Just a game

    作者:一縷野望


     夕暮れの紅は闇より彩りがある分、救いがなくてタチが悪い――。
    (「南へ、行こう。奏(カナ)と一緒に」)
     寒風すら忌わしい。生まれ育ったこの土地を嫌うのは奏という愛した女と添い遂げることができぬから。
     だが、駆け落ちの待ち合わせに現れたのは、彼女と似た面差しの少年、弟『演(のべる)』だった。
    「姉さんは来ないよ」
     驚愕に開かれた唇が纏う白い息から目を背け、演は申し訳なさそうに俯いた。
    「駆け落ちがバレてさ、座敷牢に監禁された」
    「な……」
    「義兄さん」
     演は噛みしめるように姉の恋人をそう呼んで、紫の包みを彼の掌に置いた。
     揺れ落ちた紫の布から見えるのは銀色の切っ先。瞳を見開く男を、演は真剣な眼差しで絡め取る。
    「ねぇ、このままだと姉さんは愛してもいない人と結婚させられちゃう。僕そんなの嫌だよ」
     息するように嘘をつく、ポーカーフェイスはgemaではとても重要なファクター。
    (キミと姉さんが駆け落ち成功――つまらないよねぇ? そんな平坦なending)

     帰宅した演を出迎えたのは旅支度をする姉の奏だった。
    「誠さんは、待っていてくれるって言ってましたか?」
     ようやく出かけた母の目を盗んだ旅支度。だが返るのは、悔しげな慟哭。
    「僕見たんだッ! アイツが他の女といるの! 『奏は金づる、いくらでも金が出てくる』って」
    「嘘?!」
     駆け落ちを気取られぬよう連絡は控えた方がいい、そんな演のアドバイスをかなぐり捨てかけた電話に、果たして誠はでなかった。
    (彼には『姉さんの携帯は父さんが取上げたからでちゃダメ』って言ってあるしね)
     嗚咽を零す唇は三日月の形に歪む。
    「姉さん」
     じっとりと地の底から見上げるような瞳は、実はgameの駒を見る軽々しさに満ちている……けれど駒は気づけない、先程の駒もそうだった。
     演は姉に剥身の銀刃を手渡す。
    「奴は深夜にこの家に来る、そういう風に唆しといた。その時、これを使えば彼を永遠に姉さんのモノにできる……よ」

     ――僕ね、そろそろこの家やキミ達に飽きたんだ、だから壊してよ、盤を。
     

    「他者の人生をgame扱い、良いご身分だね」
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は淡々と切り出した。
    「gema……ですか」
     標の隣で機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)は平坦な声で紡ぎ黙りこくる。滲む感情は――。
    「永久、羨ましい?」
     羨望。
     自分でも気づけなかった感情の綾を拾われ僅かに開かれた瞳は再び細くなり、瞼に隠れた。
    「予測の話をお願い、します」
    「そうだね、折角ボクの予測にひっかかったんだしね」
     ほんの僅かだけれど、ダークネスの蹂躙をねじ曲げられる可能性は無駄にはできないと、標は口火を切る。
     
     時刻は深夜。
     舞台は灼滅対象・演の自宅。
     この地方では名家と呼ばれる駿河家の中、惨劇は起る。
    「まず……駿河・演に唆された駿河・奏の恋人の誠が家に押し入り駿河夫妻を、殺す」
     これ以前に押し入ればバベルの鎖の効果で予知され演は逃げる。
    「つまり、駿河夫妻は助からない、ということ、ですか?」
    「ん」
     長い烏羽髪を揺らし、標はあっさりと頷いた。
     惨劇を演はじっと観賞しているらしい、親を殺され震える雛鳥の仮面をかぶりながら。
    「両親が殺される間、奏は恐怖で何もできないっぽい……でもね、両親が殺されたところで彼女は抱きしめに来た誠にナイフを突き立てるよ」
     ぐさり。
     標の緩く解けた指先は、まるで小振りの刃物を持っているようで、肉の割れる音すら聞こえた気が、した。
    「その前に襲撃をかけるか否かはみんなに任せるよ」
    「誠さんを助けない意味はあり、ますか?」
     永久の問いに標は答える。
    「誠を刺した後、奏は放心状態に陥るから、此方側で制御しやすいと思うよ」
     逆に生きていれば……狂乱状態の誠と奏は、この度の灼滅対象である演に依存し信頼している。黙って演に攻撃を仕掛ければもちろん邪魔をしてくるだろう。
     演にとって彼らは『駒』
     単純に眠らせるだけなどで誠と奏が戦場にいれば『ふたりを殺す』などの揺さぶり材料にする可能性が高い。
    「だから、奏と誠の生死は問わないよ」
     実際にそうしてふたりが殺されても責める者は誰もいない。灼滅が一番の目的だと再確認するように、標はきっかり言いきった。
    「足手まといにならぬよう留意、します。よろしくお願い、します」
     頭を下げれば片側だけ伸ばした黒髪が揺れる。
     それを契機に戦場にむかいだす灼滅者達を瞳におさめ、標は教卓の資料を片付けるべく指を伸ばした。


    参加者
    天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    井達・千尋(魔砲使い・d02048)
    小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)
    椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)
    深嶋・怜(麁玉・d02861)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    御手洗・黒雛(気弱な臆病者・d06023)

    ■リプレイ


     ――やめて、と。
     黙り込む姉の傍ら、黒幕は頬を涙で濡らした。
    「ひッ」
    「奏ッ、奏をアンタ達の『家』という妄執からッ、解き放つゥ!」
     銀のナイフは謂わば鍵。
     心の奧で抑圧されていたモノの手を引き外に連れ出すアイテム。

    『人生は所詮game』
    『生い立ちは駒として輝く為の背景設定』

     さぁ、この刹那にして最高の盤上で踊れや踊れ!


     狂乱の惨劇が望める窓際にて、小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)は淡々と紡ぐ。
    「請け負った仕事に忠実であること。俺は全てを救うなどと言う気は無い」
    「何故」
     過去を亡くしなお己が保てるのかと機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)が問う前に、
    「――さて、行くとしよう」
     麗は腰をあげた。

     粘つく赫を擦りつけた銀刃を握り、誠は達成感に満ちた顔で歩き出す。
    「奏、もうお前の心をねじ曲げる奴らはいない」
     血が染みた絨毯は粘液質の音を立て27.5cmの足跡を刻む。
    「牢獄を出よう、倖せに暮らそう」
     瞳に涙を滲ませ女は顔あげる。
    「嘘吐き」
     手には銀。ふらつく足のせいで揺れて、月明りを吸い再び闇に沈む。
    「私の事なんて愛してらっしゃらないくせに……」
     かちかち……。
     隣で歯の根があわぬ怯えた音を響かせる弟を庇うように姉は立つ。
    (うんそう、斃れるように刺せばいいだけだよ、姉さん)
     そんな姉の肩を握り、震える素振りで前へと押した。
    「ダメだよ」
     ……きッ。
     だが、銀刃はより繊細にして剛胆なる刃先により止められる。
     眼鏡を押し上げて、椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)は誠との間に立ちはだかる。
    (家族ならもっと仲が良くあるべきなんだ)
     願うは、もはや手遅れでしかないこの家族が純粋に慕いあっていた時期があった過去。
     所詮、過去。
     未来じゃ、ない。
     き、きき……。
     軋むようにか細い力で刃を押す女の手首を、と……と、柔らかく叩き祓うと、深嶋・怜(麁玉・d02861)は俯いたまま、紫苑だけを誠に向け口ずさむ。
    「あなたの愛した人があなたを傷つけることなんて望まない、そうだよね?」
     愛するが故に殺人者と堕ちた愚者へ。
     愚行は愛する人の身内を信じたから・水の流れに沿うように当たり前に疑いもせぬ誠に向けるは憐憫か羨望か。
    「俺を……殺す?」
     唖然とする誠に小さな声が響いた――姉さんを助けて、と。
    「ああ、俺は奏の心を踏みにじるこいつらを!」
    「嘘吐き、人殺し」
     手首を撫で鬱々と唱える奏に再び刃は差し出される。
    「動くな!」
    「ひ」
     井達・千尋(魔砲使い・d02048)の声に、演は刃先を折り仕舞ったナイフを姉のポケットに『偶然』落とし、びくびくと震えた。
    「器用に怯えるフリまでするとか、雛鳥ちゃんは健気で可哀想ですねー」
     手癖の悪さに眉顰め、千尋は嘲笑うように演を睥睨した。
    「――」
    (新しい駒か)
     見知らぬ9人、いやもっと多くの気配察知。演は涙を溜めた瞳の奧で冷静に『game ruleの変更』を認める。
    「こ、この人達が誠さんを唆したんじゃ……」
     千尋の会話には乗らず、駒ふたつを混乱に落とすことをまずは選んでみた。
     ――彼のゲームのルールは決して自分が表に出ない事。
     龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)は、足音忍ばせ近づきながら思索を巡らせる。
     名家の重圧、実は苦しんでいたのは長男である彼ではなかろうか?
     その防波堤になっていた姉が駆け落ちで消える、その事実が彼にトリガーを引かせたのではなかろうか?
    「行動には理由があるはずです……」
     いつもは呑み込みがちな声を一所懸命手繰りだして、御手洗・黒雛(気弱な臆病者・d06023)は続けた。
    「誠さんは何故ご両親を殺したのですか……?」
     愛する人は嘘吐きじゃないと想い出して欲しいと黒雛は願う。だから演が誘った問い掛けを澄んだ形で今一度。
    「奏を救いたいからだ。奏は座敷牢に閉じ込められて……」
     演は自分が吹き込んだ事を誠が吐くのをBGMに次の手を考える。
    (姉さんの嫉妬心を煽る?)
     姉が持たない沙耶の鋭い美貌にplanを立てるも、
    (でもすぐに役立たずにされて終りそう)
     速効破棄。
     闖入者達が今自分が持つ力と拮抗しているのも見えてしまった、姉や誠が敵うわけはない。
    「ねぇ、2人が持ってる銀色の刃は誰がくれたの?」
     さらさらり、
     涼やかな水をかけ目を醒ますように、怜は恋人達に投げかけた。
     肉にめり込む刃の感触、自分のしでかした事に今さら気付き、誠はナイフを取り落とす。
    「これは、こんな……俺は……ッ」
     錯乱。
    「人の命を使うゲームとかアホじゃねぇの」
     惨めな誠に鼻を鳴らし、千尋は莫迦にするように演を見下ろし嗤う。
    「殺人鬼が今さら何を。父様と母様を、返してよ」
     裏返る震え声。だが演は千尋と似た笑みを一瞬だけ浮かべる、わざと。
    (まったく同意。駒の捨て時が重要だね)
     騙して遊びたかったんだけど仕方がない。
    「盤の前にプレイヤーをデストロイ?」
     す。
     猫のように忍び寄っていた天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)は、奏と演を切り離すように間に立った。
    「捻じ曲がったゲスの臭いがプンプンするデース」
    「?! きゃ、ぃやぁああ!」
     息を呑む奏は、今さらあふれ返る血の香りに気付き口元を抑えた。それは演の掛けた罠のような高揚が解け始めていることを示すに他ならない。
    (面倒くさいなぁ)
     カタコトサムライの揶揄に、いっそ攻撃開始しようかと演の眉根が寄る。
    (別のgame盤用意しないとかぁ)
     その反応に存外この少年は唯の少年なのかもしれないと読み取ったのは、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)だ。
     咲哉は誠を見て声を響かせる。
    「『座敷牢に監禁された』」
     続いて奏に視線を向けて。
    「『奏は金づる』」
     続けて咲哉が黒幕を暴く前に――惨劇の奏者は、解体ナイフを姉の頬に向け突き立てた。


     姉の顔に消えぬ醜い傷を穿ってやろうと思った。
     果たして刃は奏の肉を喰んだ。
    「させないよ」
     ――椙杜奏という青年の二の腕の肉を。
    「全てが君の意のままに進むと思わない方がいい」
    「きゃあぁ!」
     したたる血液、今や完全に魔法が解けた女が腰を抜かすように仰向けで倒れる。
    「自白したも同然ですね」
    「かな?」
     沙耶が回り込み言葉の鞭で打つが、演はさして気にした風もなく手元に魔力を招き寄せた。だが、姉に追撃を行えぬようレィ、永久が割り込むのを見てターゲットを誠に切り替える。
    「演く……」
     自分の罪に苦しみ、暴かれた真実に隙だらけ。
    「本田」
     苗字で呼ばれるのを好む怜は、また相手の事も苗字で呼び警戒を喚起する。けれどそれで彼が攻撃を避けられないのは、先程読んだ表層意識からも明らかだ。
    (動けはしないだろうな)
     仲間の視線に頷いた麗は、転がり込むように誠の前に立ちはだかる。そして誠の命を削る魔を代わりに受けた。
    「お姉さんを殺すのは……ダメです……」
     奏を抱き留めた黒雛は、演の躊躇いの無さに声を詰まらせる。
    「どうして?」
    「家族内で殺しあうなんて……嫌です……」
    「それ、キミの独善だよね?」
     この子は崩せるかなと試しながら、抱き留められる姉へ緩慢にナイフを近づける、先程まで姉が恋人を殺そうとしていたナイフを。
    「ホント、くっさいでゴザルなぁ」
     ウルスラは肩を竦め、手首ごとナイフを振り払った。
    「さっさと逃げろ。二人一緒なら大丈夫」
     誠の手を強引に引いて立たせ奏と繋がせると、咲哉は強い力で2人を出口へと押し出す。
     だがふらつく2人の足は崩れ前へと進めない。当たり前か、異常な事態がようやく理性に追いついてしまったのだ、後は錯乱するしかない。
     ならば、
     その錯乱すら奪えと怜は威圧を麗は殺意を放った。
    「やってる事、僕より原始的じゃない」
     肩を竦め演は姉の頬を掠めるようにナイフを投げつける。
    「やめて……」
     何故執拗に姉を狙うのか、黒雛は射線に立ちはだかり泣き出しそうな声で抗議するも、演は何処吹く風、いっそ無垢に笑い返す。
    「君が苦しんでくれるから、止めないよ」
     かん。
     澄んだ音。
     桜色の霊犬が飛びナイフを弾き落としたのだ。
     その隙にいろはが手を引き、亮が返り血を隠すためタオルで覆う。夜桜と空、紅達がドアを開き、草灯は奏の擦り傷に包帯を巻く。
     敬礼の真が出ると同時にドアに凭れた蓮璽は砦となる意志を固めた。
    「葛桜、えらいえらい」
     拍手の千尋は、盤がひっくり返るような手つきをすると人の悪い笑みで続ける。
    「駒を全部取られちゃったけど、今どんな気持ち? ゲームマスターさんよぉ」
    「んー……」
     演は自分の心を探る。
     これは……携帯ゲーム機のソフトを入れ替えるような感覚。
    「新しい駒でどんな風に遊ぼうかなっって、わくわくしてる感じかな?」
     プレゼントを貰った子供のように無邪気な笑み。
     だが、プレゼントをくれる親はこの子にはいない――殺すよう仕向けたから。


    「大体、設定見えたしね」
     演が指さす黒雛を中心に咲く氷華。怜と千尋を巻き込み咲き誇る。
    「まぁ」
     ウスルラは藤髪の背後から漆黒の影を招く。
    「悩むことなく灼滅出来るのは良いでゴザル」
     軽やかな声と相反するようにドス黒い怨嗟が演へ巻き付いていく。
    「憂いはなくなった、であれば後は為すだけだ」
     惑いが生まれないのは過去を全て亡くしたからか、麗は作業のように無造作に演の頬を殴り飛ばした。
    「お兄さん、つまんない顔してるね」
     ぺっと血を吐き捨てる演にゆらりと降る影。
    「あれ?」
     そこには数時間前に「おやすみなさい」と言ったままの両親が立っていた。
    「残念、両親を仕留め損ねていました」
     きょとりとした刹那を狙い、沙耶は演の腹を螺旋で穿つ。
    「逃れたかったんでしょう? 名家という重圧から」
    「そんなことないよ」
     悟られてはいけないと唇を結べばより雄弁に物語っているようで、悔しい。
    「その苦しみ……あなたの設定、ですか?」
     永久は糸を引く、予測を聞いた時から続く『羨望』が形を為しはじめているのを感じながら。
    「親御さん、殺したい程憎かったのか?」
     罪の証、友の形見で咲哉は演を薙ぎ払う。できれば罪の意識で抗う過去があったのだと祈る気持ちは鉄面皮の内側に隠したままで。
    「命を蔑ろにしたのは事実だよ」
     先程、姉の罪を防いだ白銀を掲げ、奏は彼の罪を突きつけた。
    「はっ! 君達に言われたくないねッ!」
     確かに先程誠が両親を屠っていた。でも今はgameの最中で無力に投げ惑っている――つまり復活の魔法だかなんかを『やらかした』のだ、彼らが。
     十字に切り裂かれ躰の動きが鈍るのを感じながら、演は更に言葉を連ねる。
    「命を駒にしてるの、君達だって同じじゃん」
     その揶揄は実際に走馬灯使った沙耶より、家族の絆を大事に思う黒雛と密かに奏を打ちつけた。
    「人でなし」
    「ッ……」
     反論できない。
     傷ついた麗へ符を飛ばか黒雛は、哀しみで唇を噛み兄のお下がりのパーカーの裾を同じ強さで握り俯いた。
    (泳ぎきれてない、意外と)
     喉震わせる怜の声は千尋の傷を塞ぐ。彼の挑発的な態度は今後も攻撃を引き寄せそうだ。
    「へぇ、どんな設定が見えたんですかー?」
     教えてよと口元を歪める千尋の放つ呪いの弾丸、仰け反る演を二匹の霊犬が刃で刻む。
    「俺の設定も……教えて、ください」
     演を蝕む全てを広げようと放った糸は軽く祓われる、それはお前に設定などないという返事に思えた。


    「みんな割と冷血だよね」
     それがお似合いだと言わんばかりに、演は氷を好んで使う。もちろんあくまで見切られぬ範囲でである。
    「よくそう言われるでしょ?」
    「どうだかな」
     怒りで惹きつけられた魔力の迸りを麗は冷静に受け止める。黒雛と怜と律の癒し手が塞ぐという陣は、盤石ではあるが、攻め手に欠けるとは言わざるを得ない。
    「今治します……」
     前髪の下の瞳を伏せて少女は懸命に役割を果たす。
    「足下ふらふら」
    「ゲームマスター様こそ、自ら打って出るなんて負けフラグですよー」
     後は煽り台詞の多い千尋を狙うことが多い。その辺りは子供というべきか。攻撃対象がコントロールできるのは利点ではあるが、後衛が巻き込まれるのが難点か。
    「減らず口のマナー違反! 退場!」
     解体ナイフに寄せられた怨嗟が癒し手2人を含む後衛へ降り注ぐ。
     数々の戒めを受けなまくらな力、いや、ようやく勝負になる所にまで引き摺り落とした魔力が爆ぜる。
     それは長期戦にもつれ込んでいた後衛の膝をつかせる威力を有していた。
    「わぅっ!」
     レィが主の代わりに受け斃れ、
    「先程から物言いが悪趣味ですよ」
    「どの口が言うんだかな」
     庇ってくれた沙耶に千尋が憎まれ口。
     確かに死体を使うなんて趣味が悪いにも程がある。
    「レィ……」
     ありがとう、と同時にちょっとしたため息。それでも何度目かの癒しの謳を紡いだ。
    「癒される~な歌とは違うでゴザルが……」
     けっとウルスラは口元を歪めると、歌声を張り上げる。
    「鼓膜が破れるまで聞いていって貰うデース!」
    「あんたの子守唄、うるさいよ」
    「お褒め頂き光栄でゴザル」
     藤を指に絡めにたり、回復するかと試すように睥睨する。
    「おやすみ」
     だが暇を与えず、奏が手繰り寄せた炎を演へとつきつけた。
    「やっ……熱いよっ」
     何処か軽い悲鳴に、奏は瞼をおろす。
    「十分、幸せな生活を送れる家庭だったのにね」
     仮初めに起こされた両親達は、戦いに巻き込まれ再び斃れ伏していた。その無残さに演は何も想わないのか。
     それが、辛いし悔しい。
     炎を広げるように永久の糸が奔る。
    「チェックメイト」
     火だるまの少年を鈍色の刃で袈裟に斬りあげて、咲哉は瞳を眇めた。
    「狂わなくても斃せる?」
    「「……」」
     その問いに咲哉は、そして藤から指を外したウルスラは答えない。
     攻め手が少なく長期戦にもつれ込んだ薄氷の上の戦い、演が此処で斃れなければ――そう、闇夜の心に指を伸ばした局面は確かにあったから。
    「狂ってない僕を斃すために、君達は狂わなくても、平気?」
     あどけない問いに一同は息を呑む。
     狂ってないと本気で言うのか? 両親を手に掛け、姉と恋人の人生を弄んだこの少年は。

     夕暮れの紅は闇より彩りがある分、救いがなくてタチが悪い――。

     正気を携え会話を愉しむ演を、斜めに振り上げた刃を振り下ろし切り裂く。
    「gameは終わりだ」
    「あはっ!」
     炎の中、確かに聞こえた無邪気な声はこう続く。

     ――じゃ、新しいgameがはじめられるね!

    「僕はもう駿河家の……」
     ごとり。
     胴を裂かれた少年の声はテープが切れたようにぷつり途絶えた。
     自分の人生すらただのgame、そんな演の想いを知ったところでもはやどうしようもない。
     やっぱり演は狂っていた――此は灼滅者達を正気へ結びつける安寧の呪文。
     呪文はもう一つ――奏と誠を生き延びさせることができた。例えその人生は壊れてしまったのだとしても、命はまだ砕けていない。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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