ササカマンの挑戦

    作者:遊悠


     宮城県仙台市。東北地方唯一の政令指定都市でありながらも、中心地に驚くほど豊かな緑の景観が存在する所から、杜の都と謳われる街である。
     駅周辺から広がるメインストリートではその趣が顕著であり、夏は深緑のケヤキ並木から零れる涼しげな木漏れ日が、冬は電飾を施された並木道の光のシャワーが楽しめる。
     しかし環境、祭事、そして名品に恵まれた穏やかなる街にも、忍び寄る闇は存在していた。というより『奇怪な事件』が頻発するようになったのである。

     それはある日の出来事。
     恰幅の良い男が食堂から出てきた。食事の時間はそれは素晴らしいものだったのだろう。美食の余韻が熱く深い吐息となって現れる。
     男は肩で風を切りだす。すると目の前に奇妙なシルエットが浮かび上がっている事に気づいた。
     ……何だ、これは。
     風にたなびくトレンチコートのシルエットに、妙に細長い影が重なって見える。肥大化した米粒。いや、その形はむしろ海外産の米に近い。更に喩えるならば大判、小判――。
    「貴様……恥を、知れ」
     喋った。もの凄く良い声で喋った。満腹の胃袋にずしんと響くテノールの低音。男は得体の知れない恐怖に襲われる。
     近づいてくる物体。露になるシルエット。僅かにぷるぷるした動き。焼き目の入った、香ばし気な練り物のような質感――いや、練り物そのものである。
     笹蒲鉾だ。これは服を着た巨大なささかまぼこなのだ!
    「その程度の品で満足しているようでは話にならん。来い(カマーン)……俺が教えてやるよ。本物の名品って奴を……な!」
     そう言うとかまぼこはニヒルに笑っ……たのだろうか? 練り物の表情を読むことなど、一般人たる男には到底出来ない事だった。
     混乱と恐怖の渦中にありながらも、男は当然激しい拒否反応を見せようとする。
    「チッ、チッ」
     だが指らしきものをぷるぷると振るかまぼこは、クール? にそれを遮り、有無を言わさない。
    「食えば解る。本当の名品ってのはな」
     かまぼこの怪奇なる外見に輪をかけて狂った性格に否応無く流され、男は強引に拉致される。練物賛歌を自ら口にするその時まで、ひたすらかまぼこを供応される事になるのだ。
     困惑と狂乱の叫び声をあげる男。悠然とさっていくかまぼこ。混沌極まる光景を、先ほどまで男が入店していた牛タン屋の暖簾だけが寂しく見つめていた。


    「お前達! 待たせたなッ!」
     既に集まっていた灼滅者達の前に現れたのは、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だ。
    「話には聞いていると思うが、今回の依頼はちょっとした遠出になるぜ。何でも仙台の方で厄介な『ご当地怪人』が面倒ごとを起こしているらしい。その名も『仙台怪人ササカマン』だ。自称虐げられし名品達の代弁者……らしい。くッ、中々魂に響く肩書きじゃねえか。なァ?」
     残念なことに賛同の声は一つとして上がらなかった。
    「……。ン、ッン。ぁー……とりあえず、だ。こいつは仙台市一帯を根城にして、妙な行動原理を持って活動しているらしいぜ。『笹蒲鉾』以外の地元の名産品を認めず、ちんけな悪事を繰り返していたんだが……最近はもっと直接的な行動に出ているらしい。笹蒲鉾を随一の名産と認めるまで、ひたすらそれを食べさせ続ける。迷惑な話だよな。全くよ」
     ヤマトの話に危機感を見出せない一同は、しきりに首を傾げているようだった。だが……。
    「恐ろしい奴だぜ。奴は数多ある名産を全て淘汰するつもりだ。俺の全能計算域(エクスマトリックス)がそう弾き出してるんだよ。このまま放っておけば、仙台の名産は唯の一つになり、日本の名産が唯の一つになり、世界の名産が唯の一つになる可能性だって、あるッ! それを俺達がッ! 灼滅者がッ! 武蔵坂学園がッ! 見過ごすわけにはいかねえぜッ! そうだろ!?」
     大仰なヤマトの気魄が、学生達に半ば無理矢理伝播する。全国何処へ行っても食べられるのは蒲鉾ばかり――それは薄ら寒い話だ。
    「ま、それだけじゃなく、地元の皆さんは大変困っているみたいだしな。仙台っていやぁ、牛タンにお萩カスターにずんだもち……それらの業者がこぞって営業妨害を受けている。何より真っ当に笹かまぼこを売っている何の関係もない人達にも、良い迷惑だぜ。何とかしてやってくれ」
     美味なる名産品を守る為に、一同は立ち上がらなければならない。ヤマトは強い瞳の力をもって灼滅者達を見つめる。
    「奴は笹カマボコ以外の名産品に、異常な程の執着を見せているようだ。観光がてらにどっかで食事でもしていれば、すぐに出てくるはずさ。負けるような相手じゃねえけど、妙にぷるぷるしていて、耐久力が高いらしい。油断はするなよッ!」
     概要を聞き教室を出ようとする一同だったが、ヤマトに呼び止められ何事かと振り返る。
    「あ。俺への土産は限定の政宗くんジグソーパズルで。ヨロシクッ!」
     ……皆、曖昧な頷きを返した。


    参加者
    句上・重蔵(ニンジャ・ドッグ・d00695)
    霧島・竜姫(中学生ご当地ヒーロー・d00946)
    立湧・辰一(カピタノイーハトーブ・d02312)
    阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)
    中屋敷・鉄子(私が中の人だッ・d03777)
    炎群・烈斗(炎のさだめ・d04353)
    野々上・アキラ(野毛坂イエロー・d05895)
    小清水・三珠(茨城沙悟浄・d06100)

    ■リプレイ


    「牛タン弁当の面白い処はだな。石灰を利用した加熱装置が付いていることで――」
     目当ての駅弁を購入し少々上機嫌である、小清水・三珠(茨城沙悟浄・d06100)の薀蓄を耳にしながら。一行は観光用循環路線バス『ムゲンループ仙台』の中にいた。
     目的地、青葉城への直通路線でありながらも、瑞鳳殿などの観光名所を巡るこのバスは、皆々の観光気分と主目的を満たすにお誂え向きだったのである。
     主目的とは、『仙台怪人ササカマン』の討伐だ。
    「すっげー。楽しみだなー。オレ、ぎゅーたんべんとー食べてみたかったんだよなー! おとなのあじって本当かな?」
     三珠の薀蓄に瞳を輝かせている野々上・アキラ(野毛坂イエロー・d05895)からは、目的が摩り替わっている風すら伺えたが。あくまでも討伐が主任務である。
    「おいおい、確かに楽しみは楽しみだが本来の目的を忘れないでくれよ?」
    「勿論だ。美味い牛タン喰うッ! 喰いに来たッ!」
     見かねて口出した句上・重蔵(ニンジャ・ドッグ・d00695)の苦笑は、中屋敷・鉄子(私が中の人だッ・d03777) の自信に満ち溢れた一言により、更に深まる事となった。
     繰り返すようだが、あくまでも討伐が主任務である。
    「ふふっ、楽しみですねー」
     阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)の和やか声と共に、観光バスは至極のんびりと灼滅者達を目的地へと運んで行く。
     やがて仙台の清流・広瀬川を横断し、地域開発の煽りを受けほぼ廃村と化している寂れた城下町を過ぎると、見事な石垣が目に飛び込んでくる。目的地へ到着したようだ。
     青葉城は『城』と冠する観光名所でありながらも、その実城の城たる要素は殆ど失われており、土台となる石垣のみが未来への遺産として残るのみである。
     しかし江戸切造りの石垣の磐石。その堂々たるやは土台の存在のみでも、よってたつ居城の荘厳さを思い描かせるには充分だ。
     この場所で何よりも目を見張るのは――。
    「わあ……凄いです!」
     霧島・竜姫(中学生ご当地ヒーロー・d00946)も放心するかのような、大展望からの絶景。涼風と共に市内を一望できるメインスポットだ。炎群・烈斗(炎のさだめ・d04353)も彼女に続いて頷く。
    「ああ、こりゃ凄いな。こりゃ本当に飯が美味くなりそうだぜ」
    「確かにな……ああ、あっちに土産屋が幾つかあるみたいだ。誘き寄せも兼ねてこの風景と一緒に飯にしようか?」
     風景に心奪われる一同に、立湧・辰一(カピタノイーハトーブ・d02312)の提案。それに対する答えは単純明快。
    「大賛成だッ!」
     異論など存在しようはずもなかった。


    「うっおーっ! 何それ!? 三珠のべんとー煙でてるぜ! すっげーなー!!」
    「ふふん、だろう? こいつがキモなんだぜ」
     展望広場にて三珠とアキラが過熱式弁当を広げて盛り上がっている間に、他の者たちは『笹蒲鉾』以外の名品に舌鼓を打ちつつ、土産の品に目星をつけていた。
     牛タン串を嬉しそうに頬張る鉄子以外の女性陣は、お萩カスターを片手に『ゆるふわ独眼にう』という、謎のマスコットを前で話に花を咲かせている。
     傍から見るまでも無く、明らかに観光を満喫している一団でしかない。だがこれはあくまで、作戦の一環である。はずだ。多分。
    「怪しい奴はいたかい?」
    「いや、それらしいのは居ない。ふざけたビジュアルなら一目で解るはずなんだが……」
     土産袋をたんまり携えた烈斗と辰一は顔を見合わせる。この場所には現れないのだろうか?
    「とりあえず、女性陣も呼んでちゃんとした飯にするか。埒が開かない時は腹でも満たして、考えを纏めようぜ」
     重蔵の提案に皆異論は無いようだった。土産物以外の成果を持たずに、展望広場に戻ることにする。
    「いいか、アキラ。だがこの弁当にも弱点はある」
    「ふんふん」
    「うむ。当然だ」
     土産物調達部隊が戻っても、薀蓄はまだ続いていたようだった。
    「麦飯がちぃーとばかし多い。そこでな、この南蛮漬けを使う。これがバランスよく食い続ける秘訣だぜ?」
    「へぇーっ、すっげーっ。何か大人の食いかただなー!」
    「はッ、馬鹿を言う! そのような邪道にカマけるとは笑止。飯を持て余すならササカマを食えササカマを」
     の、だが……どうも様子がおかしい。
    「いやいや、ないでしょ。酒の肴ならともかく、牛タンメインで笹かまおかずって、そりゃ――」
    「……」
    「おお、笹蒲鉾の万能性をまるで理解していないとは! 哀れだ……実に!」
     渋い低めの良い声が、広々とした世界に木霊する。力が込められる拳が天高く突き上げられれば、独特なシルエットがぷるんと揺れる。聳える軟体はいっそ清々しいほどに誇らしげだ。
     突然のエンカウントに皆、暫く無言だった。
    「怪人って、あれですよねー?」
     鵠湖の呟きで、凍り付いていた時は動き出す。慌てて一様に距離を取り、態勢を整えるが――それは度し難い間隙。
     しかし蒲鉾の怪人はその隙を悠然と見過ごし、値踏みをするように自身を取り囲む若者達を見渡す。
    「ほォ。ただの観光客……ではないようだな。何者だ」
     怪人より重圧が迸る――これは威圧感。相手は既に臨戦体勢だ。ならば。
    「我、草卒ならず、成すべきことを成すのみ!」
     辰一を皮切りに、灼滅者達が力を解放する。
    「俺と戦う気か、小僧共。良いだろう、来い(カッマーン)! 俺の名はササカマン……名品の中の名品。惰弱な名産崩れなどとは一味違う処を見せてやるッ!」
     正義のご当地ヒーローと悪のご当地怪人。その決戦の火蓋が切って落とされた。
     


    「俺も名前くらいは聞きたいものだな。礼儀を失したとあっては、名品の沽券に関わる」
     それにしてもこの練物、妙な風格を持つ。身体は風に揺られてふるふるしているが。
    「仙台をお前一人の物にはさせないぜ。牛タンイエロー、ここに見参ッ!」
     アキラが威勢のいい啖呵を放てば、怪人は思わず鼻白む。
    「クッ……! 成程、面白い。牛タン勢からの刺客、というわけか。 小癪――ッ!」
    「いや、違うけど!?」
     三珠の突っ込みと同時に先陣を切ったのは鉄子だ。特攻に近い迅速さで怪人との距離の一切を失くし、獲物を閃かせる。
    「この距離の私に死角は無いッ! 食らえ! いやむしろ食らう! いただきますッ!」
    「大歓迎だッ!!」
     それはむしろ名産としての本懐である。しかし鉄子の鋭い一撃は、練物故の軟性によって威力を殺される。
    「どうした? さあ、食らえ! この身体に噛み付け! 心行くまで味わってみせろッ! ネリィ(早く)……ネリィィ(早く)ッ!」
    「言われるまでもねえッ! それと俺はバーニングレッドだ、覚えておきなッ!」
    「畳み掛けましょう! 行こう、ドラグシルバー!」
     続いて烈斗と竜姫の連撃。炎と閃光を纏い、ライドキャリバーを交えた複雑なコンビネーションが軟体怪人を叩きのめしていく。が……。
    「クッ……クック! その程度の名品力でこの俺に対抗できると思うなよ。俺の名品力は、5000を優に超えるのだッ!」
    「名品力!?」
     よく解らない概念と基準が打ち立てられた。それと共に、ササカマンは奇妙なカマえを取る。
    「……! 何か来ます!」
    「知るがいい、真の名品というものを。そして味わうがいい、この世界に輝く名品はただ一つッ! この俺の笹蒲矛だーッ!!」
     虚空より現れる、無数の白刃。柳のようにしなり、灼滅者達に襲い掛かる。刃の正体は、予想を上回ること無くカマボコだ。
     べちん。べちん。べちん。
     後衛を死守する灼滅者達に、地味過ぎるダメージが蓄積していく。口の中に入れば、当然それは食べる事が可能だが、問題はその量である。大量の笹蒲鉾がべとんべとんと波のように襲い掛かってくるのだ。その徒労感は果てしがない。
    「フハハハ! カマボッコだッ!」
     ペリペリと剥がれ落ちるカマボコ。地に落ちる名産品。なんとも言えない攻撃を受けた者達は、意気消沈してしまう。それを狙い済ました攻撃であったのならば、これ以上ない成果を上げたことだろう。事実、ササカマンはこの技によって自身の名品たるを示すことが出来たと確信していた。
     しかし。
    「……いずいっちゃー……」
    「……何だと?」
     静かに口を開いたのは辰一だった。


    「おめさん考えてみらい? こなおどげでねえ事して、何が名品だや」
     隣県である岩手のご当地ヒーローの方便は、流暢なものだった。あたりの惨状を指して『こんなとんでもない事をして何が名品だ』と責め立てる。
    「な、ん……これも、名品を、世に知らしめる為の……!」
     突然の冷徹なる言葉の刃に、怒涛を涼しげに受けていた怪人が僅かに揺らぐ。
    (「あれっ、効いてる?」)
     アキラの視線と共に、竜姫が頷き一歩前へ出る。高々と掲げるのは、ヤマトの為にと購入した政宗くんジグソーパズルだ。
    「『馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である』……政宗公の言葉です。あなたのしている事は、もてなしでも何でもない。ただの押し付けです!」
    「まッ、政宗公の言葉だからと言って――!」
    「いや、違わねえよ。周りをみてみな?」
     反撃の芽は続く三珠が即座に摘む。気づけばあたりには人だかりが出来ていた。バベルの鎖の影響下とはいえ、少々お互い派手にやり過ぎたらしい。何事かという好奇の視線が、怪人とヒーロー達に降り注ぐ。
    「だからッ、なんだとッ……!」
    「みんなーっ!! 今日は集まってくれて有難うーっ! 今からとーってもカッコイイヒーロー達が、わるーい怪人ササカマンをやっつけるから、応援してちょうだいねーっ!」
     鵠湖のよく通る声が、蒼天の下響き渡る。集まった一般人達はただのヒーローショーかと、各々に得心いったように胸を撫で下ろし、純粋な子供達は声援をあげはじめる。
    「何の……何のつもりだ、貴様等!」
    「さーっ、みんなーっ! もっともーっと応援してあげてねーっ!」
    「やめろォ!」
     本職と見紛うばかりの、堂に入った司会進行。高まる声援。 追い詰められたのはササカマンである。何せ、彼に対する声援が一つとして存在しないからだ。
    「よし、そういう事なら任せろッ!」
     声援を背に受け、鉄子の必殺アクターキックが炸裂する。際どい角度からの絶妙なチラリズム。声援に野太い声が混ざる。
    「グバァッ、お、応援をやめろッ、貴様等ッ、俺は、お前達の街の名品だぞッ! 何故俺を認めないーッ!」
     よろめきと共に、悲痛な叫び。だがササカマンはまだ斃れない。その姿を見て烈斗が静かな言葉を口にする。
    「ササカマン、良く聞け。お前の笹蒲鉾を愛する気持ちはよーくわかった。だがな、お前は『ご当地』っていうモノを見失った。かんがえてみろ、全国どこに行っても笹蒲鉾があるんだぜ。それのどこが珍しい? わざわざ土産に買って帰ると思うか!」
     突き刺さるような言の葉。ゆっくりとゆっくりとササカマンの膝が崩れ落ちる。決着の時だった。
    「『ご当地』が無くなれば『名品』は存在し得ない……俺は間違っていたのか……」
     誰もが肯定を返す。全てを悟った名品の怪人は、灼滅されていく。
    「貴様達は、ご当地を、大切にしてくれ……」
     滅びと共に残る想い。重蔵はわさび醤油を手に取り、散乱する笹蒲鉾に齧り付く。――美味い。
     それは方法は大きく違えど、彼もまたご当地の名品であった事の証だった。

    作者:遊悠 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 22/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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