バレンタインデー~焼きたての想いはいかが?

    作者:柚井しい奈

    「ねぇ、バレンタインって誰かにチョコあげる?」
     軽い足音をたてて近づいてきた草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)が笑顔を向けた。花の髪飾りがふわりと踊る。
     もうすぐバレンタインデー。
     心に浮かべた相手はたったひとりの相手か、はたまた友人かお世話になった人か。
    「わたし、今年は手作りしてみようかと思って」
     胸元で小さな拳が握られる。
     手作りお菓子って、なんだかちょっとお姉さんっぽい。大きな瞳を輝かせる彩香。
    「チョコクッキー作るんだけど一緒にやらない?」
     今、家庭科室を借りてきたの。
     指さしたドアがちょうど開いて、隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)が微笑んだ。
    「作り方は簡単ですし、材料も用意しておきます。お菓子作りが初めてという方でもどうぞ」
     やわらかくしたバターにグラニュー糖、卵黄、薄力粉を順に混ぜ、出来上がった生地を天板に乗せてオーブンで焼くだけ。
     一番簡単なのは生地をスプーンですくって天板に落とすドロップクッキー。
     材料の配分を変えれば絞り出しクッキーも作れる。やわらかい生地を袋に詰めて好きな形に絞り出すのだ。
     薄力粉を振るう時にココアを混ぜればココア生地に。
     全部の材料を混ぜた後にチョコチップやナッツを混ぜ込むのもいいだろう。ただし絞り出しクッキーの場合は大きな口金を使わないと詰まってしまうから、絞った後で上に乗せるのがいいかもしれない。
     出来上がりを想像して、ちょっとひと手間加えてみて。それだけでオリジナルクッキーの完成だ。
     味見と称して焼きたてクッキーを食べられるのも手作りの特権。
     甘い匂いとふわりとした食感は焼きたてならでは。冷めればさくさく香ばしい。
    「うわぁ、わたし焼きたてのクッキーって食べたことないよ。おいしそうだなぁ」
    「一度にたくさん作れますからね。焼き上がったら試食会もしましょうか」
     プレゼントの前に、うまくできたかどうか味わってみなくては。
     弾む気持ちを抑えきれず、彩香は両腕を揺らした。
    「ねぇ、みんなで作ったら楽しいよ。一緒に作ろう?」
     大切なひとりへ、友達へ、家族へ、お世話になった人へ。
     それぞれの思いを込めてクッキーを作りませんか?


    ■リプレイ

    ●みんなと一緒に
     小麦粉、卵、砂糖にバター。
     ボウルはしっかり水気を切って。はかりの目盛りはずれてない?
     調理台の上は準備万端。あとは気合と愛情を持ち寄って、いざレッツ・クッキング!
     胸の前できつく手を握る茜歌のエプロンを彩雪がきゅっと掴んだ。
    「大丈夫、ですか?」
    「だ、大丈夫。初めてだから緊張しただけー!」
    「ってことで、優太先生、ヨロシクねー?」
    「みんなに教えるレベルじゃないよ?」
     麻琴の台詞に戸惑いつつも、向けられた視線を無碍にできるはずもない。ひとつひとつ指差しながら、手順を説明するのだが……。
    「茜歌さん、こぼした分を目分量で足さないで!?」
    「やっぱりだめ?」
    「ねえ、お砂糖ってこれでいいのー?」
    「麻琴さんそれ塩! わからなくなったら舐めて!」
     さらには隠し味だの、どんどんテンションがあがっていく2人にツッコミが追いつかない。
    「優太さんの、さゆもお手伝いします、です」
     そっと隣にやってきた彩雪の優しさが目にしみた。
     ぷっくり。天板の上に生まれるお星様。
    「わあ、上手! もらう人もきっと大喜びだね!」
     彩雪の頬が桜色に染まる。
    「あたしたちも負けられないね!」
     腕まくりする麻琴に茜歌も気合を入れなおす。
     うまく焼けるかな。喜んでもらえるかな。ドキドキするこの気持ちごと絞り出して焼いちゃおう。
    「えへへ。一緒にがんばるんだよ~、みんなっ♪」
     頬を緩めた茜が持ってきた袋を開ける。チョコチップ、ナッツにレーズンetc。
     隣で春原・雪花が薄力粉をふるいにかける。ココアパウダーも用意して、出来た小山は白黒2色。準備を進めながら視線をずらせば月風・雪花の横顔が目に映る。
     料理は作れるがお菓子作りは苦手だと言う陵華に皆でクッキー作りを教えに来たのだけれど。
    「こう、全体が馴染むように……」
    「ふのっ!」
     ヘラを持つ手を握られて、陵華の口から奇声が漏れた。見つめる2対の視線には気付かず月風はふと顔を上げる。
    「ところで、陵華は誰かあげたい人がいるのかな?」
    「いや、将来そういう人出来たとき慌てないためにも苦手克服は大事かと」
     あっさりとした返事に赤い瞳が瞬く。
     茜がヘラを握る手に力をこめた。
    「あかねはみんなにあげるけど、雪花ちゃんのはうんとがんばるもんっ」
    「雪花さんには……特別なのをお送りする予定、です」
     さりげなく向けられた視線に、こくりと頷く春原。
     仲良くしたい。だけど負けられないくらい大好きなのも本当で。
     笑顔で視線を交わす2人の姿を前に、陵華は眩しげに目を細めた。
     クリーム状になったバターに砂糖を加えてしっかり混ぜて。
     リュシールのかたわらにはすりおろしたレモンの皮。半分に分けた生地の片方にはアーモンドパウダーを加えてガレット・ブルトンヌ風に。
     アリスも手際よくいくつかのボウルに生地を作りわけていく。サクサク食感のラングドシャはプレーン、ココア、フランボワーズにブルーベリー。もうひとつの生地はほのかなピンク、ビスキュイ・ド・シャンパーニュ。
     縁樹の小さい手では押さえきれずにボウルがカタカタ左右に揺れた。ほんのり漂う甘い匂い。
    「作るのも食べるのも楽しくて美味しいクッキーです!」
    「ずっと前にママが言ってたわ。『男の子は手作りでイチコロ』なんですって」
     とっておきの秘密みたいにアイレインが人差し指を立てる。もっとも、まだ相手はいないのだけど。
     縁樹が笑みを深くする。
    「プレーンのと、あとココアも混ぜてバレンタインっぽくしましょうか」
    「希紗はうさぎクッキーを作ろうと思うんだよ」
     目を閉じてクッキーの形を思い描く希紗。長く絞り出して耳を作って、チョコチップで目をつけて。完成予想図は完璧。
    「それじゃ、アイは蟹さんにしようかしら。お月さまにいる動物つながりで」
    「私は……」
     少し考えたリュシールが生地を絞る。細い口金で描いた『このゆびとまれ』。
    「リュシールのクッキー、いろいろあるのね。どれも美味しそう♪」
    「ねぇねぇ? 上手に絞り出せるコツってないかな?」
     希紗の瞳が輝いた。
     少し歪んだのも、上手にできたのも、皆で作ればきっと美味しさ十倍だ。

    ●上手にできるかな
    「ココアも粉ふるうときに混ぜるの?」
    「そうですね。ダマになるといけませんから」
     エプロンをつけた依子の手つきは慣れたものだ。
     一方なるほどと頷いて手を動かす彩香とリコはお菓子作り初体験。
    「そういえばドライフルーツ持ってきたけど、ココア生地に混ぜたら変な味にならないかな……」
    「チョコとフルーツってよくあるし、おいしそうだよ?」
    「だといいけど……実験実験」
     試行錯誤も手作りならでは。ぎこちなくも楽しげな2人を眺め、依子は笑みを深くした。チョコチップを加え、ヘラを動かしながら、いつしか鼻歌がこぼれだす。
     出来上がった生地を袋につめる毬衣はエプロンをつけた猫の着ぐるみ姿。
     袋を握る手に力をこめれば生まれた星がみるみる太って丸くなる。
    「意外と難しいんだよ……」
     ひとつ、ふたつ。絞るうちにだんだん大きさも揃ってきて、眉間によっていたしわもすっかり笑顔に塗り変わる。
     絞り出し袋を握りながら、空の脳裏に浮かぶのは図鑑で見たマグロの姿。
    「確か背中側が黒だったかな?」
     プレーンとココア、2色の生地で魚の形に絞り出し、チョコチップの目を埋め込んで。
     似てるかな。気に入ってもらえるかな。
     渡す相手を思いながら作るのはわくわくすると同時にドキドキする。
     くにょっとカーブを描いて絞り出された生地は朱梨いわくエビ形クッキー。ナッツの目を飾れば確かにエビに見える。気がする。
    「エビのすり身混ぜるのはやめてくれって言われたから」
    「それは……先に聞いておいてよかったですね」
     オーブンの用意をしつつ笑みを浮かべる小夜彦。
    「食べるのは和菓子が好きなのですが、尋君は、どんなお菓子がお好きなのでしょうか?」
    「俺の方は、作るのも食べるのも洋菓子ばっかり。和菓子もいつか挑戦してみたいな」
    「その時は……いちご大福とか、いちご大福とか……食べてみたいです」
     手を止めて向けられた瞳は名前の通り翡翠の宝石みたいに輝いて。尋は頬を緩めながら頷いた。
    「その時は、味見してくれよ」
     ボウルの中から粉っぽさが消えたのを確かめながら、ファッションだとかクラブのことだとか、口は他愛ない話題をあちらこちら。
     楽しく美味しいひと時を。
     温めておいたオーブンに生地を並べた天板を入れてふたを閉める。顔を上げて、詠一郎は眼鏡の位置を直した。
     台の上には現在進行形で大量生産中の絞り出しクッキー。
    「隼鷹さん、本当に、甘い物がお好きなんですねぇ」
    「……言っておくがな、ちゃんと全員分あるからな?」
     隼鷹の目が細められる。絞り出したココア生地にクラッシュアーモンドをかける手は止まらない。
    「はいはい、分かりました」
    「信じてねぇだろ!」
     笑みを浮かべながらラッピングの用意を始める背中に向けて、隼鷹が吠えた。
    「乃亜ちゃんたち、喜んでくれるかなぁ……」
    「聞けよ!」
     家庭科室に響く電子音。
     焼き上がりを告げるオーブンを開ければ鼻孔を甘い匂いがくすぐった。
     ほっと聖は頬を緩める。
     少しだけ考えて生地の上に乗せてみた苺ジャムは水分が飛んでうまい具合に固まっていた。天板からクッキークーラーに移して荒熱を取ったら箱に入れて。
    「ちょっと……遅れた、けど。……誕生日、おめでと」
    「! っありがとう……!!」
     目を丸くした次の瞬間、アリアーンは聖を抱きしめた。ヴィクトリアンメイドスタイルのロングスカートに白いエプロンのフリルが揺れる。笑顔で箱を受け取って、アリアーンも包んだばかりのクッキーを差し出した。
    「これ……聖にプレゼント……」
     ひとつ瞬いて、紫の瞳が和らいだ。
     ドロップクッキーにはチョコチップ、ナッツにドライフルーツ。絞り出し用の生地も2つに分けて。
     取り分けた生地にそれぞれ材料を加えながら、遊は顔を上げた。
    「飛鳥と桜子の首尾はどんなカンジ?」
    「これがカンタンよーってお母さんから聞いたんだけど」
     桜子が包丁片手に唸る。まな板の上には棒状に冷やしたクッキー生地。いくつか切ったものの厚みはばらばらで。
    「器用さん助けてー!」
    「手伝うよ。かわりに生地をこねるの手伝ってくれたら嬉しいな」
     隣に並んで飛鳥が微笑んだ。こくこくと頷く桜子。ボウルを受け取ってチョコチップを加えた生地をさっくり混ぜる。
     天板に並べてオーブンに入れること13分。
     ほわり、広がる香りに頬が緩んだ。
    「焼けてる気はするけどココアさんだからよくわかんない?」
    「此処は焼き立てを味見しちゃおーぜ」
    「うん、二人とも美味しくできてる!」
     バターと砂糖、それからチョコレートの甘い匂いがふわりふわり。

    ●おいしいひと時
    「そうそう、分量さえ守れば、8割成功よ。塩少々は、指二本でつまむの」
    「任せるデース。バターの量は……」
    「薄力粉……なんだか力弱そうだけど大丈夫なの!?」
     にぎわう一角は軽音部。初心者達を相手に千波耶の声が響き渡る。手を震えさせながらバターを皿に乗せるウルスラの瞳は超真剣にはかりを見つめ、ゆうは小麦粉の袋を見つめて首を傾げた。
     味見係を自任してテキパキ動く手を眺めていた貫と千慶にも指示が飛ぶ。
    「手が空いてるなら粉ふるって」
    「ハイ手伝います喜んでー!」
    「千波耶せんせー、材料ボウルに全部ブッ込んでいいですかー?」
    「順番によ!」
     真剣な表情で言う錠を慌てて止めたり。
     騒ぎながらもボウルの中身は次第にぽってりクリーム色にまとまって、自称味見係達のテンションも上がっていく。貫にいたってはボウルの中身を指ですくおうとする始末。
    「あとちょっと待てば焼けるから」
    「せ、せんせー! こ、こう?」
     右へ左へ大忙し。ゆうに呼ばれて振り向いた千波耶は天板の上に並べられた生地を見て親指を立てた。
    「good!」
    「できたのからどんどん焼いちゃおう!」
    「熱いから少し下がってな」
     鈴が声を弾ませる。
     オーブン回りを引き受けた錠が取っ手を使って天板を中へ。扉越し、暖色のランプに照らされた生地が少しずつ色づくのに見つめる瞳がきらきらと。
     タイマーが鳴って、取り出したクッキーはほんのりきつね色。立ちのぼる甘い匂いに我慢しきれず手が伸びる。
    「あつ、熱いでゴザル! ……むおお、でも美味……」
    「甘いもの好きでこれに魅了されないやつは居ら…熱っつ、舌、やけど、ひは」
     ウルスラと鈴が口をはふはふさせた。
     焼き立てクッキーはどこかケーキみたいにふかふかだけど、表面だけは少しカリッとしていて。
     皆で手を伸ばさずにはいられない。
     つまみながら次の天板をオーブンへ。たまにちょっと焦げちゃったって御愛嬌。一緒に騒いで一生懸命作ったものが美味しくないわけがない。
    「マジサイコー!」
    「ハッピーバレンタイーン♪」
     さぁさぁどんどん焼いちゃおう。
    「よし、この際だからいろんなクッキーに挑戦しようぜ」
     ボウル片手に口角をつりあげたのはファルケ。砂糖・甘味研究会としてはクッキー作りなどお手の物。
     覗きこんだ紫臣の頬も自然と緩む。
    「おおー流石~! ファルケは手際がいいなー!」
     出来そうな作業はあるかと尋ねれば渡された絞り出し袋。慣れない手つきで力を込める。ぐにょん。
    「…………。あ、あんまり見た目よくねぇけど、気にするなよ?」
    「……崎守、頑張りましょう?」
     透が噛みしめるように頷いた。普段はどちらかと言うと食べる側。慣れない手つきで並べた生地にザラメを添える。
    「シンプルなのが、いいのよ」
    「美味しそうですよ。私はジャムを乗せるのです」
     京茅が生地を絞り出す。苺ジャムにリンゴジャム。甘さと一緒に彩りもプラスして。
    「第1段焼けたぞ」
    「どれどれー?」
    「一つもーらい、なのです!」
     オーブンをフル稼働させてファルケがせっせと焼きあげる。
     できたてあつあつクッキーにすかさず伸びる2つの手。
    「霧咲も、味見どうだ?」
    「私も負けてられないわね」
     瞬きひとつ、透もできたてクッキーに手を伸ばす。
    「……あれ、俺の分は?」
     振り向いたファルケの前には空っぽのクッキークーラー。
     一瞬そろって沈黙したけれど、ないものはないわけで。やっちゃった。顔を見合わせて苦笑う。
     家庭科室いっぱいに広がるあたたかくて甘い匂い。
     皆上手に焼けたかな?
     ヘラやボウルは片付けて、ティカップにあたたかな紅茶が注がれる。
    「よかった、ちゃんと焼けてるよ」
     口元をほころばせた彩香の前にリボンのかかったが差し出される。瞬きして見上げた先に寛子の笑顔。
    「えっと……これからもよろしく、ってことで……!」
    「うわぁ、ありがとう! あ、そうだ。これわたしが焼いたクッキーだよ」
     お返しにココアのクッキーを差し出す。
     まだほんのりあたたかいクッキーはさくりとした表面と、中はほろりとやわらかく。頬を押さえて笑顔になる。

     シンプルなのも、一味加えたのも。ほどける甘さに思いを込めたのは一緒だから。
     ありがとう。だいすき。これからもよろしく。
     ハッピーバレンタイン。あなたの想いが伝わりますように。

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:39人
    結果:成功!
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