廃墟探索～廃校の飛梅

■リプレイ

　ヒトの気配が消えた校舎に、再びヒトが集う。
　朽ちた校舎と、明るいヒトの声。
　静と動、月と太陽。
　だからこそ、浮き立つ影。

●戌の刻
　校舎の向こうに隠れた月が、影を作る。
　屋上の扉を開けると、心地よい風が吹いた。
　こうしていると、懐かしい匂いがする。
「ああ、よく見える」
　眼下の梅を眺め、市之助はほっと息をついた。
　中庭には、一つ二つ影が立っている。
　よもやダークネスや都市伝説が絡むような事はあるまいが、と警戒していた悠は何事もなくほっと息をつく。
「何も出ない…か」
　ぽつりと呟いた、唯の声が届く。
　じっと見つめる唯の視線は、遠い過去を見つめるように真っ直ぐであった。ふとこちらに気づき、踵を返す。
　飛梅…この梅は、どこから来たのだろう。

　暁が掲げる先に照らされた、過去の遺物。
　教室に掲げられたソレを見ながら二人は、無くした過去を思っていた。
「失せ物に興味があるかい？」
「拾っていけば、無くした物も見えるようになるかしら」
　それはほんの小さな好奇心。
　無くした扉の向こうにあるものは、どんな色をしていたのかと。
「変な事言ってるかしら？」
　いや、可笑しくなどないさ。
　アリスは首を振る。
　七と芳春の心には、その欠片が思い起こされていた。
　粘土遊びや絵、外で遊ぶ子に置いて行かれるのが嫌でやめてしまった、と芳春が零す。
「そういうの、あるわよね。雨宮は誰かと一緒に居たかったのよね」
「アハハ、オレ寂しんぼだから」
　照れたように芳春は笑った。
　ふと七が振り返ると、中庭に梅が浮かび上がっていた。
　二階の廊下からは、赫絲が。
　硝子片散る廊下の闇も、梅の『色』が染め上げる。
「野暮はやめておこう」
　飛梅の記憶は、闇の奥に秘めておく方がいい。
　ペンライトを手に二階を歩いていた玲子も、足を止める。
　主なしとて、春な忘れそ…。
「…らしくないわね」
　ふ、と笑った玲子に、千巻がグラスを差しだす。
「一杯どう？」
　ジュースを片手に、千巻は梅を眺める。
　過ぎ去った時間の中に取り残された自分達は、まるで幽霊のよう。
「時間って、簡単に過ぎちゃうんだね」
　千巻は目を細めた。
　一方幽兵は、家庭科室でマグカップに水を注ぎ一杯。
「いいものですね」
　誘ってくれた隼人に礼を言い、幽兵はマグカップに視線を落とす。
　いつのまにか、花びらが落ちていた。
　置き去りにされたボウル、そして食器。
　生活痕に、胸がざわめいて仕方ない。

　記録の部屋。
　校舎を彷徨う流希が辿り着くと、一人少女が本に視線を落としていた。
「もしあなたが飛梅なら、私の…」
　友の所に。
　そう小さく言い、梅を振り返る。
　いつか武蔵坂も朽ちていくのだろうか。
　ハンカチ片手に、真琴は本に手を伸ばす。
　目当ての本は無いが、子ども向けの本が並んでいる。
「あ、これ」
　昔読んだ本を見つけ、真琴は目を細めた。

　いつかの約束を叶える為、藍はピアノの椅子をひいた。
　腰掛けた華凜は、何かに驚いて瞬きする。
　窓辺に立った藍に視線向けて気を取り直した。
　最初はエーデルワイス。長い間調律されていないピアノの音色は、寝ぼけ眼のよう。
「月の光、をリクエストしていいですか？」
　拍手を送ってくれた藍の頼みで、次は月の光を。
　今この時に相応しい一曲に、二人の時間はゆっくり流れる。

　どこかでピアノの音色が聞こえる。
「鳴神さん、手繋いで！」
　スタスタ歩く月人に早足で近づき、桜子は手を伸ばした。
　月人も嫌じゃないが、視線が気になって仕方ない。
「な、何だよ」
「別に～。桜子っちが可愛いなと思って」
　手を繋ぐ月人と桜子に、立夏はにやにや笑う。
　つんと背を向けたまま、桜子は立夏も今日子と手を繋げばいいのにと呟く。
　今日子もそんな風に思ったまま、距離が少しだけ開いたまま。
　すると廊下の向こうに見えた梅の木を見つけ、立夏が振り返る。
「梅の木に、チョイとやりたい事があるンみたいなー」
　今日子の手を取り、月人はにんまり笑う。
　皆でお願い事を書いて、飛梅に結ぼう。
　今日子は引かれる手を見つめ、笑顔を浮かべた。

　月明かりがランタンの代わりに。
　心から抜けたものを探すように歩く桐斗は歩いていたが、廃墟のどこかから聞こえる人の話し声に奇妙な感覚を覚えていた。
「僕も、同じ」
　ふと顔を上げると、どこかから梅の香が。
　窓越しに梅を眺める狭霧の傍に、颯音は灯りを差しだす。
　先ほどまで少し怖がっていたが、梅を見て狭霧も顔色が明るくなった。
「センパイ居てくれてよかったわ」
　その言葉に、颯音は猫のように笑う。
　もう少し怖がらせようと耳元で小声を出すと、狭霧はびくりと肩をすくめた。
「ん？　何か聞こえたッスか？」
　素知らぬ顔で颯音は視線を反らす。

　校舎裏に背を向けた彼は、じっと携帯を覗き込んでいた。
　お互いＨＮしか知らずに場所も告げず、ひっそりすれ違う。
『校舎裏、なう』
　眼目…メメからの書き込み。
　マルグリット…椿姫は足を止める。
　どこに行こうか？
　ふれあうこともなく、言葉も交わさない。
　だけど二人は同じ所で、同じ時を過ごす。

●亥の刻
　月はゆっくり空へと登る。
　屋上の手すりにもたれ、ネイトは梅を眺める。
「…どんな風に飛んでいくんだろう」
　噂が本当なら、父の所に飛んで行ければ。
　そう考えかけて、ネイトは首を振った。

　雨宮のカンテラを頼りに、４人はそぞろ歩き。
　皆さんはどこに惹かれたのでしょうか？
　渓の言葉に、桜子が視線を梅に向ける。
　中庭の梅は、ぽつりと月明かりに浮かぶ。
「何も無い…けど何かありそうな感じ」
　よくは知らなくても、良いと思ったものを大切にと言われた事を、ぽつりと桜子が話す。
「せっかくですから、梅見でもしませんか」
　みたらし団子に昆布茶。
　渓に誘われ、梅の傍にやってくる。
　朽ちゆく校舎に見守られ、依子はそっと空をみあげる。
　校舎を包む空は、ぽっかり月を浮かべていた。
「なんか…当時の足跡を追ってるようだと、思う」
　サズヤは校舎を見ながら、ここにかつて居た人達は今どうしているのだろうと思いを馳せた。横を見ると、依子もそうしている。
　なんだか渓と依子の言うように、サズヤも図書室で足跡探しをしてみたくなった。

　梅の話が気になった通は、図書室に来ていた。
　偶然同席したイヴァナに差しだされた本に、通が目を通す。
「我ハマダ来テ日ガ浅イノデ、読ミ取レナクテナ」
　イヴァナの抱えた人形が、腹話術で通に語りかける。
　本に書かれた逸話は、敵味方に分かれた侍が仲間を案じたというものであった。
「いずれにせよ、強い願いは闇に通じる」
「闇カ…ソウダナ、ソレハマタ我ラモ同ジト言エヨウ」
　小さな少女は、じっと通を見上げていた。

　冷たい夜の空気と、梅の甘い香りは実の心を落ち着かせる。
　しかし静寂と人の気配は、心を騒がせる。
　クロ助が居てくれた事に感謝し、実はそっと目を閉じた。
　どこかでくすりと笑い声が聞こえた。
　笑い声をたて、十重は窓を開け放つ。
「ねえ貴方は誰に逢いたかったのですか」
　梅の木を見下ろし、かろやかに十重は声を掛ける。
　想いの行方を問いかける。
　想いは勝手に飛んだのだろうか、それとも飛ばしたのだろうか。
　ざわりと揺れる梅を見つめるスヴェンニーナの耳に、ふと柔らかな音色が届く。
　これは…ノクターン。
　背後に立つと、彼は口を開いた。
「お前も…いや」
　過ぎ去る人と校舎は、直人には寂しげにも見えた。別れを惜しむ事などなかろうが、今は校舎にこの曲が必要な気がしている。
　だから。

　散らかった教室の片隅、裕也が紙コップに注ぐ紅茶の香りが広がった。
　主を失った廃墟のもの悲しさは、裕也の心を誘う。
「不思議な空間だな」
　カップを手で包み、晶が呟く。
　晶の手作りカップケーキを受け取り、裕也はこくりと頷いた。
「この物悲しくも美しい感じが好きなんです」
　主を失った教室に、二人の談笑が染みこんでいく。
　自分と同学年の教室…それでも此処にあるのは、違和感だけであった。
　遊んで欲しそうなガラスの目を見つめ、烏芥は首を振る。
　ガラスがカタリと崩れると、ふと烏芥は息をついた。
　教室の椅子は、成長した澪には小さく頼りない。
　じっと見上げる銀狼に気付き、澪は頭を撫でた。
「…見ろ、銀狼」
　視線を動かすと、廊下の向こうに紅の色が。
　香を追い、栞は梅の傍へと歩み寄る。
「あなたはこのまま、骨を埋めるつもり？」
　それとも…。
　言いかけ、くすりと栞は微笑んだ。
　東風吹かば…。
　弓弦が口にすると、優志は道真の名を口にした。
「向こうは白梅だが、紅梅も悪くない」
「たとえ作り話でも、梅がそれだけ愛情を受けていたという事だろうな」
　まるで自分の花言葉を知っているかのように、花を咲かせ続けて…そう弓弦が呟くと、優志は自分の両親の事を思い返した。
　両親も、いつも花木と共に写っていた。

　廃墟の冷たい雰囲気に飲まれ、にょろは勇人の腕にしがみつく。
「素敵な梅が見られるって聞いて来たのに！」
　半泣きのにょろに言い訳しながら、彼女の柔らかな匂いにドキドキ。
「…あ、あれッス」
　勇人が指した先に、凜と紅は咲いていた。
　腕をそろりと放して、にょろは勇人の手を握った。
　幽霊が居なければ、自分が。
　登はシーツを被って地下室に潜んだが、誰も来やしない。
　不安を感じ始めた登の傍で、声が漏れた。
「何してんだ？」
「うわああ」
　悲鳴を上げて去った登を見送り、伊近は地下室を見まわす。
　朽ちたマットの上に腰掛け、伊近はペンを出した。
　これで、一人静かに空気と音に浸れる。
　その頃葵も、図工室でペンを取っていた。
「何時の時代も、子供達の作るものは変わりませんね」
　廃墟に残った記憶から、葵は何を書き出したのであろうか？

●亥の刻
　親父とここに来たかった。
　梅茶を口にしながら、光は眼下の光景に目を細める。
　廃墟の梅に宿る賑わいは、恐ろしくも美しい。
　ここは一等席だ。

　心霊写真を撮る！
　と意気込むまぐろに連れられ、光画部の面々は廃墟にやってきた。
　下駄箱の前に転がる靴や、掃除道具を避けるようにしてまぐろは歩く。
「ここで何があったか知らないけど、良い写真が撮れそう」
　一枚撮ると、まぐろはカメラを皆に差しだした。
　こんなに人が居たか？
　と、ヒラニヤは首をかしげる。
　そっと朱里が音楽室を覗くと、イルルの姿があった。
「おぬしは何者じゃ」
　何も無い空間に話しかけるイルル。
　…何も見なかった。
　…見なかったんだ。
　言い聞かせ、朱里は足早に去った。
　ふとイルルが振り返ると、そこに白装束が。
「日野森殿、脅かすなら丁度良い者がつい先ほど」
　イルルがうっすら笑う。
　ゆるりと、暗闇がまとわりついた。
　やはり、闇歩きは楽しい…翠は亡霊になった気持ちを味わいつつ、カメラを手に徘徊する。
　心霊写真を撮る合間に、由希奈はいちごと中庭に来ていた。
「ＣＤのジャケットを撮れればそれでいいので」
　と、いちごはちょっと舌を出して笑って見せる。
　いちごの白いワンピースが揺れると、いちごの髪も風に流れた。
　無機質な空間に、命が吹き込まれる。
　由希奈の指は、自然とシャッターを切っていた。
　しばらくして、白井ワンピースの少女がヒラニヤのカメラに写ったのはご愛敬というもの。

　人が途切れた瞬間を狙い、多岐は三脚を立てる。
「教えてくれ。その時のお前の気持ちを」
　まだ人が居た頃の、梅の木を想い。
　梅の木に残る、ヒトの気配を写す。
　ぽつりとやってきた菫が、梅に寄って幹に手を添えた。
「まだ、生きているんですね」
　この世界の時計は、まだ止まってない。
　此処にはまだ、生きていた。
　集まる人の匂いは、梅を輝かせる。
　その匂いに生命を感じ、葉はふらりと吸い寄せられる。
「なあ…来年の今日も一緒に居ていいか」
　どこに居たって、飛んでいくから。
　錠の言葉に、葉は笑った。
「好きにしろ」
　生と死の狭間に居る葉に、明日なんて聞いても分からない。
　それでもきっと、錠はどこからでも来るだろう。

　この校舎が朽ちた原因を探し、有貞は彷徨う。
　夢と現の狭間を仕切る闇は好きだ。
「事件の臭いがする」
　どこか、有貞はそれを望んでいるようにも見える。
　ぶらりと歩いた織兎は教室で隼人を見つけ、小さな椅子に腰を下ろす。
　肉まんを差しだすと、隼人はにっと笑って受け取った。
「おまえもどうだ？」
　アイナーも織兎から肉まんを受け取り、暖かさに笑みを零す。
　ここからも、廊下ごしに梅が見える。
「こうしたヒトの匂いの中に…記憶の欠片を感じるんです」
　梅の事？
　と織兎が聞くとアイナーは頷く。
　死にかけた場所で、時間を刻み続けるモノ。

　お気に入りのカンテラを傍に置くと、クロエは椅子に腰掛けた。
　昔読んだ絵本を見つけ、懐かしい気持ちに浸る。
「つづりんは何か見つけた？」
「うん…あれ？」
　書棚の間を歩いていた綴は、足を止めて本を一冊引き抜く。
　そこからヒラリと落ちた紙片に書かれた言葉に、綴は笑みを浮かべた。とりとめもない言葉、きっとそれは女の子で誰か好きな子が居たに違いない。
「ああ、可愛いなぁ」
　シェリーは紙を受け取り、くすりと笑った。
　素敵な忘れ物を、そっとシェリーは本に戻す。

　確かさっき、誰かがピアノを弾いていた。
　たしか月光。
　弾きかけて、エミーリエは手を止める。
「少し待ってて」
　やはり、調律しておこうと屋根を開いた。

　ユッカに貰ったカイロを手に、真琴は本を開く。
　高い所の本をユッカに任せて正太は漫画の昔話を読んでいたが、真琴が視線を止めたのは郷土史であった。
「誰かが読んだんでしょうか」
　本に書かれていたのは、古い戦の記録。
　正太は本を置き、のぞき込んだ。
「何か面白い事が書いてあった？」
「戦いの最中、落ち延びた友を案じて梅に願う」
　彼は家紋が梅であったようだ。
　真琴が持参したお茶を入れ、ニタカは梅を見上げる。
　こうして眺める梅は、赤く美しい。
「どんな秘密があるんだろうね」
　誰のどんな想いが込められているのか。
　振り落ちる梅の花のように、くるりくるりと神夜が舞いはじめる。いつしか、式も共に舞い始めた。
　それは梅に誘われたような…幻想的な舞。
　クッキーを差しだした聖は、思わずうっとりとそれを見つめていた。
　落とし駆けたクッキーを掴み直し、聖が視線を上げる。
「あ、戻って来たよ」
　手を振る正太に気付き、聖が立ち上がる。
　きっと彼らはお腹が空いているだろう。
　手作りのクッキーを用意して、聖が向かえた。

　止まったままの時計塔に、影が二つ落ちる。
　結局、右九兵衛は結実の言うとおり踏み台として踏みつけられる事に。
　大丈夫、これ位なら簡単ですと結実はどこか嬉しそう。
「時計だけ動いてるて、怖いやろ」
「素敵じゃないですか！」
　これが動き続ける限り、世界は刻を刻み続ける。

　朽ちていく時の中、梅と時計は静かに流れ始めた。

作者：立川司郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年2月12日 難度：簡単 参加：75人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 29／キャラが大事にされていた 1
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