紅い奈落にて

    作者:東城エリ

     午後のティータイムを過ぎた頃。
     郊外にあるマナーハウスでは、ミステリーツアーの参加者が続々と到着し、チェックインを済ませていた。
     地下2階、地上5階の堅牢な外見と贅を尽くした内装を持つ建物。
     英国伝統様式の美しい内装は、参加者を一端の探偵気分にさせてくれる。
     紅い絨毯が敷かれ、壁は美しい模様が描かれ、掛かる絵画はのどかな風景。
     家具の脚は丸みを帯びた猫足で、艶やかな飴色。
     椅子に貼られた布はゴブラン織り。
     暖色の明かりと、吹き抜けになった高い天井。
     玄関ホールを抜けると、ウェイティングルームとなっており、チェアセットが幾つか置かれ、寛ぎの空間となっている。
     部屋の隅には、重厚なデスクが置かれ、受付のプレートが見えた。
     受付の手続きはチェアセットに座る客のもとに伺う仕様のようだった。
     正面にある大階段の左右にある扉は、右側が小食堂、左側が大食堂となっている。
     付属するように厨房、カトラリーを収める部屋があり、主に従業員が使う地下へ繋がる階段に近い場所に設置されていた。
     地下1階は、このマナーハウスに必要なものを収めた部屋と従業員の私室、地下2階はワインセラーとして使われている。
     大階段を上れば、大広間とゲストラウンジが並んであり、右側には遊戯室が、左側には図書室があった。
     3階へ続く階段は4隅にある螺旋階段。
     緩やかな螺旋階段は2階から5階までを繋ぐ。
     その内1つは、円形のエレベーターとなり1階から5階までが行き来できるようになっている。
     客室があるのは、3階から5階。
     吹き抜けを取り囲むように扉が並ぶ。
     3階と4階に各24部屋。
     5階に2部屋。
     それとは別に、キングスルームとクィーンズルームが各1部屋ずつ。
     マナーハウスの主と言う役所を演じる男性がキングスルームに宿泊し、探偵助手の役割を演じる女性がクィーンズルームを使う予定だという。
     基本的に参加者は1人でツインベッドルームを使う贅沢な仕様となっており、このマナーハウスにある50室は全て埋まり、従業員が荷物を持ち案内していく。
     全員が到着し、大食堂で晩餐会が始まり、終えた頃には夜も深夜に近くなっていた。
     謎解きは翌朝から開始されるとあって、宿泊客は早々に部屋へと戻る。
     従業員が大食堂の食器を片付け、カトラリーを配し直した頃には、深夜をまわっていた。
     支配人が副支配人へと夜の番を引き継ぐ前、玄関ホールの施錠をすべく、扉に手を掛けようとしたとき、飴色の扉が開いた。
     貸し切りであると告げるべく、言葉を発しようとしたが、それは叶わずに支配人は崩れ落ちた。
     口腔に突き刺された刃が脳へと達し、タイムラグを経て心臓はやがて動きを止めるだろう。
     三日月連夜は、使い慣れた紅い刀身を持つ長目のナイフを引き抜き、支配人の手にしていた鍵束を抜き出す。
    「扉を閉めておかなければいけませんね。準備が整うまでは」
     禍々しさを感じさせる仄暗い笑みを浮かべると、殺戮を開始した。
     手始めに殺されたの従業員達。
     カトラリールームから、よく手入れされナイフを数多く手にした。
     そして、エレベーターを使い、5階へと上がる。
     各部屋にいる宿泊者達を1人ずつ引きずり出し、廊下側から扉へと押しつけ、手際よく磔にした。
     両掌は扉に。
     両足の甲は廊下の絨毯に。
    「口はふさぎませんよ。思う存分泣き叫ぶといいでしょう」
     銀のナイフは釘の役割を果たす。
     不安を伴った叫び声は連鎖する。
     ひとりずつ、ひとりずつ。
     それを全ての宿泊者にしてまわったのだ。
     5階から4階、3階へと。
     幾度も幾度もナイフを突き刺して。
     紅い紅い血溜まりを作る。
    「美しい血のカーテンの出来上がりです」
     同じ動作を厭うことはなく、訪れる楽しみを思い浮べながら、一連の行動を済ませた。
    「ああ、これは壊しておきましょうか」
     円形エレベーターを身長に届きそうな紅い刀身を持つ大きな武器を振るい、断ち切って破壊する。
     玄関ホールの扉を開き、踵を返し歩き出す。
     まるでここに居ると誘うように、周囲に血の匂いが広がり始める。
    「これだけの舞台を用意したのです。私の招待を受けていただきましょう」
     大階段を上りながら、三日月は笑みを浮かべた。

    「それでは、始めますわね」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まったメンバーを見ると、話し始めた。
     六六六人衆がひとり、序列五九七位の三日月・連夜が再び現れると、未来予測に出ました。
    「彼は、明らかに皆さんを誘っています」
     彼が現れる場所に赴き、彼が行っている殺戮を止めていただきたいのです。
     ダークネスには、バベルの鎖の力による予知がありますが、私達エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐり、ダークネスに迫る事が出来るでしょう。
     強力で危険な敵ですが、ダークネスを灼滅する事こそ、灼滅者の役目なのではないでしょうか。
     今回は、本当に厳しい戦いになるとは思いますが、皆さんなら……きっと大丈夫だと信じています。

     彼が現れるのは、郊外にあるマナーハウス。
     そこで開催されているミステリーツアーの参加者が、殺戮の対象とされました。
     皆さんが三日月のいるマナーハウスに到着するのは、深夜すぎ。
     ツアー参加者が宿泊部屋の扉に磔にされて、吹き抜けのホールを血のカーテンにした頃です。
     この方々の命の刻限はどれくらいもつのか、わかりません。
     ただ三日月は、磔にし始めたのは5階の宿泊者の方から、4階、3階と順番にしていったようです。
     そうなると、命の危険が高いのは5階の方ではないでしょうか。
     マナーハウスの従業員の方々は残念ながら既に殺されています。
     地下1階、1階の館内で出会い様に……。
     姫子は痛ましげな表情を浮かべる。
     彼が灼滅者の皆さんと相対したいと選ぶ場所は、2階の大広間や1階の大階段の前ではないでしょうか。
     いずれにしろ、皆さんがこのマナーハウスに入るためには、三日月が開いた玄関扉から入るしかありません。
     仕留めることは難しいと思いますが、これ以上、殺戮で血を流させないよう。
     傷つけられている方々の命が出来るだけ救われるよう、お願いします。

    「お願いします。そして、皆さんも無事に帰って来て下さい」
     そう言って、姫子は皆を見送った。


    参加者
    望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    立見・尚竹(インフィニットスレイヤー・d02550)
    後上・リオ(切々舞・d04098)
    星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)

    ■リプレイ

    ●紅の饗宴
     闇が濃い。
     足早に道を急ぐ。
     人命救助を優先で事にあたるつもりでいた。
     命の刻限が、皆の心を急がせるが、それも含めて整えた舞台だというのは分かっている。
    (「しかし……、それにしても趣味が悪いな。こんなことをせずとも姿を見せるだけで戦ってやるというのに。六六六人衆は殺したいだけだったか?」)
     望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)は、災難に見舞われた一般人を思い、その凶行に意味を見いだそうとするが、ダークネスである敵の思考を理解できる時など来ない方が良いのだと頭の隅へと追いやった。
     通路の両脇を飾る木々も闇の中では大きな影でしかなく、そんななか漂ってくるのは血臭。
     灼滅者達を弄ぶようにたびたび現れていた三日月・連夜が、今度は自分の設定する舞台へと招待をしてきたこと。
    (「手探りの戦いが続いていたが、今回はそういかないだろう。いつも以上に気を引き締め、覚悟を決めて挑まないとな」)
     三日月の方が、舞台については主導権を握っているのだからと、星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)は、マナーハウスの全容を視界に収める。
     続く道の先にあるマナーハウスを迎える鉄門は開け放たれ、更に続く道の先では闇の中、煌々とした灯りが漏れていた。
     3階から5階までは客室であるため、カーテンを引かれ室内の灯りは漏れ出てはいない。
     誘うように両開きで開かれた玄関扉。
     足下には、最初の犠牲者である支配人が倒れている。
     タイルの目地を血が通り、格子状に彩っていた。
    (「……外道だな、三日月。敢えてその罠に乗ってくれん」)
     立見・尚竹(インフィニットスレイヤー・d02550)は凶刃を受け倒れているのを見て、眉を寄せた。
    「行くぜ」
     既に散らされた命に心の中で別れを告げ、一・葉(デッドロック・d02409)が振り返る。
    「大丈夫だ。一葉、行くぞ。守りあおう」
    「ええ、心葉ちゃん」
     木通・心葉(パープルトリガー・d05961)は、相棒の天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)に語りかける。
    「ミッション・スタート!」
     優輝はスレイヤーカードを人差し指と中指で挟み、カード表面が見えるように掲げて宣言した。
    「皆、一緒に帰れるように努力しよう」
     尚竹が、惨劇の繰り広げられる中へと踏み込む仲間へと言葉をかけた。
     展開する配置は、葉と心葉、一葉が攻撃力重視の戦法を取り、今日子と尚竹は守りに厚くする戦法で仲間の損傷度を減らす。
     後上・リオ(切々舞・d04098)は、命中精度を上げて少しでもダメージを与える戦法を取り、優輝と苑田・歌菜(人生芸無・d02293)は、傷付いた仲間の傷を癒すことを重視した戦法を取る。
     それでも、自分達の力が及ばなければ、各自の判断で闇堕ちを選択してでも、戦い抜こうと決めていた。
     時間をかければ、人質とも言うべき人々の命数が途絶えていくだろう。
     最終的に残るのは、幾らばかりか。
     自分達が安全策を取ることで、救出すべき対象が命を落とすのなら、と考え抜いた結論だった。
     特にそう思っているのは、闇堕ちをしても良いと覚悟を決めて、その戦力さえも計算にいれた葉と心葉、一葉の3人。
     自分の中に潜むダークネスに身体を明け渡す行為だが、この戦いの間、莫大な力を手にして意志の力でねじ伏せ、行使できるのなら十分だと考えたのだ。
     短期決戦でやろうとすれば、三日月の方も力を入れて戦うだろう。
     忌々しいことに、戦いを好む相手に、好きな状況を作り出す手伝いをしているような気分だが、マナーハウスにはいつ失血で命を失ってしまうかわからない数多くの人がいる。
     三日月の灼滅と磔にされた人々の救出を天秤にかけたとき、救出の方を選んだ。
     迷い無く、三日月の灼滅を選ぶことが出来れば楽だというのは分かっている。
     けれどそれは、理性が押しとどめた。
     助けられる可能性のある命を見捨てるのは、自分達は出来ないし、それを恥とは思わない。
     そう選択できる自分達だから、ダークネスと対峙出来ているのだろうと思うから。
     玄関ホールを抜けると、凄惨な世界に塗り変わり、力無い息づかいが聞こえて来る。
     何もなければ美しい内装も、今は紅に染まり、死の香りが満ちた空間へと変わっていた。
    (「相も変らぬ悪趣味っぷり、いっそ拍手でもしてやればいいのかしら……呆れるわ、まったく」)
     歌菜は、吹き抜けを彩る悪趣味な装置、客室の扉に磔された人々を見上げた。
    「ようこそ、紅の屋敷へ」
     三日月が屋敷の主であるような仕草で、大階段の半ばで見下ろしていた。
     突き立てられたナイフの傷口から、血を流したそれは紅い絨毯を更に赤黒く染めて、吹き抜け側にある手すりの柵の隙間から、ぽたりぽたりと一階の床へと落ちている。
     事切れた従業員の身体の上にも落ち、全ての紅を混ぜているよう。
    「この度はお招き頂き有難う御座います。またお会い出来て嬉しいです三日月さん。こんな素敵な舞台を用意して下さるなんて、ふふ」
     一葉は首をかしげるようにしてから、三日月を見つめる。
     ほころぶような笑みを刻んで。
     もう一度、会えて本当に嬉しいと思っているのだ。
     純粋に戦える相手との再会に。
    「でも、これじゃ今宵は踊り明かしましょうって、言えないじゃないですか」
     少し残念そうに、周囲を見渡す。
    「共に戦いという舞踏を踏むことはできるのです。それで、納得していただけませんか。あぁ、踊る相手の名を問わないのは、失礼ですね」
     優雅な音楽が流れているのがふさわしい場所は、血で穢され、従業員達が床に倒れている。
     途切れ途切れに聞こえるのは、大広間から漏れる音色だろうか。
    「天月一葉と申します。三日月さん」
     見上げれば、命数の知れない人々が苦しみながら解放される時を夢みている。
    「久しぶりだ、三日月。今夜、再び遊んでもらおうか。この間のようには、いかないぞ?」
     一葉の隣に進み出た心葉は、凛々しさを感じさせる面を上げた。
     もしかしたら、次々と磔にされて行くのを見ている間に、希望は失ってしまったのかもしれない。
     泣き叫ぶ元気のある人は、マナーハウスへと入って来てから、耳にしては居ない。
    「覚えてないかもしれないけれど。どーも、お元気そうでなにより。……やっぱり、お前みたいな考え方って、分かんねェな。分かりたくもないけどさァ」
     リオは仄暗い笑みを浮かべる三日月へと、身の内に秘めていた感情を吐露する。
     同時に、抱くのは傷つくことで流される血の色。
    (「いのちのけずれるおとが、するね。ああ……、いやだ」)
     優輝は静かな闘志を燃やしながら、これから始まる戦いに覚悟を決める。
    (「人の命を簡単に奪うおまえを絶対に許す事はできない」)
     生き長らえることを放棄していなければいいが、と祈る。
     助けるのは神ではなく、自分達だがどれだけの人を救うことが出来るかは時間との戦いだろう。
     そして、三日月の気まぐれに掛かっている。
    「人の命使ってタイムリミット設けるたぁ、上手く考えたじゃねぇか。その眼鏡は飾りじゃなかったんだな」
     同じく眼鏡な葉が、妖の槍の切っ先を三日月へと向ける。
    「緊張感があると違うでしょうからね。楽しんでいただけたようで何よりです」
     罵倒が出るということは、それだけ関心を惹くことに成功したと言うことだからだ。
     満足そうに微かに頷く。
    「要は、ガンガン殺ろうぜってことだろ?」
     不敵な笑みを刻んで、葉が煽る。
    「ええ、そうです。ひとつの舞台を作り上げて、君たちを待つほどにね」
    「その誘い乗ったぜ」
    「メイン会場は大広間なんじゃないの?」
     歌菜は余裕を見せる三日月に、誘導するように話を振る。
    「せっかく用意してたんだろ? 血のカーテンを見せてはくれないのか?」
    (「ボクはそんなもの見たくはないが」)
     心葉は不本意ながらも、戦場を此方の望む場所にすべく援護する。
    「折角用意して下さったダンス会場まで行きませんか?」
     足下には人が倒れて、動きにくい。
     広さも、1階ほどには血で汚れていない大広間なら、存分に戦えると、蕩けるような笑顔で一葉も誘う。
     1階部分が高さがあり、2階から上の様子は角度によって見えないところが多く、実際のところはもう1階あがってからがよく見えるのだろう。
    「私はどちらでも構わないですよ。そのために、この大階段で君たちを待っていたのですから。招待した相手の意志を尊重しますよ、ホストとしてね。このホールは必ず目に入りますし、役割は十分に果たしました」
     それに、1階からの眺めより2階からの方が綺麗な眺めですからと、付け加えた。
     大広間なら、救出の手を伸ばせることをわかった上の台詞だろう。
     折り重なる身体、壁紙に飛んだ血飛沫。
     人質となっている人々の姿。
     三日月の考えていることを読み取ろうとしつつ、歌菜は1トーン声を大きくする。
    「……だったら、三日月、私達の選択する戦場は2階の大広間でお願いするわ」
    「良いでしょう。どうぞ」
     そう言って、三日月は階段を上がっていく。

    ●紅の世界
     2階に上がると、3階の様子が良く見えた。
     青ざめた顔色と同じ姿勢を維持しなければいけない痛みといつ命が途絶えるか分からない恐怖。
     恐慌に陥って、暴れる者が居ないのは、きっと淡々と作業的に刃を振るい続けた三日月を本能的に恐怖して、思考が固まったのかもしれない。
    「必ず助ける! だから貴方たちも生きる意志を捨てないでくれ!」
     今日子は大声を出すのは柄ではないが、自分の気持ちよりも助けを待っている人達が優先だ。
    「館を乗っ取ったヌシ退治、いくわよ……!」
     歌菜はひときわ大きな声で、吹き抜けを通して上階に届くよう言葉を発した。
     宿泊客に声が届いて、救助しに来た者がいるのだと、自分達は助かるのだと希望を抱いてくれたらと思ったからだ。
     死の絶望より、希望を抱く方が断然良い。
     けれど、彼らの方を顔を向けることはせず、表情も変えなかった。
     気を逸らせていられるほど、甘い相手ではないと自覚している。
     三日月は磔にした宿泊客の命などどうなってもいいと考えているだろう。
     助けたいと思っている自分達には、要救護者という懸念材料があるが、三日月には何もない。
     招待した自分達と刃を交えたいと望んでいるだけ。
     それは、満足な力を発揮できなければ、いつ宿泊者へと凶刃が再び向かわないとは限らない。
     この戦いは、いかに三日月に満足させられる強さを見せることに掛かっているといえた。
    「では、存分に戦いましょうか」
     同時に、長い紫の髪を靡かせ心葉が三日月へと駆ける。
    「心葉ちゃん……!」
     背後で一葉が心葉の名を呼ぶ。
    「行くぞ!」
     全体が紅い無敵斬艦刀を携え、心葉は下方から勢いをつけて、三日月へと巨大な刃で粉砕すべく振り上げようとする。
     だが、その前に三日月が心葉と同様、身長に届きそうな大きな武器、深紅の刃を持つ無敵斬艦刀で、上方から叩きつけるように刃の特性を生かした一撃を叩きつける。
     右手には、深紅の刀身を持つ長目のナイフ、解体ナイフ。
     同じ形状を持つもの同士がぶつかり合い、重い衝撃が生まれた。
    「くっ……!」
     刃の重さと言うより、三日月の力に押し負けそうになるのを、心葉は振り払うように繰り出そうとしていた刃を最後まで振り抜く。
    「君と私は好みが似ているようですね」
     共に紅い刀身を持つ無敵斬艦刀のことを言ってるのだ。
    「同じにしないでほしいな」
     思わず不満げに言葉を紡ぐ。
     息を合わせたように、一葉が槍を操り三日月へと肉薄する。
    「刃を交えられて嬉しいです」
     一葉は粉雪と銘を持つ真っ白な柄に雪をモチーフにした銀装飾が美しい妖の槍を振るう。
     同じく真っ白な一葉の長い髪が動きに合わせて軽やかに踊る。
     穢されない白銀の切っ先を螺旋のように捻りを加えてながら突き出す。
    「戦いを悦びを感じているようですね」
    「戦いは好きです」
     嬉々として一葉が答えた。
     簡単に当てさせてくれないのは、最初から分かっている。
     強い相手と戦うことは楽しい。つい、長くこの戦いが続けば良いと考えてしまうが、目的は忘れては居ない。
     戦いだけに飲まれてしまえば、眼前にいる三日月と同じになってしまう。
     葉は、標的を追い詰め殺す怨念が塗り込められた魔槍に捻りを加え回転させ突き出す。
     前のめりと言えるほどの勢いでもって。
    「随分乱暴ですね」
    「あんたが作った罠のせいだよ。変な小細工しなけりゃ、存分に遊んでやったんだけどな」
    「すっぽかされてしまっては切ないでしょう」
     殊勝なことを口にする三日月。
    「ハッ! そんなことひとつも思ってねぇだろ」
     何を言ってるのだと、笑い飛ばす。
     今日子は巨大な腕型の祭壇兼武器である縛霊手とエネルギー障壁を展開するWOKシールドを携え、闘気を雷に変換し拳に宿して、下方から拳を繰り出す。
     安定した身体運びだが、項で赤い組紐で結わえた艶やかな黒髪が肩で軽く跳ねた。
    (「倒れる時も無様ではないように、前のめりといきたいね」)
    「私達が助けるから……!」
     助けを待っている人々が命を諦めないように、自分達が希望であると思ってくれるように願って。
     惜しくも空ぶりだったが、それでも自身に耐性がつけば良いと考えていたので、気にせずに次へと切り替える。
     尚竹はバトルオーラを身体を覆い、美しい波紋を持つ日本刀と障壁を展開するWOKシールドを携え、守りを更に固くした。
     この守りを三日月と接敵している葉達に順番に付与できれば、受けるダメージの軽減になる。
     あまり突出しすぎないように注意を払いながら、尚竹自身は攻撃ではなく守りに比重を置いて、戦い抜くつもりだ。
     リオの手には使い慣れた駆動式の刃がのこぎり状についたチェーンソー剣。
     まずは、前衛にいる仲間へとヴァンパイアの魔力を宿した霧を広げる。
     ダメージディーラーの3人に付与するのが目的だ。
     歌菜は、頑丈な魔力を秘めたギターを抱え、バトルオーラで身体を覆い、輝く光輪のリングスラッシャーを周囲に滞空させている。
     リングスラッシャーから分裂させた小さな光輪を心葉の盾として展開させ、ダメージを回復させた。
     真剣に戦いながらも、ゲーム感覚でいる自分が分かる。
    (「私は体動かしながら頭もフル回転、集中する感覚が楽しいのかも」)
     身体の全てを使って戦う真剣勝負が好きなのだろう。
     仲間がどれくらいのダメージを与え、逆に三日月がどれくらいのダメージを叩き出すのかを観察する。
     優輝が契約の指輪の力を引き出しつつ、悪しき者は滅びの光を善なる者には癒しの光を与えるジャッジメントレイを心葉に放つ。
     その時、つんざくような悲鳴が吹き抜けに響き渡った。
    「オーナー!」
     オーナーというキーワードから、ミステリーツアーの主役の人物が事切れたのかもしれない。
     明確に役名を言っていたのは女性の声。
     きっと探偵役の女性だろう。
     自分の直ぐ傍で命が失われてしまったことで、心の箍が外れてしまったのだ。
     自分が叫ぶことで疲労することも、他の宿泊客に恐怖を伝播させることも、忘れてしまうほど。
     4階からは、磔にされてはっきりと姿を確かめられないのが、より恐怖を掻き立てる。
     男性は痛みよりも恐怖が勝って、ナイフを無理矢理掌を貫通させて自由にしようともがく。
     だが、飴色の扉は頑丈で、そんな簡単には引き抜けない。
     無駄に血が流れ、自らの命数を削っていく。
     縫い止められている4カ所のどれかから解放されたら、自由になれると信じているのだ。
     周りのことなど何も目に入らないよう。
     そんな人が増え始め、自分ならもしかしてと吐かない希望を抱いて、ただ無駄に血が流れて行く。
    「存外保たないようですね」
     三日月は容易く断ち切れる命にそれほどの関心はないのか、世間話をするような口調で話す。
     一葉と心葉がはっと視線を交わす。
     一瞬、硬い表情を浮かべた葉は、小さく息をつく。
     何か感じた三日月が葉へと死角から紅刃で斬撃を繰り出し、足取りを鈍らせる。
    「さぁ、どうしますか。君たちには、大切な命なのでしょう」
     これだけ騒ぎ出せば、制止するのも一苦労に違いない。
     今は、手数を減らすようなことは出来ない。
     三日月と過ごす時間が長ければ長いほど、宿泊客達の命は減っていく。
     決断するのなら、迷いなく下さねばならない。
     一番最初に決めたのは彼だった――。
     
    ●紅の奈落
     膨れあがる闇の力を自分自身の意志で屈服させようとするが、後から後から溢れてくる力の波に飲まれそうになる。
    (「奈落へヨウコソ、ってな」)
     なるほど、時間制限があるのも道理だと納得しつつ、葉は剣呑な眼差しを三日月に向けた。
    「神経を研ぎ澄まし一切の躊躇いを捨てて、常に踏み込んだ攻撃を自分の命も賭けずに、アンタの首獲れるなんて思っちゃいねぇさ。今までに見たどんな紅より、綺麗な紅を見せてやるよ」
     葉が手にした光剣で、薙ぎ払うように三日月を切り裂く。
     今までの自分の力とは違う感覚。
     加減のし難い力だ。
    「面白い……」
     三日月は葉が自分達の側へと堕ちてきたのを歓迎するように、呟いた。
     そして、新しい遊びを見つけたと、愉悦に満ちた表情を浮かべる。
     表情のそれほど変わらない三日月が、一葉と心葉の方を見た。
     一葉が透き通った笑みを浮かべる。
     請われてどうして断れよう。
     得た力を行使する自由。振るう快感を味わってみたいと思う。
     今すぐにも救助に人員を割いた方が良いことは分かっていた。
     足りない戦力は、自分が補充すればいい。
     そう一葉は考えた。
    「心葉ちゃん……暫くお別れです。皆を宜しくお願いしますね」
    「一葉! 一葉が行くのなら、ボクも行く。だって、相棒だろう」
    (「一葉、お前だけは守って見せると誓った……!」)
     堕ちるのなら共に。
     心葉の決意に一葉は嬉しくなる。
    「どこまでも一緒です。心葉ちゃん」
    「さぁ、ボクは守りたいものを守らせてもらう。最後の最後まで、遊ぼうじゃないか」
     葉に続いて、一葉と心葉が自らの中に潜む闇の力を引き出す。
     溢れ出す力が零れ落ちないよう、自分の力として行使し始めた。
     何て、強い力だろう。
     先ほどまでの自分達の力が、か弱く思える程の強さ。
     後に引き返せなくても、成果を得られれば良かった。
     心葉は咎人の大鎌を片手で容易く扱い、断罪の刃を振るう。
    「これほどのスリルは久しぶりです」
    「三日月さんと同じ力で、戦えることが嬉しいです」
     一葉は嬉しくて堪らない気持ちを三日月に力と共にぶつける。
     七の罪科と銘を持つ、薔薇の装飾が施された美しいロッドから膨大な魔力が注ぎ込み、爆破へと導く。
    「後のこと頼むぜ」
     葉が振り返り、未だ騒ぎの収まらない室外、吹き抜け側に向いて磔にされている宿泊客のことを任せる。
     こうなった以上、引き受けるのは自分達の役目だと頷く。
     三日月側に残るのは、闇堕ちした葉と一葉、心葉の3人。
     救出に尽力するのは、尚竹と今日子、歌菜と優輝、リオの5人。
     守りを固くした尚竹は残った方が良いのではないかと考えるが、今日子が首を振る。
    「闇堕ち者なら、簡単には負けないと思う」
     だから、私達の出来ることをしよう、と言葉を続けた。
    「分かった。救助は任せて欲しい」
     優輝は1人でも多く助けられるように尽力すると、責任を請け負う。
     引き受けたことは、最後まで尽力しようと安心させるように言うと、大広間から出て行く。
    「ここまで来たら、救える命は繋ぎ止めるよ」
     灼滅者としての力ではなく、己の内に潜むダークネスの力を振るうのは、正義も悪も表裏一体であるように思える。
     自分が求める結果の為に持てる力を尽くすのは、嫌いじゃない。
     あがけるならあがけばいい。
     心の中で、無事に戻ってくるように願って。
    「そっちはそっちで専念して」
     歌菜はこのバランスで大丈夫だと信頼して、救助に向かう。
     三日月は救助の方にまわった5人を見送る。
    「君たちは、私達側へと堕ちてくると、これ程の力を発揮してくれるとは、嬉しくて仕方がありませんよ」
     何て遊び甲斐のある人達でしょうかと、嬉々として刃を振るう。
     舞台を整え、招待をした自分を褒めたいですね。
     このような面白い状況になるとは思いもしませんでした。
    「飽きるまで付き合ってやるよ」
     葉が不敵な笑みを浮かべた。

     5階の宿泊客は助からなかったが、4階の宿泊客は全員とは言えないまでも、迅速に癒していった甲斐もあり、助かった者が多かった。
     傷を癒しても、心の傷は暫くは悪夢として出て来るかも知れない。
     だが、いずれは記憶が薄れていくだろう。
     血の饗宴のあったことなどは忘れた方が良いのだ。

     気に掛かるのは、三日月と対峙した3人。
     幾度か強さの格段に上がった葉と一葉、心葉の3人を相手にして、満たされて去っていった三日月は。
     去った三日月を見送り、役目を果たしたとほっとした途端、自分が乗っ取られ、共に戦った仲間も既に敵となった。
     姿を消した3人を思い、深い溜め息をつくのだった。

    作者:東城エリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:一・葉(デッドロック・d02409) 木通・心葉(パープルトリガー・d05961) 天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508) 
    種類:
    公開:2013年2月15日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 60/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
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