バレンタインデー~大切な人を思うこと

    作者:東城エリ

     午後の授業の終わる音が校舎に響き渡ると、かたんと椅子から立ち上がった。
     御門・薫(藍晶・dn0049)が向かうのは、ショッピングモール。
     かっちりとした鞄を手に、校門へと向かう。
    「皆さん、こんにちは。今日の帰り、ショッピングモールに行こうと思っているんです」
     薫は、嬉しそうに話し始める。
    「バレンタインそろそろですよね? バレンタインフェアが始まってるみたいで、見ておきたいなって」
     2月14日はバレンタイン。
     バレンタインもこの頃は友チョコといって、気軽に男性でも渡せるようになってきてるんですよね?
     だから、と一呼吸おくと、思い切って言葉にする。
    「凝ったチョコレートがいっぱい出てるから、僕は男の子だけど見てみたくて」
     薫は純粋に食べる対象として見ているらしかった。
     新作は毎年出ていますし、ショコラティエの作ったチョコレートや、和チョコも味わってみたいと思いませんか。
     もし、渡す人が居なくても、自分の食べるチョコを探すのも良いだろう。
     いつか渡す人の為に選ぶための予行演習だと思えば。
     選ぶ楽しみを味わう為に僕は行くのですけれど、と言葉を続ける。
    「雑貨も可愛いのとか綺麗なものとか探すのが大好きです」
     チョコレートを手作りする材料やそれと一緒に送る花や手軽に付けて貰えそうなジュエリーもありなのではないだろうか。
     すでに恋人同士であるのなら、一段階進んだものでも構わないだろうと思う。
     初めて告白する人に送る品物なら、チョコレートだけでもいい。
    「だから、一緒に行きませんか?」
     と、薫は誘うのだった。

     初めて渡す相手がいるなら、準備するものを揃えたり、見当をつけたり、ただ漠然とショッピングモールを歩くのも良いかもしれない。


    ■リプレイ

    ●甘い時間を
     季節的にはまだ肌寒い冬模様だが、店内にはラブソングが流れ、訪れている人々の雰囲気も春めいてみえた。
     巨大なショッピングモールは、バレンタインが近いだけあって、同じ目的でやって来ている人も多いのだろう、幾つもの紙バッグを手にしている。
     義理で贈る物とは別に力が入って選ぶのは本命に贈る品物で、幾つもの候補の中から厳選して、1つに絞るのだ。
     自分の気持ちを伝えるための切欠になるような、そんな品を。

     好きな子と巡る場所は何気ない所だとしても、夢のような場所に変わる。
     彩華は月夜とのデートを嬉しく思いながらも、気恥ずかしさが勝って月夜の服の裾を掴んで置いて行かれないようついて歩く。
     そんな様子の彩華に、月夜は手を差し出す。
     照れを精一杯隠しながら。
    「ほら、はぐれちまうと……面倒だしよ!」
    「……うん」
     はにかむような笑みを浮かべ、さらりとした月夜の指に触れた。

     銀河は、きょろきょろと甘い雰囲気を感じた。
     嬉しさ半分、どきどき半分。
     目につくのは、恋人達の繋ぐ手ばかり。
     黒虎は銀河の手が所在なげにさまよって居るのに気付くと、さりげなく手を伸ばす。
    「ほら銀河、もっと近くで一緒に見ようぜ!」
    「……うん!」
     この嬉しい気持ちが伝わればいいと、銀河は黒虎の腕に抱きつくように腕を絡めた。

     エイダ1人では中々足を運ぶことはないけれど、部屋を飾る小物でも買いに行こうと青士郎に誘われた。
     お出かけは凄く嬉しい。
     バレンタインという時節柄、プレゼントも選びたいと思う。
     トランクひとつに収まってしまうエイダの私物。
     隣を歩くエイダに青士郎は、徐々に実感していく。
    (「こ、これって、デート……だよな……うわ、何喋っていいのかわかんねぇ……」)
     人や物が溢れる中、内気なエイダは青士郎に寄り添うよう。
    「アディ、何か気に入った物あるか?」
     立ち止まった雑貨店の前で、エイダは選ぼうとするが、多くて選べない。
    「おそろい……ほしい、です」
    「えっ、お揃いのもの!? そ、そうか……えっと、うーん……あ! この写真立てとか、どうかな?」
     青士郎が選んだのは、思い出を守るように彩る花の装飾が綺麗な写真立て。
    「これなら思い出を形に残せるだろ? 寮のみんなと撮った写真飾ったりさ。……もしよかったら今度、俺と二人で写真撮りに行こうぜ。俺もアディとの思い出、残したいからさ」
     エイダは嬉しい気持ち一杯で言葉に出来ず、泣き出さないように、思いが伝わるよう祈りながら、青士郎の手を握る。
    「……ん、素敵……。お写真も、楽しみ……です。せいしろさん、また、こうやって……おでかけ、も……したい、です……」
    「アディ? ……え!? あ……」
     青士郎は顔を真っ赤にしながら、エイダの手を握り替えした。

    ●思いのかたち
     由希奈は義理チョコや友チョコを選び終えてバッグを見る。その中には、手作り用の材料や包装材もあった。作るのは実は初めて。
    (「……いちごくん、喜んでくれるかな」)
     いちごはというと、友チョコを購入後、由希奈用に特別な一品をと考えていた所、同じように売り場に来ていた由希奈と遭遇。
    「き、奇遇ですね?」
     明らかに手作り用の品の入ったバッグが目に入り、内心動揺を隠せないいちご。
    「ぐ、偶然だね……いちごくんもチョコを?」
     いちごが友チョコの分ですと説明すると、由希奈の表情が曇り、涙が溢れたのを見て、慌てて弁解する。由希奈の分は別枠ですからと。
    (「もしかして……本命って、そういう事?」)
     湧き上がる期待。
    「……ありがとう。私のも期待しててね」
     涙の止まった由希奈だが、今度は顔を赤くする。
     そんな由希奈の表情を見つめ、いちごは嬉しさがこみ上げてくるのがわかった。
    「はい、楽しみです」
     いちごは笑顔でいった。

    「チョコだけでも色々あるもんだなぁ」
    「凄く沢山で悩むね」
     クラブの皆に贈るチョコをフィーリングで選ぶ。本命のチョコは着々と準備中だ。
     勿論贈る相手は、黒虎。
     包装用品の揃ったエリアで、箱のラッピングリボンに黒虎は目を留める。
     ふと名案を思いつき、
    「あ、そうだ! 銀河、ちょっと俺お花摘みに! ここで待っててくれ!」
     そう言って黒虎がダッシュで消えてしまう。
     その姿を見送った銀河も猛ダッシュ。
     勿論、黒虎への贈り物。
     黒虎がやってきたのは、アクセサリー売り場。
     銀河に似合いそうなリボンをと思ったのだ。
     柔らかな手触りのリボンに触れる。
    「お、これ銀河に似合いそう! これ買って戻るか!」
     買い物を済ませ、黒虎は銀河の待つ場所へと駆けだした。

     売場へとやってくると、七狼が呟く。
    「チョコ? アァ、ソンナ時期か。シェリーはチョコ好きなのか?」
    「わたし? うん、チョコは好き」
    「……そうか」
     納得する七狼。
    「ご家族に買って行かない?」
    「家族……ソウ、ダナ」
     七狼が選んだのは巨大板チョコ。
    「シェリーも買わないノか? 妹サンに」
     一瞬、虚を突かれた表情を浮かべるが、七狼が言うならと妹へのお土産にドラジェを選び、七狼の分のトリュフも一緒に購入したのだった。

    「綺麗な形してるね。あ、これも美味しそうー」
    「はー、やっぱ売りもんはすげーな、器用なもんだぜ」
     鋼と鷹秋は手を繋ぎ、様々なチョコを眺めつつ、売場を巡る。
    「自分用にも幾つか欲しいかも」
    「あんまチョコとか普段見ねーから、色々と味の想像がつかなくておもしれーな」
     鋼はどんな物を贈ろうかと考えながら、さりげなく好みを聞く。
    「中に何か入ってたりじゃなくて、スタンダードに甘いのが良いな」
     重要なのは、鋼が鷹秋に作ってくれるという気持ち。
     バレンタインデビューで初めて贈るから、緊張を解してくれたのかも知れない。
    「やっぱり気合いを入れて、手作りがいいなーって思うんだ」
     材料を吟味する鋼の様子に、こういう買い物もいいなと鷹秋は見守りながら思う。
     幸せな時間を満喫しているような。
    「楽しみにしてくれてて、いいよー」
     頑張って喜んでくれるような味に仕上げるから、と。
    「楽しみだ、鋼が作ってくれんなら此処のよか断然な」
     楽しい予感を感じながら、鷹秋は笑顔を浮かべた。

    「美味しいチョコをあげましょう~♪ あなただけに~♪ わたしだけの~♪」
     白雪は楽しそうに兄の千明と手を繋ぎながら歩く。
     バレンタインは乙女の勝負所と気合い十分だ。
     乙女モード全開の白雪を見ると、成長微笑ましいと兄心で見守りつつも、少し心配になる。
    (「……俺、白雪から貰えるのかな……?」)
     そわそわしている内に売場へと到着した。
    「白雪さん、白雪さん、家族チョコしませんか?」
     その心はチョコレート愛が限界突破しそうなので、何個か買って帰ろう! そしておうちで一緒に食べよう! という甘党な千明の願望が詰まっていた。
     テンションが上がりすぎて敬語になった千明に白雪は花咲くような笑顔を浮かべる。
    「一緒に選んで食べるの、楽しいもんね♪」
     買い物を終えた千明は、白雪の買い物を終えるのを待つ。
     店の外もチョコが沢山。そんな中目に止まったのは、チョコレートのお花で出来たミニブーケ。
    (「かわいいかわいいお姫様へプレゼントしよっと♪」)
    「お兄ちゃん、お待たせ!」
     別の紙バッグには、改めて贈る兄へのチョコレート。
     キラキラした箱に入っている、大きなハートのミルクチョコレート。
    (「──お兄ちゃん、喜んでくれれば良いな♪」)

     ガラスケースには動物の形をしたチョコ。小さな物から大きな物まで様々だ。
     中身は空かと思ったら、みっちりと詰まっているという。
     自分で食べられる大きさと相談しつつ、真剣に悩む薫は、中くらいの大きさのクマを選んだ。
    「クマさんを砕くのは気が引けますけど、可愛いです」

     今日は、千波耶の妹分に思いを寄せる煌介の買い物に付き合っている。
     異性である友とヴァレンタイン一色になったモール内を歩くというのは、不思議でありながら心地よさを感じていた。
    「千波耶、家族、まだ辛い……?」
     言葉に潜む感情に微かに笑みを浮かべる千波耶。
     煌介には分からない家族の事。大切に想えない家庭が在るのは衝撃だったけれど、それが千波耶の真実なら、彼女の心に添うように言葉を紡ぐ。
    「俺は妬いてばかり……嫌な奴」
     煌介が大事そうに抱える手帳をつつ乍ら、
    「好きな人にはさ……好きになって欲しいし、嫌われるのが怖いじゃない? ……わたしが母さんが怖いのも、根っこは多分同じなの」
    「想うって、我儘で手強いな……」
     感慨深げに溜め息をつく。
     そんな煌介を見やり、千波耶は笑う。
    「月は、闇に飲まれた様に見えても、また必ず戻ってくるでしょ?」
     千波耶の無償の愛が伝わるようにと煌介は願う。
    「千波耶はやっぱり、良い女」
    (「だから煌介は大丈夫……そう、言葉でないもので伝わります様に」)
    「……ところで。わたしが好きなのが誰かは、内緒ね!」
     声音を変えた千波耶は、唇に指を立ててあてたのだった。

    ●特別なあなた
     手作り用の材料の揃った特設会場を見渡す。
    「チョコレートを作ってくれるって嬉しいなあ♪」
     忍には今までは姉や隣のお姉さんがくれていたが、今年は恋人の陽菜が作ってくれるので、嬉しくてどきどきしている。
    「ボク、忍おにーちゃんが喜んでくれるようなの作るね」
     必要な材料を選ぼうと、買い物かごに陽菜が手を伸ばそうとすると、忍が一足先に手に取った。
    「買い物かごは僕が持つよ、男だしね!」
    「ありがとう」
     贈る相手と一緒に見て回る不思議な気分を味わいつつ、さりげなく忍の好きなものを聞く。
    「サッカーボールとかー……、色だと青とか緑とかかなー」
    (「ホワイトチョコとミルクチョコレート……っと」)
     失敗しても大丈夫なように多めにかごに入れる。忍は不思議そうにその品々をみていた。
     買い物を終えると、陽菜が忍を見上げる。
    「……バレンタイン、楽しみにしててね……ボクの最愛の、恋人さんっ♪」
    「えへへ、すっごく楽しみにしてるね、陽菜ちゃん♪」

     伊織には買い物に付き合って貰うという名目で一緒にやって来た小鳩だが、買い物の目的はチョコの材料調達。
     周囲はそんな人達で一杯だ。伊織はチョコを貰うのは家族だけだったなと、ふと思い出す。
    (「……元気かな」)
     暗い顔をしていたのは一瞬で、小鳩の方を見やる。
     何だか頬を染めているので名前を呼ぶ。
    (「これってまるでデート……!?」)
     小鳩はふるふると頭を横に振ってから、じっと伊織を見た。
    「伊織は、どんなのが好きだったりしますー?」
    「んー? 俺はフルーツチョコとか、色んな味がして好きかな。……はっ、小鳩ったら、チョコあげたい子がいるのだね。隅におけないなぁ」
     笑顔の伊織に、違いますと叩く。
    「ほ、他の人にあげたりなんてしませんからっ!?」
     伊織もお世話になっている人に何か贈るのも良いと考えるが、菓子作りは未経験だ。
     まぁ、何とかなるだろう。小鳩には一番出来の良いのを贈ろう。
    「(……伊織だけ、です)」
     小さな小鳩の声。
    「何?」
    「何でもありませんっ!」
     買い物の済んだ小鳩は、伊織の方を振り返る。
     にっこりと笑顔でお茶でもしていきますか? と。

     エインヘリアルは学園でお世話になった人達にと手作りチョコを作ろうと材料やレシピ本を購入する。学園にきてこういったイベントは初めてだ。
    (「もしかしたら、また来年くらいには渡す相手が出来てるかもしれないし、その時の参考のためにも今のうちに見ておいて損はない……かしら?」)
     美味しそうなチョコを見つめていると、同じように見つめている薫に出会う。
    「こういった形が好きですか」
    「ええ、そうね。といっても、参考に見ているだけだけれど。手作りしようと思っているから」
     好きなチョコを聞かれて、薫はフォンダンショコラと答えた。
    「上手く出来上がるといいですね」
    「ええ」

    ●銀の輝きを
     アクセサリの扱う店が連なっている通りを歩きながら、彩華は月夜に店の前に待っていて貰い、気になった品物を手に取る。チェーンと革紐もセットにして。月夜らしいイメージを持ったそのペンダントを購入すると、月夜の姿を探す。
     手を上げて彩華の所へとやって来た月夜は、気付かれなかったとほっと息をつく。
     月夜も彩華に似合いそうな品を見つけ、急いで購入してきたのだった。
     モール内のベンチに座って、互いに贈り合う。
     ピンクゴールドのクマとピンクの薔薇がついたネックレスを彩華に、ロードライトガーネットのペンダントを月夜に。
    「ありがとうな」
     照れた表情を浮かべる月夜に、
    「ありがとう」
     彩華は滅多に浮かべない満面の笑顔を浮かべた。
     本当に嬉しくて。

     シェリーと七狼は並んで歩く。
    「モールはソコソこ人多いナ」
    「装飾品のお店にも寄りたいな」
     装飾品店に入ると、シェリーがつい探すのは七狼に似合いそうな品。銀装飾ならと探す様子に、七狼は不思議そうに見る。
     何でもない素振りをしつつ、慌てる仕草に七狼は思わず和んだ。
     ふと目に止まった品は、シェリーに似合うのではと思った。彼女の瞳の色に似ていたから。

     エリカがこういった場所へと行きたいというのを珍しいと思い乍ら、喜んでエスコートするフィリオル。
     シルバーアクセサリの店内に並ぶ品々を見て回る。凝った品々に驚くエリカ。
    「フィークの好みはどの様なものかしら」
     エリカは装飾品には関心無い。正装の時には、きちんと装うが。
    「一口にシルバーアクセといっても、色々あるのね」
    「普段の派手なドレスに装飾品も良いけれど、シンプルなシルバーアクセもよく似合うよ」
     自分の好みでもあるが、エリカの美しさを引き立ててくれると思うから。
     フィリオルは、ふとそういえばバレンタインだと思い、甘い雰囲気に納得する。
     エリカが選んでいる間にフィリオルは指輪を購入する。
     細い彼女の指に嵌る指輪を想像して頷く。きっと似合うだろう。
    (「後はこれをわたすオレの勇気の問題だな」)
     店の外で待ち乍ら、心の中で呟いた。
     エリカは、自分用のカムフラージュのピアスと、本命用のロザリオ型のチョーカーヘッドを購入し、大切そうにバッグを受け取った。
    (「気に入ってもらえると、嬉しいな……」)

     帰りにこれを、と髪バッグを差し出す。
    「似合うと思って」
     シェリーが七狼に選んだのは、銀の鍵揺れるチョーカー。
    「アリガトウ、大事にシヨウ。君がくれたモノだから」
    「コレは俺から」
     銀のハットピンで、ラベンダー色の蛍石が嵌っている。
     自分を思って選んでくれたと思うと、自然と頬が緩む。
    「七狼からの贈り物、宝物にしよう」
     そして、シェリーが選んだのはトリュフで、七狼が選んだのはホワイトチョコのトリュフ。
     思わず互いの顔を見合わせた。

     甘い甘い時が近づいてくる。
     大切な人に贈るバレンタインデイ。
     喜んでくれたら、と純粋な思いを胸に、その日はやってくる。

    作者:東城エリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:23人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 10
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