●
「皆は」
かりん。
「バレンタインの予定は」
ぱり、ん。
「決まったのかな、っと、うわわ」
かつん……ころころころ。
「さ、3秒ルール……!」
水上・オージュ(中学生シャドウハンター・dn0079)は刻んでいたチョコの欠片が床に落ちたのを見ると慌てて拾い上げ、ふっと息を吹きかけ口に放り込む。
「ごめん。お行儀が悪いよね」
ごくりと飲み込み、今回のイベントの趣旨を語る。
バレンタイン。
それは老いも若きも、男子も女子もそわそわが止まらない、この1日の為に生きていたといっても過言で無い血沸き肉躍る大イベント――という程、大それた行事でも無いが、やはり気持ちが浮き立つ素敵イベントのひとつである。
「きっと、気になる人にチョコをあげようって思っている人もいると思うんだよね。でも、自分は料理が得意じゃないから……って二の足を踏んでいる人も多いと思うんだ。だから、今回はバレンタインに間に合う様に皆で予行練習をしない? っていうお誘い」
家庭科室には一通りの調理器具が揃っており、チョコレートも各種用意してある。
但し、専門的なものは用意されていないので、拘りの逸品があれば各自準備した方が良いだろう。
「友達同士でわいわい作ったり、一人で思いを込めて作る人もいるのかな? 何かもう、ものすっごいのを作っても楽しいかもしれないね」
オージュは『何かもう、ものすっごいの』を想像して、一人ワクワクしている。
「あ、そうだ。注意点が3つあるよ。ひとつは飲酒は禁止。隠し味に1滴……って気持ちは分かるけど、お酒はまだ飲んじゃダメだからね。ふたつめは、故意に食べられないものを作るのも禁止。頑張った結果、失敗するのは仕方が無いことだけど、わざと変なものを作るのは違うと思うから。後は、『何かもう、ものすっごいの』は凄く凄く期待してるんだけど……部屋の中で作るからね。大き過ぎると完成する前に家庭科室が悲鳴をあげちゃうかもしれないよ」
後は楽しんでくれたら嬉しいよ。何人のショコラティエさんに会えるのかな? オージュはそう締め括ると、テーブルの隅に転がったチョコの欠片をぱくりと食べ、笑顔を見せた。
●
【宵空】のメンバーが作るのは3人3様のチョコレート。
しかし、陰条路・朔之助(雲海・d00390)の鼻歌交じりで作るチョコは異彩を放っていた。
「クリームは、と」
どばあ。
「入れ過ぎたか。じゃあ、塩を入れて甘さ調整……あれ?」
どばあ。
全てにおいて容量オーバー。軌道修正すればする程にチョコの色から遠ざかる不可解。もう、これ、チョコじゃない。――いや、本人がチョコだと言えばそれはチョコなのだ。
「お前ってさ、食中毒にならないのが不思議なくらい、変なチョコを作るよね」
「ん? 変なチョコ? 何の事だ?」
なんだか不穏だけど、という言葉を胸にしまい込んで小鳥遊・葵(ラズワルド・d05978)は、自分用にトリュフチョコを作る千喜良・史明(深海・d00840)に目を向ける。
「これ、味見して欲しいんだけど。……どうかな?」
「おいしいおいしい」
「え? 本当に? 今ちゃんと食べたか?」
「食べた食べた」
普段は対抗してばかりの史明だが、今回はどうしても真面目に回答して欲しい。が、返って来たのはつれない返事。思わず葵は目を伏せる。
「で、ちなみにそれ、誰にあげるつもりなの?」
「ええとこれはその……うん、甘いものが好きな後輩にな? 世話になってるからさ」
「……ふぅん」
「聞いといて何だ、その軽い返事。てか、朔も何ニヤニヤしてるんだよ?」
「べっつに~?」
葵は、史明のつれない態度への切なさを、視界の端で捕えたニヤニヤと笑う朔之助にぶつける。
「まあまあ、二人とも僕のチョコでも食べて和んでよ。随分嵩が増しちゃったから、どれだけ食べても大丈夫だよ!」
「少し目を離した隙に何が……!?」
「その変な色のチョコ……命の危険は無いんだろうな」
「ちゃんと本を見ながら作ったんだから大丈夫だよ」
戦慄する二人の姿を見て頬を膨らます朔之助。
「僕にくれるチョコは、味見してから渡してよね」
「ん。じゃあ」
ぱくり。
朔之助のチョコが美味しく出来たのは――神のみぞ知る。
珈琲堂・小誇愛(青空と一杯の安らぎ・d12720)は思案していた。
(「少しでも菓子の腕を上げるべく参加したはいいが、まず何から手をつけたものか……」)
答えを探す目線の先には、不器用にチョコを刻む水上・オージュ(中学生シャドウハンター・dn0079)の姿。
「オージュ」
「うん?」
「至極簡単な手作りチョコを作ろうと思うのだが、まず何をすればいいのだろうか?」
「初心者用のレシピが幾つかあるから、それに挑戦してみる?」
持参していたレシピのコピーを何枚か差し出す。
「……ふむ、なるほど。まずは湯煎からか。了解した、うん」
レシピを見ながら小誇愛はテーブルへと戻る。
時間は流れ、首尾が気になるオージュがこっそりと小誇愛の元へと向かえば、正面からばっちりと目が合ってしまう。
「ああ、オージュか。丁度いいところに。一応完成したので、少し試食して貰えないだろうか」
個人的には今までで一番よくできたと思うのだが、と言い添え、ほんの少し形の崩れたチョコレートをオージュに手渡す。礼を言ってチョコを頬張るなり、笑みが零れるオージュの姿を見て、小誇愛の表情が柔らかくなる。
「そうか、よかった。無事完成させられたのも君のおかげだ。感謝するぞ、うん」
「ううん、今までで一番の力作を貰えたのは嬉しいよ。寧ろ、僕こそありがとうだよ?」
ふふ、と照れた様にオージュが笑った。
「本命はいないが親しい人には配る予定だ。今回は配る用のチョコを作りに来たぞ」
「そっか。沢山配るのかな?」
「と、そのついでに今日は『女』に戻りますわ」
「え?」
エプロンを付け、調理を始める姿はまごうかたなき女性の姿。
ぽかんとしているオージュに向けてロイ・ランバート(白いジョーカー・d13241)はわざとらしくむくれてみせる。
「もしかして私のこと男だと思ってんですか? 失礼しちゃいますね」
「ご、ごめん、間違え、あ」
慌てて口を抑えるオージュだが、口から零れてしまった言葉は隠しきれない。これ以上この場にいると更なる失態を犯すと判断したオージュは、逃げるように去っていく。
「ふふ。――さて」
悪戯が成功したかの様に渾身の笑顔を見せた後、腕まくりをしてトリュフチョコを作っていく。普段から料理をしているロイにとってはチョコ作りなどお手の物。目標数には直ぐに到達できた。
(「これは伯父の分。うるさく頂戴と言ってくるので仕方なく、ですよ」)
綺麗に完成したトリュフチョコに目を落とし、そう独りごちる。とはいっても実は、毎年伯父には何かしらを贈っている。そんな素直になれないお年頃。
(「時間が余りましたので自分用にチョコでも作ってみましょうか?」)
暫くの後。
「私一人では食べきれないのでお裾分けします」
「え。これって」
「意外と簡単に作れました」
「……芸術の域だと思う」
オージュが瞳をまん丸にして見る先には――30cmくらいのチョコでできた『鷲』が鎮座していた。
「私は友チョコだからいいんだけど、2人は本命とかいるのかしら?」
「私も友チョコだよ。まだそういう好きとかよくわかんないし。煉火さんは?」
「本命? まぁそういう訳でもないのだがな」
【LIFE PAINTERS】の調理師、咲宮・律花(花焔の旋律・d07319)の問いに、荻原・茉莉(モーリー・d03778)は無邪気に返答をし、百舟・煉火(彩飾スペクトル・d08468)は曖昧にお茶を濁す。
「二人はどういう系を作りたいのかしら?」
「「焼き菓子!」」
「ふふ、ならガトーショコラにしましょうか」
「やった、ガトーショコラ大好き!」
綺麗にハモッた声を聞き、律花が提案したガトーショコラは茉莉の好みに的確にヒットしたらしく嬉しそうに両手を上げる。
「手順はちゃんと説明するから、2人はチョコの湯煎とメレンゲの用意お願い」
「「はい!」」
律花はてきぱきと茉莉には卵と泡だて器、煉火にはチョコを手渡す。
「力技なら任せとけ!」
「混ぜるの大変だけど、丁寧にね? それで味が決まるから」
「そ、そっか」
茉莉は皆がおいしいと笑ってくれることを想像しつつ丁寧にメレンゲを作っていく。
(「荻原くんはボクと腕前は同レベルかな?」)
茉莉にほんのり同情の視線を送り、煉火は危なっかしい手付きでチョコを砕いていく。
「これを湯煎にかける……電子レンジで溶かす訳ではないのだな……と、チョコが溶けてきたー! 咲宮先生ー!これいつお湯から上げればいいんだー!?」
「あ、ボウルがチョコの形がなくなったら上げていいわよー。火傷しないようにね?」
「了解ー」
茉莉のメレンゲが完成しつつある。メレンゲの具合を確認しようと、律花を探す彼女の腕にかつんと何かが当たった。
がしゃーーーん!!
「わーわー、今のはノーカン! ノーカンで! 落としたことは忘れてください!」
「大丈夫よ。生地も無事だし」
「そーそー、気にするなよ!」
半泣きで生地に頭を下げる茉莉を律花と煉火が慰める。
後は生地を律花が適温まで温めておいてくれたオーブンで焼きあがるのを待つだけだ。
家庭科室に広がる甘い香り。
「ん、いい焼き具合」
「おぉ、焼けた……やれば出来るものなんだな」
「美味しそー!」
甘い甘い誘惑に誰が抗うことが出来ようか。
「せっかく美味しく焼けたんだから、少しくらい味見しておく?」
「味見!」
「焼きたてのいい匂いを目の前にして我慢できる訳が無かろう!」
渾身のガトーショコラの味は――3人の幸せそうな顔に答えが出ている。
【Poisoner】は「オトメン先生」こと藤堂・尋(虚空ロビン・d01083)先生をお招きして、皆で生チョコ作りをする予定だ。
「ところで……皆は普段料理とかすんの?」
「チョコを溶かすといえばレンジでチン! と爆発、湯せんはお湯に直のわたくしはもういないのです!」
「料理ですか。ほとんどしませんが、おそらく爆発はしないと思いますよ。せっかくの機会ですし、尋さんのオトメンぶりを堪能しましょうか」
「普段、料理はあんまししないですけどー、お菓子は作りますよー? ほら、お菓子が作れる女の子ってー、ポイント高いじゃないですかー。プレゼントしたらお返しも貰えますしー?」
以前からの格段のレベルアップに胸を張る玖継・彬(月喰の華・d12430)に、有馬・臣(ディスカバリー・d10326)はそこそこの腕前だと控えめに答え、木下・瑞穂(薄荷キャンディ・d00498)はほんのり小悪魔風味の回答をする。
「あー、なんか納得。てかオトメンって呼ぶな」
尋はメンバーの回答に納得しつつも「オトメン」にぴくりと反応する。
「まあ、兎に角、作るか」
「はーい」
尋の指示の元、生チョコ作りは着々と進んでいく。
「まずは刻む……えいえい」
彬の担当分は「刻む」というより「割る」といった方が適当かもしれないチョコ群が並ぶ。
(「彬さんは怪我等なさらないように」)
彬の事を心配しつつも臣は無難にチョコを刻む。
「よし! 刻むの終了! オトメン先生ー、次はどーするんですかー?」
「ああ、次は温めた生クリームに刻んだチョコを加え、空気を入れない様に混ぜ合わせる……って、オトメン言うなー!」
瑞穂の質問とからかいを同時にさばくという器用な芸当をする尋を見て、彼女は楽しげに笑う。
冷やし固めたチョコを思い思いに切り抜いたり型抜きをし、仕上げにココアパウダーをまぶす。
「こんなものかな? なっ、簡単だったろ?」
完成品を目の前にして、尋先生は満足気な顔。
「生チョコにかかっているパウダーはココアだったんですか。あの苦味が何とも言えず、生チョコにあっていて美味しいですね」
「あ、臣先輩はちょっと苦味のある方がお好きなんですかー? きゃっ、なんだか大人ーな感じですねー♪」
「も、もったいなくて自分で食べられませんわ!」
皆に失敗をフォローして貰いながら作った初の成功品。彬は完成品を写真に取り大切に保存をする。
「でも、先輩方には、是非初の成功チョコを! 助けていただいてありがとうございますっ」
「そーだ、良かったら1欠片ずつ交換しませんかー? 一緒に作った記念に。友チョコってやつでーす」
瑞穂の提案に皆の顔がぱっと輝く。
「交換、やろうやろう……! おい、喜乃も混ざろうぜ? ところで何作ってたんだ?」
「チョコマフィン」
「わぁ、生チョコに、チョコマフィン! 素敵! 早速交換会を致しましょう!」
「ちょ、ちょっと待……」
少し離れた場所でチョコマフィンを作っていた栗原・喜乃(甘味の為ならどこまでも・d04490)も混ざり交換会が始まる。
「また次回、チョコ以外にも挑戦をしてみたいものですね」
「オトメン先生の次回の教室も楽しみにしてまーす♪」
「そうだな、また一緒に、皆で集えるといいな、って、オトメンって呼ぶなってば!」
瑞穂と尋のテンポの良いかけ合いを皆は生温かい視線を送っていた。
【白の王冠】の5人の計画は壮大。
「人数分の段があるチョコケーキと仰いますと……すごい、5段にもなるのですね」
5段のケーキの完成予想図を想像して高槻・夕弦(水琥珀のレーヴ・d05300)は目を丸くする。
ここまで大きな計画となると担当を各自決め、大胆かつ慎重に進めることが必要となる。
土台となるスポンジケーキ作成の担当は硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)、バレンタインにふさわしいチョコクリームの作成とデコレーションは硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)。それだけでも十二分に素晴らしい出来栄えとなるのだろうが、【白の王冠】のメンバーはこれだけでは満足しない。これに飴細工を追加して一層華やかなケーキとするらしい。その飴細工担当は桜庭・翔琉(枝垂桜・d07758)。
ケーキを食べるには飲み物が不可欠。3人の頑張りを温かく賞賛するかのように、絶妙なタイミングで紅茶を入れる担当は藤堂・紫苑(背伸びしたいお年頃・d14168)。
お菓子は作ったことが殆どないし、皆が調理している姿を見るのは勉強になるから、と夕弦は控えめに言い皆が使った調理器具を手早く洗い片づけていく。
(「皆様とこうして過ごす時間は、素敵でかけがえのないものですもの」)
それぞれの担当分を張り切りながら進めていくメンバーを見ながら、夕弦は目を細めた。
響斗は、予め家庭科室の天井の高さを調べておいて、積み上げるごとに小さくなっていくスポンジ生地を5つ、黙々と焼き続ける。
「響斗くん、何か合う茶葉あるかなぁ?」
「今の時期だったらディンブラって言うセイロンティーの一種が良いと思うよー?」
「りょーかい」
紫苑の質問にさらりと答える響斗のそのスマートさと言ったら。オトメンはここにも存在していたのか。
「これでよし、っと」
「響斗さん、お疲れ様。次はボクの番ですね」
やりきった顔で満足そうにしている響斗と交代し、司がデコレーションを始める。
「えへへ、折角だし」
悪戯っぽい笑みを浮かべて司はデコレーション用のペンで皆の似顔絵をケーキに彩る。
「更にっ」
じゃーん! という効果音と共に出されたものは、
「「白の王冠!」」
得意気に言う司と感動した様な夕弦の声がハモる。
「良し、次は俺の番だな」
翔琉が水飴と砂糖を熱して作った飴細工を王冠の上に被せるようにして置く。
王冠が更に輝く様に、飴細工の一部を割りながらバランスを整える。
デコレーション済みのスポンジを丁寧に重ね上げ、接合部分をクリームで補強する。
「飴が余ったんだが、ケーキに更に細工を加えても良いか?」
「勿論! 私、脚立おさえとくねー!」
「反対側はボクが持ちますねっ」
紫苑と司が脚立をがっしぃ! と抑える。
足場を確保された翔琉は礼を言いながら脚立に上り、フォークを使って飴色の雨をケーキに降らす。
太陽の光が差し込み飴細工はきらきらと輝く。
「……やりすぎたか?」
「そんなことありません。とても素敵です。食べてしまうのが勿体ない位に」
夕弦が呟く。
「うーん、本当にこれ食べちゃうの勿体無いですよね……せめて写真だけでも」
同じ気持ちだったらしい司は、せめて記録に残しておこうとあらゆるアングルから写真を撮りまくる。
「あ、折角だし皆でケーキ囲んで撮りましょうかっ。オージュさーん」
「うわぁ、これはまた凄いケーキだね。どこかの大会に応募すれば、入賞も難しく無いんじゃないかな」
「写真撮って貰えますかっ?」
「勿論」
予想を遥かに超えるケーキの出来栄えに目を見張るオージュに司は携帯を差し出す。
「よし、じゃあ撮るよー」
軽やかなシャッター音と共に、今日の思い出が切り取られる。
チョコに彩られた思い出は、色褪せる事無く心の片隅にしまいこまれるのだろう。
偶に取り出し懐かしむ事があればこの催しは大成功だったと言えるだろう。
作者:呉羽もみじ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2013年2月13日
難度:簡単
参加:18人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|