フラメンコ少女の孤闘―舞い踊ドリアンと呼ばないで!

    作者:旅望かなた

     星屑の夜、街灯の下。
     冬の空気にも関わらず、珠となって舞い散る汗にも構わずに、少女のダンスシューズはステップを踏む。男が演奏するギターに乗せて、赤い花のようにドレスが舞う。パリージョと呼ばれるカスタネットが、複雑なリズムを奏でて。
     フラメンコ。それは少女の生き甲斐であり、誇りであった。
     中学生になる、その時までは――。
    「連れて来たぜ、この子でいいんだよな?」
    「ダンス部部長だろー間違いねーよ」
    「何するのあんた達! やめなさいよ! 警察呼ぶわよ!」
     不意にギターが途切れ、少年達がまた別の、少し年上の少女を引きずって姿を現す。顔を上げた彼女は驚きに目を見張り、思わず叫ぶ。
    「ど、ドリアン! 何のつもりなの!?」
    「――――」
     ドリアンと呼ばれた少女は、深く、嘆息した。
    「あたしと、勝負して」
    「……え?」
    「ダンスで」
    「……え? え、ええ?」
    「見てるから」
     男子二人が手を離す。ギターが掻き鳴らされ、年上の少女は茫然としたままで、溜息をついた年下の少女は「交代」と無造作に彼女を押しやって。
     フラメンコは、ギターとダンス、歌が織りなす総合芸術とすら言われる舞踊。
     完全なるギターとのコンビネーションと、長年の鍛錬、そして――闇による魅了の力を手に入れた彼女に、年上の少女は悔しげに歯噛みして己もと飛び出すも、慣れぬ調べと数十分のダンスに魅せ所も作れぬまま倒れ伏す。
    「……」
     タン、とシューズが音を立て、年上の少女の顔の隣に叩きつけられた。
    「ひぃっ!」
    「あたしの勝ちで、いいよね?」
    「ひ……ひぃ……」
    「いいよね?」
    「うわあああいいですごめんなさい! ごめんなさあああい!」
     満足げに脚を引いた少女は、それじゃ、と妖艶に笑みを浮かべて。
    「もうドリアンって呼ばないように」
    「……へ?」
    「二度は言わないわドリアンって呼ばないように」
     二度言ってるじゃん。
     そうツッコミそうになった口を押さえ、慌てて年上の少女はそれに頷く。
     ――そして、彼女は年上の少女を一人残して、取り巻きと共に去っていく。
     もはや己をドリアンと呼ぶ者なくなる、その日まで――。
     
    「ドリアン……」
     嵯峨・伊智子(高校生エクスブレイン・dn0063)が非常に微妙な顔をした。
    「ドリアン……」
     坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)も非常に微妙な顔をした。
    「んー、まぁ、見つけてきちゃったんだから未来ちゃん説明よろ」
    「あぁ、うん。了解……」
     あいまいな笑みを交わし合った少女達は、真剣な顔になって灼滅者達に向きなおる。
    「うん、まぁ、果物の名前の淫魔が他にいないかと思ったら、人間の意識を残した淫魔に行き当たって……」
     未来が、ちょっと迷うような顔をしてから、再び口を開く。
    「彼女の名前は『安里・リアン(あさど・りあん)』、通称ドリアン」
    「……あぁ」
     灼滅者一同にも、微妙な顔が感染した。
    「だが彼女はこの名前を気に入っていないらしくてな。淫魔として闇堕ちしそうになり、幼少期から習っていたフラメンコの力を使って戦いを挑んでくる」
    「ちなみにリアンってのはスペイン語で『絆』って意味らしいよん! なんかお母様がスペイン人だとかとか!」
     横から伊智子がひょこっと口を出す。
    「彼女は中学一年生で、ダンス部に入部したんだが……そこの部長初め先輩方が、面白半分で『ドリアン』というあだ名を広めてしまったようでな」
     小学校の時には普通に名を呼んでくれた友すらも、ドリアンとしか呼んでくれない事実に、闇が囁いたのかもしれないと、未来は言って。
    「彼女は手始めに部長にダンスバトルを挑んで敗北させ、己をドリアンと呼ばないように条件を付けて解放した」
     それ自体は、責められることではないのかもしれない。
     けれど淫魔としての力を使えば使うほど、彼女は闇から戻れなくなる。
    「そして、今回は……説明が難しいんだが、とにかく『ダンスバトルでリアンに敗北を認めさせなければ』彼女に灼滅者としての素質があったとしても、こちら側に引き戻すことはできない」
    「なんで!?」
    「知らん!」
     横で伊智子が「マジわかんなかったんだーごめんねー」と手を合わせて。
    「彼女が練習場所にしているのは、ある高速道路下の広場だ。三人の取り巻きの内一人がギター、二人が掛け声の担当で、それぞれバイオレンスギターと、サウンドソルジャーのサイキックのうち歌系のものを使ってくる」
     そして彼女自身は、パッショネイトダンスを中心に、サウンドソルジャーのサイキックを使いこなすだろう。
    「ちなみにダンスバトルは、彼女自身が勝った、もしくは負けたと思うことが重要だ。だから、得意分野で挑むのも、あえてフラメンコで真っ向勝負するのも、小細工に走るのも……勝利の為なら、構わないと思う」
     そう、ダンスバトルに敗北して。
     彼女達全員を、完全に灼滅する為に戦わなければならないくらいなら、と未来はしっかりと灼滅者達を見つめて。
    「必ず、ダンスバトルにも戦いにも勝って、その上でリアンが灼滅者として目覚めたなら、学園に誘ってみてもいいかもしれないな。よろしく頼む」
     そう言って、ぺこりと未来は頭を下げた。


    参加者
    伝皇・雪華(冰雷獣・d01036)
    羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)
    アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)
    鮫島・テトラ(デッドバタフライ・d12373)

    ■リプレイ

     夜の公園に響くギター、タップ、歌、そして掛け声。
    「実力も自信もありながら、周囲との折り合いが上手くいかなかったのでしょうか」
     それ故に、つけられたあだ名にコンプレックスを抱いたのかもしれないと、アルファリア・ラングリス(蒼光の槍・d02715)は考える。
    「このまんまやとリアンの為にもならんし、きっちり助けような」
     伝皇・雪華(冰雷獣・d01036)がそう穏やかに微笑んでから、「……名前なぁ……」と幾分眉を寄せる。
     名前で苦労するのは彼も同じだ。特に性別関係で。
    「……うち以外全員女性……傍からは全員女に見えるんやろな……」
     とりあえず雪華の肩をぽむ、と叩く坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)。
    「ドリアン……って果物なの?」
     羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)がきょとんと首を傾げる。んむ、と未来が頷いて、彼女の疑問に答えを告げる。
    「ドリアン……King of Fruits。とても甘くてうまいって話だな。其処まで嫌がる物でも無い気もするが……」
     名前を馬鹿にされたとでも感じた、のかもな、と未来は静かに目を細めて。
    「自分の名をバカにされて怒るのは当然よね」
     そう、佐竹・成実(口は禍の元・d11678)は理解を示す。けれどダンスの技量を見せつけ力を誇示し、相手を屈服させるのは間違っている、とも心の中で呟いて。
    「同情の余地はあるけど……ダンスは仕返しの道具じゃないわ」
     葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)の呟きに、アルファリアが深く頷く。
     先輩後輩、部長と部員という間柄もあっただろうけれど、力づくで解決するよりも前にできることはあっただろうから。
    「まだ命に係わる事件を起こしていないのが救いですね。なんとしても、引き返せなくなる前に助けましょう!」
    「よーし♪」
     アルファリアの言葉と黒いマントをなびかせる極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)の気合に、灼滅者達は頷いて――、
    「まぁ、彼女も私に惚れる運命さ、大丈夫だよ、みんな!」
     鮫島・テトラ(デッドバタフライ・d12373)の言葉に思わず全員でずっこけた。

     ――ともあれ。
     最後のポーズを決めた深紅のドレスの少女――安里・リアンの足元に、スペードのクイーンが突き刺さる。
    「あら、楽しそうなことしてるじゃない?」
     私達も混ぜてくれる? と尋ねた夢乃に、ゆるりとリアンは微笑んで。
    「ふぅん、わざわざ私に勝負を挑みに来てくれたの? 話が早いね」
     先手でもいい? と挑戦的に微笑む姿は、中学一年という年齢には見合わぬ妖艶さを備えていて――それは、彼女の中の淫魔の醸し出すものか。
     ギターに合わせ歌う歌声にも、踏む足にも、まだ未発達な腰の動きにも、指先一つ、視線一つにも、媚態が含まれて。けれど、それよりも一つ一つの動きに完璧に神経を使い、動きを制御しているのがわかる。
     だけど――彼女は、楽しそうだろうか?
    「確かに凄いダンスだけど……」
     舞は、そう口を開く。
    「リアン、楽しんで踊れた?」
    「それがダンスの出来とどう関係があるの?」
    「昔はもっと楽しめてたんじゃない?」
     ぐ、とリアンが言葉に詰まる。技術自体を否定せず、指摘するのは心。だからこそ、反論は封じられる。
    「名前のことはよくわかんないし、リアンおねーちゃんのダンスはすごいなぁって思う」
     そう陽桜が真っ直ぐ言ってから、でも、と口を開いて。
    「ひお、ダンスを楽しむ気持ちだけは誰より勝ってるもん! だからこの勝負、絶対負けないの!」
     必ずこっち側に引き戻してみせるよ、と宣言した陽桜の後方で、アルファリアがギターを構える。音源は用意してあるけれど、「弦楽器ならば些か心得があります。幼少のころから趣味でいろいろ弾いてきましたので」と自信ありげに微笑んだその通り、鳴らす指は音楽に優雅な華を添えて。
     流れる音楽はポップスジャズ。踏むステップは楽しげに、飛んだり跳ねたりくるくる回ったり、アルファリアのギターが間奏に合わせて即興のソロを奏でれば、素早くリズムを飲み込んだ陽桜がすぐさま軽快なターンを合わせる。彼女の顔から、笑みが絶えることはない。だってとっても楽しいもの!
     スキップとターンを織り交ぜたダンスから、舞にハイタッチ。その瞬間、音楽がうねるようなベースのレゲエに変わる。舞がマントを脱ぎ捨てれば、露出度の高いビキニとホットパンツ、そして大部分を占める桃色の素肌が、冷気に晒されけれど輝く。寒冷適応万歳。
     ステップを踏み一回転すれば、たわわな胸が弾む。脚を開き閉じれば、その肉付きの良さが露わになる。くびれたウェストは腰を動かせば強調され、しっかりと実った尻がくいと揺れて服装とは対照的な熱気を誘う。
     けれどスタイル以上に強調するのは、体全体で表すダンスの楽しさ。
     そしてその楽しみを、観客皆に還元する情熱。
     豊かな胸をたゆんと揺らして、雪華へとハイタッチ。そして曲は、アップテンポの激しい曲に変わり、アルファリアのギターも素早いカッティングで冴え渡る。
     少女と間違えられる容姿の雪華の、けれどその体から繰り出されるは少年らしいダイナミックな動き。体を大きく振り回し、ターンと共に蹴りを決め、倒立からの回し蹴り、そのままぐるぐると体を回転させるカポイエラとブレイクダンスの融合。
     けれど彼の体を突き動かすのは、即興。気分。心の赴くままに。
     盛り上がる音楽、声を上げる仲間達に手を振り、そのまま頭上で手拍子して、飛び回りながら雪華はダンスを盛り上げる。リアンまでが思わず手を打つ中、バック転でフィニッシュ、夢乃にハイタッチ。
     バイオリンに持ち替えたアルファリアが、情熱的な旋律をけれど優雅に深く奏でる中、夢乃はジャズのリズムに合わせて激しいブレイキングを交えて。
     リズムが速くなれば、素早く地を蹴り上体を捻ってのトリプルピルエット。静止からの跳躍、ステップからの縦回転横回転、上半身のばねを生かしたパワームーブからの、斜め逆立ちから片手で跳ねて空中で一回転する大技・エアームーブ!
     バック転で下がって「よろしく」とハイタッチ、バトンを渡された成実は、にこと笑って長い髪を揺らし、マテリアルロッドを一気に展開する。
    「はぁっ!」
     気合と共に一閃。己の戦闘経験を生かし、体全体でマテリアルロッドを振り回すそれは演武であり、演舞。
     風を切る音がリズムを刻み、掛け声が歌の如く彩りを添える。派手な動きの次には動きを止めて、動きを引き締め型を作る。
     くるくるとバトンのように回したマテリアルロッドを、大きく振ると同時に目配せ。意を汲んで動いたテトラと、剣を交わすように近づいて、けれど大きく振り上げた手が立てるのは乾いた音。ハイタッチ。
     四つのジャグリングボールを取り出したテトラは、太いベース音とリバーブのかかったドラム、それに合わせるアルファリアのヴァイオリンが奏でるダブステップと共に、ボールをくるくると優雅に取り回し始める。ターンと共にバックハンドキャッチ、目を惹くピルエット、透明感のあるメロディに合わせてボールとテトラが、一体となり宙を、地を、舞い踊る。
     そして派手なトリックからのフィニッシュ、さっとリアンの前に膝をついて。
    「ツ・エレス・コモ・ウナ・ロサ――」
     それは、スペイン語の口説き文句。
     君は薔薇のようだ。その言葉は、赤いドレスのリアンには良く似合う。
    「っ……」
    「これでリアンも救われ……」
     リアンの頬が、さらに薔薇のように真っ赤に染まり……、
    「ま、まだ負けたなんて認めないんだからね!」
    「なんと! 私に惚れるだけでは闇堕ちから戻れないのか!?」
     哀しきかな、戦闘で倒さなければ闇堕ちからは救えない。
     そして――まだ、負けを認めるまでは、一押し足りない。
     だからテトラとのハイタッチで、未来が前に進み出る。素早くギターに持ち替えたアルファリアが、情熱的なリズムを奏でる。曲種は――ソレア。
     そう、彼女が踊るのは、あえてリアンの土俵に上ってのフラメンコ。
     依頼を受けてからこの日までという僅かな時間で、必死に研究を重ね、練習を続け、リズムを体得し、振り付けは己の情熱で自由に。
    「――所詮、付け焼刃だよ」
    「確かにあたしのは付け焼刃かもな」
     リアンの呟きを聞き逃さず、未来は微笑んでみせる。
    「だが、フラメンコは情熱の踊り。技術より経験より、何より大事なのは……」
     くい、と未来は胸を張る。
     親指で、己の胸を指してみせる。
    「……Heart、だろ? 今のお前の踊りに心は通っているのかい、Lonely Bailaora?」
     手を伸ばすポーズと共に、仲間達全員が駆け寄ってきて。
     全員で踊るのは全く違う、けれど同じリズムに乗った確かに絆を感じさせるダンス。みんなで踊るのが楽しくてたまらない、幸せでたまらないと叫ぶように、歌うように。
     それとは対照的な孤独の踊り子は――がっくりと、膝をついた。
    「……心……楽しさ……そう、たしかにあたしには足りない。技術と怒りしか、なかった――」
     愕然と少女が呟いたのは、灼滅者達の勝利の証。
     けれど――それはまだ、彼女を助けるための、第一段階をクリアしたのみ。
    「だけど……あなた達を倒せば、あたしはまだ負けてない!」
     リアンの言葉と同時に、少年達がさっと進み出る。
     彼女の中の淫魔を倒し、彼女の心を呼び戻すのが――最後の、鍵。

     未来の激しいダンスが、戦闘の始まりを告げた。
    「さて……本気で行くわよ!」
     どくん、と脈打つように、夢乃の胸にスペードのマークが浮かぶ。そのまま駆け抜けた夢乃は、踊るように華麗な回転を決めながら拳を振るう。
     雪華の瞳にバベルの鎖が集まり、相手の動きが鮮明になる。ふ、と踏み込んで、雷を纏った拳を突き上げる。
     くるりと成実が回したリングスラッシャーから、小さなリングが分裂して雪華の周りをくるくる回る。少年の上げた誘惑の歌声を、弾き飛ばす。
     陽桜がディーヴァのメロディを奏で、舞がそれに誘惑を重ねて。
     テトラがシールドの出力を一気に上げて、シールドバッシュを仕掛ける。輝く盾の向こうから、テトラはにかっと笑って。
    「どうした! 私が眩しすぎて攻撃が見えないのか!」
     ギター持ちの少年を吹き飛ばす。
    「なんで皆あだ名で呼ぼうとしたか判るか?」
     す、とチェーンソー剣を引き、その防備を破りながら、未来が尋ねる。
    「それは、面白半分で……」
    「だが、それだけじゃない。残りの半分は……『親しみ』だ」
    「っ!」
     ぎゅ、とリアンが唇を引き締める。そのダンスに穿たれながらも、未来は必死に言葉を続ける。
    「皆、お前ともっと仲良くしたかった。だからあだ名でで呼んでたんだろ?」
    「でも! 私は……馬鹿にされてるかと思った!」
    「自分の名前が嫌い?」
     そっと夢乃が呼び掛ければ、幾分の迷いの後にこくり、とリアンが頷く。
     それに、ゆるりと夢乃は影の刃を伸ばしながら微笑んで。
    「でも、そこに込められた意味、考えた事あるかしら?」
    「意味……」
    「スペイン語で『絆』……。仲間と一緒に楽しく踊ることを忘れたら、あなたの踊りもあなたの名前も泣いてるわよ」
     ぐ、とリアンの拳に力がこもる。夢乃の言葉の意味を、そして自分の名前の意味を、思うように。
    「あなたの名前の意味を周りに伝えたことはある?」
     成実が続けて尋ねる。鬼神の力を借り異形化した腕を、淫魔を叩き潰せと振り下ろしながら。
    「……ない」
    「ならばお伝えなさい。誰もバカにすることはできない」
     だって、あなたの名前の意味は『絆』なんですから。
     清めの風が吹き荒れる。仲間と共に戦う、それもまた絆。
    「呼び名に悩んでいるようですが、ダンスの本質を忘れてはいけませんよ」
     いくら名前を弄られたことが、不快でも。
     それを力づくで押さえつける道具にダンスを使ってはいけないと、アルファリアは呼び掛ける。シールドを展開し、気持ちと力の盾を彼女にぶつけながら。
    「ダンスはリアンおねーちゃんにとっての勝ち負けの道具でしかないの?」
     純真な瞳を向けて、陽桜が呼びかける。歌と共に、影と共に。
    「ダンスは踊る人も見る人も皆で一緒に笑顔で楽しむもの、楽しいって気持ち、ワクワクする感覚、心をつないで一つになる感覚、とっても大事なことだよ」
     そしてダンスと共に、陽桜は呼びかける。それが、絆――リアンの名が表すもの、と。
    「リアンって『絆』なんやろ? あんたの今の踊りには絆と呼べるもんあるん?」
     雪華がじっとリアンの顔を覗き込む。ぐ、とリアンが言葉に詰まる。
    「絆を忘れた今のあなたじゃ、私達には勝てない!」
     はっきりと夢乃が叫ぶ。影の刃が、闇をしっかりと切り裂く。
     異形の腕が、少年の一人を思いっきり弾き飛ばす。
    「君と私はフォンニャ洞窟とスラム街ほどの差があるようだ」
     テトラがふっと髪を掻き上げ、鬼神と化した腕を己のものに戻して笑みを浮かべる。少年はぐったりと倒れ伏したけれど、確かに息がある。
    「だったら、ダンスの本質って何!?」
     叫んだリアンに、アルファリアは真っ直ぐな眼差しで伝える。
    「それは表現。想いを伝えること。上手いだけでは、意味がない」
     想いを乗せる拳も、真っ直ぐに。その淫魔だけを、穿つように。
    「フラメンコの本来の意味である情熱を伝えずに、恐怖を与えるというその行為、貴方の意に反して渾名を付けた人と同じ行為ではないの?」
     成実が叫びと共に、杖に宿した力を解き放つ。素敵な名を持ち、素敵なダンスを持つ少女が、その力を間違った方向に使って欲しくない、と。
    「ドリアンの硬い殻を破れば、出てくるのは甘い果肉ってな……」
     冗談めかした様子で、未来がニィと笑って死角からチェーンソー剣を振るう。裂けた服から、覗くのは踊りを愛する本当の心か、それとも。
    「……あたしはノーマルだからな?」
     え?
    「え?」
     ……うん、戦闘に戻ろうか。
    「私の治療は荒っぽいわよ♪」
     高らかな夢乃の天使の歌声が、傷ついたテトラを激しく、けれど優しく癒す。
    「今、癒すね♪」
     たゆんと張った胸を楽しげに揺らして、シールドリングを形作る。
    「ダンスの大事なこと、忘れてたら思い出して。また楽しむことから始めようよ」
     伸ばした手。優しい歌声。闇への誘惑ではなく、明るき道への誘い。
     その手を取った少女の頭を、未来のチェーンソー剣の柄がこつん、と叩く。
     うぐっ、とうずくまった少女は――やがて。
    「……ありがと……」
     闇からの救出に困惑したような、けれど明らかに安堵した瞳で、微笑んだ。

    「私も今度フラメンコ踊ってみたいな」
     舞の言葉に、リアンはにっこり笑う。あなたならきっと、みんなの目を惹く踊り子になれるから、と。
    「次は心から楽しんどるダンス見せてな」
     雪華の言葉に、少女は大きく頷いて。
    「今度は、私も一緒に踊らせてね」
     ――その日は、きっとやってくる。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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