「くじらじるたいそー!」
真冬、早朝の砂浜で高らかに叫ぶ紛う事なき怪人の姿。
「あいん、つばーい、とらーい、くじらじーる」
「つばーい、つばーい、とらーい、くじらじーる」
怪人は巨大なクジラ型の頭をもたげ、物理法則を無視したアクロバティックな体操を延々と繰り返している。
「……よし、だいぶ暖まったな!」
意気揚々と海へと駆け出す怪人、頭にくっついた尾ひれがビタンビタンと砂浜を打った。
じゃぶ。
波打ち際に踏み込んだ怪人は、元の位置まで大きく飛び退いた。
「冷たい! まだ準備運動が足りん!」
タオルで濡れた体を丹念に拭き、そして怪人は高らかに叫ぶ。
「くじらじるたいそー!」
カモメ達がその様子を物珍しげに見物していた。
「この間イフリートに襲われたご当地怪人、函館くじら汁怪人が復活したようなの」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が神妙な面持ちでファイルを開いた。
「函館くじら汁怪人……ううん、函館くじら汁怪人ウンターゼー・ヴァールの目的は前と同じ、市民に年中くじら汁を強制的に振舞う事。そのために大量の食材を必要としているの」
大量の食材、くじら汁の要たるクジラ肉を大量に確保するためには、もう自分で獲ってくるしかない。そう判断したくじら汁怪人は今、函館郊外砂浜にて準備運動をしている。
「だけどくじら汁怪人が実際に海に入るのは、まだずっと後。作戦を練る時間はたくさんあるから、焦らなくて大丈夫だよ」
函館くじら汁怪人ウンターゼー・ヴァールはその巨大な頭とくじら汁の主成分とすら言える豊富な油脂を駆使して戦う強敵だ。
「イフリートにはあっという間にやられてたけど、それは不意を突かれたからだと思うの。まともに戦うとなると……うん、みんなで戦っても苦戦するかも……」
だが、準備さえ怠らなければ勝てない相手では無い。まりんはそう言う。
「函館のくじら汁シーズンは大晦日だけ。お願い、函館くじら汁怪人ウンターゼー・ヴァールに、とっくに時期は逃してるって教えてあげて!」
参加者 | |
---|---|
染谷・真言(灰色の魔法使い・d00478) |
獅子堂・永遠(シャドウキャリバー兎・d01595) |
殺雨・音音(Love Beat!・d02611) |
宮森・武(高校生ファイアブラッド・d03050) |
嵯神・松庵(星の銀貨・d03055) |
御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166) |
藤柄田・焼吾(厚き心は割れ知らず・d08153) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
●くじら汁センサー侮り難し
「アイツね……」
「ああ、情報どおりだが……しかし例の作戦、本当にやるのか……」
スポーツウェアに身を包んだ深束・葵(ミスメイデン・d11424)、寒中サーファーに扮するつもりが予想以上の寒さに上着を着込んだ御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)が砂浜へと降り立つ。
彼方には、フレシキブルに舞うくじら頭の姿が嫌でも目に入る。
2人の間から嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)が一歩、砂浜を踏みしめる。
「ここまで来たのだ、やるしかないだろう」
「だが……」
サーフボードを立て、躊躇いの表情を浮かべる力生。その時だった。
くじら頭へと謎の垂れうさみみ少女が歩み寄ってゆく。
「くじらのおじちゃん、何しているですの?」
「何ー!?」
垂れうさみみ少女改め獅子堂・永遠(シャドウキャリバー兎・d01595)の唐突な登場に、サーフボードの陰から唐突にツッコむ藤柄田・焼吾(厚き心は割れ知らず・d08153)。
ぐりんと尾を振り、永遠を振り返るくじら頭。
「見てわからぬか少女よ! これぞ由緒正しき、くじら汁体操だ!」
「くじら汁……ですの?」
きょとん、と首をかしげる永遠。
「そうとも、くじら汁体操こそ――」
「キャー♪ 居たぁ~♪」
突如くじら汁怪人を襲うとっても黄色い声。
「怪人さんの事は、ず~っと南の地にも北風のうわさで流れてきたよぉ♪」
「そ、そうか……?」
戸惑うくじら汁怪人をまくし立てる殺雨・音音(Love Beat!・d02611)。くじら汁怪人もまんざらでも無さそうに頬を掻いた。
「出て行くタイミングが難しいな……」
サーフボードの陰から顔を出す染谷・真言(灰色の魔法使い・d00478)。
「今日は、一目会いたくてやってきましたぁ~!」
「おお、やはりくじら汁の魅力は本物だからな! ……む?」
キョロキョロと周囲を見回すくじら汁怪人。
「怪人さんの素敵な姿、見せて欲し――」
ふっ、と手の平を出し、音音を制止するくじら汁怪人。
「……悪いが、少し静かにしていてくれ」
見上げる音音、永遠に構わず、後ろを振り返るくじら汁怪人。視線はぐるりと砂浜を巡り、突き立ったサーフボードでピタリと止まった。
「隠れているのはわかっている! 大人しく出て来い!」
「……参ったな、こりゃ」
宮森・武(高校生ファイアブラッド・d03050)が小さく呟き、サーフボードの陰から灼滅者達が姿を現した。
「まさか、俺たちに気付くとはな……もっととぼけたヤツかと思ったが」
「ふふん! 俺の鼻を誤魔化せると思うな!」
ぷしゅー。潮を噴くくじら汁怪人。
「……さあ! 隠しておるくじら肉を出せい!」
「えっ」
後ろ手に構えたスレイヤーカードを思わず手から滑らせそうになる葵。
「えっ? ではない! 出せと言っとろうが! 貴様らでは宝の持ち腐れだ!」
「は?」
首をかしげる焼吾。
「は? でもない! くじら汁作らせろ!」
カモメが鳴いた。
●熱血! くじら汁体操講座
砂浜に積み上げられた9個のお椀。すぐそばに、空になった鍋が転がっていた。
「これがくじら汁……なるほど、こういうものもあるのか……」
「ああ、これがくじら汁だ」
力生と松庵のメガネがダブルで光る。
「あいーん、つばーい、とらーい」
「あいーん、あいーん、つばーい」
そんな光景をバックに、機敏なくじら汁怪人に合わせて体を動かす永遠。
「ちがーう! あいーんあいーんでは無いと言っておろう! もう一度だ!」
「先生、ご指導お願いします!」
葵が笑顔とともに、溜め込んでいた白い息を吐き出した。
「よいか! こうだー!」
ずばばばばばばばば。素早い両手の動きに、触れてもいない砂が宙を舞う。
「あいーん、つばーい、とらーい!」
振り上げた尾ひれが砂埃を天高く舞い上げ、彼方に見える何の罪もない民家に砂の雨が降り注ぐ。
「うおおー!」
「うおおー! でもない! 暑苦しい!」
べちん。手にしたお玉で焼吾の頭に一撃を加えるくじら汁怪人。
「……ぬ!? そこ、サボるなー!」
「え~? だってネオン、疲れたくないモン♪」
満面のあざと……愛らしい笑顔に、言葉を詰まらせるくじら汁怪人。海の彼方へと視線を向け、頬をポリポリと掻いて誤魔化す。
「……あー、ま、まあそういう事ならば致し方なし……かな?」
武が箸を持ったまま、くじら汁怪人へと歩み寄り背中をポンと叩いた。
「いやー、食った食った。最高だったぜ、くじら汁!」
「当然だ!」
ぷしゅー。くじら頭から潮が噴き出す。
真言がフードを深く被り、くじら汁怪人を見上げた。
「くじら汁怪人に問う。……くじら汁とは、何だ」
ぷしゅー。くじら頭からさらに高く潮が噴き出した。
「愚問だ! くじら汁とは――」
「くじらじーる、とっつげきー♪」
拳を突き上げる音音。
「えっ」
間抜けヅラで振り返るくじら汁怪人の頬に、武のWOKシールドが深々とめり込む。
「くじら汁なんて、完全にシーズン逃してるじゃねぇか!」
「ごめんね先生、騙しちゃった」
葵の燃え盛る刃がくじら汁怪人の尾ひれを焼き、力生のガトリングガンから放たれた無数の弾丸が砂埃を上げる。
砂埃をかき消すように振り上げられたロケットハンマーが天高く煌く。
「食らえ、笠間の力ってな!!」
真上から叩きつけられる巨大な鉄の塊に、くじら頭が抗うすべもなく砂を巻き上げる。
「……な、何故だ……!」
腕を突きたて、顔を持ち上げようとするくじら汁怪人を、永遠のキングカリバーが再び、砂の中へと叩き落す。
「おっさん、まだ気付いてないですの? 函館市民の年越しはそばがデフォですの。くじら汁なんてマイノリティですの。ヘハハッ……」
ウザ……もといどや顔で見下ろす永遠。
くじら汁怪人が、ぎゅっと砂を握り締めた。
●燃え上がれくじら汁魂
火の粉が浜風に舞い上がる。
砂を巻き上げて、ライドキャリバー達が倒れたくじら汁怪人を囲うように駆ける。
ゆっくりと、巨大な頭を持ち上げたくじら汁怪人が、ゆらりと空を見上げた。
「脂身は、よく燃えるんじゃないか?」
炎の溢れるガトリングガンを鈍器にし、くじら汁怪人の顔面を殴りつける力生。
吹き飛ばされ、踏みとどまりながら、くじら汁怪人は灼滅者達に鋭い視線を向けた。
「貴様ら……この俺を……いや、くじら汁を謀ったのか……!」
「観念しちゃいなよ~。ほら、音音達にくじら汁の存在を知ってもらえただけでもある意味成功したようなもんじゃない?」
音音の放った妖冷弾が、狙わなくても当たりそうなくじら頭にガツンと当たった。
仰け反ったくじら汁怪人の懐へと滑り込む松庵。
「くじら汁への果て無き愛によって蘇ったとしても、お前の好きにはさせん!」
振り上げたマテリアルロッドがくじら汁怪人を宙へと打ち上げた。
「……許さぬ……」
くじら汁怪人が尾を力強く振り、右の掌を太陽にかざす。
「貴様らは、断じて許さぬ……!!」
表皮からあふれ出す心なしか黄ばんだ液体が、くじら汁怪人の手の中で球を描いてゆく。
「グリス……エクスプロズィオン!!」
弾丸の如き速度で砂に落ちる巨大な脂の塊。脂くさい突風が灼滅者達を巡った。
直後、真っ赤な閃光が一帯を包み込む。
――ドオォォン!!
「うおおっ!?」
WOKシールドごと吹き飛ぶ武。
「何事ですの!?」
ライドキャリバーの陰で、爆風に翻弄される永遠。
「気をつけろ! まだ何か――」
松庵がそう叫ぼうとした、その瞬間、くじら汁怪人の左手に、もう1つの脂球が鈍く輝いた。
「――ドッペル!!」
爆発がくじら汁怪人諸共、朝日の注ぐ砂浜を焼き焦がす。
飛ばされたお椀が焼吾の額に当たって砕けた。
吹きすさぶ脂と炎の間から、くじら汁怪人の姿が覗く。
「これが……くじら汁怪人の力か……」
力生が唇を、ぎゅっと噛み締めた。
「――貴様らは許せぬ。くじら汁を欺き、侮辱し、穢した貴様らは」
火の粉が飛び交う中、顔に砂を付けた灼滅者達をくじら汁怪人が見下ろす。
「だが、俺の体を、信念を……そして、魂を燃え上がらせてくれた事には感謝するぞ」
くじら汁怪人が灼滅者達へと背を向け、海へと向き直った。
「何を……言ってるの」
葵がくじら汁怪人の背へと問いかける。
「……また会えたその日には、今日以上の、極上のくじら汁を振舞ってやろう」
両足に力を込め、大きく尾ひれを振り上げるくじら汁怪人。
「まさか……!」
「おいこら、待て!」
「逃げる気ですの!?」
――ザバァァン!
くじら汁怪人が天高く跳躍し、大きな弧を描いて海の中へと消えた。
「くそっ……」
ダークネスを逃がしてしまったその失態を悔やみ、真言の拳が砂を叩いた。
じゃば、じゃば。波にしては不自然な音が、灼滅者の耳に届く。
「つ……冷たい……」
波に転がされながら、くじら汁怪人が砂浜へと舞い戻った。
●歴史は繰り返す
「散々カッコつけといてそれかー!」
勢いに任せて撃ち出される無数の光刃が、くじら汁怪人のコスチュームを剥ぎ取って行く。
「ああ……ツッコむ気力も無いな」
――ガガガガガガガガ!
力生のガトリングガンから撃ち出された弾丸が、容赦なくくじら汁怪人の裸体を襲う。
「お、おい! やめろ、痛いんだぞ! すごく!」
くじら汁怪人ができる限り頭を抱えてしゃがみ込む。
「預言者は言っている、貴様はこの攻撃は避けられない」
真言の瞳が鋭く輝く。槍の穂先から撃ち出されたデッドブラスターが、逃げるくじら汁怪人のたくましい背を貫く。
「逃げ出したくなる気持ちはわかるけど、ちょっとカッコわるいかな~♪」
音音の放った斬影刃が、くじら汁怪人のふんどしを掠めた。
「……言わせておけば……とうッ!」
毎度の如く天高く跳躍するくじら汁怪人。
何が来るかわからぬ、そう感じた灼滅者達は距離を取り、殲術道具を握り直した。
吹き荒ぶ風と、波の音だけが両者の間に流れてゆく。
くじら汁怪人の視線が、キョロキョロと機敏に巡る。
構えを取ってこそ居るが、意識はどこか別に向いている気がした。
「……まさかとは思うが、こいつ逃げる気じゃないだろうな」
ポツリと呟いた真言。
くじら汁怪人が、一瞬ビクッと身震いした。
「さらば――ブッ!?」
「そうは行くか!」
松庵の影が、駆け出そうとしたくじら汁怪人の足を捕らえ、砂の中へと引き倒した。
「ヴェェェェェェッ!」
ライドキャリバー、ブルースペーダーに跨った永遠が、くじら汁怪人の顔面を容赦なく轢いてゆく。
「何度生まれ変わっても、そんな根性じゃ結果は一緒だよ!」
葵のレーヴァンテインがくじら汁怪人の脂身をこんがりと焦がしてゆく。
「俺の涙を返せ! もう大晦日過ぎちゃったけどくじら汁は永遠キーック!」
焼吾の脚が、くじら汁怪人を砂へとさらに叩き付けた。
くじら頭を足場にくるりと宙を舞い、砂浜へと着地する焼吾がカメラ目線で顔をキメた。
「略して……くじら汁キックだ!」
「く……くじらじーる!!!!」
――ドゴォォォォン!!
辺り一面を覆う脂くさい爆風。
鼻を摘んだまま、松庵が空を見上げた。
「二度目だが、さらばくじら汁怪人……」
「怪人さんの事は、忘れないよ……!」
音音の頬を、一筋の涙が伝う。
「しかし、死んだはずの怪人が何故……もし何度でも復活できるとしたら……」
真言がくじら汁怪人亡き爆心地を見下ろした。
「……二度あることは三度あるって言うしね」
「……いや、まさか……」
葵の言葉に、間をおいて武が苦笑いを返す。
灼滅者達がなんともいえない微妙な笑顔のまま顔を見合わせる。
「はは……」
乾いた笑いが浜辺に響く。
カモメが鳴いた。
作者:Nantetu |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 13
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