炎獣闇を切り裂いて

    作者:飛翔優

    ●焔に狂いし少年は
     獣は駆ける。
     闇夜を照らし、地面を焦がし、誰もいない道路を宛もなく。
     ひと気がないのは幸いだったのだろう。もしも近くに人がいたのなら、車が近くを通ったなら、一目散に焼きつくしに向かっただろうから。
     まだ、獣の手は汚れていない。
     夜にしか現れぬ炎の獣は綺麗なまま。本来の姿たる少年も昼間は問題のない日常生活を送っている。
     もっとも……今はまだ、である。
     ……いつまでも炎の獣の前に人が現れないとは限らない。少年がいつ完全に闇堕ちしてしまうかもわからないのだから……。

    ●炎の呪縛から救うため
     放課後の教室で、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)はかく語る。
    「一人の少年が、闇堕ちしてダークネス・イフリートになる事件が発生しようとしています」
     通常、闇堕ちしたならばすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間の意識は掻き消える。しかし、彼は元の人間としての意識を残しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状態だ。
    「なので、イフリートと化した彼を打ち倒し、闇堕ちから救い出してきて下さい」
     次は少年の情報と、葉月は地図を広げていく。
    「彼の名は本田慎太郎、中学一年生。勉強は苦手ですが運動神経が良く、人当たりと面倒見が良い性格で何かと頼りにされている男の子です」
     それが、何の因果かイフリートとして覚醒した。彼は日中は通常の生活を送りながら、夜な夜な時間的にひと気のない道路へと飛び出して、イフリートの姿で街中を疾駆している。この際の理性はない。
    「なので、皆さんはこの時……イフリートと化しひと気のない街中を走り回っている本田さんと接触し、戦って下さい。打ち倒すことができれば、灼滅者として救出できるはずです」
     救出した後は、事情説明や学園への案内を。色々な事があって不安を覚えるだろう彼を安心させてあげるのだ。
    「とまあ、今回はこんな流れになります。最後に、戦闘能力について説明しますね」
     力量は高い、八人で相対して何とか倒せる、といった程に。また、特に攻撃力に優れているという特徴もある。
     攻撃方法は、爪に炎を宿しての、相手に魔炎と大ダメージを与える一撃。一撃一撃は軽いものの、連打によってダメージを積み重ねてくる連撃。
     その他、噴出させた炎を自ら飲み込む事により体力を回復し、相手の加護を破壊する力を得る、といったものも持ち合わせている。
    「以上が今回の説明になります」
     現地までの、そしてイフリートと化した慎太郎が駆けるルートを示した地図を手渡して、葉月は説明を締めくくる。
    「救い出すには倒せばいいだけ。ですが、強敵。決して油断せずに戦って下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    鈴城・有斗(高校生殺人鬼・d02155)
    志藤・勇(嘘をついても震えたままでも・d03333)
    柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)
    百枝・菊里(アーケインワーズ・d04586)
    石動・勇生(投げる男・d05609)
    牙・蛇(路地裏クレイジー・d10183)
    榎本・泰三(憤怒の拳・d11151)

    ■リプレイ

    ●夜空の下、焔の獣
     終電などとうの昔に過ぎ行きて、今は静寂だけが真夜中の空気を支配する町外れのガード下。トンネル入口の左右に生える樹木に身を隠し、榎本・泰三(憤怒の拳・d11151)は白い息を吐く。
     焔を纏い、駆けまわる、イフリートとして覚醒しかけている本田慎太郎。ひと気のない道を選んでいるのは恐らく敢えて。人を傷つけないため。
     無意識の内に抗い続けている、男気のある少年。こんな所で腐らせておく訳にはいかないと、拳をぎゅっと握りしめた。
    「できれば罠なんかも用意したかったところだがな……」
     静かな風が吹く頃には、大樹の枝に腰掛けている石動・勇生(投げる男・d05609)がそう呟いた。
     瞳に宿るは鋭い光、意味するところは狩人だろうか? いずれにせよ……彼は慎太郎が来るであろう方角に意識を集中させていく。呼吸の度に心を落ち着け、出撃の準備を整える。
    「あ、きたみたいー。じゃ、行こッかー」
     時計の長針が十数回の音を奏でた時、牙・蛇(路地裏クレイジー・d10183)が仲間たちに呼びかけた。
     指差す方角には赤く揺らめく焔の影。
     放つは禍々しく巨大な獣。
     勇生は視認するなり、腰掛ける枝に力を込める。
     彼我の距離と速度を勘案し、ちょうど相対できる位置を割り出した。イフリートがそこへとたどり着いた時、枝から飛び降り着地する。
    「さァ、これでここは通行止めだぜ」
    「闇を討つ刃を我に……」
     ブレーキを掛けて止まって行くイフリートの前に姿を表した柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)は、スレイヤーカードを夜空に掲げ剣を取り出した。
     久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)は物陰から飛び出すなり焔纏いし槍を突き出して、一歩分だけイフリートを退かせる。
    「さぁ、始めましょうか」
     ――!
     虚空に散るは桜の花弁が如き炎の残滓。灼滅者たちの戦意に呼応して、イフリートは気高く咆哮する。
     人が来る由などないガード下で、灼熱の戦いが開幕した。

    ●きっとそんなことは望んでいないから
     一度目の攻防は互いに避け、防ぐ。そんな、挨拶代わりといった様相で終幕した。
     二度目の攻防を切り開いたのは、最初と同様撫子。たおやかな動きから瞬時にイフリートの視界より退避して、無防備な後背へと回り込む。
    「説明も、ケアも戦闘が終わってから。今はきっちり倒すのが大事ですよ」
     槍を突き出せば、容易く肉へと潜り込む。
     苦悶の声を漏らしながら振り向きざまに放ってきた爪撃は、柄を盾代わりにして受け止めた。
     力と力をぶつけあい、競り合いへと持ち込んでいく。単純な膂力はイフリートの方が上だけど、仲間の攻撃があるが故に一方向への勢いは撫子の方が上。
     半ば動きを押さえつけたまま妖しの氷を発射して、イフリートを怯ませる。
    「ガラ空きだよ」
     生じた僅かな隙を見逃す理由はなく、刀弥がチェーンソー剣の駆動音を高らかに鳴らしながら切りかかった。
     響く音色は宛ら雄叫び。呼応したイフリートが撫子を振り払い右の爪を高く掲げるも、合間に入り偽りの肉を削っていく。勢いを与えきるや距離を取り、剣を真っ直ぐに構え直した。
     イフリートが炎を散らしながら猛追する。
     痛みなどまるでないかのように、軽快なフットワークで両腕からの突きを連打した。
     一つ、一つを剣で、時にはロングコートの裾で受け流し、刀弥はギザギザの刃に走らせる。連打が止んだ所に斬りかかり、偽りの命を吸収した。
    「お前の命、喰らわせてもらう!」
     言葉には、灼滅への願いを込めて。
     灼滅するために剣を振るい続けてきたけれど、もしも助けられるならば助けたほうが良いのだから。
     炎の宿る瞳が刀弥の姿をロックした時、不意にその巨体が持ち上がる。
     勇生だ。勇生が後方へと回りこみ、空高く投げ捨てたのだ。
     地面へと叩きつけられて、苦悶の声を漏らすイフリート。破れかぶれに着地点近くにいたライドキャリバーのアングに殴りかかったけれど、軽やかなライディングテクニックの前に空を切る。
    「その調子だ……アング、頼む!」
     鈴城・有斗(高校生殺人鬼・d02155)は更なる守護の命令を飛ばしつつ、イフリートの足元に幾多の銃弾を撃ち込んだ。
     が、打撃とはならないのか容易く振り払われ、イフリートは立ち上がる。
     高らかに咆哮し、再びアングへと殴りかかった。
     避けられないと悟ったか、アングはフルスロットルで抗って……。
    「今度こそ……!」
     タイヤがエンジンが唸りを上げている内に、有斗が再び地上掃射。今度こそ前足へと打ち込んで、競り合っていた巨体を怯ませる。
    「この調子で行くわよ」
     その隙に、百枝・菊里(アーケインワーズ・d04586)がアングを治療した。
     これからも元気に動けるように。
     最後まで主からの命を全うし、救済への道を辿れるように。
    「……ようやく、ノってくれたな?」
     そんな折、イフリートの頭を泰三の盾が強打した。
     怒りを覚えたか、イフリートの意識は泰三のもの。今まで競り合っていたことなど忘れてアングから目を離し、ただただ彼とのみ競り合い出す。
     灼熱の炎に抱かれて、戦いは更なる熱に包まれる……。

     幾多の呪縛に囚われて、動きが鈍っていくイフリート。勢いも、漏らす鳴き声も弱々しいものへと変わっていた。
     されど抗う姿に、蛇は小さく目を細める。ナイフを静かに構え直し、噴き出る焔に埋もれんほどに身を寄せる。
    「ネー、本当に何も感じないノー? 恐怖も、痛さも、喜びも全部、何も分からナイ?」
     焔の瞳に背を向けて、思いっきり斬りつける。
     何度も、何度も、傷口をえぐり出すように。
    「それッってすごくつまんないヨー。悲鳴の一つもあげてみせてヨ」
     鳴き声の代わりに漏れ出るは、弱々しい炎の残滓。
     苦しそうだと、志藤・勇(嘘をついても震えたままでも・d03333)は剣を握り直す。辛そうに顔を伏せながら、光の刃を放出する。
    「早く助けなきゃ。今闇を晴らすから……君も負けないでっ!」
     ――!
     願いむなしく、爪の一振りによって弾かれて、気高き光は闇に散る。
     元来のものに近い咆哮も浴びせられ、勇は足をすくませた。
    「……」
     学園に来てからはや半年。
     始めて対峙した相手もイフリート。
     自身もまた堕ちてしまうかもしれない姿を前にして、心が恐怖に満ちていく。
     けれど、手が震えたままだったとしても、逃げたくはないという想いに違いはない!
    「はああぁぁぁ!」
     頼りない足に鞭打って、剣を高々と掲げていく。
     光の剣を輝かせ、イフリートの瞳を焼いていく。
     熱が僅かに弱まった隙を活かし、菊里が泰三を治療した。
     視線はイフリートを捉えたまま、静かな言葉を投げかける。
    「大丈夫、ちゃんと止めてあげます。苦しむのはもうお終いよ」
     嘆く代わりに吠えるイフリートに、我らが救うと伝えるため。
     その為に我らが来たのだと、漆黒の弾丸をも撃ちだした。
     言葉の優しさとは裏腹に、撃ち出す弾丸は鋭く強い。焔の深い場所へと潜り込み、その肉体を蝕み出す。
     動きが更に鈍っていく。恐らくは痛みに耐え切れぬから。
     今は必要な痛みだから、有斗はアングに回復を命じながら一発の銃弾を発射する。
     イフリートは後方へと跳躍した。
    「無駄だよ!」
     避けても逃れられない追跡弾が、獣の額を貫いた。
     悲鳴にも似た咆哮が、終幕へのカウントダウン……。

    ●元来の瞳は優しくて
     空を焦がす勢いで、イフリートが炎を噴出させた。
     熱も、焔も灼滅者たちへと向かうことはなく、獣の顎に噛み砕かれ刻んできた傷が癒えていく。
    「のんびり回復はさせらンねえなあ!」
     回復するのならばそれ以上の打撃を与えんと、勇生がイフリートの巨体を持ち上げる。
     体をそらし、後方に頭を叩きつける……所謂スープレックスを打ち込んで、イフリートが得たであろう加護を打ち砕いた。
     それがなくても、傷つき弱々しくなっていたイフリート。一気に畳み掛けるのだと、蛇がジグザグな軌道を描く刃で切り裂いていく。
    「もうすぐ……だネ」
     ――!
     蛇の見立てを否定するかのように、イフリートは高く咆哮する。
     泰三へと向き直り、炎の爪を突き出した。
    「っ!」
     強打を敢えて受け入れて、泰三は腕を掴み取る。口の端を持ち上げて、見開いた瞳で語りかける。
     これは男と男の意地のぶつけ合い。
     傷ついても、呪縛に囚われても、変わらず強打を仕掛けてくる。こんなに強い存在と喧嘩しているんだと、いつまでも続けていたいのだと。
     だから、泰三もまた殴り返す。
     痛みなどつゆほども厭わずに。
     無論、その後もノーガード。軽快な連撃を受け入れた。
    「……はっ!」
     心躍るままに。
     誰も傷つけていない、本田慎太郎の意地ごとぶちぬくと、治療もせずに自慢の拳でぶん殴る。
    「……くれぐれも、油断召しませぬ様に……」
     傷も、痛みも厭わぬ様子に静かな息を吐きながら、撫子が治療を施した。
     さなかにも男たちは拳を交わし、心を思いを伝え合う。
     その姿に何かを感じたか、あるいは全ての勇気を振り絞ったか。
     腕の震えを止め、抜けそうになる腰を知ったして、勇が天高く跳躍した。
    「勇って名前は伊達じゃぁないんだっ!!」
     蛇が斬りつける中、泰三が殴りあっていく中に割り込んで、刻むは輝く刃の軌跡。
     抗い続けている慎太郎を照らせるように、勇が掲げた勇気の証。
     輝きが焔を凌駕した時、獣はゆっくりと崩れ落ちる。己の炎に包まれて、動かぬその身を焼いていく。
     全てが晴れる頃にはもう、暴れまわっていた獣はいない。
     本田慎太郎その人が夜空の下、ただ安らかに眠っていた。

     灼滅者たちは武装をしまうなり、慎太郎をガード下の近くにあったベンチに寝かしつけた。風邪を引かぬよう防寒具なども被せ、目覚めの時を待ち望む。
     瞳が開かれたのは、戦いが終わってから数分後。おぼつかない様子で目を擦る彼を抱き起こし、勇が優しく話しかける。
    「大丈夫、もう怖くないよ。君自身が闇に打ち勝ったんだから」
    「え……君たちは……僕は……」
     記憶が曖昧なのか、はたまた覚醒仕掛けているだけか。有斗が正面から覗きこみ、そっと説明を始めていく。
     色々有ったと思うけど、僕達は仲間……同類だと。同じような能力を持ってる人がいて、その人達は平和に暮らせる方法を知っていると。
    「……なるほど。うん、大体わかってきた」
    「ええと……僕達の話、聞いてくれる?」
    「ああ」
     しっかりと頷いてくれたから菊里が代表して口を開いた。
    「まず、私たちは武蔵坂学園の生徒。私たちが来たのは、慎太郎さんの状態に関係があったのですが……」
     慎太郎の身に起きていたこと。世界で起きていること。これからのこと。
     一気に情報を与えられて混乱する様子も見せたけど、概ね前向きに受け取ってくれているようだ。
    「……」
    「これはみんな夢じゃないわ。だからこうやって手を伸ばせば手をとることができます。一緒に来ませんか? って。ね?」
     だから、笑顔で手を差し伸べて、慎太郎の返事を待ち望む。
     迷う素振りも見せたから、蛇が続いて語りかけた。
    「イマイチ分ッてなくても、大丈夫。ボク達と一緒に学園に来たなら、わかるからさ。君ならきっと大歓迎ダヨ?」
    「……そうだね。うん、みんなには感謝してるし……よろしく頼むよ」
     促され、菊里の手を取る慎太郎。しっかりとした足取りで立ち上がっていく彼に、刀弥は芝居がかった調子で歓迎する。
    「闇との戦場へ、ようこそ」
     これより開かれるは闇との戦い。
     されどそれは、灯火を持つ者たちが抗うための、希望へと向かう戦いだ。
     今宵、勝利を願う新たな灼滅者が誕生した。道を違えず進んでいけば、いずれ望む場所にもたどり着けるだろう。
     祝福し、労うように、空では月が輝いていた。星々も静かに瞬いている。
     数多の光に照らされながら、彼は一歩を、踏み出した……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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