに、潮風のように明るく爽やかな少年の歌声と、天まで突きぬけるような力強い男の歌声が重なる。オケの旋律をなぞる鋭い弦楽器の競奏は、二人のギタリストによるもの。虎介に比べ、音を外し気味な海音の演奏はご愛嬌だ。
     音の競演は熱狂を生み、自然と身体がリズムを刻む。稽古場を縦横無尽に駆けまわりながら虎介は激しくギターをかき鳴らし、唄い、跳ね、廻る。海音もそれに合わせ、小さな身体を目いっぱい使って、抱えたギターを上半身ごと振り回す。そこはまるでライブステージだ。
    「いい音……! あたしもノらせて貰って、いい?」
     海音が背中側に投げたギターが放物線を描く。颯妃はそれ目がけて跳んだ。颯妃の身体と海音のギターが、同じように空中でぐるりと回転する。颯妃の脚が、ギターの上を紙一重でかすめ着地する。
    「ほらほら、こっちだよーっ♪」
     ムーンウォークでギターをキャッチした海音目がけて、颯妃は左右にゆらゆらステップを踏みながら迫った。ジンガと呼ばれる、カポエイラ独特の構え。海音も地に立てたギターを軸にし、ポールダンスのように踊る。音の戦士達は音に埋没する。攻撃の、反撃の、その瞬間を読ませぬために。
     虎介のギターが鋭い高音を奏でた。警鐘。歌穂と双葉が颯妃の左右背後から飛び出し、彼女を三角形の中央に封じる。
    「ほんじゃ、俺らのスレイヤーアクションをみてもらおうか」
     手に持つ身の丈の棍をトンと強く床に撃ち、双葉がやや緊張気味に告げる。一見ロック系の派手な出で立ちをした彼だが、実は音楽の心得は無い。でも、やるのみだ。
     取り巻きの少女達が悲鳴を上げる。手拍子のようなリズムと虎介の即興演奏に合わせ前進と後退をしながら、海音、歌穂、双葉がほぼ同時に攻撃を繰り出す。
     小道具を用いず、体一つで歌穂は颯妃に真っ向勝負を挑んだ。倒立状態からの回転蹴り――カポエイラにおいてもメジャーな技だ。同じタイミングで海音がギターを支えにスピンしながらの蹴りを放つ。
     双葉は2人の動きを見ながら、背中で、頭上で、正面で八の字を描くように棍を回し、合間に寸止めの打ち込みを放っていく。タイミングを合わせるよう尽力しても音の戦士達とは微妙にずれてしまうが――皆、なんて楽しそうに唄い、踊るのだろう。不思議と気負いは退いていった。
    「これが、俺たち流のダンスだ」
     歌穂に触発され、颯妃も逆立ちからの蹴りを見舞った。触れてはならぬつま先が歌穂の胴をかすめた。歌穂の放った低い位置からの足払いは、動揺した颯妃に当たりそうだった。寸前で踏み止まり、後ろ側に足を大きく蹴り上げて、バク転のような機敏な動きで元の位置に戻る。
    「ただ叩きのめすより、いい勝負の方が楽しいじゃん?」
     ここも私のステージだね――今の歌穂には心底そう思えた。事前練習は充分。身体がリズムを覚えている。テンションは最高潮。どんな音楽にだって乗って、きっと幸せな結末へと跳べる。
     三人が退く。女性ボーカルが、魅惑的な歌声で終盤の歌詞を奏で始める。スローモーに変化した曲調の中、イリスの杖と流人の鎌が流れるように空を切る音が響く。
     流人がイリスに目配せし、一段と大きく鎌を振り被った。イリスは軽やかに地を蹴り、跳躍する。こつりと高く響く、靴音。邪神の刃を跳んでかわしたイリスはその上に着地すると、にこりと笑んでドレスの両端を持ち上げ礼をする。彼女を支える流人の腕はぴくりとも動かない。
     相手の顔目がけ、下から杖を突き上げながらイリスが後ろ側に飛び退けは、流人もまた連続のバク転を繰り返して後退した。まだまだ――イリスが来いと手招きをする。
     模擬戦の体裁を取っていても、これは闘い。手加減はしない。吸い込まれるように流人は地を蹴り、再び鎌で相手の鼻先を薙ぐ。イリスが上段に突きつけた杖を前転でかわし、懐にもぐり込む。下から放たれた蹴りを、イリスは上体を逸らしてかわした。華麗で力強い、五線譜を思わす白と黒の攻防。
    「動きが止まってるぞ。怖気づいたか?」
     流人に言葉を投げられた颯妃ははっとする。
     見惚れてしまった。この得体の知れぬ挑戦者達の技に。それは、彼女にとり敗北を意味していた。
    「こんな……こんな事、あるわけない。あたしが!」
    「借り物の力で強くなったつもり? あなただって分かっているんでしょう? これは自分の力ではないって……そんな力で勝って本当に満足なの?」
    「違う! これはあたしの力。アンタ達を殺してそれを証明する!」
    「いいわ。来なさい。私は自分自身の力であなたに勝ってみせるわ!」
     イリスが人差し指を突きつけたのを合図に、皆が灼滅の力を開放した。音楽が終わっても熱狂は冷めやらない。
     ――感情を汲みだせ。もっと煩く。お前達の心を吹き飛ばしてやる!
     唄いあげられた異国の言葉は、流人の鎌の柄に掘られた邪神が囁く誘惑にも聞こえた。

    ●3
     激しいギターの旋律に乗せ、歌穂は元気一杯歌声を張り上げた。未だ興奮が残るせいか中々調子がいい。ポジションで威力を増した強烈な音波攻撃に耐えられず、後方に居た1人目の取り巻きが早々に倒れた。元々戦いに向く人材ではないのだろう。
    「まだまだ、もっと激しく踊るよっ!」
    「ダンスがそっちの領分なら、バトルはこっちの領分だぜ?」
     歌穂はギターの絃を弾きながら演奏を続ける。不得手なダンスは終わった。次はライブハウスで鍛えた『俺たち流』――その真価を見せる時と、双葉が精神を裂く赤十字を後衛の配下に刻んでいく。
    「皆に何するのよッ!」
     倒れた配下を見て颯妃は激昂し、双葉目がけて真っ直ぐ駆けた。力任せの蹴りがさらりとかわされたのを見て、絶句する。攻撃の乱れが、灼滅者達の演技が優れた物であった事を現していた。形ばかりのジンガを踏みながら打たれる連続回転蹴りを、双葉とイリスが受け止める。
    「おっと、来たね! さて……ダンスを楽しもうねっ♪」
     狙いであったクラッシャーが無傷な事に加え、彼女は海音に帰り道を遮られた。
    「くっ……!」
     帽子についた兎耳をぴこぴこ揺らしながら、海音は颯妃との打ち合いを楽しむように、実にリズミカルに拳の連打を浴びせる。その純粋な瞳に、颯妃が視線を泳がせたのを取り巻き達も見た。
     心奪うコーラスが歌穂の、緒璃子の鼓膜を震わす。歌をかき消すように虎介のギターの音が力強く稽古場に響いた。音波を受けた2人目が、安らかな表情でまた沈む。
     戸惑う配下達を、緒璃子とイリスがリズムを合わせて放った氣の奔流が飲み込んだ。その光が晴れないうちに流人の影が交わり、3人目も倒れる。
    「ねえ、颯妃さん。人に振るった力は、きっといつか自分に還ってくるんだよ」
    「あたしに……」
     次々倒れていく配下を茫然と眺める颯妃を見ながら、かごめは最後の取り巻きを魔矢で撃ち抜いた。正義感が強く、仲間想い。それ故彼女は闇に吞まれたのだろう。再び響いた歌穂の音波が止めを刺し、残るは颯妃一人だ。
    「あたし、あの男と同じ事しようとしてたのね」
     颯妃がぽつりと呟く。その眼前に緒璃子が駆け込み、雷を纏わせた砕斬小町を、鞘から抜かずに下から上へごうと薙ぐ。強烈な打撃に仰け反った颯妃の背を、かごめの影の刃が裂いた。服が破れ、血が滴る。
    「成程。信頼関係、ね」
     颯妃は笑った。初めて見る、どこか楽しげな笑みだった。彼女の闘気が雷となって脚に集まり、跳躍する。緒璃子の頭上を飛び越え、空を駆けるように軽やかな宙返りと共に、道着の背に蹴りを浴びせる。
    「……こんなの初めて。もっと、もっとアンタ達と踊りたい!」
    「あはっ、主は本当に綺麗に戦うのだな!」
     同じ抗雷撃でこうも違う――これだから、闘いは楽しい。やめられない。緒璃子は振り返り、満面の笑みで返す。
     双葉が間に入り喰らわせた斧撃が、颯妃の高揚を更に高めた。彼女は我武者羅に空を舞い、地を蹴り、灼滅者たちもそれに応える。歌声とギターの音は鳴りやまず、熱狂はいつまでも続くかに思われた。
    「おっとと……」
     ギターを振り回しすぎて海音がよろける。傷だらけの颯妃は皆と一緒に笑っていた。
    「颯妃。力をただ追い求めるだけでは暴力になるだけだ」
     けれど追い求めた先に力が必要だったなら、話は違う。俺はそう思うと流人は言って、鎌の一閃を繰り出した。この刃が彼女の悪しき魂を喰らってくれればいい。そう願って。
     杖に想いを籠め、イリスは己の心から生まれた弾丸を形成する。彼女の弾が真っ直ぐに颯妃の胸を貫き、吸い込まれるように身体にとけてゆく。それが最後の攻撃となった。後ろ側にどっと倒れた颯妃に歌穂が駆け寄る。ほっと息を吐いた。灼滅は、されていない。皆が周りに集まってくる。
    「完敗ね。アンタ達、凄いよ」
     イリスはしゃがみ込み、颯妃に手を差し伸べた。私達、あなたに追いすがるために真剣だったもの。彼女が呟くのを聞いて、颯妃は目を細めた。
     そうか。あたし、ずっと女王にでもなった気でいたのかもね――と。
    「ねえ、東城さん。私達の仲間にならない? 借り物の力でない、気持ちの篭ったあなたのダンスを見てみたいの」
    「おー、次のダンスはライブハウスでってな」
     双葉がへらりと笑う。今度、カポエイラを教えてほしいな。興味がわいたからとかごめが言えば、颯妃は今日一番嬉しそうに笑った。
    「勿論だよ」
     イリスと握手を交わしながら、彼女は言った。
     女王は地に落ちた。だから、一から空を目指して跳んでみたいのだと。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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