バレンタインデー ~トンボ玉に光をこめて~

    作者:矢野梓

     行ってしまった1月を惜しみつつ、迎える2月如月は寒さの底でありながら、実に熱い月でもある。そう、頃はバレンタイン。武蔵坂学園に最も燃える冬がやってくるのである。
    「と言う訳ですのでぇ……てか、依頼じゃねーからいっか」
     何枚かのビラ&ポスターと共に教室に飛び込んで来たのは、水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)。いつもならばできるだけ丁寧にと心がけている少年も、バレンタインとなれば心が浮き立つものらしい。もっともチョコレートだの恋愛だのにさほど興味があるようにも思われない。まあ、彼にとってはバレンタインも一種の祭りのようなものなのだろう。
    「で、今年のバレンタインは手作りトンボ玉とか、どーでぇ!?」
     慎也は持ってきたチラシを手早く配る。魅惑のトンボ玉アート云々の謳い文句はまあ、よしとして。今回は江戸ガラスの職人さんとトンボ玉作家の先生とを学園にお招きしてしまおうというのだから、びっくりである。
    「せっかくの機会だし、この際オリジナルのトンボ玉作ってみねーかっ」
     慎也も当然の如く、参加を決めているという。バレンタインにはチョコレートというのが定番ではあろうけれども、最近は色々バリエーションも増えてきていること。時には目先を変えてみるのも面白いかもしれない。

    「トンボ玉って一口にいっても色々あるらしいから……」
     事前にどんなものを作りたいかは一応考えといてくんな――すっかり普段の江戸言葉に戻ってしまっていることもお構いなしに、慎也は一応の説明をする。
     トンボ玉はバーナーでガラスを溶かしてつくるもの。だから場所は技術室。バーナーはいくつか用意されるし、それぞれに職人さんがついてくれるから火を扱うことに関してはさほどに心配しないでもいい。もちろん技術室で騒がれたりするのは困るけれども。
    「基本は芯棒に溶けたガラスを巻きつけて作ってくってぇ寸法なんだけどよ……」
     ガラスの中に花や星、雪の結晶のパーツを入れてオリジナルの模様にすることもできるし、いろんな色のガラスを組み合わせてマーブル模様や幾何学模様を作り出すこともできる。中に入れるパーツはあらかじめ作家さん達が作ってくれているから、後はそれを自分のセンスで組み合わせていけばいい。
    「経験者とか手先に自信のあるやつとかは動物玉とかハート型とかもできるらしい」
     動物玉とは丸っこい形でありつつも耳をつけてクマ型とか足や耳をつけてゾウ型にする、はたまたトナカイとかペンギンとか色々あるらしい。干支玉などというものもあるから一工夫してみるのもいいかもしれない。
    「大体1~2時間でできるってことだったから……」
     ガラスを冷やす時間も入れて約半日。頑張れば当日のうちにアクセサリーなどに仕立てることもできるだろう。
    「定番は革ひもとか麻ひもとか使ってストラップにしたりとか……ってこったけど」
     その辺のことは個人の自由ってやつでさあ――かくいう慎也少年は一体何を作るつもりなのだろうか。
    「ま、とりあえず俺ぁ、技術の限界に挑戦ってことで!」
     誰に贈るかとかそんなことはとりあえず蚊帳の外のことらしい。どうやら彼の中の職人ぽい部分に火がついているようだ。
    「てーな、わけだからさっ。興味あるやつ、技術室に集合な!」
     俺ぁこれからあっちゃこちゃポスターはらせてもらいに行くからよ――慎也は年相応に元気よく、教壇を飛び下りると、うきうきとした足取りで教室を後にする。

     頃は如月、真冬の候。だが恋人達も熱ければガラスを生み出す炎も熱い。ここは1つ、それぞれの個性をトンボ玉に閉じ込めて見てはいかがだろうか。


    ■リプレイ

    ●色と光と
     技術室の扉を開ければそこは普段とはまるで違うカラフルな世界。色とりどりの光を閉じ込めたような硝子棒に沢山のパーツは星の粒。
    「えっと、これとそれと……こっちもいいな~」
     あすかは先程から材料のテーブルを行ったり来たり。作りたい物は考えて来たけれどこれだけの材料が揃えば迷いの虫も目覚めてしまう。その点いろはも似たり寄ったりではあったけれど、白狐を模したトンボ玉を作ろうと決めてからの行動は早かった。作るからには最高傑作を――そんな思いを込めて材料を揃えてゆく。
    (「大事な贈り物だから……」)
     一口に赤といってもそれぞれに微妙な風合いがあるのが硝子。だから華月は1つ1つ確かめる。イメージは炎の揺らぎ。小さな星を1つ入れるのは導きの印。ふっと送る相手を思い浮かべれば手にした赤がよく映える。華月は静かに笑んで心を決めた。
     同じころレイン・シタイヤマもまた贈る相手を思い浮かべながら、硝子の緑を前にしていた。込める思いはただ1つ――どうか、先輩が貫くその道の先に、幸いあれ。時に風のように時に焔のようなその人の為にレインは今炎に向かう。
    「交換?」
     永久の提案に雪春の笑みが深くなる。どんな物ができるかは互いの心を封じたトンボ玉を目にするまでのお楽しみ。そう思えば硝子を選ぶのも雪やら花やらのパーツを見るのも何やら甘い物のよう。
    「あ、とわこっち見ちゃダメだからなー」
     雪春の釘さしに永久はきょとんと瞬き、それからはいと笑みをこぼした。

    「なぁなぁ、ヤコはどんなのにすんの?」
     鈴之介が哉宏の手元を覗き込めば炎の色の瞳がまっすぐに。彼の手の中で生まれつつあるトンボ玉と同じ色。あはは睨まない睨まない――と笑う鈴之介に哉宏は小さく溜息。本当は弾けるような笑顔というのを向けてみたいとは思っても中々どうして、
    「いいからあんたも作れよ」
     出てくる言葉はそっけない。ならば代わりにこの硝子に思いを込めて――。
     紫にクジャクの羽根のガラスビーズ、銀の簪パーツを台に並べて、伊織はきりりと着物の袖に紐をかけ。早速始めた作業は実に危なげなく、貴明は見事な手さばきに感嘆の息を。
    「あまりこういった物を作った経験が無くて……伊織くんは器用ですね」
     教えを乞う貴明の前には白と碧の硝子棒。薄い金箔は最後に青の中に閉じ込める予定だという。
    「なるほど空か……」
     伊織は友の意図を悟るとにっと笑った。

     あちこちの作業台で幾つもの炎が青く光り始めた。溶け出した紫の硝子を見ていると希沙の鼓動も速くなり。目的は目幼馴染の黒髪に映えるトンボ玉。マーブルに少しだけラメを散らしたいから……思い描く未来図が楽しく胸に広がった。
     青い炎の中で柚莉のナノナノ玉は次第に形を成してくる。白いのにオレンジのぐるぐる――苦心して琥珀のほっぺを再現している傍らではましろが青い硝子の中に花を入れていた。
    「すごいすごい、綺麗、だよっ」
     春の青空をイメージしたというその色は、炎から出してみればますます深く。
    「きれー。キャンディーみたい♪ なめたら甘かったりして」
     本気で手を出しそうなあんずを何とか止めれば、あちらでは山桜桃が涙目になりながら硝子と格闘している。
    「「て、手伝うからっ」」
     何やかんやで【ぽわふか】メンバー、大わらわ。皆でお揃いのも作りたいと野望は膨らんでゆくばかり。
    「メルヒェン……」
     猫姿だったら毛が逆立ったところだと思いつつ、八雲は夕眞の手元をちらちらと。出来上がりつつあるのは可愛いピンク。
    「これ、お前が持つのよ?」
     にやりと笑う夕眞に八雲は苦虫をかみつぶし。チェーンソーぶん回すのは得意がこういう細工はどうにも……。苦し紛れに妨害の手を伸ばしてみても鼻歌混じりに交わされて。
    「お前は俺に何作ってくれんのかね」
     ぐうの音も出ない猫――そんな八雲も夕眞にとっては愛らしい。
     華やかなる男子会に紅一点のひふみ。それぞれに作品作りに余念はないが、
    「ひふみさんは髪にも気を付けてくださいね、長くてとても綺麗なんですから」
     臣のこの紳士ぶりはひふみにも感動モノ。
    「ああ、確かに高野の髪は纏めておくべきだな、下手するとアフ……」
     笑いを飲みこむイヅルとは好対照というべきだけれど、ひふみは素直に髪を結う。どうせならチョコ色とマーブルのトンボ玉は髪ゴムの飾りにしてみようか。
    「ゴムか。お前ならば藤色はどうだろうか」
     淡く誇り高く香るような色が、お前の黒い髪にきっとよく似合う――同じブラウンの細工をしていた諒一郎がふわりと笑うと、
    「なら焦茶の方は作ってやるよ」
     イヅルも笑って硝子を取り上げた。なんだかんだの紳士達。作品の仕上がりも順調だ。

    ●光の宿り
     百日草に友への思いと絆、そして幸福の祈りを籠めて――煉の手元で透明な硝子に赤い花が咲く。火焔に汗は落ち続けるけれど、そんなことは全く気にならない程の集中。総ては想いを伝える為に。想い伝わるといえば紡の作る白い狼も思いを運んでくれるだろうか。凛々しい姿でありながらどこか可愛らしいそれはきっと月にも星にもよく似合う。
     幼馴染への贈り物はやっぱり熊ということで、かの子は炎の前で大汗小汗。ビーズ細工の要領で縫いぐるみっぽくと小夜子は言うけれど、とけた硝子と炎を相手取るのは半端ない。
    「ううっ、助けてさよちゃん。へるぷみー」
     耳が消えたり目が大きすぎたり、試行錯誤ではあるけれど、2人ともなんとかストラップにできそうな予感。明日は喜んでもらえるといいのだが。
     熱気に満ちた炎の技術室で銀都は汗を拭う。その手元には白い雪達磨? 傍らでは希紗が兎玉作りに目をぎんぎんと。
    「あ!? 耳折れた?」
     細い耳を作りだすのはプロについてもらっていても難しい。
    「これはこれで良いよ! かわいい~」
     結衣奈は熊玉に持たせるハート玉作りに大汗を。
    「しまった、耳とかボディペイント……」
     これじゃパンダにならない――呟く銀都に希紗と結衣奈は一瞬顔を見合わせ、それから2人同時に噴き出した。兎に熊に雪達磨(=最終目標パンダ)。可愛らしいトンボ玉が完成するのはもうすぐ。

    「お手数ではございますが、教えていただけませんでしょうか」
     充はそっと水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)の袖を引いた。1年生の充には少しばかり荷が重かったのだろうか。白い紐の根付にするのだと言われて慎也は気楽に応じた。その慎也の手元には金色の桂花が煌めいている。挑戦すると言っていた彼だけに細工はかなり細かいらしい。
    「チャレンジもいいが失敗したら目も当てられんしな」
     そういう円も藍地に金の稲穂と千鳥というのは中々に凝っている。3人共できた者は根付にするつもりだというから結構渋好みなのだろうか。
    「へぇ……結構凝ったのを作ってるんだな」
     覗き込んだ優志に慎也はそっと肩を竦める。凝り倒したくなる性分なのか少年はまだ満足していないらしいと優志の顔に笑みが浮かんだ。そういう彼の作品は亡き母への捧げ物。
    「昔親父がお袋に作ってたのが綺麗だったんでな」
     硝子には思いと時が込められることもあるのだろう。そんな話を聞くともなく聞きながら譲葉は桜の花を青の流れる硝子に乗せた。いつかは自分も思う人と一緒に――そんな願いも静かに乗せて。
     騰蛇が目指すのは真冬の兎。だがどうにも傍らのお嬢様――さなえの手つきが気になって、つい万全のフォロー体制をと思ってしまうのは、執事属性とでもいうべきか。
    「私だっていつまでも子供ではないのだから、これくらいで怪我をしたりはしません」
     お嬢様も禁止――さなえの手元では円らな瞳の蛇が着々と。困ったように息をついた騰蛇を兎の真っ赤な目が見上げていた。
     2人で1つのトンボ玉には竜胆と炎の華のモチーフを。共同作業と浮かれていれば蓮璽の指に熱い硝子が。
    「ってセンパイ、何ヤケドしてるのー!?」
     冷やす物を探した筈が余市は思わず彼の指を自分の口に。
    「って、うわぁ!? ヨ、ヨイチさん!?」
     余市の舌の感触に蓮璽の頬に朱が昇る。大丈夫と上目遣いに問う顔もまた反則技。熱くなったり赤くなったり、トンボ玉作りはこれが案外忙しない。
     バーナーの炎に照らされてエウロペアの瞳が普段以上に輝くと、手取り教えている式夜も肌もなんとなしに熱くなる。
    「……絵心の無さかお藤に見えん」
     彼女が作っているのは式夜の霊犬、らしきもの。くすりと笑う彼をエウロペアはそっと睨んで。
    「式夜よ、そなたは何を作ったのじゃ?」
     暫しの沈黙の後式夜はにっと深い笑み。
    「――お前」
     明るい水色と星とを玻璃の中に閉じ込めて――それは彼の心にあるエウロペア。

    「念のため保冷剤持ってきたんだ。 皆、いつでも安心して火傷して良いよ!」
     縁起でもないリタの台詞に
    「や、火傷は嫌です……」
     驚愕しつつもディアモンドも【かみだのみ】のメンバー達も中々豪華なトンボ玉を仕上げつつあった。翔琉は既に黒ともまごう深緑の勾玉を仕上げていたし、ひのとは淡い蒼紫色の硝子に雪と金箔とを散らす念の入れよう。気に入りの着物に合わせてあるらしいと、ちら見の磯良も興味津々。
    「う、あ、あれ? うまくできない……」
     怜音は黄色く透き通る玉の中に音符模様を描くのに苦労していたようだったけれど、手を貸して貰いながら健闘中。普段は中々見られない仲間達の真剣な表情に翔琉はそっと笑んだ。
    「皆はそれ、誰かにあげるのか?」
    「自分用のストラップにするつもりー」
     リタは金の霧の中に咲いた赤い薔薇を満足げに眺め、磯良も意味ありげにふわりと笑う。ブレスレッドだったりペンダントだったり、目的は色々だが時にはこうして皆で何かを作るのも楽しいものだ。
     出来上がったトンボ玉は冷却材の中でゆっくりと冷やされてゆく。
    「師匠……喜んでくれるでしょうか……」
     結唯は白い砂の中に入った青と黒のマーブルを思い描いた。閉じ込めたのは十字架のパーツ。手元が狂いそうになったことも幾度。だが今は穏やかな満足感がゆっくりと身の内に満ちてゆく。

    ●幕間 ~冷めぬ想い
     熱い制作の時が終われば硝子は眠るような冷却期間。だが恋人達の熱は到底覚めることはない。ぴたりと椅子を並べてのユエとカミーリアのティータイムにはお手製のブラウニー。
    「あーん」
     カミーリアが口を開ければ恥ずかしそうに瞳を伏せつつもユエはお菓子をつまみあげ。周囲の者も見て見ぬふりの少しだけフライングなバレンタイン。
    「指がすこしだけあちちになっちゃったの」
     りょーちゃんは大丈夫だった――見上げてくる悠祈の頭をそっと撫で、偉い偉いと笑いかければ少年の無邪気な笑みはますます深く。彼は大好きな亮の膝の上。こうしてお茶を飲む間にも彼らの作品は静かにしずかに完成へ――。
     男性陣が比較的静かに休んでいるのと対照的に女の子達のお喋りはやはり花。【女子力向上委員会】の面々はホットチョコレートの香るテーブルに。
    「いやー、愛されてますねー。羨ましい限りです」
     杏は李の肩をポンと叩く。今回のトンボ玉作りは李のサプライズプレゼント計画に皆で乗った形だ。当の李も嬉しそうに出来上がりつつある作品に思いをはせている。
    「何かトンボ玉ってキャンディーみたいで……」
     私の作ったのはピンク色で苺味――色気より食い気を地で行く赤兎、
    「李ちゃんは、バレンタインはどうするのかしら? 気になるなー」
     つつき始める紫苑。いつもの光景に細工で疲れた手指もほぐれてゆく。杏は自分のトンボ玉を思い出していた。硝子に入れた四葉のクローバーはそれぞれのイメージカラーに染められて――こんな友情がこれからも続いてゆくように。想いを込めた珠の完成はもうすぐ。

    「……まさかケーキを作ってきてくれてるとは思わなくって」
     驚きつつも舌鼓を打つ直哉にあよの微笑返し。熱い紅茶で喉を潤しながらトンボ玉の仕上がりを待つ。綺麗にできてるとよいわね――直哉が言えば、あよの心に浮かぶのは沢山の花に六花をあしらった彼の傑作。対する自分のはオレンジの小花の散る春色玉だ。楽しみだね――他愛のない言葉のうちにも時は静かに過ぎていく。
     熱気に満ちた部屋を出て庭のイスに座った2人。鶴見岳の激戦から帰ってきてくれた彼のいる幸せに詩織はそっと深景の頬に口づけを。
    「おかえりなさい、深景……大好き、よ」
     こらえきれずに深景は彼女を抱きしめる。熱い体はトンボ玉作りのせいだけではあるまい。ただいまの声は恋人の耳元で。この愛しさに生かされている――共に抱くのはそんな想い。
     恋人達の語らいは甘い。流希はそんな囁きを風のように聞き流しつつ、コーヒーに口をつけた。
    「いつかはこうやって一緒に語る人を見つけたいですねぇ……」
     そう一人ごちては見るが、今は出来上がりつつある夕焼け色のトンボ玉もまた楽しみで。時は静かに満ちていく。技術室に光の転がる時がやって来ようとしていた。

    ●想いをこめて
     出来上がったトンボ玉の数々を目にすれば善四郎は感無量。シルバーアクセ屋の店長の無茶ぶりで硝子と格闘することになった苦労は見事に報われたのだ。ゼンも梅花を仕込んだ黒のトンボ玉を摘みあげるといつになく上機嫌。気合を入れただけあって出来栄えは何とも優美。
    「垂れて来てすごく大変だったんだから~」
     おかげでこんな楕円形……潤子はそういうが小さな掌の中できらめくピンクの硝子には真っ白な花。彼女に似合う風情ある仕上がりだ。
    「うん、イイ!! これだったらウチの店長も満足するっす!」
     そういう善四郎のトンボ玉は桜散る春の淡紫。結構うまくできたんじゃねとイングリットもご満悦だ。さてではこのトンボ玉で一体何を作ろうか。
    「見て見てキレーだヨー!」
     桃がすぐさま革紐を通してシンプルなネックレスに仕上げると、なるほどねとイングリットは手を打った。
    「へえ。さすがにアクセ屋のバイトだけあって器用じゃねえか」
     ゼンも頷く。仕上げはいよいよここから。ならばアクセサリー屋の本領発揮と行こうではないか。
     作ったトンボ玉はお守りに――柚羽は必勝の念を込めて編む。初めは小首をかしげていた貫もそうなればすぐさま受けて立ち、まさかの闘気合戦勃発?
    「完成品は後で交換な狸森!」
     突然の提案に柚羽の頬が上気した。貫はそんな彼女をちらりと眺め。そのつもりでなければこんな念など込めはしない。

      ――狸森が何と戦っても無事に帰ってくるように。
      ――君を倒すのは私だけでありますよう。

     2つの珠に2つの思いが込められる。

    「涼子さんは綺麗にできた?」
     さくらえは少しいびつになってしまった自分のトンボ玉を摘み上げる。だが不規則に光をはね返すそれもまた頑張った結果と思えば愛着がわく。
    「私は勿論! 上出来よ」
     掌に転がる光は確かに宝玉の如く。これをお守りに贈ったらどうだろう――そんな提案をしてみれば涼子の瞳にも光が宿った。兄弟の喜ぶ顔がふっと浮かんだ。
    「さくらえさん、優しいのね。だから好きよ」
     手渡されたアクセサリーキットが何とも優しい色に見えた。
    「これって個性でるねー」
     瑞樹は小宇宙さながらに小さな銀を抱いたイチの作品をつまみ上げた。透明なテグスでストラップに仕上げたセンスも中々のもの。
    「これなんか春の小川だよね」
     瑞樹が千歳のストラップを手に取れば、そういうこれは天の川だよねぇと彼女の作品を。金銀の箔入りあり、水の珠あり。こうして眺めて過ごす時間も、誰かの為に作り上げる時間もきっと神様からの贈り物。
    「しかし、バレンタインデーなのに自分用とか……どうなんでしょう」
     皆さん恋は――瑛は遠慮がちに作ったばかりのキーホルダーをくるくると。
    「……や、僕は……全くご縁が……」
     残念具合では、僕が一番、ですから――イチが呟けば千歳は耳まで真っ赤。
    「こ、恋!? ちょっと気になってる子なら、ね」
     瑞樹と瑛がそっと顔を見合わせた。恋がまだ遠い日の花火でもそれもまた良し。こんなに良い仲間達もいることだから。
     さて思う通りに蜻蛉玉が出来上がったら房飾りをつけて和装のワンポイントに。朱里のトンボ玉が雪景色なら真紀のそれは京都の風情。萌黄の紐を八坂紋に結べば、こちらは一足早い春を思わせる。それぞれの装いを愛で楽しみながら、國鷹も金の散るワインレッドの玉をチョーカーに。彼女は喜んでくれるだろうか――リボンで軽く閉じながら近い未来のことを思えば、心にも春がやってくる。
     仁奈と涼花、2人の間に光が転がった。夜空の星と兎玉。傷1つない出来栄えにため息が漏れる。
    「ねぇ、ラッピングするならこれで飾らない?」
     仁奈の手に揺れるのは赤と白のガーベラの花。花言葉は前進と希望。涼花の顔がぱっと明るくなる。
    「ありがとう! がんばるね!」
     うまくいった時はチョコ奢らせてね――友のこめてくれた想いは心に。光の珠はあの人に。涼花は思いを包み込んだ。

    ●贈る想い
     ふわりとかけられたペンダント。レインの唇が優しく額にふれて奏は目を見張った。視線を落とせば小さなユリに似たピンクの花。薄青い硝子に包まれた花の周りには星の煌めきと月の舟。天体の深淵と花の可憐さは自分だけのもの。
    「そ、それで、あの、その、これからも、よろしくお願いします……!」
     どうか彼が傷ついたり苦しんだりすることが無いように――奏の祈りはそのトンボ玉に舞う雪のように白く、月の如く清らかに。
    「……I love you」
     レインの囁きはこの上なく甘かった。
     清十郎の胸には翡翠色のトンボ玉、雪緒の手には雪の舞う青い地球。組紐で仕上げたストラップに込めた願いは互いの守護。
    「遠く離れていても、俺の代わりに雪緒を守ってくれますように」
    「遠く離れていても、少しでも清十郎さんの力になれますように」
     祈りは光に、願いは夢に。想いはいつの時もこの身の傍に――。

    「遅くなっちまったけど誕生日おめでとう!リオ」 
     出来上がったばかりのストラップは良輔の手の内で深い蒼に輝く。雪模様がキラキラとするそれは彼女にとって初めてのプレゼント。恥ずかしげに微笑んでリオーネも麻紐に通したトンボ玉を良輔の首にそっとかけ。
    「こんな感じでどう、かな……?」
     気に入ってくれたなら嬉しいの――耳のすぐ傍に聞こえた言葉ごと良輔はそっと包み込む。大事にするぜ、の一言がリオーネの心に沁みていく。
     さて誕生日祝いがほのぼのならばこちらは一体なんと表現すべきことだろう。伸びすぎた首、ずれた目、大きく開いた頭部はまさにお食事中のクリオネ。はっきり言えば生々しい上に胡乱。
    「円理から、わたしへの気持ちってこんなかたち、してるの?」
     そう。よく、わかったわ――千花がぐりぐりと踏みつける足を、まるでマッサージのように陶然とした円理。
    「其方はブタか?」
     にやけた目つきがいいな――いくらブサカワとはいえ、黒猫をそう評されれば千花の眉はぴんと跳ね上がった。
    「眼鏡。作った方がいいんじゃ、ないの」
     切っても切れない腐れ縁。人の世のつながりとは実に奥が深いものである。

    「姉様、喜んでくれるといいなぁ♪」
     ルーナティアラの小さな掌にころんと転がる花模様。革紐を通してビーズで飾った髪飾りを早速身につければ、ギルドールが手鏡をかざしてくれる。ありがとうと顔をあげれば彼の髪にもインディゴブルーの天の川。簪に揺れる銀の羽、たった1つ煌めく宵の明星。
    「どうかなぁ?」
     ルーナティアラの問いかけに慎也は大きく頷いた。
    「2人ともよく似合ってんじゃねーか」
    「自分へのプレゼントだね」
     と笑うギルドールに亜梳名もそっと笑みを見せた。
    「ではこちらは水戸君に……」
     水戸君のと比べると、ちょっと不恰好かもしれませんけど、私からのバレンタインプレゼント、です――深い蒼、純白の五芒星。これはさぞかし時間がかかったことだろう。
    「ありがとよ」
     微かに頬を染めながら慎也が花をこすると、仲間達の間から鈴のような笑い声が零れていった。

     トンボ玉は掌に乗る宇宙。光あり星あり、花あり雪あり。そして様々な想いを抱いて炎の中から生まれてくる。想いを伝えるバレンタインにもそれはきっと素敵な役割をはたしてくれることだろう。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年2月13日
    難度:簡単
    参加:87人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 12
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