バレンタインデー~嬉し恥ずかしチョコ作り

    作者:嵩科

     男性諸君は意味もなく下駄箱を開けたり、女性諸君は挙動不審に物陰に隠れる。
     そんなある意味定番……とも言えないが、見たような光景が繰り広げられる時期がやって来た。
     そう、一部男性諸氏には苦痛のイベント、もしくは嫉妬バンザイなバレンタインデーだ。
     女性(但し一部男性)がチョコレートを主体とするプレゼントに全てを託し、お相手に想いを伝えるイベント。
     それはここ、武蔵坂学園もまた、例外ではなかった。

    「――と言う訳で、チョコレートを作るのじゃ。わらわには相手はおらぬが、このようなイベントに参加せぬ理由はないからのぅ」
     真田・みずほ(小学生エクスブレイン・dn0037)が開口一番、集まった皆を前にそう告げる。
     渡す相手もいないのにチョコレートとはこれ如何に、とツッコミたい所だが、今は黙っておこう。
    「幸い道具は調理室に揃っておるしの。各自が作るより、みなが集まって作ったほうが、より良いものが作れると思うのじゃ! ……じゅるり」
     確かに道具の事にしても、作り方が判らなければ周囲の者に聞く事が出来るため、集まって作ったほうがメリットが多いだろう。と言うか、今出た涎は何ですか、みずほさん。
     年に一度のイベントである。ここは購入したプレゼントなどではなく、手作りのチョコレートをプレゼントしたい所。
     勿論、参加は自由。本来は女性主体のイベントだが、相手に渡すのであれば男性でも構わないだろう。自分用のご褒美! と言う者もいるだろうが、まぁそこはイベント。大目に見て貰える……だろう。
    「まぁせっかくなので、作った後に皆でお茶会などどうじゃ? みなが渡す相手の事などもわらわに教えて欲しいのじゃ。あと……出来れば作ったチョコを味見したいのじゃ」
     それが目当てですか、とはやはりツッコまない。何はともあれ、チョコ作りの後は作ったチョコを持ち寄りお茶会、となる流れらしい。
     想いを込めて作ったチョコレート。この機会にあなたもどうだろうか。


    ■リプレイ


     バレンタインデーを間近に控えた日の放課後。武蔵坂学園のとあるキャンパスにある調理室には、多くの者達が集まっていた。
    「遅れてすまぬのじゃ。いささか準備に手間取ってしもうてのぅ」
     と、そこへ。やはり幾つ紙袋を抱えた真田・みずほ(小学生エクスブレイン・dn0037)が、すまなさそうに調理室へと現れる。
    「それでは始めるのじゃ。皆、頑張ってチョコレートを作るのじゃ!」
     そう、目的はバレンタインデーで渡すチョコレート作り。想いを篭めた手作業は、こうして始まったのだった。

     楽しそうにボールの中で、バターと砂糖を混ぜるホイッパーを動かしているのは巽・空。並べてある材料から見るに、どうやらチョコカップケーキを作るようだ。
    「卵を入れて……溶かしたチョコレートを加えて……後は粉を……って、ああっ!」
     突如大きな声を上げた空の方を、思わず室内の皆が見やる。皆の視線に気付いたのか、空も苦笑い。
    「粉、ふるっておくの忘れてました……えへへ」
     粉はふるっておかなければダマになってしまう。空曰く、昔それで失敗したらしいのだが、今回は何とか事前に気付いたようだ。
    「生地にクルミか何か入れたいですね~……どうしましょ?」
     ただのカップケーキではなく、何かアクセントを。うきうきしながら、思案を巡らす空。
     何も参加しているのは、菓子作りに慣れた者ばかりではない。
    「……色々とお世話になっているから……」
     チョコを渡すのは幼馴染とクラブの仲間、と言う室崎・のぞみ。とは言うものの、チョコ作りなど初めてと言うのぞみ。なかなか上手く行かないのが現状だ。
    「ここはこう、ゆっくりとかき混ぜるのがコツじゃ」
    「こう……ですか」
     同い年と言う事で、みずほに手伝って貰いながら確実に作業を進める。時折小指を入れて味を確かめてみる。
    「とんでもない甘党だから、もうちょっと濃い目の味付けの方が好みかしら?」
    「……今のままでもずいぶんと甘いと思うのじゃが……」
     超甘党の幼馴染の分には、人一倍気を使っている模様。その理由は、本人にもよく判っていない様である。
    「しかし……覚悟はしてたけど、見事に女性ばっかりだね」
     そう言い苦笑いを浮かべる長姫・麗羽。正確には男性の参加は、麗羽を含め3名のみ。だがそんな事も言ってはいられない。
     チョコレートを湯煎して溶かし、動物型の枠へと流し込み固めるだけの単純な作業。だが気持ちを篭めて、丁寧に作る事に代りはない。
    「ああ、目は何かカラフルなチョコとかでトッピングした方がいいかな」
     流し込む前にそう呟くと、袋の中を漁り幾つかの包みを取り出す。袋の中身は少量のホワイトチョコやイチゴチョコ。確かにこれらを使えば、出来栄えは鮮やかになるだろう。順調に準備を終え、冷蔵庫へと納める。
     あとは固まるのを待って、セロハンでラッピングしてリボンをかけて、バスケットに詰めるだけ。出来上がりを想像しつつ、準備に勤しむ麗羽だった。


     ゴシック系の男装服に、黒いカフェエプロン姿の宮下・蓮華が作るのはトリュフチョコ。
     レシピをチラリと確認して、冷蔵庫で短時間冷やしたガナッシュを取り出し、手際よく丸めていく。
    「こんな感じかな。喜んでくれると良いんだけど」
     見事な形に仕上がったガナッシュに頷く蓮華。後はコーティングとラッピング、そしてメッセージカード。伝えたい言葉を頭の中で思い、蓮華は頬を赤らめる。
     一方、その隣でチョコブラウニーを作っているのは水瀬・ゆま。お菓子作りは得意と言うだけあり、やはり慣れた手つきで抹茶とオレンジの二種類の生地を型に流し込むと、オーブンへかける。
    「後はラッピングですね。黒の包装紙に銀のリボンで……あら?」
     そんな言葉を呟いていたゆまが、ふと気付く。その視線は、同じテーブルで作業をしている秋月・神華へと向けられている。
    「え、ええと……こんな感じでいいのかな?」
     チョコ作り初体験の神華。目指すのはミルクとホワイト、二種類の生チョコレートだが、混ぜる手つきが何処となく危なっかしい。と、そこへ。
    「良ければ手伝おうか?」
    「私で良ければ、お手伝いしますよ」
    「え? あ……お、お願い出来るかな?」
     笑顔で提案する蓮華とゆま。地獄に仏とはこの事、神華も二人の助けを借りつつも、自分の手で見事に二種類の生チョコレートを作り上げる。
     作る物こそ違えど、やはり同じ目的を持った同士である。

     別のテーブルでも、やはり作業は進んでいる。あげる相手はいないがチョコ作りに興味がある、と言う事で参加した荻原・克は、メモを片手にエアインチョコ作りの真っ最中。
    「えー! これって何回もやらなきゃいけないんですかー……結構大変かも」
     メモに一人ごちる克。溶かした生クリームとチョコを、何度も冷蔵庫に入れては少しして出して混ぜて、の繰り返し。手間はかかるが、口当たりをよくするためには欠かせない作業だ。
     あげる相手と言えば、同じテーブルの二人は既に決まっているようだ。
     そのうちの一人……榊・くるみは、ハート型の枠に流して冷やし固めたホワイトチョコの上に、イチゴクリームが入った絞り出し袋を当てる。
     慎重に絞り出し、作り上げたメッセージはただ、『OK』の二文字だけ。
    (「待たせてごめんね……これがボクの答えだよ」)
     他の人が見ても、その意味は分からないだろう。去年のクリスマスに告げられた、告白への返事。そのメッセージが理解出来るのは、くるみともう一人だけ。
     もう一人、藤堂・瞬一郎は只ひたすらに想いを篭めていた。
    (「この言っていってに込めた愛を贈るんだ……!」)
     丁寧に仕上げたフォンダンショコラの生地を、型へと流し込みオーブンへと入れる。
    「ヤバイな。フォンダンショコラとはいえ、俺の愛の熱さでチョコが煮え過ぎそうだぜ」
     傍から見たら臭い台詞と言われそうだが。オーブンの中を見つめる瞬一郎の眼差しは、正に真剣そのものだった。

    「卵は黄味と白身を分けて……どうやって? 穴開けて白身を飲むとか?」
    「さ、さすがにその考えは出てこなかったのじゃ……」
     鷹月・日織の斜め上を行く提案に、思わずみずほも苦笑いを浮かべる。初挑戦と言う日織に呼ばれて、手伝いに来たのだ。
    「泡立てる? 洗剤の出番!? うそっ、食べ物だよ!?」
    「……泡立てるで洗剤が出てくる辺り、おぬしの頭の中身はどうなっておるのじゃ」
     奇妙奇天烈な珍回答を繰り出す日織に、思わず呆れ顔のみずほ。だが事態は、それだけでは終わらない。
    「このチョコを細かくするんですの? それなら簡単ですわね」
    「ま、待つのじゃ! 包丁を使うのじゃ! おぬし、今何をしようとしたのかえ!?」
    「え? 何って、ロケットハンマーで粉々にしようと」
     チョコ作りが初めてと言う阿剛・桜花もまた、みずほの想像の斜め上を行っているようだ。根本的な間違いを正しつつ、何とか冷蔵庫で冷やし固める所まで進めるが、待ち時間にハンマーで素振りを始めた桜花に、思わず溜息を漏らすみずほであった。


     一人よりは大勢の方が、会話も弾むため作業が進みやすいのかも知れない。そんな事を考えたのか、仲間内で今回のイベントに参加した者達もいる。
    「んー、溶かして固めるだけーってのも味気ないっすし、チョコクッキーでも作ってみるっすか?」
    「なるほど、クッキーですか。いいですね」
     まるで姉弟と思えるほど仲の良い彩・彩花と比嘉・アレクセイ。二人は会話通りにチョコクッキーの製作に入る。
    「違う違う、もっと気合! そして速度!」
    「はっ、はいぃ!?」
     密着している事にドキドキしつつ、彩花の指導通りに手を動かすアレクセイ。厳しく指導しつつも、彩花はアレクセイの手際の良さに、内心では感心するのだった。
     別のテーブルでは神座・澪とラピスラズリ・ヴリュンヒルドの仲良しコンビが、会話に花を咲かせながら作業に勤しんでいた。
     澪はピンクのハート型チョコ、ラピスラズリはトリュフチョコと二人で作る物は違うが、気のあった行動を見せている。
    「そこは、そうですわね。こうするのはいかが?」
    「なるほど、そうするんや」
     基本、料理に一日の長があるラピスラズリが、澪を手伝う形のようだ。二人とも一つ一つが小さいので、冷やし固める時間はそれほど掛からない。
    「ラズりん、ウチのはじめての、味見してみて~♪」
    「では私のも……1番最初のお味見ですわ。はい、どうぞ」
     お互いの最初の一品を食し合う二人。交わされた笑顔は、信頼と出来栄えの証だろう。

    「ふふふ……腕が鳴るのだ」
     そう言い不敵に笑うのは、井の頭キャンパスの中学1年G組…・・・通称『井の頭1G』のメンバー、卯道・楼沙。
    「!? あの不器用な楼沙ちゃんが見知らぬ材料持ってきてる! 大丈夫なの……?」
     楼沙が持参したマカロンの材料を見て、不安げな様子を見せる風花・クラレット。お菓子作りが得意と言う楼沙は、一体どのような菓子を作り出すのか?
    「ふふ……では……腕によりをかけて……作りましょうか……♪」
     ガトーショコラを作る気満々のアリスティア・グレイヴェルトが、二人の様子を見ながら微笑む。だが、その横では最も不安げな表情を浮かべている者がいた。花籠・チロルだ。
    「お菓子どころか、食べられるものを作ったこと、が無いのよう……!」
    「大丈夫よ、チロルちゃん。私達みんなで手伝うから、ね?」
     同い年だが、面倒見の良さから一行の保護者役と思わしきクラレットが優しく微笑むと、ほっと安心したかのようにチロルも微笑む。
     いざ作業に入った『井の頭1G』の面々。しかしその中身は、なかなか苦しい道程だった様である。
    「わー! ボウルがひっくり返った、ダヨ!」
    「って、チロルちゃん危な~い!」
     チロルの叫び声の直後。自分の名前の意味である葡萄チョコレートを作っていたクラレットが、まるで飛び込むように差し出した手に、テーブルから落ちたボールがすっぽりと収まる。
    「慌てず……ゆっくりと……落ち着いて作れば……大丈夫ですよ……」
     アリスティアや楼沙も時折手伝い、チロルも鼻の頭にチョコをつけながら、何とか無事に完成させる。
    「こっちも完成なのだー!」
    「何そのマカロン! ……商品?」
     元気いっぱいな楼沙の声が、調理室に響き渡る。その出来栄えは自信通りの見事なもの。不安げだったクラレットも、感心したような表情を浮かべる。
    「これで全員完成なのであろうか? あとは……お茶会と試食なのだ!」
     嬉しげな楼沙の様子に、思わず他の三人も表情を緩める。
     ここに集った全員のチョコが完成し、調理室は楽しいお茶の場所へと変化するのだった。


     皆で持ち寄った飲み物類に、今しがた出来上がったばかりのチョコレート。室内には甘い香りが漂う。
    「皆様、良かったらホットチョコレートなどいかが?」
     ラピスラズリがカップを乗せた盆を手に、笑顔で皆の間を回る。まだ寒さが残るこの季節、非常に有難い飲み物だ。
    「ちょっと大変だったけど、なんかいいね。嬉しいね」
     日織が受け取ったカップを手に、今日の感想を語る。彼女の傍らには、青いリボンをかけた水色の箱。本日の成果だ。
    「みずほちゃん、私のチョコも食べてみてください~」
    「ありがたくいただくのじゃ……ふむふむ、軽い食感が心地良いのう。美味しいのじゃ」
     克の差し出したエアインチョコを一口食べたみずほが、にこにこしながら答える。互いに渡す相手はいないが、そのうちきっと出来るさ!
    「で、どうでしょう。上手く出来てますか?」
     不安げな表情で彩花の反応を伺うアレクセイ。しかし彩花は、にっこりと微笑む。
    「ん、ちゃーんと出来てるっすよ、ばっちりっすね! ……あ、そだ」
     そこまで言うと、彩花はちゃっかり作っておいたホワイトチョコクッキーを、アレクセイの前に差し出す。
    「可愛い後輩にハッピーバレンタインって事で♪」
    「あ、ありがとうございます! だ、大事に食べます……」
     まさか貰えるとは。思わぬプレゼントを、顔を真っ赤にして受け取るアレクセイ。
    「今回は自信作なのでな、味わって食べてほしいのだ!」
     『井の頭1G』の皆は、互いに交換して味見タイム。楼沙のマカロンは見栄え通りに見事な味。流石に言うだけはあるようだ。
    「ん……甘味が程良く……とても……美味しいですわ……♪」
     アリスティアもクラレットの葡萄チョコレートを一口食べて、嬉しそうに微笑む。その様子に、ほっとした表情を浮かべるクラレット。
    「むむー、わたし、ももっとお料理おべんきょーする、ダヨ!」
     アリスティアのガトーショコラを食べたチロルが、料理が出来るのが羨ましい、とばかりに目を向ける。しかし、チロルの生チョコを食べたクラレットが首を横に振る。
    「愛があれば、何でも美味しいのよ♪」
     料理は愛情、お菓子も愛情。その一言に、チロルも嬉しそうに微笑むのだった。

     穏やかに過ぎる時間の中、会話はそれぞれが渡す相手の話題へと移っていく。
    「この手作りチョコは、普段お世話になってるクラスの皆さんや家の使用人にプレゼントしようと思っていますわ♪」
     嬉しそうに語る桜花。しかし後に彼女の作ったチョコは、何故か常人では噛み砕く事もできないほどの固さであった事が判明している。
    「えへへ、あんだけ沢山あったらウチの友達のみんなだけやのうて、こういう時に現れるなんとか団のみんなにも配れるやろな~♪」
     なんとか団の皆さん。チョコが欲しい方は、愛情溢れる澪さんのところへ是非。
    「わたし、すごくドジなんですけれど、いつもそんなわたしを、呆れながらも助けてくれるお友達なんです」
     ゆまがしっかりラッピングした箱を見つめながら、そう語る。彼女の精一杯の感謝をこめて。きっと相手にとっては、何よりも美味なチョコになっている事だろう。
    「相手? いつもお世話になってる、優しくて頼もしい人なんだよ♪」
     くるみが恥ずかしそうにそう告げる。チョコの表面に描いたメッセージの意味は秘密。あの意味は、彼にだけ伝わればいいものなのだから。
    「こんな容姿だけど暁は、こんな私を選んでくれたんだ」
     恋する少女の表情で蓮華が語る。普段は王子様的な蓮華だが、お相手の前では一人の女の子へと戻る事だろう。
    「わ、わたしの相手は、その……彼氏とかそういうのでは全然ないんだけど、その、なんだろ、話してて楽しいというか、ついつい目で追っちゃうというか……」
     神華はそこまで言うと、不意に頬を真っ赤に染める。
    「……恋なのかなぁ、これ」
     その反応に、皆から沸き起こる拍手と歓声。ますます頬を染める神華。
    「まぁ、何にしてもさ」
     コーヒーカップを傾けながら話を聞いていた瞬一郎が、不意に口を開く。
    「……うまくいくといいな。俺らのバレンタイン」
     相手がいる者も、いない者も。あとはその日が来るのを待つだけなのだ。

     皆のバレンタインデーが、幸多き日でありますように。

    作者:嵩科 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:19人
    結果:成功!
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