再び推参☆ながいも・れーでーWieder

    作者:矢野梓

     青森県上北郡東北町――来る人ごとに逆じゃないかとツッコミを入れられるこの町名。住人達にしてみればちょっとばかし文句を言ってみたい気もするけれど、だがまあ地元名産の長芋と豊富な温泉の恵みを享受している身には、そんなのは些細なこと。今年は例年よりも雪が多いけれど、それでも津軽に比べればかわいいものと住民たちは常に前向きだ。そして前向きといえば当然この人も超・前向きだった。
    『おお、我が身の復活!! ゲルマンシャーク様に栄光あれ!』
     傷1つない鳥型マントにヘルメット、真っ白い肌に長芋模様のスーツ。女は凛と澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、ゆっくりと我が名を確認する。
    『ながいも・れーでー・うぃだー! 推・参!!』
     あぁ、とれーでーの口からため息が漏れる。なんと美しい名前であろうか。さあ、長芋による世界征服・再び。伝説が始まろうとしているのだ。

     最初の犠牲者は町のレストランで働く女性シェフ。白い野菜のホットパイの試作に夢中になっていた矢先のことだ。
    「カリフラワーに蓮根、陸奥湾のホタテに勿論長芋……」
     ジャーマンポテト風ってのもいいなあ――何気なくそう呟いたのが運のつきとはまさか誰も思うまい。
    『おお、ジャーマンポテトと長芋の融合とは! 決めました。第一の側近は貴女です!!』
    「え、ちょっとあなたどこから」
     厨房は店の奥。裏庭に面したドアはきっちりと鍵がかかっていた筈だ。そもそも閉店後の厨房に普通の人ならやすやすと入ってきたりはしない。
    『見たところお肌も荒れてますね。そういう時にはムチン・ビームなのです』
    「いやそうじゃなくて、あなた一体……」
     まるでかみ合っていない会話の果てに、侵入者は目を輝かせた。
    『よくぞ聞いてくれました。我が名はながいも・れーでー・うぃだー!』
     世界は長芋のためにあるのです。さあ共に世界征服を――。撃ちだされたビームは白いねばねば。香りだけならば確かにそれは上質の長芋のすりおろし。でもちょっとかゆいし、なんだか変な味のような――けれど、女性シェフのまっとうな判断はそこまで。
    『さあ、ご一緒に長芋で世界征服を♪』
     繰り返されるうちに女性シェフの心の内には何やら今までにない思いが形をなして……。
    「れーでー……」
     一言呟けば後はもう――れーでー。れーでー。ながいも・れーでー。ただそれだけが不思議な衝動となって女性シェフを支配する。それが、れーでー再びの最初の事件。

    「あ~、なんかながいも・れーでーってのが前にいたよなあ……てか、いましたよね」
     水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)はどこから持ち出してきたのか、1冊の依頼ファイルを教卓に広げた。ファイルには先輩エクスブレインの丁寧な文字で『華麗なるデビュー☆ながいも・れーでー』と記されている。確か去年の秋口の話、場所は確か青森の東北――。ですます調でしか共通語を聞き取れない、そもそもladyと発音さえできない、田舎も……いや世間の狭いご当地怪人だったはずだ。
    「なんと言いますか、理由はまだはっきりしないんですが……」
     舌をかみそうになるのを懸命にこらえつつ、慎也は報告を告げる。どうやら全国津々浦々、1度は倒されたご当地怪人達が蘇ってきているらしい。
    「彼らいわく、『ゲルマンシャーク様のお力をもって』……なんだとか」
     ご当地怪人にそういった名の上位的な存在があることは何となく耳にはしていても、実際行動を起こしてくることは今までになかった。これは新たな事件への先駆けということになるのだろうか。
    「ま、あちらさんのこまけぇ事情はどうであれ、灼滅しなきゃなんめぇ……ならないことは確かです」
     というわけだから……慎也少年は実にさばさばと説明に入った。

    「まずはながいも・れーでーの姿形から……」
     おおむね前回の怪人姿をなぞっているようなのだが、以前に比べて若干背が高い。20前後の女性であることは変わりなく、白い鳥型マントも相変わらず痛々しい。
    「長芋模様のスーツにヘルメットってどーよ……」
     慎也はぽつりとこぼしたが、無意識の一言なのだろう。少年はすぐに顔をあげるとれーでーの現れる街の地図をボードに貼り出した。
     場所は青森県上北郡東北町。長芋が特産の小さな町だ。今は雪に眠る静かな季節のはずだけれど彼女が現れたからには平和とはまるで無縁の騒ぎが起こされているはずだ。
    「現れるのは町のメインストリート……のどこか」
     メインストリートといっても小さな町のこと。大して距離があるわけでもなく特別に繁華というわけでもない。長芋の悪口でも一言いえば向こうから飛んできてくれるだろう。
    「得意技は……あ~、ご当地ヒーローの皆さんのが詳しいか」
     慎也少年は今度はシステム手帳のほうをぱらぱらと。その中から1枚ページを取り外すと灼滅者の前に差し出した。そこには相変らず几帳面な文字が丹精に綴られていた。いわく、

     ムチン・ビーム改
     スラッシュ・オブ・センギリα
     キック・オブ・とろろ(NEW!)

     どうやら技に磨きがかかっていると言いたいのか、黄泉がえりはパワーアップしていると言いたいのか、とにかく以前よりも技は切れているらしい。おまけに新技まで登場している。
    「んで、今度の御供もやはり若い女性なんだ……ですけど」
     こちらは5人。長芋のお肌ツルツル効果に心から心酔しているらしい。れーでーを心から尊敬し、彼女を護ることを使命と心得ているとのこと。彼女達もビームを使ってくるし、強力なタックルで動きを阻害しようともしてくる。
    「その上こんどのは回復も一応使ってくるらしい」
     回復の術は北国らしく雪の風。別に雪が舞い散るわけではないが清らかにも冷たい風が傷を癒してまわるのだとか。その辺りのことを考え合わせると、かつては倒された敵とはいえど、決して油断してよい相手ではない。

    「ま、彼女を灼滅したところで、ゲルマンシャーク様とやらのツラは拝めね……」
     いえ、ご尊顔を拝することは叶いませんが――言い直して更に奇妙なことになっていることに気がつくと、慎也少年はあらぬ方向を向いて咳払い。まあ自体がどう転ぶにしても本家本元がそうそう姿を現すとも思えない。対症療法しか望めないところは学園としても歯がゆい限りだが、だからといってやすやすと見過ごすこともできないだろう。
    「現地はちーっと雪深くなってる……らしいですけど」
     雪除けはきちんとしてあるし、戦うのに特に不都合はないだろう。何しろこの季節、東北町の住民はよほどのことが無い限りふらふらと散歩に出るような真似は厳として慎む。
    「心ゆくまでれーでーの相手をしてやって下さい」
     慎也少年はそういうと、やや複雑な表情を浮かべ、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    北条・吉篠(緋の風車・d00276)
    エステル・アスピヴァーラ(紅雪舞のピエニアールヴ・d00821)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    篠宮・まひる(泡沫シレーヌ・d02546)
    海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)
    秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)
    氷崎・蜜柑(慈愛のヒーロー・d07946)

    ■リプレイ

    ●長芋の里へ
     青森県上北郡東北町。朝の忙しさが過ぎれば雪除けも一段落。町に残った人々も温かいお茶と世間話を求めて屋内に引込む時間。東北町を凛列な静けさが包み込む――。
    「んー、懐かしいですみゃっ」
     この雪の匂い――海音・こすず(蕪島ヒロイン・d04678)は北国の空気を思い切り吸込んだ。自称『青森県を守る者』、今日は再生ご当地怪人との対決である。
    「ご当地怪人にも変った方がいらっしゃるのですね」
     氷崎・蜜柑(慈愛のヒーロー・d07946)も雪を踏みしめた。広がるのは一面真っ白に化粧をされた長閑な家並み。
    「料理上手なシェフを連れて行っちゃうなんて、とんだハーメルンの笛吹きもいたものね」
     オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)の手が看板の雪を払いのけると、温泉と長芋の町――何とも長閑なキャッチコピーが現れる。そうこの地の怪人の名は『ながいも・れーでー』。しかも今回はWieder――『再び』なんぞというドイツ風のおまけ付。
    「……つまり。再生怪人って事は、進歩がないって事でしょうか」
     若宮・想希(希望を想う・d01722)が軽く肩を竦めると、秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)もさてねと首を傾げてみせた。彼女はかつてのながいも・れーでーを灼滅したメンバーでもある。確かに決着はついた筈なのにとの思いは確かにあった。だがれーでー本人に聞いたところで然るべき答えが返ってくる訳でなし。
    「まぁ、何度出てきたとしても……また、倒せば良いだけの話ね?」
     やるべき事は紅葉にもはっきり見えている。
    「そうですね。1度倒した相手に負けたりできません」
     想希がきりりと前に向き直ると、
    「むーむーむー、復活したらとっとと倒すのね、生ごみ(?)はごみぶくろに~」
     エステル・アスピヴァーラ(紅雪舞のピエニアールヴ・d00821)の口調ものほほんとしつつも容赦ない。復活は戦隊物のお約束とはいっても、ダークネスでは願い下げには違いない。まして相手はねばねば攻撃のひりひり後遺症のながいも・れーでー。できうる限り早く倒したいと思うのは人情である。
    「まぁ、どんな相手であれ、私は私の全力をぶつけて戦うのみですけど……」
     蜜柑がきゅっと雪を踏む音が響いた。
    「まずは目の前の敵から、だな」
     北条・吉篠(緋の風車・d00276)もにっと笑んだ。復活するご当地怪人。その噂の影に聞こえてくるゲルマンシャークという名前。それが一体何なのか、どんな力を持つ者なのか、灼滅者達の気になる事は雪粒の数程に。けれども篠宮・まひる(泡沫シレーヌ・d02546)もそんな疑問はひとまず措いて、仲間達についていく。コートの合せ目からナノナノのシロがちょこんと顔をのぞかせた。寒さに震えるシロをまひるは撫でる。再び確りと懐に抱いてやれば、まひるの心もほんのりと暖かくなる。

    ●再び推参
     灼滅者達が戦闘場所に選んだのはとある温泉施設の駐車場。日本一黒いモール温泉と評判の湯は後の楽しみとして、まずは広々と雪除けされたその地で戦闘準備。陣を組み武器を揃えて、いざ鎌倉。周囲に人影が無いのを確かめれば、誘き出しタイムである。
    「長芋を愛する地元の人達はごめんなさい……」
     目を瞑って……いいえ、耳を塞いでおいて頂戴ね――オデットの前置きにこすずは合掌。青森の誇り長芋の悪口は演技でも辛いけれど、仕事は仕事。
    「長芋は今時時代遅れですみゃ~」
     颯爽と切り出す一言はさくりとえぐい。それを皮切りに灼滅者達の声が建物に響き、雪に吸われ……。
    「俺は長芋、好きじゃないんですよね……」
     調理めんどくさいですし――吉篠の口調はれーでー仕様のですます調。相手に判る言葉でというのもこれで中々大変なのだ。
    「すりおろすのが面倒だし、痒くなるのが嫌……ですね?」
     紅葉がさりげなく水をむければ、エステルも感情たっぷりに呟き(?)返す。
    「食べるとひりひりしていたいのです、ヤパニはなんでこれをたべるのですかぁ?」
    「同じ白くてぬるぬるだったら、煮物が美味しく出来る里芋の方がいいですよね」
     煮っ転がし最高です――想希も実に滑らかな口上で応じた。確かに長芋の料理は時に痒いし扱い難い。海外からの客には見た目も異様に映るらしいが。だが想希にしてみれば、麦とろご飯や鮪山掛け丼に言及できないのが何とはなしに申し訳なくも思う。この辺ならば鮪もさぞかし美味に違いないのに。とはいえ、ここは心を鬼にして……更に言いつのろうとした彼を制するかのように、まひるが断言する。
    「ながいも、だめ、です。ねばねば、きもちわるい、です」
     厚手のコートを重そうに着込んだ小さな体で、精一杯言ってのけたその一言。刹那、灼滅者達の足元に長い影がさした。
    「上ですみゃッ」
     こすずの指摘を待つまでもなく、灼滅者達は頭上を振り仰ぐ。3階建ての建物の影はくっきりと四角。その屋上部分に黒々と写っているのは明らかに鳥型マントの影。
     まひるはぽかんと屋上を見た。北風にはためく白いマント、ヘルメットからは後光のように冬の陽射し。菜っ切包丁もキラキラしく仁王立ちするその人は――。
    『我が名はながいも・れーでー・うぃだー!』
     朗々としたその名乗り、長芋色のブーツに長芋模様の戦闘スーツ。エクスブレインの情報通りの姿にオデットは指先でそっと額を抑えた。
    「長芋って……見た目があんまり美味しくなさそうな……」
     ましてそれと寸分違わぬ模様の戦闘スーツなど魅せられた日には……。だが当のれーでーは全く気にする風情もなし。
    『さっきから悪口雑言の数々。許せません!』
     本物の小鳥よろしくひらりと飛び降りてくれば、雪の大地はご当地怪人をも優しく受け止める。
    『ぬめぬめ、ぬるぬるなんて愛1つで勝てますものを!』
     痒いのぬめるのといった灼滅者達を一々的確に指さして見せる辺り、この怪人、根に持つタイプなのだろうか。
    「ふむ……話に聞いては居たものの、実際に目にすると……中々前衛的な服装ですね、ご令嬢」
     吉篠は恭しく一歩前へ出た。言葉遣いには最大限に気を遣い、決めた呼称は『ご令嬢』。本物のご令嬢方が聞いたら卒倒しかねない状況ではあるけれど、れーでーそれだけはどうやらいたく気に入ったらしい。
    『おお、ご令嬢。素敵な響きです♪』
     ながいも・れーでー・うぃだー・ご令嬢! ――くるりと回ってポーズを決めて、れーでーはにんまりと笑った。
    (「ざんねんな……あたま?」)
     落ちそうになってしまった顎をエステルは慌てて引締める。彼女の思いを仲間達も十分に理解していたのだろう。さっと8人分の武器がれーでーを狙う。
    『……判りました。やはり貴方達は最初の敵』
     菜っ切包丁がきらりと光る。
    「何なら、最初で最後って事にしてあげますよー」
     私はじゃが芋の方が好きですし――蜜柑の大鎌がきらりと陽射しをはね返す。紛れもなく戦闘開始の合図であった。

    ●火花散る、ましろの雪に
     2つの陣は古代戦車戦もかくやの正面衝突。御大れーでーはといえば除けた雪の小山の上で菜っ切包丁を高々と。
    「わ、れーでー、かっこ、いい」
     まひるの呟きもまあ無理からぬ事といえなくもないけれど。今は敵に見惚れている場合ではない。まひるが気持ちのスイッチを切替えたその刹那、
    『××せばっ!』
     菜っ切包丁が振り下ろされ女性達が弾けるように走り出した
    「ご当地の味覚……荒らす者に、容赦しないわよ?」
     唐紅のオーラが焔の如くに揺らめくと、対抗するかのようにれーでーのビームは真っ白く。ねばねばとろとろのムチンビームをお供の女性達はうっとりと見送ったが、想希にとっては毒そのもの。
    『判り易い日本語をありがとうございました』
     これがお礼代りなのか……想希は喉の奥でくっと笑った。さらりと眼鏡を外してまっすぐにれーでーを見返せば、彼女は僅かの眉を寄せた。これまで容易く女性達を従えてきたれーでーにとって、初めて出くわした抵抗だったのかもしれない。
    『×××!』
     甲高い声が命じた何かを想希もオデットも理解できない。だがことここに至れば語るのは口でなくとも構わない。真っ先に駆けつけてきた女性をオデットの杖が迎え撃つ。打撃の威力もさることながら体内で弾け飛ぶ膨大な魔力に女性の体は感電したかの如くにがくがくと。
    「お肌ツヤツヤはステキよ、女の子の永遠の理想だもの」
     でも怪人にして連れて行ったら意味ないじゃない――そんな言葉は果してどこまで聞こえていたのやら。体勢が崩れた所を狙い澄まして紅葉の雷の拳が天を衝く。小柄な女性のその体は大きなカーブを描いて背中から大地へゆっくりと……とはこすずが行かせない。纏うオーラは海の色。繰り出す連打は百裂拳。休ませる余裕も与えずに追撃をかましたこすずはきっとれーでーを見据えた。
    「同じ青森の民としてこんな真似、恥ずかしくないんですかみゃッ!」
    『貴方こそこの地の民でありながら長芋を裏切りましたよね!』
    「地元を愛すればこそ愛と正義で世界征服……じゃなかった、長芋の素敵さを伝えるべきですみゃッ」
     2人の青森県民の侃侃諤諤を、ナノナノのノラちゃんは華麗にスルー。ふんわりしゃぼん玉はKO寸前の女性に安らぎを……。
    「さあ~、いくですぅ~」
     滑り出しは順風満帆。早くも1人減った敵陣をエステルがどす黒い殺気で覆うと、想希は前衛陣に防御のシールドを。ぴたりと合った呼吸を目の当りにすれば吉篠の槍捌きも一層の冴えを見せ。時に破壊力を増すその技が気持ち良い程正確に第2の標的に決まると、まひるの大鎌が緋色のオーラに包まれる。敵の力を吸取るその一撃にシロのしゃぼん玉もふわふわと。女性達の眉が吊り上った。自らを癒す風とムチンビームとが戦場を入乱れる。
    「同じ技ばかりじゃ、私に勝てないわよ?」
    「うー、ねばねばにしないでなのですー。そんなことするならもやしちゃうの」
     ビームの毒を浴びながらも紅葉とエステルの戦意は変らない。頼もしい味方の勇姿に蜜柑の大鎌が小気味よい風を孕んだ。配下の者達が目に見えて怯む。一掃は時の問題――蜜柑の脳裏にそんなフレーズが浮ぶ。

    ●再び死すか三度があるか
    『×××! せばっ×××』
    「××いもは××みゃッ!」
     れーでーの千切りがこすずを刻めば、すかさずオデットはオーラを癒しの力に転換し、ノラちゃんはハートをふんわりと。その間にも誰の理解をも拒む方言舌戦は止む事を知らず。
    「……ハイパーリンガルは、凄く便利なESPだったわね」
     手にはびりびりと雷撃の気、紅葉はご当地者同士の口喧嘩から顔を背けた。長芋ラブで道を踏み外した南部者とその悪口を連ねた南部者の関係はいわば不倶戴天。判り合えない者を狙ってくれるなら、その間に配下を片付けてしまうまで。
    「十字架で細切れにしちゃうのですよ~、きれちゃえ~」
     ダンピールの十字架は血のように赤く逆様に。体を傷つけ心までもを痛めるその技に、防御のシールドを展開した想希もほれぼれと。紅蓮の火焔が吉篠の斬艦刀の宿るのとまひるの逆十字が出現したのはほぼ同時。趣の違う2つの赤に配下はもう膝を立てるのが精一杯。オデットは僅かに目を伏せた。だがその手に生れるのは魔法の矢。彗星の如くまっすぐに大気の中を駆け抜けてゆく――。
     1人、また1人と配下達は力尽きていった。自分を護る壁が取り崩されていく事を今度のれーでーはどう見ていたのだろう――。

    「皆さん、大丈夫ですか? 今、治してあげますねー」
     戦場に蜜柑の風が吹き抜ける。癒しを乗せて仲間達の戦意を支えてゆく。
    「長芋……本当は結構好きなんですよね」
     唇を噛むれーでーを向こうに想希は一人ごちる。あの人がもしもダークネスでなかったならば好きになる事もあっただろうか。
    「……何て事はありえませんけどね」
     呟く想希にエステルも小さく笑う。『粘着質な女性はちょっと……ね』更に続いた呟きは無論聞こえなかったふり。彼らの眼前ではオデットの杖が正確無比の一撃を見舞い、紅葉の凄まじい連打が展開されている。流石にクラッシャーの威力は半端ない。ならば――2人のジャマーはどちらからともなく笑みをかわしあった。切裂くクロスは血の色に、れーでーの体から2筋の赤が迸る。催眠という名の精神破壊を重ねられたれーでーの体がぐらりと揺れた。雪の壁を支えに立ち上がろうとする彼女を吉篠の炎が包む。
    「折角蘇ったところを申し訳ないですが、もう1度眠っていただきたい」
     真紅の炎に灼かれる怪人をまひるの逆十字が切り裂いてゆき、吉篠はノラの癒しに身を委ねた。
    『ああ、ゲルマンシャーク様……』
     祈るような恨むようなれーでーの叫びは無敵の剣技となって吉篠に向けられた。だがしかし銀月の閃きを受け止めたのは蜜柑その人。仕返し叶わなかったれーでーが憤怒の表情を灼滅者達に向ける。
    『……様のお力を持ってすれば、貴方達など』
     この世のものではない炎に灼かれた彼女の形相は愛染明王。
    「日本の家庭料理は世界に誇れる文化なのに、もっと自分(の国)にプライドを持たなきゃダメじゃない!」
     オデットの魔法は一筋の矢。だがその言葉は鏃よりも鋭かった。れーでーの顔に愕然とした色が浮んだのをみるや、吉篠も畳み掛ける。
    「ゲルマンシャーク……一体何者なのですか」
     だが帰ってきたのは無言とビーム。ならばもう残された道はただ1つ。
    「三度登場するならヒーローになって出直して下さい!」
     貴女の事は忘れず憶えていますみゃ――こすずの足が雪を蹴る。自らウオトリ・スマッシュと呼ぶその蹴り技は、確かに海中の魚を狙う海鳥の勢い。エステルはタイミングを計ったように紅の逆十字を呼び、想希は緋色のオーラをその武器に。れーでーの悲鳴と同時に流れ込んでくる彼女の生命力。想希は祈るが如くそっと金色の目を伏せた。
    「その命、刈り取ってあげますよー!」
     蜜柑の宣言は断罪の刃そのもの。命を根源から断ち切るような死神の一振りに、まひるも紅に輝く大鎌を真横に薙いだ。
    『……』
     幾つもの攻撃がながいも・れーでーWiederの上を通り過ぎていった。傷だらけのヘルメット、ぼろぼろのマント。颯爽さはもうどこにもない。
    「この一撃を……見切れるかしら?」
     以前のれーでーにも問うたその言葉を紅葉は再び口にした。その理由は彼女自身にもよくは判らなかったけれども。
    『……なが……れ……うぃだー……』
     極限までに硬い紅葉の拳の下で、再生怪人の体は真っ白な泡のようなものに包まれたまま消え失せていった。

     危機は去った。東北町に再び平穏が戻ってくる。一仕事終えた灼滅者達の鼻孔を温泉の香りが擽ってゆく。
    「温泉でも行って、ゆっくりしたいわね……?」
     紅葉の提案は勿論諸手を挙げて受入れられる。ついでに美味しい長芋料理でもという流れになるのはお約束。灼滅者達は晴れ晴れとした顔でゆっくりと武装を解いた――。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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