バレンタインデー~恋色の街でお買い物

    作者:春風わかな

     ――2月。
     街全体がピンク色に染まりチョコレートが溢れる季節がやってきた。
     可愛らしくラッピングされたハート型のチョコレート達が恋に悩むオトメの背中を後押しする。
     製菓業界の陰謀なんて噂も耳にするが、それはそれ、これはこれ。
     せっかくのイベントなんだから、皆でめいっぱい楽しもう。

    「チョコレート、買いに行くけど、あなた、来る?」
     久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)からの誘いにふと足を止める。
     何を買うのかと問えば來未は少し考えた後ゆっくりと口を開いた。
    「わたし、お世話になった人へ贈るチョコレート、買いたいな」
     來未は学校帰りに駅前のファッションビルに設けられたイベント用特設スペースでチョコレートを買うつもりらしい。
     現在はバレンタインフェアの真っ最中なのでチョコレートは選びたい放題。
     本命用の正統派チョコレートはもちろん、ちょっと変わったユニークなチョコレートや友達と交換するための可愛さ重視のチョコレートなど多種多様なチョコレートがキミを待っているだろう。
     チョコレート以外にもクッキーやミニケーキ等のお菓子を扱っているお店もある。プレゼント用だけでなく自分へのご褒美も買いたくなってしまいそうだ。
     もちろん、甘い物が苦手な人向けのハート形のお煎餅やポテトチップスなんかも用意されているので大丈夫。
     きっと探しているものが見つかるはず。
     ちなみに、この会場で買い物をした人にはもれなくメッセージカードもついてくる。
     チョコレートに一言添えてはいかがだろうか。
     買い物の後は併設されているカフェでちょっと休憩をすることができる。
     友達同士でお互いに買ったチョコレートを報告しあっても良いし、チョコレートに添えるメッセージを書くのも良いだろう。
     もちろん、買い物で疲れた身体を休めるために甘い物を食べるのも自由。
     ケーキを食べながら他愛もないおしゃべりに興じるのも悪くない。
      
     聞かれたことに最低限だけ答えると貴方の返事を待たずに來未はすたすたと歩き出した。
     仲良しの友達同士でわいわいショッピングを楽しむのも良いし、一人でじっくりとこだわりのチョコレートを探すのも良い。
     恋色に染まった街が、キミを待っている。


    ■リプレイ

    ●貴方と選ぶチョコレート
     バレンタインデーを直前に控え、フロア内は女性客で賑わっていた。
     売り子のスタッフの明るい声がフロア内に響き渡る。
     きゃぁきゃぁと楽しそうにチョコレートを選ぶ客の表情は明るく、そして皆ちょっと真剣だった。
     そんな売り場に足を一歩踏み入れた風宮・壱(ブザービーター・d00909)はどうにも居心地が悪かった。自分がここにいるのは肩身が狭い。
    (「でも、美味しいチョコを食べないと元気出ないって言うから……!」)
     怪我をした後輩へのお見舞いを買うのだから恥ずかしいことなんてない。
     きょろきょろと落ち着きなく歩く壱がとある店の前で足を止める。視線の先にあるのは音符と譜線の描かれたアソートチョコ。チョコレートを繋げると春を告げる旋律となるらしい。
     ――どんなメロディが描かれているのだろう?
     窓辺で嬉しそうに楽譜をめくる桜色の少女に教えてもらう日を楽しみに壱は甘い楽譜を手に取った。
     北大路・桜子(桜餡・d00952)に誘われ共に買い物へやってきた夜月・深玖(孤剣・d00901)。二人仲良く手を繋ぎチョコレート選びの真っ最中。
    「あの……男性ならどんなチョコが良いと、思いますか?」
     迷う手を止めさりげなく桜子は切り出した。
     突然の問いかけに深玖の頭の中を色々な思いが駆け巡る。
    「……家族に?」
     深玖の問いに桜子は正直に首を横に振る。
     一体誰にあげるのか。気にすることじゃないはずだとわかっているけれども気になる。でも真剣に迷う桜子が可愛くて。
    「桜子嬢に貰えるなら、何でも喜ぶと思うけどね」
     そして例えば、とアーモンド入りのチョコレートを指さした。
     自分でも笑顔がぎこちないのがわかる。桜子に気付かれなければ良いが……と深玖は気が気でない。
     貴重なアドバイスと共にかけられた思いがけぬ言葉に緩む頬を押え桜子は重ねて問いを投げかける。
    「ハート型の方が、良いのでしょうか」
    「……相手が勘違いするかもしれないから、良く考えた方が良いよ?」
     可愛いお嬢さんが他の男に……と思うからなのか。
    (「勘違いも困ることではないような……?」)
     落ち着かない深玖の気持ちなど露知らず。来年は手作りにするぞと決意を心に秘め、桜子は一番いいチョコレートを真剣に探すのだった。
     右を向いてもチョコレート。左を向いてもチョコレート。
     沢山のチョコレートを前にしてクリス・アンダーソン(ドマゾい縛られ殺人鬼・d06253)は目を輝かせていた。
    「どこのお店がいいでしょうか」
     クラブの先輩であるウィクター・バックフィード(モノクロの殺刃貴・d10276)がクリスの前を歩く。
     ――何だか嫌な予感がする。
     はっとウィクターが後ろを振り返るとクリスがレジで大量の高級チョコレートを買おうとしているではないか。
    「ストップストップ! 何してるんですか!」
     間一髪でウィクターが止めてくれたおかげでクリスは破産を免れた。でも。
    「絶対クラブのみんな全員にプレゼントは贈りたいんです」
     断固としてクリスは言い張る。全員分のチョコレートを諦める気はないようだ。
     二人が所属しているクラブだけでも部員数は50人超。クリスが所属しているクラブ全員となると何人分だろうか。
     ウィクターの必死の説得により、1つあたりの予算を下げたりセットものを買う等の工夫をするという提案が受け入れられた。さっそく買い物再開。
    「これなんかどうでしょうか」
     ウィクターが選んだのは花モチーフのチョコレート。色々な味があるようで気に入ったクリスは迷うことなく購入。
    「さぁ、次に行きましょうか」
    「はい!」
     楽しい買い物の時間はまだまだ続く。
     黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)はお店に並んだお菓子に目移りしつつ休む暇なく試食と購入を繰り返していた。
    「あーっ、これも、これもおいしそう♪」
     あんずはひょいひょいっと試食用のチョコレートをつまんでは自分のために買い、傍らの四条・識(ルビーアイ・d06580)にハイっと渡す。みるみるうちに織の手はあんずのお菓子でいっぱいになった。
    (「これは、本当にデート、なのか?」)
     初デートということで一緒に買い物に来たつもりだった識は首を傾げる。
     最初は「あんずが笑ってくれればそれでいいし」と思っていた織だったが、さっきから彼女は自分用のお菓子だけを買っている気がする。これは決して織の気のせいではないはずだ。
     ふと織が視線を巡らせると武蔵坂学園の制服を着たツインテールの少女がハート型のチョコレートを手に取っている。
     ――彼氏用のチョコか? それとも……。
    (「出来るならオレもチョコの一つは欲しいとこではあるが……」)
     ちらりとあんずに視線を向けるが、織には目もくれずあんずはただチョコレートだけを見つめていた。
    「お菓子いっぱいあって幸せ♪ ぜーんぶあたしのものっ♪」
     満面の笑みを浮かべるあんず。残念ながら織の願いは届いていないようだ。
     無意識のうちに溜息が漏れるが、さすが彼氏。
    (「ま、こいつお菓子と両思いとか公言してるしな」)
     期待せずに待とうと両手の荷物を落とさないように持ち直す織をあんずが手招きする。
    「織さん、ちょっと」
     織が怪訝そうな顔を向けると口の中に何かが押し込まれた。口いっぱいに広がる甘くほろ苦い味。
    「チョコもらえないかもって思ったのかしら?」
     驚いて目を丸くする織を見上げ、あんずは悪戯っぽい笑顔を浮かべてウィンクを一つ。
    「安心しなさい。バレンタインにはあんずちゃんのとっておきを用意しておくんだから」

    ●贈り物は喜びを生み出す魔法の薬
    「あれも……これも素敵だわ」
     上月・若菜(仄かな記憶の収斂・d00355)は十七夜・奏(吊るし人・d00869)と共にショーケースをじっと見つめていた。
     宝石のように煌めくチョコレートはまさに芸術品。
    「バレンタインチョコってとても凝っているのね」
    「……もし許されるのなら全てを持ち帰りたいくらいですね」
     若菜の言葉にいつになく真剣な声で奏も同意する。
     恋やら愛やらに奏は特に関心はない。だが、美味しそうなチョコレートには興味がある。
     ショーケースに飾られているチョコを見つめる奏の視線はさながら獲物を狙う深海魚の様。
    (「奏さん、何を観察しているのかしら……?)
     何だか研究者みたい、と睦月・恵理(北の魔女・d00531)は奏の視線の先を追う。
     クラブ【空白のMemoria】の友人達と買い物に来てみたかった恵理がチョコレートを買いに行こうとお誘いをかけたのは数日前のこと。
    (「若菜さん、楽しそう……!」)
     チョコレートを見つめる若菜は普段通りの表情だがチョコ選びを楽しんでいるのがわかる。
     そんな若菜を後ろから抱きしめたいのを我慢する恵理にふと妙案が浮かんだ。
    「折角ですし、部室の皆のおやつ分もお土産に買って行きますか」
     恵理の提案に迷うことなく若菜は頷いた。
    「そうね。一口サイズの詰め合わせなんてどうかしら」
    「いいですね。お茶、また私が淹れますね」
     どのチョコレートを買おうか。相談する若菜と恵理の間に流れるふんわりとした雰囲気がまるで姉妹のようだと奏には感じられる。
    「……睦月さんの淹れるお茶、上月さんの選ぶチョコ。……食べる時が待ち遠しいです」
     仲間と過ごす仲睦まじい時間を想像したのか奏にも微笑が浮かぶ。
    「皆で囲むティータイムは、きっと甘い時間になるわ」
     お土産のチョコレートを手にした若菜が仄かに微笑を浮かべたのを恵理は見逃さない。
     また皆と一緒にお出かけする日が楽しみ。柔らかな空気に溢れだした喜びと想いを強く感じつつ、誘って良かったと思う恵理だった。
     売り場いっぱいに漂う甘い匂い――否、これは甘い雰囲気か。
     【吸血研究会】の友人達と一緒にやって来た神無月・晶(3015個の飴玉・d03015)の気分も高まってきた。
     今年は手作りチョコに挑戦する予定の晶はまっすぐ製菓用チョコレートのコーナーへ。
     あげたい人の数を数えると結構な人数に。やはり業務用チョコレートがいいだろうかと手を伸ばす。
    「チョコがこんなにあると目移りしてしまいますよね」
     一方、浅見・藤恵(薄暮の藤浪・d11308)はどれにしようかと思案顔。
     貰う側はどんなチョコレートがいいのだろうか。
     藤恵自身はイチゴ味やホワイトチョコレートが好きだが、気軽に手作りが楽しめるキット等もあるようだ。
     貰う側代表の意見を聞こうと藤恵は傍らの御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)に質問を投げかける。
    「御剣さんは、やっぱり手作りの方がもらって嬉しいですか?」
     首を傾げる裕也だったが、迷いつつもこくりと頷く。
     あくまで個人的な意見ですが……と注釈をつけてから口を開いた。
    「どんな物でも思いが籠ってると嬉しいですけど、手作りだともっと嬉しいかもです」
     ふむふむなるほど、と頷く藤恵。
    「ところで、浅見君と御剣君はどんなチョコを買うのかい?」
     一足先にお会計を済ませた晶が2人に問う。
    「私はお世話になっている方々に配りたいですね」
    「僕はクラブの人たちへ。ビターチョコレートにしてみました♪」
     藤恵と裕也、各々が想いを込めて選んだ品物を見せた。
     桐山・明日香(風に揺られる怠け者・d13712)は終始ご機嫌だった。
    「……うむ、実にいい」
     美少女2人を侍らせてのデート。シチュエーションには申し分ない。
    「……ペンギン……」
     ペンギンマスコット付のチョコを見つけた草壁・夏輝(深蒼の逃避者・d01307)は吸い寄せられるように売り場へと近づいていく。
     大好きなペンギンでいっぱいのお店はまさにパラダイス。
    「……!」
     可愛い。
     チョコレートを持ったペンギンの縫い包みと目があってしまいこれはもう買うしかないと心を決める。
    「ぬぬ……誰にどれを渡そうか悩むやんねえ……」
     目についた可愛いらしいチョコレートを片っ端から手に取るのは夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835)。
     友チョコを選んでいるリノはチョコレートを渡したい友人の顔を思い浮かべながら誰にどのチョコレートをあげるかシミュレーションを繰り返す。お金を多めに持ってきたのは正解だったと自分を褒めてあげたい。
     だが、ふと気づくと夏輝の姿が見つからない。
    「あれ? 夏輝は?」
    「おかしいな、どこ行ったやんね……?」
     明日香とリノが探すと夏輝はアクセサリーを扱うお店の前に立っていた。
     試着していたらしい。鏡の前でこくこくと頷いている。
    「似合うやんね! かーわいー!」
     リノの声に気付いて夏輝がびくりと肩を震わせた。慌ててフードを深く被って顔を隠そうとするが……。
    「実に似合っていて可愛いぞ」
     パチリ。
     明日香が写メを撮る方が早かった。

    ●楽しく甘い時間を共に
    「凄い人だったッスね、恋する乙女パワーっていうかー?」
     買い物を終えた月島・立夏(ヴァーミリオンキル・d05735)と望崎・今日子(ファイアフラット・d00051)はカフェで一休み。
    「それでキョーコは何を買ったン?」
     しかし、やっぱり内緒の方が楽しいかも、と立夏は思い直す。
    「ヤッパ当日の楽しみにしとくッス」
    「……ただのバレンタイン用だ」
     動じることなく今日子はさらりとお茶を濁す。
     注文したケーキがテーブルに並べられると立夏はケーキの皿を今日子の前へ押し出した。
    「キョーコにも俺からプレゼントじゃーん的な☆」
     チョコレートケーキ。
     もうすぐバレンタインだしいいよネと笑顔の立夏だったが、今日子はなんだか複雑な顔。
    「先にリツから貰ったら何だかおかしくなるじゃないか」
     しかし、立夏は気にせずケーキを切りフォークで刺すと今日子の口元に差し出した。
    「はい、あーん」
    「……」
     ぱくりっと今日子はケーキを頬張った。ほろ苦いチョコレート味が口の中に広がる。
    「……この分はあとでしっかり返すからな」
     ちょっと悔しそうに今日子は告げるが立夏は。
    「バレンタイン凄く楽しみにしてるからー」
     ふわりと綻ぶように微笑みかけ、もう一口どう? と再びケーキを差し出した。
    「炎斗くん、買い物につき合わせちゃってごめんなさい」
     ぺこりと叶・維緒(白馬がとおる・d03286)は頭を下げる。
    「いやぁ。むしろラッキーだぜ! 維緒とデートができてさ!」
     彼女とデートが出来たことで幸せいっぱいの銀嶺・炎斗(銀炎・d00329)だったが、維緒が何を買ったのかは気になるらしい。
     先程からちらちらと紙袋に視線を向けていた。
    「ところでさ! なに買ったんだ?」
    「後のお楽しみですよ」
     注文したケーキを食べながらさりげなく炎斗は聞いてみるがやはり維緒にはぐらかされた。
    「教えてくれないなら……かわりにあ~んしてくれよ♪」
     炎斗のリクエストに維緒は暫し迷いを見せる。
     だが、ここは優しい彼女。彼氏の望みをしっかりと叶えてあげることに。
    「仕方ないですね。はい」
     あーんと維緒がケーキを差し出すと躊躇うことなく炎斗はぱくり。
    (「最高だぜ……!」)
     喜びをかみしめる炎斗を見つめる維緒の顔も綻んでいた。
     炎斗がケーキに夢中になっている間に維緒はチョコレートに添えるメッセージカードを仕上げる。
     何だろう? 炎斗も気になり尋ねてみるが維緒の返事は……。
    「秘密ですよ」
     ――バレンタイン当日になったらわかるから。もう少しだけ待っていてくださいね。

    「ふふーん、感謝の気持ちやんね!受け取ってほしいな!」
     買い物を終えたリノがこっそり買っておいたチョコレートを差し出すと明日香と夏輝の袋からもチョコレートが出てきた。3人とも同じことを考えていたらしい。
     チョコレートを交換すると明日香はリノと夏輝をぎゅっとハグ。
    「今日は素敵な思い出をありがと……またデートしようね」
     夏輝の顔はフードで隠れていたけれどもこくりと頷いたのはしっかりと見え。
     応えるようにリノもぎゅぎゅっとハグのお返し。
    「うん! またデートしようね!」
     帰り道、藤恵は晶にこっそり気になっていた質問を投げかけた。
    「神無月さんはどなたに渡すのです?」
    「学園の友達とクラブの皆だよ」
     本命さんは? と尋ねられると晶は逡巡した後、首を横に振る。
     と、唐突に裕也が足を止めた。
    「あ!」
     忘れてた、と裕也が二人にどうぞと差し出したものは。
    「もしよかったら……受け取ってください」
     楽しい買い物の時間を共に過ごした記念の品は一足早いチョコレートだった。

     甘いチョコレートとともに皆が最高の一日を過ごせることを願って。
     ハッピー・バレンタイン♪

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:20人
    結果:成功!
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