カレー臭は二度臭う

    「お前、またここに来ていたのか」
    「……お前こそ」
     一軒のラーメン屋の前で佇む男達。古びてこそいるが、店構えは未だに立派。
     しかし、このラーメン屋には魂が無い。
     そう、店主が居ないのだ。
    「あの方は……どこへ行ってしまったのだろう」
    「……いや、もしかしたらもう」
     そこまで言いかけて、ハッと気付く。
     風に乗って、周囲に漂う懐かしい香り。あの頃毎日嗅いでいたあのカレー臭に違いない。
    「……お帰りになったんですね! 三条カレーラーメン怪人様!」
     振り返ったその先に居たのは、彼らが心待ちにしていたシルエット。
     湯気がもうもうと立ち上るどんぶり頭、老いても尚鋭い眼差し。そしてカレー臭。
     だが、男達の期待に対して返ってきたのは、無情な言葉だった。
    「馬鹿を抜かせ、貴様らなど知らん。そして、ワシはそんなダサい名では無い!」
     男達の前を通り過ぎ、店の引き戸をガラリと開け放つ。
    「でも、そのお姿は確かに……!」
     膝を付き、怪人を見上げる男。目には、涙が浮かんでいた。
    「心して聞くがいいワシの名を! ワシは三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン! ……世界を、征服する怪人の名だ!」
     
    「三条カレーラーメン怪人、かつて倒したはずの怪人が再び三条の地に蘇った」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は手にしたルービックキューブをカチリと鳴らす。
     新潟県三条市、三条カレーラーメン怪人の野望を打ち砕いたのはそう昔の話でもない。
    「復活した三条カレーラーメン怪人は新たに『三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン』と名乗り、再び三条市の主婦層を掌握、ご家庭の味をカレー臭で満たそうとしている!」
     既に2人の配下を従えた三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンは今後しばらく店の清掃に忙しくしている。叩くのなら活動を始める前。そう、今だ。
     
    「三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンは基本的には三条カレーラーメン怪人と同等の戦闘能力と思っていいだろう。無論、灼滅者とは比較にならない」
     だが、三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンという名以外にも相違点はある。
    「三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンは前回と違い、配下一般人に自らの力を分け与えている。灼滅者ほどではないとはいえ、十分な障害となるはずだ」
     小さなどんぶりを頭にくくりつけた2人の戦闘員は言うなれば『三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン小どんぶり』と言ったところか。使用する技も三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンのものをスケールダウンしたものになる。
     
    「さあ行け、灼滅者! 三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン、この怪人の野望、見事打ち砕いて見せろ!」


    参加者
    雲母・夢美(夢幻の錬金術師・d00062)
    白露・狭霧(夕霧・d02732)
    氷上・蓮(白面・d03869)
    伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267)
    護宮・サクラコ(ラッコさん・d08128)
    社・百合(社の末裔・d08563)
    吾桑・星司(ラプター・d13366)

    ■リプレイ

    ●三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン。略して。
     ――スパァン!!
     突如開け放たれる引き戸。冷えた空気がラーメン屋内へと入り込んでゆく。
     振り返る2人の男。手にはデッキブラシ、頭にはどんぶり、そして全身黒タイツ。
    「……ぬ?」
     入り口に立つ白髪の少女、社・百合(社の末裔・d08563)は男達のさらにその奥、厨房へと熱い視線を向ける。
    「ずっと、ずっとお前に会える時を待っていた! さあ倒されろ! そして食わせろ!」
     ビリビリと揺れる店。
    「さむ……」
     感涙を堪える百合の横を氷上・蓮(白面・d03869)が至極普通に通り抜けた。
    「あ、あのー……まだ準備中なんで……」
     戸惑う黒タイツに構わず、どかどかと上がりこむ少年少女。
     伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267)は立ち止まり、店内の空気を大きく吸い込む。
    「……この鼻から入って胃袋を刺激するカレーの匂い……くっ、なんて抗いがたい!」
     黒タイツ達の顔には「ええー。何この流れー」と書いてあるようだった。
     白露・狭霧(夕霧・d02732)がメガネを外し、懐へと収める。そして狭霧にとっては二度目の来訪になるこの店内を、まじまじと見回した。
    「……まさか、復活するとはね。ゾーヤボーネンシュプロッセンって……もやし?」
     その言葉に、困惑していた男達の表情がガラリと変わる。
    「貴様、何故三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様の事を……まさかお前達、我等の計画を邪魔する気ではあるまいな!」
     その時、店内にしわがれた笑い声が響いた。
    「フォッフォッフォッ……面白いではないか、ワシを三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンと知った上で挑んでくるとは、見上げた根性だ!」
     灼滅者達へと振り返るどんぶり型の頭部。所々黒い毛の混じった長い白ひげはとても飲食店向きとは思えないボサボサ具合だった。
     レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)が戸惑った様子で、小さく呟く。
    「……長いから『ラーメン怪人』でいいか」
    「『もやし』でいいよ、ね?」
    「なっ……!?」
     黒タイツ達の頭が揺れ、飛沫が掃除したての床に少しこぼれた。
     灼滅者達の最後尾、未だ外に居た吾桑・星司(ラプター・d13366)がラーメン怪人、もしくはもやしをビシッと指差した。
    「新潟の平和を乱す輩はこの俺――」
    「貴様らッ! ワシの崇高な名を何だと思っておる!」
     もやしがドンッ、と調理台を叩く。
    「良いか若造ども! 心して聞くが良い! ワシの名は三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッ――」
    「うるさーいでいす! おまえなんか略して『ヤボ』で十分ですねい!」
    「ヤボ!?」
     ラーメン怪人改めもやし改めヤボの叫びを押しのけ、護宮・サクラコ(ラッコさん・d08128)がバッチリ台詞を被せた。
    「……にっ、新潟の平和を乱――」
     ――ガガガガガ!!
     雲母・夢美(夢幻の錬金術師・d00062)の放ったガトリングの銃声の影で、星司の声が聞こえた気がした。
     思わず飛び退いた黒タイツの間、そこに出来たヤボまでの道のりにローラーを滑らせ、一気に駆け抜けてゆく。
     夢美がカウンターを跳び越え、WOKシールドで包んだ右の拳を振りかぶる。
    「さあ! はじめますよ! ヤボ!」
    「どこまでワシを愚弄する気だ!」
     ――ガチャァン!
     受け流された夢美の拳が、山積みになったどんぶりを木っ端微塵に突き砕く。
    「うるさいヤボですね! 大体新潟の怪人なのに米を使わないの?」
    「一括りにするな! ええい、生かして帰さぬ!」
     音を立て、沸々と煮えたぎるヤボの頭。
    「思う存分食らうがいい! 必殺! 拡散スープ砲!!」
     赤熱化したカレースープが飛び散り、清掃したての床と共に、えらく無防備な夢美の腹にダイレクトに降りかかる。
    「フハハハハ! 愚か者め! 破廉恥な格好しておるから……ッ!!?」
     高笑いするヤボの脚、それも膝の裏という凄く痛そうな位置にバッチリ突き刺さる槍。
     激痛に傾いたヤボのどんぶりを、蓮が背伸びして覗き込んだ。
    「今度は、もやし入り……か」
    「覗くなー!」
     ヤボが手にした巨大な割り箸を振り回して蓮を振り払う。
    「新潟……いや、もういいや……」
     星司の声が聞こえた気がした。

    ●三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン。ミルク羊羹入り。
     さらに死角からどんぶりを覗き込んだ狭霧が心底残念そうな溜め息をついた。
    「まさか、ただもやしを入れただけで満足してるわけじゃないよね?」
    「ええい! 覗くなと言って――」
     狭霧を振り返ったカレーラーメン怪人の眼前には鋼糸が舞っていた。
    「――ぬぉおう!!」
     カレースープを僅かにこぼしながら、大きく飛び退くカレーラーメン怪人。
    「三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様ー!!」
    「ご無事ですか三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュ……ぐわあ!」
     レイシーの放った弾丸が小どんぶりの頭をかすめ、どんぶりを固定していた紐がぷちんと切れた。
    「だから、長いって言ってんだろー……」
    「こ、こぼれたらどうするんだ! あぶないだろー!」
     どんぶりを両手で支え、激昂する小どんぶり。
    「あ! こぼれましたよ!」
    「えっ」
     サクラコの言葉に、視線を落として足元を確認する小どんぶり。
    「嘘でいす」
     どごっ。
     店内に響くえらく鈍い音。サクラコの非道な企てによって注意を逸らされた小どんぶりはサクラコのマテリアルロッドの前に無防備な頬を晒し、結果、ありったけのカレーラーメンを撒き散らしながら店の壁まで吹き飛んだ。
    「1号ー!!」
     駆け寄り、小どんぶりを抱き上げる小どんぶり。目には涙を湛え、息も絶え絶えの小どんぶりの顔をぐいと引き寄せた。
    「2号……俺はもう駄目だ、スープはおろか麺まで吹き飛んじまった……」
    「待ってろ! 今スープを入れてやる!」
     小どんぶりが自身の頭にレンゲを入れた。
    「……それじゃ俺は三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン小どんぶりですらない、ただのカレースープ男になっちまう……ただの男のほうがマシさ……」
    「馬鹿を言うな! お前は死んでも三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤ――」
    「長い!」
     痺れを切らした蓮太郎が小どんぶり達へと襲い掛かる。
     振り上げた拳がWOKシールドに包まれ、小どんぶりへと振り下ろされたその瞬間。
     小どんぶりをはね飛ばし、WOKシールドへと飛び込む小どんぶり。
     再び頬に強烈な一撃を受けた小どんぶりが再度吹き飛ばされる最中、小どんぶりへと向けた安らかな視線は「嬉しかったぜ2号……あとは、頼んだぜ」と確かに語っていた。
    「1号ー!!」
     ――ガチャァン!!
     頭にガッチリと手で固定したどんぶりが壁と衝突して木っ端微塵に砕け散る。
     あとにはただ、黒タイツのおかしなオッサンだけがちょこんと残された。
     涙を拭い、灼滅者へと敵意の剥き出しな視線を向ける小どんぶり。
    「……三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様、1号の仇はこの私が……。いえ、是非この私に……!」
    「よかろう、存分に三条カレーラーメンの力を見せ付――」
    「ミルクヨーカンビーム!!」
     凛々しい顔していたカレーラーメン怪人の横っ面に容赦なく注がれる星司必殺のご当地ビーム。周囲に甘い香りが漂った。
    「ええい、甘ったるい!」
     カレーラーメン怪人は巨大な割り箸を振り上げ、ミルクヨーカンビームを振り払う。
    「1号の仇、覚悟しろ!」
     気合をこめた小どんぶりの頭から飛び出すカレースープ。蓮太郎は身を逸らし、カレースープは虚しく床へと飛び散った。
    「……くっ!」
     完全に避けたはず、にもかかわらず片膝を付き、苦痛に顔を歪める蓮太郎。
    「伊庭さん、どうしたっすか!」
     星司の言葉に、蓮太郎が荒い呼吸の中から声を絞り出す。
    「くそっ、カレーの匂いを嗅いでるだけで腹が……!」
    「同感だ!」
     ぐううー。蓮太郎と百合の腹の虫がデュエットした。
    「好機! 食らうがいい! このワシ、三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンが誇る奥義が1つ!」
     素早く、そして鋭く抜き放たれる巨大な割り箸がサクラコのマテリアルロッドに受け流され、無情にも床を強打する。
    「大人しく倒されろ!」
     割り箸を覆い、縛り付ける百合の影。
    「割り箸には弱点がありますねい! こうして、折ってしまえば……」
     振り下ろされるロッド。しかし、この状況にも関わらず不敵に笑うカレーラーメン怪人。
    「……ほう、何を折るというのかね?」
     割り箸の中から、静かに煌く刃が姿を現した。

    ●三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセンよ、さらば。
     ――ばきっ。
     振り下ろされたマテリアルロッドが、割り箸サーベルの鞘をへし折る。
    「……勝機!」
     一閃に放たれる刃。思わず目を閉じようとしたサクラコの顔に、夢美の無防備な前面がぐいと押し付けられた。
    「ぐっ……!?」
    「夢美さま!」
     抱えられたまま、サクラコが夢美の顔を見上げる。夢美は精一杯の笑顔を作り、気丈に振舞った。
    「だ……大丈夫、この白衣はゆめみーのお手製なんです。……た、耐熱耐水の特別仕様!」
    「刃物でいすよ! 耐熱耐水関係ないでいすよ!」
    「あ、そっかー……」
     夢美はそう笑いながら、床にぺたりと座り込んだ。
     ヒュン、と割り箸サーベルから血を振り払うカレーラーメン怪人。
    「……ちいっ、急所は外したか。しかし浅い傷ではないはず――」
    「中身、もう一回見せて」
     ざくっ。容赦なく膝の裏を刺す蓮。
    「――ぬぐっ!!?」
     床に転げるカレーラーメン怪人。必死に頭をかばうも、どんぶりの端からはスープがだばだばとこぼれ落ちてゆく。
    「三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様!」
     カレーラーメン怪人へと駆ける小どんぶり。
    「回復しようったって、そうはいかないぜ!」
     レイシーのガンナイフが、小どんぶりの背を捉えた。
    「ぐっ……! 三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様! 私のスープを受け取ってください!」
    「ワシの事はよい! それはお前の最後のスープではないか!」
     攻撃を受けても尚、前進を止めぬ小どんぶりに蜘蛛の糸の如き百合の影がびっしりと絡み付いた。
    「ならば仕方ない、そのスープは私が飲んでやろう!」
     ギリギリと締め付けられる小どんぶり。
    「もう……少し!」
     頭を前へと突き出し、慎重にどんぶりを傾ける。どんぶりの端から落ちたスープは、吸い込まれるようにカレーラーメン怪人の頭の中に注ぎ込まれた。
    「三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン様が世界を征服する日……楽しみに、待ってますから……」 
     パリィン。百合の影に抱かれたまま、砕け散る空のどんぶり。
     カレーラーメン怪人の叫びが店内を揺らした。
    「1号ー!!」
    「いやいや今のは2号っすよ!」
     最後尾からツッコむ星司。
    「自分の部下の見分けもつかないのか……ッ!」
     蓮太郎の拳が、カレーラーメン怪人に次々に連打を加えてゆく。
    「う、ぐぅ!?」
    「ドイツの力を身につけてこれかい? ……参ったな、ガッカリだよ」
     おぼつかないカレーラーメン怪人の足を、狭霧の鋼糸が絡め取る。
    「ぬおおおおう!」
     すぱーん。と宙を舞うカレーラーメン怪人。もやしが空中へと放り出され、スープがどんぶりから溢れ出す。
     ――ピシッ。
     どんぶりに、亀裂が走った。
    「お、おのれェェェェ!!!」
     ――ガシャァン!!
     耳をつんざく音と共に、床一面にぶちまけられるカレーラーメン。ほんの少し前までピッカピカだったなど今の惨状を見て誰が想像できようか。
    「……私の、カレーラーメンが……」
     堪えきれずに、百合の頬を涙が伝う。
    「さらば三条カレーラーメン怪人ミット・ゾーヤボーネンシュプロッセン……あんたのスープ、悪くなかったっす……」
     ちなみに最後尾に居た星司にスープは一度たりとも届いていない。
    「いてて……あー、白衣が傷モノになっちゃったですよ……」
     夢美が狭霧の応急処置を受けながら、すぱーんと裂かれた白衣に溜め息をつく。
    「さてと、お疲れ様。何か暖かいものでも食べに行こうか」
    「そうだな、俺は三条のあたりはあんま歩いたことないんだけど、何食べに行こ――」
     レイシーがそう言いかけた時、がららららと引き戸が開いた。
    「ちょっ……どこに行くっすか!?」
     外に出ようとした蓮太郎、蓮、百合の姿をいち早く捉えた星司が慌てて引き止める。
    「愚問だな」
    「ああ、『何か』などと話し合うまでもない」
     僅かに振り返り、当然のように言い放つ。
    「……はやく」
     その頃、蓮は既に50メートルほど向こうに居た。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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