バレンタインデー~和テイストなお買い物日和

    作者:立川司郎

     寒さ緩む二月のある日、ここにもひらりと柔らかな風は舞い込んできた。
     和テイストバレンタイン、と書かれたチラシを見ているのは相良・隼人。どうにも彼女を知る人物からすれば、こういったイベント事とは縁のなさげな性格であったが……。
     武道館の片隅で、果たし状でも見ているかのような視線でじっと考え込む相良に声を掛けると、ふと顔を上げてにやりと笑った。
    「なんだ、俺が見てちゃ悪いか?」
     いえいえ、そんな事はないです。
     隼人は視線をチラシに戻すと、ひらひらと振ってみせた。

     和テイストのお菓子を集めた、和テイストバレンタインフェスと銘打ったイベントが、どうやら近くのショッピングモールで行われているようだ。
     隼人が持っているのは、そのチラシである。
     抹茶の生チョコ、抹茶大福やクッキー、その他イチゴ大福や生菓子なども揃っている。
    「もちろん、和菓子っぽくない普通のチョコも置いてあるらしいぜ。俺か? ……うーん……俺はじーさんと親父、それから兄貴が二人分って所か」
     どうやら義理チョコのようだ。
     思案するのは、どんなチョコにするか……そしてどんな包装にしてもらおうか、予算はどうしようか。
     こうして思案する様子は、普通の女の子である。
     苦悶の表情を浮かべた隼人は、深く溜息をついて首を振った。
    「駄目だ、やっぱ俺は貰う方がいいや。……兄貴たちにはいつも通り二〇円のチョコで……」
     いやいや、それはよくない。
     そう叫んで押しとどめると、隼人は困ったような顔で見上げた。
    「仕方ねえな、誰かに付き合ってもらうとするか……」
     隼人は厳しい表情で、チラシを睨み付けた。

     会場にあるのは抹茶の和菓子やハート型などのバレンタインを意識して作られた和菓子、そして様々なバレンタインプレゼント向きの小物など。
     包装紙も様々なものが用意されており、むろん和紙も色とりどり……。
     ふんわりと甘い抹茶生チョコ。
     それとも、ハート型の生菓子。
     柔らかなイチゴ大福。
     贈り物はなににしようか?


    ■リプレイ

     バレンタインを目前にして、チョコレート売り場はふんわり甘い香りに包まれていた。
     香りが誘うチョコレート、口溶けほろ苦い抹茶の生チョコレートや、それらを彩る和小物の数々。当日に備えてチョコレートを選ぶ人々にも笑顔が浮かび、こうして歩くだけで心躍る。

     朔夜に腕を引かれて、烈斗は賑わうバレンタインフェスの会場に足を踏み入れた。
     チョコの好みは分からなかったから、一緒に選んで戴けませんか? そんな朔夜の言葉に誘われて来た烈斗であったが、実の所朔夜のお誘いというだけで十分楽しみだったりする。
    「烈斗さん、これなんてどうでしょうか?」
     抹茶チョコを指して、朔夜が烈斗に伺いを立てる。
    「抹茶なー、どの位苦いかなんだよな。むしろめいっぱい甘い方が好きだしな」
    「ふむふむ、分かりました!」
     朔夜はパッと会場を小走りに駆けると、どこへやらに向かって行った。
     こっそりと選んだのは、抹茶のチョコと甘いハート型のチョコ。包装は朔夜が着ている着物に似た柄のものにした。
     中身は当日のお楽しみ。
    「何か甘い物でも買って帰ろうぜ」
    「ええ」
     こくりと朔夜は頷いて笑顔を浮かべた。
     日本では女性から男性に送るのが一般的なバレンタインであるが、海外では男性から送る所も多い。
     特にオリキアの故郷では、花を送る事が多いらしい。
     オリキアからそう聞いた紫桜は、彼女を誘って来る事にした。
    「抹茶の生チョコ美味しそう!」
     めずらしい和菓子などを目にする度、彼女はぱっと顔色を明るくして喜ぶ。そうか、それなら抹茶がいいかも…と紫桜が目を離した隙に、彼女の姿が人だかりの中に消えていた。
    「オリキア!」
     声を上げて探した紫桜が見つけたのは、それからすぐであった。
    「はぐれないように気をつけろよ」
     少し怒った様子なのは、心配したからだろう。
     ぎゅっと手を握り、紫桜はオリキアを引いた。
     オリキアから紫桜へハート型の和菓子を、紫桜からは和紙でラッピングした抹茶の生チョコを。
     お互いに渡すタイミングを、ドキドキしながら計る。

     会場に着くなり、小坂の手を引いて駆け出した陽桜を見て走らぬよう声を掛け、朱里もぐるりと周囲を見まわした。
     はしゃいでいる陽桜の気持ちは、朱里も同じであった。
    「どれにしましょう、衝動買いしてしまいそうです」
     というか、する気満々である。
     仲良くチョコを見ている陽桜と小坂の様子を、想希は後ろからふんわり笑顔で見守っている。
    「ひお、おまっちゃのチョコがいいなぁ」
    「これ、抹茶生チョコだよ」
     小坂が指すと、陽桜は後ろの想希の服をぐいと引っ張った。食べてもいいのかどうか、じいっと見つめて伺う陽桜。
    「これは大丈夫」
     小さく想希が言うと、嬉しそうに陽桜と小坂は手を伸ばした。
     お父さんとお兄ちゃんと想希にあげると嬉しそうな陽桜を見て、何となく口に出せずにいる小坂。しかし想希がそっと近づくと、小坂は口を開いた。
    「天国のパパにお供えするの」
    「お父さんの好きなチョコはどれ?」
     優しく、答えてくれた。
     一方パティシエ希望の心は、どれもこれも興味をそそられて困る。
    「千菊さんはどなたに差し上げるんですか?」
     朱里に聞かれ、少し顔を赤くしつつ心は首を振った。
     誰にもあげないと言いつつ、焦った様子の心。
    「わ、私なんかより脇坂さんはどうなんですか」
    「それが思い当たらないのが問題です」
     ふう、と溜息をついて朱里が答えた。

     何時聞いても、彼女の声は双調の心にずんと響いた。
     最初に彼女…空凜の声を双調が聞いたのは、多分彼が闇に落ちた時だろう。
    「ま、まさか師匠が来てくれるとは思いませんでした」
     少し緊張したように双調は言った。
     お互い、ゆっくりとこうして話が出来る事に感謝していた。すうっと前をゆき、空凜がチョコレートをのぞき込む。
    「双調さんはお菓子が好きだったんですね」
    「意外ですか? 三味線の練習に疲れた時に、甘い物が丁度良いんです」
     これなんて美味しそう…と空凜が手に取ったのは、イチゴ大福だった。
     燐達に買って帰ろうと振り返った空凜の笑顔に、ドキンとする。
    「それと、これは双調さんへのプレゼントですよ」
     空凜はぽん、と抹茶チョコの箱を手に乗せた。
     ふわりと引き返そうとした彼女を引き留め、双調は声をかける。
     私からもあなたへ、贈り物を。

     色とりどりのチョコを前にして、茜は会場を回りながら感嘆の声をあげる。
     葛さんが来てくれて嬉しいです、と言った茜の顔は本当に嬉しそうだった。
    「和菓子ってとても繊細で綺麗ですよね」
     和と洋を重ねた生菓子を見つめながら、茜が言った。
     四季を現した和菓子の美しさに、溜息が漏れる。
     はっと茜から視線を反らし、葛は和菓子を見た。
     ほんとうに、茜が言うように一つ一つ細かくて綺麗だ。
    「葛さんも悩み中ですか?」
    「いろいろあって、何にするか、悩む、な」
     参考に、何を選ぶのかと葛が聞いた。
     茜が選ぼうと思っているのは、どうやら葛饅頭などの葛の名が入ったお菓子らしい。なるほど、と思いながら視線を動かすと、桜餅が目に入った。
     ちらり、と茜を見る。
     そしてまた桜餅。
     薄紅色で、綺麗だ。なんとなく、茜のよう。

     一人で来るのは少し寂しい所だが、今日はロン・メイファン…ミオと一緒だという事もあり、丞も楽しみにしていた。
    「タスク、今日はちゃんと着てきたネ!」
     お正月は足を出しすぎて寒かったから、と駆け出すミオの足は黒いタイツにしっかりと覆われている。上着は、暖かそうなコートをちゃんと選んでいた。
     良い事なのだが、それはそれで少し…。
    「おー、和風ヨ~!」
     和菓子や和小物。
     ミオからすると、ども物珍しくて興味津々である。
     丞も自分の買い物があったが、嬉しそうにしているミオを見ているとそちらの事は後回しでも良くなってきた。
     これはこういうお菓子、根付けというのはストラップみたいなもの…と一つ一つ説明する丞。
     特に気になったのは、品の良い扇と抹茶生チョコ。それと、うまいイチゴが入ったイチゴ大福も美味しそうだ。
     和紙で包装してもらっているミオを後ろから見つめ、丞はちらりとそのプレゼントの行く先を気にして…それでも口を閉ざしていた。
    「タスク」
     振り返ったミオが、駆け寄った。
     差しだした手にあったのは、先ほどのプレゼント。

     抹茶と黒豆のパウンドケーキは珈琲のお伴に。
     ぐるりと見て廻り、優志はパウンドケーキを購入してからチョコを眺めた。
    「柚生チョコ?」
     柚とチョコが合うのは知っていたが、生チョコは初めて見る。
     黒糖に柚に、気になるチョコは幾つもあって時間とお金が幾つあっても足りそうに無い。帰り際に隼人を見ると、やはりまだ悩んでいるようだった。
    「隼人、本能でいけ本当で!」
     振り返った隼人に優志からひょいと柚チョコの箱が礼だと投げ渡された。
    「本能って言ったってなァ…」
    「私もまだ決まらないんです」
     くすりと笑い、依子が言った。
     見ているうちに、自分が食べたいものが出てきたりして困りますねと依子は言う。食べたいもの…それも本能の一つではなかろうか。
    「食べたいものか。あずき入りの抹茶ロールケーキが旨そうだったな」
    「いいんじゃないですか?お茶の時間に一緒に食べたらどうでしょう」
     依子の提案は、ヒントになっただろうか。
     ひとまず依子は、悩んだ末に抹茶チョコと四ッ入りの苺大福を購入した。
     嫌がられるだろうか…。
     と、悩みつつもピンクの包装紙にハートのカードを付ける。
     -家族以外にも貰えるような、いい男になってね-
     依子はカードに書き込むと、持ち主の顔を思い浮かべて笑顔を浮かべた。

     一先ず渡す相手も貰う予定もなく、結はふらふらとチョコ売り場を覗きに来ていた。
     どうやら苺大福が人気商品らしく、抹茶生チョコなども定番。
     ふと視線を上げると、綴と隼人がなにやら問答をしているのが見えた。チョコの相談なら話に乗ろうと結が近づくと、隼人が困ったような顔で振り返った。
    「女の子って可愛いのが好きか?」
    「は?キミが女の子じゃないの」
     結が怪訝な顔で言い返した。
     綴は下を向いたまま、呟く。
    「幼なじみがくれって言うと思うから…でも俺より喧嘩強い相手だし女の子っぽいって言ったら怒るし、質より量やろ!って言われそうだし」
    「馬鹿だな、質より量と言われてそのまま物量で行くヤツが居るか察しろよ」
     さらっと結に言われ、綴はこくりと頷いた。
     ひとまず綴は、家族用のものを先に選ぶ事にした。
     家族にはハートのチョコあられ。
     花歌留多の柄のプリントチョコは兄さんと姉さん。
    「あと弟と妹には…これにしようかな」
     乾燥苺を包んだものを選んで、包装をしてもらった。
     あとは問題のチョコだが。
     ふ、と隼人を振り返ると拳を差しだした。お互い健闘を祈る、と拳を交わして綴は雑踏の中に消えた。
     一方有斗も、ふらりと会場を歩いていた。
     こうして見ているのも楽しいが、試食があるとなお嬉しい。
    「お、チョコ大福か」
     中に入っているのは柔らかいチョコで、甘みが抑えられている。苺大福の苺の大きさに驚きながら、抹茶生チョコのとろける柔らかさに舌鼓を打つ。
     ほかにもせんべいみたいなのにチョコが掛かっているとか、柿の種チョコも。
    「どれも良さそうだし、何にしようかな…」
     隼人を見つけ、小さいのが幾つも入ってるチョコなんかが良いのではと提案してみるが、お前は決めたのかと逆に言われて口を閉ざした。
     賑わう人の声を遮断するようにイヤホンをつけると、伊近は歩き出す。
     気になっていたチョコが無いか探しながら見て廻ったが、ここ最近和系のバレンタインが増えたと感じる。
    「原点回帰ってやつか、それとも他人と違う物がいいって事か」
     伊近は見た目で選びたい方だから、試食はあえてしない。
     扇形のチョコに平安時代の様子が書かれたものが、雑誌に載っていたのを見た事があるのだ。ぐるりと探して、ようやく見つけた。
     美しい絵が見る者を引きつける、雅の扇。

    「ま、まあ日頃世話になっているしな」
    「はい、そうですとも」
    「あくまでも義理という奴だ」
    「チョコに名前なんていりませんのでご安心ください」
     きっちり言い返すと、葵は刃兵衛を振り返った。
     なんだかんだと言い訳をしたが、刃兵衛をチョコ売り場に連れて来たかったのは葵であり、何より刃兵衛だって来る口実を必要としていたと分かって居た。
    「葵は…父に送るのだったな」
     渋々刃兵衛も、チョコを選びはじめた。和菓子もあるというだけあって、刃兵衛にも選びやすい。
     …あいつはどんなチョコが好みなんだろう。
     そうふと考えた時に葵と目が合い、あたふたと狼狽した。
    「そ、それならこれにしようか」
    「ええ、喜んでくださいますよきっと」
     え? と思って手元を見ると、先ほどちらりと目にしたハートのチョコがそこに!

     誘ってくれたのは、華月の方だった。
    「もしかして、誰かあげたい人でも出来た?」
    「そんなもの、必要ないわ」
     さらりとそう華月は沙月に言い返したが、内心で沙月は華月が誰か沙月の知らない人に渡したくて誘ってくれた訳できないと分かって居る。
     華月は何も言わなかったが。
     共に過ごしてきた相手だから、一心同体とも言える相手だから。
     華月は沙月さえ居ればそれで良い。
     沙月はただ相手の幸せだけを祈る。
    「割と良さそうね」
     華月は抹茶チョコを手に取ると、沙月の方を振り返った。時期柄ハートしかなかったが、他意は無い…と、渡す時には言い訳が混じりそう。
     花形をした甘さ控えめのチョコ…これなら華月ちゃんにピッタリだと沙月はそれに決める。
     今はまだ二人だけで。
     華月は沙月に、沙月は華月に送る。

     色々と男子多めの七人は、バレンタイン送り愛もとい送り合いという事で、バレンタインフェスにやってきた。
     リア充爆発しろ…と小さく呟いた奏の言葉は、とりあえず聞き流す事とする。
     やはり和洋折衷のお菓子はいい、と並んだ和菓子やチョコを眺めながら式夜は感じる。
     定番はやはり、抹茶生チョコ。
    「くるり、ひらり」
     試食のチョコを取り、式夜が差しだすとくるりがぱくりと口にした。
     ほしがるならば貰い、くれるなら貰う!
     それがくるりである。
    「うまーい! やはり抹茶とチョコの相性は抜群だな。これをチョイスするずもは、女心が分かって居るぞ」
    「抹茶の味が美味しいです…」
     同じく控えめにぱくりと食べ、ひらりは頬に手をやる。
     丁度抹茶チョコが気になっていた所だったのに、悟られたのか?
     大喜びの二人を見て、龍司が振り返る。
    「幼なじみの俺には何かないの?」
    「ふん、りゅーじはリア充になったのでやらぬ!」
     ちょっとショックを受ける龍司。
     龍司は虎次郎とくるりに買おうと思っていたのに、向こうはくれないって何かショック。
     そっとクラブ土産として抹茶生チョコを手に取ると、あとは皆の為にとチョコと抹茶のクッキーを買うことにした。
    「恋人用か? リア充幸せにな」
    「ちょ、違うってこれは…」
     後ろから奏に膝かっくんをされ、龍司は反論した。
     結局大人気な抹茶生チョコは、ひらりも買う訳であり。しかしひらりは心得ている、自分用はスペシャル生チョコ大福とハート型マカロン。
    「それからえーと…」
    「あ、天瀬先輩のマカロン美味しそうですね! 誰にプレゼントですか?」
    「内緒」
     爽太に聞かれたひらりは答えた。
     とりあえず当日まで、スペシャルが自分用なのは内緒である。
     爽太は主に食べるのがメインだから、美味しそうな方にそわそわとついて回る。くるりがクラブと自分用にチョコ大福を買うとそれに釣られ、虎次郎に話を聞いている式夜たちの様子も覗く。
    「両角先輩芹澤先輩、可愛い後輩にチョコくださーい!」
     両手を出した爽太に、ぽんと暖かいものが乗せられた。
     虎太郎が買ってきたハート型の今川焼きであった。
    「沢崎先輩~一生付いていくッス!」
    「ずもはあんこと苺どっちがいいっすか」
     一人ずつ回しながら、小太郎はちゃっかり別にチョコも買っていた。今川焼きはいくまでもおまけである。
     レジから戻って来た奏にも、一つ。
    「甘いチョコ今川焼きっすよ。これでも食べて心を慰めるっす」
    「お前に慰められたくねぇよ、別に振られてない!」
     怒鳴り返しつつ、虎次郎の買い込んだかち割りチョコを見てちょっと安心する奏であった。
     ちなみにくるりの義理チョコは、しっかり虎次郎には渡りそう。
    「何か欲しいものはないか?」
    「じゃあ、量より質の高い奴!」
    「よし、俺もやろう」
     奏が虎次郎の口にクッキーを放り投げた。
     結局一番餌付けされたのは、虎次郎かもしれない。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:32人
    結果:成功!
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